2022年12月1日木曜日

【No.1332】おうちが一番発達できる場に

「こんなことを言ったら不謹慎で怒られるかもしれないんですが、うちの子に発達障害があって良かったと思うことがあるんです。
それまでの私は結婚したら普通に子どもができ、普通に子どもは育っていくと思っていたんです。
でも年齢もあったかもしれませんが、なかなか妊娠できず、そしてやっとのことで生まれた子に発達の遅れがありました。
そして改めて振り返ってみると、自分は食べたいものを食べ、遊びたいように遊び、働いていたときは乱れまくった生活をしていて自分中心で生きてきたと思うし、健康や自分の身体について考えることもありませんでした。
大久保さんが話してくださった栄養の話も、子どもの問題だと考えていましたが、私自身の問題だったのですね。
〇〇(お子さんの名前)の発達障害をきっかけに大久保さんを知ることができました。
そして自分の身体のこと、〇〇のこと、自分と親のこと、家族のことを初めて真剣に考えるようになりました。
大久保さんから送ってもらった報告書を何度も見返しながら、〇〇の発達の遅れが少しでも良くなるように夫婦で頑張っていきます。」


了承を得られましたので、個人が特定されないように部分的な修正をして、頂戴したメールを紹介しました。
嬉しいですね。
メールの文面からとても前向きなエネルギーが伝わってきますね。


私が今回、敢えてブログで紹介しようと思ったのは、冒頭で記されていた「うちの子に発達障害があって良かったと思うことがあるんです」という言葉。
もちろん、これは悲劇のヒロインになりたい親御さんがよくやっている「発達障害児は天使説」ではありませんね。
実際に発達相談でお話しした感じからも、我が子の発達や成長、将来のことを真剣に考えられるようになった喜びと、このまま何も知らないまま子育てをしていたら我が子はずっと苦しいままだっただろうという安堵の気持ちが合わさっているんだと感じるのです。


昨日のブログを書いたのも、このメールを頂戴したからで親御さんが学び、成長し変わっていくことが何よりも子どもの発達にプラスになると思っています。
だって、療育に行っても、一日数時間。
専門的な機関、先生のところに行ったとしても、せいぜい1時間程度で、数か月に1回でしょう。
でも、親御さん自身が学び、お子さんの成長に合わせた後押しができれば、24時間365日が発達・成長の機会になりますね。


私は入所施設の職員、学校の先生、今の相談員と20年くらいのキャリアがありますが、やっぱりいくら専門的な療育をやろうとも、生活の流れを切り取った部分的な関わりでは根本からは変わっていかない、改善していかないということを思います。
入所施設で働いていたときが一番困難を多く持っている人達と関わってきましたが、一番変化、改善を感じられたのがこの時代なのです。
よく強度行動障害の研修会や特定の療法のトレーニング講座などがありますが、それを自分が関わっている子のところに持っていっても、うまくいかないでしょ。
うまくいったように見えても、部分的な改善であり、対症療法であり、もっといっちゃえば、その場しのぎにしかならない。
やはり発達の遅れも、行動上の課題も、根本から解決しなければ治っていかないですね。


わざわざ専門機関に行き、わざわざ専門家にアセスメントをしてもらわなくても、親御さん自身が子どもの発達の課題に気がつき、その根っこがわかるようになれば、どんどん発達の後押しができるようになるわけです。
そうすれば、おうちが一番発達できる場所になる。
「専門的な療育」などは、単にブランド化によるお客さん獲得のための商売文句であって、専門家しかできない療育などはありませんよ。
むしろ、今の専門的な療育は蛸壺のような狭い範囲のマニアックな技法にマスターベーション状態で、それこそ、部分的にしかアプローチできず、根本からは治していけないのです。
自慢じゃありませんが、私は標準療法と言われるような療育技法は一通り学び、多くの認定資格も持っているからこそ、そのように言えるのです。


親御さんの希望は、その場しのぎの対症療法が訊きたいわけじゃないですよね。
子どもが土台から発達、成長していき、将来、自立した人生を送ってほしい、幸せに生きていってほしい、ということではないでしょうか。
どんな年代の、どんな特性を持つ人のアセスメントと発達援助ができるようになる、というのでしたら特別な知識とそれなりのキャリア、経験が必要ですが、唯一我が子の専門家になるのでしたら大丈夫です。
ほとんどの親御さんは、我が子だけのアセスメントをし、我が子だけが発達していける方法を編み出せば良いのですから。
その子にとって、おうちが一番発達できる場、環境になれば、最高だと思いませんか!




☆『医者が教えてくれない発達障害の治り方』のご紹介☆

まえがき(浅見淳子)

第一章 診断されると本当にいいことあるの?
〇医者は誤ることはあるけど謝ることはない
〇早期診断→特別支援教育のオススメルートは基本片道切符
〇八歳までは障害名(仮)でよいはず
〇その遅れは八歳以降も続きますか?
〇未発達とは、何が育っていないのか?
〇就学先は五歳~六歳の発達状況で決められてしまうという現実
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのメリット
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのデメリット
〇療育や支援とつながるほど、子育ての時間は減る

第二章 親心活用のススメ
〇親子遊びはたしかに、発達に結びつく
〇変わりゆく発達凸凹のお子さんを持つ家庭の姿
〇学校は頼りにならないと知っておこう
〇安定した土台は生活の中でしか作れない
〇支援者が行うアセスメントには、実はあまり意味がない
〇親が求めているのは「よりよくなるための手がかり」のはず
〇人間は主観の中で生きていく
〇専門家との関係性より親子の関係性の方が大事
〇支援者の粗探しから子どもを守ろう
〇圧倒的な情報量を持っているのは支援者ではなく親

第三章 親心活用アセスメントこそ効果的
〇子育ての世界へ戻ろう
〇その子のペースで遊ぶことの大切さ
〇「発達のヌケ」を見抜けるのは誰か?
〇いわゆる代替療法に手を出してはいけないのか
〇家庭でのアセスメントの利点
1.発達段階が正確にわかる
2.親の観察眼を養える
3.本人のニーズがわかる
4.利点まとめ
〇家庭で子どもの何をみればいいのか
1.発達段階
2.キャラクター
3.流れ
4.親子のニーズの不一致に気を付けよう

第四章 「我が子の強み」をどう発見し、活かすか
〇支援と発達援助、どちらを望んでいますか?
〇子ども自身が自分を育てる方法を知っている
〇親に余裕がないと「トレーニング」になってしまう
〇それぞれの家庭らしさをどう見つけるか
〇親から受け継いだものを大切に、自分に自信を持とう

あとがき(大久保悠)


『医者が教えてくれない発達障害の治り方①親心に自信を持とう!』をどうぞよろしくお願い致します(花風社さんのHPからご購入いただけます)。全国の書店でも購入できます!ご購入して頂いた皆さまのおかげで二刷になりましたm(__)m


