2021年11月30日火曜日

【No.1205】普通級に入ることは、治った"結果"

「気づかれないまま、大人になった発達障害の人達」と言われることがあって、だからこそ、「大人の発達障害を診れる専門医を増やそう」という結論で結ばれることがあります。
しかし、気づかれないまま大人になった人達を精神科医は救うことができるのでしょうか。
別に医師オンリーのディスりではなく、私だってそういった大人の人達に何ができるのか、できることは限られているな、もっといえば、ほとんど無力だなと思いながら仕事をしているわけです。


世の中にヘンな人はたくさんいて、だけれども、ほとんどの人がそれなりに生活し、自分の人生を歩んでいます。
こういった人が発達障害なのか、そうではないのかはどうでもいい話で、結局、発達障害があるかどうかではなく、自活できているかどうか、になります。
めちゃくちゃヘンな人で、持っているのがとても共感できるような趣味でなかったとしても、誰に迷惑かけることなく、社会の一員として生活できていれば、決められた時間に出勤し、求められる仕事を行い、給料を貰って、今日眠りにつくことができれば、何も言われないのが今のニッポン。


そう考えると、「治る」という意味を厳密に捉える必要はないのだと思います。
職場では上司と円滑なコミュニケーションがとれ、同僚とは協力しながら、一つのプロジェクトを完成させていく。
プライベートでは友人や恋人と一緒に楽しい時間を過ごす。
学歴で言えば、できれば大卒かな。
それが治った姿だと思うのなら、100%子育て、発達援助は間違った方向へ進むでしょう。
といいますか、こんな理想を掲げた子育てをしようもんなら、どんな子も潰れてしまいます。
親の理想はあくまで親が生きてきた人生の中で作られた価値観によるもの。
令和の子ども達が、昭和から平成を生きた私達と同じような価値観で歩むわけはないでしょ。


よく言う「快食快眠快便」は、発達がググッと進んでいく土台であり、条件の一つになりますが、大人になっても、ここができていない人は働けないし、自立した生活も難しくなります。
どんなに優れた医師や支援者がいたとしても、本人の代わりに良質な睡眠をとってあげることはできませんし、代わりによいウンチをしてあげることもできません。
つまり、本人という環境、身体を整えるということは、そのまま自立した人生へと繋がっていくのです。
どうも身体アプローチというと、神経発達の側面だけで捉えられがちです。
しかし、3歳の子だろうが、20歳の若者だろうが、30歳の大人だろうが、みんな、身体だけは代わりがいないし、代わってもらえないもの。
だから、その身体に生じた不便さ、発達のヌケ、未発達は育て直しておいた方が良いのです。


学校で求められている能力と、社会で求められている能力、自立した人生を送るための能力は違います。
「先生の指示に従う」
「級友と仲良くする(喧嘩しない)」
「望まれる答えを早く、適切に出す」
あとは小4レベルの学力が付けば、それ以降は趣味嗜好、本人の気持ち次第。
「良い高校、大学に行き、良い会社に就職する」なんていうのは、いつの時代の話でしょうか。
そんなくだらない価値観で生きてきたから、いい大人がマスク一つも自分の意思で外せないのです。


発達障害の専門医や支援者をいくら増やしても、発達障害の人達は自立しないし、今の困難から抜け出すことはできません。
生きづらさの根っこは、本人の内側にあるのですから。
そして、その本人の内側にある発達のヌケ、未発達から始まる不具合は、その身体が変わらない限り、続いていきます。
いくら「この人達、苦しいんです」と社会に対し訴えても、その人の持っている発達の凸凹は埋まっていかないのです。


だから、すでに不具合が生じ、心身に不調をきたしている発達障害の人に他人がやってあげられることはありません。
あるとすれば、本人が変わろうとする行動に対して、励ましたり、後押ししたりすることぐらい。
共に伴走できる人ならば、発達障害の知識があろうとなかろうとどうでもよいのです。
常時、何名か継続してやりとりをしている大人の発達障害の人達がいますが、私は支援者などという気持ちではなく、本人の変わろうとする力が継続できたらいいな、という想いで一人の社会人として、少しだけ彼らよりも長く生きている者として関わっています。


