【No.1175】人間の脳は強い不安と出くわすと、考えることができなくなる

河野大臣はブログ内で、ワクチンデマを流す目的を4つ挙げていましたね。 ①ワクチンを批判して、自分の出版物やオリジナル商品に注目を引きよせて、お金を稼ぐ ②科学よりも自分の信奉するイデオロギーに基づいて主張する ③過去に誤ったことを発言したために抜け出せなくなっている ④自分に注目を集めたい 簡単に言えば、「お金」「主義主張」「保身」「愛着障害」のために、ということになるでしょう。 私はこのブログ、そして前後で行われたメディアでの発言を見て思ったのは、相当困っているんだな、危機感を感じているのだな、ということです。 大規模な集団接種会場を作ったのに接種する人が少ない。 また高齢者の接種が思うように進んでいかない。 若い世代の中には、接種するメリットがほとんどなく、リスクのほうが大きいことに気づいている人たちが少なくない。 つまり、それはワクチン接種における大臣の責任問題につながる。 ①のお金を政治家生命、またゆくゆくは総理大臣に、という言葉で置き換えると、そのまま4つともご自身に当てはまってしまうわけです。 「イデオロギー」「主義主張」で発言することは何ら問題はありませんし、ある程度、大人になって、社会人としての年数が経って、なんの主義主張もないほうが問題です。 よって、人が何かを発信しているときは、上記の4つに分類しようと思えばすることができる。 ということは、この発言において私達が注視しなければならないのは、「デマ」といったところだと思います。 「デマ」というのはレッテル貼りで、それ以上、議論しないし、考えないという意思表明でもあります。 本格的な接種が始まって1年も経っていないのですから、常識的に考えれば中長期的な影響は「わからない」というのが正しい。 大臣も、取り巻きの医師も神様ではないので、「わからない」というのがわからないわけではないのですから、彼らなりのイデオロギーがあり、お金と愛着障害、保身のためにそうさせているのでしょう。 特別支援の世界に「標準療法」というものがあると仮定しますと、それ以外のアプローチはすべて標準から外れた方法になります。 しかし、どの世界にもそれまで標準であり、それが有効だと考えられていたものが、新たな発見によってひっくり返ってしまうことは珍しくはありません。 むしろ、科学の発展、人間の知恵の進歩のためには、それまで常識を疑うこと...