2022年11月30日水曜日

【No.1331】過剰な感染対策が子ども達の発達を阻害した

世の中は「"黙食"の記述が消えた!」と喜んでいますが、昨日の文科省の通知【「新型コロナウィルス感染症対策の基本的対処方針」の変更等について】の一番目は「オミクロン対応ワクチンを打ちましょう!」です。
児童生徒、保護者への周知・広報を実施するようですよ、奥様。
「黙食を解いてやるかわりに接種しろよ」かな。
どうしても打たせたい、何かがあるのでしょう。


私はキャラ的に闘う系の人間ですが、そうじゃなくても子ども達を守るには大人が学び、情報を更新していく力が必要だろうな、と思いますね。
私達の子ども時代のように、ただ学校に行き、習い事に行き、塾に行き、では子どもは育っていけない。
「普通に育つ」がとても難しい時代になったんだと感じています。


この春、就学した子ども達で半年が経った今、「学校から発達障害を指摘された」という相談が続いています。
椅子に座れなかったり、先生からの指摘で感情を爆発させたり、友だちと一緒に活動できなかったり、けんかや争いが絶えなかったり。
学校の先生からお話を伺えば、「クラスの中で気になる子が一人、二人じゃない」「授業以前の問題で、幼児さんのような言動の子が多い」とのことでした。
小学校高学年から中高生の相談では無気力、感情の起伏の大きさ、衝動的な言動の話が多く、就学前の子ども達の相談では落ち着きのなさ、給食を立ち歩きながら食べる、手足の不器用さ、身体の動きのぎこちなさ、友達と遊べない、人の絵が描けない、ぽかん口、よだれなどが目立っています。
相変わらず、「おっぱいを飲みたがらない赤ちゃん」の話を聞く。
ある小児科の先生の話では、「こんなにも、健診がまともにできない状態の子が多いのは初めてだ」とおっしゃっていましたね。


この3年間、子ども達がおかれていた状況は、発達・成長にデメリットのほうが大きかったわけで、つまり、そのまま状況に流されていたのでは3年分のダメージが生じているといえます。
酸素の低下はIQの低下を招きますので、マスクをつけなかった子とつけ続けていた子では、認知的な発達に差ができて当然ですね。
去年ですが、「幼稚園でマスク着用が義務なんですが、これって発達に影響が出ますか?」と相談がありました。
そこで私はリスクをお話しし、発達に遅れがある子はより問題が起きやすいとお伝えしたところ、マスクフリーの幼稚園に転園され、その後、家庭で行った発達援助と合わせて大きな成長が見られ、同級生と変わらないくらいまでになったということもありました。
親御さんが動いたからこそ、子どもの発達を守れたともいえますね。


コロナ騒動でわかったのは、国も、学校も、子どもに関わる専門家も、みんな、子どもの発達を守ろうとしなかったということです。
マスクをはじめとする過剰な対策が子ども達の心身の発達に悪影響を及ぼすことなんて、専門家というのならすぐにわかるはずです。
その危険性に警鐘を鳴らせなかったとしたら、まず発達障害など治すことはできないでしょう。
だからこそ、親御さんが学ばなければなりません。
しっかり学び、子ども達がよりよく育っていけるような環境を整えていくことが親の務めです。
今はどの子も発達障害になる可能性がある世の中ですので、積極的に情報を取りに行き、親御さん自身が「ヒトの発達」について学ぶ必要がありますね。


「知っている親と知らない親の差は、子どもの人生の差となって現れる」
以前から後天的な発達障害の子の多さに気がついていましたが、2020年、21年、22年と発達相談でも、他の現場の人からの話でも、どんどん多くなってきましたので、こう思わずにはいられないのです。
子どもの発達を守れるのは親御さんしかいないので、どうか知ってください、学んでください。
明日とは言わず、さあ、今日から、今から。
私は「発達の遅れがあったけれども、親御さんが学んだうちの子」と「発達の遅れはなかったけれども、親御さんが学ばなかったうちの子」では、前者のケースのほうが結果的によりよく発達、成長して大人になるのでは、と思っているくらいなので。




☆『ポストコロナの発達援助論』のご紹介☆

巻頭漫画
まえがき
第1章 コロナ禍は子ども達の発達に、どういうヌケをもたらしたか?
〇五感を活用しなくなった日本人
〇専門家への丸投げの危険性
〇コロナ禍による子ども達の身体の変化
〇子どもの時間、大人の時間
〇マスク生活の影響
〇手の発達の重要性と感覚刺激とのソーシャルディスタンス
〇戸外での遊びの大切さ
〇手の発達と学ぶ力の発達
〇自粛生活と目・脳の疲労
〇表情が作れないから読みとれない
〇嗅覚の制限 危険が察知できない
〇口の課題
〇やっぱり愛着の問題
〇子ども達が大人になった世界を想像する
〇子どもが生まれてこられない時代
〇子育てという伝統

第二章 コロナ禍後の育て直し
〇発達刺激が奪われたコロナ禍
〇胎児への影響
〇食べ物に注意し内臓を整えていく
〇内臓を育てることもできる
〇三・一一の子どもたちから見る胎児期の愛着障害
〇胎児期の愛着障害を治す

第三章 ヒトとしての育て直し
〇噛む力はうつ伏せで育てよう
〇感覚系は目を閉じて育てよう
〇身体が遊び道具という時期を
〇もう一度、食事について考えてみませんか?
〇食べると食事の違い
〇自己の確立には
〇右脳と左脳の繋がりが自己を統合していく
〇動物としての学習方法
〇神経ネットワーク
〇発達刺激という視点

第四章 マスクを自ら外せる主体性を持とう
〇なぜマスクを自ら外せることが大事なのか
〇快を知る
〇恐怖を、快という感情で小さくしていく

第五章 子どもの「快」を育てる
〇「快」がわかりにくいと、生きづらい
〇快と不快の関係性
〇子どもの快を見抜くポイント
〇自然な表情

第六章 子ども達の「首」に注目しよう
〇自分という軸、つまり背骨(中枢神経)を育てる
〇首が育っていない子に共通する課題
〇なぜ、首が育たない?
〇首が育たない環境要因
〇首が育つとは
〇背骨の過敏さを緩めていく
〇首を育てるには

第七章 親御さんは腹を決め、五感を大切にしましょう
〇子育て中の親御さん達へのメッセージ
〇部屋を片付ける
〇子どもと遊ぶのが苦手だと思う親御さんへ
〇ネットを見ても発達は起きません
〇発達刺激という考え方
〇五感で子どもを見る
〇特に幼児期は一つに絞って後押ししていく

第八章 自由に生きるための発達
〇発達の主体を妨げない存在でありたい
〇大人が育てたいところと子どもが育てたいところは、ほとんど一致しない

あとがき
こういう本を読んできました
巻末漫画

出版元である花風社さんからのご購入はこちら→https://kafusha.com/products/detail/56
Amazonでも購入できます。


2022年11月26日土曜日

【No.1330】他人は自分ではない

昨日に限って下校時刻が早かったというのも、意味があるんだなぁと思いますね。
私が『「新型コロナワクチン接種と死亡事例の因果関係を考える」勉強会』を観ていたら、そこに小学生の息子が帰ってきて一緒にリアルタイムで視聴しました。
日本史上、最悪の薬害であり、人類の汚点の一つを。
まさにその歴史の真っ只中にいる人間であり、将来的に事実を知る世代の子ども達ですから、しっかりそのとき、何が起っていたか、少しでも見ておくことが必要だと思うんです。


