2022年11月30日水曜日

【No.1331】過剰な感染対策が子ども達の発達を阻害した

世の中は「"黙食"の記述が消えた!」と喜んでいますが、昨日の文科省の通知【「新型コロナウィルス感染症対策の基本的対処方針」の変更等について】の一番目は「オミクロン対応ワクチンを打ちましょう!」です。
児童生徒、保護者への周知・広報を実施するようですよ、奥様。
「黙食を解いてやるかわりに接種しろよ」かな。
どうしても打たせたい、何かがあるのでしょう。


私はキャラ的に闘う系の人間ですが、そうじゃなくても子ども達を守るには大人が学び、情報を更新していく力が必要だろうな、と思いますね。
私達の子ども時代のように、ただ学校に行き、習い事に行き、塾に行き、では子どもは育っていけない。
「普通に育つ」がとても難しい時代になったんだと感じています。


この春、就学した子ども達で半年が経った今、「学校から発達障害を指摘された」という相談が続いています。
椅子に座れなかったり、先生からの指摘で感情を爆発させたり、友だちと一緒に活動できなかったり、けんかや争いが絶えなかったり。
学校の先生からお話を伺えば、「クラスの中で気になる子が一人、二人じゃない」「授業以前の問題で、幼児さんのような言動の子が多い」とのことでした。
小学校高学年から中高生の相談では無気力、感情の起伏の大きさ、衝動的な言動の話が多く、就学前の子ども達の相談では落ち着きのなさ、給食を立ち歩きながら食べる、手足の不器用さ、身体の動きのぎこちなさ、友達と遊べない、人の絵が描けない、ぽかん口、よだれなどが目立っています。
相変わらず、「おっぱいを飲みたがらない赤ちゃん」の話を聞く。
ある小児科の先生の話では、「こんなにも、健診がまともにできない状態の子が多いのは初めてだ」とおっしゃっていましたね。


この3年間、子ども達がおかれていた状況は、発達・成長にデメリットのほうが大きかったわけで、つまり、そのまま状況に流されていたのでは3年分のダメージが生じているといえます。
酸素の低下はIQの低下を招きますので、マスクをつけなかった子とつけ続けていた子では、認知的な発達に差ができて当然ですね。
去年ですが、「幼稚園でマスク着用が義務なんですが、これって発達に影響が出ますか?」と相談がありました。
そこで私はリスクをお話しし、発達に遅れがある子はより問題が起きやすいとお伝えしたところ、マスクフリーの幼稚園に転園され、その後、家庭で行った発達援助と合わせて大きな成長が見られ、同級生と変わらないくらいまでになったということもありました。
親御さんが動いたからこそ、子どもの発達を守れたともいえますね。


コロナ騒動でわかったのは、国も、学校も、子どもに関わる専門家も、みんな、子どもの発達を守ろうとしなかったということです。
マスクをはじめとする過剰な対策が子ども達の心身の発達に悪影響を及ぼすことなんて、専門家というのならすぐにわかるはずです。
その危険性に警鐘を鳴らせなかったとしたら、まず発達障害など治すことはできないでしょう。
だからこそ、親御さんが学ばなければなりません。
しっかり学び、子ども達がよりよく育っていけるような環境を整えていくことが親の務めです。
今はどの子も発達障害になる可能性がある世の中ですので、積極的に情報を取りに行き、親御さん自身が「ヒトの発達」について学ぶ必要がありますね。


「知っている親と知らない親の差は、子どもの人生の差となって現れる」
以前から後天的な発達障害の子の多さに気がついていましたが、2020年、21年、22年と発達相談でも、他の現場の人からの話でも、どんどん多くなってきましたので、こう思わずにはいられないのです。
子どもの発達を守れるのは親御さんしかいないので、どうか知ってください、学んでください。
明日とは言わず、さあ、今日から、今から。
私は「発達の遅れがあったけれども、親御さんが学んだうちの子」と「発達の遅れはなかったけれども、親御さんが学ばなかったうちの子」では、前者のケースのほうが結果的によりよく発達、成長して大人になるのでは、と思っているくらいなので。




☆『ポストコロナの発達援助論』のご紹介☆

巻頭漫画
まえがき
第1章 コロナ禍は子ども達の発達に、どういうヌケをもたらしたか?
〇五感を活用しなくなった日本人
〇専門家への丸投げの危険性
〇コロナ禍による子ども達の身体の変化
〇子どもの時間、大人の時間
〇マスク生活の影響
〇手の発達の重要性と感覚刺激とのソーシャルディスタンス
〇戸外での遊びの大切さ
〇手の発達と学ぶ力の発達
〇自粛生活と目・脳の疲労
〇表情が作れないから読みとれない
〇嗅覚の制限 危険が察知できない
〇口の課題
〇やっぱり愛着の問題
〇子ども達が大人になった世界を想像する
〇子どもが生まれてこられない時代
〇子育てという伝統

第二章 コロナ禍後の育て直し
〇発達刺激が奪われたコロナ禍
〇胎児への影響
〇食べ物に注意し内臓を整えていく
〇内臓を育てることもできる
〇三・一一の子どもたちから見る胎児期の愛着障害
〇胎児期の愛着障害を治す

第三章 ヒトとしての育て直し
〇噛む力はうつ伏せで育てよう
〇感覚系は目を閉じて育てよう
〇身体が遊び道具という時期を
〇もう一度、食事について考えてみませんか?
〇食べると食事の違い
〇自己の確立には
〇右脳と左脳の繋がりが自己を統合していく
〇動物としての学習方法
〇神経ネットワーク
〇発達刺激という視点

第四章 マスクを自ら外せる主体性を持とう
〇なぜマスクを自ら外せることが大事なのか
〇快を知る
〇恐怖を、快という感情で小さくしていく

第五章 子どもの「快」を育てる
〇「快」がわかりにくいと、生きづらい
〇快と不快の関係性
〇子どもの快を見抜くポイント
〇自然な表情

第六章 子ども達の「首」に注目しよう
〇自分という軸、つまり背骨(中枢神経)を育てる
〇首が育っていない子に共通する課題
〇なぜ、首が育たない?
〇首が育たない環境要因
〇首が育つとは
〇背骨の過敏さを緩めていく
〇首を育てるには

第七章 親御さんは腹を決め、五感を大切にしましょう
〇子育て中の親御さん達へのメッセージ
〇部屋を片付ける
〇子どもと遊ぶのが苦手だと思う親御さんへ
〇ネットを見ても発達は起きません
〇発達刺激という考え方
〇五感で子どもを見る
〇特に幼児期は一つに絞って後押ししていく

第八章 自由に生きるための発達
〇発達の主体を妨げない存在でありたい
〇大人が育てたいところと子どもが育てたいところは、ほとんど一致しない

あとがき
こういう本を読んできました
巻末漫画

出版元である花風社さんからのご購入はこちら→https://kafusha.com/products/detail/56
Amazonでも購入できます。


2022年11月26日土曜日

【No.1330】他人は自分ではない

昨日に限って下校時刻が早かったというのも、意味があるんだなぁと思いますね。
私が『「新型コロナワクチン接種と死亡事例の因果関係を考える」勉強会』を観ていたら、そこに小学生の息子が帰ってきて一緒にリアルタイムで視聴しました。
日本史上、最悪の薬害であり、人類の汚点の一つを。
まさにその歴史の真っ只中にいる人間であり、将来的に事実を知る世代の子ども達ですから、しっかりそのとき、何が起っていたか、少しでも見ておくことが必要だと思うんです。


あと、表には出てこないけれども、保身だらけの大人達だけれども、そんな中で真剣に怒り、闘っている大人もいるんだというのも見せたかった。
だって、悲しいじゃないですか。
大人になって、子ども時代にやらされていたことの意味を知ったとき、思い出すのが子どもを守ってくれなかった大人たちの姿しか思い出せなかったら。


「真実」というのは、ある意味、バイアスがかかっている言葉だから、「事実」といったほうがいいと思いますが、いろんな事実は見聞きしておいた方が良いと思います。
特に自閉っ子達は。
コロナ騒動でわかったのは、高機能やアスペルガーと言われるような知的障害のない自閉症の人でも、わかっているようで、わかっていない、ということ。
結構、過去の経験や自分の思考パターンに引きづられていて、難しいことを言っているようだけれども、そこに複雑さがない感じ。
もっといっちゃえば、薄いんです、言っていることが。
そんなに白黒つかないよな、見えてくるのは氷山の一角で、海面の下のほうがずっと大きいはず、というのが苦手だと感じることが多々ありました。
たとえば、論文という見える形のデータがあったとしても、現実社会はもっと複雑ですし、何よりもその論文だって、誰がどんな目的で書いたのか、という人間臭さも入ってくるものです。
論文審査している人だって、お金や名誉で釣られて、みんなグルってこともあるでしょう。


たぶん、定型と言われる人達は、こういった数値や文字から漂っている"人間臭さ"みたいなものを嗅ぎ分ける感覚があると思うんです。
でも、自閉症の人達は幼少期から感覚面での違いがあるから、こういった感覚を持っていないか、ズレているのかもしれません。
ある若者は、「文章にその人の"匂い"なんてするんですか!?」と驚いていました。
文字は文字でしかない、とのこと。
だから、文字中毒みたいな感じで情報を集めまくっている自閉症の人というは、感覚から得られる情報の足りない部分を大いに情報で補おうとしているんですね。
それが「見えないものは、ない」という思考を作り、見える範囲の情報で判断しようとするので、現実離れや本音と建前の誤解、何よりも自分の範囲にこだわり、それ以外の情報を遮断するんだと思います。


自分なりの解釈、世界で自爆するのなら、別に構いません。
でも、こういった自閉症の人達の中には、周囲の人間や環境のほうをコントロールすることで、自分の思考、頭の中の世界を守ろうとする傾向があります。
それが他人とのトラブル、迷惑行為、犯罪行為へと繋がっていく。
だから、まずは何よりも、子ども時代に感覚系の未発達は育てておく必要があると思います。
結局、感覚というのは、単に味が狭い、聴こえない、肌感覚が乏しい、というだけではなく、こういった思考パターンのズレを育んでしまう始まりになるんです。
乏しい感覚が、乏しい解釈を生み、それが一辺倒な思考パターンを作っていく。


自閉っ子、発達障害の子ども達、いや、現代社会のすべての子ども達に言えることなんですが、「リアルに触れる」ということが必要だと考えています。
五感と筋肉と、身体と脳みそ、感情を全部総動員して、本物に触れる。
小学校3年生以降の概念を必要とする学習の土台は、こういったリアルな体験で培っていきます。
国語の教科書を読んで、「うさぎ」と出てきたら、うさぎを抱いたときの温かさ、心臓の動く音、毛のふさふさした感じ、動物特有の匂い、動こうとするうさぎを落とさないように抱きしめた身体感覚…そういったものが想起できなければ、「うさぎ」は文字列で終わってしまいます。
それが学習面の躓きとなり、小3以降、支援級へと移行していく子が増える要因にもなります。


私はトラブルを抱えている子ども達、若者たちの相談も受けています。
そこで彼らに伝えるのは、「他人は自分じゃない」ということ。
先ほどの「うさぎ」の例で言えば、あなたの見ている「うさぎ」と私の見ている「うさぎ」は違うということを教えています。
同じうさぎを見ても、その人の持っている感覚によって見え方、感じ方は異なっています。
そして何よりも、その人の感情によっても見え方は異なり、その感情は過去の体験から出来上がったもの。
「真実は一つ」とも言われるが、感情の動物でもある人間は、その人間の数だけ真実があるといえます。
だから今回のワクチンだって、人によっては薬になり、儲けの種になり、毒にもなる。


