2022年4月30日土曜日

【No.1268】二項対立という罠

私は『ポストコロナの発達援助論』の中で、マスクの弊害と子ども達の変化、発達に関する懸念事項を記しています。
もちろん、全員が全員、影響が出るとは考えにくいですが、特定の子ども達、とくに根っことして発達の課題を抱えていた子ども達、0歳から8歳までの脳が柔らかい子ども達にとっては少なからず影響が出るでしょう。
しかし、こんなことをいうと、「医者や看護師、調理師などは、コロナ前からずっとマスクをつけていた」という反論がやってきます。
中には、「私はぜんぜん苦しくない」といった個人的な感想を述べられる人も。


こういった反論に対して、私達は無意識的に「マスク問題ない派とマスク危険派」といった図式を頭の中に作ってしまいます。
でも、こういった二項対立的な図式を描くこと自体、思考停止へ、また相手の思うつぼなんですね。
これは両者をいつの間にか同列に並べてしまっています。
そもそもが条件が違うのに。


マスクが問題ないという人達は、だいたいが大人のことを言っていますし、今のように外にいる間中、マスクをつけていることはありませんでした。
マスクが危険と言っている人達は、主に子ども達のことを言っているのであり、神経発達が盛んな時期のマスクと、職業的につけるマスクの意味合いは比べられるものではないのです。
肺の小さな子ども達にとっては、その肺疲労が人体に及ぼす影響も違いますし、手術や調理の運動量と動きまわる子どもの運動量も違うわけです。
もちろん、顔の表情を読むことを十分学んだ大人が一時的に(2年間ですが)半分隠れた顔を見てコミュニケーションするのと、他人の顔を見ることで表情を読む力、相手の気持ちを察する力、言葉の出し方を学んでいる今まさに発達途上の子ども達とでは意味合いが異なります。
そういった条件が違うということを忘れさせてしまうのが、「マスクは問題VSマスクは問題ない」の図式です。
というか、マスクはつけたい人がつけるものなので、「マスクつけるか、外すか」もおかしいですね。


こういった二項対立、意図的に違う条件、状態のものを並べて錯覚させることは古典的な方法で、もちろん、ハッタツの世界にも存在しています。
皆さんがわかりやすいのは、発達障害と偉人を並べるものです。
偉人が発達障害だったのと、発達障害が偉人になるとは全然違います。
偉人は偉人であり、発達障害は発達の遅れや凸凹がある状態です。
しかし、こうやって発達障害と偉人を並べると、勝手に頭の中で発達障害がネガティブなものだけではない感じがします。
よく個性だ、資質だ、なんて言っている人達は完全に騙されている人達ですね。
偉人の才能と発達の遅れ、凸凹の状態は並列できるものではありません。
こうやって発達障害の診断、もっといえば、発達障害が増えることで利益が得られる人達は、ポジティブなものを横に並べることで、診断のハードルを下げようとしているのです。


もう一つ思考停止の例として、昨今の栄養療法があります。
栄養療法は根本治療だと思っている人が多いようですが、これはどう考えても対症療法です。
急性期に行うものであって、一年も、二年も継続するものではないでしょう。
そんなに長期間続けなくてはいけないということ自体、治っていない証拠で、対症療法だと言っているものです。
一年以上、栄養を盛っても、心身が健康にならないのなら、それは消化吸収、内臓系の問題が根本にあるでしょうし、そんな栄養過多な状態をしかも精製されたもので摂り続けていたら、体内に人工的なものが蓄積されてしまいます。
そもそも現代人は、人類の歴史から見れば、食べ過ぎです。
700万年の人類はほぼ飢餓との闘いでしたし、今のように三食、しかも決まった時間に何か食べてはいません。
カタカナの食べ物だってこの100年、200年の間に日本に入ってきたものばかりですし、そんな短期間に縄文時代からこの地に住んでいる日本人の身体は、内臓は、消化吸収できるようには変化しませんね。
牛乳とパンは1945年以降に多くの日本人が食べるようになったもの。


ですから栄養療法と身体アプローチは全然違うものです。
身体アプローチなんて言葉ができていますが、身体アプローチは方法ではなく、「発達のヌケや遅れの根っこを確認し、そこから育て直していきましょう」という考え方です。
ではなぜ、"身体"アプローチかといえば、発達障害は神経発達症であり、その神経の中心は脳から脊髄に繋がっている中枢神経になるからです。
また神経は全身に張り巡らされているので、そこを刺激するには身体をマッサージしたり、動かしたり、子どもで言えば遊ぶことがそのまま身体へのアプローチになるのです。
よく紙を使ってソーシャルスキルを教える方法がありますが、あれは脳の表面だけをターゲットにしたアプローチで、神経発達症の子ども達の根本には触れていません。
私達は根本治癒を目指しているのです。


なので、栄養療法があって、そこに身体アプローチという方法があるのではなく、根本から治していくための条件の一つとして栄養を整えていくことがあるのだといえます。
神経も生きていますので、栄養が欠乏している状態ではなかなか発達が加速していかないものですし、生命の危機がある状態ではなかなかよりよく生きるための発達にエネルギーは回っていかないものです。


世の中、二項対立、「ワクチン推奨VS反ワクチン」など、簡単な図式が出てきたら要注意です。
「いいか、わるい」の判断は、思考のレベルとしたらとても低いレベルになります。
だいたいどんな出来事、内容、事象も、二つに何か分けれませんし、白黒がはっきりするようなものはあり得ません。
そう考えると、政治家はよくこの論法を使っていましたね。
「郵政を民営化するか、しないか」「消費税を3%にするか、5%にするか」「原発をやめるか、再稼働するか」「構造改革に抵抗する勢力は、抵抗勢力だ」
これらは既に発信者によって条件が決められているわけです。


子どもにとって必要な発達刺激が得られたのなら、その発達を止めるのは無理。
ですから「発達障害を治すか、治さないか」ではなくて、発達障害は栄養を整え(課題があるのなら)、発達の課題の根っこを確認し、身体から神経を刺激することで自然と治っていくものですね。
治るのは本人ですので、私達が二項対立で考えようとも、子どもには関係がない話になります。




☆『ポストコロナの発達援助論』のご紹介☆

巻頭漫画
まえがき
第1章 コロナ禍は子ども達の発達に、どういうヌケをもたらしたか?
〇五感を活用しなくなった日本人
〇専門家への丸投げの危険性
〇コロナ禍による子ども達の身体の変化
〇子どもの時間、大人の時間
〇マスク生活の影響
〇手の発達の重要性と感覚刺激とのソーシャルディスタンス
〇戸外での遊びの大切さ
〇手の発達と学ぶ力の発達
〇自粛生活と目・脳の疲労
〇表情が作れないから読みとれない
〇嗅覚の制限 危険が察知できない
〇口の課題
〇やっぱり愛着の問題
〇子ども達が大人になった世界を想像する
〇子どもが生まれてこられない時代
〇子育てという伝統

第二章 コロナ禍後の育て直し
〇発達刺激が奪われたコロナ禍
〇胎児への影響
〇食べ物に注意し内臓を整えていく
〇内臓を育てることもできる
〇三・一一の子どもたちから見る胎児期の愛着障害
〇胎児期の愛着障害を治す

第三章 ヒトとしての育て直し
〇噛む力はうつ伏せで育てよう
〇感覚系は目を閉じて育てよう
〇身体が遊び道具という時期を
〇もう一度、食事について考えてみませんか?
〇食べると食事の違い
〇自己の確立には
〇右脳と左脳の繋がりが自己を統合していく
〇動物としての学習方法
〇神経ネットワーク
〇発達刺激という視点

