2022年10月31日月曜日

【No.1320】安心は発達のエネルギー

前回のブログに対して反響が多くありました。
ホントはこういうことを書くと、ますます怪しさが増すから避けてきていたんですよね(笑)
でも、書かざるを得なかった、というのが正直な気持ち。
だってええ、発達障害が発達の問題"だけ"だと思っている人が多いんですもの。
発達障害を治そうとするその行為が却って、愛着障害を生み、更なる発達の遅れに繋がっていることがあるんですもの。
「我が子の発達障害を治すにはどうしたら良いですか?」という質問が出ること自体、治っていけない家庭の典型だといえます。


発達相談でご家庭に伺うと、親御さんの深刻さを横に、子どもさんが幸せそうに遊んでいる姿がある、ってことはよくあることです。
親御さんからしたら発達の遅れやその指摘は、奈落の底に落とされた感じになるのは当然だと思いますが、子どもさんはそのことについてどう思っているのでしょうか?
もちろん、ある程度大きくなり、また他人との違いを感じるような年代になれば、「治りたい」と本人が願うこともあるでしょう。
しかし最近増え続ける乳幼児さんの発達相談、小学校低学年くらいまでの子ども達は、どのくらいそれを思っているのか。
本当に今、いろんなものを後回しにして、もっといえば、家族の時間、親御さんとの触れ合いや甘え、子ども時代の自由な時間を後回しにして、その療育に通うことは、診断を受けに行くことは、薬を飲むことは、そのアプローチを行うことは、発達障害を治そうとすることはやるべきことなのか、と思うことがあるのです。


先日、お会いした子どもさんは、「もっとお母さんと遊びたい」と言っていました。
親御さんとしては、一刻も早く治ってほしい、今すぐにでもラクになってほしい、と願う。
だけれども、子どもからしたら今、お母さんと遊びたいんですね。
もっと抱きしめて欲しいし、ただただ自分だけのことを見てほしい。
そもそもが発達が遅れていること自体を、その子は不幸に感じていない。


特に子どもは敏感に親御さんの想いを感じるもので、親御さんが発達の遅れに対してネガティブな感情を持ち続けると、それを感じた子が「自分ってダメな子なんだ」と捉えてしまうこともありますね。
子どもさんの発達の遅れに注目が集まるようになってから、「発達が(さらに)遅れ出す」なんてことも少なくありません。
本当にそれが発達の遅れなのか、単にその子の発達の流れとしてゆっくりだけではないのか。
その辺りが曖昧で、医師にも、専門家にも証明することができないのですから、「発達障害」ではなく、「どうやったら、うちの子、もっとよりよく育っていけるかな」というくらいのほうが良いと思うのです。


根詰めたからといって、早く育つわけでもありません。
子どもは生きていますし、発達の主体はその子本人ですから。
一方で早く取り組んだ方がよいものがあって、それは発達の阻害要因の除去、改善。
何が発達の阻害要因になるかは過去のブログ等、読んで下さればわかると思いますが、とにかく発達を堰き止めているモノは、一刻も早く取り除くべきですし、発達していけない環境はすぐに改善しなければなりません。
ですから私は、親御さんにも、その阻害要因があるのなら、今のご家庭にそういった改善点があるのなら、それを指摘しています。


実際に私の発達相談を受けてくださった方はわかると思いますが、「何をすれば治るか」「その課題がクリアされるか」というような「How to」メインの仕事はしていません。
もちろん、そういったことを求められ、お伝えすることもありますが、それはあくまで枝葉の部分。
大事なのは、その家庭がその子にとってよりよく発達していける場、環境になっていけることのお手伝いです。
専門家に定期的に指導を受けないと、発達が進んでいけないのなら、それはその子がよりよく育つ場としての家庭とはいえません。


専門家はリアルタイムで子どもさんを見ているわけではありませんし、実際に手を出して子育て、発達援助ができるわけではありません。
親御さん自身が、子どもさんの日々の変化に気がつき、そういったメッセージを受け取りながら、より良い子育て、発達の後押しを考え、行動できることこそ、発達障害を治す近道。
こんなことをいうと、「私、創造力がなくて」「アイディアが浮かばなくて」とおっしゃいますが、そうやって言い訳しているから家庭という場が変わっていかないんですね。
というか、真剣な話をすれば、みんながみんな、我が子に治ってほしいと思っていない、という現実もある。
無意識下では、治るなんて思っていないし、治そうなんて思っていないし、中には「治らないで」と思いながら発達相談を受けている方もいる。


「ありのままで」は良いとは思わないが、発達障害は治すべきもの、ネガティブなもの、というのも違うと思います。
その発達の遅れは治すべき対象なのか、今すぐにでもアプローチしなければならないのか、時間の経過とともにその子自身で育ち、治していくことを待っても良いのではないか、と思うことがあります。
ですから、全員が全員に身体アプローチはお勧めしませんし、栄養療法もぶった切ることもあります(笑)
むしろ、発達援助よりも、「親子でご旅行に出かけては?」「息子さんがやりたいことに、とことん付き合ってみては?」「栄養療法よりも、娘さんが好きなものを家族一緒に楽しく食べてみては?」などと提案することもありますし、「治そうとアプローチしないほうが治る」というお話をすることもあります。


もう一度、改めて「それは治すべき対象なのか」を考える必要があると思います。
周囲から見て「治すべきもの」と思うものでも、子どもさんの視点に立てば、治さなくて良いものかもしれませんし、親や他人ではなく本人が治していくものかもしれません。
発達相談をしていると、子ども達からこんな声が聞こえてくることがあります。
「ぼくは不幸じゃない」
「私は今、幸せに生きている」
そしてやっぱり「私よりも、お母さんを助けてあげて」と子ども達は自分のこと以上に親御さんのことを心配している。
だから、すべての取り組みをいったん中止し、親御さんがご自身の生活、仕事、趣味に意識が向けられると、止まっていた発達の歯車が動きだすことがあるんですね。
不安や心配は発達阻害要因、安心は発達のエネルギーになりますね。




2022年10月28日金曜日

【No.1319】子ども達から伝わってくるメッセージ

今の科学技術では証明できないけれども、ヒトにはまだ知られていない能力があると思っている。
私が感じる"何か"も、そういったヒトの持つ能力の表れでしょう。
たぶん、その人が歩んできた歴史や今の感情などは、脳みそにだけではなく、身体にも刻まれていて、それが分子レベルか何か分からないけれども、身体から発信しているんだと思います。
私の場合は、目の前の人にもう一人の姿が見えたり、走馬灯のように物語がイメージとして見えたり、映画のタイトルのように文字が見えたりします。
中には憑依するような感じで、その人と同じ感覚になる人もいるようですが、私はそれはあまりないですね。


我が子の発達障害で悩んでいる親御さんは多いですね。
だけれども、その多くは表向きには我が子のことで悩んでいて、本当のところはご自身のことで悩んでいる。
さらに、その自分の悩みは無意識下にあるので、本人は気づいていない。
そんな風に感じています。
少なくとも、私の発達相談ではそうですね。
発達障害という問題はきっかけであり、自分自身の悩みや課題と向き合う入り口のような感じ。


たとえば、これはみなさんも分かりやすいと思うのですが、「私、知識持っています、キリ」の人。
これは支援者にも多いのですが、やたらに知識持ってますアピールをしている。
それほどに知識を持っているのなら、そもそも相談する必要ないですよねー。
もちろん、知識と応用にはそれを結びつける力が必要なので、そういった点で悩み、相談される人もいますが、そうではない人もいる。


このような人達から伝わってくるのは、「私を褒めて」「私を認めて」という声。
発達相談をしていても、本当に我が子のことをよくしたい、治ってほしいと思っているのかな、と思うことがあります。
我が子のことをそっちのけで、私が言うことに対して、「そうですよね」「そうですよね」「私もそう思っていました」などと相槌を打つ。
そして一番のポイントは、「それ、私も考えていました」「それ、私もやってました」と例外なくおっしゃる。
だから、このような人達は、私の発達相談が受けたいのではなく、自分に共感や同意してくれる支援者を本能的に嗅ぎ分け、接近しているんだと感じます。