トラブルを抱えて相談に来る人達は、自分が感じ、見えている世界を、そのまま他人も同じように見ている、という誤解を持っている人が多いですね。
こんなことを書くと、なにか特別な障害、特殊な特性などと見えますが、根っこを辿っていけば、概念理解の乏しさ、感覚系の未発達と繋がるものです。
ですから、今、子育て中の親御さん、子ども達の感覚を育て、感覚、身体、筋肉、脳みそ、感情をフル動員できるリアルにたくさん触れる体験をさせてください。
その体験が感覚を豊かにするだけではなく、概念理解、そして見える世界の広がりへと繋がっていきますので。
自閉っ子は「共感力が弱い」と言われますが、それも感覚が未発達だと、同じ体験をしても別々の体験となってしまうのが原因だと思います。




☆『ポストコロナの発達援助論』のご紹介☆

巻頭漫画
まえがき
第1章 コロナ禍は子ども達の発達に、どういうヌケをもたらしたか?
〇五感を活用しなくなった日本人
〇専門家への丸投げの危険性
〇コロナ禍による子ども達の身体の変化
〇子どもの時間、大人の時間
〇マスク生活の影響
〇手の発達の重要性と感覚刺激とのソーシャルディスタンス
〇戸外での遊びの大切さ
〇手の発達と学ぶ力の発達
〇自粛生活と目・脳の疲労
〇表情が作れないから読みとれない
〇嗅覚の制限 危険が察知できない
〇口の課題
〇やっぱり愛着の問題
〇子ども達が大人になった世界を想像する
〇子どもが生まれてこられない時代
〇子育てという伝統

第二章 コロナ禍後の育て直し
〇発達刺激が奪われたコロナ禍
〇胎児への影響
〇食べ物に注意し内臓を整えていく
〇内臓を育てることもできる
〇三・一一の子どもたちから見る胎児期の愛着障害
〇胎児期の愛着障害を治す

第三章 ヒトとしての育て直し
〇噛む力はうつ伏せで育てよう
〇感覚系は目を閉じて育てよう
〇身体が遊び道具という時期を
〇もう一度、食事について考えてみませんか?
〇食べると食事の違い
〇自己の確立には
〇右脳と左脳の繋がりが自己を統合していく
〇動物としての学習方法
〇神経ネットワーク
〇発達刺激という視点

第四章 マスクを自ら外せる主体性を持とう
〇なぜマスクを自ら外せることが大事なのか
〇快を知る
〇恐怖を、快という感情で小さくしていく

第五章 子どもの「快」を育てる
〇「快」がわかりにくいと、生きづらい
〇快と不快の関係性
〇子どもの快を見抜くポイント
〇自然な表情

第六章 子ども達の「首」に注目しよう
〇自分という軸、つまり背骨(中枢神経)を育てる
〇首が育っていない子に共通する課題
〇なぜ、首が育たない?
〇首が育たない環境要因
〇首が育つとは
〇背骨の過敏さを緩めていく
〇首を育てるには

第七章 親御さんは腹を決め、五感を大切にしましょう
〇子育て中の親御さん達へのメッセージ
〇部屋を片付ける
〇子どもと遊ぶのが苦手だと思う親御さんへ
〇ネットを見ても発達は起きません
〇発達刺激という考え方
〇五感で子どもを見る
〇特に幼児期は一つに絞って後押ししていく

第八章 自由に生きるための発達
〇発達の主体を妨げない存在でありたい
〇大人が育てたいところと子どもが育てたいところは、ほとんど一致しない

あとがき
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2022年11月18日金曜日

【No.1329】就学前に治っておいた方が良い理由

就学前に治っておいた方が良いというのは、子どものためというよりも、親御さんのため。
だって、入学後は交渉しなければならないから。
交流級はどうするか?
教科学習はどうするか?
教科書は使うのか?
宿題はどうするのか?
補助の教員は?
登下校は地域のグループで行くのか、単独で行くのか、親がつき添うのか?
そして支援級から普通級といった転籍となると、担任だけではなく、管理職から地域の教育委員会まで交渉相手となるのです。


もともと交渉する力がある人、ちょっとやそっとで言いくるめられない人なら、就学後、子どもさんの発達、成長に合わせて話し合いをしていけばいいですね。
でも、多くの親御さんはそういったことが苦手であり、学校側から言われる矛盾点をつくだけの情報を持っておらず(集められていないとも言う)、前例を作るだけの行動力と周囲をまきこむ交渉力をもっているわけではありません。
本来、その子に合ったベストな教育環境を用意するのは学校の務めですから、子どもさんのニーズが変われば柔軟に対応すべきです。
しかし現実はそうなっておらず、むしろリスクを取りたがらない性質がある学校行政においては、親御さんからの現行変更を伴う要求は、なるべく受けたくない雰囲気がありありなもの。
もちろん、先生個人で言えば熱心で柔軟な人もいますが、現場の先生で答えられる部分は限られており、やっぱり管理職次第、その地域の教育委員会次第というところが大きいと感じます。


また就学後、「発達障害になるかどうか」も親御さん次第だと思います。
発達相談でも多いのが、なにか不登校や友達のトラブル、勉強の遅れや授業態度の問題があると、担任・管理職から「校内のカウンセラーに相談してみては」と勧められ、そこで「ちょっと発達の気が」という話になって病院を紹介され、診断名が付くというパターンですね。
まずこの矛盾点に気がつくかどうかです。
なぜ、なにかトラブルがあると、すべて「発達障害」なのでしょうか。
最初に取り組まなければならないのは、学校側の努力、授業の改善、指導という介入だと思うのです。


そこを飛ばして、「どうしてそのようなトラブルが起きたか」の背景分析ができずに発達の問題と結びつけてしまうのは誤りだと思います。
だからこそ、この時点でしっかり学校側の改善を要求できるか、どうしてトラブルが起きたかの原因分析を訊きだすことができるか、という力が求められます。
残念ながら、権威主義という名の依存文化である日本の大人たちは、「学校の先生が言ったから」「心理のプロのカウンセラーに言われたから」、そして医療の専門家の「医師から言われたから」で気がついたら発達障害児にされてしまっている場合が多いのです。


思い出してみてください。
散々、ギョーカイは、専門家は「生まれつきの障害」と言っていたでしょ。
どうして就学まで普通に育ってきた子が、突然、生まれつきの障害である発達障害になるのでしょうか。
専門家もご都合主義なので、この矛盾点はスルーです。
私のところに相談があった親御さんにこの点を説明したところ、「うちの子、幼稚園までは問題ありませんでした」「発達の遅れを指摘されたことはありませんでした」と主張したところ、医師から「学校側の問題かもね」ということで診断を免れたという話もあります。
逆に言えば、「はい、そうですか」とうんうんと頷いていれば、診断名が付いていたということです。
これで「じゃあ、服薬しましょうか」なんてことになったら、ゾッとしますね。
でも、そういったことが全国で起きているのが現状。
脳の神経伝達物質の異常がない普通の子が、精神科薬を飲んだらどうなるのでしょうか?


もちろん、就学後の学校でのトラブルがきっかけで、それまであった発達の課題が噴出したということもあるでしょう。
でも、その場合も、ちゃんと成育歴を追って確認していかなければなりません。
またそれまでは同年代の子ども達と一緒の環境で活動できていたわけですから、今までの環境と今の学校との間にどういった環境の違いがあるのか、そこも確認する必要があります。
以上のことからも、親御さんは情報を集め、我が子の成長の過程を確認し、それを基に先生や管理職、カウンセラーや医師などと、同じ目線で話し合い、交渉ができる力が必要だといえます。
そもそも「発達障害がなにものか」、誰にも証明することはできませんし、ましてや、最初は学校の先生の印象から「発達障害では」というアバウトなものなのです。


これまた権威主義という名の依存体質なので、「専門家による専門的な指導、支援」を受けることに抵抗がない人、むしろ望ましいことをやっていると捉えてしまう人が多いと言えます。
だから問題が起きれば、「専門家による専門的な指導、支援」を受けることが最も良いことだと思えてしまいます。
しかしこういった場合、強調されるのはポジティブな面であり、自分で調べない限り、ネガティブな側面に気づくことができないものです。
「専門のお医者さんが良いって言うから」といって、疑うことなく、精神科服用を始める親御さんも少なくありません。
専門的な指導を受ける反面、子ども同士の交流、学び合いは減っていくものです。


私は基本的に、生活に支障があるレベルではない子に対し、診断も、支援も、必要ないと思っています。
必要があるとすれば、その子に必要な発達と学びの環境ではないでしょうか。
率直に言って、子どもの都合ではなく、大人の都合で「発達障害」が使われているように感じるのです。
なにか手に負えない児童、生徒がいると、「発達障害」にしてしまう。
その背景を突き止めていくことや、大人自身や環境の問題を改善することを"しない"代わりに、子ども側の問題として「発達障害」にしてしまう。
だからこそ、できれば就学前に治っておいた方が良いのです、その都度、話し合い、交渉していかなければならないのが親御さんなのですから。


育てにくさは、子どもに問題があるからでしょうか。
勉強ができないのは、子どもに発達の問題があるからでしょうか。
もっと社会全体が、大人たちが一人ひとりの子どもと向き合う必要があると思います。
しかし今は、真逆の方向へと進んでいる。
幼稚園でも、保育園でも、学校でも、効率化が浸透し、均一化された子どもを作ろうとしています。
ですから、「そうじゃない」と言えることが重要で、でないとどんどん均一化された子になるか、はみ出た子が「発達障害」にされてしまいます。
残念ながら、今の日本は教科書通りではない"はみ出た子"を守ってくれるだけの余裕がありません、子どもは元々はみ出る存在なのに。


いずれにしましても、我が子の個性的な資質と成長を守ってあげれるのは家族だけですから、我々大人たちが日々学び、ときに子を守るために交渉できる力を磨いていくことが大事ですね。
私が日々綴っているこのブログも、知ることで、「自分で他にも調べてみよう」「そこから考えてみよう」となれるきっかけになればと思っています。




☆『ポストコロナの発達援助論』のご紹介☆

巻頭漫画
まえがき
第1章 コロナ禍は子ども達の発達に、どういうヌケをもたらしたか?
〇五感を活用しなくなった日本人
〇専門家への丸投げの危険性
〇コロナ禍による子ども達の身体の変化
〇子どもの時間、大人の時間
〇マスク生活の影響
〇手の発達の重要性と感覚刺激とのソーシャルディスタンス
〇戸外での遊びの大切さ
〇手の発達と学ぶ力の発達
〇自粛生活と目・脳の疲労
〇表情が作れないから読みとれない
〇嗅覚の制限 危険が察知できない
〇口の課題
〇やっぱり愛着の問題
〇子ども達が大人になった世界を想像する
〇子どもが生まれてこられない時代
〇子育てという伝統

第二章 コロナ禍後の育て直し
〇発達刺激が奪われたコロナ禍
〇胎児への影響
〇食べ物に注意し内臓を整えていく
〇内臓を育てることもできる
〇三・一一の子どもたちから見る胎児期の愛着障害
〇胎児期の愛着障害を治す

第三章 ヒトとしての育て直し
〇噛む力はうつ伏せで育てよう
〇感覚系は目を閉じて育てよう
〇身体が遊び道具という時期を
〇もう一度、食事について考えてみませんか?
〇食べると食事の違い
〇自己の確立には
〇右脳と左脳の繋がりが自己を統合していく
〇動物としての学習方法
〇神経ネットワーク
〇発達刺激という視点

