2022年8月31日水曜日

【No.1304】残された者の務め

未接種の私たちにとっては、もう終わった話のコロナ騒動。
やっぱり自然に罹った方が、その後の変異に対しても柔軟に反応することができるって論文も出ているし、実際の話としてワクチン接種していない国ではほぼ陽性者ゼロ。
打てば打つほど、蔓延するよって言われていたのに、というかイスラエルや台湾、シンガポール、イギリスが示してくれていたのに、3回目に突入。
それで気づくかと思えば、4回目だって。


「オミクロン対応!新ワクチン」って聞けば、どうせみんな、「武漢型より、そっち」ってなるんだろうな。
これだけ聞けば、新しいタイプのワクチンができたと思うだろうけれども、実情は武漢型にオミクロンをプラスした二価ワクチン。
同じ武漢型を1年半の間で頻回打っても大丈夫なの?
というか、それを実験して確かめたことはない。


つまり、日本人を使って「本当に大丈夫だろうか?」と治験を行うってこと。
アメリカでは、この日本人の結果を見てから、オミクロン型(BA.5のやつ。日本はBA.1)を国民に接種させるかどうか決めるんだって。
これって1945年の広島、長崎と一緒。
なんで軍人がほとんどいない、女、子ども、老人しかいないところに、しかも種類が違う原子爆弾を落としたの?
落としたあとは、米軍が入り、被爆者の人達を観察して回ったというのは有名な話。
欧米人の内側にある優生思想。
アフリカや黒人を使った新薬の治験は、ずっと行われてきた。
今回はイスラエルが4回でやめてしまったので、次は日本が選ばれた。
5回打ったらどうなるか?
新しいタイプのオミクロン型ではどうなるのか?


この1年間は、ずっと「イスラエルの人達はかわいそうだ」と思っていましたが、とうとう日本がその状態になろうとしています。
9月に前倒ししたオミクロン型のワクチン。
ワクチンの接種率が進むと、大きな波が起きて、それは前の波を超えるような大きさになるので、今年の冬にはどうなることか。
人類初の実験が、この日本で行われようとしていますので、素人の私にはまったく想像できませんね。
ただ「残された者」という連想が生じます。


大きな自然災害などが起きると、残された者の"苦しみ"が現れます。
これから身内や親族、友人、知人の中に、お別れしないといけない人が出てくるでしょうね。
そんなとき、「どうして私はあのとき、接種を止められなかったのか」と後悔する人もいるはずです。
しかし、その後悔はする必要がないと思っています。
今回は治験中と知って、自分の手でサインしたのですから。
たとえプレッシャーがあったとしても、その手はあなたの手。
また一度、怖いという感情に支配された人は、力ずく以外で止めることはできません。
それよりも残った者として、こういった歴史を未来に伝え、また少しでもよい未来を次の世代に渡せるよう行動する必要があると思います。


発達相談をしていると、「これはいうべきか、いわないべきか」と悩むことが多々あります。
だって、過去に戻ることはできないから。
10代の女性にとっては痩せていることが一番の価値だったと思う。
20代の男性にとっては食べたいものを食べ、遊びたいことを遊び切ることがもっとも感情を興奮させたのでしょう。
30代になれば、仕事が楽しくなり、キャリアを目指して突っ走ることが幸せだったといえます。
子が生まれれば、良かれと思って早期教育をし、この子が笑顔になるからとテレビやタブレットを渡し、ファーストフード、お菓子を与えた。
ハイハイを飛ばして立ったとしても、「うちの子、発達が早いかも」と優越感を感じたものです。
しかし、今振り返れば、「あのとき、ああしてこなかったら」となる。


ワクチン、コロナ騒動にしても、発達障害にしても、きっと誰かだけが悪かったわけではないと思います。
製薬会社や御用学者、メディアや政治家が悪かったかもしれないが、それを許したのは私達国民だし、その国民を育てたのは戦後の学校教育であり、家庭教育であり。
GHQが悪いと思うけれども、そのGHQの呪縛から77年間も脱することができなかった日本人の問題。
だから、誰かを責めても、個人がいくら後悔しても、意味がないこと。
後悔する時間があるのなら、より良い未来のために行動するのが自立した人間の使命だと思う。


発達障害は後悔しても治らない。
後悔するくらいなら、より良い未来のために動くほうがいい。
だけれども一方で、親と子も別人格であって、親が後悔しても、「そんなこと知らね~」というのが子どもというもの。
親の後悔が、子どもに乗っかってはいけない。
それが重荷になり、新たな発達の阻害因子になってしまうから。
子どもさん自身、自分に発達障害があることを後悔しているのでしょうか。
発達に課題があろうとも、子どもは子どもで、自分の人生を歩んでいる。
親が後悔していることに気がついた子どもが、そこから自分の発達の遅れに「後悔」をプラスすることもあるんです。
それを愛着障害と一言でいっていいのかわかりませんが、これも事態をややこしくしているのは、私も日々、感じることです。


<緊急座談会 第二弾!>オミクロン型ワクチンをすすめない理由という東北有志医師の会の動画がアップされていました。
これをNHKで流したら、お年寄りを中心に大パニックになるでしょう。
でも、35度を超えた屋外でもマスクを外さなかった人達だから、そもそも信じないかもしれませんが。
無駄な抵抗というよりも、「こういった警鐘を鳴らしていた医師たちがいた」「真実に気がついていた医師がいても、止めることができなかった」と記録としてのシェアになります。
日中戦争も、「続けてはいけない」と言っていた政治家、軍人たちがいました。
大東亜戦争も、「絶対に日本は勝てない」と気がついていた国民がいました。
だけれども、実際に焼け野原になるまで、多くの国民は目覚めることができなかった。
ですから今回も仕方がないのです。
残った者は焼け野原から立ち上がり、次の世代のために行動するのみです。
お互い生き残ったら、そのときは共に頑張りましょう(笑)




☆『ポストコロナの発達援助論』のご紹介☆

巻頭漫画
まえがき
第1章 コロナ禍は子ども達の発達に、どういうヌケをもたらしたか?
〇五感を活用しなくなった日本人
〇専門家への丸投げの危険性
〇コロナ禍による子ども達の身体の変化
〇子どもの時間、大人の時間
〇マスク生活の影響
〇手の発達の重要性と感覚刺激とのソーシャルディスタンス
〇戸外での遊びの大切さ
〇手の発達と学ぶ力の発達
〇自粛生活と目・脳の疲労
〇表情が作れないから読みとれない
〇嗅覚の制限 危険が察知できない
〇口の課題
〇やっぱり愛着の問題
〇子ども達が大人になった世界を想像する
〇子どもが生まれてこられない時代
〇子育てという伝統

第二章 コロナ禍後の育て直し
〇発達刺激が奪われたコロナ禍
〇胎児への影響
〇食べ物に注意し内臓を整えていく
〇内臓を育てることもできる
〇三・一一の子どもたちから見る胎児期の愛着障害
〇胎児期の愛着障害を治す

第三章 ヒトとしての育て直し
〇噛む力はうつ伏せで育てよう
〇感覚系は目を閉じて育てよう
〇身体が遊び道具という時期を
〇もう一度、食事について考えてみませんか?
〇食べると食事の違い
〇自己の確立には
〇右脳と左脳の繋がりが自己を統合していく
〇動物としての学習方法
〇神経ネットワーク
〇発達刺激という視点

第四章 マスクを自ら外せる主体性を持とう
〇なぜマスクを自ら外せることが大事なのか
〇快を知る
〇恐怖を、快という感情で小さくしていく

第五章 子どもの「快」を育てる
〇「快」がわかりにくいと、生きづらい
〇快と不快の関係性
〇子どもの快を見抜くポイント
〇自然な表情

第六章 子ども達の「首」に注目しよう
〇自分という軸、つまり背骨(中枢神経)を育てる
〇首が育っていない子に共通する課題
〇なぜ、首が育たない?
〇首が育たない環境要因
〇首が育つとは
〇背骨の過敏さを緩めていく
〇首を育てるには

第七章 親御さんは腹を決め、五感を大切にしましょう
〇子育て中の親御さん達へのメッセージ
〇部屋を片付ける
〇子どもと遊ぶのが苦手だと思う親御さんへ
〇ネットを見ても発達は起きません
〇発達刺激という考え方
〇五感で子どもを見る
〇特に幼児期は一つに絞って後押ししていく

第八章 自由に生きるための発達
〇発達の主体を妨げない存在でありたい
〇大人が育てたいところと子どもが育てたいところは、ほとんど一致しない

あとがき
こういう本を読んできました
巻末漫画

出版元である花風社さんからのご購入はこちら→https://kafusha.com/products/detail/56
Amazonでも購入できます。全国の書店で好評発売中!