同じ「知識持ってます、キリ」の人でも、伝わってくるものが違うことがあります。
これも多いのですが、自分の負い目を消し去ろうとして知識を集めるパターン。
つまり、端的に言えば、「私はこんなにも知識があるでしょ」「他の親、支援者とは違うでしょ」という言葉の裏に、「私が過去に犯した間違いに気づかれたくない」「そう周りから悟られたくない」という深層心理が隠れているって感じです。
これは女性特有で、父親からは感じたことがありませんね。
知識や情報で頭は騙せても、動物としての本能は騙せないのでしょう。


ちなみに男性も、父親も、知識や情報、グッズや療法に没頭する人がいます。
だけれども、その人たちの多くは、奥さんが不調のパターンだと思います。
奥さんの体調が悪い、重い愛着障害を持っている、奥さんに発達障害があるなど、育児に全力が出せない状態を傍で見ていて、でも父親である自分にできること、埋められない範囲があって「これ以上、妻には要求できないよな」と思っている。
だから、本来求めている部分はどうにもできない分、ある意味、自分がコントロールできる部分にエネルギーが向かっていくし、発達相談で同席して私にそれを伝えてほしい、うちの子よりもまず妻をどうにかして、というオーラを送ってくる(笑)
奥様の方からは「夫が一人で突き進んで」「夫婦で意見が合わないんです」という愚痴を聞きますが、そういった事情もある。


発達相談という仕事をしていて、純粋に我が子の発達だけの悩み、どうすれば課題が解決できるか、治っていくか、だけが訊きたいという場合はほとんどありません。
もちろん、ほとんどの親御さんはそれだけを相談していると思っている。
だけれども、無意識レベルでは別のことでご自身が悩んでいて、本能脳的にそういった陰の部分に注目する私を嗅ぎ分け、選択しているんだと感じます。


再三言っていることですが、現在の発達障害の問題は、発達に遅れやヌケ、凸凹があること自体が問題ではありませんね。
いくら発達が遅れていようとも、凸凹があろうとも、その子の発達、成長がみられていれば、問題ないわけです。
つまり、問題の本質は、発達していけない今の環境。
当然、遺伝的な要素もあるでしょうし、三代に跨っている環境毒の影響もあるでしょう。
でも、そういったものも、後天的に改善していくことができる。
じゃあ、なぜ、改善できないの?その今の環境とやらを変えていけないの?といえば、子どもにとっての最大の環境である親御さん自身、家庭に問題があるわけです。


正直、その子の発達のヌケや課題の根っこを確認して、それをどうやって育てなおしていけばいいかを伝えるだけでしたら、すぐに終わる話です。
だけれども、その場合、二つの問題があって、1つは私が定期的に確認して指示を出す必要性が出てくること。
それは依存を生み、親御さんの自立を阻みますので、結局、その子が治ることにはならない。


もう一つは、いくらマニュアルがあろうとも、やることが決まろうとも、親御さん自身の無意識下にある課題が解決できなければ、結局は続けることができないし、子どもさんが治っていくことが道具かされてしまうんですね。
それは新たな愛着障害を生み、当然、それまたいびつな発達経過を辿ってしまうことになる。
『道具化』ってなにかといえば、治った我が子が自分を褒めてもらう道具になり、自分の負い目がなかったものにするための道具となる。


親御さんからいろいろ伝わってくるんですから、当然、子どもさん達からもいろいろと伝わってくるんですね。
言葉の有無や知的障害のあるなし、年齢に関わらず、子どもさんの場合は結構、ストレートにメッセージを送ってくれます。
「お父さんとお母さん、いつも喧嘩ばかりしているんだ」
「おねえちゃんと比べられて辛い」
「わたしが生まれてこなければ、こんなにも苦労しなかったのに、と思っているみたい」
「わたしよりも、お母さんを救ってあげて」
「ぼくを使って、みんなから褒めてもらおうとしている。それが寂しい」
「わたしは、"発達障害を治す"というお仕事をしているの」
「サプリ、本当は飲みたくないけれど、我慢して飲んでいるんだ。そっちのほうがお父さん、喜ぶから。家族が仲良くいれるから」
「お腹の中にもう少し、いたかったな」
「生まれてくるのが怖かった」
「ぼくの前に、おにいちゃんがいたけれども、生まれる前に死んじゃったんだ」


今朝のニュースでは不登校やいじめ、子ども達のうつ傾向の調査結果が出ていましたね。
結局、社会の矛盾、大人の課題は、弱いものを通して現れるんですね。
子ども達が悲鳴を挙げているのではなく、大人たちのツケを子ども達が支払わされているんです。
私は発達障害という問題も、子ども達の問題だとは捉えていません。
子ども達の自然な発達を守ることができなかった大人たちが引き起こしていること。
「今だけ、カネだけ、自分だけ」の大人たちが欲望のままに突き進み、次の世代の幸せ、より良い社会を次の世代に、100年後の子ども達に引き渡していく、という当たり前の心を失った結果、発達障害という社会問題を作りだしたんだと思っています。


私が発達障害の人達と関わる仕事しているのは、一人でも多くの人達に治ってもらいたいなと思うのは、社会の矛盾を背負わせてしまった大人の一人としてのせめてもの罪滅ぼしという意味もあります。
私達が生きた時代よりも、我が子には、その次の世代の子ども達には自由に人生を謳歌してもらいたい。
だから、子ども達から聴こえてくるメッセージに耳を傾け、そこから親御さん、そのご家族の課題を見つけ、気づき、変わってもらえるような後押しがしたいと思いながら家庭支援を行っています。





☆『ポストコロナの発達援助論』のご紹介☆

巻頭漫画
まえがき
第1章 コロナ禍は子ども達の発達に、どういうヌケをもたらしたか?
〇五感を活用しなくなった日本人
〇専門家への丸投げの危険性
〇コロナ禍による子ども達の身体の変化
〇子どもの時間、大人の時間
〇マスク生活の影響
〇手の発達の重要性と感覚刺激とのソーシャルディスタンス
〇戸外での遊びの大切さ
〇手の発達と学ぶ力の発達
〇自粛生活と目・脳の疲労
〇表情が作れないから読みとれない
〇嗅覚の制限 危険が察知できない
〇口の課題
〇やっぱり愛着の問題
〇子ども達が大人になった世界を想像する
〇子どもが生まれてこられない時代
〇子育てという伝統

第二章 コロナ禍後の育て直し
〇発達刺激が奪われたコロナ禍
〇胎児への影響
〇食べ物に注意し内臓を整えていく
〇内臓を育てることもできる
〇三・一一の子どもたちから見る胎児期の愛着障害
〇胎児期の愛着障害を治す

第三章 ヒトとしての育て直し
〇噛む力はうつ伏せで育てよう
〇感覚系は目を閉じて育てよう
〇身体が遊び道具という時期を
〇もう一度、食事について考えてみませんか?
〇食べると食事の違い
〇自己の確立には
〇右脳と左脳の繋がりが自己を統合していく
〇動物としての学習方法
〇神経ネットワーク
〇発達刺激という視点

第四章 マスクを自ら外せる主体性を持とう
〇なぜマスクを自ら外せることが大事なのか
〇快を知る
〇恐怖を、快という感情で小さくしていく

第五章 子どもの「快」を育てる
〇「快」がわかりにくいと、生きづらい
〇快と不快の関係性
〇子どもの快を見抜くポイント
〇自然な表情

第六章 子ども達の「首」に注目しよう
〇自分という軸、つまり背骨(中枢神経)を育てる
〇首が育っていない子に共通する課題
〇なぜ、首が育たない?
〇首が育たない環境要因
〇首が育つとは
〇背骨の過敏さを緩めていく
〇首を育てるには

