2022年9月24日土曜日

【No.1310】3世代のアセスメントと発達援助

先週の木曜日、最終便で東京へ行き、翌日の朝一の新幹線で愛知のご家族のもとに。
一日、愛知県内を回って次の日は関東を回って、日曜日の午前中、東京のご家族の発達相談を終えて、午後函館に戻ってきました。
同時進行で福岡と東京の出張の調整をしていて、訪問した子どもさん達の報告書を作成しつつ、途中で取材を受けながら、溜まっていたメール相談にお応えし、やっと息をついて今ここです。


取材中、気がついたのですが、「大変なことは何ですか?」と訊かれて、自分では大変さを感じていないことがわかりました。
「自分がやりたい仕事を自分で作ったから、大変さを感じていなんですよ」なんて自分の口から出て、「そういえば、結構ハードで、毎日毎日、なにかしたら発達相談を行っているけれども、疲れてないよな」と思ったり。
相談者の年齢も0歳の子もいれば、成人した人もいて、親御さんからの相談もあれば、ご本人からの相談もある。
みんな、同じ「発達障害」と言われているけれども、一人ひとり課題は異なり、根っこも異なる。
もっといえば、その悩み、生きづらさは「発達障害」からきていないこともあるし、そもそもそれって治す必要があるのかってこともある。


このように一人として同じ答えはないし、答え自体、存在しない。
だから毎日、頭に汗しながら、一方で楽しく仕事ができているんだと思います。
私は子ども時代から器用貧乏なところがあって、なんでも一応はできてしまう。
その分、飽きっぽくて長続きしないところがあるんです。
唯一、続いているのはスワローズファンと妻との結婚生活(笑)
大学卒業後からハッタツの世界に入ったけれども、正直、こんなに続くとは思わなかったですね。


以前、実際に発達相談を受けられた人から「紹介で」ということもあります。
そうすると、「全然、聞いていた感じと違う」とおっしゃる方もいますね。
当然、一人ひとり異なるのですから、しかも最低でもお子さんと親御さん二人のキャラクターがいるのですから、私が言うことはその人によって全く変わります。
たとえ課題の根っこが同じであったとしても、どこから育てていくのか、アプローチしていくのか、その優先順位は子どもさんの今の状態と親御さんの理解、姿勢によって異なります。
一言でいえば、「できないこと」「続けられないこと」を言っても仕方がないと私は思っています。
また置かれた状況を鑑みて、耳の痛いことを言うこともあれば、一生懸命励ましの言葉を届けることもありますし、一緒に涙を流すこともあります。


確固たる理論、アプローチがあって、「絶対、この方法を」「ここから育てて」「これをやったら最短だ」ということもあるでしょう。
私の中にも、そういったもの、「3ヶ月続けたら改善するだろう」というのもあります。
しかし一方で、それはあくまで支援者、他人の視点なのです。
そのご家族は、発達障害を治すために生活しているのではありません。
そのご家族は、自分の持っている理論を体現するためのモルモットではありません。
家族一人ひとりに感情があり、想いがあり、願いがあり、自分の人生を豊かにするために生きている。
だから、その家族の生活、意思決定を左右させるようなことを言うべきじゃないし、介入すべきじゃない。


いろんな療法があり、それが一番だと思っている専門家、支援者、援助者がいるのは確かです。
しかし、万人に共通する改善のアプローチがあるとしたら、今現在、発達障害は社会問題になっていないでしょう。
発達障害が増え続けているということは、そんな唯一のアプローチがないという証拠。
結局、個別化しかないのです。
そして全員が全員、普通の人になるわけではない。
その人その人でゴールも、自立も、「治った」も、改善も、違います。


SNSで流れてくるのを見ていても、ほとんどの発信は当事者、子どもさん自身ではなく、親御さんです。
「良かった」と言われる方法も、本当に良かったのか、それが一番の要因なのか、そもそも子どもさん自身が満足しているのか、それを望んでいたのか、わからないのです。
正直、私には親御さんの自己満足であり、自己治療だと感じることが多々あります。
「栄養療法がいい」という人は、「栄養療法が良いものであってくれ」という心理があり、一つのアプローチに固執しなければならないほど、心身共に余裕が無いのかもしれない。
またもっと深いところで言えば、無数あるアプローチの中から他を選べない何かがあり(環境や家族の問題)、本人も気づいていないところでいえば、「失敗したらどうしよう」という不安、さらにその奥には幼少期に失敗を咎められた体験や、挑戦自体をさせてくれない親との関係性、幼少期があったかもしれないし、そもそも食事は愛着の象徴であり、おっぱいをもらうときの雰囲気、胎児期の愛着へと繋がっている場合もあって親御さんの課題からそれにこだわっていることもある。


ですから私は、療法にしろ、アプローチにしろ、専門家にしろ、なにかに固執しているのは、子どもや社会のためではない"何か"のためだと考えています。
また何気ない行動一つにしても、そこにはその本人が意識していることもあれば、無意識レベルでの心理がそうさせていることもあるのだと思います。
本気で我が子に良くなってもらおうと心から思っているのなら、一人の専門家、アプローチにこだわるわけはないのです。
ほとんどの大人は、一つの方法、専門家ですべてがうまくいくとは思っていない。
だけれども、こだわらざるを得ない何かがそこにある。
知識、情報のアップデートは基本ですし、テーラーメイドがヒトの子育て、発達援助の基本中の基本。