第四章 マスクを自ら外せる主体性を持とう
〇なぜマスクを自ら外せることが大事なのか
〇快を知る
〇恐怖を、快という感情で小さくしていく

第五章 子どもの「快」を育てる
〇「快」がわかりにくいと、生きづらい
〇快と不快の関係性
〇子どもの快を見抜くポイント
〇自然な表情

第六章 子ども達の「首」に注目しよう
〇自分という軸、つまり背骨(中枢神経)を育てる
〇首が育っていない子に共通する課題
〇なぜ、首が育たない?
〇首が育たない環境要因
〇首が育つとは
〇背骨の過敏さを緩めていく
〇首を育てるには

第七章 親御さんは腹を決め、五感を大切にしましょう
〇子育て中の親御さん達へのメッセージ
〇部屋を片付ける
〇子どもと遊ぶのが苦手だと思う親御さんへ
〇ネットを見ても発達は起きません
〇発達刺激という考え方
〇五感で子どもを見る
〇特に幼児期は一つに絞って後押ししていく

第八章 自由に生きるための発達
〇発達の主体を妨げない存在でありたい
〇大人が育てたいところと子どもが育てたいところは、ほとんど一致しない

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2022年11月17日木曜日

【No.1328】精神科薬について疑問に思っていること

「エビデンス」がどうのこうのという人を見かけると、「それはあなたが研究して導きだしたエビデンスですか?」と思ってしまいます。
偉そうに言っているけれども、それは他人様が汗水たらして出した結果を見て言っているだけでしょ、ほとんどの人は。
SNSで目にした論文の要約、結果の部分だけを見てるだけの人も多いはず。
権威や専門家が発信しているからといって、無条件で信頼して「エビデンスが―」と言うのは、結局、自分の頭で考えていない依存体質丸出しってことですね。


大事なことは、エビデンスなどの情報を集めて、知っているだけじゃないと思うんです。
今回のコロナ騒動でも、いろんな情報が出てきましたね。
当然、同じ事象を見ていても、正反対の意見や研究結果があるわけです。
根本的に人は間違い、科学は時間の経過とともに否定されることで発展していくものですから。
科学が明らかにできることは、想像している以上に狭い範囲である、というのは有名な言葉です。
なので、肯定側も、否定側も情報を集め、そしてそこから自分で考え、自分の答えを導きだしことが大切だと考えてます。
論文だって、誰が、どんな組織、所属の人が書いているかも重要で、利権のために強調された結果だってあるでしょう。


発達相談において、精神科薬のことを訊かれることがあります。
でも、私は医者でなければ、医学に深い理解があるわけではなりません。
ですから、いつも「信頼できる医師やご自身でお調べになってください」とお伝えしています。
ただ上記でお話しした通り、自分で情報を集め、考え、自分なりの答えを出すことは行っています。


私が施設職員だった頃、毎日、毎食のように精神科薬の服薬の補助を行っていました。
当然、管理も行っていたわけで、いろんな種類の精神科薬を見てきました。
そこで思ったのですが、今の親御さん達から聞く薬の名前、お子さん達が服用している薬の名前がほとんど当時から変わっていないんです。
施設にいたのが20年くらい前だったので、どうしてその時代から新しい薬が出ていないんだろうと疑問に思います。
2000年前後って、急激な発達障害の診断の増加と連動するように、新しい精神科薬が出ていましたので。


そこで調べてみると、やっぱり精神科薬の開発(発達障害、うつ病、統合失調症など)は下火になっている。
そして今、新しいのは認知症の薬くらいで、不気味なことに2010年代くらいからはワクチン開発に力が注がれていたようです。
その背景はというと、アメリカの動きを見ればよいわけで、精神科薬の依存性や弊害が社会問題になっていた(1990年代)。
まあ、だからお薬大好きな日本人のところに持ってきて、マーケティングという名の在庫処分を行っていたのでしょう。
アメリカで売れなくなると、患者を増やして、薬を売るのは伝統芸能といえるいつものパターン。
精神科薬に関しては、新しい薬の開発よりも、既存のモノをできるだけ長期にわたって売り続けようという戦略なのかもしれませんね。


精神科薬は何のために服用するかといえば、脳内の神経伝達物質を調節することで、症状の改善を図るもの。
でも、ここで考えないといけないのは、その症状の原因はすべて脳内の神経伝達物質の問題なのでしょうか。
「セロトニンを増やす」などはよく耳にしますが、セロトニンが足りないからその症状が出ているのか、セロトニンの量が増えると症状が改善するのか。
もちろん、それが根本的な問題で改善する人もいるでしょうが、自閉症やADHDの子はみんな、神経伝達物質に問題があるのでしょうか。
私自身も、疑うことなくその説明を受け入れていましたが、「神経伝達物質を調整できる薬ができたから、神経伝達物質が原因だとしよう」ということってないですかね。
ADHDの子が服薬すると、その直後、数時間は集中ができるけれども、その後、ガクッと調子が悪くなるっていうのはよく見る姿で、「集中力を高める」のと「集中できないという課題を治療する」のとは違うと思うんです。
結局、根本治療ではなく、対症療法ですよね。
使用したことはありませんが(笑)、麻薬をやると、「頭がスキッとする」「頭が冴えて仕事がバリバリできる」などという話を聞きますが、見方によっては同じですね。


あと、この頃、考えているのは、水溶性と脂溶性について。
油の塊とも言える脳に浸透するってことは、精神科薬は脂溶性。
じゃあ、水溶性なら腎臓を通っておしっこで排出されるけれども、脂溶性で脳に取りこまれた化学物質って、どうやって排出されるのでしょうか。
短期間でしたら汗や運動(燃焼)によって排出できるかもしれませんが、長期にわたって服用した場合、なかなか出すことができないように思えるのです。


子ども達の場合、代謝がよく、燃焼する力も強いですが、発達障害のお子さん達は、汗がかけなかったり、運動自体が苦手だったりしてあまり活動的ではないことがあります。
そういう子ども達の場合、精神科薬の服薬は慎重になった方が良いのではないかと思うのです。
ターゲットとなる症状の緩和はわかるのですが、どのくらいの期間服用するか、そういった化学物質の排出、体内に蓄積することの弊害などは、きちんと医師から説明があるのでしょうか。
あくまで神経伝達物質についての作用であって、その他の臓器への影響については「食欲増進」「発汗作用」など、ぼやっとした説明になっている気がします。
遺伝子ワクチンと同じで、中長期的な作用と弊害、ターゲット以外への影響は「わからない」「個人による」というのが本当のところだと思います。
何故なら、上記のような説明を受けたという話を親御さんから聞かないからです。
私も調べているんですけれども、「これだ」というものと出あってません。


体内に入れるものに関しては、とくに発達途上にあるお子さんの場合は、より強く気を付けないといけないと思っています。
そして明確な答えがないからこそ、その子の体質によって違いがあるからこそ、大人たちがまず、たとえ医学的な話だったとしても賛否両方の意見を調べて考えることが必要だと思います。
人体は複雑系ですので、どんなエビデンスだったとしても、100%の人に100%の効果はないはずですから。




☆『医者が教えてくれない発達障害の治り方』のご紹介☆

まえがき(浅見淳子)

第一章 診断されると本当にいいことあるの?
〇医者は誤ることはあるけど謝ることはない
〇早期診断→特別支援教育のオススメルートは基本片道切符
〇八歳までは障害名(仮)でよいはず
〇その遅れは八歳以降も続きますか?
〇未発達とは、何が育っていないのか?
〇就学先は五歳~六歳の発達状況で決められてしまうという現実
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのメリット
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのデメリット
〇療育や支援とつながるほど、子育ての時間は減る

第二章 親心活用のススメ
〇親子遊びはたしかに、発達に結びつく
〇変わりゆく発達凸凹のお子さんを持つ家庭の姿
〇学校は頼りにならないと知っておこう
〇安定した土台は生活の中でしか作れない
〇支援者が行うアセスメントには、実はあまり意味がない
〇親が求めているのは「よりよくなるための手がかり」のはず
〇人間は主観の中で生きていく
〇専門家との関係性より親子の関係性の方が大事
〇支援者の粗探しから子どもを守ろう
〇圧倒的な情報量を持っているのは支援者ではなく親

第三章 親心活用アセスメントこそ効果的
〇子育ての世界へ戻ろう
〇その子のペースで遊ぶことの大切さ
〇「発達のヌケ」を見抜けるのは誰か?
〇いわゆる代替療法に手を出してはいけないのか
〇家庭でのアセスメントの利点
1.発達段階が正確にわかる
2.親の観察眼を養える
3.本人のニーズがわかる
4.利点まとめ
〇家庭で子どもの何をみればいいのか
1.発達段階
2.キャラクター
3.流れ
4.親子のニーズの不一致に気を付けよう

第四章 「我が子の強み」をどう発見し、活かすか
〇支援と発達援助、どちらを望んでいますか?
〇子ども自身が自分を育てる方法を知っている
〇親に余裕がないと「トレーニング」になってしまう
〇それぞれの家庭らしさをどう見つけるか
〇親から受け継いだものを大切に、自分に自信を持とう

あとがき(大久保悠)


『医者が教えてくれない発達障害の治り方①親心に自信を持とう!』をどうぞよろしくお願い致します(花風社さんのHPからご購入いただけます)。全国の書店でも購入できます!ご購入して頂いた皆さまのおかげで二刷になりましたm(__)m


2022年11月16日水曜日

【No.1327】依存心丸出しでは治るもんも治らない

私は時々、ギョーカイの闇(笑)みたいなことを発信します。
それは別に私がギョーカイを恨んでいるからでも、商売敵、ライバルだと思っているからではありません。
結局、このギョーカイの仕組みを知らないと、治っていける親御さんにはならないから、敢えて発信しているのです。
この辺りを詳しく知りたい方は、一年前に共著で出版した『医者が教えてくれない発達障害の治り方①親心に自信を持とう!』をお読みください。


お子さんが治っていっている親御さんの多くは、今回の茶番デミックに乗らなかった人達です。
どうして「治る」と「ひっからない」と繋がるの?
それはどちらも「自分の頭で考え、行動できた」結果だから。
逆に言えば、政府や医師、専門家が言っていたことを、「テレビで言ってたから」「新聞に書いてあったから」というだけで、ハイハイと鵜呑みにして、3回も、4回も、ワクチンを打っちゃうような人は依存心丸出しで、そりゃあ、治せないよなって思います。


ワクチンは対症療法であり、根本はその人の免疫状態の話であり、何をすべきかは1枚10円くらいのマスクをつけることでも、あほみたいにアルコールを手に振りかけることでも、歩いて着た子どもを避けるようにしてよけることでもなく、自分の体調を整えることでしょ。
発達障害も、それが対症療法なのか、根本治癒なのか、わかっていない人は治っていきませんね。
同じように、医師や専門家、支援者の言うこと、どこの誰か会ったこともない子に効果があった方法をそのまま鵜呑みにしてしまうのも、治っていかない人に共通していることです。
誰かに依存している限り、目の前にいるその子に合わせたテーラーメイドの子育て、発達援助はできません。
誰かに依存している限り、いつまで経っても他人にコントロールされ続け、子どもを見ることができません。
誰かに依存している限り、大人が自立できていないんだから、子どもが自立できるわけがないのです。


