2022年2月28日月曜日

【No.1240】メディアリテラシーと自閉症

メディアリテラシーとして、「フェイクニュースを見分ける」が挙げられることが多いですね。
しかし、この「フェイクニュースを見分ける」自体が、フェイクだと思うのです。
「フェイクニュース」というのは、ある意味、レッテル貼りであり、そうやって切り捨てた先には思考停止があります。
当初「フェイクだ」なんて言っていましたが、接種後のmRNAはすぐに分解されることなく、数か月間、体内の臓器に残り続けていたことが明らかになりました。
人間には未来を視る能力はありませんので、物事がはっきりと白か黒かなどと言い切ることはできません。
人間も、科学も、失敗をしながら、過去に学び、過去を反省しながら少しずつ改善していくしかないのだと思います。


私が考えるメディアリテラシーとは、フェイクかどうかを見分けるのではなく、報道されていない情報から真実を推察することだと考えています。
コロナで散々学んだはずなのに、同じような出来事でいえば、20年前のイラク戦争を思い出せばわかりますが、一方的な報道には危険性が伴っているといえます。
当時を振り返れば、政治も、メディアも、世の中の空気も、悪いのはフセイン大統領で軍事的にたたくこともやむなしという雰囲気でしたね。
しかし大量破壊兵器は見つかりませんでした。


今回も、プーチンが極悪人のように語られていますが、どうしてNATOがドイツのラインから出て東側に勢力を伸ばしてきたのか、そしてそのNATOを使ってロシアにプレッシャーをかけている背後にいるのはなんなのか、プーチンを政権の座から落とすことでロシアの何が狙われているのか。
歴史の流れから見れば、プーチン大統領もやむにやまれぬ状況になったため、ウクライナに侵攻したのだと考えられます。
そうやって多面的に白黒つけずに見る視点が必要であり、そのための情報源がメディアなはずですが、日本の空気は「ウクライナがかわいそう」。


プーチンはウクライナにロシアに向いたミサイルが配備されると、国が外国勢力、外国企業に乗っ取られるから侵攻した。
いやいや、既に日本はその状態で、北朝鮮はミサイルを日本の方角に発射しているし、中国のミサイルは東京や大阪など、日本の都市に向いていますよ。
ウクライナの罪なき市民が傷つくのは許せないことです。
しかし、風邪ウィルスでどんだけの若者、女性が自らの命を絶ったのでしょうか。
同じ日本人として日本が潰れるのは避けたいですが、こんなお花畑の日本ですから、もう一度、どん底まで落ちないと変わらないのかもしれないとも思うのです。


相談を受けていた自閉症の方で、「この人はワクチン接種しないほうがいいよな」と思うことがありました。
もちろん、接種の有無は本人の選択なので、私はその件については一言も意見しませんでしたが、案の定、精神を悪化させてしまいました。
子どもが受ける予防接種は一度接種すれば終生免疫ができますので終わりですが、今回のワクチンはそういったものではありません。
もちろん、接種すればそれなりの効果が得られるのでしょうが、それは期間限定。
インフルエンザワクチンは毎年打たないといけないし、打っても罹る。
ということは、時間の経過とともに得られた効果が失われていくということです。
つまり、接種しても効果が下がっていく=あとから知る情報はネガティブなものが多くなる。


接種しても罹る人もいますし、接種後、重大な副作用が起きた人もいます。
それでいて接種したからといって、ワクパスのようなものが得られるわけでもない。
流れてくる情報がネガティブなものばかりですので、当然、精神的にダメージがくるわけです。
「反ワク」と言ってしまえば、そのときは安らぐかもしれませんが、後から出てくる事実自体はコントロールすることができません。
結構、接種を後悔している人達がいて、その人達が3回目を留まってくれればよいのですが、不安を打ち消すために3回目に突入してしまう人も少なくないのでは、と思います。


あと自閉症の人達と接してきて感じたことですが、やはり裏を読むことが苦手なんだと思います。
PCRの無料、ワクチン接種の無料も、本当に無料だと思っている人もいるし、医師や専門家は本当に国民、一人ひとりの健康を願い、またコロナ禍を終わらせるために発信、行動していると思っている。
日本の放送局のお金を調べれば、既に外国資本に牛耳られていることがわかるけれども、公明正大な放送がされていると思い、メディアが情報提供ではなく、プロパガンダになっていることが理解できない。
これだけ多様な人間が住んでいるのに、自粛自粛、ワクチンワクチンと一方向に世の中が進んでいる場合、その方向に誘導している存在がいるのですが、「見えないものはない」になってしまう。


自閉症の人が権威を信じやすいのは、つまるところ、脳みその省エネなんだと思います。
白黒思考もそうで、結局、曖昧な状態は脳に負荷がかかるマルチタスク状態なので、それに耐えられないのでしょう。
だから、権威という具体的なものに自分の思考、判断を預けてしまう。
尾身会長が幽霊病床で補助金を受け取ろうとも、山中教授がマスクをしないでマラソン大会に出ようとも、決して彼らを否定することがない。
というか、そこは見ないようにしている。
見ちゃうと、公明正大な権威という情報と不具合が生じ、自分自身の脳みそに負荷がかかってしまうから。


コロナ騒動の中でも、自閉症の人の課題は浮き彫りになったように感じます。
「この人は良い人、悪い人」という白黒思考、レッテル貼りは彼らの対処法です。
ロシアとウクライナだって善と悪で割り切れないし、世の中のほとんどはグレーであり、見る方向によって見え方が異なります。
さらに時間軸で評価も、見え方も変わってくる。
その状況の変化に樹運に対応できるだけの脳みそに余裕がないと、思考の柔軟性がないと、自分ではない誰かに自由と選択、主体を奪われてしまいます。
誰かのために生きる人生、外の情報と環境に左右される人生。


テレビ、ネット、新聞など、報道されていることよりも、何が報道されていないかが重要だと思います。
また同じ文中にある事実と意見を切り分けて捉え、意見の部分からどちらの方向へ誘導しようとしているのか、その意図を読み解くことが必要だと思います。
これらは思考訓練が必要だといえますが、その前に脳みそに余裕と柔軟性がなくてはなりません。
脳みその余裕は発達のヌケと未発達を育て直すことで、柔軟性は心身のコンディショニングで整えられていくと思います。


日本はコロナという仕掛けられた情報戦で敗北しました。
ですから、コロナ後の発達援助は、発達障害を治すだけでは、それがゴールになってはいけないのです。
発達障害が治るのは途中経過であり、その先に目指すところは主体的な人生を送ること。
そのためには避けては通れない情報戦に勝ち、メディアリテラシーを身につけていく必要があるといえます。
欧米各国でコロナ規制が撤廃になったということは、コロナ騒動では目的が達せられなかったという合図なのでしょう。
次は気候変動からの食糧危機の煽り。
で、遺伝子組み換え食品、添加物、人工肉等で商売し、人々をコントロールしようとするのでは、と想像しています。
歴史を見れば、パターンは一緒ですね。




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2022年2月24日木曜日

【No.1239】感染予防を推奨してきた発達障害専門家の今後

あのアメリカでも子どものワクチン接種率は2割程度で、イギリスは心臓疾患などリスクの高い特別な事情がある子のみの接種=ほとんどの子どもは非接種です。
そもそも欧米以外は、大人の接種率も低いところが多く、世界で見れば子どもに打たせようとするところはごく僅か。
その僅かに当たる日本では、ちょろっと臨床試験期間が伸ばされ、「11歳以下は2026年5月」はその名の通り。
「抗体価が上がった」と報道はするけれども、肝心な「オミクロン株が出現する前のデータ」という説明書きはスルー。
ファイザー→ファイザー→モデルナのチャンポンは動物実験で安全性が確かめられたの?
厚労省はちゃくちゃくと抜け道、逃げ道を作っているので、もし薬害訴訟となれば、長い月日がかかるでしょう。


しかし日本人の8割、9割が接種したといわれるワクチンですが、こと子どもに関しては世の中の空気が変わって慎重な意見、否定的な意見が公然と述べられるようになりました。
知事会の2歳以上にマスクの件から流れが変わったと思います。
子ども達を守る、危険を回避するというのは、動物の本能に近いといえます。


本能と言えば、幼い子が何でも口の中に入れるのもそうといえるでしょう。
産道を通る際に母親から細菌を貰い、出生後はいろんなものを口に入れることで菌やウィルスを体内に取りこむ。
「ばい菌」などという言葉が当てられていますが、幼い子ども達にとっては動物として生き抜くためには必要な物質だと思います。
子どもは低い位置で生活することで、様々な菌やウィルスに触れやすい状態です。
そのときに、なんども暴露しながら体内環境を整え、強くしていく。
1年間に何度も風邪をひき、いろんな病気に罹りながら、菌やウィルスとバランスがとれる身体が作られていくのですから、抗菌などは却って子どもを弱くするものです。
まさにこの2年間は、長期的に観れば、子ども達を弱らせ、健康を奪っていくことといえるでしょう。


CMなどでは細菌をおどろおどろしく映像化しているものがあります。
しかし、ウィルスもそうですが、それ自体は良いも悪いもないのだと思います。
この空気中にだって、様々なウィルスは飛んでいますし、体内にも無数の細菌、ウィルスが存在し、私達は共生しています。
ですから、ウィルスが悪さをするというよりも、そのひと本人の健康状態が主で、ウィルスはそれに合わせて増殖、反応しているにすぎないのではないでしょうか。
つまり、「ばい菌」という言葉は、消毒液や除菌剤を売るために利用された言葉であり、腸内細菌の「悪玉菌」も、「善玉菌」、ヨーグルト、乳酸飲料を売るための道具。