日本のコロナ対策は3年前と変わりません。
むしろ、盛りに盛っています。
一方、海外では情報がアップデートされ、過去に間違えがあればそれを認め、その対策を否定、捨て去ることができるので、もうコロナは過去の話になっているのです。
発達相談において、「大久保さんに、もっと早く会いたかった」「この子がもう少し小さいときに発達相談をお願いしたかった」と言われる親御さんがいます。
しかし、その過去は今振り返れば否定できるようなことであったとしても、そのときはそれが最善だと思い、一生懸命行ってきたことでしょ。


ですから、次に進むためにこだわりを捨て、過去を否定することは必要ですが、まったくなかったものにしてはいけません。
その今思えば間違いだったといえることも、その子の人生、子育ての歴史としてつながっていて、今の土台になっている。
だから、その過去をなかったものにするような発達相談はしたくないのです。
その過去も含めてその子自身。
それをアセスメントできなければ、それを含んでの助言、アプローチの提案ができなければ、支援者の自己満足か、自己治療、自己実現のための発達援助になってしまいます。
もちろん、親御さん自身もそうです。
発達障害の子が生まれ、そういった課題を持った子の子育てをし、悩んでいるのにも、理由があるし、親御さん自身の生きてきた道とのつながりもある。


親も、子も、もっといえば祖父母も、現代社会も含めて、発達相談だし、発達援助。
だから何のために「発達相談、援助という仕事をしているか?」と尋ねられれば、子どもさんを中心に親御さん、じいちゃんばあちゃん、これから生まれてくる子とその次の世代、3世代が幸せになることと、社会がよりよくなるため、ですね。
先日、取材してくださった方は真摯に聞いてくださったので、私が言わんとしていることを理解してくれました、きっと暑苦しい人だと思われたことでしょうが(笑)




2022年9月21日水曜日

福岡出張のご案内(12月9・10日)

すべての訪問予定が決定しました。どうもありがとうございました!お会いできる皆さま、どうぞよろしくお願い致します☆彡(2022年9月23日AM6:00)

8月に予定しておりました福岡出張を12月に行うことが決まりました。
只今、二家族の訪問が決定しております。
もし他にも福岡県内でご希望の方がいらっしゃいましたらご連絡ください。
また平日(金曜日)で構わないのでしたら、福岡県外のご家族の元に伺うことも可能です。


「発達障害」から「なぜ、我が子の発達が遅れているのか」へ。
課題の根っこを知ることで、より良い子育て、発達の後押しができることを応援します。


【日程】
12月9日(金)午前 「 × 」  / 午後 「福岡」
12月10日(土)午前「福岡」  /  午後「福岡」

*ご希望が重なった場合は、先着順とさせていただきます。
*12月9日(金)でしたら福岡県外にも伺えます。
*航空券の予約がございますので、募集は【9月22日23:59】までに致します。


詳細を確認したい方は【出張相談問い合わせ】と件名に書き、お問い合わせいただければ、ご説明いたします。
出張相談についての内容は、てらっこ塾ホームページをご覧ください。
ご依頼&お問い合わせ先:メールアドレス




2022年9月15日木曜日

【No.1309】「おっぱいを飲まないんです」

「うちの子、おっぱい、ぜんぜん飲まないんです」
2022年に入って、なんど聞いた話でしょうか。
前回のブログで、今年に入って乳児さんの相談が増えたという話を紹介しました。
本当に増えたんですよ、0歳代の子ども達の発達相談が。
そして、ほとんどの親御さんが「おっぱいを飲まない」ということを訴えられます。


私はニッチな商売をしていますので、当然、相談に来られるケースは特殊なものばかりになる可能性があります。
ですから、たった一つのケースであったことを、不特定多数に向けた発信ではしないようにしています。
しかし、この「おっぱいを飲まない」は、私以外の人も、別の場所でも感じている人がいるんですよ。
私の知り合いの保育園の先生だったり、医療系で子ども達と関わっている人だったり。


「おっぱいの飲み具合」というのは重要なアセスメント項目の一つになります。
どのくらい飲んでいたかという量も大切ですが、「リズムよく飲める」「ちゃんと舌を使って乳首をたぐり寄せられる」ということが、その時点できちんと発達できていたかを確認する上でポイントになります。
おっぱいを飲む時点で、うまく吸えなかったり、だらだらと口から流れてしまったり、くわえるだけで舌が動いていなかったりすると、「胎児期から神経発達の遅れがあったのでは」と推測されます。
お母さんのお腹の中で、羊水を飲んでは吐く、指しゃぶりを繰り返し、おっぱいを飲む練習をしますので。
その練習が足りなかったのか、やりきれる環境ではなかったのか、はたまたそれ以前に、練習できない器質的な課題があったのか、アセスメントではさらに背景を推測していきます。


おっぱいを飲めない赤ちゃんが増えたと聞いて、はじめはワクチンの生物的な影響やマスクによる酸素の問題、消毒・除菌の影響、お母さんの心理的な不安が、胎児期の神経発達に不具合を生じさせていたんだと思っていました。
先ほどお話しした通り、おっぱいを飲むという原始的な動きができないとなると、胎児期以前で神経発達に課題があった可能性が高いからです。
しかし、赤ちゃん、親子を見ている人達と話をしていく中で、それだけではないと思ったんです。


どうも赤ちゃんが、おっぱい自体を拒否している感じ。
どうしてそう思うかといえば、ミルクならごくごく飲む赤ちゃんもいるからです。
もし胎児期の神経発達の課題だとしたら、ミルクに変えても飲みません。
実際、相談に来られる親御さんの中に、「おっぱいも、ミルクも、ぜんぜんダメだった」という人が多いからです。
神経発達の遅れによる"飲む"運動ができないの場合、おっぱい、ミルク、離乳食、食事自体に課題を持っている子が多いと言えます。
ということは、ミルクなら飲む子は、おっぱいを避けていると考えられます。


