2022年6月30日木曜日

【No.1285】社会と繋がることで治る意味が表れる

嬉しいことに、「7月2日の講座、申し込みました!」というメールをいただきます。
しかも、「本も2冊買って読みました!」、そして実際に私の発達援助を受けたことがある方、またこれから受ける方までいらっしゃいます。
発達相談+書籍+講座=そんなに受けなくていいのに(笑)
というのは冗談で、やはりそのような方たちが「なんだ、同じ話の繰り返しか」とならないようにしなければと思っていました。


書籍を2冊出版していただいてから、ほぼ発達相談を受けるご家族は本を読んでから当日を迎えるという形になりました。
ですから、最初から深いところでお話ができるのです。
正直なところをいえば、私がご自宅に伺い、お子さんのアセスメントをし、具体的なアイディア、発達援助の方法をお伝えするだけでしたら、30分くらいで終わる話です。
しかし、発達相談の目的はノウハウの伝授ではないのです。


子どもさんを中心に置きながら、親御さん達とじっくり対話すること。
その対話を通して、子どもの発達課題のねっこを手繰り寄せるだけではなく、親御さん自身の課題とも向きあい、よりよく自分と子ども、家族が変わっていけることをサポートすることが目的になります。
いくら私がアセスメントをしても、私が帰ったあと、アセスメントできなければ意味がありませんね。
発達期にある子どもの場合、日々のアセスメントが重要になりますから。
いくら私が具体的な発達援助をお伝えしても、私が帰ったあと、親御さんがクリエイトできなければ意味がありませんね。
同じ発達援助を続けていれば、いつしかそれが発達ではなく、訓練の時間になってしまいますから。


書籍は基礎基本であり、発達援助を考える上でのベースとなる情報をお伝えしたつもりです。
そして実際の発達相談では、「では具体的に我が子の子育て、発達援助にどうクリエイトしていくか?」を実践を通しながら、対話を通しながら学んでいく機会になると考えています。
もちろん、そこには親としての課題も含まれます。
で、じゃあ、今度の講座のねらい、目的は?


私の中では「危機感の共有」がひとつあると思っています。
今まさに子育て中、治している途中という親御さんたちにとっては、まだ我が子の姿しか見えない状況かもしれません。
しかし、社会全体で言えば、子ども達に生じている問題は、とても悲惨なものです。
いわゆる"発達の遅れ"のみに収まらず、思考停止、自らの身体をコントロールできない、無気力…精神が蝕ばまれています。
私達大人は、子ども達を発達障害にし、精神疾患にし、社会の奴隷にさせたのです。
このような子ども達が大人になったとき、社会を担っていけるのでしょうか、日本はあるのでしょうか。
日本がなくなれば、発達障害を治す意味はふっとんでしまう。


早期診断しようが、早期療育をしようが、彼らは治ると思っていないし、治そうとは思っていない。
だから、どうせ治らないものを行っても行かなくても変わらない。
同じように子ども達が飛び立っていく社会がなくなってしまえば、治っても治らなくても一緒。
そんなの嫌じゃないですか。
子ども達にはより良い社会を手渡したいし、自分の持っている資質を存分に生かしながらより良い社会と人生のために生きていってもらいたい。
この前提があるから、私達は本を買い、講座に申し込み、発達相談を受け、高めていこうと精進しているのではないでしょうか。


無人島で一人生きていくのなら発達障害は治らなくてもいい。
だけれども、社会で自由に自分の人生を謳歌してもらうためには治った方がいいし、私達大人は社会を意識し、子どもと社会を結びつけなければならない。
だからこそ、私達は今の社会を知り、未来の社会を想像しながら子育てをすることが必要なんだと思います。
社会が切り離されてしまったら、それは人里離れた福祉施設であり、仙人による技の伝授になります。


私はありがたいことに、様々な地域に出かけ、またそういった全国各地から情報をいただける状態にあります。
今回の講座は志が高く、同じ想いを共にしている方達が参加されていますので、私が得た生の情報を皆さんと共有しながら、まずは目の前にやってくる夏休みを充実させるために、私達大人が準備するための時間になったらと思っています。
単に「夏休みを充実させよう」「その方法は」ではなく、こういった子どもに育ってほしいから、こんな力を身につけて欲しいから、「この夏休みはこんなことをやろう!」という一つ深めた感じです。


「夏休み、学校がなくて地獄~」は、昔の話。
「夏休み安定して過ごせるための構造化、支援法」は、薄っぺらい。
「夏休み、お母さん大変だから、うちを利用して」は、ただの商売。
私達は、今後の未来と社会を見据えて「夏休みを活用しよう!今からワクワクしちゃう」へ。
こうやって自分にプレッシャーをかけることで、100%の力が出せるようにしています(笑)
では、7月2日にお会いできる皆さま、どうぞよろしくお願い致します!
お申し込みがまだの方は、今日明日中にお願いします。


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『夏休みを活用しよう!~発達援助とリハビリのための時間を大切に~』
7月2日(土)15:15~16:45 オンライン視聴(後日、録画配信あり)

第一部 コロナ禍で露呈した日本の戦後
第二部 作られた発達障害への対応
第三部 コロナ禍で学校が子ども達に教えたこと
第四部 夏休みを活用してどのようにリハビリと発達援助を進めるか

詳細&お申し込みはこちら(主催者の花風社さんのHP)

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2022年6月18日土曜日

【No.1284】夏休みを充実させるために、まず大人が準備する

組織に属している人達は、その組織のルールに従わなければならない。
だから、今日もみんな、マスクをつける。
もはやそれが感染対策でも、他人を守るためでもないことはわかっている。
組織に服従していることを示すためのマスク。


では、その組織は従業員を守ってくれるかと言えば、そうとも言い切れない。
組織はお客さんや外部からの評価、とくにネガティブな意見に対して過敏になる。
何故なら、その組織が大きければ大きいほど、売り上げよりも、いわゆる企業ブランドに傷がつくことを恐れるからだ。
企業ブランドの価値が下がれば、株価が下がる。
つまり、既に日本型の従業員は会社の宝という考えはなくなっており、常に株主、投資家の方を見て経営がなされている。
近江商人の「自分良し」「相手良し」「世間良し」の精神は、中小企業にわずかばかり残っているだけ。


戦後の焼け野原の日本に、外国からの資金は必要だった。
外国資本によって復興を果たしたが、彼らは株式という形で何倍ものリターンを得ている、いや得続けている。
従業員のことを思えば、すぐにでもマスクを外しましょう、となるだろう。
だけれども、株主の方を見ている経営者は、世の中の空気が変わらない限り、それは言いだせない。
結局、株式経営は民主的と言われているが、お金を持っている一部の者が、従業員をはじめとする大多数を支配している構造ともいえる。


この2年間、変わらず自由を享受できていたのは、いわゆる個人商店といった小規模、組織を持たない人たちだったといえます。
一次産業の人たちや職人さん、個人事業主の私もそうでしょう。
別の言い方をすれば、働いている人の顔がわかる人達です。


コロナの失政と円安によって日本企業の多くは外国資本によって買いたたかれていくでしょう。
そうなるとますます企業に属するということは、個人の自由を狭めることとなる。
ですから、これからの日本で自由に生きていくためには、大衆の一人になってはいけない。
〇〇企業の一人は、同じ労働ができる安い賃金で働いてくれる外国人とすぐに置き換えられる。
世の中の状況が悪くなればなるほど、切り捨てられないようにと自ら自由を差し出すように。


7月2日の講演会のレジュメは作りましたが、具体的に何をお話しするかについては、まだ手を付けていません。
頭の中でグルグルしていて、こんなどんどん自由が奪われていく時代に、障害とは言えない発達障害に関して、「これをやったら治りますよ♪」みたいな内容では参加してくださる皆さまに、主催してくださる花風社さんに申し訳ない気ははっきりしています。


常々言っているように、治るは通過点です。
治った先のビジョンがなければ、そこら辺の〇〇療法と変わりないでしょう。
私個人の想いとしても、発達障害が治った従順な子よりも、発達の凸凹があったとしても自らの意思で行動できる子のほうが望ましいと考えます。
実際、そのような子ども達、若者たちは社会の中で働き、自由な人生を謳歌しているのです。
またそのような子ども達を育てられた親御さん達とお話しさせていただくと、親御さんご自身が自立した人間であることがわかります。


講演会は一体感が生まれます。
しかし、ここでも大衆の一人にはなってもらいたくありません。
「同じ身体アプローチを行って治そうと頑張っている私たち」では、その人の顔がなくなってしまいます。
あくまで我が子と親御さんとの間、関係性の中で営まれるのが子育てです。
子どもさんに個性があるように、親御さんにも個性がある。
その両方の個性を前面に出しながら、その家族の子育てをよりよく輝かせるために外部の知識、情報、アイディアがあるのだと思います。


つまり、親御さん自身、自分と向き合うことが大事だということです。
私達は長らく学校や企業によって、個を失う方向へと進んできました。
だから、なんとか療法が良いと聞けば、すぐに飛びつき、また結果が出なければ、次のものへと飛びついていく。
「あのママさんステキ☆」と、無意識的に自分を下に置き、従う相手を求めようとしてしまう、あのママの子と我が子はまったくの別人なのに。
結局、我が子をどう育てたいか、どのような大人、人生を歩んでもらいたいかが抜けているから。
そこを考えるためにも、まずは自分自身の個性と向き合い、自立していくことが大事だと思います。


夏の過ごし方が秋以降の大きな成長、変化に繋がるのは、全国各地、年齢を問わず、見られてきた姿です。
そういった夏を過ごすためにも、まずは大人たちが準備をすることが大事です。
私は親御さんにも忖度しませんし、嘘はつかないので、親御さんに求めることは厳し目だと思います(当社調べ)。
ですから、まず親として、大人として、自分自身が変わりたい、そしてより良い子どもの発達と成長に繋げたい、と考えている方たちの後押しができるような1時間半にできたらと考えております。
まだ参加募集中ですので、ご興味がある方はお申し込みください。


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『夏休みを活用しよう!~発達援助とリハビリのための時間を大切に~』
7月2日(土)15:15~16:45 オンライン視聴(後日、録画配信あり)

第一部 コロナ禍で露呈した日本の戦後
第二部 作られた発達障害への対応
第三部 コロナ禍で学校が子ども達に教えたこと
第四部 夏休みを活用してどのようにリハビリと発達援助を進めるか

詳細&お申し込みはこちら(主催者の花風社さんのHP)

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2022年6月9日木曜日

7月2日(土)講演会のお知らせ

7月2日(土)公開講座『夏休みを活用しよう!~発達援助とリハビリのための時間を大切に~』というテーマでお話しさせていただくことになりました。
主催してくださる花風社の浅見淳子さんとは、コロナが始まった直後から「子どもが、子どもの発達が一番の被害になる」という意見で一致し、ポストコロナ後を見据えた発達援助について情報を共有させていただきました。
その想いと情報が詰まっているのが『ポストコロナの発達援助論』になります。
発売は2月でしたが、これまでにも多くの皆さまに読んでいただけたこと、大変うれしく思っています。


コロナ騒動も3年目を迎え、様々な専門家からも子どもの発達に及ぼした影響についてコメントが出るようになりました。
私の発達相談でもコロナ騒動によって作られた発達障害児のご家族からの相談が増え続けております。
想像以上に、子ども達への影響は深刻であり、多岐にわたっているような印象を受けます。


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『夏休みを活用しよう!~発達援助とリハビリのための時間を大切に~』
7月2日(土)15:15~16:45 オンライン視聴(後日、録画配信あり)

第一部 コロナ禍で露呈した日本の戦後
第二部 作られた発達障害への対応
第三部 コロナ禍で学校が子ども達に教えたこと
第四部 夏休みを活用してどのようにリハビリと発達援助を進めるか

詳細&お申し込みはこちら(主催者の花風社さんのHP)

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毎年、夏休みを境にしてググッと発達、成長する子ども達の姿があります。
それは夏休みが親子共々、やりたいことを、必要なことを、時間を忘れてとことんやりきれる時間になるからだと思います。
2022年の夏休みを我が子のより良い発達、成長の機会にすべく、皆さんと一緒に学び合い、情報を共有できる時間になれるよう私も準備を進めていきます。
ご参加お待ちしております!






2022年6月8日水曜日

関東出張のご案内(7月1~3日)

定員に達しましたので、募集を締め切らせていただきます。ありがとうございました!(6月8日19:45)

7月2日の講演会(『夏休みを活用しよう!~発達援助とリハビリのための時間を大切に~』)の日程に合わせまして関東にお住まいのご家族の発達相談をお受けします。


もしこの機会に
「子どもの発達のヌケ、今の発達状態や課題を確認してほしい!」
「具体的な発達援助の仕方を一緒に考えてほしい!」
「今行っていることが我が子の発達の後押しになっているか見てほしい!」
など、ご希望される方がいらっしゃいましたら、お問い合わせください。


【空き状況】
7月1日(金)午前 ×  / 午後 『東京都』
7月2日(土)午前 『神奈川県』 / 午後 『講演会』
7月3日(日)午前 『東京都』 / 午後 ×

*ご希望が重なった場合は、先着順とさせていただきます。


詳細を確認したい方は【出張相談問い合わせ】と件名に書き、お問い合わせいただければ、ご説明いたします。
出張相談についての内容は、てらっこ塾ホームページをご覧ください。
ご依頼&お問い合わせ先:メールアドレス


お問い合わせ、お待ちしております!




2022年6月6日月曜日

【No.1283】新しい言葉が生まれるとき

コロナ騒動が始まってすぐに「無症状感染」という言葉が生まれました。
今から考えれば、まさにこの言葉、設定が非常に良く練られたものだったとわかります。
普通は症状があるからマスクをつける。
だけれども、無症状感染という設定が生まれると、自分は自覚していないだけで感染しているかもしれない、ウィルスを他人に移すかもしれないという思考が作られてしまう。
振り返れば、2020年なんかはやたらと「無症状感染」と言っていましたよね。
あれはメディアと御用学者を使った洗脳で、繰り返し、繰り返し情報に触れさせることで、新しい概念を植え付けようとしていたのでしょう。
もし無症状感染という設定がなければ、もしみんなが無症状感染の根拠となった論文の無茶苦茶さを知っていれば、これほどまでにマスクをつけるようにはならなかったはずです。
他人を気にする国民性をうまく使った見事な戦略、洗脳でした。


新しい言葉は疑え、ルールの変更は警戒しろ。
これはグローバル化された世界で、日本以外の人達と関わり、生き抜いていくためには必要な考えだと思います。
発達障害の世界だって、もともとは外国から入ってきた輸入の概念だということは忘れてはなりません。
2000年以前は、明らかに知的な遅れがある人達が知的障害や自閉症など、障害を持った人という認識でした。


しかし2000年に入ると、まず知的障害のない発達障害(自閉症、LD、ADHDなど)という概念が作られました。
あと「広汎性発達障害」「自閉傾向」「軽度発達障害」「アスペルガー」「HSP」なんてのも。
学校にいるちょっと変わった子が発達障害児になり、いろんな背景があるはずの問題児も発達障害児となりました。
それから概念の広がりは留まることを知らず、「大人の発達障害」なんていうのもできました。
生まれつきの障害で、発達期に発症するという設定だったのに、いつの間にか大人が診断されるようになり、それも「子ども時代にこういうことがあったなぁ」くらいの記憶と証言でよくなったのです。
そして今回、ハッタツの機会と刺激を制限されたことによる過剰なコロナ対策による発達の遅れも、みんな「発達障害」に。
これまたASD、つまり、自閉"スペクトラム"症という連続体、境目がはっきりしないという設定も、見事だったわけです。


こういった20年の歴史を見れば、今の発達障害のおかしさに気がつくことができます。
そもそも考えてみてください。
どうして乳幼児の発達の遅れと、子どもの発達の遅れと、大人の発達の遅れが、同じ「発達障害」になるのでしょうか。
乳幼児と大人の発達の遅れは、その意味も、対応も、まったく異なるはずです。
それなのに年齢を問わず、発達障害という概念、診断名は一緒。
で、行うことも、投薬か、支援。
だから、成人が飲んでいるから大丈夫だろう、減量すればOKなどと、就学前の子ども達が精神科薬を服用しているのです。
「遺伝子ワクチンも、量を3分の1にすれば大丈夫」と一緒でしょ。
高齢者と子どもでは罹ることの意味が違うし、その副作用の意味、その人の生活、人生に与える影響、リスクも違う。