2022年8月30日火曜日

【No.1303】この夏のケース報告

夏休みに入ると、上の子はほぼノーマスク生活でした。
一人でおつかいや書店に行くときも、マスクを持たずに出かけていく。
「だって、一人で買い物するんだから、しゃべらないでしょ」と。
なにか言われるようなことがあったようだけれども、「完ムシ~」だって。
私の子なら、そこで言いかえすくらいの勢いが欲しいところですが、まあ、良しとしておきます(笑)
大事なことはマスクをしないことではなく、自分の頭で考え、判断すること。
とにかくどこでもここでもマスクするのと、どこでもここでも外すのは、根っこでつながっているんだから。
下の子は、マスク姿の人を見かけると、「あの人、自分の頭で考えられないんだね」と言う始末(笑)


今日はこの夏、関わったケースの中から、ちょっとだけご紹介。
もちろん、部分的に改変して、また発達相談の一部の内容によって個人が出ないような配慮はしますが。
たまには具体的なお話の方が皆さんの参考、考えるきっかけになるかと思いました。
ではいきます。


ケース①
【対象者】:幼児さん
【相談内容】:言葉の遅れ
【アセスメント】:「バババ」など、上下の唇をつけた発音のみ。お母さんの話では「ハイハイを飛ばしたことが…」とのことでしたが、まだ口が幼い印象。発達段階で言えば、おっぱいを吸っている段階の口。食事の様子を訊けば、「丸飲み」「固いものは食べられない、吐き出す」。
【助言】:ヒトはうつ伏せの姿勢、運動により噛む力、飲み込む力を育てていく。いろんなものを頑張って食べさせれば噛む力が付くというのは間違い。今の段階で固いものを食べさせるのは無理強いという。ハイハイを飛ばしたということは、それに至る前の段階ですでに課題があったということで、たぶん、首から背骨にかけての問題だろう。言葉の発達は、進化の過程で言えば、最後のほうなので、根っこから育ていくことが言葉の発達につながると思う。
【その後の様子】:「哺乳瓶による水分補給」「首から背骨にかけてのアプローチ」「くちゃくちゃ食べの容認」を行う。以前よりも、舌の動きがよくなったとのこと。「ダ」が出るようになった。
【感想】:ひとことで「言葉の遅れ」と言っても、その遅れの状態&段階も人それぞれ、遅れた要因も人それぞれ。このお子さんの場合は、運動発達という土台から育てなおしていくことが大事だと判断。時間はかかるが、ご両親ともに共通認識が持てたので、この調子で続けていってもらえるだろう。


ケース②
【対象者】:小学生
【相談内容】:学習障害(LD)の診断。学習面の改善。
【アセスメント】:学習障害、とくに書字が苦手とのこと。テストの答案を拝見すると、たしかに字の大きさはバラバラだが、書き順と形を捉えることはできている。筆圧もOK。
【助言】:そもそも椅子に座れていない。座位を保持できていないのだから、授業を聞くこと、座る姿勢を保ちつつ、字を書くことは相当エネルギーを要する。書けないと書かないは違う。さらにまだ利き手が定まっていない段階。現時点での対処として、椅子に座るのではなく、地面との接地面を多くした姿勢での勉強を。根本治療としては、運動発達のやり直しと、両手を使った遊び、活動を。
【その後の様子】:床に座った姿勢での勉強を行う。本人、「正座がラク」とのことで、その姿勢で宿題を行うようになった。以前よりも、解答までの時間が短くなった。書字もスムーズに。
【感想】:学習障害と言われる人達は、対面したときの"目"の雰囲気が異なる。ドッチボールでキャッチできることも確認したうえで、やはりそこじゃないと判断。今は対人面で問題が見当たらない+勉強に課題の子がLDになっている。なんでも診断を付ければいいって話じゃないよね。


ケース③
【対象者】:小学生
【相談内容】:不登校。学校に行けなくなった。病院に相談すると、「ASD」だろうとのこと。
【アセスメント】:訪問すると、自ら挨拶をしてくれた。その後、雑談も。社交的で、言葉とコミュニケーションに問題のないASD(笑)。こだわりと言えば、ベッドで一緒に寝ているぬいぐるみ。保育園のときから行き渋りがあったとのことで、ASDというよりも、分離不安、愛着形成の課題、ヌケだろう。
【助言】:スキンシップを心地良く感じられない本人側の課題からの愛着障害。愛し方が分からない大人側の課題からの愛着障害。大まかに分けてこの2つだが、後者だと思う。義務感で行う形だけのスキンシップは愛着形成を進めるどころか、新たな傷となる。まずは親御さんご自身の課題と向き合うことが必要だと思う。
【その後の様子】:親御さん自身が自分の過去を振り返るようになる。「あれが原因」という具合に言語化できていたけれども、課題の根っこは言語化できない無意識のレベルに存在する。
【感想】:今の親御さんはまだ言語レベルでの愛着形成のやり直しかもしれないが、子どもさんは"受け入れられた感"を味わえるだろう。それにしても、風邪の患者に「とりあえず抗生物質出しておきました」みたいな、不登校=とりあえず発達障害の診断つけときました、が多すぎ。それで安定剤を飲まされる不登校の子ども達…。


ケース④
【対象者】:中学生
【相談内容】:「家で暴れる」「家で大変」と支援機関から介入のSOS
【アセスメント】:奴隷のような親子関係。身体が大きくなり、子どもの言いなりになってしまっている。父親は手をとり足を取りで食事を食べさせ、服を着替えさせ、要求を何でも聞く。母親は敢えて上下という関係を作り、接しているように見える。重い知的障害もあるものの、問題の核は歪んだ関係性を形成してきたこと。
【助言】:特になし。「結局、手に負えない段階までこじらせてから大久保かよ」と支援機関にダメ出し(笑)
【その後の様子】:親御さんのフォローを始めるらしい(?)
【感想】:子どもさんに重度の知的障害がある場合、支援者は無意識に介助を行なおうとする。だから、早期からの介入があったとしても、結局は介助慣れする人を育ててるにすぎない。本人にとっても介助は「ラク」だが、自分が「こうしたい」という欲求は満たされず、それが周囲の制止レベルを超えた時点で爆発する。重度の子に「意思はなし」という大人の姿勢が、問題の始まり。


ケース⑤
【対象者】:幼児さん
【相談内容】:園で友だちに手が出る、暴言が出る、いじめる(?)
【アセスメント】:運動発達のヌケや違和感、発達の遅れもとくに感じない。全体的に同年代と同じ発達の範囲に入っているといえる。特定の子に向かう理由は?その子がいじわるしたとか、嫌いというわけではない。むしろ、好きな子。友達と遊ぶこと自体ができないわけではない。「一人っ子だからですかね」と親御さん。
【助言】:親御さんとの会話の節々にパートナーへの不満が出てくる。「もしかしたら、子どもさんの前で、パートナーをけなしていませんか?」と尋ねると、頷かれる。よくあるケースで、親を見て、関係性の模倣をする子がいる。親の口調や仕草だけではなく、家族間での関係性も、模倣し、学んでいくのが子ども、特に幼児期の子ども達。そういった姿をあまり見せないようにするのも大事だが、パートナーとの関係性は同性の自分の親との関係性の模倣ともいえるので、ご自身の課題と向き合うことを。
【その後の様子】:相談後、気分が落ち込んだとのこと。しかし、今は落ち切った後で、自分と親との関係性を冷静に振り返られるようになったそうです。
【感想】:まさに「3代続く」のお話。どこかで"けり"を付けなければ、その3代が我が子で終わらず、孫の代まで続いていく。まだ幼児期に気づけたから良くて、これが思春期以降になると、子どもさんが恋人を作り、似たような関係性を結ぼうとすることが起きる。若者たちとの相談でも実際にあること。




☆『医者が教えてくれない発達障害の治り方』のご紹介☆

まえがき(浅見淳子)

第一章 診断されると本当にいいことあるの?
〇医者は誤ることはあるけど謝ることはない
〇早期診断→特別支援教育のオススメルートは基本片道切符
〇八歳までは障害名(仮)でよいはず
〇その遅れは八歳以降も続きますか?
〇未発達とは、何が育っていないのか?
〇就学先は五歳~六歳の発達状況で決められてしまうという現実
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのメリット
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのデメリット
〇療育や支援とつながるほど、子育ての時間は減る

