2021年6月1日火曜日

【No.1169】専門バカは治せないけれども、親御さんは治せる

この事業を起ち上げたのは、2013年4月で、その前年度は支援学校で臨時の教員を行っていました。
施設職員を辞めたあと、すぐに事業を起ち上げようとも思ったのですが、どう考えても学校との関わりは出てきてしまうので、「実際に内部で働いてみることも必要」と大学で取得した教員免許を使ったのでした。
事業を行っていく上で、「施設職員→てらっこ塾」よりも、「施設職員→教員→てらっこ塾」のほうが何となく守備範囲が広い感じがしませんかね(笑)


一応、教育大でしたので、学生時代から授業の補助や教育実習、ボランティア活動などで学校、先生と関わる場面は多かったと思います(ちなみに児相での活動も4年間行っていました)。
で、一般社会から言えば、とても狭い世界だと思うのですが、大きな施設、福祉の世界でも働いた。
そういった中で見てきた教員、支援者、有名どころの教授・医師・支援者から感じたのは、意外に情報更新ができていない、ということです。
一見すると、新しい知識や情報を学び、取り入れているようですが、ベースの部分が変わっていないという感じです。


よく学校でも、偉そうな先生はいるものです。
40代中盤から55くらいの先生で、やけに自信がある。
で、その言っていること、教育法が最新の知見に基づいているかといえば、その先生が一番勉強した時期であり、充実していた時期の生徒さんをベースにしたことを言っている。
偉そうに「この子は、大変なお子さんです」なんて言うけれども、それはあんたが見てきた子の中で、「大変」って言っているだけでしょ、ということが多い。
この仕事をしてからも、学校主催の支援ミーティングに呼ばれて伺ったけれども、基準がその先生の過去の経験、特に自分が充実していた頃、担任だった生徒だから、話がかみ合わないわけです。
重い軽いはど~でもいい。
いま、話し合いの中心にいるお子さんがどうなのか、そこを話し合いたいのに。


これは学校の先生に限らず、支援者も、医師も、教授も、同じようなことがあります。
治せない医師ほど、診察室で数分観ただけで、診断名を下し、将来の予言までしてしまう。
親御さんの「なぜ?」「どんな点から?」という自然な疑問に対し、「私が言うからそうなんだ」と言う。
「親のあなたにはわからないことが、専門家の私には分かるんです」とムキになって言う医師、なんていう話を聞いたのは一度や二度ではありません。
支援者も同じで、自分が関わってきた人の中から、「この人は重い軽い」「自閉症にはこういった支援だ」みたいなことがありますし、専門家と呼ばれる人になればなるほど、自分が師匠から教わった療法にこだわり、そこを基準に人を見ようとする。
だから、「この人は合う・合わない」と、失礼なことを目の前で言ってしまうのです。
その合う合わないは、自分が専門とする療法に合う合わないでしょ。
自分の得意な領域に入らない人しか行えないのなら、それは単なる専門バカです。


施設職員時代は、子ども達が通う学校にムカつく先生が若干名いたので、よくぶつかっていました。
で、そいつらが20代の私に向かって、「私は教員生活〇十年だ」などと言ってきたのです。
ですから、「せいぜい一年間で担当するのは一人、二人、三人の生徒だろ。20年でも多くて60人しか関わっていないくせに、何でも知ったかぶりをするな」と言い返してやりました。
またやられたら倍返しですので、「学校の先生は、24時間関わったことがあるのか?休みの日、夜寝るとき、どうやって過ごしているのか知っているのか」と付け加えてあげました☆


でも、こういったやりとりや教員の実態、働く中で福祉の世界や有名支援者たちの実態を見聞きしてきたことは、今の仕事のベースになっているんですね。
まず何といっても、「関わってきた人数が大事」
教員生活38年といっても、担当してきた生徒の数は100人ちょっとなわけです。
そんなたった100人と関わったくらいで、自閉症、発達障害の子ども達のことなどわかりませんし(盲聾・肢体不自由など障害種も様々ですしね)、どうしても指導や視点が過去の生徒に引っ張られがちです。
良くも悪くも、教員は経験主義なところがありますので。
ですから、私は事業を起ち上げるとき、とにかく一人の人に長くかかわるのではなく、できるだけ短く、かつ多くの人と関われるような仕事にしたいと考えました。
最低でも1,000人くらい関われると、「過去の誰々さん」というヘンな基準ができなくなりますので。


あとは、「特定の療法にこだわらない」
施設職員時代は、それが最良だと思い、TEACCHを中心に学びましたが、それだとすべてTEACCHの考え方、基準で、子ども達を見てしまうことになります。
そうなると、先ほど紹介した通り、TEACCHに合う子合わない子、という失礼な見方が出てしまいますし、合わない子には何もできない、ということになってしまいます。
そんな支援者の実力、狭い了見によって、本来の主体である子どもが左右されてはならないのです。
なので、中心はTEACCHでしたが、良いと言われるものは別の療法も、別の分野のアイディアも勉強し、取り入れるようにしていました。


今、振り返ると、特別支援の世界に入って、よく喧嘩していたと思います。
でも、それが今に繋がっている。
私が若いときに感じていた矛盾や理不尽さ、特別支援の世界におけるおかしなところを反面教師とし、今はその逆を行っているのですから。
特別支援教育の民間版、福祉施設の地域版では、一瞬で潰れていたでしょう。
全額を払っても受けたいサービスが提供できなければ、民間はやっていけませんしー。


私は特定の子どもさんや療法など、ベースはもっていません。
そして、これは親御さんとも共通することだと言えますし、親御さんの長所でもあると思うのです。
初めて親になり、初めて発達障害を持つ子と関わることになる。
ですから、外付けの基準がないわけです。
でも、子育ては行っていかなければならない。
そうしたときに、必要になってくるのは「我が家の子育ての基準」になります。
子どもの笑顔でもいいし、子どもが没頭している状態でもいい。
親子が心地良くなるでもいいし、私が幸せでもいい。
とにかく親御さんの内側に基準を持つことだと思います。


子育てで悩まれている親御さんに共通することとして、この基準を外に求めようとする傾向があるように感じます。
入門書に出てきた自閉症という基準、同じ支援級のあの子、よく成長している先輩ママの子、SNSで繋がっている親御さんの子、専門家・支援者・教員の言葉…。
基準が外に行けば行くほど、我が子から遠ざかっていき、またそこに当てはまる当てはまらないで一喜一憂することにもなります。


もし比べるのなら、昨日の我が子と今日の我が子ではないでしょうか。
昨日との変化が分かりづらければ、1か月前の我が子、半年前の我が子、1年前の我が子、です。
そのような視点で見ていけば、必ず変化があるもので、良い変化は今後の子育ての指針にもなります。
親御さんの内側に「心地良い」「幸せ」「楽しい」などの羅針盤を持つ。
そして比べるのなら、過去の我が子と今の我が子。
この2つを確立することができれば、子育てという軸が定まってくると思います。
ちなみに私の内なる羅針盤は「良い雰囲気」と「家族みんなが幸せ」です。
で、基準はやはり過去の姿と今の子どもさんの姿。
でも、私は他人ですので、「ヒトの発達」を補助として基準にしています。
「専門バカは治せないけれども、親御さんは治せる」、その理由とそれができるためのアイディアの一つでした。






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