あと、表には出てこないけれども、保身だらけの大人達だけれども、そんな中で真剣に怒り、闘っている大人もいるんだというのも見せたかった。
だって、悲しいじゃないですか。
大人になって、子ども時代にやらされていたことの意味を知ったとき、思い出すのが子どもを守ってくれなかった大人たちの姿しか思い出せなかったら。


「真実」というのは、ある意味、バイアスがかかっている言葉だから、「事実」といったほうがいいと思いますが、いろんな事実は見聞きしておいた方が良いと思います。
特に自閉っ子達は。
コロナ騒動でわかったのは、高機能やアスペルガーと言われるような知的障害のない自閉症の人でも、わかっているようで、わかっていない、ということ。
結構、過去の経験や自分の思考パターンに引きづられていて、難しいことを言っているようだけれども、そこに複雑さがない感じ。
もっといっちゃえば、薄いんです、言っていることが。
そんなに白黒つかないよな、見えてくるのは氷山の一角で、海面の下のほうがずっと大きいはず、というのが苦手だと感じることが多々ありました。
たとえば、論文という見える形のデータがあったとしても、現実社会はもっと複雑ですし、何よりもその論文だって、誰がどんな目的で書いたのか、という人間臭さも入ってくるものです。
論文審査している人だって、お金や名誉で釣られて、みんなグルってこともあるでしょう。


たぶん、定型と言われる人達は、こういった数値や文字から漂っている"人間臭さ"みたいなものを嗅ぎ分ける感覚があると思うんです。
でも、自閉症の人達は幼少期から感覚面での違いがあるから、こういった感覚を持っていないか、ズレているのかもしれません。
ある若者は、「文章にその人の"匂い"なんてするんですか!?」と驚いていました。
文字は文字でしかない、とのこと。
だから、文字中毒みたいな感じで情報を集めまくっている自閉症の人というは、感覚から得られる情報の足りない部分を大いに情報で補おうとしているんですね。
それが「見えないものは、ない」という思考を作り、見える範囲の情報で判断しようとするので、現実離れや本音と建前の誤解、何よりも自分の範囲にこだわり、それ以外の情報を遮断するんだと思います。


自分なりの解釈、世界で自爆するのなら、別に構いません。
でも、こういった自閉症の人達の中には、周囲の人間や環境のほうをコントロールすることで、自分の思考、頭の中の世界を守ろうとする傾向があります。
それが他人とのトラブル、迷惑行為、犯罪行為へと繋がっていく。
だから、まずは何よりも、子ども時代に感覚系の未発達は育てておく必要があると思います。
結局、感覚というのは、単に味が狭い、聴こえない、肌感覚が乏しい、というだけではなく、こういった思考パターンのズレを育んでしまう始まりになるんです。
乏しい感覚が、乏しい解釈を生み、それが一辺倒な思考パターンを作っていく。


自閉っ子、発達障害の子ども達、いや、現代社会のすべての子ども達に言えることなんですが、「リアルに触れる」ということが必要だと考えています。
五感と筋肉と、身体と脳みそ、感情を全部総動員して、本物に触れる。
小学校3年生以降の概念を必要とする学習の土台は、こういったリアルな体験で培っていきます。
国語の教科書を読んで、「うさぎ」と出てきたら、うさぎを抱いたときの温かさ、心臓の動く音、毛のふさふさした感じ、動物特有の匂い、動こうとするうさぎを落とさないように抱きしめた身体感覚…そういったものが想起できなければ、「うさぎ」は文字列で終わってしまいます。
それが学習面の躓きとなり、小3以降、支援級へと移行していく子が増える要因にもなります。


私はトラブルを抱えている子ども達、若者たちの相談も受けています。
そこで彼らに伝えるのは、「他人は自分じゃない」ということ。
先ほどの「うさぎ」の例で言えば、あなたの見ている「うさぎ」と私の見ている「うさぎ」は違うということを教えています。
同じうさぎを見ても、その人の持っている感覚によって見え方、感じ方は異なっています。
そして何よりも、その人の感情によっても見え方は異なり、その感情は過去の体験から出来上がったもの。
「真実は一つ」とも言われるが、感情の動物でもある人間は、その人間の数だけ真実があるといえます。
だから今回のワクチンだって、人によっては薬になり、儲けの種になり、毒にもなる。


トラブルを抱えて相談に来る人達は、自分が感じ、見えている世界を、そのまま他人も同じように見ている、という誤解を持っている人が多いですね。
こんなことを書くと、なにか特別な障害、特殊な特性などと見えますが、根っこを辿っていけば、概念理解の乏しさ、感覚系の未発達と繋がるものです。
ですから、今、子育て中の親御さん、子ども達の感覚を育て、感覚、身体、筋肉、脳みそ、感情をフル動員できるリアルにたくさん触れる体験をさせてください。
その体験が感覚を豊かにするだけではなく、概念理解、そして見える世界の広がりへと繋がっていきますので。
自閉っ子は「共感力が弱い」と言われますが、それも感覚が未発達だと、同じ体験をしても別々の体験となってしまうのが原因だと思います。




☆『ポストコロナの発達援助論』のご紹介☆

巻頭漫画
まえがき
第1章 コロナ禍は子ども達の発達に、どういうヌケをもたらしたか?
〇五感を活用しなくなった日本人
〇専門家への丸投げの危険性
〇コロナ禍による子ども達の身体の変化
〇子どもの時間、大人の時間
〇マスク生活の影響
〇手の発達の重要性と感覚刺激とのソーシャルディスタンス
〇戸外での遊びの大切さ
〇手の発達と学ぶ力の発達
〇自粛生活と目・脳の疲労
〇表情が作れないから読みとれない
〇嗅覚の制限 危険が察知できない
〇口の課題
〇やっぱり愛着の問題
〇子ども達が大人になった世界を想像する
〇子どもが生まれてこられない時代
〇子育てという伝統

第二章 コロナ禍後の育て直し
〇発達刺激が奪われたコロナ禍
〇胎児への影響
〇食べ物に注意し内臓を整えていく
〇内臓を育てることもできる
〇三・一一の子どもたちから見る胎児期の愛着障害
〇胎児期の愛着障害を治す

第三章 ヒトとしての育て直し
〇噛む力はうつ伏せで育てよう
〇感覚系は目を閉じて育てよう
〇身体が遊び道具という時期を
〇もう一度、食事について考えてみませんか?
〇食べると食事の違い
〇自己の確立には
〇右脳と左脳の繋がりが自己を統合していく
〇動物としての学習方法
〇神経ネットワーク
〇発達刺激という視点