第四章 マスクを自ら外せる主体性を持とう
〇なぜマスクを自ら外せることが大事なのか
〇快を知る
〇恐怖を、快という感情で小さくしていく

第五章 子どもの「快」を育てる
〇「快」がわかりにくいと、生きづらい
〇快と不快の関係性
〇子どもの快を見抜くポイント
〇自然な表情

第六章 子ども達の「首」に注目しよう
〇自分という軸、つまり背骨(中枢神経)を育てる
〇首が育っていない子に共通する課題
〇なぜ、首が育たない?
〇首が育たない環境要因
〇首が育つとは
〇背骨の過敏さを緩めていく
〇首を育てるには

第七章 親御さんは腹を決め、五感を大切にしましょう
〇子育て中の親御さん達へのメッセージ
〇部屋を片付ける
〇子どもと遊ぶのが苦手だと思う親御さんへ
〇ネットを見ても発達は起きません
〇発達刺激という考え方
〇五感で子どもを見る
〇特に幼児期は一つに絞って後押ししていく

第八章 自由に生きるための発達
〇発達の主体を妨げない存在でありたい
〇大人が育てたいところと子どもが育てたいところは、ほとんど一致しない

あとがき
こういう本を読んできました
巻末漫画

出版元である花風社さんからのご購入はこちら→https://kafusha.com/products/detail/56
Amazonでも購入できます。


2022年4月28日木曜日

【No.1267】焦った方が良いとき、悪いとき

開業5年目くらいから北海道外の出張の依頼をいただくようになりました。
最初はいたずらか、冷やかしかなんて思っていたくらいで(笑)、「本当に良いんですか?」「函館からだと飛行機代とホテル代が結構かかりますよ」なんて言って何度も確認をしていました。
当時を振り返ると、「ひと家族のために」でカバン一つ持って出かけていたものです。
親御さんの熱い思いに応えたい、子ども達が少しでも治っていけるのなら全力で頑張りたい、そんな感じでした。


近頃では出張の予定が決まり、アナウンスすると、すぐにお問い合わせをいただけるようになりました。
本当にありがたいことです。
それだけ日頃から情報をチェックしている親御さん達が多いということでしょう。
子ども時代の一日はとても貴重なものです。
なので、「そんなにすぐに出張してもらえるんですか!?」と驚かれることもありますが、とくに8歳以下の子どもさん達の場合には、できるだけ早くお会いできるように日程調整をしています。
8歳を過ぎると伸びなくなるわけではありませんが、やはり根っこから治していくには神経発達が盛んな時期に始めたほうが良いですね。


こんな風に書くと、焦ってしまう方達がいらっしゃると思います。
しかし私は、焦ったほうが良いとも考えているのです。
基本的には「何かをしたから治った」というよりも、時間の経過とともに治っていったというのが真実だと思います。
神経発達はひと足飛びにはいかないもので、ある一日、頑張ったからといって神経の繋がりが生じるわけではありません。
コツコツと継続していくことで、同じ神経回路を刺激が通り続け、「この神経、ネットワークは必要なものだ」ということになっていくのです。
なので、週に1回とか、月に1回とか、スペシャルな先生に施術を受けたからといって何かが定着するわけではありません。
自閉症や発達障害の子ども達の脳内では、シナプスの刈り込みが"少ない"ことが問題とされていて、それはよく使う神経回路とそうではない神経回路の違いが明確ではない、とも言い換えることができます。
つまり、神経発達には時間がかかるため、早く始めるに越したことがないのです。


しかしここで注意しなければならないのは、「なにを始めるか?」になります。
たとえば、スプーンが持てない子に、いくらスプーンを持たせてもほとんど意味がありません。
スプーンが持てる手・指に育てなければなりません。
そのためには手づかみ食べをやり切ってもらうことが必要ですし、水遊びや泥遊び、さらにいえば、四つん這いの姿勢になるといったことも必要です。
もし四つん這いの姿勢になっても、手の指が丸まっているのなら、その手がパッと開くようなマッサージ、アプローチも必要でしょう。
スプーンが持てない子にスプーンを持たせて練習させるのは、表面だけ見た対症療法です。
できるだけその子の課題の根っこ(胎児期に近い発達)から始めることが重要です。


発達の遅れという状態、現象は、今の生活、家庭、親子の関係性の中で生じているといえます。
ですから、その中の何かを変える必要があって、それは早いに越したことがないのです。
ただし、目の前に見えている課題を解決しようとしてしまうと対処療法になってしまい、手数は増えるし、治っていないし、という悪循環にはまります。
根っこから治っていけば、その後、どんな状況になっても揺らぎませんし、後戻りもしません。
それに土台である根っこから治っていくと、それ以降の発達全般に良い影響を及ぼしていきます。
対処療法が基本である今の特別支援においては、一度始めた支援はやめていくよりも、盛っていく方向へ進み続けるのと一緒になります。


神経発達には時間が必要なため、できれば神経発達が最も盛んな8歳までの子ども達は、一日でも早く始めたほうが良いと思います。
また発達に遅れている状況、環境を少しでも早く変えることは必要でしょう。
一方で焦ってしまい、とにかく目に見えている課題をどうにかしようとすると、却って解決から遠のいていきますし、「とにかくあれもこれも」と盛ってしまうと、子ども達には刺激が強すぎて参ってしまう場合もあります。
植物に水や肥料を与えすぎると枯れるように、消化不良を起こしている子どもさんも少なからず見受けられます。
強すぎる刺激に対して子ども達は、消化不良を起こすか、右から左に聞き流すか、パターン学習のように形だけやったふりをするか、で分かれます。


発達の遅れに気がついたら、すぐに動きだしたほうが良いですね。
そして「これだ」という根っこを掴んだら、あとはじっくり時間をかけて子ども自身が育っていくのを後押ししつつ、見守っていく。
発達の主体は子ども自身ですので、育て始めてから周りが焦っても、却って本人の心地良い育ちを妨げてしまう危険性があります。
我が子を想うがゆえの焦りだとは思いますが、焦るポイントのコツを掴んでいくことが親として育つことにもなると思っています。




☆『医者が教えてくれない発達障害の治り方』のご紹介☆

まえがき(浅見淳子)

第一章 診断されると本当にいいことあるの?
〇医者は誤ることはあるけど謝ることはない
〇早期診断→特別支援教育のオススメルートは基本片道切符
〇八歳までは障害名(仮)でよいはず
〇その遅れは八歳以降も続きますか?
〇未発達とは、何が育っていないのか?
〇就学先は五歳~六歳の発達状況で決められてしまうという現実
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのメリット
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのデメリット
〇療育や支援とつながるほど、子育ての時間は減る

第二章 親心活用のススメ
〇親子遊びはたしかに、発達に結びつく
〇変わりゆく発達凸凹のお子さんを持つ家庭の姿
〇学校は頼りにならないと知っておこう
〇安定した土台は生活の中でしか作れない
〇支援者が行うアセスメントには、実はあまり意味がない
〇親が求めているのは「よりよくなるための手がかり」のはず
〇人間は主観の中で生きていく
〇専門家との関係性より親子の関係性の方が大事
〇支援者の粗探しから子どもを守ろう
〇圧倒的な情報量を持っているのは支援者ではなく親

