【No.1459】「自己肯定感」と「チャレンジ」
発達障害の人は「自己肯定感が低い」と言われていますね。 だからその自己肯定感を下げないように「否定語を使わない」「無理させない」 自己肯定感が上がるように「褒める」「できることだけをやらせる」という支援が奨励されています。 確かに彼らの自己肯定感は低いといえます。 でもそういった“いい子ねよちよち”で自己肯定感は下がらないのでしょうか。 それで上がるのでしょうか。 そもそもなぜ、自己肯定感が低くなるのでしょうか。 それこそ発達障害なので、「生まれつき自己肯定感が低い」というのでしょうか。 私は自己肯定感が低い赤ちゃんなどいないと思います。 生まれたときから「俺ってダメだな」と思っている子などいないでしょう。 赤ちゃんは今だけの世界で生きている。 過去もなければ未来もない。 あるのは今だけで、そこに集中して生きているので自己がうんぬんという段階ではありませんね。 そして自分の意識がはっきりし、周囲の環境、刺激に気が付いた乳幼児の子ども達は自信にあふれたような行動をします。 気になるものに手を伸ばし、どこでもここでもまっしぐらに進んでいく。 私が思うに、人は自信をもって生まれてくる。 結果や他者の評価なんて関係なく、自分は何でもできると思って行動するのが本来の子どもの姿。 ということは、発達障害の子ども達、人たちの自己肯定感を下げるのはチャレンジの機会の喪失ではないでしょうか。 挑戦したけれども、挑戦できない、行動できない。 発達障害の子の挑戦を奪うものは何でしょうか。 第一に自分の身体に生じている不具合でしょう。 動きたいけども、運動発達のヌケがあってうまく身体を操作、連動することができない。 感覚過敏があって刺激に圧倒されているから、動こうにも動けない。 母親の愛情を身体が気づけないから安心よりも不安が大きくなって動けない。 そしてもう一つ大きいのが他者評価による機会の取り上げです。 発達に遅れがあるから〇〇は難しい。 そういってチャレンジの機会が奪われることが多いのも事実。 支援や療育を受ける結果、同年齢の子たちが得る体験に参加することができない。 喧嘩しようとしても、なにかトラブルが起きようとも、間に支援員が入って事前に止められる。 支援級の子は6年間、「同じドリルをやるだけ」という話もいまだにあります。 支援学校に至ってはほとんどの子が教科書さえ配られない。 ...