第二章 親心活用のススメ
〇親子遊びはたしかに、発達に結びつく
〇変わりゆく発達凸凹のお子さんを持つ家庭の姿
〇学校は頼りにならないと知っておこう
〇安定した土台は生活の中でしか作れない
〇支援者が行うアセスメントには、実はあまり意味がない
〇親が求めているのは「よりよくなるための手がかり」のはず
〇人間は主観の中で生きていく
〇専門家との関係性より親子の関係性の方が大事
〇支援者の粗探しから子どもを守ろう
〇圧倒的な情報量を持っているのは支援者ではなく親

第三章 親心活用アセスメントこそ効果的
〇子育ての世界へ戻ろう
〇その子のペースで遊ぶことの大切さ
〇「発達のヌケ」を見抜けるのは誰か?
〇いわゆる代替療法に手を出してはいけないのか
〇家庭でのアセスメントの利点
1.発達段階が正確にわかる
2.親の観察眼を養える
3.本人のニーズがわかる
4.利点まとめ
〇家庭で子どもの何をみればいいのか
1.発達段階
2.キャラクター
3.流れ
4.親子のニーズの不一致に気を付けよう

第四章 「我が子の強み」をどう発見し、活かすか
〇支援と発達援助、どちらを望んでいますか?
〇子ども自身が自分を育てる方法を知っている
〇親に余裕がないと「トレーニング」になってしまう
〇それぞれの家庭らしさをどう見つけるか
〇親から受け継いだものを大切に、自分に自信を持とう

あとがき(大久保悠)


『医者が教えてくれない発達障害の治り方①親心に自信を持とう!』をどうぞよろしくお願い致します(花風社さんのHPからご購入いただけます)。全国の書店でも購入できます!ご購入して頂いた皆さまのおかげで二刷になりましたm(__)m


2022年8月29日月曜日

【No.1302】セミの鳴き声よりも、「シューキョー、シューキョー」と叫ぶマスゴミがうるさかった夏

何から目を背けようとしているのか、8月は「シューキョー」「シューキョー」とうるさかったメディア、マスゴミ。
だから、自然と宗教と自閉症、発達障害者の人との関係を連想します。
相談者自体、またそのご家族が熱心な信者ということがありますね。


宗教というのは教えがありますので、ある意味、構造化だと言えます。
世の中、とくに他人との関わりについては苦手な人、それに労力を割き、疲弊してしまう人が「〇〇しなさい」という教えという指針が得られると、頭の省エネになるわけです。
社会性なんていうのはとっても曖昧なものですから、ずばっとどうしたらいいか(悪いか)などを言ってもらうと、思考、判断のプロセスを飛ばせますので、だいぶ楽になります。


またラクでいえば、多くは教典など、文字化されているものがありますので、情報処理がラク。
そして何よりも、信者同士で集まれば、共通の話題がすでに設定されていますので、集団活動もラクだと言えます。
ただ同じ職場、学校というだけでは、バックグランドがバラバラで、話す内容もバラバラになりますので、共通の話題や目標、行動指針があると省エネになるわけです。


あと実際にそのような当事者の方達と関わると、宗教が疑似家族を作り、愛着障害を(一時的に)癒す作用があるのだと思います。
礼拝(?)に行ったあと、「心が安らぐ」という人の多くは身体から愛着障害のオーラがバリバリです。
でも、その空間、関係性があるからこそ、また仕事を頑張れる、明日からの日常生活を頑張れる、というのもあると感じます。
ですから、詐欺などの犯罪はダメですが、どんないかがわしい宗教、教えだとしても、必要な人がいて、それ自体、否定されるようなものではないと思います。


相談者の中には、親がその信者で、子どもを無理やり改宗させているという場合もあります。
そして当然、不適応を起こし、それが「発達障害」とされてしまう。
発達障害というか、愛着障害であり、愛着障害というか、親子関係の問題、親の問題。
だから、問題の根っこは息子の発達障害ではなく、そういった宗教に盲目的にのめり込んでしまう親が置かれた状況と過去にあるわけです。


以前は、不安商法、霊感商法にひっかかり、発達障害を持つ親御さんが「壺を買った」「数珠を買った」「祈祷(?)をしてもらった」と、この辺りでも話として聞いていました。
私はその話を聞くたびに、先進地域と呼ばれていた当地の支援、また療育やその機関の限界を感じたわけです。
だって、早期からプログラムされたものがあったとしても、海外の大学、専門家から学び、習得した知見も、壺や数珠に負けているから(笑)
当時、買った壺が100万円と聞きましたが、幼児期に診断し、精神科薬を処方し、療育や支援を生涯使い続けたら100万円じゃ済みませんよ。
試算ではだいたい1億~2億円くらいかかるわけです、もちろん、税金ですが。
それに比べたら100万円は安い!


100万円の壺で、親御さんの心が安らぎ、発達障害を持つ我が子と向き合えるのなら、ある意味、御利益あり。
1億円かけて、生涯治らなくて、というか、児童デイに1年間通っただけで100万円くらいになるでしょう。
100万円、税金からお金をいただいていて、アンパンマンのDVD、手遊び、おやつ作り、鬼ごっこ…。
トランポリンだったら、200台買える(笑)
就学前から精神科薬飲ませたら医師は丸儲け。
だから障害者施設を持っている法人は医療機関を作っておく。
今回のワクチンでも、入所者は否応なしにバンバン打たれたといいますね。
何か起きても、「基礎疾患のせい」というのも遠因だと思いますが。


実際、特定の宗教に入らなくても、宗教っぽいものをもっている当事者の人は多いものです。
それがアイドルだったり、ミュージシャンだったり、言論人だったり、書籍だったり、マンガ、アニメ、ゲームの中の登場人物や世界観だったり…。
私と話していても、一対一の濃密な関係性を結ぼうとしてくる人もいます。
つまり、相談の相手から信仰の相手に変わるんですね。
「こういった場合、どうすればいいですか?」という相談も、本当に自己解決のために訊いている場合と、私からの指示が欲しくて訊いている場合があります。
そこを間違えると、療育の世界の教祖様になる。


支援者の大部分は愛着障害もちなので、こういった信仰の対象としての相談を心地良く感じてしまう人もいるんですね。
私から見れば、信仰の対象としての専門家、〇〇療法というのも感じることがありますし、実際、法外の料金を取っている療育機関もたくさんあります。
だって、一回検査して10万円とか、半年のセッションで40万とか。
そもそも最初から治すことを目的としていない療育や支援、相談、検査がそんな料金だったら新興宗教と変わらないと思う。
「治らないけど、よくなる」というのは、信仰でしょ。
治ることを目的としない投薬治療とか。
当事者の人が変な宗教にハマって20万円のセミナーに通うのと、治らないけど良くなる療育に20万円払うのと同じじゃない(笑)


結局、私もそうですし、そういった療育機関、専門家だって、直接治すことはできません。
というか、発達障害の問題は発達の問題である限り、発達を促す環境で、コツコツと育てていくしかありません。
だから、20万円のセミナーに行っても、半年で40万円の療育に通っても、家でやらなきゃ変わらない。
親御さんが勉強して、自ら子育て、家庭生活の中で我が子の発達を後押しできればいい!
つまり、親御さん自身が変わればいいだけで、その変わるのに20万円というシチュエーションが必要な人もいれば、本やネットで学び、変わっていける人もいるだけ。
あとは、自分の愛着障害を癒すために、接待して話を聞いてくれる支援者を使っている人もいるので、そういった場合はホストクラブや出会い系サイト(古いw今はマッチングアプリ?)を使って癒されたり、愛人作ったり浮気すればいいんじゃない。


数は多くないですが、私も「20万円なら出します」「100万円出しますので、治していただけませんか」なんて言われることもあります。
今、思えば、そんとき貰っておいたら良かったかなと思いますが(笑)、私に超能力はありませんし、治すんだったら本人と家族が頑張るしかありません。
ですから、お布施としてのお金は頂かず、知識や情報、アセスメント、相談料、時間を費やした対価としてのお金をいただくようにしています。
でも、発達障害の分野も不安商法みたいなもんですから、騙そうと思えばいくらでも騙せてしまいますね、コワイコワイ。
よくなれば「私のおかげ」で、悪くなれば「障害のせい」という最強の矛と盾がありますから(一般社会ではそれを矛盾という)。
そういえば、「軽症で済んだのはワクのおかげ」、重症になったら「基礎疾患、ウィルスのせい」…。
季節の変わり目、長期休みから新学期の移行期間はソワソワする時期でもありますので、ワクチンと詐欺、療育と不安商法にご注意を(笑)