この依存心は、戦後教育のなれの果てでしょう。
日本人の大人に共通した問題です。
だからこそ、そのことに気がつき、まずは自分でやってみよう、試行錯誤してみよう、という人に変わることが必要になってきます。
その一歩として、食事を中心とした生活を見直し、改善することから始めましょう。
だいたい「答えクレクレ」の人は、甘いものが大好きです。
お菓子や菓子パン、あまい飲料水や砂糖を日常的に口にしています。
インスタント食品など、味の濃い物やたばこ、お酒、嗜好品も同じですね。
結局、依存心の強い人は、依存性のある食事をしているのです。
親御さんがバクバクおやつを食べていて、「我が子には栄養療法しています、キリッ」「無農薬野菜、無添加の食料品です、キリッ」「塩と水、油にこだわっています、キリッ」って、あるあるでしょ(笑)
まず治したいと思っている人から治ることが大事。


依存心から脱却するために、診断とは、発達障害とは、ギョーカイの仕組み、お金の流れをお話ししています。
これらはすべて依存させるためのプログラムでしょ。
生活がままならないレベルならまだしも、普通に生活できている子に診断名は必要ですか。
診断名をつけることによって、医療や福祉に依存させることができるでしょ。
薬だって、症状を見えなくするだけであって、根本治癒や解決ができるわけではない。
薬という依存は、医療にとって大事な儲けの仕組みです。
「生涯に渡る支援」というのは、「生涯に渡る金づる」という意味でしょ。


こういったことをまず親御さん達が知ることで、依存させようという動きから逃れることができます。
そしてギョーカイの裏側を知ることが無条件に信じるという名の思考停止、依存心から脱却するためのリハビリにもなります。
「知らないから考えない」「考えないから依存する」ですね。
この負のスパイラルから抜け出さないと、いくら私がアセスメントしても、いくら発達援助を始めても、いくら情報を集めても、その場限りの自己満足で終わってしまい、子どもが発達する前に、親御さんのほうが待てなくなって、「次の助言、アプローチを」となってしまうのです。
5回も接種したのに、すぐに発症して公務を休んでいた市長がいましたが、もう思考停止を通り越して、完全に薬物依存でしょ(笑)


散々、障害者と家族を依存させて、食い物にしてきたのをギョーカイ内で見てきたからこそ、私は親御さんに厳しい。
金儲けで言えば、不安を煽り、依存心をくすぐり、「定期的にアセスメントしなきゃダメですよ」「新しいアプローチありますよ」というのが良いのかもしれませんが、それじゃあ、起業した意味を自分自身で否定してしまいます。
依存させ、食い物にされているのが許せなかったから、家族の養育力が高まるのを後押しして、子ども達の自立、つまりギョーカイに近づかないことを目指していく。
ぶっちゃけ治ることよりも、治っても治らなくても良いけれども、誰か他人の食い物にされないこと、自分の人生を主体的に、より自由に生きていける方が何百倍も大事なこと。


だから、依存心のある親御さんには指摘し、そこを改めてもらうことを要求します。
発達の場としての家庭、親という環境をまずは整えていくことが大事でしょ。
よく「子育てが孤独」という親御さんもいますが、目の前に我が子がいるじゃないですか。
親子で育ちあっていくのが子育てであり、子育ち。
結局、孤独感を感じている人は、依存先がなくて不安を感じているだけだと私は思うのです。
子どもを変えたいと思うのなら、まずは大人の側が変わることが必要ですね。
そのためには、ギョーカイの闇、仕組みを知り、自分自身で考えてみること。
自分が依存している食べ物、嗜好品、人がいれば、そこから見直すこと。
自分で調べたあと、どうしても自分では分からないところを尋ねるという姿勢が大事だと思います。




☆『医者が教えてくれない発達障害の治り方』のご紹介☆

まえがき(浅見淳子)

第一章 診断されると本当にいいことあるの?
〇医者は誤ることはあるけど謝ることはない
〇早期診断→特別支援教育のオススメルートは基本片道切符
〇八歳までは障害名(仮)でよいはず
〇その遅れは八歳以降も続きますか?
〇未発達とは、何が育っていないのか?
〇就学先は五歳~六歳の発達状況で決められてしまうという現実
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのメリット
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのデメリット
〇療育や支援とつながるほど、子育ての時間は減る

第二章 親心活用のススメ
〇親子遊びはたしかに、発達に結びつく
〇変わりゆく発達凸凹のお子さんを持つ家庭の姿
〇学校は頼りにならないと知っておこう
〇安定した土台は生活の中でしか作れない
〇支援者が行うアセスメントには、実はあまり意味がない
〇親が求めているのは「よりよくなるための手がかり」のはず
〇人間は主観の中で生きていく
〇専門家との関係性より親子の関係性の方が大事
〇支援者の粗探しから子どもを守ろう
〇圧倒的な情報量を持っているのは支援者ではなく親

第三章 親心活用アセスメントこそ効果的
〇子育ての世界へ戻ろう
〇その子のペースで遊ぶことの大切さ
〇「発達のヌケ」を見抜けるのは誰か?
〇いわゆる代替療法に手を出してはいけないのか
〇家庭でのアセスメントの利点
1.発達段階が正確にわかる
2.親の観察眼を養える
3.本人のニーズがわかる
4.利点まとめ
〇家庭で子どもの何をみればいいのか
1.発達段階
2.キャラクター
3.流れ
4.親子のニーズの不一致に気を付けよう

第四章 「我が子の強み」をどう発見し、活かすか
〇支援と発達援助、どちらを望んでいますか?
〇子ども自身が自分を育てる方法を知っている
〇親に余裕がないと「トレーニング」になってしまう
〇それぞれの家庭らしさをどう見つけるか
〇親から受け継いだものを大切に、自分に自信を持とう

あとがき(大久保悠)


『医者が教えてくれない発達障害の治り方①親心に自信を持とう!』をどうぞよろしくお願い致します(花風社さんのHPからご購入いただけます)。全国の書店でも購入できます!ご購入して頂いた皆さまのおかげで二刷になりましたm(__)m


2022年11月15日火曜日

【No.1326】そこで言っている「自閉症」は、どこのどなたのことですか?

もう1000人以上の発達障害を持つ人達にお会いしてきましたが、一人として同じ「発達障害者」はいませんでしたね。
いつから発達の遅れが始まり、どこに発達の遅れがあるのか。
発達障害になった背景も当然、様々で、考えられる要因もかなり複雑に絡み合っている感じがします。
ですから、一言で「発達障害」といっても、対応や根本解決の仕方、どこを育て直し、どんな風に発達を後押ししていけばいいか、はその人でまったく異なるわけです。
こんな当たり前のことがあるのに、どうしてみんな同じ「発達障害」だったり、「自閉症」「LD」「ADHD」「知的障害」なのでしょうか。


よく「〇〇は効果的なアプローチです」「エビデンスのある療法です」みたいなことが言われますね。
でも、そのアプローチは発達障害者、万人に有効なのでしょうか。
というか、その対象となる「発達障害者」「自閉症者」はどこの誰なのでしょうか。
基になった研究、論文を見ると、欧米での研究が主ですが、その研究対象になった子が「自閉症」という診断を受けた子だったとしても、その子と目の前にいる我が子とは別人格であって、人種も、生活環境も違うわけです。
さらにいえば、その有効性の根拠となる論文は、すでに何十年も前に書かれたものであり、当時の診断基準と今の診断基準の違いもあるわけです。
まあ、こんなにぐちゃぐちゃと言わなくても、「(効果が得られた子)それは我が子じゃない」ということですね。


専門家の講義や医師の説明の中に、「発達障害者は〇〇だ」という話が出てきます。
そして支援者や学校の先生の会話、また親御さん同士の会話の中にも、「ああ、自閉症だからね~」みたいな言葉が出てきます。
でも、みなさんが言っている「発達障害者」って誰のことでしょうか?
自閉だ、アスペだ、というその自閉症の人、アスペルガーの人はどなたのことでしょうか?


ツッコミを入れればわかるのですが、どの人も具体的な発達障害者が見えているわけではありませんね。
みなさん、漠然とした発達障害者像、自閉症者像を思い浮かべて話をしている。
一人として同じ発達障害者、自閉症者がいないのに、おかしいと思いませんか。


ではどうして実態のない「発達障害者」を思い浮かべ、そういった言葉を使うのでしょうか。
それは使う人、一人ひとりで異なるといえますが、発信者の意図を反映するための言葉になっているのは確かだといえます。
実態がない言葉だからこそ、発信者の想いがストレートにその言葉から伝わってくるのです。


ある人は、説明を省くために「発達障害」という言葉を使う。
ある人は、もう深く関わりたくないという想いをもって、「発達障害」という言葉で片付けようとしている。
ある人は、「発達障害」という存在を特殊で難しい存在だとすることで、自分の優位性や専門性を大きく見せようとしている。
ある人は、「発達障害」という大変な存在と関わっている私に注意を集めるために。
ある人は、「発達障害」という困難を乗り越えた私ってすごいでしょという想いを伝えるために。


そしてそのほとんどの場合が、無意識下の想いで、ご自身で気がついていない、自覚できていませんね。
よくSNS等での発言を見聞きして、「あの人は〇〇ですよね」などと客観的な指摘、ネガティブな反応をする人ほど、同じことを課題として持っていることがあります。
他人のことは分かるけれども、自分のことはわからない、というのは世の常です。


このことに気がついたのは、もう10年くらい前で、私自身もその特殊性、特異性を強調するために使っていたことがありました。
また説明を簡潔にするために、一言で「自閉症は~」と言ったりしていたこともありました。
でも、ますます「発達障害」という言葉が世の中に浸透し、市民権を持った時代だからこそ、その受け止め方、捉え方が無限に広がり、そもそも共通言語としての「発達障害」が誤解やギョーカイと迷惑当事者、家族によってネガティブな想いで使い古されて、新しい世代の親御さん達、子ども達にも重く乗りかかるようになってしまったことが問題だと強く思うようになったのです。
発達障害が生まれつきの障害であり、治らない障害である。
その象徴としての「発達障害者」という偶像が出来上がったあと、「発達障害は治ります」という一言では、無意識下に浸透している「治らない」という認識までは治すことができないと感じました。


ですから、困ったことに説明が長くなるのです。
私の発達相談でも、2時間、しゃべりっぱなしです(笑)
当然、聞いてくださる親御さんのほうが疲労困憊でしょう(笑)
自閉症の説明は3分ですが、その子の説明は時間がかかるのです。
冒頭でお話しした通り、いつから発達の遅れが始まり、どこの発達に、どんな風に表れているか、そしてそれらに対してどういった刺激や後押し、環境、子育てが必要かは、一人ひとり異なります。
当然、その子の違いもあれば、家族一人ひとりも違い、遺伝的な関係が強い祖父母まで入れると、子どもさんの他に、父、母、祖父×2、祖母×2の影響があるので、かなり複雑なものになります。
でも、そういった複雑な部分を端折っていては、上辺だけの「(どこの誰か分からない)発達障害者支援・療育・アプローチ」になってしまいますね。


「わからない」のが自然であり、当たり前なのです。
「どうして我が子に発達の遅れが出たのだろうか」
「どうして〇〇という問題が生じるのだろうか」
そうやってわからないことと向き合うこと、疑問を持ち続けること、その答えを求め探求していくことが、子どもさんをよく見ることに繋がり、唯一無二の我が子のことを理解していくことだと思います。
分かった気でいる専門家、支援者、親御さんほど、子ども達を傷つけ、問題を複雑化しているように感じます。
「発達障害」「自閉症」という言葉は、わからない存在をわかったようにするための言葉ですので、まずはその言葉を使わないで、我が子のことを話せるようにしてみてください。
発達相談の中で、そういった言葉が出たとき、「ああ、親御さんはここの部分でお子さんのことが分かっていないんだな」と感じますので。