発達障害の専門医や支援者、心理士などを見ていると、よっぽどこの人たちのほうが社会性がないと思うことばかりです(笑)
たぶん、こういった肩書を抜かせば、一般の仕事は無理だろうな、いや、そもそも患者さんを診る前に、あなたの心身の健康を診てもらった方が良いのではと思うこともあります。
つまり、こういった人も、変人枠として専門家を名乗り、どうにか生活をしているわけです。
どうにか専門家、支援者をやっている人に、ひと様の自立支援は無理ではないでしょうか(笑)
経営者、起業家のところに行って勉強した方が、よっぽど自立できると思いますし、実際、そうやって福祉的な就労相談支援から抜け出し、職場に飛び込んでから自立していった若者もいます。
「福祉的な就労支援を通って一般就労」というのは、典型的な誤学習です。


小学校、普通級に行くことが目標なら、「治る」の意味するところは狭くなります。
言葉がしゃべれるようになる、友達と遊べるようになる、先生の話が聞けるようになる、漢字が書けるようになる、はどちらかといえば、治った結果です。
その子の内側にある不具合、その子が感じている不便さ、その子が人生を生きていく上で支障となる生きづらさを解消していくことが、解消することが「治る」であり「治った」だと思います。
どうも、普通の子になることが治っただと勘違いしている人、また普通級に行くことが治っただと捉えている人が多いような気がします。


ある女の子は、身体のヌケを抱えたまま、それこそ勉強ができるだけの準備が整っていない身体で、必死に塾や家庭教師をつけて中学校の勉強をしていました。
さすがに私は、親御さんに本人の内側にある苦しさを伝え、真っ正面から注意しました。
彼女は椅子に座り続けることがしんどい。
先生の話を聴くだけで必死。
ノートに板書するのは、とても授業中にはできない。
そんな状態で学校から帰ってきたあと、勉強についていけていないから、と毎日勉強をさせられる。
授業が分かること、ついていけることは大事だけれども、その子の不便さに気づき、そこを解消することがもっとも重要だと思います。
その子がラクに座れて、授業が受けられるようになったら、それこそ治った状態です。
子どもの内なる声、何に生きづらさや不便さを感じているか、それに気づけることが発達援助の始まりであり、「治る」道だと思いますね。




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2021年11月26日金曜日

【No.1204】治ったら終わりではなく、治ってから始まる次の発達援助

アメリカに移住した小室夫妻の動向をいまだに追いかけているメディアがいるみたいで、ビックリしました。
皇室を離れ、一般人として歩んでいく選択をしたのですから、もういいでしょう。
それを楽しんでみている読者、国民がいることも、私には理解できませんね。
みんな暇なのか、それだけ自分の生活が満たされていないのか。
男系男子のままで行くのか、それとも女系天皇の道を探っていくのか、その辺りに関心があるならまだしも。


日本の優れているところの一つに権威と権力の分離が挙げられると思います。
天皇は権威を持つけれども、権力は持っていない。
戦国時代の信長も、武力を持たない天皇の元に行き、頭を下げていた。
ほとんどの世界の国が権威と権力を同一にしているため、トップが倒されるとすべてがひっくり返ってしまうことが生じ、その都度、滅び、滅ぼされの道を歩んできましたが、日本は2000年以上続き、そのほとんどを平和に過ごしてきました。
ですから将来、愛子内親王が天皇として歩まれていく道を目指していくのは良いと思いますが、権威のもとになっている天照大神の子、つまり、男系男子が繋いできたY染色体の部分はどうするのかといった課題があるといえます。
ちなみにミトコンドリアDNAは母から子へ継承されますね。