第七章 親御さんは腹を決め、五感を大切にしましょう
〇子育て中の親御さん達へのメッセージ
〇部屋を片付ける
〇子どもと遊ぶのが苦手だと思う親御さんへ
〇ネットを見ても発達は起きません
〇発達刺激という考え方
〇五感で子どもを見る
〇特に幼児期は一つに絞って後押ししていく

第八章 自由に生きるための発達
〇発達の主体を妨げない存在でありたい
〇大人が育てたいところと子どもが育てたいところは、ほとんど一致しない

あとがき
こういう本を読んできました
巻末漫画

出版元である花風社さんからのご購入はこちら→https://kafusha.com/products/detail/56
Amazonでも購入できます。


2022年10月26日水曜日

【No.1318】「正常」なる幻想

発達相談をしていて、親御さん達の多くに共通した"勘違い"があるように感じます。
それは「なにも問題がない状態が正常」という勘違いです。
別の言い方をすれば、少しでも違うところがあれば、それは異常であり、発達に課題があり、発達障害である、という勘違いです。


「うちの子、発達障害なんです」という子を見ても、「どこが発達障害なんだろうか」と思うことが多々あります。
確かに部分的見れば、ある発達に関してスポットライトを当てれば、同年齢の子どもと比べて遅れているといえます。
でも、人間って生き物ですし、複雑系の存在なので、ある部分を取り出して、そこが異常だ、正常だ、なんては言えないと思うんです。
その人、全体でどうなのか。
そして何よりも、今まさに発達途上の子どもさんなら、それが異常か、まだ育っていないか、発達中か、はわかりませんね。


ちょっとでも周りの子と違うところがあれば、すぐに「発達障害」としてしまうのは、現代医療がハッタツの分野に入り込んでいるからだと思います。
現代医療はなにかといえば、西洋医学であり、対症療法です。
異常を見つけ出し、その異常をどう抑えるか。
異常値を作り、正常値を作って、その間を行ったり来たりで商売するのが現代医療。
だから発達障害の診断は、その子の全体としての発達状態や今後の発達などを考慮せず、とにかく異常を見つけ、その異常に対してどういった対症療法をするかで終始している。
そんな思考が、親御さん達の頭の中まで侵食しているんですね。


「正常の発達がある」と思わせるのが、彼らの方法であり、洗脳の手段。
「そもそも子どもなんて、みんな、同じ発達などしないでしょ」という当たり前のことに気づければ、多くの子ども達は発達障害というレッテルなど貼られなくて済んだのに。
江戸時代の日本、いや、私達が子どもだった昭和、平成の前半までは「うちの子が異常だ」「異常だ」といえば、「そういうあんたが異常だね」と言われていたと思います。
発達の検査なんていうのもあるけれども、あの項目通り、月齢通り進めば、正常だといえるのでしょうか。
というか、子どもの発達って、あそこで挙げられているもの以外はないの?
異常を作りだすために、正常という基準が作られているということを知っていれば、ひっかかることはないでしょう。


同じような洗脳が他にもあって、ここ数年、「私が愛着障害だから」という親御さんが増えました。
確かに親御さんに愛着障害はあるかもしれません。
でも、親御さんに愛着障害があるから、お子さんが発達障害になるわけでも、発達障害が治らないわけでもありません。
愛着障害がある親御さんの子でも、発達障害にならない子がほとんどですし、親に愛着障害があろうとも、治る子は治る。
これはコロナ騒動でもたくさん見てきた光景で、「人流と陽性者数」「未接種者と陽性率」「マスクの感染予防効果」など、どうして因果関係がこんなにも単純だと思えるのか、私には不思議でなりませんでしたね。
人間を構成している要素は、かなり複雑で多様です。
そこを「ヒト」というひと括りで、それまた単純化された要因と結びつけて、どうのこうのって、よっぽどの人間オンチか、思考停止した人かだと思います。


ご自身の愛着障害を我が子の発達障害や治らない理由にしたい背景は、とにかく理由づけをして頭をラクにしたいということもあるでしょう。
人間は曖昧で、どっちつかずの状態が一番脳みそ、エネルギーを使いますので。
省エネとして、とりあえず、「自分に愛着障害があるから、この子は〇〇なんだろう」と思いたいのはわからなくはないです。
でも、そこで生じる弊害は、子どもさんのほうに出るんですね。


親御さんが愛着障害を治すことと、子どもの発達障害、治るは、独立しています。
もちろん、その影響はあるのでしょうが、そこだけじゃないし、それだけじゃない。
むしろ、「これこそが原因なんだ」と思うことで、見失う部分がある。
みんな、テレビを観たら発達障害にはならない。
みんな、鉄不足になったら発達障害になるわけではない。
みんな、身体アプローチをしないと、治らないわけではない。
残念ながら、そうやって物事をシンプルに捉えてしまいがちな家庭では、子どもさんのことがよく見えていない場合が多いし、よく見えていないから情報に飛びつきやすく、洗脳も受けやすい。


あの子が良かったものが、うちの子に良いとは限らない。
却って、マイナスな影響を与えることもある。
人間はかなりの複雑系です。
つまり、複雑で唯一無二の存在だからこそ、目の前の子どものことをしっかり見つめる必要があるんですね。
一人ひとりが自分の名医になればいいわけで、子どもさんの場合は親御さんがその名医になればいいし、そこを目指すのが子育てであり、親子の育ちあい。
結局、今回説明してきた洗脳は、そういったことをさせないためのものだとお気付きでしょうか。


コロナも医師やワクチンが治すものではありません。
結局は、自分の免疫が治しているのです。
自分の体調を整えている人は、この2年半で発症しないし、発症してもすぐに自分自身で治してしまう。
世の中の人達が、そんな当たり前のことに気づき、自分自身で取り組めていたら、日本の経済と子ども達という未来を傷つけずに済んだのに。
同じように発達の課題も、我が子のことをしっかり見て、その子に合った環境と発達刺激を与えられていたら、家庭で自然と育ち、治っていくのです。
そこに医療も、療育も、支援者も、必要なし。
つまりは、こんな風な人ばかりになると、医療は儲からないから、「正常」なる幻想を植え付け、異常という恐怖を演出し、依存心を持った人間を作ろうとしているだけなんですね。
数値で異常か、正常か、確認できるシステムは、人間の頭を使わせないためのもの。


だから私は、発達相談、援助という仕事を通して出会った人達に、搾取されいることに気がついてほしいし、もう一度、自分の頭で考え、行動できるようになってほしいと願っています。
子どもさんが治っていくということは、親御さんが思考停止の状態から抜け出し、試行錯誤しながら主体的な子育てを行っていく、ということなんですね。
このまま、医療に搾取され続けていけば、これから生まれてくる子ども達にも発達障害のレッテルが貼られていくでしょう。
そして彼らの未来と自由が奪われていく。
そうならないためにも、一緒に頑張っていきましょう。




☆『ポストコロナの発達援助論』のご紹介☆

巻頭漫画
まえがき
第1章 コロナ禍は子ども達の発達に、どういうヌケをもたらしたか?
〇五感を活用しなくなった日本人
〇専門家への丸投げの危険性
〇コロナ禍による子ども達の身体の変化
〇子どもの時間、大人の時間
〇マスク生活の影響
〇手の発達の重要性と感覚刺激とのソーシャルディスタンス
〇戸外での遊びの大切さ
〇手の発達と学ぶ力の発達
〇自粛生活と目・脳の疲労
〇表情が作れないから読みとれない
〇嗅覚の制限 危険が察知できない
〇口の課題
〇やっぱり愛着の問題
〇子ども達が大人になった世界を想像する
〇子どもが生まれてこられない時代
〇子育てという伝統

第二章 コロナ禍後の育て直し
〇発達刺激が奪われたコロナ禍
〇胎児への影響
〇食べ物に注意し内臓を整えていく
〇内臓を育てることもできる
〇三・一一の子どもたちから見る胎児期の愛着障害
〇胎児期の愛着障害を治す