第四章 マスクを自ら外せる主体性を持とう
〇なぜマスクを自ら外せることが大事なのか
〇快を知る
〇恐怖を、快という感情で小さくしていく

第五章 子どもの「快」を育てる
〇「快」がわかりにくいと、生きづらい
〇快と不快の関係性
〇子どもの快を見抜くポイント
〇自然な表情

第六章 子ども達の「首」に注目しよう
〇自分という軸、つまり背骨(中枢神経)を育てる
〇首が育っていない子に共通する課題
〇なぜ、首が育たない?
〇首が育たない環境要因
〇首が育つとは
〇背骨の過敏さを緩めていく
〇首を育てるには

第七章 親御さんは腹を決め、五感を大切にしましょう
〇子育て中の親御さん達へのメッセージ
〇部屋を片付ける
〇子どもと遊ぶのが苦手だと思う親御さんへ
〇ネットを見ても発達は起きません
〇発達刺激という考え方
〇五感で子どもを見る
〇特に幼児期は一つに絞って後押ししていく

第八章 自由に生きるための発達
〇発達の主体を妨げない存在でありたい
〇大人が育てたいところと子どもが育てたいところは、ほとんど一致しない

あとがき
こういう本を読んできました
巻末漫画

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2022年11月18日金曜日

【No.1329】就学前に治っておいた方が良い理由

就学前に治っておいた方が良いというのは、子どものためというよりも、親御さんのため。
だって、入学後は交渉しなければならないから。
交流級はどうするか?
教科学習はどうするか?
教科書は使うのか?
宿題はどうするのか?
補助の教員は?
登下校は地域のグループで行くのか、単独で行くのか、親がつき添うのか?
そして支援級から普通級といった転籍となると、担任だけではなく、管理職から地域の教育委員会まで交渉相手となるのです。


もともと交渉する力がある人、ちょっとやそっとで言いくるめられない人なら、就学後、子どもさんの発達、成長に合わせて話し合いをしていけばいいですね。
でも、多くの親御さんはそういったことが苦手であり、学校側から言われる矛盾点をつくだけの情報を持っておらず(集められていないとも言う)、前例を作るだけの行動力と周囲をまきこむ交渉力をもっているわけではありません。
本来、その子に合ったベストな教育環境を用意するのは学校の務めですから、子どもさんのニーズが変われば柔軟に対応すべきです。
しかし現実はそうなっておらず、むしろリスクを取りたがらない性質がある学校行政においては、親御さんからの現行変更を伴う要求は、なるべく受けたくない雰囲気がありありなもの。
もちろん、先生個人で言えば熱心で柔軟な人もいますが、現場の先生で答えられる部分は限られており、やっぱり管理職次第、その地域の教育委員会次第というところが大きいと感じます。


また就学後、「発達障害になるかどうか」も親御さん次第だと思います。
発達相談でも多いのが、なにか不登校や友達のトラブル、勉強の遅れや授業態度の問題があると、担任・管理職から「校内のカウンセラーに相談してみては」と勧められ、そこで「ちょっと発達の気が」という話になって病院を紹介され、診断名が付くというパターンですね。
まずこの矛盾点に気がつくかどうかです。
なぜ、なにかトラブルがあると、すべて「発達障害」なのでしょうか。
最初に取り組まなければならないのは、学校側の努力、授業の改善、指導という介入だと思うのです。


そこを飛ばして、「どうしてそのようなトラブルが起きたか」の背景分析ができずに発達の問題と結びつけてしまうのは誤りだと思います。
だからこそ、この時点でしっかり学校側の改善を要求できるか、どうしてトラブルが起きたかの原因分析を訊きだすことができるか、という力が求められます。
残念ながら、権威主義という名の依存文化である日本の大人たちは、「学校の先生が言ったから」「心理のプロのカウンセラーに言われたから」、そして医療の専門家の「医師から言われたから」で気がついたら発達障害児にされてしまっている場合が多いのです。


思い出してみてください。
散々、ギョーカイは、専門家は「生まれつきの障害」と言っていたでしょ。
どうして就学まで普通に育ってきた子が、突然、生まれつきの障害である発達障害になるのでしょうか。
専門家もご都合主義なので、この矛盾点はスルーです。
私のところに相談があった親御さんにこの点を説明したところ、「うちの子、幼稚園までは問題ありませんでした」「発達の遅れを指摘されたことはありませんでした」と主張したところ、医師から「学校側の問題かもね」ということで診断を免れたという話もあります。
逆に言えば、「はい、そうですか」とうんうんと頷いていれば、診断名が付いていたということです。
これで「じゃあ、服薬しましょうか」なんてことになったら、ゾッとしますね。
でも、そういったことが全国で起きているのが現状。
脳の神経伝達物質の異常がない普通の子が、精神科薬を飲んだらどうなるのでしょうか?


もちろん、就学後の学校でのトラブルがきっかけで、それまであった発達の課題が噴出したということもあるでしょう。
でも、その場合も、ちゃんと成育歴を追って確認していかなければなりません。
またそれまでは同年代の子ども達と一緒の環境で活動できていたわけですから、今までの環境と今の学校との間にどういった環境の違いがあるのか、そこも確認する必要があります。
以上のことからも、親御さんは情報を集め、我が子の成長の過程を確認し、それを基に先生や管理職、カウンセラーや医師などと、同じ目線で話し合い、交渉ができる力が必要だといえます。
そもそも「発達障害がなにものか」、誰にも証明することはできませんし、ましてや、最初は学校の先生の印象から「発達障害では」というアバウトなものなのです。


これまた権威主義という名の依存体質なので、「専門家による専門的な指導、支援」を受けることに抵抗がない人、むしろ望ましいことをやっていると捉えてしまう人が多いと言えます。
だから問題が起きれば、「専門家による専門的な指導、支援」を受けることが最も良いことだと思えてしまいます。
しかしこういった場合、強調されるのはポジティブな面であり、自分で調べない限り、ネガティブな側面に気づくことができないものです。
「専門のお医者さんが良いって言うから」といって、疑うことなく、精神科服用を始める親御さんも少なくありません。
専門的な指導を受ける反面、子ども同士の交流、学び合いは減っていくものです。


私は基本的に、生活に支障があるレベルではない子に対し、診断も、支援も、必要ないと思っています。
必要があるとすれば、その子に必要な発達と学びの環境ではないでしょうか。
率直に言って、子どもの都合ではなく、大人の都合で「発達障害」が使われているように感じるのです。
なにか手に負えない児童、生徒がいると、「発達障害」にしてしまう。
その背景を突き止めていくことや、大人自身や環境の問題を改善することを"しない"代わりに、子ども側の問題として「発達障害」にしてしまう。
だからこそ、できれば就学前に治っておいた方が良いのです、その都度、話し合い、交渉していかなければならないのが親御さんなのですから。