昨年は通院や検査を控える人が多かったため、一時的に減りましたが、それでも戦後ずっと医療費は上がり続け、40兆円を超えています。
また「医師不足」と言われているものの、医師の人数もずっと右肩上がりで増え続けています。
医療費と医師の数は増えているけれども、患者さんは減る気配がありませんし、むしろ同じように増え続けている。
一般的にお医者さんの数が増えれば、健康な人が増え、患者さんは減るはずなのに、40代から80代の死因のトップは悪性新生物(ガン)のままです。
ここから考えられるのは、日本の医療は病気への対処が中心ということです。
病気にならないように、また再発などが生じないように、根本から治すということはメインではないのだと思います。


ですから、いろんなところで聞かれる「医師を増やせば、病気がなくなる」というのは成り立たないはずです。
むしろ治せる医師がいるのなら患者さんは減っていくはずで、医師が増えるというのは治せる医師よりも治せない医師が増えているということにもなります。
それはハッタツの世界だって一緒で、長年、「支援があれば」「支援者がいれば」「支援機関があれば」と親御さん達は言っていましたが、当時よりも増えたのは支援という名の介護と、教わった型にこだわる支援者たちです。
みなさんが求めていたのは、ただ御守りをしてくれる人たちだったのでしょうか。


そうはいっても、医師が、専門家が「どうにかしてくれる」と思っている人が多数なのが現実です。
なので、近頃、発達障害にならないためのほうに私の意識があります。
胎児期の愛着障害や鉄、栄養不足という指摘から、女性に対する指摘が多いように見えますが、男性のほうが気を付けなければならないと思います。
卵母細胞は三代(祖母→母→子)が影響し合いますが、精子はもろそのときの男性の生活、健康状態そのものが出ます。
女性だけが食事に気を付けていても、男性が添加物まみれの食事や睡眠不足、運動不足といった不健康では問題になります。
精子は男性の体内で作られるものですので、女性以上にその人の状態がそのまま表れるのだと思います。


海外では、男性が精子の状態をよくするためのエクササイズや食事指導という取り組みが行われています。
発達障害の予防という観点からも、近い将来、日本でもそういった取り組みが行われるはずです。
特にこれから元発達障害の子ども達が成長し、社会の中で自立して生きていく時代になっていきますので、そういった子ども達、若者たちに対する食事、睡眠、運動、健康などの教えが大事になっていくと思います。
発達障害が治ったあとの生活を整えること、健康を維持する習慣、力を身につけていくことも重要だと私は考えているのです。


発達のヌケや遅れを育て直す上でも、日々の生活を整えていくことは重要です。
しかし本来は、発達援助のみではなく、未病という観点から、成人後、次の世代を産み育てるという観点からも、発達に良い環境づくりは大切だと思います。
ヒトの発達とは、受精した瞬間に始まり、発達のヌケが育ちきったあと終わるのではなく、父母の代、祖父母の代、そして孫の代、ひ孫の代までの流れで見ていく必要があります。
近頃、治った子ども達、若者たち、そのご家族と関わる機会が増えましたので、そういった方たちへの次の発達援助として、こういった話をさせていただいております。




2021年11月25日木曜日

【No.1203】エクササイズをマジメに行えば治っていくと思う段階からもう一つ先へ

今年の函館の初雪は遅く、もう11月も終わろうかというのに、さらっと降った雪がすぐに溶けてしまいました。
最高気温が1ケタ台になりましたので、寒いのは寒いのですが、着替える時間がもったいないので、半袖&半ズボンのトレーニングウエアのまま、車に乗り込み、ジムへ直行。
マイルールは「積雪したら上着を着ていく」(笑)