ある保育園では、赤ちゃんクラスの子ども達、ほとんどがおっぱいが飲めず、ミルクのみになっているそうです。
もちろん、ミルク自体も上手に飲めない子もいるとのことですが。
とにかく2022年以前には見られなかった光景です。
見られなかった光景と言えば、やはり言葉の遅れ、社会性の遅れが現場レベルでは常識になっているとのことでした。


ワクチン接種者から放たれるシェディングについては、知られるようになってきたと思います。
私も昨年、沖縄に行ったとき、CAさんが近くに来るたびに頭痛がありました。
「約3分で機内の空気がすべて入れ替わります」って言ってるけど、体内から常時放たれていたら意味ないじゃん、と思ったくらいです(笑)
接種者の副反応も、血液に関連するものが報告されていますので、血液からできているおっぱいになんらか母体由来ではないものが含まれていても不思議じゃありませんね。
あのCAさんも、将来、子どもを授かりたいと思うときがくるのかな。。。


赤ちゃんは、おっぱいを通して母親から抗体(免疫グロブリン)を受け取る。
それが十分にできなければ、その後の心身の健康、発達に影響が出ることもあるでしょう。
日本は赤ちゃん、子ども達を守らないでどうするんです。
ちょっと伸びた高齢者の寿命と引き換えに、次世代を担っていく、100年時代を生きる子ども達の長い時間を犠牲にしているのです、ホントやりきれませんね。




☆『ポストコロナの発達援助論』のご紹介☆

巻頭漫画
まえがき
第1章 コロナ禍は子ども達の発達に、どういうヌケをもたらしたか?
〇五感を活用しなくなった日本人
〇専門家への丸投げの危険性
〇コロナ禍による子ども達の身体の変化
〇子どもの時間、大人の時間
〇マスク生活の影響
〇手の発達の重要性と感覚刺激とのソーシャルディスタンス
〇戸外での遊びの大切さ
〇手の発達と学ぶ力の発達
〇自粛生活と目・脳の疲労
〇表情が作れないから読みとれない
〇嗅覚の制限 危険が察知できない
〇口の課題
〇やっぱり愛着の問題
〇子ども達が大人になった世界を想像する
〇子どもが生まれてこられない時代
〇子育てという伝統

第二章 コロナ禍後の育て直し
〇発達刺激が奪われたコロナ禍
〇胎児への影響
〇食べ物に注意し内臓を整えていく
〇内臓を育てることもできる
〇三・一一の子どもたちから見る胎児期の愛着障害
〇胎児期の愛着障害を治す

第三章 ヒトとしての育て直し
〇噛む力はうつ伏せで育てよう
〇感覚系は目を閉じて育てよう
〇身体が遊び道具という時期を
〇もう一度、食事について考えてみませんか?
〇食べると食事の違い
〇自己の確立には
〇右脳と左脳の繋がりが自己を統合していく
〇動物としての学習方法
〇神経ネットワーク
〇発達刺激という視点

第四章 マスクを自ら外せる主体性を持とう
〇なぜマスクを自ら外せることが大事なのか
〇快を知る
〇恐怖を、快という感情で小さくしていく

第五章 子どもの「快」を育てる
〇「快」がわかりにくいと、生きづらい
〇快と不快の関係性
〇子どもの快を見抜くポイント
〇自然な表情

第六章 子ども達の「首」に注目しよう
〇自分という軸、つまり背骨(中枢神経)を育てる
〇首が育っていない子に共通する課題
〇なぜ、首が育たない?
〇首が育たない環境要因
〇首が育つとは
〇背骨の過敏さを緩めていく
〇首を育てるには

第七章 親御さんは腹を決め、五感を大切にしましょう
〇子育て中の親御さん達へのメッセージ
〇部屋を片付ける
〇子どもと遊ぶのが苦手だと思う親御さんへ
〇ネットを見ても発達は起きません
〇発達刺激という考え方
〇五感で子どもを見る
〇特に幼児期は一つに絞って後押ししていく

第八章 自由に生きるための発達
〇発達の主体を妨げない存在でありたい
〇大人が育てたいところと子どもが育てたいところは、ほとんど一致しない

あとがき
こういう本を読んできました
巻末漫画

出版元である花風社さんからのご購入はこちら→https://kafusha.com/products/detail/56
Amazonでも購入できます。


2022年9月14日水曜日

【No.1308】「バイパス」の話をもう少し

前回のブログ『言語発達とバイパス』を読んで下さった方たちから
「もっと話が聴きたい」
「自分もそんなふうに感じていたんです。やっと言語化できました」
など、好意的なリアクションをいただきました。
実はこれはずっと前から思っていたことで、実際、神田橋先生が書籍の中でも使っていた表現でしたし、自分の内側で温めていた話でした。
ただ、「まだ公で表現するのは早いかな」「中途半端な段階でブログに記すのは誤解を生むかな」なんて思っていので、時期を見ていた感じです。


通常、「治った」と聞くと、二人の姿をイメージされると思います。
同年齢の子どもと変わりないような「普通の子」になったという意味での治った。
数々の困難が幼少期からあったけれども、1つずつその課題がクリアされていき、親御さんから見ても、「あ~、うちの子はたくさん治ってきたな」という意味での治った。
そもそもが感覚過敏も、季節の変わり目の不調も、知的障害も、一度診断や特性が確認できれば、「生涯治らないもの」と言われていましたので、たとえ普通の子にならなくても、大いに「治った」と言えるでしょう。


「バイパス」について考えだしたのは、ある程度、大きくなってから言葉を話すようになった人達がどうも通常の言語脳と別のところを使っているのでは、と感じるようになったからです。
前回のブログで紹介したように、言葉を話すとき、身体の別の部分が連動して動くのが気になりました。
あともう一つあって、普通の子にはなっていないけれども、治っている人たちの発達の進み方を見て、そう思うようになったんです。