第三章 ヒトとしての育て直し
〇噛む力はうつ伏せで育てよう
〇感覚系は目を閉じて育てよう
〇身体が遊び道具という時期を
〇もう一度、食事について考えてみませんか?
〇食べると食事の違い
〇自己の確立には
〇右脳と左脳の繋がりが自己を統合していく
〇動物としての学習方法
〇神経ネットワーク
〇発達刺激という視点

第四章 マスクを自ら外せる主体性を持とう
〇なぜマスクを自ら外せることが大事なのか
〇快を知る
〇恐怖を、快という感情で小さくしていく

第五章 子どもの「快」を育てる
〇「快」がわかりにくいと、生きづらい
〇快と不快の関係性
〇子どもの快を見抜くポイント
〇自然な表情

第六章 子ども達の「首」に注目しよう
〇自分という軸、つまり背骨(中枢神経)を育てる
〇首が育っていない子に共通する課題
〇なぜ、首が育たない?
〇首が育たない環境要因
〇首が育つとは
〇背骨の過敏さを緩めていく
〇首を育てるには

第七章 親御さんは腹を決め、五感を大切にしましょう
〇子育て中の親御さん達へのメッセージ
〇部屋を片付ける
〇子どもと遊ぶのが苦手だと思う親御さんへ
〇ネットを見ても発達は起きません
〇発達刺激という考え方
〇五感で子どもを見る
〇特に幼児期は一つに絞って後押ししていく

第八章 自由に生きるための発達
〇発達の主体を妨げない存在でありたい
〇大人が育てたいところと子どもが育てたいところは、ほとんど一致しない

あとがき
こういう本を読んできました
巻末漫画

出版元である花風社さんからのご購入はこちら→https://kafusha.com/products/detail/56
Amazonでも購入できます。


2022年10月20日木曜日

【No.1317】「知的に重いから」ではなく、「知的に重くても」

花風社の浅見さんがこのような文章を書いてくださいました。
確かに私は「治らない人も治したい」と思っています。
だって、いろんな知見が集まり、実際に治っている子ども達、若者たちが大勢いる時代になったんですから!
発達のヌケや未発達、本来の発達の流れからずれてしまった人達は、いつからでも育てなおしていけますね。


一方で重い知的障害があったり、どうしても「治りづらい」「同年齢の人のようには治っていかないだろうな」と思う人達がいるのも事実。
ここ数年は、どんどん低年齢化が進み、ゼロ歳代の発達障害児(?)の相談も増えているので、そちらの話が多くなってしまうのですが、やはり10件の相談につき、1件、2件くらいは知的障害のある人、知的に重い人からの依頼があります。


そういった方達の発達相談を通して、最近はこのようなことを思っています。
表現が難しいのですが、「いかに充足している機能を見つけ、そこを活かし、刺激していくか」。
イメージで言えば、充足・正常な機能を入り口に、バイパスの基点にして発達を後押ししていく感じになります。


充足している機能は、それこそ、一人ひとり異なりますので、例を挙げてお話しするのは難しいのですが、多くの人に共通して見られるアプローチの糸口としましては、やはりスキンシップ、肌を通したコミュニケーションだと思います。
動物にとっての危険は外敵だけではありません。
生まれ出たあと、最初に出くわす生命の危機は寒さです。
哺乳類など、変温動物は生まれたあと、すぐに母親の身体で温められます。
人間の赤ちゃんも、体温管理は必須で、体温が下がり、免疫機能が低下しないように気を付けます。
出生直後、赤ちゃんの肌と自分の肌をくっつけるのは、生命維持としての保温の意味と、女性の脳や身体、神経が母親へと変わっていくための意味があるのだといえます。


つまり、何が言いたいかと申しますと、「身体を温める」も発達援助になるのではないか、ということです。
ヒトは身体が温められると、身体で「温かさ」を感じると、心地良さを感じ、安心感を感じ、そして温めてくれた存在に対して愛情と信頼感を感じるのだと思います。
重い知的障害を持つ人は、身体の使い方、運動発達の仕方に課題や歪みがあるため、手足が冷たいことが多く、体温調節がうまくいっていないことも少なくないと感じます。
そうすると、認知的なハンディキャップにより、世の中の仕組みや周りの環境の意味、他人からの発信の意味がわからないことによる心細さだけではなく、身体自体が冷え切り、不安を強く感じている状態だと推測されます。


皮膚過敏や触覚過敏を持っている知的に重い人も多いですが、温泉やお風呂などは好んで入る人ばかりです。
これは施設職員時代に感じていたことで、どんなに重い知的障害や行動障害がある人も、お風呂の時間は大好きで、リラックスできていました。
今から振り返ると、お風呂上がりはみなさん、部屋でゆったりして落ち着いていたのは、お風呂のリラックス効果もですが、身体が温まり、安心感を得られていたからかもしれませんね。
今もいろんなご家庭に訪問しますが、お風呂が好きな子どもさんが多いです。


どんなに感覚過敏がある人でも、変温動物である限り、外気温の影響を受けるものです。
それは皮膚からのとくに温かさに関するアプローチは、どの人も正常だということではないでしょうか。
皮膚を通して温かさを感じ、できれば信頼できる親御さん、ご家族から触れてもらって温かさを感じることは、まさに心身を弛め、脳に余裕を作ることになるのだと思います。


発語がなく、知的障害もある子どもさんで、私が訪問してもぜんぜん目も合わないし、意識も向けようとしない子がいます。
でも、手をつなぐなどの身体接触をすると、ふと意識が私に向き、手を温めるなど十分な関わりをすると、「もっとやって」と意識と発信が出てくることがあります。
あるご家庭では、身体アプローチをする前に、「とにかく身体接触を多くしてみてください」「手足が冷たいので温めてみてください」とお願いしたところ、そこから覚醒状態が明らかに向上し、取り組みにも応じられるようになったとおっしゃっていました。
「そもそも知的障害が重くて、身体アプローチができない」と言われる方がいますが、私達も手足が冷たいと動きたくないですよね。
寒いところに行くと、自分の身体が冷えると、動きたくない、というか自分の体温を挙げる方にエネルギーが向かうのは自然の道理。


施設職員時代からそうですが、幾度となく、枕詞のように「知的に重いから」という言葉を聞いてきました。
知的に重いから、「〇〇ができない」「〇〇は望めない」という言い訳の呪文。
でも、本当にそうかな、と20年以上思い続けてきました。
確かに100個中99個は不可能なこともある。
だけれども、支援者はその可能な1つまでをも「知的に重いから」といって切り捨てていないだろうか、と思います。


依頼される親御さんの中には、いろんな先生や支援者、機関から「無理だね」と言われ、私のところに藁をもつかむ気持ちでいらっしゃる方がいます。
だからこそ、私は気づくことができたのかもしれません。
身体を温める、皮膚から温めるアプローチを。
目が合わない子も、両手を握り、しっかり温かさを伝えれば、ふと目を合わせてくれることもある。
体温の伝えあいも、原始的なコミュニケーションになるのではないでしょうか。
触れ方一つで、自分に対する相手の気持ちがわかるのは、みなさん、感じられることでしょう。


知的に重い人に対しては、充足している機能、正常な機能を見つけ、そこからアプローチしていくことも一つのアイデアになると思います。
そして多くの人に共通するのは、温かさを感じる機能。
変温動物である限り、生きている限り、その機能はどんな人でも働き続けている。
だから、そこから始めよう。
そんなことをこの頃は考えています。


もどうぞ。




☆『医者が教えてくれない発達障害の治り方』のご紹介☆

まえがき(浅見淳子)