どう考えても乾燥していてウィルスさん達が活発な時期、ヒトの免疫が下がる時期に入ったのに、北海道、もちろん、東北も一向に陽性者が増えていきません。
あれだけ「寒くなったら第6波」と言っていたのに、どうしたことでしょう。
考えられることとしては、デルタ株のような大きな変異が起きていないことと、ある程度、みんながデルタ株に暴露して集団免疫が成立したことが挙げられます。
ワクチン頼みの欧米は相変わらず収まる気配はなく、接種が進んだ韓国でも爆上がり状態。
「それは感染対策が素晴らしい日本だから」という声も聞こえてきますが、RSウィルスや手足口病は例年以上に増えているわけで、「コロナウィルスに対する感染症対策だけがバッチリ」とは言えないでしょう。
結局、第一波前にすでにある程度の日本人はコロナに感染していて、変異が起きるたびに自然免疫+獲得免疫で対処、集団免疫の成立となっていたのだと思います。
そう考えると、コロナ禍でもまったく関係なく、全国を移動し暴露し続けた私が風邪の症状一つ出なかったのも納得できます。


1400万人都市の東京で昨日の陽性者が5人。
神奈川、埼玉、千葉などから毎日300万人くらいが往来する東京。
どうして陽性者が減ったままなのか、それを分析するのが専門家のはずですがどうしたことなのでしょう。
増えることや苦しむことには興味があるけれども、減ること、みんながよくなることには興味がない。
または陽性者の増減はウィルス次第の自然現象のため、人為的にできることはないことがバレないようにダンマリなのでしょうか。


日本人の2人に1人はガンになると言われています。
しかしなぜ、人間はガンになるのでしょうか。
どうして日本人だけガンの患者さんが減っていかないのでしょうか。
既にアメリカではガンになる人、ガンで亡くなる人が減少傾向になっています。
日本人は長生きだから、ガンは遺伝だから、と言われますが、本当にそうなのか疑問です。
小児ガンの子どもは?
遺伝なら、どうしてガン患者が減っている国がある?
ガン細胞は日々体内でできているもので、それを免疫細胞が退治している。
つまり、その人の生活習慣によっても左右されるということだと思います。
だったら、どういった生活習慣がリスク要因になるのか、研究ができると思いますし、明らかになった要因は、専門家の人達によって積極的に発表してもらいたいものです。


ハッタツの世界が長くなりますと、どうして発達障害の予防、未病について意識が向かわないのか、そういった研究結果がなかなか公にならないのか、疑問に思います。
発達障害に関するリスク因子については、多数明らかになっているのに、そういったことを発言すると、トンデモ扱いになってしまいます。
ギョーカイの専門家だって、自分たちでリスク因子を研究している一方で、親御さん達にはいまだに「生まれつきの障害」と言っている。
本気で生まれつきの障害と信じているのは、専門家の話を盲目的に信じてしまっている親御さん達だけだと思います。
「生まれつき」だったら、妊娠期や出生の様子、成育歴など、根掘り葉掘り聞く必要はないのですから。


どんなときも被害をこうむるのは、真実を知らない当事者です。
物事には必ず二面性があり、また良い悪いというようにスパッと答えが出るようなものはほとんどありません。
世の中すべてが複雑系で、常に揺らぎが生じています。
コロナワクチンだって、まだ明らかになっている部分が少ないから今、走りながら治験を進めているのだといえます。
しかし、ハッタツの世界は「生まれつき」が強く、固定化されたものになってしまっています。
ですから、改善や治す、予防や未病の方向へと進んでいけないのです。
「生まれつき」というのは、親御さんを傷つけないための忖度であり、その忖度にかこつけて現状維持と支援という名の介護で手抜きをしている人達に気がついた方が良いと思います。


どうも日本人は、弱い方に意識が向きやすいようです。
ガン患者に、「そんな添加物まみれ、砂糖まみれの食事をしていたらガンになるのは当たりまえ」とは言わないで、さっさと抗がん剤治療と部位の切除が行われる。
そして生活習慣が変わらないもんだから再発し、また同じ治療が行われる。
同じように、環境要因から神経発達に影響が出たんだとはいえず、「はい、診断」「はい、療育」「はい、支援」となる。
それは親御さんの中で傷つく人がいるからだと思います。
ハナから傷つく人前提で、どんどんソフトな方向へ、どんどん軟弱な方向へと行ってしまう。
で、結局、最後には本人が良くない方向に行き、日本全体としても不幸になる人が多いから没落していく。