☆『医者が教えてくれない発達障害の治り方』のご紹介☆

まえがき(浅見淳子)

第一章 診断されると本当にいいことあるの?
〇医者は誤ることはあるけど謝ることはない
〇早期診断→特別支援教育のオススメルートは基本片道切符
〇八歳までは障害名(仮)でよいはず
〇その遅れは八歳以降も続きますか?
〇未発達とは、何が育っていないのか?
〇就学先は五歳~六歳の発達状況で決められてしまうという現実
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのメリット
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのデメリット
〇療育や支援とつながるほど、子育ての時間は減る

第二章 親心活用のススメ
〇親子遊びはたしかに、発達に結びつく
〇変わりゆく発達凸凹のお子さんを持つ家庭の姿
〇学校は頼りにならないと知っておこう
〇安定した土台は生活の中でしか作れない
〇支援者が行うアセスメントには、実はあまり意味がない
〇親が求めているのは「よりよくなるための手がかり」のはず
〇人間は主観の中で生きていく
〇専門家との関係性より親子の関係性の方が大事
〇支援者の粗探しから子どもを守ろう
〇圧倒的な情報量を持っているのは支援者ではなく親

第三章 親心活用アセスメントこそ効果的
〇子育ての世界へ戻ろう
〇その子のペースで遊ぶことの大切さ
〇「発達のヌケ」を見抜けるのは誰か?
〇いわゆる代替療法に手を出してはいけないのか
〇家庭でのアセスメントの利点
1.発達段階が正確にわかる
2.親の観察眼を養える
3.本人のニーズがわかる
4.利点まとめ
〇家庭で子どもの何をみればいいのか
1.発達段階
2.キャラクター
3.流れ
4.親子のニーズの不一致に気を付けよう

第四章 「我が子の強み」をどう発見し、活かすか
〇支援と発達援助、どちらを望んでいますか?
〇子ども自身が自分を育てる方法を知っている
〇親に余裕がないと「トレーニング」になってしまう
〇それぞれの家庭らしさをどう見つけるか
〇親から受け継いだものを大切に、自分に自信を持とう

あとがき(大久保悠)


『医者が教えてくれない発達障害の治り方①親心に自信を持とう!』をどうぞよろしくお願い致します(花風社さんのHPからご購入いただけます)。全国の書店でも購入できます!ご購入して頂いた皆さまのおかげで二刷になりましたm(__)m


2022年11月14日月曜日

【No.1325】「掴めない実態を見える化したい」という欲求

マスクをつけている人がみんな、感染しないのであれば、わかりやすい。
遺伝子ワクチンを打った人がみんな、重い副反応が起き、接種した国にだけ、その月だけ超過死亡が急増すればわかりやい。
だけれど現実は、マスクをつけていても感染するし、つけていなくても感染しない人もいる。
ワクチンを打ってなんの副反応が起きない人もいれば、超過死亡がすべてワクチン接種だともいいきれない。
私はマスクもしないし、接種もしないが、ネット上で繰り広げられているこういった単純な論争に対して冷めた目で見ていて、本当の目的は何が正しいかではなく、こうやって人々が争い、分断してき、結果的に日本という社会、世界という仕組み、それぞれの家族、コミュニケーションが崩壊することなんじゃないかな、なんて思っています。


話を単純化したい人に共通するのは、「掴めない実態を見える化したい」という欲求だといえます。
発達障害は発達の経過とともに徐々に明らかになっていくものなので、親御さんは違和感から不安、そして確信、悲観へというようなプロセスを通ることが一般的です。
なので、徐々に発達が遅れ出した我が子に対して、「なぜ!?」「どうして!?」という想いを持たれることが多い。
たとえば、交通事故などが起きたあと、麻痺や記憶障害などが起きれば、原因と結果がわかりやすく、同時に納得できる面もありますが、それがないのが発達障害の特徴ともいえます。


どうして発達障害が起きたのか、我が子が発達障害になったのか、がわからない。
ゆえに混乱の時期が長いということがあるのだと感じます。
中には「とにかく動こう」という親御さんもいて、そこにはその親御さんのキャラクターもありますが、金銭的な余裕、生活のすべてを後回しにしてもOKな環境などの条件があって、はじめて成り立っているわけで、「とにかく一心不乱に突き進んでいたら、気がついたとき、治っていた」というのが実態になるでしょう。
ですがやっぱり大部分の親御さんは、原因と結果が明確じゃないと動けないくらい余裕がないといえます。


ですから相談でも
「忘れ物をなくすには、なにをすれば良いですか?」
「普通級にいくためにはどうしたらいいですか?」
「発達のヌケを埋めたら治りますか?」
「息子の問題は、私の愛着障害のせいですか?」
「栄養が整ったら、知的障害が治りますか?」
というようなご質問が多く、そういったご質問をされる方には「親御さんの安心を得たいがための回答はしないようにしています」とお返事しています(笑)
発達障害の原因は特定できないし、単純明快な答えなどは幻想ですね。


よく周産期のことが挙げられますが、たしかに発達障害との関連性が強いといわれています。
でも、未熟児がみんな、発達障害になるわけではありませんし、帝王切開の子がみんな、運動発達に遅れが出るわけではありません。
愛着障害を持った親御さんの子の多くは、発達障害児にはなりませんし、発達障害児のすべてに原始反射の残存があるわけでもありません。
発達障害が増えた、増えたと言いますが、それでもやっぱり発達障害者は少数派であり、いくら発達障害のリスク要因があったとしても、そのリスクを軽減し、また超えるだけの環境があればならないのだといえます。


私は性格の歪みからかもしれませんが(笑)、「どうして会ったこともない子のうまくいったアプローチが我が子にも合うと思うのだろうか」と疑問に持ちます。
あくまで、うまくいったのはその子に合っていたからで、別の他人である我が子にそれが合うのか、効果があるのか、わかりません。
むしろ、逆効果ということもあるし、そもそもSNSなんて話し半分で聞くべきもので、その発信者が盛ったり、嘘ついたりしている可能性だってありますね。
実際にお会いすると、「ぜんぜん、治ってないじゃん」という人もいれば、「もうとっくに治っていますね」「むしろ、それは課題じゃなくて素晴らしい資質ですね」という人もいます。
「みんなが効果があるって言っているのに、どうしてうちの子は続けてもダメなんでしょうか?」という相談も多く、「"みんな"って誰ですか?」といえば、ツイッターでフォローしている数名の親御さんらしきアカウントの人が答えということもあります。
結局、我が子に合っていないことをやっているから改善が見られないわけで、見るべきところはSNSではなく、目の前にいる我が子だったりしますね。


このブログを読んで下さっている人は親御さんが多くと思うのですが、上記のように原因と結果を単純化したくなったら、知らず知らずのうちにそうしていたら、「治るから遠ざかっているな」「発達援助ができていないな」と冷静になり、そしてそういった心持ちになっている自分自身に余裕がなくなっているという自覚を持つことが必要だと思います。
余裕の無さが一番、子どものことを見失う要因ですから。
余裕がない→原因と結果の単純化→子どもに合致する可能性が低い→そのアプローチに大人の側がこだわってしまう→逆効果の危険性・愛着形成を歪める危険性→改善が見られない→余裕がない→負のループ。


医師や支援者と言うのは、親御さんを下に見る傾向があるので(意識的、無意識下ともに)、単純な原因と結果で話を進めてくることが多くあります。
支援者もバカの一つ覚えのように、自分がやりたいアプローチをごり押ししてきますよね。
「アスペにはSSTです」みたいな支援者とは、ハナから私は話をしません(笑)
この前も「原始反射の統合が一番なんです」という支援者がいて、相談者全員に原始反射の統合を指示していました。
私は支援者の親御さんを下に見る姿勢、または単に勉強不足なだけか、アプローチを売ることを目的としているのかは分かりませんが、それが嫌なので、そして何よりもその子だけではなく、家族全員がよりよく変わっていくことで、結果的により良い発達ができると信じていますので、親御さんが変わっていける方を重視しています。
ですから親御さんに求めるレベルは高いですし、自分たちの力で我が子が治っていけるまで後押しし続けられるような"自立"が目指すべき姿になっています。


きれいな原因と結果が欲しくなったら、ご自身の子育て、発達援助の黄色信号。
子どもは日々成長し、変化するものなので、環境からの刺激によって常に揺れ動く存在なので、その複雑な状態を楽しめるようになるのが理想ですね。
「言葉が出ない理由はあれかもしれない。これかもしれない」というようにいろんな理由が連想できること、そしてその理由がたくさん挙げられるだけ我が子のことをきちんと見れている証拠だと思います。
ちゃんと子どもさんのことを見ることができている親御さんほど、どこから手を付けて良いか悩むものですから。




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2022年11月11日金曜日

【No.1324】発達援助に必要な"体感"

文科大臣が「必ず"黙食"することを求めているわけではない」と言い逃れをするのは当たり前で、「私がわるぅ~ございました」なんていう責任を認める人間が政治家なんかやるわけはないですね。
ワクチンの薬害だって認められたとしても、10年、20年も先で、きちんと当時(今)の責任担当者がすべていなくなったあと、それこそ、今、青春を奪われた青少年たちが官僚になり、「もう2度と過ちは犯しません」と会見するのでしょう。
まあ、10年後に日本が今の形であるかはわかりませんがね。
私の息子達には…
「今の大人たち、日本は腐り切っているから、もう一度、ぶっ壊れないとわからない」
「大人の言うことは、お前たちが大人になったときの非常識だから聞かなくていい」
「ぶっ壊れたあとの社会を作っていくのは、お前たちだから今のうちに歴史を学び、自分の頭で考え、行動できる人間を目指せ!」
と言っています(笑)


私は、子どもがマスクをつけている姿を見かけると、気持ち的にも、体感的にも、「苦しいな」と感じます。
というか、みんな、そういった感覚を持っていると思っていたのですが、そうじゃない人が多いみたいですね。
だから、エビデンスがどうとか、専門家がこう言っていたとか、新聞だテレビだと体感以外の外からくる情報に反応してしまう。
目の前にマスクをつけた子がいたら、エビデンスとか言う前に、「ああ、苦しいよな」「外してあげたいよな」と我が子とのように感じ、思えることが哺乳類としてのヒトの姿だといえますね。


コロナ騒動の前から自閉症の親御さんの子は治りにくい、治らないな、と感じていました。
それは遺伝的な話という前に、親御さん自身の体感が乏しいから。
象徴的なのが子どもさんの「心地良い」がわからないということ。
神経発達に必要な条件に、子どもの内的な「心地良さ」があります。
その心地良さを感じているとき、それに動員されている神経に強い興奮が表れ、それが神経ネットワークを構築していく。
だから、訓練とか、「はい、身体アプローチの時間ですよ」「あと5分後から金魚体操始めます」みたいなことをやっている限り、いつまで経っても治っていかないのですね。


私達は自分の身体を通して、他人のことを想像し、感じています。
ですから体感の乏しい人は、他人の体感を想像することが難しく、当然、他人の気持ちを察し、それに応じた振る舞い、言動の選択でミスが生じます。
これが子育てにも当てはまり、発達援助の場面においては、「何分」「どのくらいの角度」「何g」「何回」などの具体的な情報がないと、行動ができない。
子どもさんを見て、「ああ、この加減は"心地良い"みたいだな」「今のちょっと嫌だったかな」とか、瞬時に体感として理解ができ、それに合わせてやり方を調整する、といったことができるかできないかが重要なポイントになります。