しかし「敵を知り己を知れば百戦危うからず」で、こういったことを知っていれば、今後のグローバル化されていく世界で搾取されることなく生き抜くことができると思います。
また個人的にもハッタツの世界で彼らが今までいいようにしてきたので、逆手にとって新しい言葉と概念で逆洗脳していきたいと考えています(笑)
「発達障害は治る」「元発達障害児」「発達援助」「発達のヌケ」「栄養療法」「身体アプローチ」「育て直し」「やりきる・回数券を使い切る」などなど。
花風社さんを中心にたくさん新しい言葉が生まれてきました。
そして今の親御さん達は、こういった新しい言葉、概念、従来のハッタツの世界の外にあったものを自然と使っています。
親御さん達が使う言葉が変われば、きっとハッタツの世界もより良い方向へと変わっていけるのだと思っています。


0歳、1歳、2歳、3歳くらいで発達相談のあった子ども達が、発達のヌケの育て直しができただけではなく、むしろ同級生よりも素晴らしい発達、成長がみられているという報告をたくさんいただきます。
もちろん、神経発達が盛んな時期で、早い段階で取り組みを始められたのもあるのでしょうが、何よりもまっさらな状態の、さあ、今から親としての年数を重ねていこうという段階で親御さんに発達のこと、神経のこと、子育てのことをお話しし、知ってもらえたことのほうが大きかったと思っています。
発達相談を機に、きょうだい児の発達成長もより良いものに変わっていった、というお話もよく伺います。
発達に遅れがある子に有効な発達援助、子育てのアイディアは、遅れがない子のより良い発達にもつながるのは当然ですね。


コロナ騒動の2年間を経て、ほぼみんな、どの子も発達障害の範囲に片足が入ってしまった状態だといえます。
いち早く気がついたご家庭、そもそもできるだけ自然に近い状態で過ごしてきたご家庭以外は、その片足がどんどん地面の中に引きずり込まれていくでしょう。
異常な世界で脳や神経が発達、適応していったら、異常になるのは当たり前です。
みんな発達障害のリスクを抱えてしまった社会では、発達援助のアイディア、考えがどの親御さん、ご家庭、子どもと関わる機関では必要になってくると思います。
みんな、発達のヌケを育て直さないといけませんし、親御さん達も自然な人間らしい、ヒトとしての子育てを学び、身につけ、取り戻していかなければなりません。


大人たちは、子ども達の大事な発達を保障することができませんでした。
そもそもが社会が壊れ、ヒトとしてよりよく育つ環境がこの日本にはなくなっていたところのコロナ騒動です。
発達に遅れがあるから発達援助では、もう遅い。
どの家庭も、どの子ども達も、よりよく育つために、大人達が子育てを見直し、学んでいく時代です。
大人たちが真剣に子ども達の発達、成長を考え、行動できる世の中にするために、発達援助のアイディア、言葉、概念を多くの人達に伝えていきたいと私は思っています。




☆『医者が教えてくれない発達障害の治り方』のご紹介☆

まえがき(浅見淳子)

第一章 診断されると本当にいいことあるの?
〇医者は誤ることはあるけど謝ることはない
〇早期診断→特別支援教育のオススメルートは基本片道切符
〇八歳までは障害名(仮)でよいはず
〇その遅れは八歳以降も続きますか?
〇未発達とは、何が育っていないのか?
〇就学先は五歳~六歳の発達状況で決められてしまうという現実
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのメリット
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのデメリット
〇療育や支援とつながるほど、子育ての時間は減る

第二章 親心活用のススメ
〇親子遊びはたしかに、発達に結びつく
〇変わりゆく発達凸凹のお子さんを持つ家庭の姿
〇学校は頼りにならないと知っておこう
〇安定した土台は生活の中でしか作れない
〇支援者が行うアセスメントには、実はあまり意味がない
〇親が求めているのは「よりよくなるための手がかり」のはず
〇人間は主観の中で生きていく
〇専門家との関係性より親子の関係性の方が大事
〇支援者の粗探しから子どもを守ろう
〇圧倒的な情報量を持っているのは支援者ではなく親

第三章 親心活用アセスメントこそ効果的
〇子育ての世界へ戻ろう
〇その子のペースで遊ぶことの大切さ
〇「発達のヌケ」を見抜けるのは誰か?
〇いわゆる代替療法に手を出してはいけないのか
〇家庭でのアセスメントの利点
1.発達段階が正確にわかる
2.親の観察眼を養える
3.本人のニーズがわかる
4.利点まとめ
〇家庭で子どもの何をみればいいのか
1.発達段階
2.キャラクター
3.流れ
4.親子のニーズの不一致に気を付けよう

第四章 「我が子の強み」をどう発見し、活かすか
〇支援と発達援助、どちらを望んでいますか?
〇子ども自身が自分を育てる方法を知っている
〇親に余裕がないと「トレーニング」になってしまう
〇それぞれの家庭らしさをどう見つけるか
〇親から受け継いだものを大切に、自分に自信を持とう

あとがき(大久保悠)


『医者が教えてくれない発達障害の治り方①親心に自信を持とう!』をどうぞよろしくお願い致します(花風社さんのHPからご購入いただけます)。全国の書店でも購入できます!ご購入して頂いた皆さまのおかげで二刷になりましたm(__)m


2022年6月4日土曜日

【No.1082】発達障害が治るなら、発達障害は作られる

「発達障害が治る」と思っている人は、おのずと「発達障害は作られる」ということを認めているということになる。
生まれつきの障害で、遺伝によって規定されている脳のタイプだとしたら、誕生後にどんな子育てをし、どんな療育、教育をしても変わらないことに。
でも実際は、ヒトの発達はプログラミングされたものではなく、遺伝的な要素と環境の相互作用によって発現の仕方が変わっていく。
言語を見れば、環境が与える大きさを感じる。
アフリカの人たちの視力は6.0以上あるというのも、環境が見る力を強く引っ張っているような気がする。


コロナ前までの「発達障害が作られる」の典型は、メディアだった。
幼少期からテレビがつけっぱなし、タブレットを見て育つ。
強くて展開が早い刺激に対して脳が適応すれば、現実世界の自然な流れに脳が誤作動するのは当然のこと。
また幼少期は動くことで発達するのに、同じ場所で一点に集中して動かない時間が長くなれば、身体を育てる機会を失う。
あと、勉強ができるための土台、準備ができていない身体、脳で、むりやり早期教育などをさせてしまうのも、本来そのときに必要な機会を失わせることと、これまたパターン的な記憶と作業という脳を作ってしまう。
何でも口に入れ、触ることで感覚を育てるのを、「汚れものが増えて」「それは汚いから」と止めていたのも同様で、職場復帰の事情から母乳を切り上げ、どんどん離乳食を進めてしまった結果、噛む力、飲み込む力、そしてそれが脳の発達に影響を及ぼすこともある。


発達障害は作られるからこそ、マスクは子どもの発達に大きな影響を与えるとすぐにわかった。
だから今、コロナ禍を経て、また一段階、発達障害児は増加のペースを上げたのは当然の成り行きなのだろう。
大人の顔が見れなければ、当然、表情が読めなくなる。
子どもは大人、とくに親の顔を見て、それが良いことなのか、悪いことなのか、危険かどうかを判断し、この世界で生きるための基準を作っていく。
その基準となる顔が見えないのだから、本能のままに振る舞う子どもになっても仕方がない。
「集団生活ができない子」「友達と遊べない子」ではなく、表情から相手の気持ちが読めないし、そもそも他人と関わってこなかったし、その子に問題があるように言うけれども、そんな子どもに育てたのが大人達。


「表情がないんです」「目が合わないんです」「言葉に遅れがあるんです」
そのような相談が増えています。
2000年以降、発達障害の専門家、親たちを中心に、発達障害の概念は広がり続け、診断のハードルを下げる方向で準備、進んできた日本。
そんな20年間を経て、今回のコロナ騒動。
はじめは病原性の強さがわからなかったから、子ども達を守る必要があったけれども、すぐにリスクがあるのは高齢者というのがわかった。
というか、子ども達に制限を掛けているのは、「子どもが高齢者にうつすから」ということで、当初から子ども達の健康を守るための対策ではなかった。


オミクロンになって喉風邪に変わり、子どもも罹りやすくなった。
「だから子どもの対策も強化」と言っていたけれども私から見れば…
子どもが罹って大人が仕事を休まないといけないのが嫌だったからでしょ
学校や園で陽性者が出るとめんどくさいことになるからでしょ
保護者や地域から文句言われるのが嫌だっただけでしょ
陽性者が増えると支持率が下がるからしょ
「対策してます」って見せたかっただけでしょ
子どもの接種率を上げたかっただけでしょ
ワクチンを売りたかったからでしょ


その挙句の果てが、子ども達の発達障害。
子どもが風邪ひいて休むのと、発達障害になるの、どっちが重大なこと?
一度、発達障害の診断が付けば、なかなか外してくれないよ。
だって、生まれつきの障害で、一生支援が必要ということで、この国の特別支援を形作ってきたから、20年以上かけて。
「発達障害は治る」ということを知っている親御さん達はどのくらいいるのでしょうか。
そもそもそれくらい常識を疑い、自分の頭で考え、情報を集めて行動できる人は、今回のコロナ騒動の茶番劇に気づけたはずです。
ということは、この日本のバカ騒ぎを続けている状況を見れば、子どもの発達で指摘を受けた、だから専門機関に行く、発達障害児の出来上がりがほとんどでしょ。


幼稚園や保育園など、いろんな現場の人達からも、「かなり増えたよ」と情報が入って聞きます。
高齢者の残りの数年のために、未来を担っていく子ども達を発達障害にしてどうするの?
一生懸命我が子を育て治っていくために頑張っている親御さん達がいる。
そして元発達障害児たちが、学校や社会、職場に飛びだしていき、自分らしい生活を送っている。
その一方で、無知な大人たち、「今だけ、金だけ、自分だけ」の大人たちによって、その何倍も、何十倍も、何百倍も多く発達障害児が作られていく。
ただでも少子化になっていくのに。
大東亜戦争の敗戦、アメリカの教育を中心とした愚民化計画が、これから始まる次の敗戦へと繋がっていたかと思うと、彼らのしたたかさと冷徹な恐ろしさを感じます。


私達が子ども時代は、遅れている子がいても、「そんな子もいるよね」って、みんな一緒に生活していました。
しかし、「早期診断、早期療育」という彼らのプロモーションとプロパガンダによって、少しでも発達の遅れがあって、それを見つけることが善であるかのように進んでしまいました。
以前ならパニくる親に、おばあちゃんたちが「心配することないよ。子どもはそれぞれのペースで育っていくから」と教えてくれたのに、今では戦後の教育を受けたもろに受けてしまった世代がジジババ世代で、むしろ「早く専門機関に行け」「薬を貰って来い」という有様。
何も疑問に思わず、ただNHKが言っているから、テレビが言っているから、という世代は本当にタチが悪い。
今回のコロナ騒動を長引かせたのは、朝からテレビをつけて、真に受けている人達でしょ。


近頃では、というかコロナ騒動が長引くにつれて、もう一度、日本は焼け野原になった方が良いと思うようになりました。
そこから再び立ち上がり、今よりも良い社会を築いていったほうが良いと。
そのためには子ども達をよりよく育てていくことが今まで以上に重要なことになります。
自分の頭で考え、行動できる子。
今までのような画一的で、言われたことにただ従っているような人間は必要なくなるでしょう。
そう考えると、満遍なくできること、集団で同じ行動ができることは、そこまで価値がなくなるように思えます。
当然、生きていくために必要な発達の土台、そこのヌケは育て直すことが必要ですが、それ以降は多少凸凹していても、むしろ何かこれといったものに集中し、突き抜けられる力、その覚悟、極めていく人間のほうが求められるのではないでしょうか。


半分くらいが外国人になる日本で、どこの高校出た、どこの大学出た、なんてどうでも良い話になるでしょう。
私達親世代も、頭の中を、今までの価値観をガラッと変えていく必要があると思います。
元発達障害児、特別支援学校出身も、問われない社会。
というか、外国人から見れば、みんな同じ日本人。
その中で何ができるか、自分の頭で考え行動できるか。
焼け野原になった日本をもう一度、復興させることのできる人に育てる。
発達障害を治さない、治そうとしない人とかまっている時間は残されていません。
発達障害児は増え続け、定型発達の子ども達の学校教育などにも影響が出てくるでしょう。
ですから、ますます家庭が、親御さんが重要になってきますね、親御さんの生き方が問われることでしょう。
学校は発達障害児とその親の対応で、教育がままならなくなるはずですから。




☆『ポストコロナの発達援助論』のご紹介☆

巻頭漫画
まえがき
第1章 コロナ禍は子ども達の発達に、どういうヌケをもたらしたか?
〇五感を活用しなくなった日本人
〇専門家への丸投げの危険性
〇コロナ禍による子ども達の身体の変化
〇子どもの時間、大人の時間
〇マスク生活の影響
〇手の発達の重要性と感覚刺激とのソーシャルディスタンス
〇戸外での遊びの大切さ
〇手の発達と学ぶ力の発達
〇自粛生活と目・脳の疲労
〇表情が作れないから読みとれない
〇嗅覚の制限 危険が察知できない
〇口の課題
〇やっぱり愛着の問題
〇子ども達が大人になった世界を想像する
〇子どもが生まれてこられない時代
〇子育てという伝統

第二章 コロナ禍後の育て直し
〇発達刺激が奪われたコロナ禍
〇胎児への影響
〇食べ物に注意し内臓を整えていく
〇内臓を育てることもできる
〇三・一一の子どもたちから見る胎児期の愛着障害
〇胎児期の愛着障害を治す

第三章 ヒトとしての育て直し
〇噛む力はうつ伏せで育てよう
〇感覚系は目を閉じて育てよう
〇身体が遊び道具という時期を
〇もう一度、食事について考えてみませんか?
〇食べると食事の違い
〇自己の確立には
〇右脳と左脳の繋がりが自己を統合していく
〇動物としての学習方法
〇神経ネットワーク
〇発達刺激という視点

第四章 マスクを自ら外せる主体性を持とう
〇なぜマスクを自ら外せることが大事なのか
〇快を知る
〇恐怖を、快という感情で小さくしていく

第五章 子どもの「快」を育てる
〇「快」がわかりにくいと、生きづらい
〇快と不快の関係性
〇子どもの快を見抜くポイント
〇自然な表情

第六章 子ども達の「首」に注目しよう
〇自分という軸、つまり背骨(中枢神経)を育てる
〇首が育っていない子に共通する課題
〇なぜ、首が育たない?
〇首が育たない環境要因
〇首が育つとは
〇背骨の過敏さを緩めていく
〇首を育てるには

第七章 親御さんは腹を決め、五感を大切にしましょう
〇子育て中の親御さん達へのメッセージ
〇部屋を片付ける
〇子どもと遊ぶのが苦手だと思う親御さんへ
〇ネットを見ても発達は起きません
〇発達刺激という考え方
〇五感で子どもを見る
〇特に幼児期は一つに絞って後押ししていく

第八章 自由に生きるための発達
〇発達の主体を妨げない存在でありたい
〇大人が育てたいところと子どもが育てたいところは、ほとんど一致しない

あとがき
こういう本を読んできました
巻末漫画

出版元である花風社さんからのご購入はこちら→https://kafusha.com/products/detail/56
Amazonでも購入できます。全国の書店で好評発売中!