発達障害の子ども達に、腸内環境の課題を持っている子が多いことは知られています。
だから、「ヨーグルトを多く食べさせよう」「サプリを飲ませよう」という発想はわかるのですが、どうして腸内環境が整わないのか、その根本的な原因に目を向けることが心身の安定、そして発達障害を改善、治していくことに繋がっていくと私は考えます。
そもそも消化吸収に課題を持っている場合、いくらヨーグルトを摂っても、そのまま流れてしまうだけではないでしょうか。


私の経験から推測される背景には…

◎手づかみ食べの少なさ
◎泥遊び、砂遊びの少なさ
◎触るたびにウエットティッシュで手を拭かれた
◎赤ちゃん時代に、モノを口に入れることを制限されていた
◎産道を通らない出産
◎呼吸の浅さ、口呼吸
◎人工乳(栄養の面だけではなく、消毒し過ぎる哺乳瓶)
◎早期からの添加物と白い食べ物(小麦、砂糖、牛乳など)
◎寝返りのヌケ
◎胎児期の栄養不足
◎触覚過敏
◎胎児期のヌケ(羊水内で指しゃぶり、羊水を飲んだり吐いたり)

などが挙げられます。
発達相談の中で見えてきた共通点からは、単純に腸内細菌だけの問題、善玉菌を増やせばよいという話ではないようです。


脳と腸の繋がりが強いことが明らかになっていますので、腸内環境、腸の発達のヌケが脳に影響し、それが心や身体、行動にも影響を及ぼしそうです。
つまり、この2年間の除菌しすぎた環境、ウィルスや細菌を避け続けようとした環境は、子ども達の腸に影響を及ぼし、それが発達障害っぽい状態として表れてしまう危険性があるのだといえます。


発達障害専門の医師も多くは、感染予防を推奨する立場でした。
つまり、それは何を意味しているかと言うと、今後、コロナ騒動による発達の影響、ヌケがあったとしても、それは認められない、認めようとしないということです。
マスクや除菌の危険性、発達と健康に及ぼす影響に気づいていた医師なら、「それが原因で発達障害の症状がみられているね」と言ってくれるかもしれませんが、どちらも推奨してきた医師は自分が勧めたことによっての子どもの心身への影響があったとは決して言わないはずです。
ですから、コロナ禍のヌケも、全部、発達障害で、それは治らない障害。
これではますます発達障害児は増え続け、同時に本来は治るはずの子までもが生涯に渡る支援の世界に引きづりこまれていくでしょう。
よって、これからますます根っこを辿る、根っこからアセスメントできる力を持った支援者が求められていくと思います。




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2022年2月17日木曜日

【No.1238】個人個人の物語

昨日より『ポストコロナの発達援助論』が書店に並び始めました。
◎MARUZEN 丸の内本店
◎MARUZEN 日本橋店
◎ジュンク堂書店 池袋本店


池袋は高校の通学の乗換駅でしたので、部活動の唯一の休みの日の水曜日、ジュンク堂書店に立ち寄ってから家に帰ることが多かったです。
高校野球の東東京大会の3回戦で敗れたあと、大学の進路をどうしようかと考えていたとき、人文科学に興味があり、そんな本を手にすることが多かった私ですので、秋ごろには自然と子どもに関わる仕事、人の成長に関わる仕事と気持ちが定まってきました。
そんな思い出のある書店に、まさか20年後、私の名前がついた本が並ぶなんて。
当時の高校生の私に話をしたら、さぞかし驚くことでしょう。
教員になっていないし、東京にも戻っていないし、まったく接点がなかった発達障害の分野で起業しているなんて(笑)
人生わかるのは、自分が生まれたことと死ぬことくらいですね。


私のような人間にもそれなりの物語があるように、この世界に生きる人すべてにそれぞれの物語、ストーリーがあるのだといえます。
なぜ、その人がそういった佇まいをしていて、そういった言動をしているのか。
そのすべてにそれまで生きてきた、辿ってきた流れがあるのでしょう。
そこに触れずに、対人援助の仕事はできないと思っています。


数日前のブログでハイハイを飛ばす子の話題を取り上げました。
「ハイハイを飛ばしたから、ハイハイをさせる」では、ハイハイのヌケが埋まった子にはなるけれども、発達に遅れが生じるリスクを抱えた子はかわらない、と。
じゃあ、どうしたらいいんだ?具体的に何を確認していくんだ?
そういった声が聞こえてきました。
本来、具体的なことを書くのは、親御さんによっては子育てのアイディアを縛ることに繋がりかねないので避けてきましたが、ちょっと紹介しようと思います。


ハイハイを飛ばすということは、ハイハイの準備ができていない子と考えられます。
ですから、ハイハイより前の運動発達を確認していきます。
ズリバイでしたら、腕を使ったほふく前進のような段階はどうだったか?
そのほふく前進から足を使ったズリバイに移行できていたか?
腕、足は交互に動かせているか?同時の段階で終わってしまっていなかったか?
当然、指の使い方、手首の状態、足の指の反り具合、はね返しの力具合もチェックします。
原始反射の確認も必要です。
頭の大きさ、体幹の強さ、肉付き、主に頭部への強い衝撃、母乳、出生児の体重、胎動の具合も重要。


環境側の要因として、部屋の中は畳か、フローリングか?
よくあるのが、転倒防止のつるつる滑るマットが敷いてあって、それで手足の指がうまくひっかからず寝返り、ズリバイがやりきれずにヌケが生じる、ということがあります。
あとは、良かれと思ってか赤ちゃんに靴下を履かせてしまっており、それでうまく身体が使えない、足の裏からの感覚が得られない、ということもあります。
部屋にモノが多くて、そもそもズリバイなどのスペースがないことも。
さらにたどれば、柵付きのベッドで寝かされていることが多かった場合、また家族の動きが目に入らない場所に寝せられていた場合、家族との関わり、顔を合わせる機会が少なかった場合、目の発達の遅れからの動きの遅れ=運動発達のヌケのパターンもあります。
生後1年間の生活環境の刺激の多さ(多ければ良いわけではない) 、おもちゃの種類、寝室の環境も。


そして赤ちゃんは家庭の雰囲気を感じて、それに合わせた行動をすることもあるので、不穏な空気が家に漂っていると、それだけであまり動かない、自分がじっとしていることが家族にとって良いと思うと、敢えて動こうとしないこともあります。
ここは胎児期の愛着障害とも関連することだといえます。
愛着障害で言えば、親御さん自身の自分の親との関係性、どういった親子の課題を持っているかも無意識に子どもの姿に投影されますので、それが赤ちゃん時代の伸びやかさに影響を及ぼすこともありそうです。
親子の同調という面から見れば、親御さんの息が浅いと、子どもも同じように息が浅いこともあり、それがあまり動こうとしない、動けない、ということにも。
不安も移るので、親御さんに心配事があると、あまり遠くへ行こうとしないこともあります。
きょうだい児の赤ちゃんに対する眼差し、関わり、きょうだい児さんの育ち、祖父母、親戚、親の友人の有無。


忘れてはならないのは遺伝の話で、代々ハイハイを飛ばす家庭という場合もあります。
お子さんがハイハイを飛ばしたご家庭では、お父さんも、おばあちゃんも、ということは珍しくありません。
ちなみに言語発達に関しても遺伝的な要素が強く疑われるケースが少なくなく、どうも言語に関する遺伝的な脆弱性をもった方たちもいるようです。
そういった言語面に関する脆弱性を持った子が、幼少期からタブレットやテレビなどを長時間観ると、かなりの確率で言葉の遅れが出ます。
遺伝的にそういった強い刺激、視覚&聴覚刺激と相性が悪いのでしょう。
遺伝が疑われる場合は、その同じような傾向を持つ親御さんがどのような遊び、運動、子ども時代の生活を通して、そのヌケを育て直したか、また折り合いをつけてきたかが重要なポイント、子育てのヒントになります。


もちろん、ハイハイという運動発達ではありますが、前庭感覚の育ち具合、皮膚感覚の発達状態、呼吸や首の状態、栄養、食事、睡眠、排泄など、あらゆることとの繋がりがあります。
ですから、発達のヌケのアセスメントをするにしても、あらゆる角度から、その子の成育歴、そして3代に遡っての物語を確認しながら行っています。
当然、ハイハイ”だけ”抜けている子はほとんどいなくて、他の発達課題もあれば、それぞれ同じように分析、確認していく必要があります。
そうやってあらゆる発達課題を読み解きながら、1本の物語、たぶん、こういうことで今、発達の課題が生じているのだろう、ということを紡いでいく。
それが子どものことを一人の人間として向き合い、丁寧に観ていくことだと思います。
「ハイハイ飛ばしたんですか?じゃあ、運動発達のヌケですね」は、アセスメントではないのです。


『医者が教えてくれない発達障害の治り方』でもお伝えした通り、このその子の物語を紡いでいくのに一番適しているのはずっと傍にいた親御さんだといえます。
私も発達相談をしていて感じるのですが、親御さんは子どもさんの物語を知っている、だけれども忘れていたり、個別の出来事の繋がりに気づいていないことがあるだけだと思うのです。
親御さんと先生、支援者の間で往々にして起きる捉え方の違いは、この物語の差だといえます。
どうしても生活の、人生の一部分を切り取って付き合っている先生、支援者には、親御さんに見えているような流れる物語が感じられないのです。
運動会を撮ったホームビデオと、三代続く歴史書では話がかみ合わないのも当然です。
しかしときに、説明する力が先生や支援者のほうがあるため、親御さんが感覚的に伝えてもわかってもらえない、言語体力の差で押しきられてしまい、結局モヤッとする、ということになるのでしょう。