育てにくさは、子どもに問題があるからでしょうか。
勉強ができないのは、子どもに発達の問題があるからでしょうか。
もっと社会全体が、大人たちが一人ひとりの子どもと向き合う必要があると思います。
しかし今は、真逆の方向へと進んでいる。
幼稚園でも、保育園でも、学校でも、効率化が浸透し、均一化された子どもを作ろうとしています。
ですから、「そうじゃない」と言えることが重要で、でないとどんどん均一化された子になるか、はみ出た子が「発達障害」にされてしまいます。
残念ながら、今の日本は教科書通りではない"はみ出た子"を守ってくれるだけの余裕がありません、子どもは元々はみ出る存在なのに。


いずれにしましても、我が子の個性的な資質と成長を守ってあげれるのは家族だけですから、我々大人たちが日々学び、ときに子を守るために交渉できる力を磨いていくことが大事ですね。
私が日々綴っているこのブログも、知ることで、「自分で他にも調べてみよう」「そこから考えてみよう」となれるきっかけになればと思っています。




☆『ポストコロナの発達援助論』のご紹介☆

巻頭漫画
まえがき
第1章 コロナ禍は子ども達の発達に、どういうヌケをもたらしたか?
〇五感を活用しなくなった日本人
〇専門家への丸投げの危険性
〇コロナ禍による子ども達の身体の変化
〇子どもの時間、大人の時間
〇マスク生活の影響
〇手の発達の重要性と感覚刺激とのソーシャルディスタンス
〇戸外での遊びの大切さ
〇手の発達と学ぶ力の発達
〇自粛生活と目・脳の疲労
〇表情が作れないから読みとれない
〇嗅覚の制限 危険が察知できない
〇口の課題
〇やっぱり愛着の問題
〇子ども達が大人になった世界を想像する
〇子どもが生まれてこられない時代
〇子育てという伝統

第二章 コロナ禍後の育て直し
〇発達刺激が奪われたコロナ禍
〇胎児への影響
〇食べ物に注意し内臓を整えていく
〇内臓を育てることもできる
〇三・一一の子どもたちから見る胎児期の愛着障害
〇胎児期の愛着障害を治す

第三章 ヒトとしての育て直し
〇噛む力はうつ伏せで育てよう
〇感覚系は目を閉じて育てよう
〇身体が遊び道具という時期を
〇もう一度、食事について考えてみませんか?
〇食べると食事の違い
〇自己の確立には
〇右脳と左脳の繋がりが自己を統合していく
〇動物としての学習方法
〇神経ネットワーク
〇発達刺激という視点

第四章 マスクを自ら外せる主体性を持とう
〇なぜマスクを自ら外せることが大事なのか
〇快を知る
〇恐怖を、快という感情で小さくしていく

第五章 子どもの「快」を育てる
〇「快」がわかりにくいと、生きづらい
〇快と不快の関係性
〇子どもの快を見抜くポイント
〇自然な表情

第六章 子ども達の「首」に注目しよう
〇自分という軸、つまり背骨(中枢神経)を育てる
〇首が育っていない子に共通する課題
〇なぜ、首が育たない?
〇首が育たない環境要因
〇首が育つとは
〇背骨の過敏さを緩めていく
〇首を育てるには

第七章 親御さんは腹を決め、五感を大切にしましょう
〇子育て中の親御さん達へのメッセージ
〇部屋を片付ける
〇子どもと遊ぶのが苦手だと思う親御さんへ
〇ネットを見ても発達は起きません
〇発達刺激という考え方
〇五感で子どもを見る
〇特に幼児期は一つに絞って後押ししていく

第八章 自由に生きるための発達
〇発達の主体を妨げない存在でありたい
〇大人が育てたいところと子どもが育てたいところは、ほとんど一致しない

あとがき
こういう本を読んできました
巻末漫画

出版元である花風社さんからのご購入はこちら→https://kafusha.com/products/detail/56
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2022年11月17日木曜日

【No.1328】精神科薬について疑問に思っていること

「エビデンス」がどうのこうのという人を見かけると、「それはあなたが研究して導きだしたエビデンスですか?」と思ってしまいます。
偉そうに言っているけれども、それは他人様が汗水たらして出した結果を見て言っているだけでしょ、ほとんどの人は。
SNSで目にした論文の要約、結果の部分だけを見てるだけの人も多いはず。
権威や専門家が発信しているからといって、無条件で信頼して「エビデンスが―」と言うのは、結局、自分の頭で考えていない依存体質丸出しってことですね。


大事なことは、エビデンスなどの情報を集めて、知っているだけじゃないと思うんです。
今回のコロナ騒動でも、いろんな情報が出てきましたね。
当然、同じ事象を見ていても、正反対の意見や研究結果があるわけです。
根本的に人は間違い、科学は時間の経過とともに否定されることで発展していくものですから。
科学が明らかにできることは、想像している以上に狭い範囲である、というのは有名な言葉です。
なので、肯定側も、否定側も情報を集め、そしてそこから自分で考え、自分の答えを導きだしことが大切だと考えてます。
論文だって、誰が、どんな組織、所属の人が書いているかも重要で、利権のために強調された結果だってあるでしょう。


発達相談において、精神科薬のことを訊かれることがあります。
でも、私は医者でなければ、医学に深い理解があるわけではなりません。
ですから、いつも「信頼できる医師やご自身でお調べになってください」とお伝えしています。
ただ上記でお話しした通り、自分で情報を集め、考え、自分なりの答えを出すことは行っています。


私が施設職員だった頃、毎日、毎食のように精神科薬の服薬の補助を行っていました。
当然、管理も行っていたわけで、いろんな種類の精神科薬を見てきました。
そこで思ったのですが、今の親御さん達から聞く薬の名前、お子さん達が服用している薬の名前がほとんど当時から変わっていないんです。
施設にいたのが20年くらい前だったので、どうしてその時代から新しい薬が出ていないんだろうと疑問に思います。
2000年前後って、急激な発達障害の診断の増加と連動するように、新しい精神科薬が出ていましたので。


そこで調べてみると、やっぱり精神科薬の開発(発達障害、うつ病、統合失調症など)は下火になっている。
そして今、新しいのは認知症の薬くらいで、不気味なことに2010年代くらいからはワクチン開発に力が注がれていたようです。
その背景はというと、アメリカの動きを見ればよいわけで、精神科薬の依存性や弊害が社会問題になっていた(1990年代)。
まあ、だからお薬大好きな日本人のところに持ってきて、マーケティングという名の在庫処分を行っていたのでしょう。
アメリカで売れなくなると、患者を増やして、薬を売るのは伝統芸能といえるいつものパターン。
精神科薬に関しては、新しい薬の開発よりも、既存のモノをできるだけ長期にわたって売り続けようという戦略なのかもしれませんね。