2022年6月2日木曜日

【No.1281】マスクと人見知り、授乳スマホと目が合わない

数字なんて言うのは条件を変えれば、どうにでもコントロールできるもので、今回はワクチン接種率を上げるという目的が先にあってのデータ公表ですから、そもそも信じる方が間違いですね。
ワクチン接種が先行していた国のデータを見ても明らかでしたし、自然免疫を抑制する仕組みだと製薬会社の説明からもわかります。
そして何よりも体感的にこれ打ったらマズイなって感じたでしょ。
どうしてこんなにも数字を見なければ判断できない人が増えたのか。
こっちのほうが問題だと思います。
動物としてのヒトの劣化ですね。


そんな風に世の中的には厚労省のワクチンデータ捏造が話題になっていますが、【成長の証なのに「人見知り」しない子、「マスクで顔が区別できないのでは」…[コロナ警告]ゆらぐ対人関係(6月1日読売新聞)】のほうが重大な話だと思いました。


母胎にいるときは、お母さんの顔も、お父さんの顔も見えないわけです。
得られる感覚と言えば、お母さんの声、心臓の音、心拍のリズムと揺れ、体温、味覚といったところです。
出生後もしばらくはよく目が見えていない状態ですから、徐々に光や色を認識できるように育ち、つまり、お腹から出たあとの環境によって発達させていく。
そうやって後天的に発達させていく視覚において、周りの大人たちの顔が半分隠れた状態なんていうのは、顔なしの世界で適応していくようなもの。
ヒトは〇が横に2つ並んでいて、その下にも〇があるような模様を見たとき、人の顔だと無意識的に判断する特徴を持っていますので、大事な3点目の口が隠れていてはそれが「顔だ」と認識できないのです。


人見知りしないのではなく、マスク面の人が人だと認識できていないのでしょう。
0~3歳児くらいは顔の認識ができない。
4歳~6歳児くらいは急にみんなの顔が隠れた世界になったので、不気味に感じている、といった感じだと思います。
小学生以降が自分がマスクをつけることによる心身の健康への影響で、どの時期にコロナ騒動を経験したか、またどれくらい周りの大人が配慮できていたかで表れ方に違いが出るといえます。
そんで拙著『ポストコロナの発達援助論』、昨日のブログとも繋がりますが、こういったコロナ騒動による後天的な発達の遅れ、ヌケも、病院に行けば全部「発達障害」になってしまうんですよ。
こんなんで薬を飲まされた日には絶望ですね。


ようやくコロナ騒動も3年目を迎えて、子どもの発達に関わる専門家たちが声を上げ始めました。
それぞれの立場や事情があって子どもの発達への影響を今まで言えなかったのなら、それは勇気がないだけ、悪く言えば卑怯者。
また実際に影響が出て、数値として、目に見える形で子ども達に変化が出ないと分からなかったというのなら、専門家としてのセンスがないだけ。
だけれども、まだ声を上げていない子どもの健康や発達に関わる専門家たちは大勢いて、平時に偉そうにしていた連中がたくさんいるのです。
そして面白いことに、あれだけ「子ども達の発達を大事にする」「個別に合わせた発達支援」などと言っていた発達障害、特別支援の専門家たちがこの2年間ダンマリを続けている。
彼らは否定するかもしれませんが、心の中では発達障害の子ども達が増えて欲しいと思っているんですね。
少なくとも、発達障害を治そう、減らしていこうとは思っていないのがよく分かりました。


まあ、そうは言っても、起きていないリスクについて表明するにはセンスと覚悟が必要です。
また人間は習性的に未来のリスクは過小評価する傾向があります。
なので、子ども達の発達という見えなくて、それが時間を置いて表面化する課題に対しては重大なことだと気づけないのも自然なことなのかもしれません。
マスクによる人の認識、表情の認識への影響と同じような話は、以前にもありました。


発達相談において、「うちの子、目を合わせないんです」という相談は多くあります。
それが自閉症の特性の一つに挙げられていることも影響しているのでしょうが、それが脳の特徴からきているものだと考えている人が多くいます。
でも実際にお会いすると、みんながみんな、脳の特徴とは言えませんし、発達の遅れやヌケからきているとも言えないのです。


詳しい見立ての仕方は言語化しづらくて難しいのですが、会った瞬間、赤ちゃん時代に親子で目を合わせる機会が少なかったですね、ということを感じるご家族がいます。
この前の小学生の女の子も、そんな感じでした。
脳の歪みや自閉的な脳の特徴もない。
運動発達のヌケも見当たらない。
でも、人と目を合わさない、別の方を向いて私と会話する。
こういったお子さんは、目を見るという学習がなされていないことが多くあります。
「おっぱいをあげるとき、スマホ観ていませんでしたか?」と尋ねると、仕事を休んでいて社会から取り残される感じがしていて母乳の間、スマホをずっと観ていましたということでした。


このお母さんだけではなく、今、スマホ片手に授乳させている人は多いのではないでしょうか。
冒頭でお話しした通り、ちょうど授乳期間というのは視覚が育ち、顔を認識し、表情を読むことを育てている時期ですね。
そんなとき、赤ちゃんはおっぱいを飲みながらお母さんの顔を見る、だけれども、お母さんの目はスマホで自分には向かない。
結局、マスクと同じ状態ですね。
ですから、コロナ前から保育士さん達は授乳中のスマホは止めましょうと言っていたのですよ。
たぶん、誰も耳を傾けていなかったでしょうが。


ですから私もコロナ前からこういった指摘と注意喚起はしていたのですが、最近では更なる危険性を感じるようになりました。
私の家では寝室にスマホは持っていかないようにしています。
持っていっても、ネット接続は切ってから寝ています。
どういうことかといえば、スマホの電磁波の影響ですね。
特に寝るときって、頭の上あたりに置きませんか、スマホ。
スマホがネットに繋がっていれば、そこを基点に電磁波が集まる。
そんなものが子ども達の頭の上に、しかも7~8時間もあったら電気を帯びている細胞やその中のDNAに影響が出ませんかね。
少なからず影響があると思いますし、高圧電線と発達障害の関連性も指摘されていますので、できれば子どもに、しかも頭の付近に近づけないほうが良いと思います。
スマホの説明書でも、「耳に近づけて通話しないでください」と注意書きがありますしね。
オカルトっぽくなるのですが、どうもネットや電子レンジなどと相性が悪いなって子がいて、電子レンジが作動していると多動になる子、家族がタブレットやパソコンを使い始めると別の部屋にいても情動が不安定になる子もいます。


たぶん、マスクの人見知りも、授乳中の見つめ合いも、スマホの電磁波の話も、数字至上主義の人からすれば、全部トンデモになると思います。
だけれども、子どもへの影響、人体への影響って、時間が経過しないと分からないもの、表面化しないものがほとんどですね。
ですから、研究もされないし、論文にもならない。
ある意味、現代科学では証明することができないレベルのものになるので、感覚的に気づける人が気づき、警鐘を鳴らしていないといけないと思うんです。
もちろん、科学的な知見、情報に学びつつ、自分の感覚を大事にする。
そして迷ったときは、人類の歴史、進化、原始的な人達の生活に立ち返っていく。


科学の歴史は高々200年くらいなもので、スマホの登場は10年くらいなもの。
私達が子ども時代はケータイもなかったし、20年前はこんなにも発達障害の子ども達がいなかったでしょ。
700万年人類は、保育園も、幼稚園も、教育や子育てという言葉さえもなくて、それでも子が育ち、歴史を紡いできたわけです。
スマホも、農薬も、薬も、遺伝子組み換え食品も、ワクチンも、できたのはこの頃で、発達障害が増えているのもこの頃の話。
だから発達障害の問題は、個人、各ご家庭の問題ではなく、社会の問題なんですね。
その社会の問題に多くの人達が気づくのは、もう取り返しのつかないときがやってきてから。
人類の歴史を見れば、同じ過ちを繰り返しているのがその証拠。


遺伝子ワクチンも80%の人が打った。
あとから「実は捏造していました。逆に罹りやすくなるんですよ」と言われても、過去に戻ることはできませんし、一度体内に入れたものはすべて排出することはできませんね。
ですから気づいた人が行動していく。
気づいた人が発信していく。
それによって気がつく人がいるかもしれないし、変わる人がいるかもしれない。
そうやって同じ過ちを繰り返しながら、少しずつ良い社会、未来を創っていくしかないかなと思っています。
社会全体を変えるには、人類の歴史を変えるには、一人のヒトの人生では短すぎる。
目の前にいる人と、周りにいる人、そして縁があった人のために発信を続け、行動していきます。
それが100年か、1000年経ったあとに、ちょびっとは影響が出るかもしれませんので。




☆『ポストコロナの発達援助論』のご紹介☆

巻頭漫画
まえがき
第1章 コロナ禍は子ども達の発達に、どういうヌケをもたらしたか?
〇五感を活用しなくなった日本人
〇専門家への丸投げの危険性
〇コロナ禍による子ども達の身体の変化
〇子どもの時間、大人の時間
〇マスク生活の影響
〇手の発達の重要性と感覚刺激とのソーシャルディスタンス
〇戸外での遊びの大切さ
〇手の発達と学ぶ力の発達
〇自粛生活と目・脳の疲労
〇表情が作れないから読みとれない
〇嗅覚の制限 危険が察知できない
〇口の課題
〇やっぱり愛着の問題
〇子ども達が大人になった世界を想像する
〇子どもが生まれてこられない時代
〇子育てという伝統

第二章 コロナ禍後の育て直し
〇発達刺激が奪われたコロナ禍
〇胎児への影響
〇食べ物に注意し内臓を整えていく
〇内臓を育てることもできる
〇三・一一の子どもたちから見る胎児期の愛着障害
〇胎児期の愛着障害を治す

第三章 ヒトとしての育て直し
〇噛む力はうつ伏せで育てよう
〇感覚系は目を閉じて育てよう
〇身体が遊び道具という時期を
〇もう一度、食事について考えてみませんか?
〇食べると食事の違い
〇自己の確立には
〇右脳と左脳の繋がりが自己を統合していく
〇動物としての学習方法
〇神経ネットワーク
〇発達刺激という視点

第四章 マスクを自ら外せる主体性を持とう
〇なぜマスクを自ら外せることが大事なのか
〇快を知る
〇恐怖を、快という感情で小さくしていく

第五章 子どもの「快」を育てる
〇「快」がわかりにくいと、生きづらい
〇快と不快の関係性
〇子どもの快を見抜くポイント
〇自然な表情

第六章 子ども達の「首」に注目しよう
〇自分という軸、つまり背骨(中枢神経)を育てる
〇首が育っていない子に共通する課題
〇なぜ、首が育たない?
〇首が育たない環境要因
〇首が育つとは
〇背骨の過敏さを緩めていく
〇首を育てるには

第七章 親御さんは腹を決め、五感を大切にしましょう
〇子育て中の親御さん達へのメッセージ
〇部屋を片付ける
〇子どもと遊ぶのが苦手だと思う親御さんへ
〇ネットを見ても発達は起きません
〇発達刺激という考え方
〇五感で子どもを見る
〇特に幼児期は一つに絞って後押ししていく

第八章 自由に生きるための発達
〇発達の主体を妨げない存在でありたい
〇大人が育てたいところと子どもが育てたいところは、ほとんど一致しない

あとがき
こういう本を読んできました
巻末漫画

出版元である花風社さんからのご購入はこちら→https://kafusha.com/products/detail/56
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2022年6月1日水曜日

【No.1280】子ども達の人生を搾取されてたまるか!

子ども達を幸せにしないのに、「幸せセット」などとネーミングされたメニュー。
どうして子ども向けのセットにはおもちゃなどの景品が豪華なのでしょうか。
原価を考えると、ほぼ儲けなし。
つまり、幸せセット自体で儲けているのではなく、子ども達に味を覚えさせているのですね。
子ども時代に覚えた味は生涯求め続ける。
休みの日など朝から家族連れでファーストフード店にいる姿は、彼らにとって完成形です。
もちろん、健康的で本当に幸せになるような食事を提供しているのなら通い続けても問題ないでしょうが、そこに使われている食材は…以下自粛。


こういったところに行かないで、なるべく自炊しているご家庭であったとしても、今の日本で完全に無農薬で添加物、遺伝子組み換え食品を避けることは無理でしょう。
ですから、「本当に大変ですよね」なんて親御さん達と会話になる。
うちも二人の子どもがいますが、14歳ごろ、人間の味覚は安定すると言われていますので、中学卒業するくらいまでは頑張っていきたいと思っています。
それくらいまでコンビニやインスタント食品、ファーストフード、飲料水などの味を覚えなければ、高校以降、友達と一緒に食べることになっても自分の身体が「もういいかな」と反応するはずです。
100年時代を生きる彼らの15年を大人が頑張れば、残りの85年健康に過ごすことができますね。


私は食べることも、料理も好きですので、18歳で家を出てからもずっと自炊してきました。
だからあまり他人が作るものを食べることがなかったのですが、大学卒業後、入所施設で働いたとき、本当に食事がまずくてビックリしました。
これは調理さんの腕が悪かったのではなく、食材が悪かったんですね。
施設は人手が足りないので、業者から届く食材を調理室まで持っていくのですが、ほとんどが冷凍された食材で原産地は中国やベトナムなど。
何日もそのままにしていても、まったく色が変わらない野菜たち。
たまに生野菜があると思ったら、廃棄するような形、色のものばかり。
人間はお金がないと、まず食費を削りますよね。
福祉自体お金がないので、利用者の日々の食事が削られていたのです。
彼らは文句言わないし、だからあんな食事を提供していたのでしょう。
私達職員は欠食していましたね。
毎日、一応、栄養士が立てた献立を食べていましたが、彼らの健康状態は悪いままでしたし、食事の影響か、精神科薬の影響かはわかりませんが、重い病気になり、若くして亡くなる人も多かったです。


世の中がおかしくなると、一番に被害を受けるのは、こういった障害を持った人や子ども達などの弱者です。
ある意味、食い物にされているんですね。
私が「自立を目指そう!」「発達障害を治そう!」と言っているのは、自分の商売を儲けさせようとしているのではなく、こういった搾取から障害を持った人達、子ども達を守りたいからなんです。
どちらかといえば、社会問題解決のために仕事をしている側面も強くあります。


既に発達障害は利権の一つになっています。
年端もいかない子に発達障害の診断名を付ける。
そして療育という名の利権が生まれる。
この利権は、18歳ごろまで続くので、一人の利用者を獲得すれば、毎月、10万円くらいの利益を運んでくれる。
また医療としては精神科薬を服用してくれれば、同じように長らく金の生る木になってくれる。
精神科薬は依存性が高いものが多く、身体が大きくなれば、服用期間が長くなれば、効きが悪くなり、増量することができる。
本当に心ある医師なら、幼児さんに精神科薬を処方するはずはありませんね。
精神科薬によって神経伝達物質はコントロールできますが、神経発達症である神経の発達を促すことはできないのですから。


こんなことを言うと、いつも決まって私の偏見かのごとくいう人達がいます。
でも、これは私の頭の中だけでの物語ではないんですね。
もう10年以上前になりますが、私が研修に行ったときも、既にアメリカでは社会問題になっていました。
アメリカの場合は、ADHDの診断がバンバンなされていて30%くらいの子ども達が診断されていたのです。
その背景には、何十年もかけて行われてきた製薬会社の宣伝、プロパガンダがあり、薬を売るために診断が容易になるシステムを作り上げた結果です。
診断は簡単なアンケートに答えるだけ、薬はドラッグストアや学校の医務室でも貰える。
ちょっとトラブルがあると学校から受診を勧められる。
一方で「集中力が高まる魔法の薬」と宣伝されたのをそのまま受け取った若者たちがテスト前に服用する。
それによって精神科薬依存の子ども達、若者たちが多数生じ、他の(本当の)精神疾患になっている。
で、そうなると、またうつ病などの薬が売れるんですね。
私が研修を受けたところの専門家達は環境を整え、支援によって発達障害の人達を療育していこうとしている人達でしたので、このアメリカの状況を心から嘆いていました。


日本人はよく言えば人が良くて、悪く言えばお花畑の人なので、こういった欧米の人たちの行動、思考が理解できない人が多いと思います。
この前も、接種対象者に「基礎疾患がある人」となっているのを「彼らを守るため」と勘違いしている人がいてビックリしたところです。
若くて健康な人が強い副反応に苦しむのに、基礎疾患がある人が同じ状態になったら、それこそ命が危ないでしょ。
基礎疾患がある人が対象になるのは、何かあっても基礎疾患のせいにできるから。
接種後に亡くなっても、基礎疾患のせい。
接種後に感染しても、「ワクチンのおかげで重症化しなかったでしょ」となる。
接種後、何も起きなければ、万々歳で、どの道、医療側としたら打ったら打っただけ儲けられて、デメリットはなし。
だから、高齢者や基礎疾患がある人に2回も、3回も、4回も打たせるんです。
それが彼らの戦略だから。
国を追われ生きてきた民族、他国を侵略し、逆に侵略されることを繰り返し生きてきた民族をなめてはいけませんね。


コロナ騒動には、日本の国民皆保険がグローバル企業、グローバル資本によって狙われたといった側面もあると思います。
買収したメディア、政治家、御用学者を使って不安を煽る→ワクチンを売る→打った人が定期的に接種するシステムを作る→副反応に対する薬を売る…のマッチポンプ&無限ループ。
彼らの基本は一挙両得ではなく、一度で3回、4回、5回と儲ける仕組み作りです。
アメリカ国内で起きているADHD問題も、日本国内で起きている発達障害問題も、同じパターンでしょ。
簡易診断→病気を作る→薬を売る→対象を広げる→何回も服用。
彼らは「最終的に勝ったものが正しい」という教えで生きているということは忘れてはなりません。


私のキャリアは、福祉の世界で食い物にされている障害者の人達との出会いからでした。
そして今は早期診断という建前の青田買い、発達障害を使った子ども達の利権化に対する怒りと抵抗です。
幼児が精神科薬を飲んでいるのなんて異常です。
年端もいかない子が一般の幼稚園や保育園、親子の時間ではなく、親を気持ちよくさせるための専門機関に行くのも間違っています。
特別支援教育だって大人のアリバイ作りで、児童デイは定型発達の子ども達との分離、いや隔離、就労支援事業はまさに時間つぶしでしょ。
その子が自立でき、幸せで自由な人生を歩めるようにするために、ちゃんとその子の命を全うできる人生を送られるために命をかけて仕事していないでしょ、ほとんどの人が。
結局、自分が担当している間、問題が起きなければいい、親に嫌われなければいい、という感じがありあり。
だから、「今だけ、金だけ、自分だけ」で支援や療育、教育をしているんじゃないですか。
社会が狂ってるし、大人が狂っている。


私達、今の子育て世代は、平成がそのまんま子ども時代です。
世の中の大人たちが「今だけ、金だけ、自分だけ」で突き進み、その影響をもろに受けた世代ともいえます。
でも、それを嘆いていても、そのときの大人たちを恨んでも、何も変わってはいきません。
私達は気がついたので、子ども達、未来の子ども達を守るために闘うことができるのです。
私自身は、2000年以降、発達障害が利権化され、食い物にされている状況を打破するため、闘っていきます。
発達に遅れがあることが問題なのではなく、発達に遅れがあることを問題かのように焚きつけている人達が問題なのです。
食を通して、環境を通して、遊びを通して、家庭での子育てを通して、私達は未来をより良くしていける。
そのためには私達大人が学び、考え、行動し、声をあげていくことですね。
子ども達の人生を搾取されてたまるか!