徒競走で「一番遅い子と一緒に手をつないで、みんなでゴール」みたいなことが氾濫し、どんどん取り返しのつかないところへ向かっている日本。
発達障害だって、このままのペースで増え続けたら、福祉も、医療も、教育も、立ち行かなくなり、障害の程度で言えば軽い発達障害の人達が一番に切り捨てられていくのは目に見えています。
どう考えても、医療ケア児や身体障害を持つ子ども達への支援のほうが必要なのですから。
小学生くらいから健康教育を行い、高校生ぐらいではきちんと神経発達症の予防やリスク要因について学んでいく必要があると思います。


「我が子の発達障害は生まれつきだけれども、改善したい、治したい」というのは、正直、どうなのかなと思います。
といいますか、そこの段階から抜け出せないと、真っ正面からリスク要因と向き合えないと、発達障害は改善しないし、治っていかないと思います。
なにかトレーニングや訓練、特定の動きや遊びをすれば良いと捉えているご家庭は、なかなか治っていかないものです。
何故なら、子どもが育っていく環境、神経発達が進んでいく環境づくりという視点が抜けているから。
いくらその子に必要なエクササイズをしても、2時間も3時間もメディア視聴やゲームを続けていたら、菓子パンやコンビニ飯を食べていたら、夜遅くまで起きていて睡眠のリズムが整っていなければ、神経発達にもっとも重要な酸素が十分に体内に取り入れられていなかったら…。
子どもが育つ環境づくり(内側と外側)がベースにあって、そこが整って初めて発達援助が始まるのです。


専門家が親を下に見ているのも、家庭での子育て力を信じていないのも問題ですし、専門家から言われたことをそのまま聞いてしまっている親御さんも問題です。
大事な我が子の一生がかかるものを、専門家という肩書だけの他人の意見で決めてしまうなんて、どんだけお花畑なのでしょう。
医師は医師免許を持った人であり、その人の技量とは別の話です。
運転免許を持っている人、すべてが運転がうまいわけでも、事故を起こさないわけでもないのと一緒です。
教員免許だって、持っていても教え方がまずい人はたくさんいます。
これだけ情報に溢れている時代なのですから、情報を取捨選択できる力が必要です。
「専門家が、テレビが言っていたから」という人から羊へと変わっていくのだと思っています。




2021年11月22日月曜日

【No.1202】発達援助の前に、悪影響を及ぼしている要因を減らしていく

このウィルスは年代によるリスクが大きく異なっています。
別の言い方をすれば、どの人にとっても等しく脅威になるウィルスではないということ。
世界的に見ても、どの国の子ども達も重症化する人数は少なく、日本に至っては重症化もしなければ、死亡もしない。
ですから、高齢者や基礎疾患のある人、健康上不安のある人のリスクを下げられるような体制づくりができていれば良いわけで、しかもその人達のワクチン接種がほぼ完了している日本ですので、いつまで子ども達を苦しめれば気が済むのだろうと思います。
結局、目に見えない子どもの「発達」を、そしてその子達の未来に与えるネガティブな影響を、想像して行動できる大人がいなくなったのでしょう。
そんな社会に新しい命が生まれてこようとしないのは、当然だと思います。


未だに児童デイや発達相談、療育を行っている施設で、子ども達にマスクをつけさせているところがあるそうですね。
「子ども達の発達を」と謳っているところが、マスクの弊害に気がついていないのか、気がついていても自分たちの保身のために発達を犠牲にしているのかわかりませんが、とにかくそういったところはしっかり覚えておいた方が良いですよ、みなさん。
この二年間で、公教育のひどさはよくわかったと思いますが、こういった日頃、専門性を謳っているところが、マスクや過剰な感染対策によって、子ども達の心身の発達にどういった悪影響を及ぼしているかがわかっていないのです。