をどうぞよろしくお願い致します(Amazonでも購入できます。)。全国の書店でもご購入いただけます☆彡


2022年8月22日月曜日

【No.1301】前提がバカだと、出てくる答えもバカになる

「42万人死ぬ」というのは、前提が「感染対策をなにもしなければ」という前提があった。
富岳の飛沫実験も、前提が「マネキン」「口をあけっぱなし」「飛沫をよけない(笑)」「免疫は考慮しない」だった。
前提が変われば、出てくる数値、結果は変わるもので、いくら権威やスーパーコンピューターが導きだした答えだとしても前提が間違えば、答えも間違うものです。
ですから、「エビデンスが~」と言う前に、その前提条件を確認することが必要になるでしょう。


人間というのはそれほど賢くできていないと私個人は思っていますので、前提を間違うのは仕方がないと思います。
しかし、新たな見解、知見が出てくるのに、その前提に固執したり、意図的に自分に有利なように前提を操作したりするのは間違っていると思います。
ですから、3年目に入っても「エボラ並みの未知のウィルス」という前提を変えようとしないのも、発達障害は「生まれつきで、治らない障害」という前提を変えようとしないのも、間違いです。


間違った前提だと間違った答えが出る。
間違った答えを見て、「前提が間違っているのでは?」と考えるのが科学的な思考だといえます。
発達障害は生まれつきで、生涯治らない障害と言っていたけれども、支援級から普通級に行く子もいるし、同世代と同じように進学し、就職し、結婚する人もいる。
となれば、それは「治らない」というのではなく、「治ることを知らなかっただけ」ということになります。
感覚過敏や身体の不器用さ、相手の気持ちを察することなどは「特性」であり、「できない」とされていたけれども、単にアセスメントが荒かっただけで、その改善の仕方、育て方を知らなかっただけということになります。
前提はズルができても、数値、結果、治ったという人はズルができませんので。


もっと細かいことで言えば、たとえば「言葉がない子に絵カードは必要ですか?」などのご質問を頂きます。
ですが、そこで大事なのは「絵カードの有効性」ではないのです。
どういった前提で、その絵カードが導入されようとしているか?
いま、その子の内側に伝えたいという想いが溢れている。
だけれども、まだ言葉を使って表現することが難しい。
だから、言葉を獲得する前、いま、緊急的に絵カードを使おう、というのでしたら意義のある支援になると思います。


一方で「この子は重度で、自閉症だから」絵カードという場合もあります。
この場合、前提が間違っているので、間違っているというか、この子がどのような発達を遂げるか、生涯言葉がなく、重度の知的のままなのかがわからないのに、決め付けのような前提を持ち、支援に向かっているので問題だといえるのです。
こういった誤った前提を設定してしまうと、その後、この子が発達、成長したとしても、その兆しを見せたとしても、周囲は気づかず、そのまま絵カードを使い続けるでしょう。
そうなると、せっかく伸びようとしている言葉もその機会を得ないまま、萎んでしまう。
それがよくある「作られた障害」であり、支援にどっぷり浸かれば浸かるほど、「障害者っぽくなっていく」現象だといえます。


最初に出会った医師が「治らない」と言ったため、それを信じてしまう親御さんがいても仕方がないと思います。
しかし、その前提は共に暮らし、歩んでいく中で揺らいでいくはずなのです。
ただ不幸にも、コロナ騒動と同じように、前提が揺らぎそうになると、「治るなんてデマだ」「支援をたくさん受けることが幸せなんだ」「頼れる場所をたくさん作ることが大事」「もし二次障害になったら」なんていう声が聞こえてくる。
もちろん、弱毒コロナで重症化する人もいるけれども、ほとんどの人は軽症か無症状。
二次障害になるのだって、特殊な例であって、だから支援を受けなければ、みんな二次障害になるということにはなりません。


大事なのは、二次障害になる子の個人的な環境、条件でしょ。
自閉症だからではなく、自閉症という特性にどういった環境、条件がプラスされると二次障害になる、そのリスクが上がるかという研究ってしていますかね。
「高齢者」「高血圧」「常時服薬あり」「要介護3以上」「ワク×3回済み」が高リスク群、重症化、死亡しやすい、といった情報は出てこない。
出てこないから、全員、同じリスクがあるように錯覚する。
3日1回、PCRで500円のクオカード。
「重度判定の方が貰えるお金が多い」と同じように、日本人はどこまでさもしい民族になったのか。


否応なしに、陽性判定された妊婦さんの多くは、帝王切開による出産。
これも前提が間違っているから、こんな馬鹿げたことが続いている。
というか、医療的ケア児や発達障害の子ども達を診ている医師たちは、なんで声をあげない??
帝王切開と子どもの心身の健康、発達障害の関係性に気がついているでしょ。
というか、仲間内ではそう言っていたじゃないですか。
「母子の命を守るために」という前提があり、やむを得ず帝王切開を選択するのと、「コロナがエボラ並みのウィルス」という前提、医師、スタッフに陽性者が出ると経営上、労力上、手続き上、大変になるという「お金前提」「(妊婦さんではなく、これから生まれてくる赤ちゃんではなく)自分たちが優先」という前提が間違っているのです。


過剰な感染対策によって、子ども達の発達の機会が奪われ、発達に遅れや凸凹が生じる。
それだけではなく、「今だけ、カネだけ、自分だけ」の医療が、妊婦さんがどのように生みたいのかという選択肢を、赤ちゃんがどのようにこの世に出てくるかという選択肢を奪っている。
こんなことが許されてよいのでしょうか。
エボラ並みで母子ともに、また医師やスタッフの命が危ぶまれるのなら仕方がないと思いますが、帝王切開によって使い切れなかった原始反射が残ったら、産道を通るときにお母さんから細菌などを貰えなかったら、肺呼吸に切り変わる過程をふめず呼吸の発達に遅れが出たら、突然明るい世界に出てくる恐怖がこの世に対するトラウマ、恐怖麻痺反射を強固のものにしたら…。
「あのとき、時代は仕方がなかった」と、発達障害を抱える子ども達と家族の前で言うことができるのでしょうか。


夏休みの間も、「治った」「治った」というメールや声をたくさんいただいております。
時々、上記のようなことを想うと、やり切れない思いにもなりますが、「治らない」という前提を疑い、「治るんだ」という前提を確固たるものにしている子ども達、若者たち、ご家族、支援者たちとともに、私も頑張らなければと気を引き締めています。
隠しきれないコロナ対策の過ちによる発達障害児の増加。
そのときが、「生まれつき」「生涯の」「治らない」という前提がぶっ壊れるときだと想像しています。
少しでも良い未来を子ども達、次の世代の親御さん達に残すために、皆さま、一緒に頑張りましょう!





2022年8月17日水曜日

【No.1300】上下関係では治っていけない

我が子のどこに発達のヌケがあるか、それを確認することは大事なことです。
でも、もっと大事なのは「どうして発達のヌケが生じたか?」
そしてさらに大事なのは「どうして発達のヌケが育たず、抜けたままなのか?」なのです。


勘違いされている人が多いようですが、発達障害児と言われる子ども達だけが、発達のヌケや遅れ、凸凹を持っているわけではありません。
一人ひとり特有の発達パターンを持っていますし、何ならヌケや遅れを持っているのは、みんな同じでなのです。
基本的なヒトの発達パターン、順序はありますが、いつ、どの時点で、どのような強弱の発達を遂げるか、はとても個別的で唯一無二のもの。


言葉が出ない、ハイハイを飛ばした、友達と遊べない。
それ自体が問題かのように扱われます。
しかし、本当の問題は言葉が出ないまま育っていかない状況なのです。
少しずつでも育っていけるのなら、同年代とは異なった時期に育ちきるなら、問題ではなく、その子固有の発達パターンがそうだったというだけ。


「愛着障害」についても、私はわかりやすいため、その言葉を使うのですが、そんな診断名はありませんし、決まった定義があるわけでもありません。
ただ愛着障害とは、人との関係性の中に生じた発達のヌケであり、歪みだったり、うまく他人との関係性を結べない状態だったりを指しているといえます。
ですから、まさに愛着障害とは、愛着障害者がいるわけではなく、愛着障害自体が問題なわけではなく、愛着形成が進んでいかない状況が問題だといえるのです。