☆『ポストコロナの発達援助論』のご紹介☆

巻頭漫画
まえがき
第1章 コロナ禍は子ども達の発達に、どういうヌケをもたらしたか?
〇五感を活用しなくなった日本人
〇専門家への丸投げの危険性
〇コロナ禍による子ども達の身体の変化
〇子どもの時間、大人の時間
〇マスク生活の影響
〇手の発達の重要性と感覚刺激とのソーシャルディスタンス
〇戸外での遊びの大切さ
〇手の発達と学ぶ力の発達
〇自粛生活と目・脳の疲労
〇表情が作れないから読みとれない
〇嗅覚の制限 危険が察知できない
〇口の課題
〇やっぱり愛着の問題
〇子ども達が大人になった世界を想像する
〇子どもが生まれてこられない時代
〇子育てという伝統

第二章 コロナ禍後の育て直し
〇発達刺激が奪われたコロナ禍
〇胎児への影響
〇食べ物に注意し内臓を整えていく
〇内臓を育てることもできる
〇三・一一の子どもたちから見る胎児期の愛着障害
〇胎児期の愛着障害を治す

第三章 ヒトとしての育て直し
〇噛む力はうつ伏せで育てよう
〇感覚系は目を閉じて育てよう
〇身体が遊び道具という時期を
〇もう一度、食事について考えてみませんか?
〇食べると食事の違い
〇自己の確立には
〇右脳と左脳の繋がりが自己を統合していく
〇動物としての学習方法
〇神経ネットワーク
〇発達刺激という視点

第四章 マスクを自ら外せる主体性を持とう
〇なぜマスクを自ら外せることが大事なのか
〇快を知る
〇恐怖を、快という感情で小さくしていく

第五章 子どもの「快」を育てる
〇「快」がわかりにくいと、生きづらい
〇快と不快の関係性
〇子どもの快を見抜くポイント
〇自然な表情

第六章 子ども達の「首」に注目しよう
〇自分という軸、つまり背骨(中枢神経)を育てる
〇首が育っていない子に共通する課題
〇なぜ、首が育たない?
〇首が育たない環境要因
〇首が育つとは
〇背骨の過敏さを緩めていく
〇首を育てるには

第七章 親御さんは腹を決め、五感を大切にしましょう
〇子育て中の親御さん達へのメッセージ
〇部屋を片付ける
〇子どもと遊ぶのが苦手だと思う親御さんへ
〇ネットを見ても発達は起きません
〇発達刺激という考え方
〇五感で子どもを見る
〇特に幼児期は一つに絞って後押ししていく

第八章 自由に生きるための発達
〇発達の主体を妨げない存在でありたい
〇大人が育てたいところと子どもが育てたいところは、ほとんど一致しない

あとがき
こういう本を読んできました
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2022年5月31日火曜日

【No.1279】今だけの経験にせず、家族だけのエピソードにせず

高校時代、3年間同じ担任の先生だったのですが、その先生がよく私達に向かって「コンビニの弁当には、また食べたくなる薬が入っているから食べないほうがいいぞ」って言っていました。
もともとコンビニのごはんはまずいと感じていた私ですので、ほとんど食べることはなかったのですが、今思えば、大事な指摘だったと思います。


私も子育て世代の一人ではありますが、私達が過ごしてきた子ども時代は核家族が当たり前で、世の大人たちは忙しく、それが「今だけ、金だけ、自分だけ」の社会を形成していたように感じます。
その象徴的なものが、コンビニであり、ファーストフードであり、冷凍食品であり。
添加物まみれ、農薬まみれの食は、「いかに安くて儲けるか」ということの表れであって、それが人々の健康に、また子ども達やその次の世代にどのような影響を及ぼすかは二の次、三の次になっていたのでしょう。
そう考えると、ワクチンも、マスクも、それと地続きになっているといえます。


いま、食と健康に注目している親御さん達は多くいます。
それは裏を返せば、そういったことを教わらず、学ばずにきた私達がいる、ということでしょう。
不妊だって、発達障害だって、もしそういった知識があれば、今のような日本の状況にはなっていなかったはずです。
というかGHQが計画した通りに日本人の食が壊わされだけなのかもしれません。
というか種子を売る企業と農薬を売る企業と薬を売る企業が同じで、「病気を作って薬を売る」というグローバル企業の戦略に踊らされているだけなのかもしれません。


食と発達障害に対して「それはトンデモだ」と否定する人たちも少なくありません。
そういった人たちの多くは、その人自身の食が乱れているのだと感じます。
食の乱れの根っこは、その人が子ども時代に何を食べてきたと繋がっており、食を大切にしなかった家庭で育ったことが背景にあります。
「我が子に何を食べさせるか」は親から子への愛情の原形。
ですから食を大切にできない人は自分自身を大切にできていない人であり、それは自分の親から大切にされてこなかったことの表れ。
食の改善に入ってこれない親御さんというのは、そこに触れることが自身の愛着形成の傷に触れることとなるからだと思います。


一方で自分たちが食べてきた物で我が子の発達に影響を与えてしまったと深い後悔をされている親御さん達も少なくありません。
しかし、今のワクチンやマスクをさせられている子ども達のように、子ども時代の私達には選択権がなかったわけです。
自分たちの親の世代だって、化学物質の危険性について知らなかったと思います。
まさか我が子に食べさせていた食品が、孫の代に影響を及ぼすなんて思いもしなかったことでしょう。
不妊も、発達障害も、親の世代で言えば、ごくごく僅かな他人の話だったはずです。


健康な子どもを産むために、しっかり食べないといけない、早く結婚しなければならない、というのは戦前まで当たり前の話でした。
それが民主化という実は共産化によって戦後、家族の否定が行われていった結果、そういったことを言う世代の人々は離されていきました。
いま、そんなことをたとえ我が子だったとしても言おうもんなら、「人権ガー」「男女差別ガー」となり大問題にされてしまいます。
ですから、少子高齢化も自然な流れですし、発達障害が増え続けるのも当然の結果です。


発達相談で親御さんとお話しする際、深い後悔の念を吐露される人は少なくありません。
だけれども、上記の通り、私達に選択権がなかった子ども時代の影響もあるのです。
だからこそ、後悔する気持ち、エネルギー、時間を目の前の子ども達のために使ってほしいと思います。
今の親御さん達のように、一生懸命子ども達の食や生活、発達について学び、より良い環境を整えようと努力されている世代は今までなかったはずです。
我が子の発達の遅れをきっかけに学び始めたかもしれませんが、それでもここまで一生懸命情報を集め、自らで考え、実践されている。
それは目の前にいる我が子だけではなく、その次の世代へと繋がっていくと思います。


このような親御さん達は、子どものワクチン、マスク、消毒液などの罠にひっかからなかったはずです。
だけれども、世の中を見渡せば、少数派です。
今の子ども達が大人になったとき、今以上に不妊や発達障害、その他の健康問題に悩む人達が多くなるでしょう。
つまり、我が子も少数派の生き方、人生を送るということです。
となれば、幼少期、発達の遅れがあったなんて大した話ではありません。
それ以上に大変な問題があるからです。


今の親御さん達が悩み、後悔した経験は、我が子だけではなく、その次の世代へと活かされていくと思います。
ですから我が子が治っていくために試行錯誤しながら頑張るのは、より良い未来を創っていくことに繋がるのです。
今だけの経験にせず、家族だけのエピソードにせず、未来や他のご家族に繋がっていけるよう記録し、発信していってもらいたいと思います。
こんな狂った時代に、また「発達障害を治したい!」と堂々と言いながら子育てを行っている親御さん達は貴重な存在です。


私達の子育て、行動、選択が結果となって表れるのは孫の世代になってから。
今から20年後、30年後の子ども達が幸せで健康的な生活が送られるよう頑張っていきましょう。
私達が流した汗や涙は、きっと未来の子ども達の幸せな生活に繋がっていくはずです。
「コロナ禍でも僕を守ってくれた」「私の発達障害を一生懸命治してくれた」
その想いは我が子を通して次の世代へと伝わり、私達と結びつけてくれます。




☆『医者が教えてくれない発達障害の治り方』のご紹介☆

まえがき(浅見淳子)

第一章 診断されると本当にいいことあるの?
〇医者は誤ることはあるけど謝ることはない
〇早期診断→特別支援教育のオススメルートは基本片道切符
〇八歳までは障害名(仮)でよいはず
〇その遅れは八歳以降も続きますか?
〇未発達とは、何が育っていないのか?
〇就学先は五歳~六歳の発達状況で決められてしまうという現実
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのメリット
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのデメリット
〇療育や支援とつながるほど、子育ての時間は減る

第二章 親心活用のススメ
〇親子遊びはたしかに、発達に結びつく
〇変わりゆく発達凸凹のお子さんを持つ家庭の姿
〇学校は頼りにならないと知っておこう
〇安定した土台は生活の中でしか作れない
〇支援者が行うアセスメントには、実はあまり意味がない
〇親が求めているのは「よりよくなるための手がかり」のはず
〇人間は主観の中で生きていく
〇専門家との関係性より親子の関係性の方が大事
〇支援者の粗探しから子どもを守ろう
〇圧倒的な情報量を持っているのは支援者ではなく親

第三章 親心活用アセスメントこそ効果的
〇子育ての世界へ戻ろう
〇その子のペースで遊ぶことの大切さ
〇「発達のヌケ」を見抜けるのは誰か?
〇いわゆる代替療法に手を出してはいけないのか
〇家庭でのアセスメントの利点
1.発達段階が正確にわかる
2.親の観察眼を養える
3.本人のニーズがわかる
4.利点まとめ
〇家庭で子どもの何をみればいいのか
1.発達段階
2.キャラクター
3.流れ
4.親子のニーズの不一致に気を付けよう

第四章 「我が子の強み」をどう発見し、活かすか
〇支援と発達援助、どちらを望んでいますか?
〇子ども自身が自分を育てる方法を知っている
〇親に余裕がないと「トレーニング」になってしまう
〇それぞれの家庭らしさをどう見つけるか
〇親から受け継いだものを大切に、自分に自信を持とう

あとがき(大久保悠)


『医者が教えてくれない発達障害の治り方①親心に自信を持とう!』をどうぞよろしくお願い致します(花風社さんのHPからご購入いただけます)。全国の書店でも購入できます!ご購入して頂いた皆さまのおかげで二刷になりましたm(__)m


2022年5月25日水曜日

【No.1278】100年後の子ども達のためにも

長い時間待機して、ようやく専門機関での検査、アセスメントを行ってもらったのに、返ってきた資料に「ガッカリした」というお話はよく伺います。
ひと昔前の親御さん達でしたら、情報も限られていましたので、その資料に記されている専門用語にときめきを覚えたのでしょうが、今の親御さん達にはそれはありません。
だって、今の親御さん達の情報量は専門家以上ですから。
専門家とは、いつしか専門バカになり、とても狭い分野の物知り、オタクになってしまっているのは、コロナ騒動で出てきた専門家たちの狭い了見を見ればよくわかります。
「一人の子を育てる」には、食や睡眠、排泄、生物学的な健康と心理的な健康、遊び、ヒトの発達、神経の発達、運動&感覚の発達、環境、どういった園で過ごし、どういった習い事をするか、など幅広い情報と知識、そして何よりも選択が必要です。
いくら発達障害の知識があっても、いくら欧米お墨付きの療法の使い手だったとしても、一人の人を育てるには狭すぎます。


また親御さんが専門機関のアセスメントに「ガッカリ」する理由には、その子だけを見たアセスメントになっていることもあるでしょう。
目の前の子に言葉の遅れがある。
だけれども、その背景を知るには検査室以外の情報を知る必要があります。
家の中では常にテレビがついていないか。
早期から英語教育を行っていないか。
どの程度、その子の周りには言葉があり、どんな種類、人たちの声を聴いて過ごしているか。
そういった環境面からのアセスメントも大事でしょう。


そして目の前にいる子は、突然、この世に生まれたのではなく、二人の親がいて、四人の祖父母がいて初めて目の前に存在しているのです。
だから、アセスメントにはご両親の幼少期の様子、歩んできた道も確認することが必要です。
もちろん、祖父母も。


以前、相談があったご家庭では、社会性の面での発達の遅れについて心配されていました。
親御さんの想いとしてはいち早く育てたいし、治ってもらいたい。
だけれども、お父さんは小学校時代、友達もいなかったし、学校の先生の話もよく聞けていなかったと言います。
だけれども、中学校進学と同時に部活動に打ち込むことで、自然と周りの人が何を考えているかが分かるようになり、授業中の話も耳に入ってくるようになったそうです。
ということは、今、幼稚園でお友達と遊べないのは問題じゃなくて、もっと時間がかかりますよ、ってことだと思います。


だから、良い悪いではなくて、お父さんと同じように中学生くらいになれば、友達と遊べるようになるし、先生の話も聞けるようになるでしょう、という話。
「3歳で〇〇ができる」というような基準がありますが、そんな基準は外れた子ども達をピックアップするために作られたものにすぎません。
子どものためではなく、そういった基準がある方が保健所、医師にとって都合がいいからできたわけです。
そんなのだって戦後の母子手帳が導入されてから親御さん達は気にするようになったわけで、戦前、明治、江戸時代、もっと遡れば縄文時代に、「1歳半で指さしができなきゃ、まずい!」なんて思いながら子育てしていないでしょ。
乳幼児健診も、一つの利権になっていることは忘れてはなりません。


話を戻せば、「中学生くらいには満たされ、育つでしょう」とお話しした親御さんは、「あれから焦る気持ちが少なくなりました」と言い、今ある幼児期の我が子との時間を楽しまれるようになったそうです。
もちろん、お父さんも中学校生活の中に発達のヌケを育てる何かがあったかもしれませんが、それを分析し、今の幼児さんの我が子にやったとしても、今すぐに育ちきるかといったら疑問です。
たぶん、中学生で満たされたのが、小学校高学年くらいで満たされるくらいにはなるでしょうが、10年くらいの時間を一気に短縮することはできないでしょう。


で、話は続き、そのご家庭では思いっきり幼児期の今の時間を楽しむようになってから、子どもさんの食欲が出て、運動が活発になり、自然と笑うことが増えたというメールを頂戴しました。
治ることは大事ですが、私はそれ以上に育ち続けることのほうが大事だと思い、発達相談という仕事をしています。
発達が遅れている状態が問題なのではなく、発達成長していけない状態が問題なのです。
「ゆっくりだったとしても、我が子は確実に成長しているな」
「きっと時間がかかったとしても、我が子は自立した生活を送ることができるだろう」
そんな未来への希望が見えていれば、そのご家族は不幸なんかじゃないし、苦しむ必要はない。


だから、このご家庭へ伝えたかったのは、人工的に作られた基準に振り回され、「早く治さなければ」という焦燥感を生み、それがその子もそうですし、きょうだい児、ご両親にとっても苦しい状況を生んでいるということでした。
その重苦しい雰囲気から解放され、家族みんなで今しかない家族の時間を楽しまれている姿は、添付されていた家族写真から伝わってきました。
治すために子育てをし、家族がいるのではなく、幸せになるために家族がいて、子育てをしている。


そうとはいえ、目の前に同級生との差を感じてしまう我が子がいると、私のような視点で子育てをできないのも当然だと思います。
だけれども、一緒になって不安になるのも、世の中の専門家たちのように不安を煽ることで仕事に結びつけようとすることも、私にはできません。
そしてアセスメントが三世代を見て行うのと同じように、今の子ども達の育ちは次の世代、その次の世代へと繋がっていくのです。
だから、今、目の前の子だけを見て、その子だけが治ればおしまい、ではいけないと思っています。
一度関わったからには、そして人間の発達に携わる仕事をしているからには、三世代あとの人たちのことも視野に入れて発達相談、援助という仕事をしなければならないと考えています。


たくさんの「治った」という喜びのご報告を頂きますが、私の仕事が評価されるのはその子の次の世代、その次の世代が健康で幸せな人生を送られた時だと思っています。
ですから、私が生きている間には評価されることはないでしょう。
でも、そうやって私達の祖父母の世代、その前の世代も、未来の子ども達のことを想い、一生懸命働き、人生を全うしてきたはずです。
「登下校ではマスク外せるようになった」なんて小さなことで、私達大人は孫の世代の子ども達のためにより良い社会を築き、渡していかなければならないのです。
100年後の子ども達のためにも、今の子ども達の幸せと健康のために頑張っていきましょう!




