【No.1258】おとなの発達障害の人たちに見られる“こだわり”
私がその特徴に気が付いたのは、おとなの発達障害の人たちからの相談を受けていたときです。 相談の依頼の文言からも、「よくなりたい」「できることはなんでもやりたい」という熱量が伝わってきます。 「“発達のヌケ”⁉ なにそれ、知りたい!」 「身体アプローチ、やってみたい!」 「どうやるんですか?私にもできますか?どのくらいで効果がありますか?」 とにかく良くなることに関して強い関心と希望があるんです。 それは彼らの成育歴、過去の話を聞いてもわかります。 ちいさいときから違和感を持っていた。 そしてどうすればこの違和感が解消されるのか、できないことができるようになるのか、ずっとその解決策を求め、歩んできた。 一般的な西洋医学だけではなく、漢方や整体、針、鍼灸、ヨガや太極拳、宗教、哲学、座禅、滝行、読経、写経、神社巡り、善行を積めば良くなると信じて毎日、ゴミ拾いをしている人もいました。 そのくらいなんでもやる。 良くなることへの“こだわり”を持っている。 だけど、彼らの苦手な能力の部分が影響してか、うまくいかない。 ひと言でいえば、やり方が下手くそ。 その方法に集中したら、ほかのことがおざなりになって、生活のほうに支障が出たり。 良いという宣伝を信じ切ってしまい(疑うという視点がなく)、支払いが高額になったり、やめるにやめられなくなったり。 良くなることを優先するために周りを巻き込み、迷惑をかけまくったり。 自分を俯瞰して見れないことや計画的に実行できないこと、応用や臨機応変が難しくて、最初に教わった手順に固執してしまうことがそんな背景にある。 そんなことがあって、良くなりたいという強い想いと行動力がありつつ、いつまで経ってもうまくいかない状態が続いている。 そんな様相が大人の発達障害の人たちに共通していたんです。 イメージでいえば、ゴーカートに乗っていて、アクセル踏みっぱなしで壁にぶつかりながら前に進んでいるって感じ。 「私、発達障害なんです」といって相談に来る大人の方で、このような「良くなりたい」という意欲が感じられない人は注意したほうがいいです。 「今までどんなことをしてきましたか?」と訊いても、医療機関を勧められて、そこに受診して…というような感じの場合は、発達障害自体を疑ったほうが良いかもしれません。 こういった人たちは、軽度の知的障害だったり、愛着障害だったり、職...