精神科薬は何のために服用するかといえば、脳内の神経伝達物質を調節することで、症状の改善を図るもの。
でも、ここで考えないといけないのは、その症状の原因はすべて脳内の神経伝達物質の問題なのでしょうか。
「セロトニンを増やす」などはよく耳にしますが、セロトニンが足りないからその症状が出ているのか、セロトニンの量が増えると症状が改善するのか。
もちろん、それが根本的な問題で改善する人もいるでしょうが、自閉症やADHDの子はみんな、神経伝達物質に問題があるのでしょうか。
私自身も、疑うことなくその説明を受け入れていましたが、「神経伝達物質を調整できる薬ができたから、神経伝達物質が原因だとしよう」ということってないですかね。
ADHDの子が服薬すると、その直後、数時間は集中ができるけれども、その後、ガクッと調子が悪くなるっていうのはよく見る姿で、「集中力を高める」のと「集中できないという課題を治療する」のとは違うと思うんです。
結局、根本治療ではなく、対症療法ですよね。
使用したことはありませんが(笑)、麻薬をやると、「頭がスキッとする」「頭が冴えて仕事がバリバリできる」などという話を聞きますが、見方によっては同じですね。


あと、この頃、考えているのは、水溶性と脂溶性について。
油の塊とも言える脳に浸透するってことは、精神科薬は脂溶性。
じゃあ、水溶性なら腎臓を通っておしっこで排出されるけれども、脂溶性で脳に取りこまれた化学物質って、どうやって排出されるのでしょうか。
短期間でしたら汗や運動(燃焼)によって排出できるかもしれませんが、長期にわたって服用した場合、なかなか出すことができないように思えるのです。


子ども達の場合、代謝がよく、燃焼する力も強いですが、発達障害のお子さん達は、汗がかけなかったり、運動自体が苦手だったりしてあまり活動的ではないことがあります。
そういう子ども達の場合、精神科薬の服薬は慎重になった方が良いのではないかと思うのです。
ターゲットとなる症状の緩和はわかるのですが、どのくらいの期間服用するか、そういった化学物質の排出、体内に蓄積することの弊害などは、きちんと医師から説明があるのでしょうか。
あくまで神経伝達物質についての作用であって、その他の臓器への影響については「食欲増進」「発汗作用」など、ぼやっとした説明になっている気がします。
遺伝子ワクチンと同じで、中長期的な作用と弊害、ターゲット以外への影響は「わからない」「個人による」というのが本当のところだと思います。
何故なら、上記のような説明を受けたという話を親御さんから聞かないからです。
私も調べているんですけれども、「これだ」というものと出あってません。


体内に入れるものに関しては、とくに発達途上にあるお子さんの場合は、より強く気を付けないといけないと思っています。
そして明確な答えがないからこそ、その子の体質によって違いがあるからこそ、大人たちがまず、たとえ医学的な話だったとしても賛否両方の意見を調べて考えることが必要だと思います。
人体は複雑系ですので、どんなエビデンスだったとしても、100%の人に100%の効果はないはずですから。




☆『医者が教えてくれない発達障害の治り方』のご紹介☆

まえがき(浅見淳子)

第一章 診断されると本当にいいことあるの?
〇医者は誤ることはあるけど謝ることはない
〇早期診断→特別支援教育のオススメルートは基本片道切符
〇八歳までは障害名(仮)でよいはず
〇その遅れは八歳以降も続きますか?
〇未発達とは、何が育っていないのか?
〇就学先は五歳~六歳の発達状況で決められてしまうという現実
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのメリット
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのデメリット
〇療育や支援とつながるほど、子育ての時間は減る

第二章 親心活用のススメ
〇親子遊びはたしかに、発達に結びつく
〇変わりゆく発達凸凹のお子さんを持つ家庭の姿
〇学校は頼りにならないと知っておこう
〇安定した土台は生活の中でしか作れない
〇支援者が行うアセスメントには、実はあまり意味がない
〇親が求めているのは「よりよくなるための手がかり」のはず
〇人間は主観の中で生きていく
〇専門家との関係性より親子の関係性の方が大事
〇支援者の粗探しから子どもを守ろう
〇圧倒的な情報量を持っているのは支援者ではなく親

第三章 親心活用アセスメントこそ効果的
〇子育ての世界へ戻ろう
〇その子のペースで遊ぶことの大切さ
〇「発達のヌケ」を見抜けるのは誰か?
〇いわゆる代替療法に手を出してはいけないのか
〇家庭でのアセスメントの利点
1.発達段階が正確にわかる
2.親の観察眼を養える
3.本人のニーズがわかる
4.利点まとめ
〇家庭で子どもの何をみればいいのか
1.発達段階
2.キャラクター
3.流れ
4.親子のニーズの不一致に気を付けよう

第四章 「我が子の強み」をどう発見し、活かすか
〇支援と発達援助、どちらを望んでいますか?
〇子ども自身が自分を育てる方法を知っている
〇親に余裕がないと「トレーニング」になってしまう
〇それぞれの家庭らしさをどう見つけるか
〇親から受け継いだものを大切に、自分に自信を持とう

あとがき(大久保悠)


『医者が教えてくれない発達障害の治り方①親心に自信を持とう!』をどうぞよろしくお願い致します(花風社さんのHPからご購入いただけます)。全国の書店でも購入できます!ご購入して頂いた皆さまのおかげで二刷になりましたm(__)m


2022年11月16日水曜日

【No.1327】依存心丸出しでは治るもんも治らない

私は時々、ギョーカイの闇(笑)みたいなことを発信します。
それは別に私がギョーカイを恨んでいるからでも、商売敵、ライバルだと思っているからではありません。
結局、このギョーカイの仕組みを知らないと、治っていける親御さんにはならないから、敢えて発信しているのです。
この辺りを詳しく知りたい方は、一年前に共著で出版した『医者が教えてくれない発達障害の治り方①親心に自信を持とう!』をお読みください。


お子さんが治っていっている親御さんの多くは、今回の茶番デミックに乗らなかった人達です。
どうして「治る」と「ひっからない」と繋がるの?
それはどちらも「自分の頭で考え、行動できた」結果だから。
逆に言えば、政府や医師、専門家が言っていたことを、「テレビで言ってたから」「新聞に書いてあったから」というだけで、ハイハイと鵜呑みにして、3回も、4回も、ワクチンを打っちゃうような人は依存心丸出しで、そりゃあ、治せないよなって思います。


ワクチンは対症療法であり、根本はその人の免疫状態の話であり、何をすべきかは1枚10円くらいのマスクをつけることでも、あほみたいにアルコールを手に振りかけることでも、歩いて着た子どもを避けるようにしてよけることでもなく、自分の体調を整えることでしょ。
発達障害も、それが対症療法なのか、根本治癒なのか、わかっていない人は治っていきませんね。
同じように、医師や専門家、支援者の言うこと、どこの誰か会ったこともない子に効果があった方法をそのまま鵜呑みにしてしまうのも、治っていかない人に共通していることです。
誰かに依存している限り、目の前にいるその子に合わせたテーラーメイドの子育て、発達援助はできません。
誰かに依存している限り、いつまで経っても他人にコントロールされ続け、子どもを見ることができません。
誰かに依存している限り、大人が自立できていないんだから、子どもが自立できるわけがないのです。