「発達障害を治す」というと、どうしてもイメージで言えば、その本人自体をまず変えようという想いが湧いてきます。
発達相談でお会いしてきたご家族の中にも、発達の遅れのある我が子を変えよう、変えようと励まれている姿があります。
しかし、こういったご家庭は往々にして治っていかない。
さらに愛着障害を深くする傾向があります。
発達のヌケは育てなおしができたけれども、治り切ったという感じがない状態です。


これは夫婦関係でたとえると分かりやすいと思います。
発達相談においても、ご両親が同席されることがほとんどなのですが、必ずしも子育ての方向性が同じだということはありません。
障害の捉え方にしろ、療育や支援に対する考え方にしろ、発達障害を治すことにしろ。
様々な面で違いがあるほうが自然だと言えます。
この違いをお互いが認めあっている状態なら良いのですが、時々、習ってきたこと、知ったことを相手にそのまま要求している方がいらっしゃいます。


「発達障害は治るんだって」「治すのがこの子にとって一番のこと」「治さなきゃいけないんだよ」
そのようにパートナーに対して一方的な価値観をぶつけるのは、相手も気分がよくないですし、何よりもそういったことをしてしまうこと自体、愛着の問題、つまり関係性を築くことに関する問題があるといえるのです。
「治る」という意見、情報をそのまま信じ、相手にも要求するということは、たとえそれが「治る」という素晴らしいことだったとしても、発信者に対する依存です。
またその発信者と同化し、自分が正しいありきになってしまっています。
自分が正しいと思ってしまうと、変える対象が自分の"外"になってしまうのです。


うちの夫は発達障害に対して、治すに対して、身体アプローチに対して、「理解がない」とおっしゃる方もいます。
しかし、旦那さんのお話を伺うと、自分自身が理解に至る前に決め付けられていることに引っかかりを持っていることが多くあります。
言葉での説得は、上下関係がなければ成立しません。
夫婦に上下関係があるのでしょうか。
となれば、やはりまずはご自身が変わることが必要なんだと感じます。
適切な人間関係とは、それこそ愛着形成が整った関係性の中では、その人が変わっていく姿を見て、それにつられるようにして、もっといえば、同調が生じ、自然と変わっていくのです。


たとえ幼い子どもさんであっても、知的障害を持つ人であっても、他人から「変わりなさい」と要求されることは、その雰囲気が伝わってくることは、その子自身否定されたように受け取ります。
先ほど言った通り、一方的に変わることを求められる関係性は、上下関係においてです。
ですから、親御さんが頑張って治そうとすればするほど、治っていかないし、愛着の問題が深くなる。
ヒトの発達の大事な条件は、本人が内側で心地良さを感じられていること。
別の言い方をすれば、安心感があることになります。
そして何よりも育つ子本人の主体性が必要なのです。
上下関係には心地良さも、安心感も、主体性も生まれません。
だから治っていかないし、治ったとしても治り切るまで歩み続けられないのです。


しつけや物事の道理などは、親御さんが子どもさんに対して教えを授けることも大事です。
しかし土台であるヒトの発達においては、「教える」や「やってあげる」ではなく、本人の主体性と心地良さ、安心感が発揮できるような環境を作っていくことだと思っています。
それにはよりよく育つための環境の一つとして、親御さん自身が変わっていくことが必要になります。
ある意味、育っていけない環境の一つでもありますので。


即効性のある効果を求めたくなるから、相手に変わることを強く要求してしまう。
でも実際、一日や二日で変わるわけはありません。
短期間で治るのなら、そもそも発達障害で悩んでいないのですから。
身体アプローチも、栄養療法も、まずは自分がやってみる。
そして少しずつ変わっていける中で、その姿を見て波長を感じた子どもさんが「あれ?」と思いだす、旦那さんも。
そこから我が子に身体アプローチを勧めてみる、一緒にやろうと導いていく。
そこから旦那に「こんな本があるのよ」「こうやって治っていった家族がいるのよ」と誘ってみる。
治っていくご家庭を拝見しますと、子どもだけではなく、家族みんなが変わっていく姿があります。
誰かだけ蚊帳の外の場合、どうしても次の世代に課題が持ち越しになっているような気がしています。




2022年8月16日火曜日

【No.1299】100年計画の愚民化政策ではなく、100年後が幸せになる生き方を

ロシアの認識では「アイヌ民族は我が国の先住民」となっています。
ということは、ウクライナ侵攻と同じように、「我が国の住民を保護するために」と言って北海道に侵攻しないともいえません。
過去の歴史を見れば分かるように、戦争は起きるものではなく、(一部の人間が)起こすもの。
現在、日本が行っているロシアに対する経済制裁も、国際常識的には軍事攻撃になりますので、今、私達は戦時中なのです。


今朝のネットニュースでは、77年前の敗戦を機にソ連軍が北海道全島の占領を検討していたことが明らかにされました。
当時、トルーマン大統領によって拒否された要求ではありましたが、それ以降、ソ連は、ロシアはこの計画を諦めたのでしょうか。
戦後のGHQ統治計画では、「日本民族をもう二度と自分たちの脅威にならないように」ということで様々な工作が行われましたが、それは今もなお、続いています。
彼らは100年単位で計画を立て、実行します。
日本人の愚民化政策の完成まで、あと23年。
2045年は、今の子ども達が社会の中心です。


私は親御さんに「まず変わりましょう」と伝えることが多くあります。
その理由はいくつかあるのですが、やっぱり現在の発達障害は、社会の問題だと考えているからです。
大人たちが造り上げてきた社会、環境の害をそのまま子ども達が受け、育ちに影響を及ぼしている。
ひと言でいってしまえば、こんな不健康な生活を続けていれば、次の世代に影響が出ないほうが不思議といえるでしょう。
とにかく「今だけ、カネだけ、自分だけ」で好き勝手生きてきた人間たちが、次の世代を担っていく子ども達に何の問題も無く、健康に生まれ育つことを願うほうがおこがましい。


そしてもう一つ大きな理由があって、これはてらっこ塾を起業する前の体験が影響しているといえます。
学生時代から施設職員、特別支援学校教諭と進んでいく中で、発達障害を親のせいにするのはご法度でした。
あくまで発達障害児は、たまたま生まれてくるのであって、なにか原因があるわけではないということになっていました。
さらに、むしろ親御さんはかわいそうな存在なのだから、なるべく気持ちが上がるような接し方、声がけをすること、心の支えという接待をするように教えられてきました。


今でもよく覚えているのですが、当地には「親こそが頑張らなければならない」という有名な先生がいて、一部の熱狂的なファンを持ちつつ、多くの親御さん達、支援者たち、同僚の教諭たち、教育行政、もちろんギョーカイの福祉関係者からボロカスに言われ続け、この地を去っていったことがありました。
学生時代からお世話になっている先生でして、私はそもそも特別支援教育自体に懐疑的でしたので、学校にただ預けているだけでは自立する力なんか育たないと思い、この先生の指導や講演会を聞いていました。
だから、こういった正しいことを、敢えて耳の痛くなるような話を正々堂々と言えることは、この地域の親御さん達、支援者たちにとって必要なことだと思っていたので、とても残念で悔しい想いをしたのです。


親御さん達の中には、「あの先生が良い悪い」「あの学校が良い悪い」「あの支援者はいいけど、あの支援者はダメ」などという話題がよく出ています。
私もこの地に20年以上住んでおりますので、そう言いたくなる気持ちもわからないわけではありません。
しかし、学校や支援が悪いから、子どもの問題行動が治らないわけでも、自立できないわけでもないのです。
結局、誰かのせいにしているあなたの問題だと思うのです。


そもそも学校は発達障害を治す場所ではなく、学ぶ場所です。
その学ぶための準備は、家庭教育のほかにあり得ません。
就学前の園生活においては、部分的に発達を促してくれることはありますが、それでも発達障害の根っこを育てなおしていくには、家庭という環境、親御さんの力が必要です。
だって、胎児期から2歳前後までに生じた発達の遅れは、家庭で起きているから。
そこに立ち返り、そこを改善しなければ、根本から治っていかないのは当然です。
ですから、当地を去っていった先生が言っていたように、「親が頑張らなければ、子どもは変わっていかない」のです。