マスクをした状態でサーキット運動。
マスク越しの言語指導。
子ども同士、大人と子どもの触れ合いがない環境での社会性の指導。
すべて「型」をこなしているのでしょう。
結局、彼らの言っていた発達とは、型を覚えることであり、パターン学習であり、大脳皮質に向けたアプローチなのです。
発達って大脳皮質だけのことを言うのではありません。
むしろ、発達障害と言われる子ども達は、胎児期から言語を獲得する2歳前後に生じた発達のヌケによって、それ以降の発達がうまく進まない、凸凹してしまうというのが課題の本質だといえます。
ですから、アプローチするにしても、大脳皮質以下の部分であり、それだったら彼らはそもそもが発達を表面的にしか捉えていなかったと見えるのです。
そう考えると、マスクの弊害とか、酸素と神経発達の関係とか、完全に無視というのがよくわかります。


最近、「三つ子の魂百まで」の"三つ”は、生まれてからの3年間ではなく、胎児期を含めて生後2歳まで、という話を聞きました。
確かに胎児期も生きていますし、発達していますので、さらにそこの影響が誕生後の発達に大きな影響を及ぼしているという実態があるので、私も胎児期の1年+生後2年だと思いました。
実際、科学技術の進歩により、胎児の様子、神経発達の様子を確認することができるようになっていますので、今後胎児としての環境と発達にもさらに注目が集まっていくと思います。


目に見えるもの、数値化されたものしか、認識できないというのは、現代人の劣化を表しているといえるでしょう。
子どもの発達とは、ヒトの発達とは、数値化できるものでも、決まった型があるわけでもありません。
ですから、感じることでしか捉えることができません。
ハイハイを数値化して、「腕の角度が90度で、手の開きは…、一回の移動距離は、継続時間は」という具合に発達はならないのです。
つまり、発達援助、子育てに必要なのは、捉える側の感覚であり、想像する力、行動力。
それを発揮するための心身を整える方法なのだと思います。


医師も、専門家も、支援者も、自分自身が不健康な人は、発達を捉えることができない人です。
ですから、大脳皮質で捉えたアプローチ、方法を相手の発達を見ることなく、相手の状態と共感、共鳴することなく、提供するのです。
そういった人達にとって、マスクの弊害、過剰対策の弊害、酸素不足の弊害、発達の機会が奪われた二年間の弊害は、感覚的に掴めないのだと思います。
彼らが掴めるようになるときは、誰かが研究し、データとして示してくれるとき。
数値しか捉えられない人に、発達援助は無理なのです。


コロナ騒動の二年間で、多くのことに気がつくことができました。
それまで見えなかった部分が表に出た二年間だったと思います。
学校教育がどれほど、子どものことを考えていないのか、保身のためなら子どもの学びの機会を奪うのか。
コロナ前まであれほど偉そうに言っていた発達障害の専門家たち、行くのが当たり前かのごとく言っていた療育機関が、子ども達の発達を多面的に捉えることができていなかった。
今まで良い専門家、支援機関、療育機関の見分けるコツを訊かれることが多かったのですが、コロナ騒動のおかげで、シンプルな答えが決まりました。
「子ども達にマスクをつけさせていたか、どうか」です。
せめて発達の後押しができなかったとしても、発達に悪影響を及ぼす人、ところは選んではいけませんね。
そんな行ってはいけないところ、信じていはいけない人が明確になった二年間だったと思います。
発達を後押しする前に、発達の足を引っ張る要因を減らしていく方をまずやらなくてはならないことです。




2021年11月18日木曜日

【No.1201】専門家が専門化して視野狭窄

遺伝子解析を行った結果、2019年の夏頃には中国の国内で新コロが存在していたそうですね。
2020年の3月までは中国人が日本の全国各地を移動し、食べ、遊び、買い物し、どんちゃん騒ぎしていたわけですから、日本国内でも新コロが現れてもう丸二年になります。
2年が経ちましたが、いまだに日本国内で流行する気配はなく、累計で人口の1%しか陽性にならない。
毎年のインフルエンザは、人口の10~20%くらいが"発症"しますので、あと20年くらいですかね、インフルエンザ様と肩を並べるまでは(笑)
しかも無症状と軽症者が中心ですので、日本人にとっては弱毒のウィルスだったわけです。
毎年130万人が亡くなる日本なので、基礎疾患のある人、高齢者の人にとっては、リスク要因が一つ増えたに違いないと思います。


