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【No.1467】発達の遅れにははじまりがある

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「そんな“発達が遅れた原因”に目を向けようとするのは、大久保さんが愛着障害がないからだね」 以前、ある人から言われたことがあります。 たしかにそれもあるでしょうが、やっぱり「治る」と主張するからにはそこは避けては通れません。 「改善するけど、治らない」おうちの中には“症状が重い”以外に、阻害要因をそのままにしている、または阻害要因を考慮した子育てができていない場合が多いといえます。 ハイハイを抜かした子には、ハイハイを抜かす理由があるのです。 サークルの中に入っていたため、自由にハイハイができなかったかもしれません。 動画を観ている時間が長かったため、赤ちゃん用の椅子に座っていることが多かったため、ハイハイをする必要性がなかったかもしれません。 足の指が育っていなかったため、ズリバイがやりきれず、結果的にハイハイを飛ばしたのかもしれません。 触覚の過敏さがあり、うつ伏せが嫌でできなかったのかもしれません。 背骨、首の未発達があり、うつ伏せになって頭を持ち上げられなかったのかもしれません。 不安が強く、母親の愛情を受け取れる身体の状態ではなく、自ら動き出すことができなかったのかもしれません。 お母さんのおなかの中でうまく動くことができず、または動き回る練習をしないまま生まれたため、自分の身体を両手両足で支えられるだけの前庭感覚が育っていなかったのかもしれません。 へその緒が首に絡まっていたため、首にトラウマがあり、運動発達の始まりの呼吸から遅れが始まり、結果的にハイハイまでたどり着かなかったのかもしれません。 ハイハイ一つとっても、環境面、資質面、成育歴と様々な要因が考えられ、それも複数が絡み合っています。 言葉の遅れや対人面の遅れなど、より高次な能力となれば、その土台となる発達課題は多く、その遅れた背景まで考えるとかなり多様なパターンとなります。 同じ言葉の遅れがある子でも、遅れた理由は一人ひとり違います。 発達障害の発達の遅れ方は多様です。 私が発達が遅れた理由、背景にこだわるのは、そこに治るヒントがあるからです。 胎児期の栄養状態が発達の遅れにつながっているのなら、身体アプローチよりも、栄養や食事の見直し、そこから丁寧に育てていくことが優先順位が高いといえるでしょう。 右脳が優位に育つ0歳から2歳の間にデジタル刺激に偏った生活をしていた子なら、まずはそういった刺...

【No.1466】自動販売機のようなアセスメントとアプローチ

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ひと昔前は発達障害の子ども自体を変えようとすること、症状自体にアプローチすることに否定的な意見が多かったと思います。 それは脳の障害ということを信じていたからかもしれませんし、症状を改善、治療する方法を知らなかったからかもしれません。 時代は進み、身体アプローチが標準化し、発達障害自体が固定化されたものではない認識が広まりました。 それは書店に並ぶ特別支援系の本をパラパラッとめくっただけでもわかります。 この頃はめっきりTEACCHも、ABAも、棚に並ばなくなりました。 症状は改善できること、発達障害は治療の対象であること。 身体を通した神経を育てるアプローチが広まったことは嬉しく思います。 だけど、私は物足りないのです。 私にはそのほとんどが対症療法にしか見えないのです。 神経を刺激し、育てようとするアプローチを謳っているのに、発達の遅れの原因は「脳の障害」とひと言で終わっている支援者や本の数々。 「アセスメントが大事」と言っている割に、それは表面的なレベルのアセスメントで終わっているな、と思うことばかり。 たとえば、授業中に大きな声を出してしまう子のケース。 その子をアセスメントすると 「姿勢保持ができていない」 「机や子どもの声に反応する」 「掲示物が揺れるとそちらのほうに意識が向いてしまう」 「字を枠内に書くことができない」 「友達との距離感が近い」 などが確認される。 で、その理由が前庭感覚の未発達だったり、聴覚過敏だったり、ハイハイを飛ばしたなどの運動発達のヌケだったり。 これでアセスメントは終了で、じゃあ、感覚を育てましょう、運動発達をやり直しましょう、となるのが一般的な流れ。 でも、これって薄いアセスメントだと思う。 たぶん、私が発達相談、レポートでこういったレベルのものを提示したら文句を言われると思う。 もちろん、私のお客さんは良い人ばかりなので、そういったことは直接言わないと思うけど、私だったら許されないレベルだと思います。 聴覚過敏がある子に聴覚の未発達があるから、耳を育てましょう、で良いのか。 それで世の中の親御さん達は満足なのでしょうか。 感覚の問題や運動発達の問題など、ともに生活している親御さんなら聞かなくてもわかっているものです。 わざわざ支援者、専門家が偉そうにやるアセスメントなのでしょうか。 私が親だったら、聴覚の未発達もわかるし、...