個人個人の物語だったはずですが、共通の出来事として「コロナ禍の2年」が加わってしまいました。
コロナ禍が個人の物語にどのような影響を及ぼしたのか、及ぼしていくのか、これから益々明らかになってくると思います。
ただ一つ言えることは、今後も同じような災難や個人の力ではどうしようもないイベントがあるということです。
だからこそ、今まで通り発達のヌケは育て直し、快食快眠快便、生きるための土台作りが重要なのは変わりありません。
コロナ禍は多くの子ども達にネガティブな影響を与えましたが、こんな2年間でもぐんぐん育ち、自立の道、治った道を歩んだ子ども達、若者たちがいました。
彼らの物語から学ぶこと、教わることは多いと思っていますし、そういった個人の物語は、あとに続く者の物語とも繋がっていくのだと思っています。




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2022年2月15日火曜日

【No.1237】コロナ禍を経て発達援助も変わらなければならない

昨日のブログを読んでくださった方から感想を頂戴しました。
読んでいて苦しかったけれども、その苦しさを辿っていくと、自分自身が目を背けようとしていたところだった。
発達障害はこの子にあると思っていたけれども、私とも繋がっていた、と。
実はこのような感想をおっしゃる方は少なくなく、発達相談後にこういったメールをくださる方がいらっしゃいます。


このような親御さん、家庭を含めた環境要因については、長年タブーとされてきました。
しかし根っこから育ち、治っていくには、どうしても避けては通れないところになります。
ですから、私の仕事の中で、一対一のご家族しかいない状況でじっくりお話を伺いながら、伝えていくようにしていました。
ただ今回の『ポストコロナの発達援助論』の執筆をきっかけに心境の変化が生じたのです。


発達のヌケや遅れの育て直し方、また愛着障害や知的障害の治っていき方については、既に花風社さんの著書、著者の方たちの知見から明らかになっています。
あとはやるかどうか、我が子に応用できるかどうか、どこにヌケや未発達があるかが捉えられるかどうかだと思いますし、実際に元発達障害の若者たち、子ども達がたくさんいらっしゃいます。
アメリカでも「全体の5%くらいは困難なケース」と20年前くらいから言われていましたし、私の感覚からいっても大部分の子ども達は治っていける方達だと思います。
なので、私の中では「治る」ことに特別な感情を持たなくなり、自然な発達過程だと思うようになったのです。


コロナ騒動も2年が経ち、世の中の空気もオミクロンが終息すれば、徐々に以前のような生活に戻る、ゴールはもうすぐそこまで、といった感じがします。
しかし本当に2019年のような日常が戻ってくるでしょうか。
私はまったくそのようには思えません。
自粛生活により高齢者の認知機能の低下、筋力、運動能力の低下が顕著になり、要介護者を増やすでしょう。
その急増した要介護者を誰が支援、サポートするのでしょうか。
今でも国家の支出の中で多くの割合を占めている高齢者の介護や医療にかかわるお金は誰が負担するのでしょうか。


現役世代、とくに若い世代の就職難はますます悪化し、また景気の悪化は治安の悪化を招くことでしょう。
外資に買い取られた企業は安い労働力として外国人をどんどん入れてきます。
これまた治安の悪化の要因になるはずです。
安い賃金で働かされる若者は当然、自立や結婚が難しくなり、それが少子化にさらなる拍車をかけます。
そしてコロナ騒動を人生で最も盛んな神経発達の時期として過ごした乳幼児期の子ども達、心身の自立のために重要な社会生活、集団生活をやり切れずに過ごした若者たちにはその後の人生全体に影響を及ぼすことでしょう。


コロナ以前から、「普通に育つ」ということが難しくなっていました。
私が思うに、どの子も発達障害になる可能性がある中での子育て、となっているような気がします。
あまりにも社会の変化が大き過ぎるのが、現在の子育て世代、子ども達を取り巻く環境だといえます。
そこに今回、ほぼ日本全国平等に「コロナ禍のヌケ」という環境要因が加わりました。
発達相談の内容の変化、子ども達の様子を見ていると、とんでもないことが起きていると感じらざるを得ないのです。


うまく表現できないのですが、動物から離れた部分で生じたのが今までの発達障害のイメージです。
一方でコロナ禍では、人工的な非自然な環境に無理やり適応させられたことによって生じる発達障害という感じがします。
それまでの700万年の歴史、ホモサピエンスとしての20万年の歴史、日本に住む人類3.8万年の歴史がブツッとこの2年間だけ切れてしまった。
他人の素顔を見て泣き出す子ども。
何度も消毒し、自然のものに一切手を付けようとしない子ども。
他児との、他の大人との身体接触を拒む子ども。
私達人間は、この日本に住むヒトは、環境と食の中で体内に細菌やウィルスを取りこみ、共存してきました。
この日本に適した日本人らしい体内環境があるわけです。


ヒトとしての原理原則、日本人としての原理原則。
その上に各家庭の、その子だけの子育て、育ちを試行錯誤しながら作り上げていく。
ただでも子育てを一人ひとりに合わせてカスタマイズするのは大変なのに、前提となる原理原則の部分までもがコロナ禍によって揺らいでしまった。
だから今までは、試行錯誤の子育ての中で自然な状況から外れてしまっていた場合、そこを修正し、フォローすればよかった。
でも、子どもが育つ環境そのものが非自然なのです。


『ポストコロナの発達援助論』を読んでくださった方からも感想を頂戴しました。
その方とも危機感を共有できていました。
人は未来のリスクを小さく見積もる癖を持っています。
ですからその場にならないとリスクを認識できず、人類は何度も失敗してきたのです。
しかし大東亜戦争の前、戦中にも、恐ろしい未来、結末に気づき声を上げていた人達がいました。
そういった人達がいたからこそ、私達は過去に学び、少しずつ最悪の事態を回避し、進歩してきたのだと思います。


2011年の大震災は、胎児も同じように体験し、その後の発達過程に影響を及ぼしたことがわかりました。
あれから10年、胎児も同じようにコロナ禍という不安定な世の中を体験したはずです。
あのときは半年くらいで徐々に世の中の不安は薄れましたが、今回は2年にも及ぶ長期間になっています。
3.11の子ども達から私達は何を感じ、コロナ禍で胎児だった子ども達になにを活かすことができるでしょうか。


一人ひとりが考え、選択し、行動する。
気づいた人から変わっていく。
これが私達大人に課せられた課題だと思います。
社会は変えられないけれども、どんな社会になろうとも自立し、生き抜けるための育ちを後押しすることはできると考えています。




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書店で並ぶよりも早く読むことができますので、是非、ご利用ください。
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2022年2月17日より全国の書店に並ぶ予定です。

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2022年2月14日月曜日

【No.1236】それって対症療法では?

この冬が始まる前、「2020年にインフルエンザが流行していない分、今季は大流行になる」と言っていたお医者さん、某感染症学会がいましたが、その方々はお元気なのでしょうか。
立春を過ぎ、季節は確実に春に向かっているわけですが、一向にインフルエンザの流行は聞こえてきません(インフルの予防接種を打たないと流行しない??全部、オミ感染にしちゃってる??ウィルス干渉??)。
厚労省の発表では昨年同様の低水準で、またまた外した専門家が「感染対策のおかげ」なんて言っていますが、「じゃあ、なんで1月はあんなにオミクロンが増えたの?」と誰にでも分かる言い逃れをしています(もともとワクチン接種を増やすことが目的??)。
発達の専門家と同じで、「この子は生涯支援が必要だ」なんて言う子が、普通の学校生活を送ることも多々あるわけで、結局、専門家と言えども未来はわからないわけです。
ただ専門家ゆえにわからないことを「わからない」と言えないだけなのでしょう。


コロナ騒動が2年続きましたが、「わからないことがわかった」というのが最大の功績だったのではないでしょうか。
いくら感染対策をしようが、ナントカ宣言を出そうが、どうやったらウィルスを制圧できるかはわからない。
結局、自然現象で、ウィルス都合なのですから、陽性者の波の高さはいじれても、波の周期は変えられないわけです。
今回も高さはあったものの、過去の波と同じ形をしていて、だいたい110日周期。
たぶん、PCRで引っかからない人も大勢いて、本当の感染力、重症化率、致死率などはわかりません。
もちろん、ワクチンに関してもそうで、短期的に見えれば発症を抑え、死亡率も下げる。
ただそれが半年、一年と中期長期的にみれば、本当に感染&重症化の予防効果があるのか、欧米人と同じように日本人も同じ効果があるのか、短期的には現れない副反応があるのか、誰にもわからないわけです。


多くの人は不安が強いとき、言い切ってくれる人を求めます。
「ワクチン2回接種すれば、お孫さんに会えますよ」
「国民の7~8割が打てば集団免疫ができ、マスクが外せるようになります」
「ワクチンで免疫ができると、ウィルスが体内に侵入できなくなります」
「発熱などの副反応が多くの人で起きますが、数日で必ず治ります」
これらのすべてが現在、否定されていますよね。
本当はそれを信じて行動してきた人達は怒ってもいいのに、ほとんど誰も怒っていない。
ということは、こういった専門家の発言が正しいかどうかではなく、そのときの一時的な安心感が得たかったんだと思います。
日本人にとって専門家、権威の言葉は、占いと同じ次元の話なのかもしれません。


ハッタツの世界も同じような傾向があり、多くの人は権威や専門家が大好きです。
裏を返せば、それだけ不安が強く、別の見方をすれば、そういった支援者が提供しているものは不確実性を持つものばかりなのでしょう。
だから、支援や療育の多くは、その場しのぎの対症療法ばかりです。
TEACCHだろうが、ABAだろうが、SSTだろうが、みんな同じ。
もっといえば、感覚統合も、原始反射も、栄養療法も、身体アプローチも。


こんなことを書くと、「お前はその4つを推し、治すために使っているだろう」と言われると思います。
もちろん、とくに身体アプローチは発達のヌケや遅れを育て直し、その子が治っていくための後押しに有効なのは変わりありません。
しかし、どうもプログラムとしての「身体アプローチ」みたいな捉え方をしている人が多いような印象を受けます。
「それって発達のヌケに対する対症療法では?」と思うこともあります。
私が行っている発達援助とは、根っこから育て治っていくための根本治癒を目指しているのです。