インフルエンザは毎年、子ども達の命を奪いますが、新コロはそんなことをしませんでした。
子どもに優しいウィルス、新コロ。
子どもにとっては単なる風邪の一種にすぎません。
ですから、接種しても感染し、排出するウィルス量は変わらなくて他人にうつす、強いていえば、回復までの日数が若干早まるくらいのワクチンなど打つ必要がありませんね。
もちろん、基礎疾患やその他の病気で自然感染もまずいというお子さんは打つ理由があるかもしれませんが、健康な子どもには必要が無いのです。


命の問題を言うのならリスクがある人だけ接種すればいい。
病床数がというのなら、それは政府と厚労省と医療側の話であって、子ども達の話ではありません。
そもそも大人の病床と子どもの病床って違うでしょ。
重症になったのが19歳以下で1人ですから、小児病棟が足りなくなるわけでも、もっといえばコロナ専門病棟に子どもさんが入院することになったとしても、重症症のベッドに影響は及ぼさないはずです。
こんなことは、誰にでもわかることです。


でも、子どもの接種を勧める医師や専門家がいます。
そういった医師などに対して、「F社から多額のお金を貰っているからだ」などという人達もいますし、陰謀論のようなことを言う人もいます。
そうでもいわなければ、辻褄が合わないからでしょう、子どもに接種させる意味が。
しかし私は、このハッタツの世界に身を置き、20年ほど経ってわかることが、ワクチン接種を勧める医師や専門家たちは、統計が分からないわけでも、副反応のリスクがわからないわけでもないとの認識がある、ということです。
むしろ、分かったうえで、推奨しているのだと私は捉えています。


専門家の中には「科学の進歩には多少の犠牲は仕方がない」「犠牲の上に科学の進歩がある」と考えている人が少なからずいるように感じます。
ですから、先日、厚労省に5~11歳の摂取の申請がされましたが、それは子ども達その子自身のためというよりも、データ収集が中心だと考えられます。
アジア人の子どものデータをとることで、今後、中心になっていくだろう遺伝子治療の実用化、多様化に繋げていくのでしょう。
接種後、子ども達の身に何かが生じれば、それは事例報告、データとして蓄積され、改良するために用いられるはずです。
彼らからすれば、「そうやって失敗を繰り返しながら、人類、科学は進歩してきただろう」と言うでしょう。
その犠牲の上に、「救える命が未来にある」という具合に。


私はこういった考え、思考を持った人を否定しませんし、彼らの言う科学技術の進歩には犠牲がつきものだと思います。
私たち自身も、そういった犠牲のもとに発展してきた医療技術の恩恵を受けているでしょう。
しかし、私には共感する力がありますので、今回のワクチンの子ども達の接種は決して同意できません。
ワクチンは健康な人に打つものです。
子ども達の尊い命をたくさん奪うようなウィルスに対してなら違いますが、いまだに子どもは新コロで亡くなっていません。
もし接種によって、重大な障害が起きてしまったら、万が一、一人でも亡くなる子がいたら、どうするのです。
一人の子の命は、死亡者数「1」という数字、データではないのです。
その子の人生があり、悲しむ家族がいる。
接種会場に連れていった家族は、生涯苦しみ、後悔し続けるでしょう。
そういったことを想像できない人の中に、それかそういった共感に心や考えが引っ張られない脳を持つ人が、研究者、専門家、医師を志す人がいるのかもしれません。
無責任に子ども達のワクチン接種を勧めている人達を見ると、そのまま私には「人でなし」に見えるのです。