☆『ポストコロナの発達援助論』のご紹介☆

巻頭漫画
まえがき
第1章 コロナ禍は子ども達の発達に、どういうヌケをもたらしたか?
〇五感を活用しなくなった日本人
〇専門家への丸投げの危険性
〇コロナ禍による子ども達の身体の変化
〇子どもの時間、大人の時間
〇マスク生活の影響
〇手の発達の重要性と感覚刺激とのソーシャルディスタンス
〇戸外での遊びの大切さ
〇手の発達と学ぶ力の発達
〇自粛生活と目・脳の疲労
〇表情が作れないから読みとれない
〇嗅覚の制限 危険が察知できない
〇口の課題
〇やっぱり愛着の問題
〇子ども達が大人になった世界を想像する
〇子どもが生まれてこられない時代
〇子育てという伝統

第二章 コロナ禍後の育て直し
〇発達刺激が奪われたコロナ禍
〇胎児への影響
〇食べ物に注意し内臓を整えていく
〇内臓を育てることもできる
〇三・一一の子どもたちから見る胎児期の愛着障害
〇胎児期の愛着障害を治す

第三章 ヒトとしての育て直し
〇噛む力はうつ伏せで育てよう
〇感覚系は目を閉じて育てよう
〇身体が遊び道具という時期を
〇もう一度、食事について考えてみませんか?
〇食べると食事の違い
〇自己の確立には
〇右脳と左脳の繋がりが自己を統合していく
〇動物としての学習方法
〇神経ネットワーク
〇発達刺激という視点

第四章 マスクを自ら外せる主体性を持とう
〇なぜマスクを自ら外せることが大事なのか
〇快を知る
〇恐怖を、快という感情で小さくしていく

第五章 子どもの「快」を育てる
〇「快」がわかりにくいと、生きづらい
〇快と不快の関係性
〇子どもの快を見抜くポイント
〇自然な表情

第六章 子ども達の「首」に注目しよう
〇自分という軸、つまり背骨(中枢神経)を育てる
〇首が育っていない子に共通する課題
〇なぜ、首が育たない?
〇首が育たない環境要因
〇首が育つとは
〇背骨の過敏さを緩めていく
〇首を育てるには

第七章 親御さんは腹を決め、五感を大切にしましょう
〇子育て中の親御さん達へのメッセージ
〇部屋を片付ける
〇子どもと遊ぶのが苦手だと思う親御さんへ
〇ネットを見ても発達は起きません
〇発達刺激という考え方
〇五感で子どもを見る
〇特に幼児期は一つに絞って後押ししていく

第八章 自由に生きるための発達
〇発達の主体を妨げない存在でありたい
〇大人が育てたいところと子どもが育てたいところは、ほとんど一致しない

あとがき
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巻末漫画

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2022年5月24日火曜日

【No.1277】不登校と待てない大人たち

不登校には30日ルールがあって、病気や経済的な理由ではない年間30日以上欠席した児童生徒が不登校となる。
だから、学校は30日のラインを気にしていて、何故ならそれが学校の評価であり、報告や対応する必要が出てくるからであって、それを超えそうになると、「一度、病院に行ってみては?」なんて話が出てくる。
だって、病院に行ったら病欠で欠席数のカウントがされないから。
そしてお決まりのパターンとして、起立性調整障害or発達障害が疑われるからなんて理由づけがされる。


病院に行けば、なんらかの診断名はつき、それで投薬などの治療が開始される。
病院は患者さんゲット、学校は「病気が理由の欠席」となって不登校のカウントを減らせ、親御さんも不登校という曖昧で何も手出しができない感じから一応の原因が見つかり気持ちがラクになる。
でも、その子はそれでラクになるだろうか、課題がクリアできるのだろうか。
私のところにも、不登校をきっかけに発達障害の診断を受けた子ども達からの相談がきます。
まさに大人の都合で作られた発達障害ですね。


確かにお会いすると、発達にヌケや遅れがあったり、自閉症っぽい子どもさんもいることにはいます。
でも、実際のところは、精神科薬を飲み始めてから元気がなくなり、閉じこもりがちになったり、幼少期は発達の遅れがなく、学校に行ってから徐々にコミュニケーションがむずかしくなった、友達と遊ばなくなった、トラブルを起こすようになった、といったことばかり。
専門家はよく「学校という集団が大きくなったから」「学校では共同する活動が多くなるから」なんていって、「気づかれないまま就学した発達障害」とするように持っていきますが、このご時世、どこでもここでも何かあるとすぐに「あの子は発達障害では?」となる子どもを取り巻く環境の中で、就学までスルーということは、違うんじゃないのって思います。
また幼稚園や保育園、学校もそれまで通えていたのなら、たとえ発達障害があろうとも、そこが問題の中心ではないと思いますね。


不登校の子ども達は、「どうして学校に行かなくてはならないの?」と親御さんに言うことがあります。
で、親御さんのほうは、またそれを聞いた専門家も、「将来のために」「友達と学ぶことは大事だ」など、そのままの意味で、しかも言葉で返してしまいます。
本当に賢いお子さんで哲学的な思考を持った子なら、こういった疑問が出るでしょうが、ほとんどの場合は、尋ねているんじゃなくて、「行きたくないよ」「寂しいよ」「家、お母さんから離れたくないよ」というのをストレートに言えなくて、歪曲した表現で伝えているんですね。
学校は行かなくてはならない場所だという無言のプレッシャーと、親御さんの空気を読んでって場合が多いと思います。


根本に発達のヌケや遅れがあり、それで周囲と同じ活動ができず、さらにそれを本人が気にしていて、また周囲から叱責されて、辛くなって学校に行けなくなる、ということがあれば、「発達障害ゆえの不登校」になるかもしれません。
でも、周囲と同じ活動ができないことをモニタリングでき、また自分事として悩むっていうことは障害と言えるくらいの課題があるとはならないでしょう。
またたとえ根っこに発達障害があろうとも、周囲の友達や先生が支え合えるような状況ならそのまま学校生活が送れるわけです。
もちろん、いじめや先生による強い叱責、罰などによることが原因なら、それは発達障害とは関係ない話。
さらにいえば、そういったネガティブなことがあったとしても、良い先生や仲間、安心できる家庭があれば起き上がって進んでいけるのですから、根本はトラウマを癒せない今の生活環境ともいえるのです。


結局、不登校にしろ、体よく「発達障害」というレッテルが使われているんじゃないか、ってことを思うのです。
ろくなものを食べていなければ、元気が出なくて学校に通えなくなったり、すぐにカッとなってしまうのは当然です。
夜も遅くまで自由にネットやゲームをしていれば、朝起きられず、学校に行くことができないのは当然です。
時々、専門家の先生も「それって親の問題では、生活の問題では」って思っていても、それが言えないから「発達障害かもしれませんね」なんて診断を付けているような雰囲気を感じることもあります。
幼稚園でも、保育園でも、母子分離がうまくいっていない子は普通にいて、だましだまし行っていたけれども、それが学校生活の中で表に出た子が不登校になっているような場合が少なくないと思います。


発達というのは満たされると自然と動きたくなるものです。
母子関係が満たされるから、外の世界、別の人への興味関心が発動する。
いつまでも親の周りから離れないでいれば、親が死んだとき、子も息絶えることになる。
だからこそ、自分の身体を使って動けるくらいまでは親が育て、それ以降は親元を離れて食料を獲るようになっていくのです。
それが動物としての本来のヒトの姿であり、発達の原型です。
なので、本来、親元から離れた世界は魅力的で、本能的に求めていくのが自然な流れ。
学校という作られた環境はつまらなくても、親から目が届かない場所に行き、同世代の仲間たちと活動すること自体が興奮に繋がる。
そうでないとしたら、まだ自由自在に動けるだけの身体、運動発達が整っていないか、母子間の愛着が満たされていないか。


発達援助というか、子育てというか、動物としてのヒトを育てるというかわかりませんが、私達大人が行うことは、子ども達が満たすまで待つことであり、満たしきれる環境を用意することではないでしょうか。
運動発達でも、ある発達段階をやり切ると、自然と自ら次の発達段階へと進み始めます。
愛着形成でも、抜かした発達段階をやり切ると、自ら外の世界へと飛び出していくものです。
愛着形成のヌケをやり切ったら、突然、自分から「学校に行く」と言って登校を始めた、なんてことはよくある話です。
「自分から動きだせない」が不登校の原因なら、いくら引っ張っていっても、ご褒美でつっても、スケジュールを視覚提示しても無理。
保健室登校を勧める人もいますが、場所の問題じゃないんですね。
ただ保健室の先生が母性的な人で、子どもさんが「退行できるから行く」というケースもあります。


世の中全体が待てなくなっているように感じます。
言葉が出ない子が小学校高学年くらいから話し始めるなんて話は普通にある話です。
そこがその子の満たしきれる時期だっただけのことでしょう。
700万年の人類の中で、ハイハイを飛ばした赤ちゃんは数え切れないくらいいて、でも成長していく中で自然とそのヌケを埋めていったはずです。
つまり、抜かしたことが問題というよりも、抜かしたまま満たされないのが問題。
早く満たしてあげたいと思うのは自然な親心。
でも、その子が不幸かといったら、今の生活に不満があるかといったら、また別の話。
大人になってからも、少しずつ治っている人、治している人がいます。
彼らを見ていると、不幸には見えません。
どうも今は治すことも競争になり、待てなくなっているようにも感じます。


もう少し子ども達のペースと育つ力を信じて、満たしきって自ら次のステップへと進み始めるのを待っても良いかなと思います。
不登校の子ども達だって、人生をトータルで見ればそこに意味があり、決して不幸を感じているわけではないと思います。
不幸にしているのは、本人が満たしきるまで待つことのできない周りにいる大人たちかもしれませんね。




2022年5月19日木曜日

【No.1276】治り方は子どもの数だけあり、それぞれが自由に治っていく

「屋外ではマスクが必要ない」とか、「就学前の子ども達にマスク着用を求めない」とか、ホントにどうでもいい。
どちらも意味がないことなんて、0.00001秒くらいでわかるし、むしろ、子どもの発達に悪影響が出るなんて動物としての本能でわかりきった話。
どこの世界に、マスクをつけて子育てをする人々がいますか?
人類700万年の歴史の中で、顔が半分隠れた状態で生活したことがありますか?
というか、マスクをつける動物なんている??


もういい加減、バカにされているのに気がついた方が良くないですか。
政府だって、メディアの中の人だって、「こんな報道をしたら、国民がこんな反応する」なんてわかっているでしょうに。
むしろ、報道とは何が報道されているかではなく、何が報道されていないかが重要なんで、「やったー、政府もようやくマスクの弊害に気がついてくれた」と思うのはお花畑で、「いや、マスクの害などエビデンスがない」なんて言うのは自らの身体と頭で考えることを放棄した人。


マスクをつけるのも、つけないのも、ワクチンを打つのも、打たないのも、一人ひとりが考え選択すれば良い話で、政府や専門家、他人がとやかく言う話ではありません。
どうして自らこうも自由を差し出す人がいるのか意味不明。
「無言の圧力ガー」「世の中の空気ガー」だって、結局、他人のせいにしているだけで、自分に跳ね返すだけの勇気と行動力がないだけでしょ。
子ども達ならまだしも、大人がそんなことを言っているのは大丈夫かと思います。


人間にとって一番大切なものは「自由」です。
その自由がなければ、それは奴隷であり、家畜と同じなのです。
人間は自由に移動し、自由に食べ、自由に寝て、自由に生きる存在。
そうやって自分たちのように、子ども達にも自由に生きていってもらいたいから、発達障害を治し、一生懸命子育てをしているのではないのですか。


発達の遅れが指摘されると、いつの間にか特別支援の土俵の上に乗せられてしまう。
なぜ、そこに疑問を持たないのか、それが嫌だと拒否しないのか。
「専門機関へ」というのは提案であり、選択肢の一つであり、ただのセールスです。
専門機関に行かなくても子育てはできますし、発達も、成長もしていきます。
走るのが遅いチーターの子をお母さんチーターは、足の速いチーターのところにいって、「うちの子を育ててください」なんてお願いしますか。
その子が少しでも早く走れるように、一緒に伴走しながら、弱った獲物を目の前に見せたりしながら育てるでしょ。
獲物を獲るのが苦手なライオンの子がいたら、「じゃあ、同じように苦手な子ども達を集めて、一緒に育てよう」なんてしますか。
一生懸命、子どもに狩りの仕方を教えようとするはずです。


専門家を頼ったり、本やネット、講演会などから学ぶことは大切だと思います。
でも、それって”始まり”じゃない。
自分で「こうやったらうまくいくかも」「我が子の発達、成長に繋がるかも」、そんな風に感じた遊びや運動、環境づくりをやればいいと思います。
目の前に愛する我が子がいて、困っていることがあるのなら、本能的に「どうにかしてあげたい」と思うでしょう。
その想いのままに、自分が良いと思うことをやればいいのです。


子育てに正解なんてない。
試行錯誤しながら、より良い子育て、より良い成長の道を創造していけば良いだけ。
野生動物が目の前の子どもだけを見て子育てしているのに、いつの間にか専門家の方を、情報の方を見て子育てをしている。
専門家も、知識情報も、自分が行った子育ての意味を確認するくらいの意味でちょうど良いのです。
我が子がなんかぐにゃぐにゃしている。
きっと体軸の問題だろう。
だから、もう一度、ハイハイしてみる。
だから、一緒に木登りをしてみる。
それから専門家を訪ね、「やっぱり体軸、背骨の問題だったね」と確認する。


専門家や専門知識、情報は、本来、子どもの生活、人生を自由にするためのものです。
「できれば、支援が必要ないくらい育ってくれて、自由に自分の人生を歩んでほしい」
「たとえ支援が必要だったとしても、できるだけ一人でできることを増やしていき、より自由な人生を歩んでほしい」
それが願いであり、親心。
そうだったのに、いつの間にか専門家を頼り、依存し、神格化してしまう。
専門家や情報の奴隷には、なってはいけないのです。
それは子どもの自由のために。
親が自由になれないのに、子が自由になれますか。
知らず知らずのうちに、専門家という枠の中に子育てが規定されてしまっているのです。


「誰々さんがこういったから、これをやってみよう」
「ネットにこうやって書いてあったから、同じようにやってみよう」
これは自由な子育てじゃない。
誰一人として同じ人間はいなくて、目の前にいるのはたった一人の我が子。
もし子育てに答えというモノがあるのなら、それは目の前の子を真剣に見て知るしかありません。
野生動物が我が子に獲物の取り方を教えるように、人類が「子育て」も、「教育」も、そんな言葉がなかった時代に子ども達を導き、応援し、後押ししてきたように自由な関わり合いを。


子どものマスクやワクチンには反対しているのに、特別支援の枠の中に収まっている人がいる。
私が子どものマスクやワクチンに反対してるのは単に発達に影響を及ぼすからだけではなく、そこに自由の放棄があるから。
血中の酸素濃度や論文、エビデンスの話なんてちっぽけな話で、こういった法律でも、憲法でも決められていないものを、たとえ決まっていたとしても、誰かの指示に無条件に従い続ける、みんなが同じ格好をして同じ行動をして同じ意見だ、なんて気持ち悪いことを子ども達にはさせたくないだけ。
私達大人は、誰かの言うことをそのまま聞いて行動するような人間を育てたいのですか?
それってコントロールしやすい人間を作るってことでしょ。
障害者福祉って、ずっとそうやってコントロールしやすい人間を作ってきて、しかも今もそれが行われてきて、「そんなの絶対に嫌だ」と言って特別支援の枠を超え、治る道を探求してきたのではないですか。


治るって自由になることだと思います。
誰のためでもなく、目の前の我が子の自由のために、ときに大人たちは闘う姿勢を見せないといけないことがある。
マスクをつけることによって行動が自由になっているような感じがするけれども、実際はマスクに自由を奪われているのです。
既に「屋外でのマスク着用の要請解除」という文字に心が動かされてしまっている。
それは政府やメディア、自分ではない誰かにコントロールされている状態。
だから、たとえ「治る」という専門家、情報にだってコントロールされてはダメ。
目の前の子どものことを想い、一生懸命試行錯誤した結果が、「気がついたら治ってた」という状態になるのですから。
治り方は子どもの数だけあり、それぞれが自由に治っていくものです。
さあ、お母さん、お父さん、我が子だけの自由な子育てを!