【No.1465】右脳が育っていないケースが多い

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発達障害の子は「発達が凸凹している」と言われる。 この凸凹とはどういうことだろうか。 できるところとできないところの差が大きい。 同年齢の子と同じように発達している部分もあれば、大きく遅れている部分もある。 人はだれしも得意なところと不得意なところがあるものだから、みんな、多少なりとも発達が凸凹している。 全領域が直線的な発達なんてことは考えにくい。 とすれば、発達が凸凹していることが問題なのではなく、できない部分が足を引っ張って生活や自立に支障が出ていることが問題なのだろう。 発達の凸凹でいえば、圧倒的に多いのが「左脳>>>右脳」 左脳が優位に育っていて、右脳の発達が遅れている。 左脳は育っているけれども、右脳の遅れが顕著にみられている。 右脳は感情や直感。 ちなみに左脳は言語や論理。 どっちも人間社会で生きていくために必要なので、その左右差が大きくなると生きづらさに繋がっていく。 ロゴや数字、文字を覚えるのは早かったけれど、人の顔を描くことができない。 言葉は話すけど、感情のやり取りのようなコミュニケーション手段としては使えない。 計算問題は得意だけど、文章問題はさっぱり。 勉強はできるのに、社会的なルールや規範は理解できない。 0歳から2歳までは右脳が優位に育つ時期になります。 この時期はいろんなものを触り、口に入れ、全身を使って様々な刺激を浴びる時期でもあります。 この時期にそれらを十分に満たすだけの環境が得られなかったり、それよりも反対側の左脳を刺激するようなデジタルな情報で生活が埋まっていたりすると、右脳が育たないまま過ぎてしまう。 3歳から4歳になると、左脳が優位に育ち始めます。 中には0歳から4歳までずっと左脳ばかり育つ環境で過ごしたと思われる子もいます。 「スマホにこもりをさせてしまった」と後悔の念をおっしゃる親御さん達が多いのも事実です。 発達障害が遺伝的な障害だとすれば、宮古島で起きた「8年間で44倍」といったことは起きないでしょう。 やっぱり生まれつきの障害ではなく、後天的な影響が大きい“現代病”の一つだと考えられます。 生まれつきの障害が良いという人もいるようですが、私は後天的なほうがずっと良いと思っています。 後天的だったら、治る可能性、障害自体がよくなる可能性があるのだから。 このように左脳と右脳の育ちのバランスが崩れてしまった子には、...