この依存心は、戦後教育のなれの果てでしょう。
日本人の大人に共通した問題です。
だからこそ、そのことに気がつき、まずは自分でやってみよう、試行錯誤してみよう、という人に変わることが必要になってきます。
その一歩として、食事を中心とした生活を見直し、改善することから始めましょう。
だいたい「答えクレクレ」の人は、甘いものが大好きです。
お菓子や菓子パン、あまい飲料水や砂糖を日常的に口にしています。
インスタント食品など、味の濃い物やたばこ、お酒、嗜好品も同じですね。
結局、依存心の強い人は、依存性のある食事をしているのです。
親御さんがバクバクおやつを食べていて、「我が子には栄養療法しています、キリッ」「無農薬野菜、無添加の食料品です、キリッ」「塩と水、油にこだわっています、キリッ」って、あるあるでしょ(笑)
まず治したいと思っている人から治ることが大事。


依存心から脱却するために、診断とは、発達障害とは、ギョーカイの仕組み、お金の流れをお話ししています。
これらはすべて依存させるためのプログラムでしょ。
生活がままならないレベルならまだしも、普通に生活できている子に診断名は必要ですか。
診断名をつけることによって、医療や福祉に依存させることができるでしょ。
薬だって、症状を見えなくするだけであって、根本治癒や解決ができるわけではない。
薬という依存は、医療にとって大事な儲けの仕組みです。
「生涯に渡る支援」というのは、「生涯に渡る金づる」という意味でしょ。


こういったことをまず親御さん達が知ることで、依存させようという動きから逃れることができます。
そしてギョーカイの裏側を知ることが無条件に信じるという名の思考停止、依存心から脱却するためのリハビリにもなります。
「知らないから考えない」「考えないから依存する」ですね。
この負のスパイラルから抜け出さないと、いくら私がアセスメントしても、いくら発達援助を始めても、いくら情報を集めても、その場限りの自己満足で終わってしまい、子どもが発達する前に、親御さんのほうが待てなくなって、「次の助言、アプローチを」となってしまうのです。
5回も接種したのに、すぐに発症して公務を休んでいた市長がいましたが、もう思考停止を通り越して、完全に薬物依存でしょ(笑)


散々、障害者と家族を依存させて、食い物にしてきたのをギョーカイ内で見てきたからこそ、私は親御さんに厳しい。
金儲けで言えば、不安を煽り、依存心をくすぐり、「定期的にアセスメントしなきゃダメですよ」「新しいアプローチありますよ」というのが良いのかもしれませんが、それじゃあ、起業した意味を自分自身で否定してしまいます。
依存させ、食い物にされているのが許せなかったから、家族の養育力が高まるのを後押しして、子ども達の自立、つまりギョーカイに近づかないことを目指していく。
ぶっちゃけ治ることよりも、治っても治らなくても良いけれども、誰か他人の食い物にされないこと、自分の人生を主体的に、より自由に生きていける方が何百倍も大事なこと。


だから、依存心のある親御さんには指摘し、そこを改めてもらうことを要求します。
発達の場としての家庭、親という環境をまずは整えていくことが大事でしょ。
よく「子育てが孤独」という親御さんもいますが、目の前に我が子がいるじゃないですか。
親子で育ちあっていくのが子育てであり、子育ち。
結局、孤独感を感じている人は、依存先がなくて不安を感じているだけだと私は思うのです。
子どもを変えたいと思うのなら、まずは大人の側が変わることが必要ですね。
そのためには、ギョーカイの闇、仕組みを知り、自分自身で考えてみること。
自分が依存している食べ物、嗜好品、人がいれば、そこから見直すこと。
自分で調べたあと、どうしても自分では分からないところを尋ねるという姿勢が大事だと思います。




☆『医者が教えてくれない発達障害の治り方』のご紹介☆

まえがき(浅見淳子)

第一章 診断されると本当にいいことあるの?
〇医者は誤ることはあるけど謝ることはない
〇早期診断→特別支援教育のオススメルートは基本片道切符
〇八歳までは障害名(仮)でよいはず
〇その遅れは八歳以降も続きますか?
〇未発達とは、何が育っていないのか?
〇就学先は五歳~六歳の発達状況で決められてしまうという現実
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのメリット
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのデメリット
〇療育や支援とつながるほど、子育ての時間は減る

第二章 親心活用のススメ
〇親子遊びはたしかに、発達に結びつく
〇変わりゆく発達凸凹のお子さんを持つ家庭の姿
〇学校は頼りにならないと知っておこう
〇安定した土台は生活の中でしか作れない
〇支援者が行うアセスメントには、実はあまり意味がない
〇親が求めているのは「よりよくなるための手がかり」のはず
〇人間は主観の中で生きていく
〇専門家との関係性より親子の関係性の方が大事
〇支援者の粗探しから子どもを守ろう
〇圧倒的な情報量を持っているのは支援者ではなく親

第三章 親心活用アセスメントこそ効果的
〇子育ての世界へ戻ろう
〇その子のペースで遊ぶことの大切さ
〇「発達のヌケ」を見抜けるのは誰か?
〇いわゆる代替療法に手を出してはいけないのか
〇家庭でのアセスメントの利点
1.発達段階が正確にわかる
2.親の観察眼を養える
3.本人のニーズがわかる
4.利点まとめ
〇家庭で子どもの何をみればいいのか
1.発達段階
2.キャラクター
3.流れ
4.親子のニーズの不一致に気を付けよう

第四章 「我が子の強み」をどう発見し、活かすか
〇支援と発達援助、どちらを望んでいますか?
〇子ども自身が自分を育てる方法を知っている
〇親に余裕がないと「トレーニング」になってしまう
〇それぞれの家庭らしさをどう見つけるか
〇親から受け継いだものを大切に、自分に自信を持とう

あとがき(大久保悠)


『医者が教えてくれない発達障害の治り方①親心に自信を持とう!』をどうぞよろしくお願い致します(花風社さんのHPからご購入いただけます)。全国の書店でも購入できます!ご購入して頂いた皆さまのおかげで二刷になりましたm(__)m


2022年11月15日火曜日

【No.1326】そこで言っている「自閉症」は、どこのどなたのことですか?

もう1000人以上の発達障害を持つ人達にお会いしてきましたが、一人として同じ「発達障害者」はいませんでしたね。
いつから発達の遅れが始まり、どこに発達の遅れがあるのか。
発達障害になった背景も当然、様々で、考えられる要因もかなり複雑に絡み合っている感じがします。
ですから、一言で「発達障害」といっても、対応や根本解決の仕方、どこを育て直し、どんな風に発達を後押ししていけばいいか、はその人でまったく異なるわけです。
こんな当たり前のことがあるのに、どうしてみんな同じ「発達障害」だったり、「自閉症」「LD」「ADHD」「知的障害」なのでしょうか。


よく「〇〇は効果的なアプローチです」「エビデンスのある療法です」みたいなことが言われますね。
でも、そのアプローチは発達障害者、万人に有効なのでしょうか。
というか、その対象となる「発達障害者」「自閉症者」はどこの誰なのでしょうか。
基になった研究、論文を見ると、欧米での研究が主ですが、その研究対象になった子が「自閉症」という診断を受けた子だったとしても、その子と目の前にいる我が子とは別人格であって、人種も、生活環境も違うわけです。
さらにいえば、その有効性の根拠となる論文は、すでに何十年も前に書かれたものであり、当時の診断基準と今の診断基準の違いもあるわけです。
まあ、こんなにぐちゃぐちゃと言わなくても、「(効果が得られた子)それは我が子じゃない」ということですね。


専門家の講義や医師の説明の中に、「発達障害者は〇〇だ」という話が出てきます。
そして支援者や学校の先生の会話、また親御さん同士の会話の中にも、「ああ、自閉症だからね~」みたいな言葉が出てきます。
でも、みなさんが言っている「発達障害者」って誰のことでしょうか?
自閉だ、アスペだ、というその自閉症の人、アスペルガーの人はどなたのことでしょうか?