☆『ポストコロナの発達援助論』のご紹介☆

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まえがき
第1章 コロナ禍は子ども達の発達に、どういうヌケをもたらしたか?
〇五感を活用しなくなった日本人
〇専門家への丸投げの危険性
〇コロナ禍による子ども達の身体の変化
〇子どもの時間、大人の時間
〇マスク生活の影響
〇手の発達の重要性と感覚刺激とのソーシャルディスタンス
〇戸外での遊びの大切さ
〇手の発達と学ぶ力の発達
〇自粛生活と目・脳の疲労
〇表情が作れないから読みとれない
〇嗅覚の制限 危険が察知できない
〇口の課題
〇やっぱり愛着の問題
〇子ども達が大人になった世界を想像する
〇子どもが生まれてこられない時代
〇子育てという伝統

第二章 コロナ禍後の育て直し
〇発達刺激が奪われたコロナ禍
〇胎児への影響
〇食べ物に注意し内臓を整えていく
〇内臓を育てることもできる
〇三・一一の子どもたちから見る胎児期の愛着障害
〇胎児期の愛着障害を治す

第三章 ヒトとしての育て直し
〇噛む力はうつ伏せで育てよう
〇感覚系は目を閉じて育てよう
〇身体が遊び道具という時期を
〇もう一度、食事について考えてみませんか?
〇食べると食事の違い
〇自己の確立には
〇右脳と左脳の繋がりが自己を統合していく
〇動物としての学習方法
〇神経ネットワーク
〇発達刺激という視点

第四章 マスクを自ら外せる主体性を持とう
〇なぜマスクを自ら外せることが大事なのか
〇快を知る
〇恐怖を、快という感情で小さくしていく

第五章 子どもの「快」を育てる
〇「快」がわかりにくいと、生きづらい
〇快と不快の関係性
〇子どもの快を見抜くポイント
〇自然な表情

第六章 子ども達の「首」に注目しよう
〇自分という軸、つまり背骨(中枢神経)を育てる
〇首が育っていない子に共通する課題
〇なぜ、首が育たない?
〇首が育たない環境要因
〇首が育つとは
〇背骨の過敏さを緩めていく
〇首を育てるには

第七章 親御さんは腹を決め、五感を大切にしましょう
〇子育て中の親御さん達へのメッセージ
〇部屋を片付ける
〇子どもと遊ぶのが苦手だと思う親御さんへ
〇ネットを見ても発達は起きません
〇発達刺激という考え方
〇五感で子どもを見る
〇特に幼児期は一つに絞って後押ししていく

第八章 自由に生きるための発達
〇発達の主体を妨げない存在でありたい
〇大人が育てたいところと子どもが育てたいところは、ほとんど一致しない

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2022年5月16日月曜日

【No.1275】栄養療法から入り、「ヒトはどのような過程を経て、内臓が育っていくか」までたどり着く

栄養療法について私の見解を尋ねられることがあります。
ひと言でいえば、栄養療法は急性期に行うものではないかと思っています。
ヒトとして生きていくための土台である生命活動ですから、根本へのアプローチと捉えがちですが、私が考えるにこれも対症療法だと思います。


普通に考えて、子どもがメガ盛りする必要はないですし、そんな状態を長く続けるのは却って身体、内臓に負担をかけるでしょう。
もし子どもが精神科薬を飲み続けるとしたら、「それはちょっと」と思う親御さんは多いと思います。
じゃあ、サプリは?プロティンは?
自然界にはないほどの高濃度に濃縮した精製物質だといえますので、化学薬品である精神科薬とどのくらいの違いがあるの?というのが私の正直なところです。


ですから、急性期に栄養療法を行うのが適切であり、徐々にそこから食事の見直し、食べるとは?に発展させていくことが大事だと思います。
栄養療法では数値が重要視されます。
たんぱく質10gだったら、鶏肉も、豚肉も、牛肉も、魚も、プロティンも、みんな同じ10g。
必要量を摂取するのはわかるのですが、私は鶏肉の10gとプロティンの10gは同じには見えないのです。
栄養素の単純な足し算で良いのでしょうか。


人間に近い遺伝子で言えば、鶏肉→豚肉→牛肉の順になります。
しかし、そういった私達が日常的に食べているお肉も、牧畜が始まってからであり、日本人で言えば戦後まではほとんど食べていなかったといえます。
人間の内臓をはじめとする身体機能&形状は、だいたい一万年くらいは変化しないというので、今から一万年前の縄文時代はみんな、魚を食べ、穀物を育て、貝や木の実を拾って食べていた頃にできたものだと考えられます。


じゃあ、同じたんぱく質10gでも、肉よりも魚や貝のほうが良いのではないか。
そもそも700万年の人類の歴史から見れば、いつも食べ物があったとはいえませんし、同じものばかりをまとまっては食べていなかったはずですね。
少なからず縄文時代の日本人は、旬のものを食べ、お腹いっぱいには食べていなかったと思います。
そう考えると、西洋科学の限界である個人差、個体差、文化的な違いを「数値」という枠で切り捨ててしまうことに、私達は注意しなければなりません。
そこが栄養療法から食事、食べる行為への発展であり、私達が目の前にいる一人の子どもを育てるということに繋がっていくのだと思います。


目の前に栄養欠乏の子どもがいて、心身の健康、発達に影響を及ぼしているとしたら、それはサプリでも、プロティン食品でも、何でも使って助ける必要があるでしょう。
しかし、その段階を脱したら、徐々に本来の「自然な食」に変えていくことが大事です。
「発達障害だから栄養療法」はとても危険だと感じることが実際の場面で多々あります。
たとえば、腸内環境(第二の脳、神経伝達物質の生成器官)の悪化からの心身の不調、内臓への負担からエネルギー不足、丸のみの癖からの口の発達の遅れ、親子間による愛着障害やトラウマなどです。
食べる行為自体が苦痛になり、家ではまったく食べなくなった子、偏食が却って強くなった子もいます。


現代社会において、食は単純な数値では表されない部分が大いにあるといえます。
サプリやプロティンに入っている添加物、それを作っている牛の乳や大豆などはどういったプロセスで生産されているのでしょうか。
牛は何を食べてお乳を出しているのか?
どういった環境で牧畜がされているのか?
ホルモン剤や抗生物質の入った餌、遺伝子組み換え作物で育てられていないか?
それが濃縮されてお乳になり、プロティンとなって我が子が身体の中に入れる。
同じことは鶏肉、豚肉、牛肉にも言えますし、世界で最も添加物の基準がゆるゆるの日本で、しかも農薬使い放題の日本で、単純に栄養の値だけでは測れないものがあると思います。
豚肉のたんぱく質10gと一緒に望まないものを摂取してはいないでしょうか。


親世代の添加物まみれの食事、農村地における日常的な農薬散布、鉛などが配管に使われている古い浄水施設、高速道路や工場近くの住環境などが背景にある発達障害の場合には、栄養素以上に何を食べるか、どうやって排出するかのほうが重要な場合もあるのではないかと私は感じることがあります。
発達障害の子ども達に腸内環境が悪い子が多いのは、食べ物と環境の影響が大きいといえるのだと思います。


根本から言えば、栄養をうまく吸収できない内臓の発達と腸内環境の問題だと思います。
母体の栄養素不足が子どもの発達に影響を及ぼすと言われていますが、だったら戦前の粗食の時代、縄文時代のマックも、コンビニも、プロティンも、サプリもない時代は、みんな発達障害だったのでしょうか。
どうしてカロリーベースだと全然足りていない時代の人達が元気に過ごしていて、どうして食べ物が豊富で健康食品まで摂っている私達が(しかも毎年健康診断までして!)2人に1人がガンになって、高齢になると毎日、山ほどの薬を飲んでいるのでしょうか。


子どもの発達で言えば、内臓の発達と腸内環境に何らかの問題が生じやすい環境であり、それがヒトとしての発達に不具合を生じさせている。
だから栄養療法は対症療法だといえます。
じゃあ、その対症療法をいつまで続けるのか?
そこが大事で、もっと大事なのは、なぜ、栄養の吸収がうまくいかないのか、腸内環境の乱れに繋がっているのか。
ここまでたどり着くことができれば、あとは食を中心とした環境を整え、内臓の発達を後押ししていくだけ。
「ヒトはどのような過程を経て、内臓が育っていくのか?」ですね。




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第1章 コロナ禍は子ども達の発達に、どういうヌケをもたらしたか?
〇五感を活用しなくなった日本人
〇専門家への丸投げの危険性
〇コロナ禍による子ども達の身体の変化
〇子どもの時間、大人の時間
〇マスク生活の影響
〇手の発達の重要性と感覚刺激とのソーシャルディスタンス
〇戸外での遊びの大切さ
〇手の発達と学ぶ力の発達
〇自粛生活と目・脳の疲労
〇表情が作れないから読みとれない
〇嗅覚の制限 危険が察知できない
〇口の課題
〇やっぱり愛着の問題
〇子ども達が大人になった世界を想像する
〇子どもが生まれてこられない時代
〇子育てという伝統

第二章 コロナ禍後の育て直し
〇発達刺激が奪われたコロナ禍
〇胎児への影響
〇食べ物に注意し内臓を整えていく
〇内臓を育てることもできる
〇三・一一の子どもたちから見る胎児期の愛着障害
〇胎児期の愛着障害を治す

第三章 ヒトとしての育て直し
〇噛む力はうつ伏せで育てよう
〇感覚系は目を閉じて育てよう
〇身体が遊び道具という時期を
〇もう一度、食事について考えてみませんか?
〇食べると食事の違い
〇自己の確立には
〇右脳と左脳の繋がりが自己を統合していく
〇動物としての学習方法
〇神経ネットワーク
〇発達刺激という視点

第四章 マスクを自ら外せる主体性を持とう
〇なぜマスクを自ら外せることが大事なのか
〇快を知る
〇恐怖を、快という感情で小さくしていく

第五章 子どもの「快」を育てる
〇「快」がわかりにくいと、生きづらい
〇快と不快の関係性
〇子どもの快を見抜くポイント
〇自然な表情

第六章 子ども達の「首」に注目しよう
〇自分という軸、つまり背骨(中枢神経)を育てる
〇首が育っていない子に共通する課題
〇なぜ、首が育たない?
〇首が育たない環境要因
〇首が育つとは
〇背骨の過敏さを緩めていく
〇首を育てるには

第七章 親御さんは腹を決め、五感を大切にしましょう
〇子育て中の親御さん達へのメッセージ
〇部屋を片付ける
〇子どもと遊ぶのが苦手だと思う親御さんへ
〇ネットを見ても発達は起きません
〇発達刺激という考え方
〇五感で子どもを見る
〇特に幼児期は一つに絞って後押ししていく

第八章 自由に生きるための発達
〇発達の主体を妨げない存在でありたい
〇大人が育てたいところと子どもが育てたいところは、ほとんど一致しない

あとがき
こういう本を読んできました
巻末漫画

出版元である花風社さんからのご購入はこちら→https://kafusha.com/products/detail/56
Amazonでも購入できます。


2022年5月13日金曜日

【No.1274】ダメ出しだけでは愉しい子育てはできない

GWが始まる前は、「10歳未満の感染ガー」「学校や保育園での感染ガー」と騒いでいたのを覚えていますでしょうか?
最近は言わないですよね。
だって統計を見れば、20代以降の大人の感染者数のほうが多いのですから。
じゃあ、同じように「大人の感染ガー」と騒いでも良いはずなのに、メディアはそこにはほとんど触れていません。
なんで死なないし、重症化しない子ども達の感染は騒ぐのでしょうかね。
時期を振り返れば、5歳から11歳のワクチン接種開始の時期と重なります。


私はそれが陰謀だとか、政府の指示、製薬会社の指示、国際金融資本の指示だとかを言いたいわけではありません。
少なからず子ども達にワクチンを打たせようとする流れがあるとは思いますが、問題はメディアをはじめとする報道のあり方、情報提供のあり方だと思うんですね。
つまり、情報提供とは受け取る人々が考え、判断し、行動するためのものであって、1つの方向、見方しか流さないのは宣伝であり、プロパガンダでしかないと思います。
ワクチンの効果と副反応、メリットとデメリット、世代間同士の違い、海外のワクチン接種状況など、それぞれ報道することで、私達は考えることができる。
今のように2年前の武漢株用のワクチンを打つ意味、どうして使用期限がどんどん延びているのか、そういった点についても報道されませんね。
ウクライナ侵攻にしても、ウクライナだけではなく、ロシアやEU、アメリカの視点も大事あって、今後起きうる日本への影響についても報道されるべきだと思います。


毎年4月に自閉症啓発デーがありますが、どうして「あなたは自閉症かもしれない」「発達障害かもしれない」という視点での情報に偏っているのでしょうか。
本来なら「あなたは自閉症では"ない"かもしれない」という啓発も行うべきではないでしょうか。
だって長年、自閉症や発達障害に関わってきた専門家や支援者、親御さん達が関わっている啓発でしょ。
だったら、その知見と蓄積を、自分が発達障害かもしれないと悩んでいる人に対して、「こういった場合は発達障害だと考えられます」「だけれども、こういった場合は発達障害ではなく、他の原因、背景があると考えられます」という具合に伝えていくのが、それを聞いた本人、家族にとっては有益になるのでは?


悩んでいる人に「あなたは自閉症かもしれない」「そしてそんな人はまず病院へ」「ご相談はこちら」という一方的な情報を伝えるのは、誘導だと思います。
何故なら今、悩みをもって専門病院に行くと、十中八九、自閉症やADHDなどといった診断が付くからです。
「あなたは自閉症ではありませんよ」と言える専門家、医師はどのくらいいるのでしょうか。
これは専門家への半分ディスりであり、半分は仕方がないことだと思うんです。


何故なら、これは精神医学の根本的な課題であるチェックシート方式の診断だからです。
精神医療は画像診断や血液などの数値による診断ができません。
となれば、表に現れている行動や訴えからしか判断することができないのです。
しかもその診断基準を見れば、曖昧な表現が多い。
そしてこの診断基準にはミソがあって、よく読めばわかるのですが、一つの基準にチェックが入ると、同時に別の項目にもチェックが入るようになっているんですね。
たとえば、一番分かりやすいのが「言葉」で、①「言葉に遅れ」があれば、当然、②「友人を作ることが難しく」、友人を作ることが難しければ、一人遊びをすることが多くなり、それが③「反復的な遊び」→④「固執」と評価されてしまう(ASDの診断基準参照)。
これだけで4項目にチェックが入り、あと1つくらい確認できればASDの基準を満たしてしまい、めでたく診断がつけられます。


でも、たとえ診断基準を満たさなかったとしても、「自閉傾向」などの所見が記されることがあり、「発達障害」に至っては明確な診断基準がなく、「(現時点で)発達が遅れていますね」という具合です。
まるで無症状感染みたいで、「PCRしたら陽性になった。検知したウィルスがコロナかどうか、病原性を維持しているものか、ただの死骸か知らんけど」な感じ。
ひと昔前は、それで親子で無理心中といった家族もいましたので、この辺りが精神医療の闇の部分だと思います。


話を戻せば、いま、「発達障害」だとか、「自閉症」だとか言われている、そう医師から言われた子ども達って、ちゃんと「それは発達障害ではない言動」といった部分についても、きちんと説明を受けたのでしょうか?
どう考えても、子ども達の見えている問題、課題は全体のごく一部です。
言葉に遅れがある子だって、別の運動面や遊び、情緒の面、もっといえば感覚や内面、認知、神経発達の部分で同世代と同じように問題なく育っているところもたくさんありますね。


よく親御さんが、「専門家と関わると、ダメ出しされているみたいで、憂鬱になる」と言われますが、ダメ出しするのが今の診断の形式になっているので、そういった視点で(しか)子どもを見れないのは仕方がないことなのかもしれません。
今の診断は、問題や課題がどのくらいあるか、もっといえば、どのくらい見つけられるかで決まっていきますので、中には「他の医師、専門家が見つけられなかった課題を私は見つけた」という点で専門性を示していることもあるくらいです。
ちなみにアメリカでは、「どれだけ早期に診断ができるか」という点で、病院同士、専門家同士が競っていて、「うちのクリニックでは0歳代の診断ができます」というのをセールスポイントしているところもあります。