ワクチンの危険性を察知できなかった時点で、動物としての直感が死んでいると思っています。
もっと深いところで言えば、液体を体内に入れただけで、危険から身を守ることができるという考え自体が愚かだといえます。
どうしてそんなにも安易な考えなのでしょうか。
どうして自分の免疫、身体、奇跡の結晶である700万年続いてきた人体を信じることができないのでしょうか。
そうやって外にばかり目がいっているから、表面的な教育、支援、アプローチに向かってしまうのです。
だから、我が子ではなく"自分が"耳障りの良いものを取り入れてしまう。
変わるべきなのは社会でも、学校でも、支援でも、病院でも、特別支援のギョーカイでもなく、自分自身。


目の前にいる子だけを治すのなら、そんなに難しい話ではありません。
どこに発達障害の根本があるかがわかれば、それに対応したアプローチ、改善をしていけば良いだけですから。
しかし、「ハイハイを抜かしたから、ハイハイをやり直そう」といった単純な話ではないのです。
大事なのは「どうしてハイハイを抜かしたか?」
そこがわからなければ、子どもが成長し親になったとき、同じ課題が次の世代の子にも生じてしまいます。
しかも、世代をまたぐごとに症状や遺伝的な要素、その課題が強くなるといわれているのです。
だから、三代続けて「治る」を確認していく必要がある。
親御さんの中には元発達障害児、治った人が多いですが、実際、我が子にその傾向が出ていますね、しかも親世代よりも濃く。


親御さんは我が子を治した。
だけれども、我が子が親になったとき、孫の発達障害はさらに重いことが予想されるのです。
だからこそ、上辺だけのアプローチで「治った治った」と喜んでいる場合じゃない。
親自身が自分の課題と、どうして我が子に発達の遅れが生じたのかについて真剣に向き合い、考え、そこを治していくことで、三代にわたる発達障害を終わらせることができる、それは自分の親(祖父母)ができなかったこと。
せっかく気づき、目覚めた方達ですから、私たちの世代でこの問題を終わらせることをしようじゃありませんか。
我が子だけではなく、その次の世代、その次の世代の子ども達の幸せ、より良い未来を願って。
それこそ、100年間にわたる統治計画ではなく、100年後の幸せを目指した生き方を。





2022年8月15日月曜日

【No.1298】家庭という環境、親という環境

7月の講座の中で、私は「遠巻きに見ている親御さん達」のお話をしました。
私に対して、私の行っている発達相談、援助について興味関心がある。
心から治したいと思っている。
だから、実際にどんなことを行っているのか、もし相談したらどんなことを言われるのか、とても気になる。
そしてその情報を集めるために、書籍を読んだり、ネットを検索したり、実際に利用した親御さんの話などを聞こうとする。
なんなら匿名、仮名を使い、メール相談をする方もいらっしゃいます。
無料でメール相談していますので、良いのですが(笑)


一見すると、「だったら、一回依頼すればいいじゃないか」と思いがちです。
実際、私も最初の頃は、そう思っていました。
でも私の間に一定の距離を持とうとするのには理由があるように感じます。
息子、娘には治ってほしいし、自分もその後押しがしたい。
だけれども、無意識の階層に「私には触れてほしくない」という想いが存在しているのです。
自分は変わりたくないけれども、我が子は変わってほしい、という感じ。
結構、ご自身では気がついていないですが、こういった無意識の想いがあるように思えます。


私に発達相談を依頼される親御さん達からは、覚悟を感じます。
それこそ、自分自身の課題と向き合う覚悟です。
自分の愛着障害、発達の課題、妊娠・出産・育児における過ち、自分自身の過去の行い…。
そういったものと本気で向き合う覚悟ができたとき、発達相談を受けようと思うのでしょう。
なぜ、そう思うかといえば、誰一人、「How To」を訊いてこないですし、そこを求めていないから。
そしてその後の様子を伺うと、まずは親御さん自身が変わろうと動き、実際に子どもさんが変わる前に変わっているから。


胎児期から2歳前後の言語を獲得する前の段階に生じる発達のヌケや遅れが、発達障害と呼ばれている子ども達の根っこだといえます。
生物としての土台の部分に不具合が生じるから、人間として育っていく部分に問題が現れていく。
その発達のヌケや遅れは主に親子の関係性の中で生じ、母胎を含めた家庭という環境に発達が進んでいけない"何か"が存在している。
だから、発達の環境としての家庭、親御さんがまず変わる必要があるのです。


家庭を変える人は多くいます。
テレビやタブレットを撤去したり、食事から添加物、加工食品を減らしたり、早期教育をやめたり。
自然の中で過ごす時間を増やすのは、遊びや遊び場、刺激を変えることであり、身体育てや発達のヌケの育て直しも、ある意味、家庭での過ごし方を変えることになるでしょう。
こういった家庭の変化だけで治っていく子もいますが、正直、それは誤診の範囲に入る発達障害であり、もともと普通の子だったのだと思います。
ひと言でいえば、育つ環境が悪かっただけ。


一方でこういった家庭を変えるだけでは治っていかない子ども達もいるのです。
それは愛着形成の歪みから発達障害っぽく見えている子ども達。
三代にわたる愛着障害、トラウマが、その子の安心を奪い、そのために伸びやかに育っていけず、それが発達の遅れとなる。
こういった子ども達は、まず親御さんがご自身の愛着障害を治さない限り、そこと向き合わない限り、愛着形成の基盤となる親子の関係性が整いません。


よくあるのが、我が子の愛着形成を育てるアプローチを行うけれども、いつまで経っても子どもさんの愛着が育っていかない。
その背景には、形としてのアプローチであり、本当の意味で実感としての愛着がわかない、イメージできていないことがあります。
愛着形成には、子ども側の感覚が育っていること、快や心地良いがわかることも大事ですが、親御さん側の気持ち、感情、雰囲気のほうが大事なのです。
我が子を愛おしく想う身体の動きはできたとしても、実際に愛おしさがなければ、それはストレートに子どもに伝わってしまいますので。
お互い義務感としての愛着形成のアプローチになっているご家族は少なくないような気がします。
だから、まずは親御さんが大事なのです。


また家庭を変えるだけでは治っていけない子ども達というのは、生物学的なダメージ、不具合を抱えている子ども達、遺伝としての神経発達の凸凹、不具合を抱えている子ども達です。
そういった子ども達は、長いスパンで、それこそ、生涯をかけて治っていく人達だと言えますので、やはり親御さんも一緒に変わっていくことが必要ですし、それも小手先ではなく、根本から変わることが必要になります。
さらに生涯に渡って治していくということは、親がいなくなったあとも、自分自身で育てていく、社会の中で治していくことが必要になりますので、親御さん自身が変わっていく姿をモデルとして見せていく必要もあるのです。
大人になっても成長し続ける、変わっていける最も身近なモデルは自分の親になります。
反対に言えば、親御さんの親がそういった姿を見せてこなかったから、子(孫)の育ちに影響を与えているのです。


私の仕事は、治るためのアプローチ、技能を教えることではないと思っています。
そういったアプローチ、技能は、ネットを中心に溢れかえっています。
その溢れかえっている情報の中から選択ができない、組み合わせができない、我が子に合わせて創造することができない。
そちらのほうが深い層にある課題であり、ではなぜ、それができないかといえば、目の前にいる子どもの姿が見えていないからであり、その見えない目を持っているのは親御さんになります。
我が子の姿をそのまま見ることができないのは、ご自身の感覚や体調の問題、深層心理が邪魔をしているかもしれないし、そもそも現実を直視できていないことがあるかもしれない。
もっといえば、無意識に「見たくない」と強く思っている人もいます。


スピ系の人が「子どもは親を選んでくる☆彡」などと言うから、私は大っ嫌いな人なんですが(笑)、子どもが生まれたこと、しかも発達に課題をもっていることで、親御さん自身が根っこにある課題と向き合う機会になっていることがあると思います。
子どもにとっての親という関係性ばかりにクローズアップされますが、親にとっても子どもが特別な関係性になり、そこが結ばれることで揺らぎが生じます。
さらに子ができることで、否応にも自分の親との関係性にも意識が向きます。
夏休み実家に帰り、改めて親との関係性と向き合ったという方がいらっしゃいました。
「ずっと我が子の発達の遅れ、我が子を治したいと思っていたけれども、本当の課題は私と親との関係性にありました」という気付きが合ったようです。
親に覚悟が生まれたとき、子ども自身も変わる覚悟が生まれるような出来事が起きるのは、今までにもたくさん経験してきました。
きっとこのご家族にも、良い変化、サイクルができてくると思います。