お子さんに発達の課題が生じる。
「だから、栄養アプローチ・身体アプローチ」では対症療法ではないでしょうか。
まずやらなくてはいけないのは、どうしてお子さんに発達の課題が生じたか、そこだと考えています。
いくら頑張って栄養を整え、身体アプローチをしようとも、どうして発達に遅れが生じたのか、ヌケが生じたのか、定型発達からズレが生じたのか、そこのところに目を向け、明らかにしていこうとしなければ、いくら経っても対症療法の繰り返しにしかならないと思います。


先日、「発達障害 治す 函館」とネット検索して私に突き当たったご家庭がありましたが(笑)、ほとんどの場合は、私に依頼する以前に何らかの支援や療育、アプローチを行った経験がある方達ばかりです。
そういった何かをしたけれども、うまくいかない、子どもの課題が解決しない。
そこで「他に良い方法、アプローチがあるかも」と思ったその時点で、すべてが対症療法になると思います。
つまり、子どもさんの発達の課題の根っこを見ずして、そこを解決せずに行うものは、すべて特定の症状、課題に対する対処であり、対症療法になってしまうのです。


栄養療法はブームになっています。
もちろん、栄養面からのアプローチによって心身が健康になり、発達の遅れなどの症状が改善する場合もあるでしょう。
しかし、そういった方達の中で、「なぜ、うちの子は栄養療法で良くなったのだろうか」と考える人はどのくらいいらっしゃるでしょうか。
栄養で改善するということは、それ以前の栄養、食事に問題があるかもしれない。
食事はもちろん、それを作っている親御さんの食習慣とつながっているし、栄養で言えば、妊娠中、妊娠前、思春期、子ども時代と繋がっている。
親御さんが子ども時代、第二次性徴の頃、社会人になってから、どこでどんなものを食してきたか。
子どもさんにはプロティンやサプリなどを飲ませ、糖質も制限しているのに、親御さんが甘いお菓子が好きで、コンビニのごはんもよく食べる、という。
栄養で治るのなら、栄養が良ければ、発達障害にはならなかった。
そこの辺りの分析も必要だと思います。


同じように身体アプローチに関しても、私に我が子のアセスメントを依頼し、どんな遊びや運動が発達のヌケを埋めるか、をお尋ねになる。
親御さんにとっては子の発達の遅れは一大事であり、緊急事態です。
ですから、緊急事態に対する対症療法としての「こんな遊びが良いですよ」は助言させていただいています。
だけれども、それで終わってしまうと、部分的に治っても、根本から治っていかないんです。


発達障害が治り切るまでが緊急事態ではありません。
初めて気づいた、指摘された、集団生活で問題が生じた。
そのときは緊急事態であったとしても、基本は我が子をよりよく育てる「子育て」になりますので、やはり土台からしっかり育てていくことが必要になります。
根本から育てるには、発達障害の根本、根っこに目を向け、そこから改善していかなければなりません。


発達障害の子ども達は、ハイハイを飛ばす子が多くいます。
ではなぜ、その子はハイハイを飛ばしたのでしょうか。
「ハイハイを飛ばしたから、日課としてハイハイを行う」では、ハイハイができる子、ハイハイのヌケを埋めた子には育ちますが、発達に遅れが生じるリスクを抱えた子は変わりません。
当然、ヒトの発達、神経は時間軸、物理・科学的な軸でもあらゆる場所と次元とで繋がっていますので、「ハイハイのヌケ」は課題が表出した部分であり、課題の断片であり、発達障害の途中です。


発達障害が治っていくには、家族という環境、生活している環境が重要になっていきます。
一人の子の育ちに大きな影響を与えるのですから、それは良い影響だけではなく、悪い影響もあるわけです。
ここで一般的な支援者のように「親御さんの頑張りで子どもさんはよりよく育つ」とポジティブな面だけ言うわけにはいきません。
発達に遅れが生じたのは、その子だけの問題ではなく、環境側、とくに幼少期は家庭、親御さんという環境の問題も小さくはないのです。
そこに目を向けなければ、それこそ、発達障害が生じた根本に目を向けなければ、部分的に治ったを積み重ねて育つ子になります。
そうではなく、私が願うのは、その子自身が内側に持っている発達する力、伸びようとするエネルギーを発揮しながら成長と共に治っていく姿なのです。


発達障害が生じたのは、突然変異でなければ、不運にして降りかかってきた事件でもありません。
その子の成育歴、物語が流れの中で生じたことになります。
もちろん、どうして発達障害が生じたのか、明確に特定することはできないでしょう。
「わからないから、その課題に焦点を当て、未来がよくなるように対処する」というのもわかりますが、そうやって対症療法を受け続けてきた人達が今、自立的な人生が送られているか、自由に生きられているか、といったら結果が明らかだといえます。


根本は分からないかもしれない。
だけれども、「これじゃないかな」と原因を想像し、それを変更することによって、子どもさんの発達がググッと進むことがある、本当に「支援が必要だった子なの」というくらい治ってしまう子がいる。
そういった結果を見て、私達は「ああ、これが良くなかったのね」と気づくことができる。
そしてそれが他の親御さんの子育てと繋がり、活かされ、同じ時代に生きる誰かが治るための後押しになる。
私だって、すべての原因、根っこを特定することはできません。
わからなことばかりです。
でも、根本と向き合い、治っていった子どもさん、若者たちの存在は知っています。
根本に目を向け、より良い育ちを目指すのが発達援助だと私は考えていますし、それを伝えることが私の役割だと思っています。




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2022年2月12日土曜日

【No.1235】『ポストコロナの発達援助論』発売です!

テレビ朝日の玉川徹氏が「煽り過ぎるぐらいでいいと思って警鐘を鳴らしている」という旨を発言されたのは2020年でした。
それから2年間、ずっとマスメディアは煽りっぱなしで、それによって高齢者が家に閉じこもりがちになり歩けなくなったり、認知症が進んだりしても、仕事を失って困窮した人が自殺しても、夢も希望も楽しみも青春も奪われた若者たちがいようとも、反省や詫びることはありませんでした。
きっとコロナ騒動が収まっても、こういった人達は自分たちの非を認めることなく、むしろ自分たちが行ってきたことで終息できたんだ、私達が警鐘を鳴らし続けなければもっと被害は多かっただろう、と言うのでしょう。


知事会の「2歳以上のマスク推奨」の話が出てから、子ども達のマスクに対する意見、議論、注目が高まったように感じます。
裏を返せば、こういったきっかけがないと、声を上げていない人が多かったということです。
小児科医や保育、子どもの発達に関わる専門家などが少しずつ声を出し始めましたが、一言でいえば、遅すぎです。
この2年間、子どもの発達に関わる専門家は何をしていたのですか?
マスクが子ども達に及ぼす影響など、容易に想像がついたはずです。
それができていなければ、専門家にはふさわしくないでしょうし、わかっていたのに黙っていたとしたらそれこそ何のための、誰のための専門家でしょうか。
子どものための専門家なら、子どものために主張し、研究結果を世に問うのが役目でしょう。
今やっと「幼児にマスクなんてひどい」という世の中の空気になったから、じゃあ、私もその点について述べるか、では話になりません。
この2年という時間はもう戻ってこないのですから。
子どもの2年間って、大人の2年間とは意味合いが全く違います。


メディアに出てくる専門家の発言を見ると、「表情を読みとる力に影響が出るかも」「言葉の発達の遅れが懸念される」など、語尾を濁したものばかりです。
もちろん、それは子どもの発達は短期的というよりも、中長期的にじわじわと影響が出るものなので現時点で言い切ることができないというのもわかります。
しかし、その裏にはこの2年間、知っていつつも声を上げてこなかった後ろめたさも表れていると感じます。
もし言い切れば、「じゃあ、なんで今まで言ってこなかったのよ」というツッコミが出るでしょう。


私は研究者でなければ、組織人でもありません。
また私ほど自由に、この2年間、あちこちに行き、子ども達の発達の変化を見てきた支援者はいないでしょう。
現場の最前線で子ども達を見て、さらにある地域、ある幼稚園、保育園に限定することなく、幅広く見れたのはそうそういないはずです。
今回、知事会、厚労省の「2歳以上マスク推奨」が出る前から、つまり、このコロナ騒動が始まってからずっと2年間、幼稚園、保育園でマスクをつけさせてきた子ども達はたくさんいます。
当然、幼児さん達は最初は抵抗するものですが、この2年間という長期の指導により、自らマスクをつけるような子ども達が作られたのです。
先生、友達の表情が見えないのが当たり前で育った幼児期の子ども達。
相手が喜んでいるのか、怒っているのか、嫌がっているのかがわからない。
どんな風に口を動かし、モノを食べ、言葉をしゃべったらよいか学習することができない。
こんな虐待のようなことがこの日本で行われたのです。


発達障害が治りやすいのは、8歳までで、特に5歳・6歳の2年間が大きく変わる時期です。
これは何を表しているかといいますと、それだけ脳神経が盛んに発達、ネットワークを繋げる時期であり、柔軟性を持っているということです。
逆を言えば、柔らかい分、環境、刺激の影響を受けやすい。
顔が見えない、人と人とで触れ合えない、身体接触が限定されている、集団での遊びの制限、除菌だらけの非自然な環境…。
これらに幼児期の子ども達は、脳を、身体を、感覚を、生き方を適応させているのです。


