【No.1330】他人は自分ではない

昨日に限って下校時刻が早かったというのも、意味があるんだなぁと思いますね。
私が『「新型コロナワクチン接種と死亡事例の因果関係を考える」勉強会』を観ていたら、そこに小学生の息子が帰ってきて一緒にリアルタイムで視聴しました。
日本史上、最悪の薬害であり、人類の汚点の一つを。
まさにその歴史の真っ只中にいる人間であり、将来的に事実を知る世代の子ども達ですから、しっかりそのとき、何が起っていたか、少しでも見ておくことが必要だと思うんです。


あと、表には出てこないけれども、保身だらけの大人達だけれども、そんな中で真剣に怒り、闘っている大人もいるんだというのも見せたかった。
だって、悲しいじゃないですか。
大人になって、子ども時代にやらされていたことの意味を知ったとき、思い出すのが子どもを守ってくれなかった大人たちの姿しか思い出せなかったら。


「真実」というのは、ある意味、バイアスがかかっている言葉だから、「事実」といったほうがいいと思いますが、いろんな事実は見聞きしておいた方が良いと思います。
特に自閉っ子達は。
コロナ騒動でわかったのは、高機能やアスペルガーと言われるような知的障害のない自閉症の人でも、わかっているようで、わかっていない、ということ。
結構、過去の経験や自分の思考パターンに引きづられていて、難しいことを言っているようだけれども、そこに複雑さがない感じ。
もっといっちゃえば、薄いんです、言っていることが。
そんなに白黒つかないよな、見えてくるのは氷山の一角で、海面の下のほうがずっと大きいはず、というのが苦手だと感じることが多々ありました。
たとえば、論文という見える形のデータがあったとしても、現実社会はもっと複雑ですし、何よりもその論文だって、誰がどんな目的で書いたのか、という人間臭さも入ってくるものです。
論文審査している人だって、お金や名誉で釣られて、みんなグルってこともあるでしょう。


たぶん、定型と言われる人達は、こういった数値や文字から漂っている"人間臭さ"みたいなものを嗅ぎ分ける感覚があると思うんです。
でも、自閉症の人達は幼少期から感覚面での違いがあるから、こういった感覚を持っていないか、ズレているのかもしれません。
ある若者は、「文章にその人の"匂い"なんてするんですか!?」と驚いていました。
文字は文字でしかない、とのこと。
だから、文字中毒みたいな感じで情報を集めまくっている自閉症の人というは、感覚から得られる情報の足りない部分を大いに情報で補おうとしているんですね。
それが「見えないものは、ない」という思考を作り、見える範囲の情報で判断しようとするので、現実離れや本音と建前の誤解、何よりも自分の範囲にこだわり、それ以外の情報を遮断するんだと思います。


自分なりの解釈、世界で自爆するのなら、別に構いません。
でも、こういった自閉症の人達の中には、周囲の人間や環境のほうをコントロールすることで、自分の思考、頭の中の世界を守ろうとする傾向があります。
それが他人とのトラブル、迷惑行為、犯罪行為へと繋がっていく。
だから、まずは何よりも、子ども時代に感覚系の未発達は育てておく必要があると思います。
結局、感覚というのは、単に味が狭い、聴こえない、肌感覚が乏しい、というだけではなく、こういった思考パターンのズレを育んでしまう始まりになるんです。
乏しい感覚が、乏しい解釈を生み、それが一辺倒な思考パターンを作っていく。


自閉っ子、発達障害の子ども達、いや、現代社会のすべての子ども達に言えることなんですが、「リアルに触れる」ということが必要だと考えています。
五感と筋肉と、身体と脳みそ、感情を全部総動員して、本物に触れる。
小学校3年生以降の概念を必要とする学習の土台は、こういったリアルな体験で培っていきます。
国語の教科書を読んで、「うさぎ」と出てきたら、うさぎを抱いたときの温かさ、心臓の動く音、毛のふさふさした感じ、動物特有の匂い、動こうとするうさぎを落とさないように抱きしめた身体感覚…そういったものが想起できなければ、「うさぎ」は文字列で終わってしまいます。
それが学習面の躓きとなり、小3以降、支援級へと移行していく子が増える要因にもなります。