第一章 診断されると本当にいいことあるの?
〇医者は誤ることはあるけど謝ることはない
〇早期診断→特別支援教育のオススメルートは基本片道切符
〇八歳までは障害名(仮)でよいはず
〇その遅れは八歳以降も続きますか?
〇未発達とは、何が育っていないのか?
〇就学先は五歳~六歳の発達状況で決められてしまうという現実
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのメリット
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのデメリット
〇療育や支援とつながるほど、子育ての時間は減る

第二章 親心活用のススメ
〇親子遊びはたしかに、発達に結びつく
〇変わりゆく発達凸凹のお子さんを持つ家庭の姿
〇学校は頼りにならないと知っておこう
〇安定した土台は生活の中でしか作れない
〇支援者が行うアセスメントには、実はあまり意味がない
〇親が求めているのは「よりよくなるための手がかり」のはず
〇人間は主観の中で生きていく
〇専門家との関係性より親子の関係性の方が大事
〇支援者の粗探しから子どもを守ろう
〇圧倒的な情報量を持っているのは支援者ではなく親

第三章 親心活用アセスメントこそ効果的
〇子育ての世界へ戻ろう
〇その子のペースで遊ぶことの大切さ
〇「発達のヌケ」を見抜けるのは誰か?
〇いわゆる代替療法に手を出してはいけないのか
〇家庭でのアセスメントの利点
1.発達段階が正確にわかる
2.親の観察眼を養える
3.本人のニーズがわかる
4.利点まとめ
〇家庭で子どもの何をみればいいのか
1.発達段階
2.キャラクター
3.流れ
4.親子のニーズの不一致に気を付けよう

第四章 「我が子の強み」をどう発見し、活かすか
〇支援と発達援助、どちらを望んでいますか?
〇子ども自身が自分を育てる方法を知っている
〇親に余裕がないと「トレーニング」になってしまう
〇それぞれの家庭らしさをどう見つけるか
〇親から受け継いだものを大切に、自分に自信を持とう

あとがき(大久保悠)


『医者が教えてくれない発達障害の治り方①親心に自信を持とう!』をどうぞよろしくお願い致します(花風社さんのHPからご購入いただけます)。全国の書店でも購入できます!ご購入して頂いた皆さまのおかげで二刷になりましたm(__)m



2022年10月16日日曜日

【No.1316】講座『身体アプローチも発達する!勝手に発達する身体を育てよう』に現地参加してきました!!

本当はオンラインでの受講にしてたんですね。
すでに予定が入っていたので。
だけれども、今回、講師をしてくださった松島さんの実技を目の前で見てみたい。
いや、観なきゃいけないだろう、おおくぼぉ〜!!!
だって、浅見さんの松島さんの施術を受けたあとの高揚感もビンビン伝わってくるんだもん。
私が体感することで、松島さんから教わったことを、そして松島さんという実践家をこれから出会う親御さん、子ども達に紹介することができる。
そんな想いでスケジュール調整を行い、昨日行われた講座に参加してきました。


いや~、昨日は暑かった。
半袖で十分!
若干、金曜日の興奮が体温を高くしていたかもしれませんが(笑)
高津監督の胴上げは素晴らしかった~。
私が小学生の頃、神宮で現役時代の姿を観ていたから。
村神様もよく走ったよ。
あの瞬間、球場は飛沫飛びまくり(笑)
いかんいかん、初バックネット裏で観た神宮の興奮が蘇ってしまった。。。
そうじゃなくて、今回は松島さんの講座についてレポートしたかったのに(ファン歴33年)。


今回、なんとモニター役を担当させてもらったんですね。
現地で受講できるだけじゃなくて、実際に松島さんの施術を直接、自分の身体を使って体験できる。
なんと贅沢な話でしょう。
体感に勝るものはありませんね。
やっぱり野球は生で観なきゃ、特に屋外球場の神宮で。
で開始前に、「こんな感じで今日やりますね」というお話で、ちょっと先に体験させてもらったんです。
松島さんの雰囲気、印象から手がとてもあったかい人だと思っていました。
でも最初に施術で触れられたとき、温かくもなく、冷たくもない手をされていたんです。
そして松島さんの手の輪郭、重厚感は私の肌を通して伝わってきて、数秒すると私の身体の中にその輪郭が、いや、松島さんの手の余韻がスーと入っていくような感じがしました。


あんまり大きな声では言えないんですが、わたし、相手のネガティブな雰囲気って感じちゃうんですよ。
だから、「うわっ」とか、「おもっ」とか、「嘘つき」「悪人」「本音じゃないな」とか、心の中では反射的に思っちゃうことがある(笑)
だけれども、松島さんって無色透明な感じ。
だから思ったんです、「松島さんって、純粋に目の前の人を良くしたい。それだけを想って施術されているんだ」と。


松島さんが提唱されている『療育整体』は、松島さんの「我が子がよりよくなってほしい」という親心からスタートしています。
ですからそこに「自尊心を満たしたい」「有名になって儲けたい。ちやほやされたい」などの邪心が入る余地がないのです。
松島さんの手から伝わってくる純粋で透き通った空気感は、そこにただただ我が子の健康と幸せを願う親心しかないからなんだと思うのです。
私が常々申しているように、親に勝る援助者も、親に勝るほどの真剣さと我が子に対する愛情を持った人はいませんね。
そこはどう頑張っても、いくら有名な専門家だといえども、超えることはできないのです。


実際の『療育整体』については、講座の録画を観ていただきたいですし、何よりも松島さんから直接教わってほしいと思います。
関西ぐらいの距離のご家族だったら日帰りできるので、松島さんがいらっしゃる東京都立川市にぜひ、行ってみてください。
あんまり大きな声で言えませんが、落ち着かない状態で学校に行っているくらいなら休んじゃって、立川に行ったほうがいいじゃないって思います。
平日だと予約もとれやすいかもしれませんし、何よりも教えていただいた施術を行うと、勉強や運動、遊びに向かっていける身体が自然と整っていくのですから。
学校に行くにしても、勉強がしたくなるような身体で、勉強したことがスーと入ってくるような身体で行くほうが、子ども達にとってもいいですよね。


松島さんも強調しおっしゃっていましたが、『療育整体』だけを行えばすべての課題がクリアでき、すべての子が順調に育っていけるわけではないと思います。
しかし発達援助という仕事をしている私の捉えでは、栄養療法にしろ、運動発達のヌケを育て直すにしても、未発達の感覚を育て直すにしても、問題行動を改善していくにしても、その始まりに『療育整体』を行うと、また日常的に家庭で行えていると、その後のどんな育て直し、アプローチも、子ども達の身体、神経、そして心に届きやすくなると思いました。
ですから、一人でも多くの方に知って頂きたいし、一人でも多くの方に松島さんにお会いしてほしいです。
私の発達相談と松島さんの施術、どちらにしようか迷ったら、絶対、松島さんがいいですよ!
その後、もしお金に余裕があれば、お声がけくださいませ(笑)


昨晩、帰宅後、すぐに妻に教わった施術をしました("なんて優しい夫"と言われないから自分で言ってみる)。
今朝も、起きてきた息子たちに行うと、みんな、腕の長さ、足の長さが整い、自然と(骨を使って)立てる姿勢になっていました。
上の子は朝早々と野球の試合に行ったので、きっといつもよりも動きやすい身体になっているはずです。
ぜひ、来週から始まる日本シリーズに向けてスワローズの選手たちにも受けていただきたいですね、とくに山田哲人選手、頑張って。
私も直接施術して頂けたので、今日も鏡の前で確認しても身体が整ったままでした、性格の歪みはそのままでしたが。。。(次回はこちらをメインに)
ちなみに私と息子たちが同じ方向で、妻は(当然♪)反対方向でした。


貴重な知見を教えていただいたおかげで、家族みんなの身体が整い、妻は仕事へ、息子は野球へと、良い顔で、自然な姿勢で出掛けて行きました。
発達云々も大事だけれども、やっぱりこうして家族みんなが良い状態で日々の生活を送られることが一番ですよね。
講座を主催、企画してくださった花風社の浅見さん、配信を担当してくださったお二人、当日現地でお会いした皆さま、何よりも貴重な知見を教えてくださった松島さんに心より感謝申し上げます。
どうもありがとうございました!
きっと数年後には『療育整体』の名前が定着し、さらに5年、10年後には親御さん達の中から先にスタンダードになっていると思います。