自閉症やADHDなど、診断基準に当てはまる言動があるけれども、そうではない言動、または同年代の子どもよりも順調に育っているところもたくさんあるはずです。
だから、たとえ発達の悩みがあり、専門機関を訪ねたとしても、そこの専門家はきちんと課題と課題ではないところ、順調に育っているところを確認し、親御さんに伝えるべきだと思います。
というか、それらを伝えることがアセスメントだと思います。
問題があるところばかり伝えるのも、誘導であり、一種の洗脳、プロパガンダと言われても仕方がないでしょう。


大事なのは、親御さんが前向きに、我が子のより良い子育てを行ってもらうこと、そういった方向へと後押しすること。
ただのダメ出しでは、不安をあおるだけで専門家に依存させるだけ。
専門家に依存しても、実際、子育てするのは親御さんであり、育っていくのは子どもさん本人です。
どういった子育てをしていこうかを考え、選択し、行動するのは親御さん、家族ですから。
ダメ出しだけでは、愉しい子育てはできませんね。




☆『医者が教えてくれない発達障害の治り方』のご紹介☆

まえがき(浅見淳子)

第一章 診断されると本当にいいことあるの?
〇医者は誤ることはあるけど謝ることはない
〇早期診断→特別支援教育のオススメルートは基本片道切符
〇八歳までは障害名(仮)でよいはず
〇その遅れは八歳以降も続きますか?
〇未発達とは、何が育っていないのか?
〇就学先は五歳~六歳の発達状況で決められてしまうという現実
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのメリット
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのデメリット
〇療育や支援とつながるほど、子育ての時間は減る

第二章 親心活用のススメ
〇親子遊びはたしかに、発達に結びつく
〇変わりゆく発達凸凹のお子さんを持つ家庭の姿
〇学校は頼りにならないと知っておこう
〇安定した土台は生活の中でしか作れない
〇支援者が行うアセスメントには、実はあまり意味がない
〇親が求めているのは「よりよくなるための手がかり」のはず
〇人間は主観の中で生きていく
〇専門家との関係性より親子の関係性の方が大事
〇支援者の粗探しから子どもを守ろう
〇圧倒的な情報量を持っているのは支援者ではなく親

第三章 親心活用アセスメントこそ効果的
〇子育ての世界へ戻ろう
〇その子のペースで遊ぶことの大切さ
〇「発達のヌケ」を見抜けるのは誰か?
〇いわゆる代替療法に手を出してはいけないのか
〇家庭でのアセスメントの利点
1.発達段階が正確にわかる
2.親の観察眼を養える
3.本人のニーズがわかる
4.利点まとめ
〇家庭で子どもの何をみればいいのか
1.発達段階
2.キャラクター
3.流れ
4.親子のニーズの不一致に気を付けよう

第四章 「我が子の強み」をどう発見し、活かすか
〇支援と発達援助、どちらを望んでいますか?
〇子ども自身が自分を育てる方法を知っている
〇親に余裕がないと「トレーニング」になってしまう
〇それぞれの家庭らしさをどう見つけるか
〇親から受け継いだものを大切に、自分に自信を持とう

あとがき(大久保悠)


『医者が教えてくれない発達障害の治り方①親心に自信を持とう!』をどうぞよろしくお願い致します(花風社さんのHPからご購入いただけます)。全国の書店でも購入できます!ご購入して頂いた皆さまのおかげで二刷になりましたm(__)m


2022年5月12日木曜日

【No.1273】模倣する力を育てる

人類にまだ「教育」という言葉がなかった頃、子ども達はどうやって学び、自立した大人へと成長していたのでしょうか。
きっと子ども達は周囲にいる大人たちがやっていることを「まねる」ことで、食糧を得ること、他人とコミュニケーションすること、踊ること、道具を作ること、協力すること、身の危険を避けることを身につけていったのだと思います。
厳密に言えば、大人から教わる前段階の準備が「まねる」ということだったのでしょう。
大人が木の実を拾っているのを見て、自分も石を拾い集める、みたいな。
その集める行為、遊びに近い模倣が今度、大人から教わるときの土台に。


発達相談においても、「息子に何かを教えようとしても、こっちを見てくれない」「そもそも同じ動きをすることができない」といったお話を伺います。
幼少期の子ども達が主に模倣することで、身の周りに関することを身に付けていっているのを見ると、親御さんは焦ってしまうのは当然で、またそこが同年齢の子ども達とのズレを生じさせる要因の一つだといえます。
「発達障害児におけるミラーニューロンの違い」などとも言われますので、特別支援の中でも模倣スキルに注目が集まっています。


そんなことは今の親御さん達からすれば、当たり前の知識だと思います。
じゃあ、その「ミラーニューロン」とやらをどう育てればいいのか、そこが弱い子ども達にはどうやって物事を教えていったらいいのか、そういった話ですよね。
ですから、私が発達相談で関わったご家庭の中で改善していった子ども達についてお話ししたいと思います。
実際、模倣スキルの改善、向上がきっかけになり、ガラッと変わる場合が多くあります。


我が子が模倣しないとなると、どうしても気持ちは「模倣させたい」というほうへ向かっていきます。
しかし、模倣しない子に、まだ模倣の準備が整っていない子に、「模倣しなさい」と言っても難しい話です。
でもだからといって、「模倣しないのも障害特性なんだ」「それが育つまで待つしかないんだ」というのも違うと思います。


まず模倣しない子には、親御さんのほうから模倣することをお勧めしています。
たとえば、ブロックをひたすら並べている子がいれば、自分も一緒にブロックを並べてみる。
もちろん、その子が並べているブロックに「触ってほしくない!」といってきたら、その子の近くで別のブロックを使って同じように並べていく。
子どもさんがチラッとでも見たらOKです。
理想で言えば、同じブロックを使って、子どもさんと親御さんが順番交代で並べていけると、より「一緒のことをしている」という感じが出て良いです。


しかし、このモノや活動を通した模倣に、子どもさんの興味関心、注目が向かない場合は、身体活動を通した模倣が良いといえます。
子どもさんがジャンプしたら、親御さんもジャンプする。
子どもさんがグルグル回ったら、親御さんも回る(もちろん、目が回るので無理がない程度にw)。
可能なら、一緒に手をつないでジャンプなんかすれば、より一体感が出て同じことをしている感が強く感じられます。
子どもが笑ったら、目の前で一緒に笑うのも良いですね。
できれば、そのとき、子どもさんと同じようなトーン、波長で笑い声を出すのも良いです。


つまり、模倣の前段階、準備には、一体感が必要だと思うんです。
模倣ができない子の脳を見ると、まるでテレビ画面を観ているかのように対象を見ているんですね。
自分と目の前にいるお母さんが切り離されているような。
ですから、まずはお母さんとの一体感を感じることが、それは感覚面(匂いや体温、質感など)でも、身体面(おんぶやスキンシップなど)でも、大事だといえます。


もともとへその緒でつながっていて、胎児期は母子が一体だったわけです。
そこから生まれ出て、肌と肌の触れ合い、授乳、抱っこ、おんぶなどを経過していく中で、徐々に母子の分離が始まっていきます。
そのもともとは一緒だった存在が行う行動に対し、自然と興味や意識が向き、「同じようにやってみたい」という気持ちと繋がるのだと思います。
だけれども、発達障害の子ども達は、とくに感覚面での遅れや違いがあるため、うまく母子一体感を感じられずに、「さあ、一人で生きていきなさい」となってしまう。
模倣が苦手な子ども達は、身近な親御さんに対してテレビの登場人物の一人のごとく見入ってしまいます。
本来、見入ってしまう対象ではなく、「マネしたい!」「同じことをやってみたい!」という対象であり、それが学びの土台であり、他人から教わるための準備になります。


当然、母子一体感を感じるためには、感覚面の課題を育てる必要があります。
感覚過敏などの未発達を育てると、共感する力や模倣する力までもが引っ張られるようにして育っていくのは、こういった背景、繋がりがあるかもしれないと私は考えています。
別の言い方をすれば、感覚面の課題が育たないと、本当の意味での共感や模倣の力は育っていかないんだと思います。
目の前にいる人に共感するためには、まず自分の感覚を通して想像する必要があり、「自分の感覚がよく分からない」「刺激に圧倒されて感覚自体が苦痛だ」という子は相手のことを思えないですよね。
同じように運動発達のヌケがあれば、同じ動きをしようと思っても、自分の身体が同じように動かない。
ゆえに、自分と目の前にいる人はまったく別の存在だとなり、模倣の力が育っていかない。


ヒトの最初の模倣は、お母さんと顔を合わせた瞬間。
目と目が交わり合い、ニコッとお互いが笑顔になる。
相談者の中には、模倣だけガクッと落ちている子がいて、話を伺えば、授乳中、スマホの画面ばかり見ていたというお話もあります。
あと忙しくて、保育園に早く入園させないといけないからと、授乳を早々と切り上げ、母子一体感を味わい切る前に離されていった場合もあります。
そういったご家庭には、もう一度、目と目を合わせること、子どもを包み込むように抱きしめること、おんぶやだっこをすることなどをお勧めしています。
もともと脳に問題があった子どもではない場合、こういったやり直しで発達のヌケが埋まっていくことも多々あります。
この前も、おんぶのやり直しを行ったお母さんから「言葉が出ました」「私を意識してくれるようになりました」と連絡をいただいたばっかりです。
言葉も道具ですから、やはり模倣する力が必要ですね。
感覚&運動発達↔母子一体感↔共感↔模倣↔学習(生活スキル&言葉、社会性)の繋がりを意識されると、目の前にいる子の課題の根っこが見えてくるかもしれません。




☆『医者が教えてくれない発達障害の治り方』のご紹介☆

まえがき(浅見淳子)

第一章 診断されると本当にいいことあるの?
〇医者は誤ることはあるけど謝ることはない
〇早期診断→特別支援教育のオススメルートは基本片道切符
〇八歳までは障害名(仮)でよいはず
〇その遅れは八歳以降も続きますか?
〇未発達とは、何が育っていないのか?
〇就学先は五歳~六歳の発達状況で決められてしまうという現実
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのメリット
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのデメリット
〇療育や支援とつながるほど、子育ての時間は減る

第二章 親心活用のススメ
〇親子遊びはたしかに、発達に結びつく
〇変わりゆく発達凸凹のお子さんを持つ家庭の姿
〇学校は頼りにならないと知っておこう
〇安定した土台は生活の中でしか作れない
〇支援者が行うアセスメントには、実はあまり意味がない
〇親が求めているのは「よりよくなるための手がかり」のはず
〇人間は主観の中で生きていく
〇専門家との関係性より親子の関係性の方が大事
〇支援者の粗探しから子どもを守ろう
〇圧倒的な情報量を持っているのは支援者ではなく親

第三章 親心活用アセスメントこそ効果的
〇子育ての世界へ戻ろう
〇その子のペースで遊ぶことの大切さ
〇「発達のヌケ」を見抜けるのは誰か?
〇いわゆる代替療法に手を出してはいけないのか
〇家庭でのアセスメントの利点
1.発達段階が正確にわかる
2.親の観察眼を養える
3.本人のニーズがわかる
4.利点まとめ
〇家庭で子どもの何をみればいいのか
1.発達段階
2.キャラクター
3.流れ
4.親子のニーズの不一致に気を付けよう

第四章 「我が子の強み」をどう発見し、活かすか
〇支援と発達援助、どちらを望んでいますか?
〇子ども自身が自分を育てる方法を知っている
〇親に余裕がないと「トレーニング」になってしまう
〇それぞれの家庭らしさをどう見つけるか
〇親から受け継いだものを大切に、自分に自信を持とう

あとがき(大久保悠)


『医者が教えてくれない発達障害の治り方①親心に自信を持とう!』をどうぞよろしくお願い致します(花風社さんのHPからご購入いただけます)。全国の書店でも購入できます!ご購入して頂いた皆さまのおかげで二刷になりましたm(__)m


2022年5月11日水曜日

【No.1272】治すだけではなく、繋げていける発達援助

栄養療法から入った親御さんも、必ず身体アプローチに進んでいくものです。
栄養だけでは治らないから。
栄養だけで育つのは植物。
ヒトは動物なので、そこに"動き"が必要になる。
同様に身体アプローチから入った親御さんも、必ず栄養と食事の改善に進んでいきます。
いくら運動や遊びを行っても、生き物としての土台である栄養、「生きる」ということがままならなければ、伸びやかな発達は生じない。
我が子は生きていて、その子を形成している神経も生きている。


生きているからこそ、栄養が大事で、人間だからこそ、食事が大事。
動物だからこそ、運動が大事で、人間だからこそ、遊びが大事。
食事も、遊びも、ヒトから人間として育つためには必要なことです。
「発達障害を治そう」から「我が子によりよく育ってほしい」
そういった想いの移り変わりが、栄養療法や身体アプローチの枠を飛び越えていくのだと思います。


そういった療法の枠を飛び越えていく親御さんは、世代という枠をも飛び越えていきます。
発達援助を考える際も、より良い子育てを考える際も、私は必ず三世代を見ます。
単に動物としてのヒトを育てるのなら、同じモノを食べ、同じ運動をし、同じ遊びをすれば良い。
だけれども、私達は目の前にいる子どもがその子らしく育ち、自分の人生を歩んでもらいたいと願っています。
だから、その子らしさの原点である親御さんの歩んできた道、さらにおじいちゃん、おばあちゃんが歩んできた道により良い育ちのヒントを見つけようとするのです。


「我が子に発達の遅れがあった」
「どうしたら、その遅れを取り戻すことができるのだろうか?」
「栄養療法があるらしい、やってみよう」
「少しずつだけれども、子どもの発達が進んでいく気がする」
「そうか、栄養が大事なんだ、食事って大切なんだ」
「食べるって運動なんだ。噛む、飲み込むって赤ちゃん時代の大切な発達なんだ」
「今の私の食事はどうだろうか、今までの私の食事はどうだっただろうか」
その私の食事の原風景は、幼少期に繋がり、それは自分の家族とどんなものを食べ、どんな雰囲気の中で食事をしていたかに繋がっていく。
そうやって我が子、自分、自分の親の三世代が繋がり、その子らしい育ちと、その子に合った子育てが創られていくのだと思います。


私は発達援助という仕事を通して、「ああ、三世代がようやく繋がったな」と思える瞬間に出会えることがあります。
我が子の子育ての悩みで相談していたのに、いつしか自分が大切に育てられてきた、という想いを感じ、涙を流される親御さんもいらっしゃいます。
反対に、本当はもっと親から愛されたかった、受け止めて欲しかった、無償の愛、「あなたがいるだけで私は幸せだ」というメッセージが欲しかったんだと気づかれ、また涙を流される親御さんもいらっしゃいます。
人間は自分が愛されてきたことを実感することで、我が子を心から愛することができる。
同時に人間は強い生き物なので、自分の内側にある満たされなかった想いに気がつくことで、我が子を全力で愛することができる。


食事、運動、遊び、そして愛情。
これらが揃って初めて、その子らしく伸びやかに育っていけるのだと私は考えています。
やはりヒトは社会性の生き物であり、人と人とが関わること、協力すること、共感すること、ぶつかり合うこと、そういったことが必要な生き物なんだと思うのです。
ただ食べて、運動して、遊んでいるだけではダメで、そこには自分が愛されているという実感が必要。
ですから、愛着形成に課題を持つ子ども達が「発達障害」という診断を受けるケースが後を絶ちません。
彼らは社会性や運動発達に問題があるのではなく、安心感が得られていないために、他人や身の周りに意識が向かず、結果的に関わりと運動の機会の乏しさが育っていかない状態を生み、それを専門家が「発達の遅れ」と言っているにすぎません。


私達親の世代は、当たり前のように核家族化した子ども時代を過ごしてきました。
ですから、私たち自身、親との繋がり、祖父母との繋がりが軽薄です。
さらに地域社会との関わりも乏しいため、いつも孤独を感じながら子育てをしている。
だからこそ、きっかけは我が子の発達の遅れという喜ばしいことではないんだけれども、子育てを通して、また自分が親になっていく過程を通して、自分の親や祖父母との繋がりを感じ、ヒトが700万年続けてきたみんなで子どもを育てる共同保育の雰囲気を感じてもらいたいと思っています。
そうすれば、もっと子育ては楽しくなるし、子どもは伸びやかに育っていくし、今の誤診だらけの発達障害も減っていくと思います。


大人を中心にみれば、自分の親と子ども達をつなぐ存在。
そして子どもを中心にみれば、大人である私たちと未来の子ども達、次の次の世代とをつないでくれる存在。
今の大人たちが頑張ることが、子ども達の幸せと健やかな成長を目指すことが、未来の子ども達をも幸せにすることになるのではないでしょうか。
発達援助とは単に発達障害を治すだけではなく、家族の幸せ、三代にまたがっていく喜びを感じられるような仕事まで高めていけるよう私は頑張っていきたいです。
そして、こういった想い、考えに共感してもらえる人達と繋がっていければ、私の人生も幸せで心豊かなものになっていくと思っています。