あとこれは脱線になってしまうかもしれませんが、能面のような表情が乏しい親御さんは、我が子の笑顔の認識も難しいケースがあります。
「泣く」に関しては、具体物である涙もありますし、子どもの顔の変化がはっきりしていて、かつ特徴的な声もでますので、わかりやすい。
けれども、体感として"心地良い"がわかっていなかったので、「子どもさんの笑顔を見て、アプローチを調整しましょう」とお話ししたのですが、それもピンとこなかったこともあります。
よくよく話を伺えば、「泣く」と同じように、「笑う」も表情だけでの判断が難しく、そこに楽しそうな声とシチュエーションが加わった場合に、やっと「笑う」がわかるという方もいましたね。
結構大変でしょ、発達相談の仕事って(笑)


体感が乏しいことの弊害は他にもあって、外的な情報から我が子の行動を障害という風に認識してしまうこともあります。
よくあるのが、何気ない「発達の遅れでは」という発言や母子手帳などに書かれている「運動発達と月齢」とのズレを見て、親御さん自身の内的な感情として不安が高まる。
そもそも体感が乏しい人は、不安でいっぱになってしまい、不安だからこそ、情報を得ようと行動してしまう。
今はスマホがあれば情報は取り放題なので、どんどん自分の内的な不安という感覚に合致する情報を集め、まずます我が子の障害が確実なように、とても重いように思えてくる。
で、そのまま病院に行けば、親御さんが重いように問診で答えるため、きちんと診断が付き、ベルトコンベヤーの上に乗せてしまう。
でも実際、発達相談でアセスメントしてみると、「いや、それはどの子もやる行動だし」「いや、お父さんの幼少期と一緒でしょ」「そもそもそれで子どもさん自身、困っていないでしょ」ということがあります。
体感として子どものことがわからないと、それが異常なのか、正常なのか、本人が辛いのか、辛くないのか、その辺りがわからなくなっちゃうんですね。


さらにこれは書くべきか迷った部分ですが、「心地良いがわからない」「子どもの感覚が体感として掴めない」というご家庭の深刻なケース。
それは何かといえば、先ほどお伝えした通り、そもそも障害ではないものを障害だと思い、医療に行った結果、診断がついちゃった。
もっといえば、親御さんが我が子に診断をつける、ということ。
また、そもそも治すべき対象ではないものを治そうとすることで、発達や脳が歪んだり、親子の関係性が崩れたり、愛着障害を作ったり、問題行動が作られたりする場合があるのです。
残念なことですが、嫌がる子ども達に半ば強制的にアプローチをしているご家庭もあります。
重度の子や言葉のない子の場合、その嫌がっていることを表現出来ずに、なすがままにやられてしまっていることもあって、「まずはそのアプローチをやめることから始めましょう」というお話をすることも少なくないのです。


身体アプローチも、その他のアプローチも、「すれば治る」と思っている人が想像以上に多い印象があります。
でも実際は、その子が求めている刺激、心地良いと感じている刺激を提供するための考え方にすぎません。
別の言い方をすれば、その子が求めていて、心地良いと感じている刺激だったら、どんな刺激でも良いのです。
それを専門家に訊かなきゃ、エビデンスのある方法を、誰々さんもやっているアプローチなどと、外面ばっかりに気に留めるから治らない。
大事なのは、子どもさんの体感を察しながら、それに合わせて刺激ややり方を変えること。
その積み重ねが、子どもの神経発達を後押しし、結果的に治った状態になるのだと思います。


子どもの体感がわかるようになるためには、それを感じるための自分の体感を整えていくことだといえます。
だから私は、仕事の前にはほとんど食事をしない。
それは満腹だと体感が鈍くなるし、人工的なものを摂取すると感覚にズレが生じるから。
もちろん、親御さんに断食を求めているわけではありません。
だけれども、食事一つをとっても、インスタント麺を食べていたり、化学物質まみれの食事をしたり、袋に入ったパンを食べたりしているようではダメですね。


心身を整えておくのは必要なことで、ご自身に発達のヌケや遅れがあるのなら、まずは子どもさんの前に自分自身を治していく必要もあるでしょう。
「子どもさんの前に、お母さん、治さなきゃ」
「子どもさんは苦しんだ様子がないけれども、お母さんのほうが心配になるくらいしんどそうですよ」
ということも多々。
そして、我が子と自分が繋がるためには愛着障害を治しておくことも大事ですね。
「子どもの心地良さが分からない」ところから治しましょう!




☆『ポストコロナの発達援助論』のご紹介☆

巻頭漫画
まえがき
第1章 コロナ禍は子ども達の発達に、どういうヌケをもたらしたか?
〇五感を活用しなくなった日本人
〇専門家への丸投げの危険性
〇コロナ禍による子ども達の身体の変化
〇子どもの時間、大人の時間
〇マスク生活の影響
〇手の発達の重要性と感覚刺激とのソーシャルディスタンス
〇戸外での遊びの大切さ
〇手の発達と学ぶ力の発達
〇自粛生活と目・脳の疲労
〇表情が作れないから読みとれない
〇嗅覚の制限 危険が察知できない
〇口の課題
〇やっぱり愛着の問題
〇子ども達が大人になった世界を想像する
〇子どもが生まれてこられない時代
〇子育てという伝統

第二章 コロナ禍後の育て直し
〇発達刺激が奪われたコロナ禍
〇胎児への影響
〇食べ物に注意し内臓を整えていく
〇内臓を育てることもできる
〇三・一一の子どもたちから見る胎児期の愛着障害
〇胎児期の愛着障害を治す

第三章 ヒトとしての育て直し
〇噛む力はうつ伏せで育てよう
〇感覚系は目を閉じて育てよう
〇身体が遊び道具という時期を
〇もう一度、食事について考えてみませんか?
〇食べると食事の違い
〇自己の確立には
〇右脳と左脳の繋がりが自己を統合していく
〇動物としての学習方法
〇神経ネットワーク
〇発達刺激という視点

第四章 マスクを自ら外せる主体性を持とう
〇なぜマスクを自ら外せることが大事なのか
〇快を知る
〇恐怖を、快という感情で小さくしていく

第五章 子どもの「快」を育てる
〇「快」がわかりにくいと、生きづらい
〇快と不快の関係性
〇子どもの快を見抜くポイント
〇自然な表情

第六章 子ども達の「首」に注目しよう
〇自分という軸、つまり背骨(中枢神経)を育てる
〇首が育っていない子に共通する課題
〇なぜ、首が育たない?
〇首が育たない環境要因
〇首が育つとは
〇背骨の過敏さを緩めていく
〇首を育てるには

第七章 親御さんは腹を決め、五感を大切にしましょう
〇子育て中の親御さん達へのメッセージ
〇部屋を片付ける
〇子どもと遊ぶのが苦手だと思う親御さんへ
〇ネットを見ても発達は起きません
〇発達刺激という考え方
〇五感で子どもを見る
〇特に幼児期は一つに絞って後押ししていく

第八章 自由に生きるための発達
〇発達の主体を妨げない存在でありたい
〇大人が育てたいところと子どもが育てたいところは、ほとんど一致しない

あとがき
こういう本を読んできました
巻末漫画

出版元である花風社さんからのご購入はこちら→https://kafusha.com/products/detail/56
Amazonでも購入できます。


2022年11月10日木曜日

【No.1323】"今"のリスク、"未来"のリスク

相談には2種類あって、『"今"のリスク』の悩みと、『"未来"のリスク』の悩みです。
『"今"のリスク』というのは、今まさに起きていることで、たとえば「夜、なかなか寝ることができない」「自傷がある」「友達を叩いてしまう」といったもの。
一方で『"未来"のリスク』とは、このままの状態で行けば、今後問題が生じるかもしれない、という類になります。
で発達相談の中で、圧倒的に多いのがこっちの『"未来"のリスク』ですね。


偏食というのは、今まさに起きているリスクだと捉えがちです。
しかし実際は、偏食でも生きているわけですし、衰弱しているわけではない。
だけれども、このまま、偏食が続くと、思春期を迎えたときに栄養不足や体調不良になるかもしれないし、今後の人生で食べられるものが少ないというのは食糧危機などが起きた場合、生き抜けないかもしれないというリスクになります。
言葉がしゃべれないのも、親御さんにとっては非常事態であり、大きな悩みだと言えますが、今のリスクではなく、今後未来起きるであろう不都合や「このまま一生しゃべらないかも」という親御さんの内側にある不安から招いているものです。


つまり、何を言いたいかと申しますと、私達人間は、起きていないことを想像し悩む生き物だということです。
発達障害を持った子の子育てに限らず、幼少期から英語教育を始めたり、お受験させたり、親がせっせとドリルを買い我が子にやらせたりするのも、すべて未来のリスクを想像し、不安になり、行動しているのです。
「もしかしたら、良い大学にいけないかもしれない」
「もしかしたら、就職できないのかもしれない」
「もしかしたら、英語教育についていけないかもしれない」
そうやって常に起きていない未来を頭の中で描き、ある意味、勝手に不安になって、知らず知らずのうちに選択してしまっている、ということ。


もちろん、こういった人間の行動はすべて否定されるようなものではありません。
このように起きていない未来を想像することにより、アフリカの大地から世界へと進出し、今まで人類という種を繋いでこれたのですから。
「あの草むらの中にライオンが隠れているかもしれない」
「あの先には崖があるかもしれない」
そんな風に危険を予知することで生き抜いてきたのが我々の生存戦略。


だけれども、現代社会はそういった動物に教われる危険も、急に目の前に崖が現れるような移動も必要がなくなりました。
特に日本など、とにかくゼロリスクを求め、身の周りから危険を排除し続けた世界では、このリスクの予見が暴走してしまっている。
この3年間のバカ騒ぎを見れば、既に科学ではなく、予期不安によって自分たちで苦しみのドツボの中にハマっているだけでしょう。


プロパガンダを担っていた自称専門家たちは、常に未来のリスクを唱えてきました。
「42万人が死ぬ」
「2週間後には目を覆いたくなる事態になる」
「このままでは医療崩壊がおき、命の選別が行われる」
そして今だって「この冬はインフルエンザとコロナの同時流行」というまだ起きていない、起きるか分からないリスクを叫ぶことで、人心を誘導しようとしている。
でも、これは医療が使ってきた手で、「タバコを止めないと、肺がんで死にますよ」「塩分を減らさないと、動脈硬化が起きますよ」「生活習慣病は、あらゆる病気のリスク」という具合に薬や治療を受けさせるための商売の手段だったわけです。
100歳過ぎてもヘビースモーカーの人っていますよね。
毎日、漬物やみそ汁、味の濃いものを摂り続けている元気な高齢者もたくさんいます。


発達障害の分野に携わるようになって実感するのですが、医者の仕事は不幸な未来を予測し、親子を呪うことなんでしょうか(笑)
医者の仕事って、今まさに起きている苦痛を和らげることと、その人の健康を維持することではないでしょうか。
起きてもない未来、目の前の人に当てはまるかわからない未来。
なんで「あなたの子は、一生支援が必要でしょう」「言葉が出ないでしょう」「自立は無理ですね」と、一人の医者が言うことができるのでしょう。


でもそういった不安商法を野放しにしているのは、私達、医療を受ける側にも問題があると思います。
医師から発達障害と伝えられたとき、「じゃあ、その発達障害が治る方法、改善する方法を教えてください」と言う必要があります。
だって医師の仕事は「治すこと」と「健康を維持すること」だから。
治さないし、症状の改善ができないし、知的障害だって進行するのなら、少なくとも発達障害の分野において医療は必要なし。
まあ、唯一できることとすれば、『"今"のリスク』に対して一時しのぎをするための薬の処方でしょう。
だから、医療を受ける側も知っておく必要がある、その悩みは『"今"のリスク』か、『"未来"のリスク』か。


