【No.1492】自立しない改善
発達障害に関わる人たちの職種がバラエティーに富むようになりましたね。 20年前は学校の先生とお医者さんと福祉の支援者くらいなものでした。 そこに理学療法士なんか参入してきたときには、みんな、おっと思った。 それがここ数年で整体師さんや鍼灸師さん、音楽家や芸術家、発達障害専門の学習塾、家庭教師という人達も目立つようになってきて、で、今では人を通り越してAIまでもが援助に携わるようになってきた。 発達障害はどんどん増え続けるもんだから、「普通子対象よりもここに商機あり」という感じもあるんじゃないかな。 まあ、選択肢が「養護学校か、特殊学級か」「卒業後は福祉一本」の時代よりはずっといいと思う。 援助者が増え、親御さん達にとっては選択肢が増える。 だけど変わらないことがあって、それは「藁をもつかむ」気持ちでしょ。 援助者が増えようが、選択肢が増えようが、親の気持ちとしては「なんでもいいから、少しでも楽になる解決方が知りたい」は変わらない。 その想いが子育てに対する意欲の源泉。 目の前にそんな親御さんがやってくる。 で、「私たちにお任せください」となると、援助者自身が藁になっちゃう。 そこが今の問題じゃないかな。 商売的には「何か良いものが提供できるかどうかわかりませんが…」とはいえないから、そんな風に言葉や態度で示しちゃうんだけど、そこは一般の商売、普通の子のうちとは違って注意すべきだね。 一般の家庭のほとんどは、「藁」だと思ってやってきてない。 まあ、金額に見合う成果が得られれば、ちょっとでも成長や楽しい時間が過ごせれば、というのがほとんどだと思う。 藁になった援助者は知らず知らずのうちに、親御さんの意欲を吸い取っていく。 依存的な親が増えたし、依存的な親の子は治らないし。 だけど、その状況を作ったのって、援助者側だったりする。 サービスを提供しているつもりが、相手は藁だと思っていたというズレ。 新興宗教が年にどのくらいできているか知らないけど、ナントカ法の教祖と信者はあちこちで生まれているね。 「これさえやれば、この子は発達できます」は信じる者は救われる世界。 「藁をもすがる思い」でやってくるんだから、私は「決して藁にはならないぞ」という想いで援助者を続けてきました。 だって最悪のパターンで「大久保の言う方法は正しい」「やってみたけど成果が出ない」の次は必ず「この子が重...