なかなかこの辺りの様子を言語化するのは難しいのですが、"根っこ"からじゃなくて、その上の辺りから部分的に治ってきている感じがあります。
具体的に言えば、脳から首、腕まで治っている(?)、神経発達ができているんだけれども、手首から先が育っていない感じ。
あとは、ハイハイのやり直しは終わったけれども、それで左右交互の動きができるようになったけれども、左半身と右半身を連動させた動きがぎこちない。
他人との距離感が掴めるようになったけれども、心身のコンディションによって波が生じる、といった感じです。


今のところ、この背景には三つのことが考えられます。
まず「ある程度、年齢が上がってから育て直しを始めた」ということ。
育て直しのアプローチを後から知ったり、幼少期は育て直しができる状態ではなかったり。
生後、生まれ出た環境に合わせて、それに適応する形で身体、神経ができていきますので、その時期に刺激されなかったこと、反対に自然とは異なる刺激を強く受け偏ってしまったことで、あとから通常とは異なるプロセス、場所において繋がりが生じるのだと思います。
神経側から見れば、適応の中で構築されるか、あとから必要になって構築されるか、といった感じです。
後者の場合、ぎこちなさや「意識してならできる」、私達通常の発達の人よりも、最短ではない分、エネルギーを使いやすい(疲労する)といったことが想像できます。


二つ目は、上記と似ているのですが、課題の根っこじゃない方から育てなおしていったこと。
たとえば、言葉の遅れだったら、運動発達のヌケを育て直すことや呼吸を育てることの方が根っこからの育て直しになりますが、言葉だけに注目したアプローチ、言語指導をした。
平衡感覚を育てようと、トランポリンをたくさんやったが、本当は跳んでも内耳が刺激されない、刺激が神経発達として積み上がっていないことであった。
姿勢を直すために頑張って椅子に座らせたけれども、それで座れるようにはなったけれども、課題の根っこは腰の育ち、足の育ちだった。
この前も、教室の椅子にきちんと座れるようになったんだけれども、二足歩行ができていない子がいました。
その子は寝がえりからやり直しをやり、一通りの運動発達をやり切りましたが、「意識しないと、疲れたりすると、姿勢が崩れる」と言っていました。
もちろん、「以前よりは、だいぶラクになった」とも言ってましたが。


3つ目は、器質的な背景になります。
出生後の運動発達や感覚の早い段階で、既に遅れが確認できた子ども達は、胎児期ですでに課題があったと推測でき、器質的な理由をもって生まれてきたと考えられます。
そういった子ども達の場合、脳神経の柔らかい時期に適切な刺激と育ちを行っていけば、同年齢の子ども達と同じように育っていける子もいますが、そうやっても同じようには、普通の子のようには最終的に育っていかない場合もあると思います。
普通級にいたり、進学したり、就職したりする人で、周囲から見て「普通なんだけれども、なんか変わっている人」という方は、そういった器質的な背景をもって生まれてきたけれども、後天的に治してきた、という人のように感じます。
そういった人達と接すると、やっぱり通常とは異なる脳の部位、身体、感覚、運動を使っているな、と思うことが多々あります。


また知的障害を持つ子の場合、周囲がある意味、限界を決めて諦めてしまった結果、必要な刺激が与えられなかったり、年齢を重ねてから乳幼児が育てる運動を始めたりすることがあり、それが通常とは異なる神経ネットワークづくりへと繋がっていることもあるように感じます。
当然、その子の器質的な理由として、脳の部位によってネットワークづくりが難しい箇所がある、といったこともあるでしょう。


私のところに相談に来てくださるご家族は、一番は「我が子に治ってほしい」「自分自身治っていきたい」という想いを持たれています。
で以前は、どの親御さんも「普通の子」になるイメージでの"治った"を願っていましたが、この頃の親御さんの希望の中心が、「親としてできることを1つでもしたい」「我が子が少しでも成長できることを、少しでもラクになれることを」という願いに変わってきたように感じます。
ですから、通常とは異なる部位に神経ネットワークを作り、バイパスを通すようにして課題をクリアしていく、治す子ども達もいます、というお話をしました。
また裏の意味としましては、今年一年、赤ちゃんの相談が増え、器質的な理由を持っているのでは、と思うことが増えたからです。
脳の可塑性を信じて、たとえ通常の発達、神経ネットワークとは異なったとしても、治っていくし、治していくことを目指していかないといかない時代なのかもしれませんね。




☆『ポストコロナの発達援助論』のご紹介☆

巻頭漫画
まえがき
第1章 コロナ禍は子ども達の発達に、どういうヌケをもたらしたか?
〇五感を活用しなくなった日本人
〇専門家への丸投げの危険性
〇コロナ禍による子ども達の身体の変化
〇子どもの時間、大人の時間
〇マスク生活の影響
〇手の発達の重要性と感覚刺激とのソーシャルディスタンス
〇戸外での遊びの大切さ
〇手の発達と学ぶ力の発達
〇自粛生活と目・脳の疲労
〇表情が作れないから読みとれない
〇嗅覚の制限 危険が察知できない
〇口の課題
〇やっぱり愛着の問題
〇子ども達が大人になった世界を想像する
〇子どもが生まれてこられない時代
〇子育てという伝統

第二章 コロナ禍後の育て直し
〇発達刺激が奪われたコロナ禍
〇胎児への影響
〇食べ物に注意し内臓を整えていく
〇内臓を育てることもできる
〇三・一一の子どもたちから見る胎児期の愛着障害
〇胎児期の愛着障害を治す