第三章 親心活用アセスメントこそ効果的
〇子育ての世界へ戻ろう
〇その子のペースで遊ぶことの大切さ
〇「発達のヌケ」を見抜けるのは誰か?
〇いわゆる代替療法に手を出してはいけないのか
〇家庭でのアセスメントの利点
1.発達段階が正確にわかる
2.親の観察眼を養える
3.本人のニーズがわかる
4.利点まとめ
〇家庭で子どもの何をみればいいのか
1.発達段階
2.キャラクター
3.流れ
4.親子のニーズの不一致に気を付けよう

第四章 「我が子の強み」をどう発見し、活かすか
〇支援と発達援助、どちらを望んでいますか?
〇子ども自身が自分を育てる方法を知っている
〇親に余裕がないと「トレーニング」になってしまう
〇それぞれの家庭らしさをどう見つけるか
〇親から受け継いだものを大切に、自分に自信を持とう

あとがき(大久保悠)


『医者が教えてくれない発達障害の治り方①親心に自信を持とう!』をどうぞよろしくお願い致します(花風社さんのHPからご購入いただけます)。全国の書店でも購入できます!ご購入して頂いた皆さまのおかげで二刷になりましたm(__)m


2022年4月21日木曜日

【No.1266】コロナ後の社会を見据えた発達相談、発達援助

欧州では食料品の値上がりが続いており、米国ではスーパーの棚が補充されていない状態が続いているという状況です。
燃料の値上がりは、輸送費の値上がりを招き、そのしわ寄せはトラック運転手にいく。
そして輸送網で働く人達が減れば、当然、各国、各地への輸送が制限されていき、食料不足、値上がりを招きます。
また陰謀論ではなく事実として、コロナでさらに資産を増やしたグローバル企業が食料(トウモロコシや大豆など)の買い占めと遺伝子組み換え食品&農薬を世界に広げていて、着々と流行病→戦争→食糧危機の歴史を繰り返しているわけです。


まだ日本ではその次の危機を実感していないと思いますが、というかまだコロナ騒動を引っ張り続けている日本(+中国)という残念すぎる状況ですが、この2年間、飲食店をターゲットにした意味がそろそろ分かってくると思います。
飲食店は閉めれば給付金が貰えた。
一方でそこに食材を卸している人達、また生産者には給付金はなかったわけです。
つまり、飲食店は残ったとしても、すでにそこを支える人達が離職、廃業している。
コロナ騒動を止め、いざ食事をしようと思っても、それを支えてくれている人達がいなくなっては飲食店ばかりか、スーパー、小売店など、私達一般の人たちの食糧にも影響が出る可能性が高いといえます。
日本は水に恵まれた国ですので、生きるための最低限の水は大丈夫そうですが、それも外資が狙っている状況です。


東日本大震災のとき、また2020年の緊急事態宣言のとき、スーパーの棚に食料品が瞬く間に無くなったように、ある日突然、そういった状況がやってくるのだと思います。
経済制裁も戦争に参加しているという意味になりますので、ロシアと日本は戦争状態で、関係悪化が日本のエネルギー問題を長引かせるでしょう。
円安の日本は外資に企業も、土地も、人も、買われてしまう。
だけれども、頭がお花畑の日本人は今日もマスクを付け、そんな世界情勢や未来に目を向けることなく、「誰かがマスク外してよいって言ってくれないかな」「誰かがプーチンをやっつけてくれないかな」なんて思っている。
同じ日本人として、大人として、本当に情けなく思います。


ぶっちゃけどうせ日本がなくなるのなら、発達障害を治しても、治さなくても、同じじゃないかと思うことがあります。
だけれども、日本の歴史を振り返れば、富士山の大噴火や大地震、飢饉が幾度となく起き、そのたびに諦めずに復興してきた人達がいるから、今の自分がいるのだと思います。
77年前の大東亜戦争だって、日本各地で大空襲があり、広島と長崎には原子爆弾が落とされた。
街も食べ物もすべてなくなったけれども、私達の祖父母の代の人達が頑張ったから今の日本がある。


日本はコロナ戦争に負け、今は敗戦から占領へと移行している期間になります。
GHQに占領されたように、グローバル企業、資本によって占領されていくでしょう。
しかし、そのあとには必ず復活があると信じています。
占領後の日本を立て直していくのは、今の子ども達です。
また豊かな日本が戻ってくるためには、50年、100年と時間がかかるはずです。
じゃあ、そんな時代を担っていく子ども達に、今の大人は、今の私には何ができるのでしょうか。


私にできることは、この危機感を共有できる人達を増やすために発信していくこと。
そして一人でも多くの子ども達に生きるための土台を築いてもらい、自分の資質を活かして生き抜くための力をつけてもらうことだと考えています。
一億総貧乏時代がやってくるはずです。
そのとき、「発達障害だから」というレッテルはなんの意味ももちません。
そこで問われるのは、生き抜くための力をもっているかどうか。


発達の凸凹があろうが、言葉の遅れがあろうが、そんなのは問題じゃない。
「あなたには何ができるのか?」が問われる時代です。
先生の言うことを聞いて、「みんながやっているから」と右ならえしちゃう人間は職も、生活も、自由も搾取されるだけ。
それはますます家庭での子育てが重要だという意味で、もっといえば子どもの身近にいる大人たちの行動、姿勢、思考が問われるということです。


てらっこ塾10年目にして、なぜ、私が家庭支援をしているのか、その意味がはっきりわかったような気がします。
発達障害が治っていく環境の中でもっとも重要な親という環境によりよく変わってもらうような後押しをすること。
そして、これからの社会を担っていく子ども達に自分の人生を自由に、また生き抜いてもらうための範となるよう親御さん達に変わってもらえるような刺激になること。


いくら発達障害を治しても、これからの社会を生き抜くための力を子ども達が培えられなければ、今まで福祉に搾取されていたのが、社会、政府、グローバル企業に搾取されるのに替わっただけになってしまいます。
私は福祉に障害を持った子ども達の人生が搾取されているのを見て、憤り、今に至っていますので、同じことが起きようとしているのなら全力で抗い、闘う必要があります。
ありがたいことに、こういった発信を続けていく中で、また拙著『ポストコロナの発達援助論』を読んでくださり、共感してくださる人が増えてきています。
発達相談のご依頼も、単に「発達障害を治す」だけではなく、我が子により良い人生を歩んでほしい、自立した人生を送ってほしい、だから依頼します、相談に乗ってください、という親御さん達が増えました。
明日から東京、愛知、岐阜と出張しますが、コロナ後の社会を見据えた発達相談、援助を行ってきたいと思います!




☆『ポストコロナの発達援助論』のご紹介☆

巻頭漫画
まえがき
第1章 コロナ禍は子ども達の発達に、どういうヌケをもたらしたか?
〇五感を活用しなくなった日本人
〇専門家への丸投げの危険性
〇コロナ禍による子ども達の身体の変化
〇子どもの時間、大人の時間
〇マスク生活の影響
〇手の発達の重要性と感覚刺激とのソーシャルディスタンス
〇戸外での遊びの大切さ
〇手の発達と学ぶ力の発達
〇自粛生活と目・脳の疲労
〇表情が作れないから読みとれない
〇嗅覚の制限 危険が察知できない
〇口の課題
〇やっぱり愛着の問題
〇子ども達が大人になった世界を想像する
〇子どもが生まれてこられない時代
〇子育てという伝統

第二章 コロナ禍後の育て直し
〇発達刺激が奪われたコロナ禍
〇胎児への影響
〇食べ物に注意し内臓を整えていく
〇内臓を育てることもできる
〇三・一一の子どもたちから見る胎児期の愛着障害
〇胎児期の愛着障害を治す