私はトラブルを抱えている子ども達、若者たちの相談も受けています。
そこで彼らに伝えるのは、「他人は自分じゃない」ということ。
先ほどの「うさぎ」の例で言えば、あなたの見ている「うさぎ」と私の見ている「うさぎ」は違うということを教えています。
同じうさぎを見ても、その人の持っている感覚によって見え方、感じ方は異なっています。
そして何よりも、その人の感情によっても見え方は異なり、その感情は過去の体験から出来上がったもの。
「真実は一つ」とも言われるが、感情の動物でもある人間は、その人間の数だけ真実があるといえます。
だから今回のワクチンだって、人によっては薬になり、儲けの種になり、毒にもなる。


トラブルを抱えて相談に来る人達は、自分が感じ、見えている世界を、そのまま他人も同じように見ている、という誤解を持っている人が多いですね。
こんなことを書くと、なにか特別な障害、特殊な特性などと見えますが、根っこを辿っていけば、概念理解の乏しさ、感覚系の未発達と繋がるものです。
ですから、今、子育て中の親御さん、子ども達の感覚を育て、感覚、身体、筋肉、脳みそ、感情をフル動員できるリアルにたくさん触れる体験をさせてください。
その体験が感覚を豊かにするだけではなく、概念理解、そして見える世界の広がりへと繋がっていきますので。
自閉っ子は「共感力が弱い」と言われますが、それも感覚が未発達だと、同じ体験をしても別々の体験となってしまうのが原因だと思います。




☆『ポストコロナの発達援助論』のご紹介☆

巻頭漫画
まえがき
第1章 コロナ禍は子ども達の発達に、どういうヌケをもたらしたか?
〇五感を活用しなくなった日本人
〇専門家への丸投げの危険性
〇コロナ禍による子ども達の身体の変化
〇子どもの時間、大人の時間
〇マスク生活の影響
〇手の発達の重要性と感覚刺激とのソーシャルディスタンス
〇戸外での遊びの大切さ
〇手の発達と学ぶ力の発達
〇自粛生活と目・脳の疲労
〇表情が作れないから読みとれない
〇嗅覚の制限 危険が察知できない
〇口の課題
〇やっぱり愛着の問題
〇子ども達が大人になった世界を想像する
〇子どもが生まれてこられない時代
〇子育てという伝統

第二章 コロナ禍後の育て直し
〇発達刺激が奪われたコロナ禍
〇胎児への影響
〇食べ物に注意し内臓を整えていく
〇内臓を育てることもできる
〇三・一一の子どもたちから見る胎児期の愛着障害
〇胎児期の愛着障害を治す

第三章 ヒトとしての育て直し
〇噛む力はうつ伏せで育てよう
〇感覚系は目を閉じて育てよう
〇身体が遊び道具という時期を
〇もう一度、食事について考えてみませんか?
〇食べると食事の違い
〇自己の確立には
〇右脳と左脳の繋がりが自己を統合していく
〇動物としての学習方法
〇神経ネットワーク
〇発達刺激という視点

第四章 マスクを自ら外せる主体性を持とう
〇なぜマスクを自ら外せることが大事なのか
〇快を知る
〇恐怖を、快という感情で小さくしていく

第五章 子どもの「快」を育てる
〇「快」がわかりにくいと、生きづらい
〇快と不快の関係性
〇子どもの快を見抜くポイント
〇自然な表情

第六章 子ども達の「首」に注目しよう
〇自分という軸、つまり背骨(中枢神経)を育てる
〇首が育っていない子に共通する課題
〇なぜ、首が育たない?
〇首が育たない環境要因
〇首が育つとは
〇背骨の過敏さを緩めていく
〇首を育てるには

第七章 親御さんは腹を決め、五感を大切にしましょう
〇子育て中の親御さん達へのメッセージ
〇部屋を片付ける
〇子どもと遊ぶのが苦手だと思う親御さんへ
〇ネットを見ても発達は起きません
〇発達刺激という考え方
〇五感で子どもを見る
〇特に幼児期は一つに絞って後押ししていく

第八章 自由に生きるための発達
〇発達の主体を妨げない存在でありたい
〇大人が育てたいところと子どもが育てたいところは、ほとんど一致しない

あとがき
こういう本を読んできました
巻末漫画

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