上の子がお世話になり、また下の子が通っている保育園の先生方に新刊をお渡ししました。
この保育園は、一度たりとも子ども達にマスクをつけさせようとしたことはなく、むしろ、それ以前の園児たちが行ってきた行事、合宿などをできる形を工夫しながら継続して行ってくださっています。
本をお渡しした先生方は、みなさん、コロナ対策による影響に課題意識があり、また子ども達の発達を全力で守ってきた方たちなので、大変喜んでくださり、「私も読みたいです」といってくださった先生もどんどん出てきました。
現場の先生は気がついているし、その影響を感じているはずです。


子ども達にマスクや消毒をさせる親御さんは、虐待をしている意識はないでしょう。
ただ知らないだけ。
このことが将来、子ども達の発達、心身の健康にどんな影響を及ぼすのか、わからないだけだと思います。
だから、大人と同じように、つまり、自分と同じ感覚で子ども達を見、良かれと思ってマスクをさせ、消毒をさせ、人と人との触れ合いを避けるのでしょう。
そこで大事なのは、日々保育に関わる先生たち、また発達に関わる専門家がリスクについて説明することだと思います。


子ども達に制限を加えれば、それだけ見かけの陽性者数は減るでしょう。
今世の中は、すべてコロナしか、いやコロナ陽性者『数』しか見えていない状況です。
その数の裏に隠されている人々の苦しみや絶望感、失われた個人の自由と幸福には目が向けられていないのです。
とにかくその数字だけをどうにかしたい、その一念によってすべてが動こうとしている。
このように全体が盲目的に進んでいるときこそ、別の視点から警鐘を鳴らす人達が必要だと思います。
玉川氏のようにある一つの価値観だけ、全体がそのように動いている方向に「煽る」のは、戦時のプロパガンダです。
もし意図的に煽るんだったら、声を挙げられない子ども達の立場から、また人生の後半を迎えている高齢者の立場から、誰にも相談できずに身を投げようとしている立場から、煽るべきではないでしょうか。


昨年の11月に花風社さんの浅見さんからお話を頂き、執筆したのが『ポストコロナの発達援助論』になります。
これは浅見さんの長年のキャリアからの決断なのか、持って生まれた直感の素晴らしさかはわかりませんが、出版のタイミングが世の中の「子ども達のマスク問題」という空気が醸成されている今になりました。
実際に現場で見てきたことを始まりとし、いろんな先人たちの知識、知見をお借りしながら、今後子ども達に恐ろしいことが生じるのではないか、という視点で執筆いたしました。


もちろん、このコロナ騒動、いや、コロナ対策の影響が子ども達に出ない、出ても一時的で元の環境に戻れば、自然と本来の発達の流れに戻っていくのなら、それが一番望ましいことです。
私に「書いてみて」と言ってくださった浅見さんも、それを望まれていると思います。
しかし、世界で報告されている論文、研究調査からも、私が書いたことと同じような現象が子ども達に生じています。
まず短期的な影響として、言葉の遅れ、表情の読めなさなど、どちらかといえば、人間脳、大脳皮質の部分からの報告が出ています。
ただ本番はこれからで、人間脳よりも下の部分の影響は、情動、本能、運動、生命活動、共感などは、中長期的にじわじわと影響が出てくるものです。
ということは、その問題が子ども達に見られたときには、だいぶ進行が進んでいて、しかも脳全体、ヒトしての発達全般に歪みや遅れなどの影響を及ぼしているということになります。


死なないし、重症化もしない子ども達は、明らかにウィルスではなく、大人たち、社会によって被害を与えられました。
発達や保育に関わる専門家、医師の罪は重いといえます。
この2年間、だんまりを続けたのですから。
専門家と言えども、世の中の空気には抗えず、また我が身を守ろうとするのはよくわかりました。
ですから、是非、私が見てきたことなどを共有して頂き、分かった人から行動で示していただきたいと思います。


別に気づいていない人に気づかせてください、本を渡してください、というつもりはありません。
まず我が子を守る、担当している子を守る。
もしマスク等、過剰な対策をしてしまったのなら、それによって生じる発達への影響を認識し、そこを補うような環境づくりを行っていただきたいと思います。
目の前の子を救えず、他の子ども達を救うことはできません。
これは発達障害を「治す」と同じで、我が子が治っていない人に、よそ様には治る素晴らしさを伝えられないのです。
今後、多くの子ども達が発達障害、または何らかの特殊な課題を持って生きることになるでしょう。
正直、そのすべての子ども達を救うことはできないと思っています。
だからこそ、まず気づいた人から、気づいたご家庭から治っていく。
そのような方たちを後押しし、援助するのが私の役目だと考えています。




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2022年2月9日水曜日

【No.1234】日本人のための発達援助

函館は重症で入院している人がいないのに、ここ数日、死亡の報告がされています。
しかしよく統計を見ると、陽性者数にはその人たちの数は入っておらず、じゃあ、なんでコロナ陽性と同じシートで報告を上げているのだろうと思いますね。
「みなし陽性」なんて、次から次によく考えるよなと思いつつ、ますます日本の統計は当てにならないと感じました。
そういえば、みなし陽性に対して、「医師として今までの能力全てをかけて、この方は陽性だと言っているわけですから」なんて言っていた医師がテレビに出ていたそうです。
診察室に入ってきた子を観て、「はい、当たり(自閉症)」「はい、外れ(自閉症ではない)」と言う医師や、子どものことをロクに見ないで「はい、発達障害ね」と言い、その理由を尋ねた親御さんに、「私がそういっているんだから、あなたの子は発達障害なんだ」と怒鳴りつける医師も、あるあるでよく伺う話。
医師っていつから神のような存在になってしまったのでしょう。


日本の統計が当てにならないのか、そもそもさざ波程度で流行がなかったので比較できないのかわかりませんが、専門家やテレビ医師が持っているデータは常に海外のものでした。
アメリカではどうだとか、イギリスではどうだとか。
「オミクロンの症状、毒性、感染力はどうでしょう?」と尋ねられると、「ブラジルでは…」「南アフリカでは…」と他国の状況を引っ張ってくる。
「オミクロンはただの風邪ではありません。子どもも重症化するんです」と言う割には、それがアメリカの話だったりする。
私達が訊きたいのは、海外でどうとか言うよりも、日本人でどうなのか。
風土、食べ物、住環境、衛生状態、人口構成、医療体制など、国によって大きく違うのですから、日本人にとって新型コロナはどの程度の脅威なのか、病原性なのか、が知りたいわけです。
なんで陽性者数も、死亡者数も日本の20倍くらいの欧米と同じような対策をしなければならないのでしょうか。


かつて専門家たちはこぞって欧米からの療育・支援を輸入することに熱心な時期がありました。
確かに障害者支援・教育は欧米のほうが進んでいました。
しかし、療育方法やその根っこに流れる思想、文化を細かく見ていくと、日本の社会、子ども達、障害者たちには合わないなと思うことが多々ありました。
たとえば、仕事に対する考え方も、とにかく”こなす”ことを重視し、身に付けさせます。
アメリカに研修に行ったとき、レストランでの食器洗いの様子を見学しましたが、皿に油が付いていようが、ケチャップが付いていようが、そのままジャボジャボと石鹸の入ったケースに突っ込んで、あげるだけ。
見ていた支援者も、とくに注意しないし、その支援者も携帯をいじりながら、時間になったら自閉症の人をそのままにして帰っちゃう。


日本人にとって働くとは、単にお金を得るための行為ではなく、誰かが喜んでもらうことで自分自身も嬉しい、仕事を通して心身を磨き豊かにする、自然災害が多い国ですからお互いさまの精神で生き抜くための協働作業など、その意味が違うといえます。
そもそもが支配者層に入ることが目的で、働くことが罰であり、ネガティブな感情を持っていた文化圏と話が合うわけがありません。
学校の余暇エリアを広く作り、タブレットやテレビなど、やたら快適な作りにしている様子を見ると、またやたら一日のスケジュールで余暇活動が頻回で長いのを見ると、「ああ、欧米から輸入された療育の影響だな」と私は感じます。
強度行動障害の人達だけのグループホームを見学に行きましたが、朝から庭の大きなプールでみんな遊んでいて、「狭い日本の住環境における強度行動障害の人達とは意味合いが違うよな」と思ったものです。


欧米では大変なコロナも、日本では流行をすることなく、新しいタイプの風邪だったといえます。
つまり、やはり環境と人種の違いがあった。
毎年、コロナウィルスの風邪に罹っていた日本人であり、欧米のような肥満、肺や血管に問題が起きそうな食生活もしていなかった。
そんなことを思うと、やはり日本人にあった子育ての仕方があり、療育&支援、また発達援助の仕方もあるのではないかという気持ちになります。


日本人の優れているところは、感覚系だと思います。
それはずっと豊かな自然の中で、しかも四季の移ろいがあるこの島で生きていた文化があるからです。
縄文時代から夏至と冬至で太陽が同じ位置になるように石や柱を配置し立てていた。
自然は征服するものではなく、ヒトも自然の一部であるという生活を1万5千年前の日本人は営み、それが現代の我々の身体にも引き継がれているはずです。
それくらい繊細な感覚を持っていたのが日本人だといえますので、やはり強みである感覚を育てることが、個人としての人生を豊かにするのではないでしょうか。


発達のヌケやズレは、受精から2歳前後の言葉以前の段階で生じることが大部分です。
つまり、この時期は大脳皮質ではなく、もっとその下の原始的な脳の部分が発達する時期になります。
呼吸や感覚、運動など、動物として生きる部分に課題が生じることで、その上に乗っかる人間脳の部分に歪みが生じて、それを現代では「発達障害」と呼ぶことにしているのです。
ということは、人間脳に働きかけるアプローチは根本解決には至りません。
別の言い方をすれば、それはアプローチの問題だけではなく、支援する側、親御さんの側も、大脳皮質下でアプローチしなければならないということではないでしょうか。