ツッコミを入れればわかるのですが、どの人も具体的な発達障害者が見えているわけではありませんね。
みなさん、漠然とした発達障害者像、自閉症者像を思い浮かべて話をしている。
一人として同じ発達障害者、自閉症者がいないのに、おかしいと思いませんか。


ではどうして実態のない「発達障害者」を思い浮かべ、そういった言葉を使うのでしょうか。
それは使う人、一人ひとりで異なるといえますが、発信者の意図を反映するための言葉になっているのは確かだといえます。
実態がない言葉だからこそ、発信者の想いがストレートにその言葉から伝わってくるのです。


ある人は、説明を省くために「発達障害」という言葉を使う。
ある人は、もう深く関わりたくないという想いをもって、「発達障害」という言葉で片付けようとしている。
ある人は、「発達障害」という存在を特殊で難しい存在だとすることで、自分の優位性や専門性を大きく見せようとしている。
ある人は、「発達障害」という大変な存在と関わっている私に注意を集めるために。
ある人は、「発達障害」という困難を乗り越えた私ってすごいでしょという想いを伝えるために。


そしてそのほとんどの場合が、無意識下の想いで、ご自身で気がついていない、自覚できていませんね。
よくSNS等での発言を見聞きして、「あの人は〇〇ですよね」などと客観的な指摘、ネガティブな反応をする人ほど、同じことを課題として持っていることがあります。
他人のことは分かるけれども、自分のことはわからない、というのは世の常です。


このことに気がついたのは、もう10年くらい前で、私自身もその特殊性、特異性を強調するために使っていたことがありました。
また説明を簡潔にするために、一言で「自閉症は~」と言ったりしていたこともありました。
でも、ますます「発達障害」という言葉が世の中に浸透し、市民権を持った時代だからこそ、その受け止め方、捉え方が無限に広がり、そもそも共通言語としての「発達障害」が誤解やギョーカイと迷惑当事者、家族によってネガティブな想いで使い古されて、新しい世代の親御さん達、子ども達にも重く乗りかかるようになってしまったことが問題だと強く思うようになったのです。
発達障害が生まれつきの障害であり、治らない障害である。
その象徴としての「発達障害者」という偶像が出来上がったあと、「発達障害は治ります」という一言では、無意識下に浸透している「治らない」という認識までは治すことができないと感じました。


ですから、困ったことに説明が長くなるのです。
私の発達相談でも、2時間、しゃべりっぱなしです(笑)
当然、聞いてくださる親御さんのほうが疲労困憊でしょう(笑)
自閉症の説明は3分ですが、その子の説明は時間がかかるのです。
冒頭でお話しした通り、いつから発達の遅れが始まり、どこの発達に、どんな風に表れているか、そしてそれらに対してどういった刺激や後押し、環境、子育てが必要かは、一人ひとり異なります。
当然、その子の違いもあれば、家族一人ひとりも違い、遺伝的な関係が強い祖父母まで入れると、子どもさんの他に、父、母、祖父×2、祖母×2の影響があるので、かなり複雑なものになります。
でも、そういった複雑な部分を端折っていては、上辺だけの「(どこの誰か分からない)発達障害者支援・療育・アプローチ」になってしまいますね。


「わからない」のが自然であり、当たり前なのです。
「どうして我が子に発達の遅れが出たのだろうか」
「どうして〇〇という問題が生じるのだろうか」
そうやってわからないことと向き合うこと、疑問を持ち続けること、その答えを求め探求していくことが、子どもさんをよく見ることに繋がり、唯一無二の我が子のことを理解していくことだと思います。
分かった気でいる専門家、支援者、親御さんほど、子ども達を傷つけ、問題を複雑化しているように感じます。
「発達障害」「自閉症」という言葉は、わからない存在をわかったようにするための言葉ですので、まずはその言葉を使わないで、我が子のことを話せるようにしてみてください。
発達相談の中で、そういった言葉が出たとき、「ああ、親御さんはここの部分でお子さんのことが分かっていないんだな」と感じますので。




☆『医者が教えてくれない発達障害の治り方』のご紹介☆

まえがき(浅見淳子)

第一章 診断されると本当にいいことあるの?
〇医者は誤ることはあるけど謝ることはない
〇早期診断→特別支援教育のオススメルートは基本片道切符
〇八歳までは障害名(仮)でよいはず
〇その遅れは八歳以降も続きますか?
〇未発達とは、何が育っていないのか?
〇就学先は五歳~六歳の発達状況で決められてしまうという現実
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのメリット
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのデメリット
〇療育や支援とつながるほど、子育ての時間は減る

第二章 親心活用のススメ
〇親子遊びはたしかに、発達に結びつく
〇変わりゆく発達凸凹のお子さんを持つ家庭の姿
〇学校は頼りにならないと知っておこう
〇安定した土台は生活の中でしか作れない
〇支援者が行うアセスメントには、実はあまり意味がない
〇親が求めているのは「よりよくなるための手がかり」のはず
〇人間は主観の中で生きていく
〇専門家との関係性より親子の関係性の方が大事
〇支援者の粗探しから子どもを守ろう
〇圧倒的な情報量を持っているのは支援者ではなく親

第三章 親心活用アセスメントこそ効果的
〇子育ての世界へ戻ろう
〇その子のペースで遊ぶことの大切さ
〇「発達のヌケ」を見抜けるのは誰か?
〇いわゆる代替療法に手を出してはいけないのか
〇家庭でのアセスメントの利点
1.発達段階が正確にわかる
2.親の観察眼を養える
3.本人のニーズがわかる
4.利点まとめ
〇家庭で子どもの何をみればいいのか
1.発達段階
2.キャラクター
3.流れ
4.親子のニーズの不一致に気を付けよう

第四章 「我が子の強み」をどう発見し、活かすか
〇支援と発達援助、どちらを望んでいますか?
〇子ども自身が自分を育てる方法を知っている
〇親に余裕がないと「トレーニング」になってしまう
〇それぞれの家庭らしさをどう見つけるか
〇親から受け継いだものを大切に、自分に自信を持とう

あとがき(大久保悠)


『医者が教えてくれない発達障害の治り方①親心に自信を持とう!』をどうぞよろしくお願い致します(花風社さんのHPからご購入いただけます)。全国の書店でも購入できます!ご購入して頂いた皆さまのおかげで二刷になりましたm(__)m