【No.1503】学習に対するモチベーション問題
「できるようになるから、しろ」というような促し方、学習のさせ方って難しいことがあるよね、自閉っ子たちの場合。 ハイハイを抜かしたから、「もう一度、ハイハイをやってみよう」というのは記憶にはないかもしれないけど、やったことがあるからわかりやすい。 でも、「原始反射を統合したいから、このヒトデの動きをしてみよう」とか、「将来の自立のために、お風呂洗いを」とか、「手先の不器用さを改善するためにねじ回しを」とかは難しい。 まあ、やろうとすれば、能力的にはできるかもしれないけどね。 「これは訓練です」といって、ある程度、強制的な力が働けばできることもある。 だけど、多くは「やらされればやるけど、自分からはやらない」「やるのはやるけど、なかなか身につくところまでいかない」。 じゃあ、どうしてそうなっちゃうかといえば、想像力が必要になってくるから、だね。 できるようになった自分の姿、未来の自分、それによって変わる環境や選択肢を想像できると、やってみようかと意欲がわいてくる。 ここが自閉っ子たち、知的障害を持つ子たちには難しい場合がある。 定型発達の子ども達は、ある程度、年齢が上がってくると、幼児さんでも未来を想像して、「自分もそうなりたい」という想いを持つことができるから、「きっとできるようになるから、やってみようよ」に乗ってくる。 たとえば、脳梗塞の人だったら、もともとできていた自分がわかっているから、現状を「残念だなぁ」と思い、「もう一度、できるように」と一生懸命頑張る。 ところが初めから全然できない人に、「やれるようになるから、やれ」といっても、やらないよね。 自閉っ子は不器用な面もあるし、想像する力が弱い面もある。 小さいときから、定型発達児のような「できない」じゃなくて、「全然歯が立たない」「失敗ばかり」という体験を重ねまくってるんだからね。 学習のさせ方、促し方には工夫が必要。 課題のレベルからいって、この子の能力ならできるだろう、身につくだろう、というような目標設定がされる。 だけど、上記のように、現実の場に応用できなかったり、いつまで経っても身につかなかったりすることがあるよね。 そうすると、先生、支援者というのは、課題のレベルを下げる。 でも実際は、課題のレベルが高いんじゃなくて、できるってどういうこと?できた自分ってどんな感じ?どんないいことがあるの?何に繋が...