第三章 ヒトとしての育て直し
〇噛む力はうつ伏せで育てよう
〇感覚系は目を閉じて育てよう
〇身体が遊び道具という時期を
〇もう一度、食事について考えてみませんか?
〇食べると食事の違い
〇自己の確立には
〇右脳と左脳の繋がりが自己を統合していく
〇動物としての学習方法
〇神経ネットワーク
〇発達刺激という視点

第四章 マスクを自ら外せる主体性を持とう
〇なぜマスクを自ら外せることが大事なのか
〇快を知る
〇恐怖を、快という感情で小さくしていく

第五章 子どもの「快」を育てる
〇「快」がわかりにくいと、生きづらい
〇快と不快の関係性
〇子どもの快を見抜くポイント
〇自然な表情

第六章 子ども達の「首」に注目しよう
〇自分という軸、つまり背骨(中枢神経)を育てる
〇首が育っていない子に共通する課題
〇なぜ、首が育たない?
〇首が育たない環境要因
〇首が育つとは
〇背骨の過敏さを緩めていく
〇首を育てるには

第七章 親御さんは腹を決め、五感を大切にしましょう
〇子育て中の親御さん達へのメッセージ
〇部屋を片付ける
〇子どもと遊ぶのが苦手だと思う親御さんへ
〇ネットを見ても発達は起きません
〇発達刺激という考え方
〇五感で子どもを見る
〇特に幼児期は一つに絞って後押ししていく

第八章 自由に生きるための発達
〇発達の主体を妨げない存在でありたい
〇大人が育てたいところと子どもが育てたいところは、ほとんど一致しない

あとがき
こういう本を読んできました
巻末漫画

出版元である花風社さんからのご購入はこちら→https://kafusha.com/products/detail/56
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2022年4月18日月曜日

【No.1265】0歳の子ども達のところまで手が伸びてきている

てらっこ塾は開業10年目を走り始めましたが、0歳、1歳、2歳代の乳幼児さんの相談が増え続けています。
診断の低年齢化が留まることを知らず、またそれ自体が良いことであるかのように今日もまたどこかで「発達障害」という診断がつけられている。
そして就学前の子ども達が当たり前のように精神科薬を飲んでいるのです。
神経発達が盛んな時期の子ども達が服用することは問題ないのでしょうか。
それを中長期的に飲み続けることで、子どもの発達、健康に副作用は生じないのでしょうか。


発達障害全体を見ても、その人数は加速度的に増え続けています。
もし発達障害が遺伝子の障害だとしたら、ある一定の人数で安定していくはずです。
つまり、これは環境側の問題が大きく影響しているといえるのです。
添加物、遺伝子組み換え食品、大気汚染、水の問題、農薬、薬などの化学物質の影響。
それらは三世代に跨り、蓄積、影響していきます。
また忘れてはならないのは、ガバガバな診断と「発達障害は生まれつき」というプロパガンダによって原因追及と根本治癒を目指そうとしなかった専門家たち、支援者たち、ギョーカイの問題もあります。


ここまで増え続けた発達障害を各家庭の問題、「たまたまで偶然」という認識のままではもう無理です。
発達障害の問題は、子ども達の危機であり、それは私達大人が築いてきた社会の問題です。
なので私は、社会問題としてこの発達障害を捉えています。


「障害が作られる」というのは、過去のうつ病キャンペーン、ADHDのキャンペーン、大人の発達障害のキャンペーンという歴史を見れば明らかです。
そのような精神医学の歴史を知らない方でも、この2年間のコロナ騒動を見れば、お分かりでしょう。
欧米各国が規制を止め、そもそも彼らが打とうとしない武漢型のワクチンをどうして3回も、4回も打ち続けるのでしょうか。
結局、国籍が明確ではないグローバル企業によって日本人の国民皆保険、資産、お金が狙われ、搾取されているだけです。


うつ病だって、早期診断で早期治療によって、皆さんが治り、元気に社会復帰できているのなら問題ないのですが、増える一方ですし、治ってはいきません。
どちらかといえば、薬で症状を抑え付けているだけですし、長期的な服用により利き目がなくなれば、また発症し、それを繰り返しています。
さらにいえば、長期的な服用は依存性を生み、却って自殺につながりやすいという指摘もあるくらいです。
診断と薬はセットで、長期的な服用は依存性を生む。
本人が幸せになって、医療や製薬会社が儲かるのは良いことだと思いますが、現実は医療が儲かり続けるだけのシステムになっているのではないでしょうか。


ガンだって、糖尿病だって、医療は発展し続けているはずなのに、患者さんは増える一方です。
どうして世界の薬の約70%が日本国内で消費されているのでしょうか。
コロナだって、子ども達の発達障害の問題だって、同じ構造ではないですか。
それは同じパターンで騙される日本人ということでもあります。


20年ほど前、私がこの世界には行ったときは、重度の人達が福祉の食い物にされているに驚き、憤りを感じました。
言葉がない人、知的障害が重い人は「意思がない」「判断ができない」とされ、人里離れた施設に集められ、管理されるがままの生活を送っていました。
また良いように薬を飲まされ、それが医療の収益、金の生る木として作用し続ける。
日本では医療が診断の権限を手放さないのは、この薬とセットの利権を渡したくないからだとも言われているくらいです。
こんな社会は間違っていると思い、それが今のてらっこ塾とも繋がっています。


そんな福祉や医療の固定資産化に抗うため、地域で、家庭で、より自立的な人生を送ってもらえるような援助をと思い、起業した2013年。
ですが、それがどんどん普通の子ども達に、どんどん低年齢化してきています。
コロナ騒動によってあやふやになってきていますが、これはかなりの問題だと思います。
このままでは、10人に1人が、5人に1人になり、2人に1人が発達障害と言われる時代がすぐそこまでやってくるでしょう。
こんな社会は間違っていますし、みんなで止めないといけません。


私のキャリアは福祉の世界だったからこそ、あのような生活、人生を送る人達をこれ以上増やしてはいけないと思いますし、それが私の使命だと考えています。
この頃、誤診というよりも、敢えて発達障害という診断をつけているのではないか、と思うことばかりです。
どうして生後1年も経たずに、この子は自閉症だ、生涯支援が必要だ、と言えるのでしょうか。
これは不安を煽る詐欺のようなものです。
発達障害の固定資産化は、0歳の子ども達のところまで手を伸ばしている。


私のところには日々、「言葉が出るようになりました」「幼稚園で友だちと遊べるようになりました」「普通級に転籍することができました」といった報告が届きます。
もちろん、それを心から喜ぶ親御さんからのメッセージに私も嬉しい気持ちにはなりますが、正直な気持ちを言えば、治るのは当然だし、もともと障害ではない子ども達が本来の姿に戻っただけ、という想いもあります。
そもそもが診断すること自体に問題があり、そもそもが診断することで、つまり医療や福祉が関わることで子ども達、ご家族が幸せにならないこと自体が問題。


医療は治すことが目的であり、医療に依存させる人間を作るところではない。
福祉は本当に支援や介護が必要な人とその家族のために存在するものであり、福祉法人を維持するために存在しているのではない。
子ども達が家庭で、家族と一緒に治っていくことを後押しするのが私の仕事です。
一方で根本からの問題解決にも取り組まなければなりませんし、もっといえば、社会問題としての発達障害を訴えていかなければなりません。
この10年目はいろいろと考える一年に、そして今後の活動を考える時間になると思います。
みんなで「おかしい」「間違っている」と声をあげていけるような空気を作っていけるように頑張ります!