冬の北海道は寒くて雪だらけですが、そんな中でも外遊びを続け、自然の中で思いっきり冬を過ごしたご家族がいらっしゃいます。
何か目的があるわけではなく、ただ豊かな自然の中で、我が子に必要な感覚刺激を充分に味わってほしい、ただその想いだけで冬を過ごされた。
久しぶりにお会いすると、私と目が合うようになり、明瞭な言葉も出るようになっていました。
あれだけ感覚遊びに没頭していた子が、私と手をつないで微笑むようになったのです。
まさに親御さんも一緒に大脳皮質下のレベルで活動をされたので、そこが豊かに刺激され、全体的な発達に繋がったんだと思いました。


「言葉以前の段階の発達のヌケ」というのはだいぶ親御さん達の中に浸透したと思います。
一方でもう一歩、ご自身もその言葉以前の段階に入って子育て、発達援助を行う、ということの理解まではいけていない方も少なくないような気がします。
子どもを公園に連れて行っているけれども、親御さんは大脳皮質で子どもさんを観察し、活動を促している。
だから、「本当にこの子に必要な遊び、刺激なのかな?」「うちの子の発達のヌケは〇〇で、こういった動きをさせなきゃ」という不安や疑問が生じてしまう。
私のアセスメントよりも、親子で心地良いを追及する方が伸びていくと思いますし、頭で分からないんだったら、子どもさんに自由に自分自身で発達のヌケを育て直してもらえば良いと思います。


日本がグローバル企業、国際資本の植民地のようになったとき、もう一度立ち上がるためには、そんな中でも個人が力強く生きていくには、やはり日本人としての強みが大事になるでしょう。
歯を食いしばって耐えるのは得意な日本人です。
ですからあとは現状を打破するような発想の転換、創意工夫が求められ、それには日本人の豊かな感覚が力になると思います。
繊細な感覚の違いに気がつき、新たな突破口が見つかるかもしれません。
感覚的な直感の結びつきが新たな技術革新、またビジネス、サービス、商品を生みだすかもしれません。


物事の暗記、データ記憶と処理はAIには勝てません。
語学力と屈強な肉体、安い労働力では外国人には勝てません。
日本人の繊細な舌が、機械では生みだせない味を生みだし、料理という道で生きていくことになる。
日本人のきめ細やかな心が、優しい心配り、おもてなしにつながり、接客業で生きていくことになる。
日本人の見えないものを察する感覚が、治安維持や防犯、警備の仕事に活かされ、生きていくことになる。
こういった日本人としての資質を活かしていくことが、敗戦後の日本、世界で自立して生きていくことに繋がると私は考えています。


人種の違いと比べれば、発達の凸凹は大きな違いではありません。
ですから、グローバル主義の世界では、1つの国の大学を出たとか、どこどこ大学出身だとか、幼少期、言葉の遅れがあったとか、もっといえばしゃべろうがしゃべらないだろうが、そんなこと大した問題にはならいでしょう。
どんな未来がやってくるかはわかりませんが、人間として生き抜くためには、健康的な身体、整った生活習慣、そのためにはできるだけ未発達、ヌケは育て直しておくことが必要になるはずです。
そして支配される側から抜け出すには、日本人として何万年もの間、受け継いできたもの、感覚を活かして、それを武器に仕事と生活に活かしていく。


AIは言葉以前の段階が苦手です。
外国人は、日本人ほどの感覚の繊細さを持っていません。
だから、日本人の子育て、発達援助はAIにも、外国人にも担えないでしょう。
それまでの制度や価値観、すべてがぶっ壊れた世界は、個が問われる。
個を磨くことは、資質を磨くこと。
豊かな感覚という資質を持つ日本人に合わせた発達援助を追求し、形作っていきたいと私は考えています。




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2022年2月7日月曜日

【No.1233】私は今、人生の間(ま)を生きている

末松文部科学大臣がツイッターに断髪式に参加した写真をアップしていました。
当然、その写真を見た人は憤るのも当たり前です。
何故なら、学校や幼稚園、保育園、子ども達に対して更なる自粛を求める方針を政府が出したばっかりだからです。
時差通学だ、部活動は中止だ、挙句の果てに2歳児以上のマスク着用の話が出て、相当の人達が怒っているタイミングで、自分は断髪式に参加。
プロ野球のキャンプはOkで、部活動、コンクール、対外試合は自粛。
この国は子ども達を守らない、いや、一番に差し出すのは子ども達の権利ということが明々白々になった、しかも文部科学大臣はそういったことを所管する役職です。
「いやいや、鋏を入れるときだけマスクは外して、あとはつけていました」なんて、明後日の方向の言い訳をしていましたが、世の中の空気が読めていないし、国民のことを第一に考えているわけではないことが表れている弁明文でした。
政治家になって何かがしたいわけではなく、大臣になるのがゴールのような職業政治家。
連続6期当選しているわりには、初めての大臣就任で66歳。
結局、やっと大臣の椅子の順番がめぐってきたというだけなんだと私は思います。


私は政治家に1ミリも期待していないですし、もっといえば、他人に何かを期待することはありません。
期待したい何かが見えているのなら、自分で動けばいいからです。
自分で動いてもいないのに、何かが天から降ってくることはないでしょう。
ですから、この末松大臣のSNSに対して、特に怒りなどの感情は持っていませんし、持つだけ無駄な時間と労力だと思います。


一方で、末松大臣のSNSには多くの人達からのリプライが飛んでいました。
そこには「子ども達が自粛しているのに」「卒園式に参加できなかった」「息子の青春を返せ」などの多くの声が寄せられていました。
そういったことが実際に起きているのは不条理だと思いますが、じゃあ、そのうち、何人の人達が実際に行動したのか、という疑問を持ったのです。
卒園式に保護者一人だけと言われたのなら、そういった園に要望や問い合わせをすべきではないか。
学校で部活動や修学旅行が中止になったのなら、できる形を提案し、話し合うことが必要なのではないか。
大臣にいくらリプライを飛ばそうとも、そんな個別のことは対処しないでしょうし、それこそ、現場で個人個人が動くべき事案ではないではないでしょうか。
法律で「部活動は禁止」「マスクは必須」などが決められているのでしたら、大臣案件かもしれませんが、そんな法律も、義務もない日本なのですから、指先動かしてないで、動けよ、と私は率直に思います。


こういった大臣のSNSとそれに対する大勢のリプライを見て、これこそが日本の問題の本質だと感じました。
他人に何かをしてもらおうという人が多すぎ。
私も何度も息子が通う学校にはおかしい点を指摘し、子ども達の発達の機会、学習の機会を制限するような先生たちの言動に対しては抗議と改善を求めてきました。
学校だって、管理職だって、上から言われていることをただ言われるままにやっているだけで、確固たる根拠もなければ、子ども達を守るという気概もありません。
ただ問題が起きないように、自分が赴任している間は、担任している間は保護者ともめないように、それだけを考え、生きているようにしかこの2年間でのやりとりの中からは見えませんでした。


公教育には、ただ学力、学習面できちんと指導を行ってくれればよい、くらいにしか思っていません。
あとは家庭で、または地域資源を利用することによって、我が子を育てていかないといけないと考えています。
ただ学校に通ってくれればいいや、宿題をやってくれればいいや、では自立する力、それこそ、これから日本は大変な時代になっていきますから、その中を生き抜く力は学校教育の中では身につかないでしょう。
特に批判的な思考は公教育では身につきません。


GHQが日本の教育に介入し、管理しやすい人間を作る方向に進めていったのは周知の事実です。
その「管理しやすい人間」はどのように作られたかといえば、私は「批判的な思考」を教えなかった、それから子ども達を遠ざけてきた、いけないことと教え込んだことだと理解しています。
科学というのは、批判的な思考、視点がなければ、発展していきません。
先人が突き止めたことを批判的に見て、別の視点から物事の本質を突き止めようとするから、新たな発見に繋がるのです。
日本のものづくり、工業技術だってそうで、現状で良しとせず、それまでの常識を否定することから、新たな技術革新、私達の生活を豊かにする商品、サービスが生まれました。
もっといえば、江戸時代の寺子屋教育だって、藩校だって、喧々諤々と議論し合いながら、お互い高め合っていました。
縄文土器だって世界で先駆けて日本で作られたという証拠が見つかるくらいです。
逆に言えば、だからこそ、GHQは日本人たちの素晴らしい学ぶ力、向上する力を削ぐために「批判的な思考」を取り上げたのだと思います。


私が隣国の独裁者だったら、北海道(本日は北方領土の日)を侵略し、尖閣諸島、沖縄を取りにいくでしょう。
このコロナ禍で見せた日本人の姿は、他国から見れば、侵略するにはいとも簡単と思わせるものでした。
防衛上の観点からみても、この日本人の死に対する怯え具合、洗脳のしやすさ、従わせやすさ、自立心のなさは、非常にまずいと思いますし、いざそのときになったらアメリカが助けてはくれないでしょうし、なんなら共産圏とアメリカは占領した日本を分け合うくらいなこともすると私は思っています。
敗戦、占領などというのは歴史の教科書の話だと思っていましたが、まさか自分が生きているときにそのような現実が起きようとは夢にも思いませんでした。
それくらい私は危機感を持っていますし、子ども達の未来、日本の将来を憂いています。


まじめにコツコツと同じ製品、サービスを間違いなく作り、提供する。
それが戦後、日本が復活できた源だったと思います。
しかし、欧米人、いやグローバル企業、組織はルール自体を変更しました。
AIと自動技術、ロボット技術により、誰にでも出来る仕事は人がやる必要がなくなったのです。
トヨタのような自動車産業からコンビニまで、あらゆることは機械が大部分を担うようになるでしょう。
一部の管理する人間だけが必要で、あとは機械で十分。
また介護など、機械化が難しい仕事は人が引き続き担っていくでしょうが、経営者からしたらただ言われることしかできない日本人よりも、語学も堪能、自らで考え行動でき、さらに賃金が安い発展途上国の労働者を雇うはずです。
今の日本人、若者、子ども達は、AIに勝りますか?外国人労働者に勝てますか?