2022年10月13日木曜日

【No.1315】「我が子を愛おしいと思えない」

「子どもを愛せない」という悩み、相談は少なくない。
特に「我が子に発達の遅れがある」とわかった瞬間、その想いが吹きだすことがある。
本当は世の中にこういった親御さんは多いんだろうけれども、定型発達の子どもさんの場合、そういった自分の内面に気づかないふりをすることもできるから公になっていかないんだと思う。
実際、頭でそう思うことで、我が子を愛している"ふり"をしている人も多いはず。


そもそもが「もともと母性を持っている」というのは間違いです。
母性は赤ちゃんとの身体接触を通して養われていきます。
幼児の女の子で、小さい子好きのお世話好きって子がいるけれども、ああいった子ども達は母性が強い子というよりも、幼少期からスキンシップが多くて、身近に自分よりも小さい子がいて日頃から触れ合う機会が多くて、母性が育っているだけでしょう。
とにかく出産後から赤ちゃんと肌と肌とをくっつけ、触れ合うことで母性というモノが育っていく。


発達障害のリスク因子の一つとして、低体重、早産が言われています。
つまり、発達障害を持つ子の親御さんで「我が子を愛せない」という方が少なくないのは、出生直後の母子分離が背景にあるといえます。
出産後、女性の脳や身体が子を守り、育てる母親へと変化しようとする機会を失えば、当然、「なんだか我が子なのに我が子とは思えない」「正直、愛おしいとは思えない」「自分から生まれたのか実感がない」などが生じやすくなる。
そういった出発が長年の違和感となり、我が子の発達の遅れの判明と同時に噴出する。
もちろん、そういった実感、いわゆる母性というモノを自分自身から感じていなければ、子どもさんとの関係性にズレや課題が出てくるでしょう。
今は愛着形成のヌケも発達障害にされてしまいますので、発達相談でこういったことを語られる親御さんが多いのも当然の流れになります。


医療的な事情により、出産直後の母子分離によって母親に脳が変われなかった人でも、その後の触れ合いによって母性を育んでいくことはできます。
しかし、さらに問題は複雑で、そのお母さん自身が自分の親からスキンシップをされてこなかった場合、触れ合うことの心地良さがわからないことがあります。
今度は子ども側の問題で、幼少期、ちゃんとスキンシップをされないと、その子自身の肌感覚が育たなくなります。
これも多い悩み、相談ですが、「スキンシップの仕方がわからない」とか、身体アプローチをしても形だけの模倣で「(我が子が)気持ちいいか分からない」とかに繋がります。
当然、こういった親御さん達は、自分の身体地図、ボディイメージが描けませんので、自分自身の体調が整っていないことが多く、我が子との愛着関係がうまく進んでいかないことがあります。


動物は病院で出産をしません。
日本人も戦前まではずっと家で出産していました。
出産後、自分の身体で子を温め、外敵から守り、おっぱいをあげていると、自然と脳と身体が女性から母親へと変化していた。
だけれども、出生後の物理的な母子分離と、親御さん自身の幼少期のスキンシップ不足が重なると、我が子に特別な愛情を持てない状態になる。
それが子どもさんの愛着形成のヌケと繋がり、今では子ども側の問題としての発達障害にされてしまいます。
さらにこれまで説明してきたように、これも世代間をまたぐ課題になります。
祖母からスキンシップされてこなかった母親が我が子にスキンシップができない。
その子もまた大人になり、親になれば、再びどうスキンシップしていいかがわからないといった悩みを持つ。


身体アプローチにおいて、大事なのはやり方ではありません。
その子自身が「心地良い」と感じているかどうかを大人の側が察知できるかどうかです。
でもそれには、自分自身の身体を通して相手の心地良さを察しますので、その人自身が心地良さを感じられる身体を持っていなければなりません。
じゃあ、その身体の始まりはというと、幼少期の主に親から受けたスキンシップの質と回数。
そこが抜けていると、やはりいくら達人技を教わっても、自分で我が子に実践することはできないのです。


だから身体アプローチはとても効果的だが、差が出やすい。
あの子に効果があって、うちの子に効果が見られないのは、子どもさんにそのアプローチが合っていないこともあるけれども、その多くは親御さん自身の身体のほうに課題がある。
どうしても、その回数、時間が気になるのは、心地良さを感じる肌が育っていないから。
身体アプローチが発達の後押しではなく、本人にとっては「〇〇をする時間」になっているのは、ある意味、親への忖度になっているのは、そういった背景があるからかもしれない。
また最近多くの人が栄養療法に流れてしまうのは、自分の身体を通さないで済む足し算だからかもしれないと私は思う。


親から抱きしめられたとき、匂いや温かさを全身で、肌全体で感じる。
その温かさは安心感を生み、心地良さへと繋がる。
そして自分という身体がどこからどこまでか、実感することができる。
動物の生き方から離れれば離れる程、子ども達に発達の課題がでるのは当然の結果なのです。




2022年10月12日水曜日

【No.1314】性は育んでいくもの

ここのところ、立て続けに「性」に関する相談がありました。
「これはブログに書けってこと??」と思ったので、綴ります(笑)


性に関する問題は、「誰に相談したらいいの?」と悩みますよね。
学校の先生や支援者に尋ねれば、「子どもから目を離さないで」「一人にしないで」なんていう対症療法ばかり。
裏を返せば、性衝動は抑えられないから監視するしかないだろう、という話。
だったら、性的な欲求が収まるまで、それこそ、息子が50歳、60歳まで監視し続けるの?ってなる。


知的障害を持った青少年の性に関する相談が中心になります。
当然、身体的には成熟しているし、人間も動物なので種を残すために活発になる。
でも一方で、認知の面では幼児さんと同じくらいの発達状態だったりする。
頭(認知)と身体の発達のギャップですね。
「それはいけないことだ」と根気よく教えることも大事だけれども、「廊下を走っちゃいけません」がわからない子に、「知らない人に触れてはいけない」を理解してもらうのは正直、難しい。
幼児さんは「あの人と仲良くなりたい」「触ってみたい」という内的な欲求により抱き付く。
同じように、それが性的な欲求だとしても内的なものに強く動かされ、他人に触れようとするのは一緒。
違うのは、周囲からの見た目。


重い知的障害をもった青少年の性に関する課題、問題にどう取り組んでいくか?
まず最も大事なこととは、被害者を生まないこと。
たとえあとから「あの人には障害があって」などと言われても、被害者の心の傷はなくならない。
むしろさらに深く傷つくだけ。
だって、被害を受けた自分よりも、「障害があるんだから許せ、我慢しろ」という更なるナイフで傷つけられるから。
もしどうにもこうにもならない場合、このままではさらなる被害者を生むだけの状況だとしたら、私は服薬で抑え込むこと、人里離れた施設で生活すること、終始監視される状態も仕方がないと思う。
それくらい何があっても、どんな事情があろうとも、「被害者を生まない」が最優先になる。


そういったことを踏まえつつ、本人にできることとすれば、理想で言うと「発散すること」になると思います。
できれば、マスターベーションなどをして、性的な欲求を発散できればいい。
そうやって16歳から20代、30代くらいまで自分自身で対処できれば理想的だといえます。
しかし現実問題として、「誰が教えるか」「どう教えるか」が出てくる。
さらに認知の面で課題があれば、見えないルール、マナーが理解できるかという問題が出てくるし、中にはそこの課題を考慮しないでマスターベーションの方法を教えたもんだから、どこでもここでも衝動的にしてしまうようになった、なんて場合も少なくない。
学校の授業中、作業所の仕事中、外出先で、急にトイレにこもって…なんて話はよく耳にするでしょ。