☆新刊『ポストコロナの発達援助論』発売のお知らせ☆

巻頭漫画
まえがき
第1章 コロナ禍は子ども達の発達に、どういうヌケをもたらしたか?
〇五感を活用しなくなった日本人
〇専門家への丸投げの危険性
〇コロナ禍による子ども達の身体の変化
〇子どもの時間、大人の時間
〇マスク生活の影響
〇手の発達の重要性と感覚刺激とのソーシャルディスタンス
〇戸外での遊びの大切さ
〇手の発達と学ぶ力の発達
〇自粛生活と目・脳の疲労
〇表情が作れないから読みとれない
〇嗅覚の制限 危険が察知できない
〇口の課題
〇やっぱり愛着の問題
〇子ども達が大人になった世界を想像する
〇子どもが生まれてこられない時代
〇子育てという伝統

第二章 コロナ禍後の育て直し
〇発達刺激が奪われたコロナ禍
〇胎児への影響
〇食べ物に注意し内臓を整えていく
〇内臓を育てることもできる
〇三・一一の子どもたちから見る胎児期の愛着障害
〇胎児期の愛着障害を治す

第三章 ヒトとしての育て直し
〇噛む力はうつ伏せで育てよう
〇感覚系は目を閉じて育てよう
〇身体が遊び道具という時期を
〇もう一度、食事について考えてみませんか?
〇食べると食事の違い
〇自己の確立には
〇右脳と左脳の繋がりが自己を統合していく
〇動物としての学習方法
〇神経ネットワーク
〇発達刺激という視点

第四章 マスクを自ら外せる主体性を持とう
〇なぜマスクを自ら外せることが大事なのか
〇快を知る
〇恐怖を、快という感情で小さくしていく

第五章 子どもの「快」を育てる
〇「快」がわかりにくいと、生きづらい
〇快と不快の関係性
〇子どもの快を見抜くポイント
〇自然な表情

第六章 子ども達の「首」に注目しよう
〇自分という軸、つまり背骨(中枢神経)を育てる
〇首が育っていない子に共通する課題
〇なぜ、首が育たない?
〇首が育たない環境要因
〇首が育つとは
〇背骨の過敏さを緩めていく
〇首を育てるには

第七章 親御さんは腹を決め、五感を大切にしましょう
〇子育て中の親御さん達へのメッセージ
〇部屋を片付ける
〇子どもと遊ぶのが苦手だと思う親御さんへ
〇ネットを見ても発達は起きません
〇発達刺激という考え方
〇五感で子どもを見る
〇特に幼児期は一つに絞って後押ししていく

第八章 自由に生きるための発達
〇発達の主体を妨げない存在でありたい
〇大人が育てたいところと子どもが育てたいところは、ほとんど一致しない

あとがき
こういう本を読んできました
巻末漫画

出版元である花風社さんからのご購入はこちら→https://kafusha.com/products/detail/56
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2022年4月15日金曜日

【No.1264】母体との関係性から親子の関係性へ

「"クソババア"って言ってくるんですよ」と幼児さんを持つお母さんがおっしゃっていました。
ですから、「ちゃんとお母さんの愛情が伝わっているんですね」とお応えしました。
素晴らしいじゃないですか、「私がお母さんのことをクソババアって言っても、お母さんとの関係性は壊れない」そんな実感を持てているのですから。


いい歳の大人が自分の親についてどうのこうのと言っている。
それはまだ親と子の関係性の中に留まっている証拠です。
なので、支援者のことを親と子の関係性で見てしまう。
「〇〇を治すにはどうしたら良いのですか?」
「どのくらい続ければ?」
「どうなったら終わりですか?」
「次はどうしたらいいですか?」


発達障害はその人個人に起因した障害と思われがちです。
しかし、発達障害を「発達が遅れている状態」「発達過程にヌケがある状態」とすれば、そこに個人的な要因だけではなく、環境側の課題、さらにいえば、家庭環境と私の関係性、親と子の関係性の中にも、その要因がある場合があります。
環境側の視点に立てば、今までの関係性を変えなければなりませんよ、ということになる。


当然、その人個人の内側にある要因によって発達が遅れることもあります。
でも、そこを変えることは可能なのでしょうか。
そこだけに注視することで改善していけるのでしょうか。
私はずっと家庭支援を行ってきたので、今発達が遅れている状態を形成している環境との関係性を変えていくことのほうが、ずっと楽で、自然に治っていけると感じています。
別の言い方をすれば、原因をその人個人の内側だけに見ている間は治ってはいかない。


時折、私に「治してください」という依頼があります。
関係性で言えば、私とその子の間で治るを目指すわけです。
しかし私は非日常であり、ひと時の関係性です。
たとえ、数時間の間、治っていける関係性を築けたとしても、治るには到底到達できるだけの時間が足りません。


多くの親御さんは「この子だけの問題ではない」ということに気がついていると思います。
ただそれを認められるだけの余裕がないだけ、勇気がないだけ。
また一端出来上がった関係性を崩すだけの覚悟がないだけ。
だからこそ、自分のような家庭に入って行き、一緒に関係性を再構築できるような役割、仕事が必要なんだと思っています。


あるご家庭では、お父さんが子育てに参加していないことが、その子の本来の発達の流れに戻っていけない理由だと感じました。
なので私は、どうやったらお父さんが参加できるのか、なぜ、参加できないのか、何が参加を妨げているのか、そこを確認しながら関係性の調整を行いました。
すると、「我が子が発達障害だと受け入れられない自分」があったわけです。
そのお父さんはずっと子どもが生まれたら、こんなことをしよう、あんなことをしてあげよう、と思っていた。
だけれども、そういった親子の関係性を築いていこうとしたとき、療育支援に突き進む妻の姿を見て、普通の親子の関係性は無理なんだ、という想いを持った。
とすれば、発達相談の時間の中でお話しする内容は、伸びやかに子育てをされているお父さんと子どもさんのエピソードであり、私との(一時的な)関係性を使って夫婦でそれぞれの想いを伝えあうこと。


単に「治し方」「エクササイズの仕方」「遊び方」を教えるだけでしたら、これほど楽な仕事はありません。
だけれども、これでは治ってはいかない。
治っていくためには、神経発達が進んでいくためには、時間が必要であり、それを育んでいけるだけの環境が必要です。


安心できる母体という環境から外の世界に飛びだす。
赤ちゃんにとって外の世界は、刺激に溢れた環境で、まだ整理統合することができない無秩序な世界です。
そこで親と子の関係性を使って、ゆっくり発達成長していく。
そして発達の土台が整ったあと、自分を中心にいろいろなモノや人との関係性を結んでいき、自分自身でよりよく育っていけることを目指していく。
発達障害で言えば、その遅れやヌケは胎児期から言葉を獲得する前の2歳ごろの間で生じるわけです。


ですから、支援者や専門家とその子の関係性ではなく、親と子の関係性が重要なのです。
親と子の関係性の段階で発達に支障が出ているのなら、そのどこかを今とは違った感じに変える必要があります。
親御さん自身が自分の親と子の関係性の中にいるままですと、自分と我が子との関係性を崩すことが怖いかもしれません。
そして親子の関係性に要因があることと向き合うことが辛いかもしれません。
実際、そのようなご家庭、親御さんを多く見てきました。


支援者たち、特別支援の世界は、「親御さんは悪くない」「支援の方法が違っていただけ」などといって、親御さんに変わる必要はないとメッセージを送ります。
ですが、これは親御さんをお客様にすることであり、その背景には家庭の子育ての力を低く見ている姿があります。
だけれども、それが「我が子のため」と思うことができれば、親御さんは勇気をもって変わっていけます。
「子どもが変わる前に、私が、私達が変わらないといけないんですね」とおっしゃってくださった親御さんはたくさんいます。
ですから私は、親御さんを信じ、親御さんご自身もよりよく変わっていけるような後押しをこれからも続けていきたいと思っています。