【No.1464】模倣する力を育てよう

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ことばの発達において、「模倣」は大事です。 聞いた音を模倣することで学習していくからです。 しかし、ことばの模倣はもちろんのこと、模倣自体、ほとんどしない、できない、という子も少なくありません。 発達検査や知能検査で「模倣の項目が低く出た」というご家族も多いのではないでしょうか。 定型発達といわれる子ども達は身近にいる家族の動きを見たり、言葉を聞いたりして文化的な行動を身に付けていきます。 靴下を履くというのを目の前で見せると、同じようにやってみようとする。 最初はできなくても、繰り返していくうちに指の動き方を覚え、自分で靴下が履けるようになる。 しかし、自閉っ子は靴下を履いているママを静かに見ている、といった感じです。 そうなると、なにかを教える手段がすべて動作誘導、つまり、手をもってあげて一緒に動かしてみるということがメインになり、それだと感覚過敏や多動傾向のある子は難しくなります。 で結局、身辺自立が遅れ、それもまた“発達の遅れ”と認識されてしまう。 「模倣する力はどうやって育てたらいいんですか?」という相談はよくあります。 「簡単な模倣から始めましょう」とアドバイスをもらうそうなのですが、私は模倣の練習よりも、模倣を知ることが先なのではないかと考えています。 模倣しない子、目の前の人の行動に反応しない子は、そもそも模倣、真似という存在に気が付いていない。 私が提案するのは、「まず親御さんがお子さんの真似をしてみましょう」ということです。 子どもさんがやっている動き、遊び、声をそのまま真似をする。 もちろん、最初は見向きもされないでしょうが、突然、「自分と同じかも」と気付く瞬間がきます。 それはことばを覚えるプロセスの一つと同じように、最初は「あー」とか「ピー」とか身体のままに発声した子が、それを真似する母親の声にハッとなり、お母さんの声と自分の声を一致させていくのです。 どういった行動を真似するのが良いかと問われれば、いろんなご家庭をみていると、やっぱり子どもさん自体が好きな遊び、繰り返している動きや声などが良いと思います。 そういった熱中する行動は快の感情と結びついていることが多く、快の感情は神経に強い刺激として伝わっていくからです。 先ほどのことばを覚えるプロセスでも、人間特有の人から反応があると嬉しい(「共感の快」)という能力がありますので、声を出して...

【No.1463】「言葉の遅れ」とひと言ではいえません

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「言葉の遅れ」とひと言でいっても、その状態、発達段階によって育て方は変わってきます。 『発声の段階』は何かを伝えようと意図をもって発しているというよりも、感情が高ぶって「あー」と言ったり、手を動かすように喉を動かして遊んだりしている状態(赤ちゃんに共通してみられます)です。 動物に広く見られる“運動”に近いかもしれません。 ですから運動の段階の子には運動が必要になります。 内的な変化に対して発声を通して反応している。 発声を続けていくことで、周囲から見ればやりきらせてあげることで、運動機能としての喉や口、そして鼻も、肺も、育っていきます。 育っていく中で発声にバリエーションが増え、同時に発声をコントロールする力も身に付けていきます。 この段階の子ども達に必要なのは、内的な変化への反応の段階から自らでコントロールできる段階へ進むことなのです。 自分の意思で発声することができ、かつ複数の発声を使いこなせることが、コミュニケーションとしての言葉の土台になります。 明確な言葉はいえないけれど、意図をもって「あー」とか、「うー」とか発している段階。 そういった子ども達に必要なのは認知機能の向上になります。 自分の発した言葉に対する周囲の反応、その場面や状況といったパターンを覚えていく必要があるからです。 「あ、あ」と言ったら、お母さんが来てくれた。 お母さんを呼びたいときは「あ、あ」と言ってみよう。 最初は偶然発した言葉に対する偶然の一致の対応かもしれませんが、それを少しずつ覚えていきます。 施設で働いてきたときもそうですが、やはり知的障害の状態がこの段階でとどまるか、次の段階へ進むか明確に出ていました。 ではこの段階の子に必要な認知機能の向上とは? それは文字が読めるとか、書けるとかといったものではなく、運動機能を高めることになります。 言語中枢といわれる脳の部位は運動機能を司る部位と関連しています。 身体を大きく使う動き、それはすなわちいろんな身体の部分を連携させて動かすということ。 動きのバリエーションを増やすこと、いろんな動きをすること自体が脳を刺激し、認知機能を向上させます。 さらにコミュニケーションとしての言葉は、なにかを使える道具でもありますので、ボールを転がしたり、ティッシュをとったり、スコップでモノを叩いたりというような道具の操作が脳を育てますし、機能として...

【No.1462】支援が足りないから強度行動障害になる?