第三章 ヒトとしての育て直し
〇噛む力はうつ伏せで育てよう
〇感覚系は目を閉じて育てよう
〇身体が遊び道具という時期を
〇もう一度、食事について考えてみませんか?
〇食べると食事の違い
〇自己の確立には
〇右脳と左脳の繋がりが自己を統合していく
〇動物としての学習方法
〇神経ネットワーク
〇発達刺激という視点

第四章 マスクを自ら外せる主体性を持とう
〇なぜマスクを自ら外せることが大事なのか
〇快を知る
〇恐怖を、快という感情で小さくしていく

第五章 子どもの「快」を育てる
〇「快」がわかりにくいと、生きづらい
〇快と不快の関係性
〇子どもの快を見抜くポイント
〇自然な表情

第六章 子ども達の「首」に注目しよう
〇自分という軸、つまり背骨(中枢神経)を育てる
〇首が育っていない子に共通する課題
〇なぜ、首が育たない?
〇首が育たない環境要因
〇首が育つとは
〇背骨の過敏さを緩めていく
〇首を育てるには

第七章 親御さんは腹を決め、五感を大切にしましょう
〇子育て中の親御さん達へのメッセージ
〇部屋を片付ける
〇子どもと遊ぶのが苦手だと思う親御さんへ
〇ネットを見ても発達は起きません
〇発達刺激という考え方
〇五感で子どもを見る
〇特に幼児期は一つに絞って後押ししていく

第八章 自由に生きるための発達
〇発達の主体を妨げない存在でありたい
〇大人が育てたいところと子どもが育てたいところは、ほとんど一致しない

あとがき
こういう本を読んできました
巻末漫画

出版元である花風社さんからのご購入はこちら→https://kafusha.com/products/detail/56
Amazonでも購入できます。


2022年9月12日月曜日

札幌出張のご案内(10月23日)

札幌圏内のご家族から依頼があり、10月に出張することが決まりました。
おひと家族の発達相談ですので日帰りにしようかと思ったのですが、もし他にもこの機会に発達相談を受けてみたいという方がいらっしゃいましたら1泊2日にしてお受けしようと思います。


【日程】
10月22日(土)午前 ×  / 午後 函館→丘珠
10月23日(日)午前〇  /  午後〇 →17:30丘珠発

*ご希望が重なった場合は、先着順とさせていただきます。
*航空券の予約、木曜日から東海&関東出張がございますので、募集は【9月13日23:59】までに致します。


詳細を確認したい方は【出張相談問い合わせ】と件名に書き、お問い合わせいただければ、ご説明いたします。
出張相談についての内容は、てらっこ塾ホームページをご覧ください。
ご依頼&お問い合わせ先:メールアドレス




2022年9月9日金曜日

【No.1307】言語中枢とバイパス

言葉(言語)は、発達の順序で言えば、後半も後半です。
ですから、胎児期から2歳前後で生じている発達のヌケや遅れを育て直すことで、言葉の発達が進んでいくことが多くあります。
ですから、言葉の遅れが見られる子ども達の場合、言葉をトレーニングするよりも、言葉以前の段階を育て直すことが有効です。
この前も、それまで発語がなかったお子さんが、夏に思いっきり全身で遊び切ったあと、というかその途中で「ママ」と呼んでくれたという報告をいただきました。


一方で、全員が全員、「言葉の遅れ=胎児期から2歳前後の発達のヌケ」ではないような気もしています。
もちろん、発達のヌケを育て直すこと自体、その子が生きやすくなるし、いろんな発達・成長に派生していくことなので望ましいといえるのですが、「なんで言葉の面では思うように伸びていかないのかな」と思うこともあるのです。
親御さんは一生懸命後押ししているのに。
本人も育て直しができ、ヌケを埋めることができたのに。


私が関わってきた成人の方達の中には、子ども時代、まったく言葉を話さなかった人もいます。
また小学校高学年、10歳を過ぎたあたりから急にしゃべりだした人もいます。
幼稚園まで単語レベルでしか話せなかったのに、就学後にかなり流暢に、むしろおしゃべりさんくらいに育った人もいます。
中には脳のMRIを撮り、医師から「言語中枢が真っ白でしょ。この子は生涯言葉を発することはありません」と言われた人も、中学生くらいから言葉が出だしたケースもあります。
ただ一言で「しゃべるようになった」「発語が出るようになった」と言っても、その後、どのような段階まで言葉、しゃべりが育ったかは一人ひとり異なっています。
同世代の人と同じくらいまでしゃべれるようになった人もいれば、そのまま単語レベル、二語文まで、片言の日本語みたいな感じ。


言語発達の研究で言えば、野生児の養育、治療から言葉を覚え、発するには時間的リミット、臨界期があるのだろう、と言われています。
確かに、どの年齢、年代で発語が見られるのか、それはその後の言語発達を予想する上で重要なポイントになると思います。
やはり小学校低学年、8歳くらいまでに発語があった子ども達は、その後、日常会話が支障ないくらいまで育っていく印象です。
年齢が上がっていくほど、言葉が出たとしても、それ以降の発展がとてもゆっくり、あまり変わらないほうが多い気がします。


その背景には、8歳が脳の転換期であるのと、8歳以降は本来の言語中枢、神経ネットワークで構築されていくのではなく、必要に駆られて通常とは異なる部位にバイパスが通されるようなイメージでできていく感じがあります。
なぜ、そう思うかというと、ある程度、大きくなってから言葉が出た、言葉の発達が進んでいった人達を見ていますと、どうも口以外の部位が動いているような気がするからです。
たとえば、しゃべりながら手の指が動いたり、顔の左側が動いたり、瞼がピクピクッとしたり。
もちろん、母国語ではあるものの、言葉に対する苦手さから外国語をしゃべっているように緊張して身体の部位が動くということも考えられますが、もしそのように考えて一言ひとこと話しているのなら眼球運動に集中すると思うのです。
まあ、私の体験から思うことであってエビデンスはありませんが(笑)、言葉に限らず、「どうもバイパスだな」と感じるときは、目的の行動、私達が通常その行為をするときに動かない部位が連動して動いているような気がします。