【新刊『ポストコロナの発達援助論』発売のお知らせ】
北海道から沖縄まで、全国の書店に並びました。店頭でのご購入もよろしくお願い致します。
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前著『医者が教えてくれない発達障害の治り方①親心に自信を持とう!』もどうぞよろしくお願い致します(花風社さんのHPからご購入いただけます)。全国の書店でも購入できます!ご購入して頂いた皆さまのおかげで二刷ですm(__)m


2022年4月13日水曜日

【No.1263】自分自身でやめ時がわかる、自分に必要なものかどうかがわかる

私は20年ほどハッタツの世界にいて、画一的な療育、支援に対して批判的な意見を述べてきました。
学校の教室や療育園、施設に行けば、みんな同じ支援グッズを使い、同じトレーニングを受ける。
全国どこに行っても、内容は一緒で焼き増しに次ぐ、焼き増し。
検査所見なんて、定型文があるかのごとく、「自閉症は視覚優位」「刺激を減らした環境づくり」「頑張ったらご褒美というパターンを学習する」「言葉よりも絵や具体物で」といったことが綴られています。
私は第二種自閉症児施設で働いていましたので、入所される利用者さんは全員「自閉症」という診断がついていましたが、誰一人として同じ支援はありませんでした。


同じ診断名だからと言って、同じ支援ということはあり得ません。
それが目の前で展開されているとすれば、それは支援者側の怠慢でしかありませんね。
現実問題として、普通級、一般の幼稚園、保育園で個別に対応しようとするのは労力がかかり過ぎて不可能です。
しかし、一斉授業は難しいけれども、個別の対応、指導によっては学び、成長できる子もいるのは事実で、そのために支援級や通級指導があるのだと思います。
一人ひとり課題が異なり、発達状態、段階が異なるのは当然なこと。
それにできるだけ応えようとするのが特別支援だったと思います。


親御さんのニーズとしても、「我が子に合った教育、支援」。
もし診断名が同じというだけで、隣の子も、学年が異なる子も、みんな同じ支援、指導、学習内容でしたら、親御さんは不満の声をあげるでしょう。
ですが一方で、画一的な栄養療法が行われていないでしょうか。


発達障害の子ども達の中で、栄養療法によって効果がある子もいると思います。
しかし、発達障害ゆえに栄養療法が効果がある、とは言えないはずです。
発達に遅れが生じた理由、その背景は一人ひとり異なるわけで、当然、そこまでに至る過程、成育歴、環境、何を食べてきたか、食べてこなかったか、腸内環境、消化吸収の機能、その子の体質も含めて様々なわけですね。
それなのに、みんなやっていることが同じで、高タンパク質&低糖質、プロティンとサプリ、肉&魚&卵は、どうなのでしょうか。


コロナ前ですから3,4年前になりますが、発達障害の分野で栄養療法が話題になり始めたとき、その根拠となる文献、書籍を集め、読みました。
そこで感じたのは欧米人が基準になっているため、日本人にそのまま当てはまるのだろうか、ということ。
そしてこれは急性期に行われるものであって、慢性疾患や日々の健康維持のために継続的に行われるものではないだろう、ということです。
栄養状態の急激な悪化に対して、また発達障害においては神経発達の準備、土台を安定させるためには有効だと思いました。
またこれは書かれていなかったこと、私が見つけられなかったからかもしれませんが、栄養療法、とくにメガ盛りをしたあとのやめ時が難しいのではないかという疑問、懸念をもちました。


確かに「余分なものは排出される」ということですので、そこまで心配する必要はないのかもしれません。
がしかし、人間の排出活動だってエネルギーが必要ですし、それが発達期にある、まだ排出系が未発達の幼い子ども達だったら、身体に負担がかかったり、反対に神経発達に使うエネルギーが排出に回り却って支障がでるのでは、とも思いました。
サプリ等は通常の食事で摂れる栄養素を純度を高めて高栄養素にしたものですから、子どもの内臓がそれに適応してしまったら、また噛むというプロセスを省いた栄養吸収は身体にどのような変化を及ぼすのか。
この辺りを考えていると、発達障害というだけで飲んでいる精神科薬を連想するわけです。


私がいた施設は自閉症児の専門施設だっただけではなく、強度行動障害の人たちも入所していました。
ですから、びっくりするような量の精神科薬を飲んでいる人も少なくありません。
しかも、その精神科薬は日々飲み続けていると耐性ができるためか、どんどん効かなくなるわけで、種類と量は増える一方で、かつ服用するよりも、服用しない方のリスク、本人の辛さ、乱れが増すばかりです。
精神科薬だって、本人に必要な神経伝達物質を増やすことを目的としたもので、薬の説明を読めば、セロトニンとか、ドーパミンとかが書かれていたのです。


脳内神経伝達物質はタンパク質とビタミン等で生成されていきます。
ですから、精神疾患などを持つ人にとっては、高タンパク質&低糖質の食事は脳内神経伝達物質の生成を促すことになり、効果がある。
そしてこれは精神科薬の目的と同じで、脳内の神経伝達物質の調整により、症状や悩みを解決していこう、という話だと思います。
となると、懸念事項としてやはり依存が考えられますし、虚脱症状も連想されます。
これをそのまま発達期にある子どもに当てはめても大丈夫なのでしょうか。


得られるメリットとデメリットの比較は、みなさん、できているのか、私は心配になることがあります。
事例として、栄養療法によって、〇〇さんちの子どもさんに良い効果があったというのが、そのまま我が子に当てはめても大丈夫なのでしょうか。
それは特別支援の世界で展開されてきた「自閉症だから視覚支援」と同じ、「発達障害だから栄養療法」に見えてしまいます。
また支援のやめ時を設定しないまま導入してしまった結果、「支援されるのが当たり前」「支援がないと生きられない」という支援依存を作ったり、発達&成長よりも支援ということで育つ機会を失ったり。
これは腸内環境を整え、内臓を育て、噛む機会、消化吸収の機会を失う姿を連想させます。
そして自然界にない高栄養素の食品は、子ども達が服用する精神科薬と同じ目的を持つと感じさせます。


このように考えますと、精神科薬を服用するよりは、栄養療法のほうがデメリットが少ないように感じますが、やっぱりこれは急性期の話で、慢性疾患や日々の健康維持、そして発達障害児における日々の子育て、発達成長の後押しとして続けるものではないと思います。
積極的に栄養療法を勧める人もいますが、結構、やめ時、いつまで続けるか、といった点については述べられていないことが多いような気がします。
またこれはどの療法も同じなのですが、弊害の部分については述べられていませんね。
そして私個人の意見としては、栄養が満たされただけでは神経発達は生じない。
「栄養療法で良くなった」というご家庭にも多く伺いましたが、例外なく、栄養療法だけではなく、神経発達を促す遊び、運動、取り組みをされていますね。
肥料と水を与えれば、あとは伸びるだけの植物とは、ヒトの神経は異なりますので。