こうやって綴っていくと、なんだかどうしようもない気がしてきますよね。
実際、私も数々相談に乗ってきましたが、これといった解決策はもっていません。
そもそも動物であるヒトの性的な欲求を抑えることが良いことなのか、倫理的に第三者がどうのこうのと言って決めていくことが許されるのだろうか、とも思います。
ですから日頃、「根本だ」「根っこだ」なんて言っている私ですが、やっていることは対処療法と同じです。


原理原則として、オスの性衝動は誘導される形で発動します。
つまり、誘惑や魅力的なものがあって、性的な興奮が高まっていく。
それは当然で、私達も遥か昔は、おしりが赤くなったメスを見て性行動を開始していたのですから。
なので、性衝動が誘導されないような状況にしていくことも一つだといえます。
オスは匂いで誘導されることもあるので、女性が集まる場所にはいかないようにする。
学校などでは「男女席を同じうせず」で、別々に学ぶのも良いと思います。
一度誘導されると、抑えるのは難しくなりますので、誘導されるような場面を減らしていくことも必要でしょう。


あとは筋肉に負荷がかかる活動も大事だと思います。
性衝動が高い時期は、体力、エネルギーも溢れ出る時期でもあります。
ですから、男子は特に筋肉を使うような運動、活動を行い、適切にエネルギーを発散していく。
女性に抱き付いてしまうような青少年を見ていると、みなさん、体力、エネルギーをあり余らしていることが共通しています。
放出されないエネルギーが性的な欲求と重なり、強い衝動、行動として現れているようです。
なので、施設で働いていたときも、てらっこ塾での相談の中でも、全身を使った運動、活動をするようになってから落ち着いていった、という方が多くいます。
性行為も、肉体労働も、男性性を象徴するものなので、エネルギーの発散は対処療法の中でも根っこに近いほうになると思います。


あと共通することとして、幼児期から排泄に課題があった、自立が遅かった子に思春期以降の性衝動の課題が多く出るような印象があります。
男性の場合、おしっこと精液が出るところが同じなので、「おしっこが出て気持ちがいい」という感覚が養われていることが大事なのでしょう。
ずっと「なんだかちゃんとおしっこが出ないな」「出切った感がないよな」「残尿感がある」みたいな人は、性に関してもスッキリ感が持てないんだと思います。
おしっこが出切らないとなんだか気持ち悪くて、ずっと気になるのと同じなのかもしれませんね。


どんなにかわいい子でも、どんなに知的障害が重い子でも、16歳を過ぎれば性的な欲求は高まっていきます。
嫌だと思っても、めんどくさいなと思っても、日々精巣の中では無数の精子が作られる。
だって私達は、有性生殖を選択したヒトという動物だから。
性の問題を障害と結びつけられて話されることがあるけれども、子孫を残そうと性行為、性衝動に走るのは障害とは関係なく、人類みな共通していること。
だけれども、知的障害のない人達は、とくに現代人は多くくなった前頭葉で抑制しているだけ。
じゃあ、知的に遅れのある人は、その前頭葉の発達に課題がある人は?


根本治癒で言えば、その前頭葉を発達させ、見えないルール、マナーが理解できるくらいまで目指すことになると思います。
でも現実問題として、高校年代のときに、もっとも性的な欲求が高まる間に、そのくらいまで認知機能が育っているとは限らない。
むしろ、その時期には間に合っていないことのほうが多い。
そうなると、誰かが彼らの前頭葉の代理をする必要がある。
それが支援者なのか、家族なのか。
必要な部分で援助や支援、環境調整を行うことは大事だと思う。


一方で幼少期から準備をすることはできます。
自分の身体地図が描けていない子、自分のボディイメージが未発達の子は、他人のテリトリー、それこそプライベートゾーンに侵入しやすい。
そこの背景には、重力との付き合い方があり、それは内耳の発達であり、島皮質の発達がある。
自分の身体がわかるには、当然、母子間のスキンシップが土台になる。
乳幼児期から継続したスキンシップが、肌感覚を育て、自分と空間との境目を作ります。
知的障害があっても、ボディイメージがはっきりしている子は、他人と自分の違いが明確な分、性衝動が他人に向かうことが少ないと感じます。
適切な触れ合い、心地良い触れ合いの体験が、一方的な接触、乱暴な接触を選択しないことにもなる。
もちろん、自分の感覚を通して他者の感覚を察するので、感覚系の未発達を一つずつ育てておくことも大事です。


そして排泄面の自立、なによりもスッキリ出る感覚、排泄が「気持ちいい」と感じることを大切にしながら腰と腎臓を育てていく。
また思春期にしっかり体力を使い切れるように、エネルギーを発散できるように、身体が使い切れるくらまで育てておくことも大事です。
あとは愛着形成も、他人に向かう性衝動に至らないためにも重要だと思います。
自分の身体をないがしろにされた子、そう思っている子は、他人の身体をも同様に扱おうとする。
かなしいかな、性に関するトラブルで相談があった若者たちを見ると、ほぼ愛着形成の問題を抱えている。


年相応に身長や体重が大きくなるように、性機能も年相応に成熟していきます。
発達に遅れがあっても、身体は同年齢と同じように成長する。
その準備ができていなければ、薬や支援者、環境によって自由が奪われても仕方がない状況になってしまいます。
知的障害をもった子ども達は特に、認知と身体の成長のギャップが大きくなることが多いので、性に関しても時間をかけて準備をし、必要な部分は支援、援助を行うことが大切だと思うのです。
性衝動だけをターゲットにした根本治癒がないものですから。
性は育んでいくもの。




☆『医者が教えてくれない発達障害の治り方』のご紹介☆

まえがき(浅見淳子)

第一章 診断されると本当にいいことあるの?
〇医者は誤ることはあるけど謝ることはない
〇早期診断→特別支援教育のオススメルートは基本片道切符
〇八歳までは障害名(仮)でよいはず
〇その遅れは八歳以降も続きますか?
〇未発達とは、何が育っていないのか?
〇就学先は五歳~六歳の発達状況で決められてしまうという現実
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのメリット
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのデメリット
〇療育や支援とつながるほど、子育ての時間は減る

第二章 親心活用のススメ
〇親子遊びはたしかに、発達に結びつく
〇変わりゆく発達凸凹のお子さんを持つ家庭の姿
〇学校は頼りにならないと知っておこう
〇安定した土台は生活の中でしか作れない
〇支援者が行うアセスメントには、実はあまり意味がない
〇親が求めているのは「よりよくなるための手がかり」のはず
〇人間は主観の中で生きていく
〇専門家との関係性より親子の関係性の方が大事
〇支援者の粗探しから子どもを守ろう
〇圧倒的な情報量を持っているのは支援者ではなく親

第三章 親心活用アセスメントこそ効果的
〇子育ての世界へ戻ろう
〇その子のペースで遊ぶことの大切さ
〇「発達のヌケ」を見抜けるのは誰か?
〇いわゆる代替療法に手を出してはいけないのか
〇家庭でのアセスメントの利点
1.発達段階が正確にわかる
2.親の観察眼を養える
3.本人のニーズがわかる
4.利点まとめ
〇家庭で子どもの何をみればいいのか
1.発達段階
2.キャラクター
3.流れ
4.親子のニーズの不一致に気を付けよう

第四章 「我が子の強み」をどう発見し、活かすか
〇支援と発達援助、どちらを望んでいますか?
〇子ども自身が自分を育てる方法を知っている
〇親に余裕がないと「トレーニング」になってしまう
〇それぞれの家庭らしさをどう見つけるか
〇親から受け継いだものを大切に、自分に自信を持とう

あとがき(大久保悠)


『医者が教えてくれない発達障害の治り方①親心に自信を持とう!』をどうぞよろしくお願い致します(花風社さんのHPからご購入いただけます)。全国の書店でも購入できます!ご購入して頂いた皆さまのおかげで二刷になりましたm(__)m