運動発達のヌケが埋まるまでがゆっくりで、本来とは異なる部位にバイパスのようにして神経ネットワークが形成されることが考えられます。
しかし、幼児期から言葉は出てたんだけれども、その後の言語発達が進んでいかない、というお子さんもいるのも事実です。
そのほとんどのケースは、呼吸、感覚、運動発達全般がまだやり切れていない、育ちきっていないことが要因だと考えられますが、根っこの課題で言えば、発達全般がゆっくり、ということになるでしょう。
それはいわゆる知的障害と言われる子ども達だと思います。


ただこの「知的障害」と一言でいわれてしまうのもやっかいで、本当にその子の器質的な理由から知的に遅れが出ている状態なのか、栄養・酸素・刺激不足により知的な発達全般が進んでいけないのか、はたまたそういった発達を阻害している環境要因があり進んでいけないのか、その辺りが重要な話になります。
器質的な理由の場合は、ゆっくり時間をかけて、その子の自分の想いを表現したいという気持ちを育んでいき、バイパスを通すようにして何度も何度も繰り返し言葉の面で刺激して、神経ネットワークを形成していくことが有効だと思います。
それは発語がない子ども達、若者たちが、絵画や造形、音楽、料理などを続けていくことで、言葉が出る姿を見てきたので、そう思うのです。
知的な障害、ハンディキャップがあるかもしれないが、自分の気持ちを表出したいという欲求が身体活動を通してなされたとき、脳内にドーパミンが放出され、新たなネットワークづくりが始まっていくように感じます。


数年前になりますが、成人した子を持つ親御さんから、ぼそっと一度でいいから名前、母さんと呼んでほしかった、という言葉を聞いたことがありました。
知的障害でいえば重度の若者でした。
当然、「〇〇したら言葉が出ますよ」なんてことは言えませんが、内側にある気持ちを表現できる機会を作って言ってみては、というお話をさせていただきました。
それからお母さんは、一緒に絵を描く時間を作るようにしました。
最初は筆を画用紙につけるだけでしたが、数か月、数年と続けていく中で、自分の意思で画こうとする姿が見られるようになりました。
そしてついに不明瞭ながらも「かあさん」という言葉が出た。


これは一つのエピソードであり、絵を描くことと言語発達の因果関係が証明されたわけではありません。
しかし、このご家庭を見て、私は人間の可能性、脳の可塑性、そして何よりも言葉は道具の一つであり、大事なのはその人の内側に溢れる想いなんだと思いました。
想いを表現したいというのは、ヒトの本能的な欲求であり、喜びであり、脳までをも変える。


私も発達相談の中で、すぐに運動発達のヌケが言葉の遅れの原因というような話をしてしまいます。
親御さんは何かをしたいと思っていて、具体的な原因、今後できる具体的な何かを欲しています。
ですから反射的に、私はそれに応えようとしてしまう。
しかし、なぜ、ヒトが言葉を話すようになったのか、を想像すれば、そして上記のご家庭の姿から私は大いに反省しなければならないと思いました。
大事なのは、言葉が出ない原因を探ることではなく、それよりも本人が話したい、内面を表現したいという気持ちを大切にし、それができる方法を共に考えていくことだと思います。


「言葉の遅れ」は、周囲から見てわかりやすいので、すぐに指摘され、今では特別支援の世界へ誘導されてしまいます。
「言葉の遅れ。じゃあ、相談へ。療育へ」みたいな社会。
もっと昔は、幼稚園、保育園、学校でも、その子の内面に注目していたはずです。
言葉が出ないことが問題なのではなく、その子に今、必要な表現の方法と機会がないことが問題。
そのような視点を持った大人たちが増えると、もっと子ども達はゆっくり、自分のペースで伸びやかに育っていけると思うのです。
この頃、またHow to の方向へと進みかけている雰囲気を感じますので、私自身を含めて反省し、気を付けなければならないと思っています。




☆『ポストコロナの発達援助論』のご紹介☆

巻頭漫画
まえがき
第1章 コロナ禍は子ども達の発達に、どういうヌケをもたらしたか?
〇五感を活用しなくなった日本人
〇専門家への丸投げの危険性
〇コロナ禍による子ども達の身体の変化
〇子どもの時間、大人の時間
〇マスク生活の影響
〇手の発達の重要性と感覚刺激とのソーシャルディスタンス
〇戸外での遊びの大切さ
〇手の発達と学ぶ力の発達
〇自粛生活と目・脳の疲労
〇表情が作れないから読みとれない
〇嗅覚の制限 危険が察知できない
〇口の課題
〇やっぱり愛着の問題
〇子ども達が大人になった世界を想像する
〇子どもが生まれてこられない時代
〇子育てという伝統

第二章 コロナ禍後の育て直し
〇発達刺激が奪われたコロナ禍
〇胎児への影響
〇食べ物に注意し内臓を整えていく
〇内臓を育てることもできる
〇三・一一の子どもたちから見る胎児期の愛着障害
〇胎児期の愛着障害を治す

第三章 ヒトとしての育て直し
〇噛む力はうつ伏せで育てよう
〇感覚系は目を閉じて育てよう
〇身体が遊び道具という時期を
〇もう一度、食事について考えてみませんか?
〇食べると食事の違い
〇自己の確立には
〇右脳と左脳の繋がりが自己を統合していく
〇動物としての学習方法
〇神経ネットワーク
〇発達刺激という視点