ですから、栄養療法というのは、それにハマる精神状態、つまり、親御さんの状況を知るためのものなんだな、というのが正直なところです。
栄養療法にどんどん傾倒していくというのは、親御さん自身、栄養が足りていないこともあるし、試行錯誤という子育てを行う余力がない状態。
「タンパク質が〇gで、ビタミンAが…」というのは、子育てに正解があると思っている表れであり、次々と正解を求めてしまうため、どんどんご自身を苦しめている状態。
大量のサプリのストックは依存の表れで、それは他に頼る人がいない、身近な協力者がいない、いても頼れない、または自分が他人に頼ることができない、それが苦手な状態、愛着のヌケ。
自分の発達相談を振り返れば、栄養療法ブームは親御さんを知るための窓であり、親御さん自身の課題を確認し、それを改善していくことを通して、家庭の養育力を整えていくために利用していたように思えます。


ちなみに私の家にもサプリ等がありますが、身体が欲したときのみ、服用しています。
自分に必要なとき、量、種類を身体が教えてくれる感じです。
つまり、自分の内側の「快」に合わせて飲んでいます。
そういった意味では、子ども達の「快」の感覚を育てることが重要であり、よくある「ある日を境に、子どもが"もうサプリはいらない"って言ったんです」という状態まで育つことが理想的だといえます。
自分自身でやめ時が分かる、自分に必要なものかどうかがわかる。
子ども達は自分に必要な刺激、遊び、運動が本能的にわかるのと同じで、食べ物に関しても本来その鋭い感覚は持っていると思いますね。




☆新刊『ポストコロナの発達援助論』発売のお知らせ☆

巻頭漫画
まえがき
第1章 コロナ禍は子ども達の発達に、どういうヌケをもたらしたか?
〇五感を活用しなくなった日本人
〇専門家への丸投げの危険性
〇コロナ禍による子ども達の身体の変化
〇子どもの時間、大人の時間
〇マスク生活の影響
〇手の発達の重要性と感覚刺激とのソーシャルディスタンス
〇戸外での遊びの大切さ
〇手の発達と学ぶ力の発達
〇自粛生活と目・脳の疲労
〇表情が作れないから読みとれない
〇嗅覚の制限 危険が察知できない
〇口の課題
〇やっぱり愛着の問題
〇子ども達が大人になった世界を想像する
〇子どもが生まれてこられない時代
〇子育てという伝統

第二章 コロナ禍後の育て直し
〇発達刺激が奪われたコロナ禍
〇胎児への影響
〇食べ物に注意し内臓を整えていく
〇内臓を育てることもできる
〇三・一一の子どもたちから見る胎児期の愛着障害
〇胎児期の愛着障害を治す

第三章 ヒトとしての育て直し
〇噛む力はうつ伏せで育てよう
〇感覚系は目を閉じて育てよう
〇身体が遊び道具という時期を
〇もう一度、食事について考えてみませんか?
〇食べると食事の違い
〇自己の確立には
〇右脳と左脳の繋がりが自己を統合していく
〇動物としての学習方法
〇神経ネットワーク
〇発達刺激という視点

第四章 マスクを自ら外せる主体性を持とう
〇なぜマスクを自ら外せることが大事なのか
〇快を知る
〇恐怖を、快という感情で小さくしていく

第五章 子どもの「快」を育てる
〇「快」がわかりにくいと、生きづらい
〇快と不快の関係性
〇子どもの快を見抜くポイント
〇自然な表情

第六章 子ども達の「首」に注目しよう
〇自分という軸、つまり背骨(中枢神経)を育てる
〇首が育っていない子に共通する課題
〇なぜ、首が育たない?
〇首が育たない環境要因
〇首が育つとは
〇背骨の過敏さを緩めていく
〇首を育てるには

第七章 親御さんは腹を決め、五感を大切にしましょう
〇子育て中の親御さん達へのメッセージ
〇部屋を片付ける
〇子どもと遊ぶのが苦手だと思う親御さんへ
〇ネットを見ても発達は起きません
〇発達刺激という考え方
〇五感で子どもを見る
〇特に幼児期は一つに絞って後押ししていく

第八章 自由に生きるための発達
〇発達の主体を妨げない存在でありたい
〇大人が育てたいところと子どもが育てたいところは、ほとんど一致しない

あとがき
こういう本を読んできました
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2022年4月8日金曜日

【No.1262】「治る」を外側から見てみる

伏線の回収はドラマのお決まりのパターンですが、さすがにカムカムエヴリバディの最終回はないよなって思いました(笑)
最終週になって感動の押し売りみたいになってドラマ感が強くなり、森山良子のダッシュを見て「次はランスマかww」ってなって、今日の最終回ではすべてが繋がり過ぎだろって。
人生一つ二つは奇跡的なことが起きるでしょうが、全部の出来事、登場人物が最後に繋がるのは無理があるのでは。
この世界は、限られた登場人物の中で回っているのかなって感じでしたね。
来週からは2001年上半期の『ちゅらさん』以来の沖縄本島を舞台にした『ちむどんどん』が始まりますので期待です。


限られた人、世界にいると、おかしなことになっていくのは、この2年間で見た専門家たちの姿です。
尾身会長は「感染再拡大の準備が必要だ」なんてまた壊れたラジオ状態。
大谷くんの大リーグの開幕戦観ましせんでしたか。
観客はノーマスクで叫んでましたよ。
オミクロンになって重症化率もインフル並みになり、欧米各国、ほぼ規制撤廃した日本で、いまだに専門家はコロナだけを見ている。
この人達に、市井の息づかい、体温は感じられないのでしょう。
専門家こそ、専門バカにならないように、別の世界に飛び込み、外から専門分野を見る必要があるのだと思います。


そういう私も専門バカにならないように、と日々意識するようにしています。
具体的には、他分野の人、とくに発達障害とは関係ない仕事や人の話は積極的に聞く姿勢を心掛けています。
そうすると、意外にも発達援助と繋がることがあって、新たな発達援助、アセスメントの視点を手に入れることができます。


また私は発達障害の改善や治る人に興味関心があるのですが、敢えて改善しない人、治らない人から学ぶこともあります。
改善しない、治らないの典型はギョーカイなのですが、この頃、ばったり交流がないので(笑)、私が関わっているご家庭でなかなか改善が見られない方、治っていかない方から、「どうして治っていかないのか」という視点で考えるようにしています。
これは決して下に見ているわけでも、ダメな例として見ているわけでもなく、治っていかないことに発達障害の本質があるのだと思っているのです。


なかなか治っていない子ども達を見ますと、やはり発達のヌケがストッパーになっているような気がします。
とくに言葉を獲得する以前の段階、胎児期から2歳までの発達のヌケは発達を堰止めていると感じます。
愛着形成のヌケは、自分の周囲の世界と関わろうとする気持ちを萎ませ、結果的に社会的な機会、運動発達的な機会を失い、それが発達の遅れに繋がる。
運動発達のヌケは、そもそも自分の身体自体をコントロールすることができないため、発達の機会を遠ざける。
また脳みそ、心身の余裕がないため、認知機能的な発達にまで意識も、エネルギーも向かわず、結果的に発達できないでいる。


もっと原始的な部分で言えば、首から始まる背骨の問題が刺激の伝達を妨げ、身体で感じた刺激が発達として積み上がっていかない事態を生じさせ、何年も同じ発達課題をやり続けていることに繋がっていると思います。
基本的に今の発達検査は、定型発達、標準年齢とのギャップを診て、障害の重さを判定していますので、3歳の子がグルグル回っているのと、10歳の子がグルグル回っているのでは、10歳の子のほうが異常で、障害が重いとされてしまいます。
つまり、やり切れないことが障害となってしまうのです。
実際、発達課題をやり切れずにいる子は、その次の発達段階へ進めないので、たとえ進めたとしても歪んだ形での移行になりますので、早かれ遅かれどこかの発達課題で躓いてしまいます。