2022年10月11日火曜日

【No.1313】治らない人が治っていくには

「治らない人が治っていくには」
そんなことを最近ではよく考えるようになりました。
だって、ほとんどの子ども達はひと昔前までは「発達障害」なんて言われなかった子ども達です。
もともと普通に育っていく子が何らかの原因で発達が遅れた。
だったら、その原因を取り除き、発達していくような環境を整え、早いうちに本来の発達の流れに戻してあげればいいだけでしょ。
治る子の治るための発達援助って、必要なことだと思うけれども、そこが仕事の中心になってはいけないと思ってる。


私がイメージしている「治らない人」っていうのは、同年齢の人のように、いわゆる一般の普通の人のようにはならないだろうなって思う人のこと。
周りから見れば、ちょっと変わった人。
本人から見れば、なんだか不具合を感じるな、周囲とのズレを感じるなって人。
だから単純に自立したら治っている、支援を受けていたら治っていない、というわけではない。
治っていないけれども自立している人もいるし、一般就労している人もいる。
一方で治ったけれども、自立していない人もいるし、働けない人もいる。


先日、ここでいう治っていないけれども、障害者枠じゃなくて、普通に試験を受けて入社し、働き続けている若者と久しぶりにお会いしました。
そこで見えてきたのは、脳の配線の違いです。
私がこの頃よく使っているバイパスを通して、本来の、ヒトの動きで発達し繋がっていく経路ではないけれども、迂回したネットワークを使って機能を果たしているイメージ。
その若者の場合、7~8年くらい前は、記憶と言語が強く結びついている感じがして、過去の似たような場面を思い出しながらしゃべっていた感じがしていました。
だけれども、久しぶりにお会って話をすると、言葉に感情がのるようになっていて、しゃべるピッチも早くなっていました。
たぶん、仕事を通じて新たな神経ネットワークが築かれているのでしょう。


発達障害という現象は、その脳機能自体が育っていない場合と、本来繋がっている脳の機能同士(部位同士)が繋がっていない場合とがあるのだと思います。
私が感じる「治らない人」というのは、どうもなんらかの原因で特定の脳機能自体が(完全?一定段階まで)育っていかない感じがします。
しかし一方で、特定の脳機能自体が100%ではなく、60%くらいの育ちであっても、ネットワーク自体は築いていける感じがしますし、なんなら直結ではなくても、正常な部位を迂回して機能を果たすことはできていると感じます。


親御さんの中には薄々、「この子は同級生のように普通の子にはならないだろうな」と感じている人もいますね。
ですから上記のようなお話をすると、そういった若者たちはどのようなことをしてきたのか、をお尋ねになります。
私がそういった若者たちと関わってきて思うのは、「主体性」の大切さ。


ほぼ全員と言っていいでしょうが、みなさん、「〇〇ができるようになりたい」という意思を持ったものに関して上達や「治った」がみられています。
たとえば、接客の仕事をしていて、お客さんに訊かれたことに答えられるようになりたい、という想いを持っていた若者は、数年かけて簡単なやりとり、接客ができるようになりました。
この前は「初めて雑談ができました♪」と喜んでいました。
たぶん、ヒトの神経は必要に迫られると神経同士の繋がりが生じ、喜びや達成感などポジティブな感情によって強化されるのでしょう。
ハイハイがプログラミングされているのではなく、「あっちに行きたい」「行けたら嬉しい」という繰り返しでハイハイという動きの神経ネットワークができるように。


「治らない人が治っていくには」、彼らの主体性が重要になっていくと思います。
その主体性を発揮するためには、本人の興味関心や「必要に迫られる」状況・環境が必要になるといえます。
ポイントは「反復」と「ポジティブな感情」になりますので。
主体性がない"やらされ"感のするものは、たとえそれが必要な発達刺激だったとしても、バイパスを通すような神経ネットワークづくりにはつながらないような感じがします。
本来の自然な繋がりとは異なりますので、その辺りはより強力なものが必要なのでしょう。


ちまたには「こういった課題には〇〇をすると良い」みたいな情報が溢れています。
しかしそういった情報の多くは、治る子の治るための情報だと思います。
治る子というのは、親が治ることをやめない限り、治っていくものですし、そもそもそういった子ども達は特別支援の対象ではなかったはずですね。
もともとノンバーバルな子ども達、重い知的障害や困難な課題を抱えている人たちの支援から始まった私ですので、こういった人達が薬に頼ることなく、またできるだけ支援を受けることなく、部分的だったとしても1つでも多く治っていけるような、少しでも日常生活がラクになれるような発達の後押しの仕方を考えていければと思っています。
もちろん、目指すところはHow toではなくて、治らない子その子に合わせた治る方法です。




☆『医者が教えてくれない発達障害の治り方』のご紹介☆

まえがき(浅見淳子)

第一章 診断されると本当にいいことあるの?
〇医者は誤ることはあるけど謝ることはない
〇早期診断→特別支援教育のオススメルートは基本片道切符
〇八歳までは障害名(仮)でよいはず
〇その遅れは八歳以降も続きますか?
〇未発達とは、何が育っていないのか?
〇就学先は五歳~六歳の発達状況で決められてしまうという現実
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのメリット
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのデメリット
〇療育や支援とつながるほど、子育ての時間は減る

第二章 親心活用のススメ
〇親子遊びはたしかに、発達に結びつく
〇変わりゆく発達凸凹のお子さんを持つ家庭の姿
〇学校は頼りにならないと知っておこう
〇安定した土台は生活の中でしか作れない
〇支援者が行うアセスメントには、実はあまり意味がない
〇親が求めているのは「よりよくなるための手がかり」のはず
〇人間は主観の中で生きていく
〇専門家との関係性より親子の関係性の方が大事
〇支援者の粗探しから子どもを守ろう
〇圧倒的な情報量を持っているのは支援者ではなく親

第三章 親心活用アセスメントこそ効果的
〇子育ての世界へ戻ろう
〇その子のペースで遊ぶことの大切さ
〇「発達のヌケ」を見抜けるのは誰か?
〇いわゆる代替療法に手を出してはいけないのか
〇家庭でのアセスメントの利点
1.発達段階が正確にわかる
2.親の観察眼を養える
3.本人のニーズがわかる
4.利点まとめ
〇家庭で子どもの何をみればいいのか
1.発達段階
2.キャラクター
3.流れ
4.親子のニーズの不一致に気を付けよう

第四章 「我が子の強み」をどう発見し、活かすか
〇支援と発達援助、どちらを望んでいますか?
〇子ども自身が自分を育てる方法を知っている
〇親に余裕がないと「トレーニング」になってしまう
〇それぞれの家庭らしさをどう見つけるか
〇親から受け継いだものを大切に、自分に自信を持とう

あとがき(大久保悠)


『医者が教えてくれない発達障害の治り方①親心に自信を持とう!』をどうぞよろしくお願い致します(花風社さんのHPからご購入いただけます)。全国の書店でも購入できます!ご購入して頂いた皆さまのおかげで二刷になりましたm(__)m


2022年10月9日日曜日

関東出張のご案内(11月22・23日)

年内最後の関東出張になります。
今まで週末ばかりでしたが、今回は平日に伺おうと考えております。
2023年に向けて、子ども達の内側にある成長する力を引き出し、後押しできるような子育て、発達の後押しを一緒に目指していきましょう!


【日程】
11月22日(火)午前 「 × 」  / 午後 「東京」
11月23日(水・祝)午前「東京」  /  午後「 × 」

*ご希望が重なった場合は、先着順とさせていただきます。
*航空券の予約がございますので、募集は【10月10日23:59】までに致します。


詳細を確認したい方は【出張相談問い合わせ】と件名に書き、お問い合わせいただければ、ご説明いたします。
出張相談についての内容は、てらっこ塾ホームページをご覧ください。
ご依頼&お問い合わせ先:メールアドレス