☆『医者が教えてくれない発達障害の治り方』のご紹介☆

まえがき(浅見淳子)

第一章 診断されると本当にいいことあるの?
〇医者は誤ることはあるけど謝ることはない
〇早期診断→特別支援教育のオススメルートは基本片道切符
〇八歳までは障害名(仮)でよいはず
〇その遅れは八歳以降も続きますか?
〇未発達とは、何が育っていないのか?
〇就学先は五歳~六歳の発達状況で決められてしまうという現実
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのメリット
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのデメリット
〇療育や支援とつながるほど、子育ての時間は減る

第二章 親心活用のススメ
〇親子遊びはたしかに、発達に結びつく
〇変わりゆく発達凸凹のお子さんを持つ家庭の姿
〇学校は頼りにならないと知っておこう
〇安定した土台は生活の中でしか作れない
〇支援者が行うアセスメントには、実はあまり意味がない
〇親が求めているのは「よりよくなるための手がかり」のはず
〇人間は主観の中で生きていく
〇専門家との関係性より親子の関係性の方が大事
〇支援者の粗探しから子どもを守ろう
〇圧倒的な情報量を持っているのは支援者ではなく親

第三章 親心活用アセスメントこそ効果的
〇子育ての世界へ戻ろう
〇その子のペースで遊ぶことの大切さ
〇「発達のヌケ」を見抜けるのは誰か?
〇いわゆる代替療法に手を出してはいけないのか
〇家庭でのアセスメントの利点
1.発達段階が正確にわかる
2.親の観察眼を養える
3.本人のニーズがわかる
4.利点まとめ
〇家庭で子どもの何をみればいいのか
1.発達段階
2.キャラクター
3.流れ
4.親子のニーズの不一致に気を付けよう

第四章 「我が子の強み」をどう発見し、活かすか
〇支援と発達援助、どちらを望んでいますか?
〇子ども自身が自分を育てる方法を知っている
〇親に余裕がないと「トレーニング」になってしまう
〇それぞれの家庭らしさをどう見つけるか
〇親から受け継いだものを大切に、自分に自信を持とう

あとがき(大久保悠)


『医者が教えてくれない発達障害の治り方①親心に自信を持とう!』をどうぞよろしくお願い致します(花風社さんのHPからご購入いただけます)。全国の書店でも購入できます!ご購入して頂いた皆さまのおかげで二刷になりましたm(__)m


2022年5月10日火曜日

【No.1271】新しい世代の親御さん達

この世界に入って20年ほど経ちますが、「また親御さん達の雰囲気が変わったな」と感じます。
2000年以前は、いかに我が子を入所施設に入れるか、その枠を確保するか。
2000年以降は、いかに有名な支援者、療育機関に通わせるか。
この時代の親御さん達は、有名な支援者を地元に招いたり、反対にその有名支援者を頼り飛行機に乗って通い、中には高額な研修や資格習得に励まれていた方も少なくありませんでした。


そして2010年代には、各地域に発達支援センターができ、児童デイ、療育園は選び放題くらいまで社会資源が拡大していきました。
当然、選択肢が増えるということは、一方で「その中から選ぶ」という選択肢を狭めるということを生み、「診断→療育→特別支援」という流れの中に無意識的に引きこまれていくといった事態を生みました。
だけれども、みんなが同じような枠の中に入ると必ず気づく人がいて、抜け出す人が出てくるものです。


みんなが同じように診断を受け、療育に通い、特別支援教育を利用する。
「7割の人が接種したら、元の生活に戻れますよ!」と同じように、専門家が言っていた流れに乗って利用し続けてきた子ども達が、大人になっても自立していないという現実が目の前に現れてきました。
そうです、2000年代、有名支援者の元に通い、専門的な療育・支援を受けてきた子ども達が成人したのです。
彼らは福祉施設に入所し、または大学を出た若者たちでさえ、障害者就労で月1万円くらいの工賃を貰い障害者年金で生活している。
結局、年端もいかない子ども達を有名支援者の元に連れて行っても、継続した支援といって〇〇療法などを続けたとしても、問題はそのままで治らないし、自立もしなかった。


専門的な支援や療育、特別支援教育が素晴らしいものなら、多くの子ども達は課題を解決し、若者たちは自立した人生を送られるはずです。
でも、支援を受けても、受けなくても、自立しない。
だったら自分たちでより良い方法を探していこう、従来の特別支援の枠にこだわることなく。
そういった親御さんの姿勢がここ5年くらいの栄養療法や身体アプローチ、原始反射統合、メディア制限、カイロプラクティックなど、様々なアプローチからお子さん達が治っていくことに繋がっているのだと感じます。


そして今まさに「変わっている」と感じるのは、アプローチという入り口からより良い子育てへと昇華させている親御さん達の姿です。
行政から提示される選択肢を選んでいる時代よりも、今の親御さん達はより多くの情報の中から選択しなければなりません。
ですから、いろんなアプローチがあったとしても、どれから始めればいいか、また我が子には何が合っているか、わからない状態だといえます。
しかし、とりあえずよさそうだから栄養面からアプローチしてみる、まずはテレビ視聴を止めてみる。
そんな感じで取り組み始め、我が子に良い変化が見られたら、そこから栄養の大切さ、食事の大切さ、食べるといった運動がどのように発達していくのか、とより深く、より多方面へと広がっていく。
私が一貫して目指してきた「専門家の手から親御さんの手へ取り戻す」「発達障害をもう一度、子育ての領域へ」が現実のものになってきた感じがしています。


本来、子どもの成長に関われることは幸せなことです。
自分の子ではなかったとしても、子ども達、若者たちが元気よく、笑顔で過ごしている姿を見るのは喜びです。
それが我が子だとしたら、その喜びはなおのことでしょう。
それなのに私が学生時代、施設職員時代、見てきた親御さん達は子どもの成長を、子育てを楽しめていなかった。
そればかりか苦痛の毎日といったことを言葉と態度で示す人も少なくありませんでした。
親子の無理心中もよく見聞きしたものです。


しかし、今の親御さん達は大変さを感じながらも、同時に希望と子育ての楽しみを感じられているように思えます。
ひと昔前までは、我が子を治したいなんて言ったら非国民化のごとく、専門家、支援者、他の親御さん達から非難されたものです。
親としての当たり前の願いを封印し、ひたすら専門家、支援者の言うようにしてきた時代。
でも今の親御さん達は堂々と「治ってほしい」と言い、また特別支援の枠以外のアイディアを取り入れ、より良い子育てを目指している。


栄養療法は食を通して子育てを見直し、また家族の健康まで発展させていく。
身体アプローチは運動や遊びを通して、ヒトがどのように発達していくのか、そしてヒトが人間として自立するためにどのような神経発達が必要なのかを学んでいく。
原始反射の統合も、胎児期を振り返り、またヒトの進化の過程と愛着形成の重要さに気づかせてくれる。
それは我が子の子育てを通して、自分の親の世代、祖父母の世代と繋がっていくことを感じられます。
そうやって発達障害児を育てているのではなく、大切な我が子を育てているという実感を持てることが子育ての喜び、家族の幸せを感じることと繋がっているのだと思います。
子育てを通して家族みんなが幸せを感じられるような、ひいてはその家族の周りにいる人達が、地域が、社会が子ども達の笑顔を中心に幸せを感じられるような未来を創っていきたいと思っています!




2022年5月9日月曜日

【No.1270】マスクをどのように外していくか注目!

とうとう中国と日本の一騎打ちになったマスク。
中国は抑え付けて付けさせている分、トップの意向が変われば、一気に正常化すると思います。
となると、最後まで続けるのは日本人か。
まあ、つけた人は死ぬまでつけていればいいわけで、私には関係がない話です。
マスクも、ワクチンも、つけた人がつけ、打ちたい人が打つ、それだけの話。


時々、「あんな危険なワクチンを作り、打っている製薬会社が悪いんだ」と言っている人もいますが、私は賛同できませんね。
いくら危険性があろうとも、製薬会社からすれば、完全な毒ではない限り、たくさん商品が売れる方がいいですし、それを目指して研究開発やプロモーションを行っているわけです。
日本のメディアには専門家と広告塔の二つの顔を持つ人達が出ていましたが、それだって営業戦略の一つだといえるのです。
戦後、日本に小麦を普及させるために「米を食べるとバカになる」というキャンペーンが日本人の大学教授によって行われたのも有名ですし、牛乳を飲ませるために母子手帳を導入したのも有名な話。
そうやって小麦と牛乳を売り続けたアメリカだって、1980年代から長くリタリンを売るために診断のチェックシートを配り、専門家と多額のお金を使いメディアで広告し、多くのADHDの子ども達を作った歴史があります。


ですから、勝手に善玉菌と悪玉菌などの言葉を作ってヨーグルトを売っている乳製品メーカーと同じで、ワクチンの効果を宣伝し、いかに多くの国と人々に買ってもらおうとあれこれ手を打つのは企業としては当たり前のことだと思います。
「本当は打ちたくなかったけれども、同調圧力が…」という人もいますが、その同調圧力を誘導したのも広告塔である専門家とメディアですから、まんまと手の上の乗った方が悪いともいえます。


医師が「清廉潔白で、人々の命と健康を一番に考え、身をなげうってもでも病気と闘い、私達を治してくれる人達」というのは、外にいる人間の勝手な希望です。
もちろん、中にはそういった人もいるのでしょうが、「発熱患者お断り」と書かれた町の病院、少なくなかったでしょ。
PCRとワクチン接種はやるけれども、患者は診ない。
そういう医師も少なくなくて、だけれども、それに対して失望するのも、こちら側の勝手な期待が裏切られただけ。
医師だって楽して儲けたい人もいるでしょうし、自分が危険な目にはあいたくない、という人もいるでしょう。
なんとなく代々医師の家系だから、なんとなくお勉強ができたから医学部へ、という人だっているはずです。


医療だって市場の原理が働きますし、開業医なら経営を考える必要があります。
いくら志が高くても、患者がこなければ経営はできません。
逆にいくら志がなくても、患者が押し寄せてくれば経営が成り立つ。
それは街の飲食店と同じで、医師にだけ「儲けを度外視して、患者を助けろ!」というのは違うと思います。


つまり何が言いたいかと申しますと、発達障害だって増えた方がいいという考えの医師や専門家、支援者がいてもおかしくはないということです。
そもそもが何か悩みをもって来院する人達ですから、そこに診断や薬を与える行為はある意味、正しい行為だと思います。
あとから情報を得て「必要なかった」と怒っても、そのとき、歩いて行ったのは本人です。
長く利用してもらいたければ、「生涯の支援」とか、「二次障害が」とかいって固定客にしようとするでしょうし、青いお祭りなんか新しい顧客獲得のためのイベント活動です。
メディアに出る専門家だって、発達障害を減らそうというよりも、増やそう、気づいていない人にも気づいてもらおう、と思って出演しているはずですし、そういった意図をもって仕事として行っている人もいるはずです。
そういった人や行為を勝手に営利目的と切り離し、「障害を持っている人達に関わる人達は善人に違いない」という色眼鏡で見ている自分がいる、といった感じ。


医療も、専門家も、支援者も、みんな発達障害の人がいるから、成り立っている商売です。
しかも、治ったらお金が貰える仕組みではなく、利用したら利用した分、お金が貰える仕組み。
だから何度でも通ってもらいたいし、長く利用してもらいたい。
それに対して利用する者は、ここで何を得たいのか、どうなったら利用を止めるのか、考えるのが当然だといえます。
マスク同様、義務ではない限り、つまり自分の意思で行動している限り、他の誰かが「外していいですよ」なんてはいってくれない。
同じように、発達障害の専門家だって、利用している者の中に卒業しようという意思を感じない限り、「もう来なくていいですよ」とはならないですね。
「病院、療育機関に通っても治らないんです」という人もいますが、「卒業を意識して通っていないから治らないんです」ともいえます。


人間は自分で判断がつかないことに対して、多数派に流れるという傾向があります。
ワクチンも、マスクも、アクリル板も、消毒液も、自分では判断できないから「みんながやっているから私も続けます」という状態なんだと思います。
発達障害だって、90%くらいは誤診で、そもそもが診断も、療育も必要ない子ども達なのに、少しでも気になることがあれば「診断→療育→特別支援教育」という多数派の流れに乗ってしまいます。


保健師も、保育士も、学校の先生も、自分で判断がつかないから親御さんに専門機関への受診を勧める。
それが現在の多数派だから。
そして親御さんも、周りを見て診断という多数派に流れていく。
この問題の根っこは「判断がつかない」という点だといえます。
なぜ、判断がつかないといえば、人間の発達だから。
機械のように何かをしたらどうなったなどはありません。
さらに定型発達などというものもありますが、子ども一人ひとりでその辿り方は異なります。
子育て自体が不確実なものだからこそ、多数派に流れやすい傾向が出てしまいます。
「わからないから、みんなに合わせる」は、自然災害の多い日本人のDNAに刻まれた生存戦略なのかもしれません。


マスクを外せない国は、発達障害を治せない国なのかもしれない。
あんなペラッペラの布すら外せない人達が、子育てという不確実で、しかも長い年月をかけて変化していく行為に対して、覚悟を決めて家族の力だけで進んでいけるのだろうか、とも思います。
でも、そんな中でも家族で試行錯誤しながら治っていた人達がいるわけで、確実にそういった姿は「我が子にも治ってほしい」「治したい」という他の誰かの判断の後押しになっています。


オセロのように一気に裏返しにはならないと思いますが、確実に「治る」という輪は広がっていると感じます。
今は1対99の「治る」と「治らない」だと思いますが、今、治っている人が、治そうとしている人がもう一人の希望になれば、1が2になっていきます。
そして10年、20年と続けていくうちに、2が4になり、4が8になり…未来の親御さん達が判断できるための希望の情報になる。
これから夏に向けて世の中のマスク着用がどのように変化していくか。
そこには日本人らしい過程があると思っていますし、それが発達障害が治るもんだという流れに変えるためのヒントがあると考えています。
どのように日本人がマスクを外していくか、またはどれだけの人が、どういった人が外さずにいるか、注目です。




☆『ポストコロナの発達援助論』のご紹介☆

巻頭漫画
まえがき
第1章 コロナ禍は子ども達の発達に、どういうヌケをもたらしたか?
〇五感を活用しなくなった日本人
〇専門家への丸投げの危険性
〇コロナ禍による子ども達の身体の変化
〇子どもの時間、大人の時間
〇マスク生活の影響
〇手の発達の重要性と感覚刺激とのソーシャルディスタンス
〇戸外での遊びの大切さ
〇手の発達と学ぶ力の発達
〇自粛生活と目・脳の疲労
〇表情が作れないから読みとれない
〇嗅覚の制限 危険が察知できない
〇口の課題
〇やっぱり愛着の問題
〇子ども達が大人になった世界を想像する
〇子どもが生まれてこられない時代
〇子育てという伝統

第二章 コロナ禍後の育て直し
〇発達刺激が奪われたコロナ禍
〇胎児への影響
〇食べ物に注意し内臓を整えていく
〇内臓を育てることもできる
〇三・一一の子どもたちから見る胎児期の愛着障害
〇胎児期の愛着障害を治す

第三章 ヒトとしての育て直し
〇噛む力はうつ伏せで育てよう
〇感覚系は目を閉じて育てよう
〇身体が遊び道具という時期を
〇もう一度、食事について考えてみませんか?
〇食べると食事の違い
〇自己の確立には
〇右脳と左脳の繋がりが自己を統合していく
〇動物としての学習方法
〇神経ネットワーク
〇発達刺激という視点

第四章 マスクを自ら外せる主体性を持とう
〇なぜマスクを自ら外せることが大事なのか
〇快を知る
〇恐怖を、快という感情で小さくしていく

第五章 子どもの「快」を育てる
〇「快」がわかりにくいと、生きづらい
〇快と不快の関係性
〇子どもの快を見抜くポイント
〇自然な表情

第六章 子ども達の「首」に注目しよう
〇自分という軸、つまり背骨(中枢神経)を育てる
〇首が育っていない子に共通する課題
〇なぜ、首が育たない?
〇首が育たない環境要因
〇首が育つとは
〇背骨の過敏さを緩めていく
〇首を育てるには

第七章 親御さんは腹を決め、五感を大切にしましょう
〇子育て中の親御さん達へのメッセージ
〇部屋を片付ける
〇子どもと遊ぶのが苦手だと思う親御さんへ
〇ネットを見ても発達は起きません
〇発達刺激という考え方
〇五感で子どもを見る
〇特に幼児期は一つに絞って後押ししていく

第八章 自由に生きるための発達
〇発達の主体を妨げない存在でありたい
〇大人が育てたいところと子どもが育てたいところは、ほとんど一致しない

あとがき
こういう本を読んできました
巻末漫画

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