をどうぞよろしくお願い致します(Amazonでも購入できます。)。全国の書店でもご購入いただけます☆彡


2022年8月11日木曜日

【No.1297】退行の夏

正直、夏休みが始まるまでは、こんなにも退行する子ども達が多くなるとは思ってもみませんでした。
7月の講座でこの子ども達の姿を予見し、内容にいれられなかったのは私の実力不足です(ごめんなさい)。
例年、夏休みになると、愛着形成のヌケを埋めようとする子ども達はいるんですね。
他にも、「やっと夏休みに入った。だから、発達のヌケを埋めよう!」みたいに、自分でその抜かした時期に戻り、育て直しを始める子ども達もいました。
でも、今年の夏は違いますね。
それだけギリギリのラインで1学期を過ごしてきたのでしょう。
どの子も、多かれ少なかれ、心身が疲弊しているのが伝わってきます。


夏休みに入ってからの発達相談では、ほとんどの子ども達が退行を行っていました。
これは愛着形成の、運動発達のヌケを育て直すというよりも、乳幼児期に戻り、心身を癒している感じがします。
この前、お会いした小学生の子どもさんは、夏休みに入ってから口をすぼめるような動きが始まっていました。
その口の動き、自分の舌で唇を嘗め回すような動きを確認しますと、おっぱい、乳首を舌でいじるときに見られる赤ちゃんの動きに見えましたので、たぶん、その子なりの退行になっているのだと思いました。
他にも急に「おっぱい」と口にするようになった子がいたり、お母さんのあとを追うような行動が出てきたり、お風呂に水を張り、その中で鼻から上だけを出し過ごしている子がいます。


こういった行動を見ると、「夏休みで暇になったから」「学校に行っていない分、ストレスが溜まっている」「問題行動が出た、どうしよう」などと捉えがちです。
よく支援者でも、お母さんに触れるのは、将来的に知らない女性に触れること、性犯罪と繋がるから、やめさせたほうがいい、というアドバイスがされます。
上記のような「おっぱい」と口にするのも同じですし、母親の後追いはストーカー、お風呂に水はまさに問題行動、将来、水道料金を払えないでしょ、などと言われそうです。
特に、知的障害を持つ子、言葉に遅れがある子、ある程度、大きくなった小学校高学年以降の子ども達は指導、注意、矯正の対象になってしまいます。


私は強度行動障害を持つ人たちの施設で働いていましたが、問題行動と一言で支援者が表現してしまう行動でも、本人たちからすれば意味があり、する必要があるからしているものだと捉えています。
「障害特性」や「症状」なども同じで、「その意味はなんだろうか?」と考えるようにしているのです。
一見すると、恐ろしくて、奇怪な行動も、その背景を丁寧に読み解いていくと、その始まりがあり、その理由が見つかるものです。
そういった支援者側の目がなければ、彼らはいつまで経っても、問題行動を起こす厄介者で、結局は薬を飲ませて制圧するといった対処療法にしか突き当らなくなってしまいます。
でも、支援の世界って実際はそんなことばかりですよね。


例年以上に、夏休みに入り、退行現象が起きている印象です。
発達相談でアセスメントをしていても、その子が行っている退行が気になって仕方がないことがあります。
コロナ騒動も3年目に入り、子ども達は相当参っているのでしょう。
ですから、その心身のバランスを整えるために、この夏休みを使っている子ども達もいるようです。
上記の私が主に問題行動があると言われている人達と関わるときと同じように、夏休みに見られているいわゆる「赤ちゃん返り」というような行動をきちんと捉える視点が親御さん達にも必要だと思います。


今、文章を書いていて思いだしたのですが、7月の終わりの頃、児童デイのスタッフさんから相談があり、「子ども達の中にスタッフの背中に覆いかぶさって乗ってくる子達がいる。どのように捉えたらよいか?」というメールがありました。
これは施設で働いていたときのあるあるでもあり、これって覆いかぶさっているように見えるけれども、おんぶを求めていたりする場合もあるんですよね。
お母さんの背中や肩を触る子がいて、お母さんは「ブラジャーに興味!?」など不安に思われることがあるのですが、「おんぶしてほしい」という意味だったりしたこともあります。
おんぶって母子愛着形成の大事ないち段階であり、お母さんと同じ方向を見る、お母さんのぬくもりを五感で感じるという意味。
近頃、おんぶをまったくしない親子も増えているので、おんぶのヌケをもつ子が多いんです。


とにかく子どもの行動、症状の意味を理解すること、理解しようと思うこと。
夏休みはある意味、非構造化の環境であり、自然な環境だと言えるので、その子らしさが出るものです。
ヒトという動物に近い環境に戻れば戻るほど、本能的な欲求、無意識にある感情が表出していくるように感じます。
夏休みも後半に入りましたので、「退行」という視点から子どもの姿、行動を見て見るのも必要であり、それに気がついたら思いっきりやり切らせてあげられる環境、退行できる機会を保障し作っていくのも大事なことだと思います。
それからですね、発達のヌケを育てたり、新しい学習、スキルを身につけるのは。






2022年8月10日水曜日

福岡&愛知出張のご案内(8月・9月)

例年、夏休み中に頂くメールは
「1学期にこんな変化が見られました!」
「実家に帰省し、こんな遊びをやっています!」
「キャンプに行って、こんなことができるようになったんだ、と新たな成長を感じられています!」
といったものが多いです。


しかし、今年はちょっと雰囲気が違って、一言でいえば「退行」の夏休みといった感じ。
コロナ騒動も3年目に入り、子ども達も無意識レベルでの疲労が相当溜まっているようです。
ですから、夏休みに入ると、急に我がままになったり、赤ちゃん返りする子ども達が多くいます。
7月の講座『夏休みを活用しよう!~発達援助とリハビリのための時間を大切に~』でリハビリについては過剰な対策に対する誤学習を解く方面での話がメインでお話ししましたが、こういった退行については抜けていたと思います。


「夏休みに入ったら、〇〇を育てよう」と考えられていた親御さんも多いと思いますが、本人の内側、優先順位として退行が先ということもありそうです。
その場合は、子どもの退行とその意味(時期を含む)に気がつき、退行する機会を保障する、見守ることが大事になります。
本能的な欲求としての退行です。
退行もやり切れると、ググッと発達が進むこともありますね!


=================================

夏休みが後半に入ったかと思えば、気がつけば2022年も残り5カ月を切りました。
年内の出張の予定もほぼ決まりつつあります。
そこで8月・9月の出張のご案内です。


【福岡出張の日程】*諸事情により10月以降に変更になりました
8月25日(木)移動日
8月26日(金)AM『  』 / PM『福岡』
8月27日(土)AM『  』  /  PM『福岡』
8月28日(日)移動日 


【愛知出張の日程】*すべての訪問予定が決まりました!
9月15日(木)移動日
9月16日(金)AM『愛知』 / PM『愛知』
9月17日(土)AM『神奈川』 / PM『埼玉』『埼玉』
9月18日(日)AM『東京』→函館へ


*ご希望が重なった場合は、先着順とさせていただきます。
*ひと家族でも多くの発達相談を行いたいので、移動時間が短いスケジュールを優先させていただくことがあります。


詳細を確認したい方は【出張相談問い合わせ】と件名に書き、お問い合わせいただければ、ご説明いたします。
我が子のどこに発達のヌケがあるのか?そのヌケの原因は?根っこは?今後家庭でどのような後押しができるか?についてお話しできればと思っております。


出張相談についての内容は、てらっこ塾ホームページをご覧ください。
ご依頼&お問い合わせ先:メールアドレス




2022年8月7日日曜日

【No.1296】怒りの正体

子育てをしていれば、落ち込むことがあるし、悲しいこともある。
だけれども、「怒り」という感情はなかなか出てこない。
テストの点数が悪ければ、その準備が足りなかったことに対して小言をいうことはあるかもしれないが、テストの点数が悪いといって怒りはしない、普通。
同じように、発達のヌケや遅れがなかなか埋まっていかないことに対して、焦りや不安の感情が出たとしても、「どうしてできないんだ」「育っていかないんだ」という怒りの感情は湧いてこない。
でも、そういったご家庭は少なくないのです。