第四章 マスクを自ら外せる主体性を持とう
〇なぜマスクを自ら外せることが大事なのか
〇快を知る
〇恐怖を、快という感情で小さくしていく

第五章 子どもの「快」を育てる
〇「快」がわかりにくいと、生きづらい
〇快と不快の関係性
〇子どもの快を見抜くポイント
〇自然な表情

第六章 子ども達の「首」に注目しよう
〇自分という軸、つまり背骨(中枢神経)を育てる
〇首が育っていない子に共通する課題
〇なぜ、首が育たない?
〇首が育たない環境要因
〇首が育つとは
〇背骨の過敏さを緩めていく
〇首を育てるには

第七章 親御さんは腹を決め、五感を大切にしましょう
〇子育て中の親御さん達へのメッセージ
〇部屋を片付ける
〇子どもと遊ぶのが苦手だと思う親御さんへ
〇ネットを見ても発達は起きません
〇発達刺激という考え方
〇五感で子どもを見る
〇特に幼児期は一つに絞って後押ししていく

第八章 自由に生きるための発達
〇発達の主体を妨げない存在でありたい
〇大人が育てたいところと子どもが育てたいところは、ほとんど一致しない

あとがき
こういう本を読んできました
巻末漫画

出版元である花風社さんからのご購入はこちら→https://kafusha.com/products/detail/56
Amazonでも購入できます。


2022年9月7日水曜日

【No.1306】見えるものと見えないもの

夏は過ぎ去ったのに、下の子の石ブームは去ることを知らず、昨日も採掘場(園庭とも言う)でお気に入りの石を採掘してきました(笑)
このペースで採掘を続けたら、家は確実に石だらけになるでしょう。
石って数個飾る分にはいいですけど、さすがに100を超えてくると保管場所が大変です。
それだけ集まると重いし、歩いていたら転がっている石を踏んでいたいし…(涙)


そういえば勾玉って知っていますか?
図書館で借りてきた石の本を見たら、あの意味が書かれていました。
私達の古い祖先たちは、あの勾玉を見て、「見えるものだけではなく、見えないものも大切にしなければならない」と考えていたようです。
クジラみたいな形ですが、反対側に同じ形をくっつければ、円になる。
当時の道具を想像すると、あの形にするのはとても難しく、労力のいる作業だったはずが、それだけ勾玉に込めたい意味があったのだと思います。


私も見えないものを大切にしたい気持ちはもっていて(笑)、神田橋先生が患者さんの左側頭部に邪気が見えるのを知ってから、私にも見えないものかと精進したものです。
そこに邪気がある人は、言語面での課題や疲弊感を持っているようで、たぶん、側頭葉にある聴覚野とウェルニッケの感覚性言語中枢、前頭葉ではありますがブローカーの運動性言語中枢の状態が見えているんだと思います。
確かに言葉の遅れがある子は、左側頭葉らへんに重い感じがありますよね。


重い雰囲気を感じたら、それは聴覚の疲労なのか、側頭葉のダメージなのか、「聴きたくない」っていう強い意思(深層心理)やトラウマか。
一方で聴覚(耳)の未発達、右脳の育ちの遅れから左脳の発達全般に遅れが出ている、そもそも脳全体が幼いって場合は、そのような邪気、よどんだ感じは見えませんね。
ですから、左側頭葉の邪気は、まあ、邪気全般にいえることかもしれませんが、なんらかの原因によってその部分の機能が抑制されている状態、発揮できずにもがき苦しんでいる状態なのかもしれないと捉えています。
そんな場合は、脳みそ全体をラクにする方法が有効で、運動や遊び、栄養や休養の改善、トラウマの解消などによって、言語発達が進んでいくことが多い気がします。


一方で邪気を感じない、むしろつるつるしているような感じがした場合の言葉の遅れは、やっぱり爬虫類の脳、哺乳類の脳に課題があると思うんです。
先ほど言語中枢について記しましたが、人類の進化の過程をみればわかるように、最初から前頭葉、側頭葉に言語中枢があったわけじゃないですよね。
二足歩行ができるような身体になり、そのあと、発声ができるようになった。
そして700万年の歴史から見れば、つい最近、やっと言葉を話すことができるようになったのです。
つまり、本来、その機能を持っていなかった脳の部位に、新しく言葉を話す機能、言葉を聴く機能ができたわけです。
よって、言葉が遅れているからといって、言葉のみに注目したアプローチは効果的だとはいえませんね。


言葉を話すためには、まず言葉を聴き取れることが必要です。
脳の聴覚野と感覚性言語中枢は隣同士。
いろんな音、音程、リズムを聴くことで言葉の耳が育っていくでしょうし、そのいろんな音を聴くためには平衡感覚を中心とした重力との付き合い方を学んでおく必要がある。
シンプルに言えば、重力→聴覚→言葉を聴きとれる、文字が読める、ですね。


耳が育つと同時に、しゃべる方の口も育てて準備しておくことが重要です。
胎児期の指しゃぶり、羊水を飲んで吐き出しての発達に始まり、出生後はおっぱいを飲んだり、手を口に入れたり、いろんなものを嘗めたり、で口と舌を育てていく。
また思いっきり泣くことで、ちゃんと呼吸を育てておく。
もちろん、そういった生命維持に関する機能は、脳幹が司っているため、また脊椎動物であるため、首から背骨がきちんと育っていることが必要になります。