発達相談という仕事を通して思うのは、親御さん達が必要以上に不安に思い、苦しんでいるということ。
どうして年端もいかない、つい数年前に生まれたばかりの子ども達の未来が、そんなにも不安なものばかりになるのでしょうか。
いま、発達に遅れがあるかもしれませんが、一年後には本来の発達の流れに戻っているかもしれない。
一年後には難しくても、小学生に上がる頃には、10年後には、成人したころにはいろんなことができるようになり、自立して生きているかもしれない。
未だに医師から発達障害という診断を受けた日の帰りに、親子で電車に飛び込むなんて話があるくらいです。
生涯、言葉が出なかったときに悲観するのならまだしも、まだ発達期にある子どもさんで言葉が出なくても悲観する必要があるでしょうか。
もっといえば、言葉が出ないこと自体が、その子の不幸なのか、今と未来のリスクだといえるのでしょうか。


このように起きていない未来の不安に苛まれて子育てをしている親御さんが多い。
親なら子の未来を心配するのは当然ですが、不安に生活自体が押しつぶされてしまってはいけません。
だって子育ては不安もあるけれども、喜びもある。
子どもの笑顔だったり、小さな成長だったり、親子になれた縁だったり、親にとっては子がいること自体が生きがいになることもある。


ハッタツの世界って陰気だし、こうやって不安を煽ることで商売をしていく輩ばかりだから、本当に嫌いです。
できることなら、すぐにでも出ていきたい(笑)
不安に満ちた世界だからこそ、私はポジティブな未来、子ども達の姿が見えるような発達相談、援助という仕事をしたいと思っています。
医者がその人の生き方、生活、人生に口出しするんじゃねー!!
教師がその子の未来を変えられると思ってんじゃねー!!
支援者が「ずっとそばにいるよ」と勝手に生涯支援が必要で、しかも自分を選ぶ前提で考えてるんじゃねー!!
親が勝手に「うちの子、重度なんです」って、その子のすべてが分かったような気になり、その子の可能性を否定するような発言をしてんじゃねー!!
親御さんには我が子の名前で呼んでほしい、常に変化し、たくさんの可能性を持った唯一無二の存在だと忘れないために。




☆『医者が教えてくれない発達障害の治り方』のご紹介☆

まえがき(浅見淳子)

第一章 診断されると本当にいいことあるの?
〇医者は誤ることはあるけど謝ることはない
〇早期診断→特別支援教育のオススメルートは基本片道切符
〇八歳までは障害名(仮)でよいはず
〇その遅れは八歳以降も続きますか?
〇未発達とは、何が育っていないのか?
〇就学先は五歳~六歳の発達状況で決められてしまうという現実
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのメリット
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのデメリット
〇療育や支援とつながるほど、子育ての時間は減る

第二章 親心活用のススメ
〇親子遊びはたしかに、発達に結びつく
〇変わりゆく発達凸凹のお子さんを持つ家庭の姿
〇学校は頼りにならないと知っておこう
〇安定した土台は生活の中でしか作れない
〇支援者が行うアセスメントには、実はあまり意味がない
〇親が求めているのは「よりよくなるための手がかり」のはず
〇人間は主観の中で生きていく
〇専門家との関係性より親子の関係性の方が大事
〇支援者の粗探しから子どもを守ろう
〇圧倒的な情報量を持っているのは支援者ではなく親

第三章 親心活用アセスメントこそ効果的
〇子育ての世界へ戻ろう
〇その子のペースで遊ぶことの大切さ
〇「発達のヌケ」を見抜けるのは誰か?
〇いわゆる代替療法に手を出してはいけないのか
〇家庭でのアセスメントの利点
1.発達段階が正確にわかる
2.親の観察眼を養える
3.本人のニーズがわかる
4.利点まとめ
〇家庭で子どもの何をみればいいのか
1.発達段階
2.キャラクター
3.流れ
4.親子のニーズの不一致に気を付けよう

第四章 「我が子の強み」をどう発見し、活かすか
〇支援と発達援助、どちらを望んでいますか?
〇子ども自身が自分を育てる方法を知っている
〇親に余裕がないと「トレーニング」になってしまう
〇それぞれの家庭らしさをどう見つけるか
〇親から受け継いだものを大切に、自分に自信を持とう

あとがき(大久保悠)


『医者が教えてくれない発達障害の治り方①親心に自信を持とう!』をどうぞよろしくお願い致します(花風社さんのHPからご購入いただけます)。全国の書店でも購入できます!ご購入して頂いた皆さまのおかげで二刷になりましたm(__)m


2022年11月8日火曜日

【No.1322】「どのくらいで治りますか?」

月日が経つのは早いもので、私の車は夏から冬タイヤへ替わりました。
花風社さん主催の「身体アプローチも発達する 勝手に発達する身体を育てよう」(講師は松島さん!)に参加したのもついこの間かと思っていたのに。
日本シリーズは第4戦目以降、記憶にありませぬ。。。


講座の中で「おやっ」と思ったのが、松島さんの「90日続けてみてください」という言葉でした。
詳細は動画を視聴してもらえばわかりますが、この期間って大事なんですよね。
私も「3ヶ月」はよく使う数字、期間だったので、この言葉にひっかかりました。
もしかしたら「90日」の根拠があるのかもしれませんが、松島さんの今までの経験の中からその辺りが一つの変わる目安になるのだと、私は解釈したのです。


期間については、どの親御さんも興味があることで、発達相談の中でも質問されることが多くあります。
「どのくらい続ければ、治りますか?」は、みなさん、知りたいですよね。
裏を返せば、それだけ続けることが苦手な人が増えたという表れだと思います。
発達相談後、一週間したら「まだ変化がないんですけど、やり方が間違っていますか?」「うちの子、重いのですか?」「治らないんですか?」というお問い合わせはしょっちゅうです。
だから、その親御さん自体の問題というよりも、現代人に共通する課題なのでしょう。


私はあまのじゃくですので、「いつ治りますか?」と尋ねられれば、却って期間に関することは一切話しません、みたいな対応をしていました(笑)
ですが、それじゃあ、結局は子どもさんのためにはならないと思って、考えを改めたんです。
「まずは麺じゃなくて、スープから飲め!それができないのなら、うちの店に来るな!!」みたな頑固おやじのラーメン屋方式は令和の時代に馴染まない。
やっぱりお客さんがいての商売だし、偉そうに思われてしまうかもしれませんが、そのお客さんである親御さんを育てるのも、より良い道へ導くのも私の仕事だなって思うんです。
なので、ここ数年は、数字の解禁をしています。


まず誤解がないようにしなければならない前提があって、神経発達を促す、育てることの時間と、その子の発達を阻害している要因を取り除くこと、環境を整えることの時間の2つがあるということです。
ここが混同してしまうと、「やり始めてすぐに効果があった!」というツイートに惑わされてしまいます。
短期間で変化が生じる場合のほとんどは、阻害要因を取り除いた場合だと思います。
サプリ飲んで次の日に効果があったというのは、錯覚であり、そう思いたいという願望。
即効性があるのはドーピングや麻薬でしょ。
神経を育てる意味で栄養素を摂るのでしたら、吸収され、身になる時間までの時間が必要ですね。


発達を阻害してきたもの、阻害要因の影響は、それを続けてきただけの同じ時間がかかるというのが一つの目安になります。
たとえば、幼少期からのメディア視聴は、0~2歳時まで続けていれば、視聴を止めても2年間くらいは悪影響がゼロになるまでかかるでしょう。
そして、そこで脳が歪んだり、言葉が遅れたりすれば、ゼロになった2年後からさらに積み上げていくだけの時間が必要になります。
ですが、テレビとか、砂糖とか、床のツルツル滑るマットをやめるとか、家じゃなくて外で過ごす時間を増やすとか、突っぱねるのではなく我が子を抱きしめるとか、その子にとってインパクトが強かったマイナスの刺激を取り除くのと同時に、真逆の必要な刺激を増やすようにすると、短期間に、それこそ、その日のうちに落ち着いたりすることがありますね。


もう一つの神経発達を育てて行く場合は、当然、ある程度の時間がかかるものです。
ハイハイのヌケを育て直そうと思えば、やはり3ヶ月から半年くらいはかかるでしょう。
さらに、いつその育て直しを始めるか、または未発達の感覚を育て直すか、によっても時間が変わってきます。
やはりそこで目安になるのが8歳以下とそれ以降であって、やはり幼ければ幼いほど、育て直しの時間が短くなるのは自然の摂理だといえます。
その背景には、一番は神経発達が最も盛んな時期ということもありますし、それだけネガティブな影響を受けていた時間が短いだけ、ゼロに戻すまで時間が短い、というのもあると思います。


反対に育て直し、治るまでに時間がかかる条件は、年齢と知的障害の重さだといえます。
どうしても成人した人達は、いくら本気で始めようとしても年単位を見ていく必要があると思います。
やっぱり子ども達のように、数か月で「治った!」ということはほとんどありません。
なので、成人の人が治るのは難しく、よほど本人の強い意志と継続できる力を持っている必要があるのです。
同じように重度の人は、その認知的な理由からなかなか育っていかない、治っていけないというのもありますが、何よりも本人のモチベーションを保つことが難しく、周囲も続けるためのサポートをするのにとても根気とエネルギーがいりますね。
ですから、このような方達のそばには、根気強い親御さんがいるものです。


まあ、このような経験則とその子の状態、また家庭の状態から、「だいたいこのくらいで変化が見られると思います」というのは伝えるようにしています。
もちろん、親御さんにとって具体的な数字がある方が頑張れる、と感じた方限定です。
逆に、根気強い親御さんでしたら、そういった具体的な数字を伝えてしまうと、そこまでは何がなんでも続けてしまうという危険性がありますので、つまり、それ以前に治っちゃう可能性もありますので、私の発言が足を引っ張りかねないため言わないようにしています。


まとめますと、期間を決めていく要素は…
◎本人の年齢、認知機能
◎どのくらい抜けていたか?(例:少しはハイハイしてた。ハイハイしたけれども、やり方が違った、非定型。まったくしなかった。ズリバイ→ハイハイ、どちらも短かった)
◎どのくらい阻害要因に触れていたのか?
◎それは「育てる」か?阻害要因を「取り除く」か?
◎本人のモチベーションのレベル、意識が向いているか?
◎本人が治そうと思っているか?
◎本人が続ける力を身につけているか?
◎サポートする人間に続ける力があるか?