私は偶然が重なり、縁あって発達障害の世界に入りました。
そして施設職員時代から仕事というのは、他人のために行うことであり、その結果としてお金をいただくことだと考えています。
子ども達、親御さん達、世の中がよりよくなるように努める。
その接点、ツールが私にとっては発達援助という仕事だった、という認識です。


コロナ禍を経て、「当たり前に成長する」というのが益々難しくなるのだと感じています。
砂糖、添加物、農薬、土壌・川・海・空気汚染、石油から精製される薬などが、私達ヒトという生き物の健康を奪っていると思います。
今の楽を求めた結果、心身が蝕まれ、それが次世代の子ども達に影響を及ぼしているといえます。
タブレット、スマホ、夜型の生活、環境汚染、そして未発達の大人の増加。
ある意味、その大人たちもGHQによる教育改悪の被害者ともいえますが、いい歳こいて「自己実現♪」などと言っている幼稚な大人が子育て、また子ども達を身をもって守ることなどできるとは思えません。


ヒトは言語と共感する力を手に入れることによって、未来を想像し、他人を想う気持ちを獲得しました。
有性生殖の道を選択した私達は、いずれ死にます。
いま、生きているのだって、誕生と死の間(ま)なのです。
だからこそ、ヒトは次の世代、特に未来を作っていく子ども達を大切に、無心に尽くすことが求められる。
いわゆる利他という精神になれるのは人間だけなのですから、自分の間(ま)を他人のため、より良い社会と未来のために使うことで、初めて一人の人間として、大人として成長したといえるのではないでしょうか。


散々、好き勝手に生きてきて、いざ、子どもに発達の遅れが起きたとき、「大久保先生、うちの子、どうにかしてください」という人は大っ嫌いです。
どうにかするのは私ではなく、親御さん、ご家族。
まるで自分の愛着障害を癒すためだけに、自分の承認欲求を満たすためだけに、自分の自己実現のために、発達支援、援助、特別支援教育に携わっている支援者、先生、専門家も大っ嫌いです。
私は発達援助という仕事を通して、一人でも多くの子ども達に支援される側から抜け出し、そして自分自身の足で行動し、選択して生きている人に育ってもらう後押しがしたいと考えています。
だからこそ、本気で子ども達の発達を守りたい、よりよく育ってほしい、自立した人生を歩んでほしい、と願う人としか仕事をしたくありませんし、自分の持っているものを提供しようとは思いません。


子ども達に進んでワクチンを接種させる親御さんもいるでしょう。
コロナ禍が終われば、それ以前のように言われることを言われるままに生きていく生活に戻っていく人たちが大多数でしょう。
そのような人達に「気づいて」というつもりはありません。
今の日本を作り、勝ち逃げ人生を歩んでいる高齢者の方たちを責めるつもりもありません。
今回綴ってきたような危機感を共有できる人、人間として利他の精神を持てるくらいまで成熟している人、自分自身が変わっていきたい人、それがたとえごく僅かな人数であったとしても、そのような方たちと共に、私の人生の間(ま)を生き抜きたいと思っているのです。




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2022年2月5日土曜日

【No.1232】日本を再建する力に

知事会の「2歳以上にマスクを」の何が腹立たしいかといえば、それが非科学的なこと、それが非現実的なこと、それが子ども達に害を及ぼすこと、ではなく、子どものことを下に見るその大人の視線です。
どうせ子どもは文句言わないし、選挙権があるわけでもない。
むしろ、感染源すらなっているのだから、その子ども達の口にマスクをつけさせればいい。
そんな子どもを一人の人間として認めないような、大人が管理すべき未熟な存在であるかのようなその考え方に、私は強い憤りを感じています。


コロナ騒動の最大の犠牲者は、コロナに罹る人ではなく、自分たちは重症化もしなければ、亡くなるリスクもほぼない子ども達、若者たちでしょう。
高齢者と比べれば、彼らに残された時間は圧倒的に長く、そのうちの2年くらいという気持ちもあるのかもしれません。
しかし、子ども時代は長い人生を生きていく上での土台作りの時期です。
大人の2年とは、その意味合いがまったく異なるのです。
それは子ども時代の神経発達のカーブを見れば、一目瞭然。
また青年期の若者たちにとって、この時期は他者と協働し、刺激し合うことによって、自分という存在、輪郭をはっきりさせていき、自分はどのような道に進もうとするのか、さらに人生の楽しい時間を謳歌する時間でもあります。


本来は子ども達、若者たちが大きな声をあげ、大人、社会に対して不平不満、訴えを起こしても良いはずです。
しかし、他の国では集会やデモ、訴訟など、行動で示しているのに、日本の若者たちからはほとんど声が上がりません。
これが昭和ならデモも、暴動も、大学占拠も行われていたでしょう。
そればかりか、「私が高齢者に移してしまったらどうしよう」などと言うくらいです。
そんな高齢者も、子ども時代、社会人時代、知らず知らずのうちにウィルスを他者に移し、それによって誰かが亡くなってしまっていたかもしれません。
ただそれを知らなかっただけ、そんなものもひっくるめて許容されていた社会だっただけです。
高齢者が子どもや若者をまるで感染源のように言う人もいますが、こういう思想、発想しか出てこない人は子ども達、若者たちがいろんなものを投げ打ってまでをも、守り、生かすべき人だといえるのか、と私は思います。
高齢者が現役世代を、現役世代が子ども達を守り、より良い社会をつないでいこうとするのが日本という文化ではなかったのでしょうか。


私は戦後は終わっていないと考えています。
それは日本の教育、若者たちをみれば、わかります。
GHQは管理しやすい日本人を作るために、教育委員会を作り、PTAを導入し、教科書に手を付けました。
日本人は子ども時代からの教育によって、自らで考え、行動できないただ管理される、管理しやすい人間になってしまったのです。
それを日本人は頭がお花畑と表現する人もいますが、知らず知らずのうちに欧米のような「管理する側と管理される側」の日本社会が出来上がっているのです。


コロナ騒動で、政治家も、専門家も、「ワクチンは効果があります」「人流抑制が必要です」などと結論のみを発してきました。
本来なら、なぜ、そういった結論に達したのか、そのプロセス、根拠を説明する必要があります。
それを省いて「マスクをしましょう」などと結論のみを言うのは、その人の中に「専門家の言うことなんだから、言うこと聞け」「どうせ、説明してもわからないだろう」という管理する側に立った視線があるのだと感じます。


こういった管理しようとする人間に対して、私達国民は怒り、自分たちの自由と権利を守るための行動を起こす必要がある。
だけれども、そうやって行動を起こす人は少数派で、ほとんどの人達は言われるがままに自粛し、マスクし、ワクチンはまだか、と受け身の姿勢。
言われるがままに行動するのは、ただ食肉にされるために生きている家畜と何が違うのでしょうか。


既に倒産した会社、経営が悪化した企業が、外資にどんどん回収されています。
日本人は従順で、言われたままに行動する人たちなので、外資からすれば格好の草刈り場になるでしょう。
自ら自滅したコロナ禍。
本番はオミクロンが終息したあと、これからです。
過剰な自粛、感染対策によって、認知症の高齢者、歩けなくなった高齢者はかなり多くなるでしょう。
もちろん、適度にウィルスや細菌に暴露しなかった子ども達、心身を発達させる重要な時期を逃した子ども達にも、人として生きる喜び、自己を確立する時期を逃した若者たちにも、大きな問題が生じるのは目に見えています。


ワクチンでバタバタと死んでいくとは思いませんが、日本社会は歪み、外国によって管理される未来がすぐそこに来ていると思います。
多くの大人たちは、心身共に貧しい時代を生きなければならないでしょう。
しかし、このコロナ禍でも自らで行動し、考え、行動できた人達はいました。
そういった人達が将来、日本を再建する力になるはずです。


バブルを経験しなかった私達世代で、ずっと不景気の中を生きてきました。
輝いていた日本など、知りません。
そしてこれからもっと大変な未来がやってくるでしょう。
だからこそ、私は私にできることを行っていきたいと考えています。
それは一人でも多くの「自らで考え、行動できる人間を育てること」
発達障害と言われた子ども達をそのまま福祉の世界に送ってしまっては、まさに管理される側の人間を作ることになってしまいます。
私はそれが嫌ですし、発達障害が治っていくことにより、管理される側から抜け出すことができる、日本を再建する人になれると考えています。


2022年4月からてらっこ塾は10年目を迎えます。
単に「発達障害を治す」だけではなく、その先を見据えた人づくりの応援、後押し、仕事を目指し頑張っていきます。
そんなことを立春を迎えた昨日、考えたのでした。




【新刊予約のお知らせ】
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2022年2月2日水曜日

【No.1231】「意識を向ける」という発達援助

この前、伺ったご家庭では、私とお母さんが話をしていると、他の部屋で遊んでいたお子さんがやってきて、同じテーブルの椅子に座ることがありました。
言葉の遅れがあるお子さんで、親御さんの発達相談で訊きたかったことも言葉に関すること。
まだ明瞭な発語がないお子さんでしたが、まるで私達の話を一緒に聞いているかのように椅子に座り続けているのでした。


こういった子ども達の様子は、発達相談において度々見られます。
日頃はすぐに自分の部屋に入る子どもさんも、発達相談の間、ずっと同じ空間で過ごしていることがあります。
また同じ空間にいなくても、自分の部屋から私達の話を聞いていることがあって、私が帰ったあと、「〇〇って言っていたね」「僕、〇〇を育てたら、もっと良くなれるんだね」「自分がダメな子だと思っていたけれども、本当はやり忘れていただけなんだね」などと、親御さんに話をされるという子ども達も多くいらっしゃいます。