同じような感覚は、ハッタツの世界で嫌というほど味わってきました。
夏休みに研修で習ったばっかりの療育法を、二学期から取り入れ、ガラッと指導法を変えてしまう教員(子どもは研修結果を確かめるモルモットではない)。
子どもの顔や様子を数分診ただけで、「この子は、自閉症」「生涯、支援だね」「普通級?ムリムリ」という医師。
症状を聞いただけで、どんどん服薬量を増やしていく医師。
目の前にいる子の内側にある感情やその子の未来に想像ができない人達は少なくなく、そういった人に限って患者をデータにし、論文発表などを行っています。
「薬が効いた、効かない」「療育法に効果があった、ない」
そこにその子の幸せ、より良い成長、自立した人生といった尺度はありません。
何故なら、「そんなもん、数値化できないから」


コロナに関して発表されるデータを見ても、その薄っぺらさが目立ちます。
全国で陽性者〇名。
その陽性者は、何歳で、どんな健康状態で、性別は、基礎疾患は、既往症は、国籍は、身長、体重は、BMI、生活習慣は、喫煙は。
これだけ国による陽性者数の違いがあるのに、そもそもデルタ株の発症のインドではすぐに陽性者数が減ったのに、そんな大事な情報には目もくれず、ただ数字を羅列しているだけ。
本来、ヒトという個体差のあるものとウィルス、病気との関係性ですので、一つ一つ見ていく必要があるはずです。
でも、無限にあるその人の特徴や状態をすべて確認できないから、「年齢」「性別」くらいでデータ化してしまっている。
「年齢」と「性別」だけでは、なにも分析できないでしょう。
いつになったら「ファクターX」の分析、研究が始まるのでしょうか。
「マスク」と「人流」という要因は、否定されたので、次の要因を早う。


その人の複雑性を見抜けないから、見ようとしないから、「自閉症だから構造化」「知的障害だから福祉的就労」「ADHDは、はい、お薬」となるのだと思います。
いつまでそんな自動販売機みたいな支援?療育?を続けるのでしょうか。
1970年代ならわかりますが、それから50年も経っているのです。
50年前の支援のままで良いのでしょうか。
なぜ、衝動性の特徴が出ているのか、なぜ、字を書くことが難しいのか、集団指示が通らないのか。
行動の背景には必ず理由があり、それを見ていくにはその子の発達で通ってきた道、育ってきた環境、遺伝として受け継いだものなどを確認していく必要があります。


感染症の専門家たちは、コロナさえ罹らなければいい、他の病気で死ぬのはどうでもよい、といった感じで、視野狭窄に陥っている人が多かった気がします。
視野狭窄は、医療の過度な専門化の弊害だといえるでしょう。
人の健康は、総合的に診る必要があるので、専門家の医師から健康の話と、発症に至らないためのアイディア、その人らしい生活、人生が送られるためには、というものが出てこないのも当然です。
100年前よりも医療が発展し、受診できる病院、医師の数も増えたのに、どうして不健康な人が増え続けるのでしょうか。
国民皆保険の日本で、どうして病気が治り、健康な人が増えていかないのでしょうか。


ですから、こういった視野狭窄という名の専門家に頼っても、期待しても無駄です。
出てくるのは、この人達が専門にしているとってもニッチな話題だけ。
総合知からの見解は聞けません。
「ワクチン接種後に子どもに副反応が見られた、死亡した」と聞いて、その子と家族の無念さと苦しみに気持ちがいく人と、「この事例は、外れ値かな」「統計的に意味があるかな」と考えがいく人の違い。
良い悪いではなく、そういう人がいる、という認識を持つことが大事だと思います。
ハタッツの世界にも、目の前にいる人を数値で見る人、個人の幸せよりも介入方法とお薬に興味がある人がいますので、お気を付けくださいませ。
ハナから治す気のない人のところに行って「治さない人だ!」というのは、行く方が悪いのです(笑)
マスク着用と一緒で付けるから終わらない、行くから治せない専門家がはびこり続けるのです。