あと補足するとしたら、遺伝や資質、生物学的な要因で、そもそも変化することが難しい、そもそも治す対象ではないものを「治そう!」「変えよう!」としても、時間がかかるというか、「こんなにやったのに、治りません!?」状態になりますね。
あるご家族は、10代で、知的障害重度の子で、一年間、ほとんど変化がないのにも関わらず、それを信じて続けた結果、ちょうど私の発達相談から一年過ぎたあたりで、ガラッと変わったと涙ながらに電話をくださいました。
これは私のアドバイスというよりも、このご家族、ご両親、ごきょうだい、皆さんの根気強さ、続ける力の賜物ですね。
究極的に言えば、治らないのは治るまで続けていないからであり、治るのは治るまで続けたから。
よく「成人は治らない」「重度の子は治らない」という人もいますが、そのような方たちは治るまでの時間がかかり、変化のない時間が長く続きますので、実際は続けられていない、ということもあると思いますね。


ヒトを育てるのは時間がかかる。
脳の前頭葉は25歳でやっと育つんですね。
定型発達といわれる人でも、すべての脳が育ちきるまで25年かかるわけですから、もう少し長いスパンで、もっと温かい眼差しで、ゆっくり育っていく"ヒトの発達"を捉えられると良いと思います。
いま、発達相談をしていても、「それは周囲が待ちきれていないだけ」という理由で、発達障害にされてしまっている子も少なくないように感じます。
25歳の誕生日を迎えるまで、その人が本当に発達障害なのかわからないともいえますね。




☆『医者が教えてくれない発達障害の治り方』のご紹介☆

まえがき(浅見淳子)

第一章 診断されると本当にいいことあるの?
〇医者は誤ることはあるけど謝ることはない
〇早期診断→特別支援教育のオススメルートは基本片道切符
〇八歳までは障害名(仮)でよいはず
〇その遅れは八歳以降も続きますか?
〇未発達とは、何が育っていないのか?
〇就学先は五歳~六歳の発達状況で決められてしまうという現実
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのメリット
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのデメリット
〇療育や支援とつながるほど、子育ての時間は減る

第二章 親心活用のススメ
〇親子遊びはたしかに、発達に結びつく
〇変わりゆく発達凸凹のお子さんを持つ家庭の姿
〇学校は頼りにならないと知っておこう
〇安定した土台は生活の中でしか作れない
〇支援者が行うアセスメントには、実はあまり意味がない
〇親が求めているのは「よりよくなるための手がかり」のはず
〇人間は主観の中で生きていく
〇専門家との関係性より親子の関係性の方が大事
〇支援者の粗探しから子どもを守ろう
〇圧倒的な情報量を持っているのは支援者ではなく親

第三章 親心活用アセスメントこそ効果的
〇子育ての世界へ戻ろう
〇その子のペースで遊ぶことの大切さ
〇「発達のヌケ」を見抜けるのは誰か?
〇いわゆる代替療法に手を出してはいけないのか
〇家庭でのアセスメントの利点
1.発達段階が正確にわかる
2.親の観察眼を養える
3.本人のニーズがわかる
4.利点まとめ
〇家庭で子どもの何をみればいいのか
1.発達段階
2.キャラクター
3.流れ
4.親子のニーズの不一致に気を付けよう

第四章 「我が子の強み」をどう発見し、活かすか
〇支援と発達援助、どちらを望んでいますか?
〇子ども自身が自分を育てる方法を知っている
〇親に余裕がないと「トレーニング」になってしまう
〇それぞれの家庭らしさをどう見つけるか
〇親から受け継いだものを大切に、自分に自信を持とう

あとがき(大久保悠)


『医者が教えてくれない発達障害の治り方①親心に自信を持とう!』をどうぞよろしくお願い致します(花風社さんのHPからご購入いただけます)。全国の書店でも購入できます!ご購入して頂いた皆さまのおかげで二刷になりましたm(__)m


2022年11月2日水曜日

【No.1321】それは発達の遅れではなく、生活環境に適応した結果ですね

「今の生活に満足している」
「なんの不便さも、不幸さも感じていない」
そんな子ども達がいるのは、前回のブログでお話しした通りです。
発達に遅れがあるからと言って、どの子も不便さを感じ、不幸を感じているとも限りませんね。
若者たちとお話ししてても、「ずっと自分は発達障害で不幸な人間だと思っていました」なんてのもよくあることで、ルサンチマン系の支援者による実害だといえます。


発達相談の中で、「ハイハイを飛ばした」「椅子に座れない」「走るのが苦手」「箸が使えない」などといった悩みを伺うことがあります。
でも、これは親御さんの悩みであって、本人の悩みではないことが多いのです。
発達障害と呼ばれる子ども達の中には、少なからず「適応の結果としての発達の遅れ」も確認できます。


どういうことかというと、「ハイハイを飛ばしても良い環境にあった」ということです。
考えてみてください。
動物は「なぜ、移動するか?」ということを。
それは危険から回避するためであり、食べ物を得るためであり、興味関心のある対象に近づくためであり、いろんな刺激を体感するためです。
今の子ども達、赤ちゃんが育つ環境として、本当にハイハイをする必要があるのかな、と思うことがあります。


赤ちゃん時代、十分にハイハイできるような環境だったでしょうか。
ベッドの柵の中にいたら、ハイハイする必要はないでしょう。
どこの床もツルツルで、得られる刺激が同じなら会えて移動する必要はないでしょう。
自分で移動しなくても、モノがあっちのほうからやってくるのなら自分でハイハイしてそこまで行きたいとは思わないでしょう。
ずっと靴下を履いていたら、足の感覚がわからず、当然のように動かそう、動かせるとは思わなかったかもしれません。


同じように椅子に座れないのは、椅子に座らなくても十分楽なソファーやクッションがあるからかもしれないし、赤ちゃん時代から自分の筋力を使わないで自動的に座れる椅子に座らされていたからかもしれない。
運動機能の未発達も、それを使う環境がなければ、室内にいる時間が長く、よじ登ったり、走り回ったりできなければ、多彩な動きは身につかないし、それは必要ではない動きに分類されてしまう。
「箸が使えない」というご家庭の多くは、補助箸を使っているし、食べさせているし、手づかみ食べをさせていないでしょ。
栄養不足の子は偏食というのがあるかもしれませんが、そもそも消化吸収に課題がある子が多い。
そんな消化吸収の悪い子、内臓の発達に遅れがある子に精製され栄養素を凝縮したものを食べさせ続けたら、ますます内臓は育たないですよね。


「みんなは"発達障害"とぼくのことを言うけれども、いまの生活に必要ないものはやっていないだけ」という声が聞こえてきます。
なんでも便利になり、効率化が最優先され、子育てすら計画通りに進めようとしてしまう時代。
器質や遺伝的な問題、後天的なショックで発達障害になった子以外、つまり、そもそもが普通の子だった子ども達の多くは、環境がそうさせたといえませんかね。
幼少期から強い刺激、早い場面展開に接していれば、脳はそのような世界に適応し、自然な動きを遅く感じてしまう。
だから一般的な授業展開を遅く感じてしまい、足りない分の刺激は動いたりして埋めようとする。
これはADHDではなくて、そういった世界に適応させた結果でしょ。
8歳までの脳は、生まれ出た環境に適応することが最優先。


十分に運動発達ができる環境にしてこなかったら、運動発達が遅れるのは当然の結果。
手づかみ食べを止めていたのなら、手や口の発達に遅れが出ても仕方がありません。
結局、動く必要がない環境の中では運動発達が育っていかないし、自分で手足を使う必要がなければ育っていかない。
それを「発達障害なんです、どうしましょう?」も違うと思うし、「生まれつきの障害なんです」は意味不明。
子ども達は素直に生まれ出た環境に適応しているとも言えるんです。
身体を使ったダイナミックな動き、大きな動きをする必要がなければ、いろんなところを見る目、奥行きを感じる目が育たないのは当たり前ですね。


生まれ出た環境に適応した結果の「発達の遅れ」という指摘だったら、本人たちは不便さも、不幸さも感じていないのは当然だと言えるでしょう。
今まで過ごしてきた環境の中で、本人たちが、本人たちの身体や感覚が「必要」だと感じていなかったのですから、それができなくてもなんとも思わない。
だけれども、周りが「問題だ」「問題だ」と言っているから、本人も「そうなのかな~」と思う感じ。
なので、適応した結果のもともと普通の子ども達は、なかなかアプローチに乗ってこないし、そもそもそれをやる必要性を感じていないからモチベーションが低い。


一生懸命取り組みをしているご家庭があるけれども、「なかなか伸びません」「身についていきません」「積み上がっていきません」ということありますよね。
それはアセスメントが間違っているという場合もあるし、器質的な問題からきているということもあるけれども、「一度適応したものから作り変えるのが大変です」ということもある。
早い段階で、脳が環境に適応することを最優先にしている時期に軌道修正できればいいんだけれども、一旦適応で落ち着いちゃっている段階だと結構、大変。
本人のモチベーションもあるし、だから続かない、強力な援助がなければ毎日できない、ということもありますね。


親御さんとしたらそういったつもりはなかったでしょうが、結果的に育てたように育った、ということがあります。
で、現代社会では結構、それが多いですよね。
社会全体が効率化の方向で作られてしまったのもありますし、親以外の子育ての参加、両親共働きで余裕がない、そもそも親世代が育ってきた環境が乏しかった、というのもあります。
でも、それを嘆いていても仕方がありません。
だから、気づいた人から変えていけばいいし、これからの親世代は親になるための勉強をする必要がある。


端的に言えば、動物の子育てから離れれば離れるほど、「問題が凝縮され、子どもに現れる」ということでしょう。
祖父母の代が、それよりも前の世代の人達が、日本人が、原始人が、動物がどのような子育てをしてきたか。
そういったものを知れば、今の人たちよりもずっと素晴らしい子育てをしてきたのがわかりますよ。
冷たいようですが、子ども達の発達に問題が出るのは、自然な成り行きだと私は思うのです。
そしてだからこそ、もう一度、子育てという基本から発達援助を捉え直す必要があると考えています。




☆『医者が教えてくれない発達障害の治り方』のご紹介☆

まえがき(浅見淳子)

第一章 診断されると本当にいいことあるの?
〇医者は誤ることはあるけど謝ることはない
〇早期診断→特別支援教育のオススメルートは基本片道切符
〇八歳までは障害名(仮)でよいはず
〇その遅れは八歳以降も続きますか?
〇未発達とは、何が育っていないのか?
〇就学先は五歳~六歳の発達状況で決められてしまうという現実
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのメリット
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのデメリット
〇療育や支援とつながるほど、子育ての時間は減る

第二章 親心活用のススメ
〇親子遊びはたしかに、発達に結びつく
〇変わりゆく発達凸凹のお子さんを持つ家庭の姿
〇学校は頼りにならないと知っておこう
〇安定した土台は生活の中でしか作れない
〇支援者が行うアセスメントには、実はあまり意味がない
〇親が求めているのは「よりよくなるための手がかり」のはず
〇人間は主観の中で生きていく
〇専門家との関係性より親子の関係性の方が大事
〇支援者の粗探しから子どもを守ろう
〇圧倒的な情報量を持っているのは支援者ではなく親

第三章 親心活用アセスメントこそ効果的
〇子育ての世界へ戻ろう
〇その子のペースで遊ぶことの大切さ
〇「発達のヌケ」を見抜けるのは誰か?
〇いわゆる代替療法に手を出してはいけないのか
〇家庭でのアセスメントの利点
1.発達段階が正確にわかる
2.親の観察眼を養える
3.本人のニーズがわかる
4.利点まとめ
〇家庭で子どもの何をみればいいのか
1.発達段階
2.キャラクター
3.流れ
4.親子のニーズの不一致に気を付けよう

第四章 「我が子の強み」をどう発見し、活かすか
〇支援と発達援助、どちらを望んでいますか?
〇子ども自身が自分を育てる方法を知っている
〇親に余裕がないと「トレーニング」になってしまう
〇それぞれの家庭らしさをどう見つけるか
〇親から受け継いだものを大切に、自分に自信を持とう

あとがき(大久保悠)


『医者が教えてくれない発達障害の治り方①親心に自信を持とう!』をどうぞよろしくお願い致します(花風社さんのHPからご購入いただけます)。全国の書店でも購入できます!ご購入して頂いた皆さまのおかげで二刷になりましたm(__)m