怒りの感情というのは、自分自身が理不尽な扱いをされたとき、またはその場面に遭遇したとき、湧いてくるのだと思います。
親御さんだったら、大切な我が子に対して、そのようなことをされても、怒りの感情は湧くでしょう。
私達も動物ですので、主に子ども達という弱い存在を守るためにも、怒りという感情のスイッチが入ることもあります。
ではなぜ、我が子や家族、パートナーに怒りの感情が湧くのでしょうか。


相手からひどいことをされれば、怒るのは当然です。
しかし、そうではない場面で、さらに自分ではコントロールできないくらいに、反射的な怒りの感情が湧く。
それは、その子だったり、その人だったりに怒りが湧いているのではなく、本当の怒りの対象は他にいるということです。
私は家庭支援を行っていますので、親子の関係、パートナーとの関係に投影された怒りの対象の存在を感じます。


我が子の発達がうまく進んでいかないことに怒りの感情が湧く。
でも本当は、我が子に怒っているのではなく、自分の親に怒っている。
自分が子どもの頃、自分の親から親が思い通りに動くことを強要されてきた経験がある。
それが嫌で嫌で仕方がなかった、意識レベル、無意識レベルを問わず。
だから、発達のヌケが埋まっていかないことに怒っているのではなく、自分の親に怒っているのであり、自分は親の思い通りに生きてきたのに、我が子は"思い通りにいかない”で生活できていることに怒っているのです。
特に発達の「順序・順番」が発達援助の基本知識になっていますので、そこから外れることは、親の想いから"外れることができなかった自分"を連想させるため、反射的に怒りが湧いてしまう。


同じようにパートナーとの関係性を悩む親御さんも少なくありません。
それは子育ての方向性の違いに悩んでいるというよりも、パートナーを通して自分の親との関係性を見ている。
子育てに無関心な夫に、自分に無関心だった自分の親を重ね合わせ、「愛してほしかった」という想いを横にいる夫にぶつけている。
家事ができない夫に、いつも母親を困らせていた父親を重ね合わせ、そこまで言わなくていいんじゃないですか、というくらい怒りの言葉を言ってしまう。
中には、我が子を溺愛する夫に怒り狂うお母さんもいて、それは「なぜ、自分は愛されてこなかったのに、この子はこんなにも愛情を貰っているんだ」ということだったりします。
かなり深刻な状態になると、自分の家族、パートナーだけではなく、見ず知らずの他人に対して、自分の内側にある誰かを重ね合わせ、怒りをぶつけるような場合もあるのです。


発達援助の観点から言えば、また私に求められている役割としては、本人にどのような発達のヌケや遅れがあり、それはどうやって育てなおしていけばいいか、をお伝えすることです。
しかし、このような課題を残したままでは、親御さんが「なんで怒りの感情が湧くのだろうか」ということに気がつかなければ、本人は治っていけないのです。
これも一種の愛着障害になりますので、親御さんが根っこから治っていかなければ、それは次の世代、子どもの世代に引き継がれていきます。
それこそ、夫婦のいざこざ、家庭の雰囲気の悪さを感じて育った子ども達は、同じようなことを自分が築いていく関係性の中に投影しようとします。
しかも、ほとんどが無意識レベルで行いますので、なんだかわからないけれども、無性に我が子にいらつく、無性に旦那に怒りが湧く、ということが出てきます。
いま、我が子の発達障害をきっかけに、愛着障害の視点を知ったために、気がつくことができたという状態の親御さん達。
それが20年後、30年後の我が子も気がつき、それを自力で解決できるかどうか。


我が子との関係性の中に、パートナーとの関係性の中に、はたまた全然別の他人に対して、どうしようもない怒りを感じたとき、本当にその怒りはその相手にぶつけたものだろうか、を冷静になって考える必要があると思います。
そして真に怒っている相手に気づき、その相手に対しての何に怒っているのか、と向き合うことが必要です。
そうやって親御さんの課題を解決していくことが、子どもにとってより良い発達の環境づくりにつながりますし、子どもの世代に親の愛着障害を引き継がないための行動になります。
真に怒っている相手が分かり、自分の子育て、我が子との関係性と分けて捉えられるようになったあとから、子どもさんが「なんだか治り切らない」という状態から「治り切った!」と思える状態へと変わることができた、という報告をいただくことは少なくありません。


再三申し上げているように、発達援助とは身体アプローチをすることだけでも、栄養を整えることだけでもありませんね。
子どもが発達していけない状況、環境が問題なので、親御さんを含めた家庭をよりよく変えていくことも重要です。
親御さんの課題は、子どもさんの課題とも連動するものですから。
伸びやかに成長していくための環境としての家庭ですね。
子どもが変わってほしいのなら、まずは大人が変わる方が先です。





【福岡・九州出張のお知らせ】
8月25~28日の日程で福岡に行きます。
ただいま、ふた家族の訪問が決まりました。
もしこの機会に発達相談をご希望される方がいらっしゃいましたら、お問い合わせください。
内容はこちらのブログでご確認ください。


2022年8月1日月曜日

【No.1295】『発達障害、治った自慢大会!』を読んで

明日から出張なので、帰ってきてから読もうと思ったんですよ。
でも、ちょっとだけ、ちらっと、ぱらぱらっと見るだけと思ったのですが、夕食を挟んで一気に読んじゃいました。
それくらい面白い本で、魅力的な本でした。
やっぱり私は、人が好きなんだと思います。
それぞれの家庭の物語のお話を聞かせていただき、人が育つ素晴らしさと家族の大切さを改めて感じることができました。


今回の新刊に登場するご家族は、みなさん、年代が違います。
私は支援者としては、味噌ぴさん、いぬこさんが歩まれてきた時代が、そのままハッタツの世界との関わりと重なり、一人の親としては今まさに子育て中のたにしさん、智くんのおうちと重なり合います。
「そういえば、こんな雰囲気だったな、ハッタツの世界は」というような10年、20年前を思い出し、一方で今の時代によりよく子どもを育てていくには、親である自分自身も腹を据えて子育てしていかなければならないと、同じ子育て世代の親としての想いに共感します。


発達障害が治らないと言われていた時代の子育て。
発達障害が治ると言われるようになった時代の子育て。
今は猫も杓子も発達障害とされてしまう時代ですので、発達援助と子育ての境目が無くなった気がしています。
ましてや、コロナ騒動の過剰な対策によって、子ども達の自然な発達は抜けっぱなし。
どの子もみんな、発達のヌケの育て直しが必要で、どの子もみんな、もう一度、愛着形成のやり直しが必要。
だから、どの子も必要なのは、ヒトとしての自然な発達を辿り直す発達援助の視点なんだと思うのです。


4名の治っていった子ども達、若者たちの話を本にしようと考える出版社は、花風社さん以外いないし、そもそも思いつきもしないでしょう。
20年以上、ずっと本人たちの目線に立ち「ラクになってほしい」「治ってほしい」とまっすぐ突き進んできた集大成といえるような書籍だと感じました。
たぶん、花風社の浅見さんが願っていた未来が、4家族の「治った!」と喜ばれている姿に表れていたと思います。
そしてこの書籍を手にとり、読まれていくみなさんは4家族の物語から希望の種を受け取ることでしょう。


花風社さんが「治る」なんていう言葉も、考えもなかった時期から蒔いていった種が芽を出し、花を咲かせ、次世代へと繋がる新たな種をたくさん作ってくれました。
支援者として、親として、大人として、受け取った種が大きく育っていけるような環境づくりをしていくのが私達の責任です。
水をあげ過ぎても、陽に当てすぎても、肥料をあげ過ぎても、大きく育つことはできません。
同じように、ただ甘えさせるだけ、与えるだけの子育ても、芽を枯らしてしまうことになるでしょう。


子ども一人ひとりに合った子育て、発達援助。
そのためには、しっかり子どもから目を離さないことだといえます。
子どもの変化に気がつき、その変化に合わせて、育つ環境と後押しの仕方を変えているご家族。
そして何よりも我が子の発達する力を信じている姿に、私達は大いに学び、参考にできることがたくさんあると思います。
これまでもたくさんの「治った」に関わってこられた愛甲修子さんの解説、視点が、目の前にいる我が子の子育てとを結び付けてくれます。
花風社らしい書籍であり、花風社さんだからこそ生みだせる書籍であり、希望と読んで「楽しい!」と心から思える書籍だと思いました。


ご購入:花風社直販はこちら。Amazonはこちら



『発達障害、治った自慢大会!』
治そう!発達障害どっとこむ 著 愛甲修子監修 / 花風社