また私が、たとえば「ハイハイを抜かしたようですね」と親御さんにお話しすると、急に子どもさんが床に寝そべり、ハイハイを始めるようなこともあります。
「まだ利き手がはっきりしていないようですね」とお話しすると、子どもさんがボールを持ってきて両手を使って壁に投げたりするようなこともあります。
これは知的障害のないお子さん達だけではなくて、重度と言われるような子ども達、まだ幼い幼児さんたちにも見られるのです。


周囲から見れば、知的障害もあるし、発語もないので、私達の話は全然分かっていない、聞いていない、と思いがちです。
しかし、そういった子どもさん達も、実は周囲の会話を聞いていて、わかっている部分もあうのではないかと思うのです。
もちろん、この「わかっている」というものには、そのまま言葉の理解、会話の内容を理解している子もいるでしょうし、感覚のレベルで捉えられている子、感情や本能のレベルで共鳴できている子もいるでしょう。


発達相談のあと、自ら発達のヌケを育て直すような行動が家の中で見られることがあります。
足の指の未発達のお話をしたら、その夜、「つま先を使って階段の上り下りをし出した」とメールをいただきました。
この子はノンバーバルなお子さんで、知的障害も持っていましたので、私と親御さんの会話の内容を理解しての行動ではないと思います。
ですから、たぶん、発達相談をきっかけに親御さんが我が子の足の指に意識が向くようになった。
それを子どもさんが感じて、足の指を刺激するような動きが出たのだと私は解釈しています。


あまりこういうことを言うと、オカルトっぽくなるのですが、この「意識を向ける」というのは、とても大事な発達援助の視点だと思っています。
私も発達相談の際、アセスメントをしながら、「〇〇くんの首が育つと、もっと全体的な神経発達ができるだろうな」「もっと内耳が育ってほしいな」「足の指が使えるようになると、脳みそに余裕が出てラクになるだろうな」などと、育ってほしいところに私の意識を向けるようなことを行っています。
その私の意識とお子さんの意識が共鳴できたときは、自然とそこを刺激するような動きや遊びを始めたり、「その部分を触って」というように私のところに来てくれる子もいます。
この前、面白かったのは利き手がはっきりしていないお子さんが私のところに来て、両手でタッチを求めて来ていました。


私の意識だけでは共鳴できない場合は、というか、こちらがメインになりますが、発達相談でのやりとりを通して、親御さんの意識を育ってほしいところに向けるようなことを行います。
家庭でうまく育ちきらない場合、発達のヌケが埋まっていかない場合、子どもさんが育てたいところに親御さんの意識が向いていないこともあります。
親御さんの意識が我が子の別のところに向けられていたり、我が子に向けているようで実は他のことに悩み、意識が散乱していたりすると、家庭内での発達の歯車がスムーズに回っていかないような印象を受けます。
結構、親御さんが具体的なアクションを起こさなくても、親御さんの意識がお子さんの育てたいところに向き、お互いが共鳴し合うと、自然と子どもさんが自ら動き、育て直しを始めるものです。


発達援助における「意識を向けることの効果」などは数値化できませんし、科学的なエビデンスを出せるようなものでもないでしょう。
しかし、私と親御さんの会話、対話をきっかけに、それまで見られなかった行動が子ども達に見られるというのは多く確認されていますし、そういった変化が生じて初めて私はお金を頂けるような仕事をしたな、と思っているくらいです。
たぶん、治す知見を持った実践家の方たちのセッションでは、当たり前に見られる光景だと思います。


私のような在野の援助者は、こういった一人ひとりの子ども達の出会いと反応から、数値として表せない何かを感じ、皆さんにお伝えするのが役目だと考えています。
「念を送る」と表現すると、一気に怪しさ満点になりますが、意識を向けることは、大脳皮質ではない部分、意識レベルでの共鳴を生むのだと思います。
是非、特別な訓練も、お金も必要もないので、子ども達が育てたいところ、育ったらラクになるようなところに意識を向けてみてください。
昔から行われている「痛いの痛いの飛んでいけ」も、お母さんの意識が傷口に向かい、それが子どもとの共鳴を生み、癒しの効果に繋がるのかもしれませんね。




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2022年2月1日火曜日

【No.1230】大脳皮質から発せられる言葉

月曜日の夜は、カムカムよりも楽しみにしているカーネーションがあって、ついに綾野剛が登場。
長崎弁、九州弁は心地良いですね。
同じ九州出身(役では)ですから、あんな風に無口でシュッとしたいなと思いつつ、幼いときからずっとしゃべりっぱなしだった私なので、どう頑張っても武田鉄矢寄りにしかならないなぁ~なんて観ていました。


今朝は早くから目が覚め、函館の雪に反射する朝日に心が洗われるような感じがしていたら、今日は旧暦で言えば、お正月でした。
四季の移り変わりがあり、自然と共に生きてきた日本人ですから、明治と共に捨て去らなくても良かったのにな、と思います。
2022年は2月4日が立春ではありますが、やっぱり感覚的には1ヶ月のズレを感じますね。
3月の初旬ごろの気候がまさに立春といった感じで、今日も真冬の真っ只中という気温です。


私のところには、自閉症、アスペルガー、発達障害などと診断を受けた大人の方たちからの相談も多く来ます。
しかし実際にお会いしたり、メールでのやりとりをさせて頂くと、本当にその診断名なのかな、と疑問に思うことがあります。
他の精神疾患を持っているけれども、「発達障害」という風にされてしまっている方や、もともと発達障害があり、育て直す機会がないまま大人になり、凸凹が大きいために周囲とのトラブル、生活のトラブルが絶えず、精神疾患を発症したような方もいるように感じます。


20歳なら20年間の歴史があり、30歳なら30年の歴史があります。
幼児さんの発達がずれだした時期、課題の根っこが掴みやすい一方で、こうした大人の方たちは根っこまで到達するのにはより丁寧な確認作業が必要になります。
その人の本来の資質なのか、凸凹の発達を基にした環境適応なのか、ご自身のサバイバル術としての言動なのか、どんな人と出会い、どんな体験をしてきたのか。
現在の姿は生きてきた物語の先になりますので、相談の際には一人ひとりの物語を大事に読み解きながら、また今困っていることを今少しでもラクにできるようなアイディア、生活の組み立ても大事になると思います。


そうは言っても、大人の方たちは親御さんからの情報が得られないことや、ご自身でも覚えていないこと、または思いださないように蓋をしてしまったことも多々ありますので、一緒に歴史を振り返ることができない場合のほうが大部分です。
そうなると、現在の姿からその人が辿ってきた歴史と課題の根っこを見抜ける技術が求められます。


そんなとき、私が注目するのは、その人が発する言葉、書いている文字です。
その言葉、文字がどこから発せられているかを感覚的に捉えることに力を注ぎます。
端的に言えば、大脳皮質から出た言葉か、古い脳から大脳皮質を経由した言葉か、そこに注意を向けています。
自閉症の人達の中には言葉を巧みに使う人も多いですが、感情や本能などの古い脳がシャットダウンしているような感じで、大脳皮質からポンポン言葉が出ている場合があります。
同じ言葉を発しているのだけれども、奥行きがないと言いますか、温度を感じないと言いますか、薄っぺらく窮屈な雰囲気を伴う言葉だと感じるのです。
ここはペーパーテスト、知能テストでは評価しづらい部分ですね。


本来、言葉というのはヒトが身体で感じたこと、内的な感覚を音声や形に表したものです。
なので、本能の部分、感覚の部分、身体(動き)の部分が育って初めて、身体感覚を表現するための道具としての言葉となります。
一方でとくにコミュニケーション、社会性に課題を持つ自閉症の人達は、こういった大脳皮質下に未発達やヌケ、またはそこと大脳皮質との繋がりの部分に課題があるため、どうも「大脳皮質↔言葉」というやりとりで言葉を発しているような印象を受けます。


大脳皮質下を経由しない「大脳皮質↔言葉」での処理は、大脳皮質という部分的な情報処理体系になりますので、偏った疲れを生じさせます。
それが「頭グルグル」「頭でっかち」というような表現をされることがあり、身体は疲れていないけれども、脳が、とくに情報処理の部分のみが疲れているように見えます。
その大脳皮質に偏った疲れは、双方向のコミュニケーション、複数の情報を並列処理しながらの行動を難しくさせ、一方的に話したり関わったり、臨機応変に仕事をこなすことができないといった課題に繋がっていきます。


相談できるということは、言葉でのやりとりが可能だということになります。
ですから、どうしても時間がない中で彼らを解釈しようとすれば、「社会性の問題、対人面の問題、だからSSTまたは周囲の理解啓発」という方向へ支援が進みがちです。
しかし、「大脳皮質↔言葉」という人には、さらに大脳皮質での処理を促し、余計に負荷がかかってしまいます。
理解啓発の本来の意味がわからないのも、「大脳皮質↔言葉」で処理している人に多い気がします。
空気が読めない人に必要なのは、「こういった場面では、こういった振る舞いをしましょう」という教示ではなく、空気を読むための感覚、身体の未発達、ヌケを育てていくことだと思います。


成人支援をしている支援者さんからコツを尋ねられるとき、私は「きちんと大脳皮質下を経由しているかを見ることが大切です」とお話ししてます。
もちろん、ノンバーバルな大人の人も同じで、機械的に身体を動かしているか、感情や本能を出発とした行動なのか、その辺りを確認し、見抜くことは大切です。
一方で、子ども達は身体や感覚のヌケ、未発達があり、うまく自分の内側にある声を聴くことができない。
それが単に感情を爆発させるだけだったり、「大脳皮質↔言葉(運動)」でロボットのようなコミュニケーション、他人との関わり方になってしまったりすることがあります。
こうした違いにも目が向くようになると、脳の動き、状態が見えるようになってくると思います。




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