そして忘れてはならないのが、脳の発達の順番。
「下から上」「右から左」「後ろから前」「中から外」(@『活かそう!発達障害脳』長沼睦雄著)というところから考えても、前頭葉にある運動性言語中枢は最後のほうに育つことがわかります。
別の言い方をすれば、言葉が出るためには、そこに至るまでの発達全般(呼吸、内臓、身体、感覚、運動)がヌケなく育っていることが必要なんです。
ハイハイしている子は言葉をしゃべりません。
みんな、二足歩行ができてから言葉を話し始める。
さらに「言葉も道具である」という視点がとても大事で、手を使って物を操作し、上手に道具が使えるようになると、言葉も自在に使いこなせるようになるんですね。
きっと文章構成と道具の操作手順は、同じような高度な脳機能を使っているのでしょう。
うまく二語文、三語文と育っていかない子の多くが、同年齢と比べて使える道具が少ない傾向があります。


言葉の遅れでの相談は多いのですが、よくあるのが二足歩行がきちんとできていないケースです。
一見すると、立っているし、歩いている。
だけれども、きちんと確認すると、だましだまし、なんとなく立って、なんとなく歩いている場合が少なくありません。
そういった子どもさんに、いくら言葉のシャワーを浴びせても、いくら言語トレーニングをしても、言葉は出てきません。
出てきたように見えても、聴いた音をそのままコピーみたいな話し方になってしまいます。
意味理解を伴わない言葉の模倣は、ヒトの発達を無視した言語アプローチを感じます。


言葉って、それまでにあった脳の部位を間借りしてできたような感じもありますし、進化や赤ちゃんの発達を見ても、それまでの土台があって最後に育つ部分。
だから、発達の悩みで圧倒的に多いのが言葉の遅れになるんだと思います。
その言葉が出るまでのプロセスの中にヌケや遅れがあったら、発語にもろ影響しちゃうから。
そしてどうしても目に見えている言葉の遅れに注意が向きやすいから、課題の根っこを見失い、こんがらせてしまうポイントでもある。
ですから、言葉の遅れについてどのようなアセスメントをするか、単に言語トレーニングではなく、それ以外のアプローチを提案できるか、が支援者の力量が試されるところであります。


最後に私の勝手な想像、妄想なのですが、言葉の遅れのない発達障害、自閉症の人、LDやADHDの人っていますよね。
この子ども達っていうのは、言葉の遅れがあった子ども達のように胎児期から2歳前後の発達過程でヌケや遅れがあったのでしょうか?
そのヌケや遅れの程度の違いによって、軽微だとしたら言葉の遅れがない、ということなのでしょうか?
通常、2歳までで言葉の準備が整うところ、発達がゆっくりであったために3歳で言葉の準備が整ったという場合もあるでしょうが、それは発達障害とはいいませんね。


ですから、言葉の遅れのない〇〇という子どもさんの場合、その診断名自体を疑う必要があるかもしれません。
あと遺伝の可能性、2歳以降の環境による影響、心因性のものも考慮する必要があると思っています。
「生きてきた環境によって、その不具合が作られたんじゃなかろうか?」という視点ですね。
実際の発達相談では、案外、「発達のヌケや遅れ」が根っこで栄養&身体アプローチで治していく"以外"のケースが多いんですよ。
「発達のヌケ」「身体アプローチ」「栄養療法」がみなさんの目に見えるようになった分、見失っている部分があるような気がしています。




☆『医者が教えてくれない発達障害の治り方』のご紹介☆

まえがき(浅見淳子)

第一章 診断されると本当にいいことあるの?
〇医者は誤ることはあるけど謝ることはない
〇早期診断→特別支援教育のオススメルートは基本片道切符
〇八歳までは障害名(仮)でよいはず
〇その遅れは八歳以降も続きますか?
〇未発達とは、何が育っていないのか?
〇就学先は五歳~六歳の発達状況で決められてしまうという現実
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのメリット
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのデメリット
〇療育や支援とつながるほど、子育ての時間は減る

第二章 親心活用のススメ
〇親子遊びはたしかに、発達に結びつく
〇変わりゆく発達凸凹のお子さんを持つ家庭の姿
〇学校は頼りにならないと知っておこう
〇安定した土台は生活の中でしか作れない
〇支援者が行うアセスメントには、実はあまり意味がない
〇親が求めているのは「よりよくなるための手がかり」のはず
〇人間は主観の中で生きていく
〇専門家との関係性より親子の関係性の方が大事
〇支援者の粗探しから子どもを守ろう
〇圧倒的な情報量を持っているのは支援者ではなく親

第三章 親心活用アセスメントこそ効果的
〇子育ての世界へ戻ろう
〇その子のペースで遊ぶことの大切さ
〇「発達のヌケ」を見抜けるのは誰か?
〇いわゆる代替療法に手を出してはいけないのか
〇家庭でのアセスメントの利点
1.発達段階が正確にわかる
2.親の観察眼を養える
3.本人のニーズがわかる
4.利点まとめ
〇家庭で子どもの何をみればいいのか
1.発達段階
2.キャラクター
3.流れ
4.親子のニーズの不一致に気を付けよう

第四章 「我が子の強み」をどう発見し、活かすか
〇支援と発達援助、どちらを望んでいますか?
〇子ども自身が自分を育てる方法を知っている
〇親に余裕がないと「トレーニング」になってしまう
〇それぞれの家庭らしさをどう見つけるか
〇親から受け継いだものを大切に、自分に自信を持とう

あとがき(大久保悠)


『医者が教えてくれない発達障害の治り方①親心に自信を持とう!』をどうぞよろしくお願い致します(花風社さんのHPからご購入いただけます)。全国の書店でも購入できます!ご購入して頂いた皆さまのおかげで二刷になりましたm(__)m