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時々、行動障害を持ったご家族のもとへ伺うことがあります。 強度行動障害の人達が住む施設で働いていた経験があるからかもしれませんし、そもそも相談にのってくれる機関が少ないからかもしれません。 訪問すると、「支援機関は相談には乗ってくれるけれども、実際に家まで来てくれるところはなかった」とおっしゃるご家族もいました。 推計ではありますが、強度行動障害を持つ人は全国に2.5万人もいて、その多くの人が家で過ごしている状況です。 グループホームも増えてはきていますが、行動障害を持つ人は断られる場合がほとんどなのが現実なのです。 強度行動障害まではいかなくとも行動障害を持っている人、また大人だけではなく子どもさんもいます。 そういったご家庭に伺ってみると、気づくこと、共通することがあります。 親御さんが言う「突然のパニック」の多くは、フラッシュバックが起きていると考えられます。 それまでご機嫌に過ごしていたのに、急にパニックになって暴れだす。 きっと嫌なことがあったんだろう。 ストレスが溜まっていたんだろう。 見通しが持てずに混乱したんだろう。 ペースやこだわりを崩されて爆発したんだろう。 言いたいことが伝わらず怒りで表現したんだろう。 もちろん、こういった背景、周囲の解釈が当てはまることもありますが、その場合は暴れ方が違います。 持続時間が短いですし、こちらの指示や言葉が伝わる接点がある。 しかし、フラッシュバックが背景にある場合、混乱状態が長く続きます。 こちらの言葉が届かなくて別の世界に行っているかのよう。 目の焦点が合わないですし、苦しみから逃れようとしている姿が映し出されます。 自傷の雰囲気、味わいが苦しいという訴えではなく、自らを滅ぼそうとする行為にみえるのです。 今の支援の中心は 混乱させないように見通しを持たせよう コミュニケーションの代替手段を使えるようにしよう 刺激を減らしてストレスを減らそう また自分や他人を気付ける行為、問題となりえる行動を事前に止めてできなくさせよう ということになります。 そうです。 これはフラッシュバックに対する支援ではありません。 強度行動障害の研修で展開されている内容は自閉症支援と同じなのです。 行動障害を持つ人が家を出て、入所施設やグループで暮らし始めると、パニックが減るということは珍しくありません。 その理由は家の中にフラッ...

【No.1461】「賢いお子さんだな」と感じるとき

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「賢いお子さんだな」と感じることは発達相談の場面でたくさんあります。 言葉は発しないけれど、知的には重度とされているけれど、周りが想像している以上にいろんなことがわかっていて、できる能力を持っている。 だけれども、そこが気づかれていない子が少なくないと思います。 親御さんと話をしていても、「本当はうちの子、もっとできると思うんです」「結構、わかっていると思うんです」という言葉はよく聞きます。 親御さんは我が子の力に気が付いているんですよね。 でも診断は自閉症だったり、知的障害だったり。 確かに同年齢の子と比べてできないことが多い。 だから、そんな素直な想いに蓋をし、モヤモヤした気持ちを抱えて子育てを続けていく。 でも、本当に専門家の言うことは正しいのでしょうか? 親御さんの見立ては素人の見立てで、常に間違っていると言えるのでしょうか? 人の知能をすべて測定することはできません。 ましてや、その子の成長する力、可能性、未来を測定することはできないのです。 検査結果に一喜一憂する親御さんは多いですが、それはあくまで現時点での限られたポイントに対する評価です。 検査結果がその子のすべてでも、将来を決めるものではありませんね。 「そういう面もあるよね」くらいか、「サービス申請のための資料作りの一つ」というくらいの認識で良いのです。 事実、専門家の見立てとは異なる将来を歩んでいる若者たちがいます。 専門家の見立て通り、たとえば「この子は生涯、支援が必要だ」「言葉は出ない」「仕事や進学なんて無理」と言われたことがそのまま事実になるケースの多くは、専門家の言葉をそのまま鵜吞みにする家庭だといえます。 いや、鵜呑みにしている風で諦めた家庭、専門家に丸投げ、自分のせいじゃないからと割り切った家庭といえるかもしれません。 幼いときから専門家の言う通りに支援し、選択し、受け入れてきた。 そういった家庭の子は、みんな、支援の世界から出ることなく生きていく。 でも冒頭で紹介した通り、周囲が気づいていないけど、検査結果に表れないけど、「賢い」と感じる子ども達がたくさんいます。 そういった子は、「首から下の未発達&未接続」と「代償による凸凹発達」の2パターンが考えられます。 「首から下の未発達&未接続」とは、頭は活発に動いているけれども、身体が育っていなくてうまく能力が発揮できていない状態。 ま...