あと当然ですが、快食快眠快便が整っていない、安定していない子は治っていけません。
動物としての基礎基本、土台の部分、生き抜くための土台ですから、サバイバルするだけで大変、精一杯な子はなかなか発達段階を進めないものです。
もちろん、栄養も関連性が見られ、栄養が足りていないというよりも、偏った食事、同じものばかり食べている、糖質過多、添加物の多い食事を続けている子、それが習慣になっている子も、なかなか思うように発達が進んでいかない感じがします。
たぶん、内臓、腸に課題を持っている子が多く、上記のような食生活が消化吸収、そして毒素の排出に負担をかけるのと、神経発達に必要な栄養素がそちらのほうに消費されるため、うまく発達に回っていかないのとがあると思います。
ジェル状のものや柔らかいもの、つまり咀嚼の乏しさが脳への刺激を軽減しているのもあるように感じます。


環境面で言えば、過度な刺激、メディア等の自然界にない強い刺激は、脳内処理で精一杯になって、またそういった刺激に頑張って適応しようと神経が動いてしまうため、これまた発達できない状態になっていると思います。
当然ですが、幼い子にとって家庭、親御さんが一番の環境になりますので、親御さんが子育てよりも支援や介護をしてしまったり、本人が育てようとしている行動を「問題行動だ」「障害特性だ」と誤解し制止してしまうと、やりきれずに発達のヌケができちゃうパターンもあります。
また両親の不仲も、子どもが安心できないことに繋がり、家という環境が不穏ならサバイバルモードになりますので、発達よりも生き抜くモードになるわけで。
結構、夫婦の課題がクリアされると、気がついたら発達が進んでいた、治っていたということもありますね。


忘れてはならないのは、遺伝の話です。
「なかなか治っていかないんです」というご家庭の相談で伺うと、結構、親御さんがバリバリ自閉症、発達障害の人がいます。
「言葉がなかなか出ない」という相談でも、お父さんが同じように小学校卒業するまで言葉が出ていなかったり、「ハイハイを抜かした」というのはお母さんも、おじいちゃんも同じだったり、「不器用な手先、身体の使い方なんです」と言われるお父さんがスポーツ、運動が全くダメということもあります。
「何年も頑張ったけれども、治らなかった」とおっしゃるご家庭は、小学校、中学校、大人になって治るパターン、そういった発達を辿る家系だったりも、よくあります。
お父さんが小学校高学年くらいから先生の話が聞けるようになったなら、子どもさんも同じくらいの年齢にならなければ、話が聞けないかもしれません。
反対に「治った」と喜んでいるご家族も、なにかをしたからというよりも、「ときがきた」「親御さんと同じ道を辿った」ということもあります。
治す対象と思っていたことが、受け継いだ資質ということも。


実際は上記のようなことが複雑に絡み合って、現在の発達の遅れが生じているわけですが、中には乳幼児期の頭部への強い衝撃、気づかれていなかったてんかん発作が、など医学的な問題から発達が遅れていることもあります。
出生時のトラブルもそうですが、胎児期の薬の影響、母体の栄養状態、添加物、農薬、公害等の影響は、胎盤が防御してくれているのか、影響があったとしても出生後の環境改善によって治っていける印象です。
ですから、「胎児期に〇〇したかも」と心配されている親御さんも少なくないですが、そうだから治らない、のではなく、別の要因のほうが大きいと思います。


ここまで「なかなか治らない」から「どうやったら治っていけるか」を見てきましたが、結構、後天的に改善できること、今日から家の中でできることは多くあると思いませんか。
「発達障害が治る」って聞くと、なにか専門的な、特別な、スペシャルな方法と人がいて、神業みたいに治してくれる、とイメージされるかもしれませんが、私の仕事での経験から言っても、ちょっとした家庭の改善、子育てのアイディアで、子ども達の発達はガラッと変わっていくものです。


大事なのは止まっている発達の歯車を前進させることであって、全部のストッパーを取り除くことができなかったとしても、ある程度の妨げなら、本人の内側にある発達する力で歯車を回すことができます。
大きな岩が詰まっていたら、たくさんの石が詰まっていたら歯車は回りませんが、小さな小石くらいなら、石の量が減ったなら、歯車は回っていく。
何か参考になることがあれば、「あっ、うちの子に当てはまるかも」ということがあれば、1つでも良いので改善してみてください。
新年度、新学期がより良い発達と成長の見られる一年間になりますように!




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2022年4月6日水曜日

【No.1261】人類の歴史から見る栄養療法

ストイックにではありませんが、だいたい私は一日2食です。
たまに3食にすると、ボーとする感じがして、頭の回転が鈍くなるような気がします。
朝抜いて昼夕とか、昼抜いて朝夕とか。
ジムやランニングも毎日行っていますが、特に欠乏感はないので、人間は本来、このくらいの栄養で大丈夫なのかなと思います。
700万年の人類の歴史を振り返っても、そのほとんどが飢餓状態だったでしょうし、こんなに簡単に調理ができたり、インスタントに食事が摂れたりするのは、戦後の家電と飲食店、コンビニ等ができた以降。
現代の世界を見渡しても、多くの国、人々は飢餓状態だといえますので、日本のほうが人間の生き方としては異常なのかもしれません。


獲物は常に獲れるとは限りませんし、常にきのこや木の実、貝が落ちているわけでもありません。
稲作は天候に大きく左右されるため、飢餓に強い人間が生き延びてきたともいえます。
ということは、飽食や栄養過多は却って人体に悪いのではないかという想像ができます。
栄養不足は発達障害のリスク要因になるのでしょうか。
栄養を満たすことが発達障害を改善することになるのでしょうか。
私が関わる親御さんの多くは、既に栄養療法を行っている方が多いので、そこから感じることをお話ししたいと思います。


母体の栄養状態がそのまま胎児に影響するのは、その通りだと思います。
何故なら、お母さんがつわり等で食事が摂れず、栄養が枯渇していた場合、生まれてくる子どもの代謝の状態に変化が見られるからです。
母胎も胎児にとっては環境であり、出生後の世界を表すものですので、飢餓状態に適応して生まれてきます。
ですから、そういった子は現在日本の通常の食事を行うと、すぐに栄養が体内に蓄積する傾向が強く見られます。


なので、母体の栄養欠乏は栄養そのものというよりも、胎児への酸素供給の不具合につながることが問題の根っこで、胎児の神経発達に欠かせない酸素不足の影響が大きいのだと考えられます。
そう考えると、お母さんの血の状態、血管の状態が大事で、食用油、添加物、喫煙(受動喫煙も)、長期的な薬の服用も気を付ける必要があって、栄養が足りていたかどうか、貧血が、フェリチンがというだけではなんとも言えないように思えます。
また妊娠期間中の常時マスクは、胎児の神経発達に影響が出ないというほうが無理があると思います。


ちなみに男性で言えば、精子は三日で新しいものが作られますので、母体ほど影響がないように感じますが、それだけ短期間で大量に作られるということは、その分、エラーが生じやすいということです。
母親の年齢よりも、父親の年齢のほうがリスク要因として強く認定されていますし、生活習慣、食べたものの影響をもろに受けるのが精子です。
精子の細胞分裂に影響が出るため、運動性が弱い精子、生成自体が少なくなる、エラーが生じやすくなる、といったことが生じます。
いまだに不妊は女性側に原因がと一般的には思われがちですが、卵子よりも精子のほうが脆いので、もっと男子学生に対する性教育を深めていかなければならないと思います。


で、話を戻すと、人類はほぼ飢餓状態で、それに適応できたヒトが生き延びてきたはずです。
なので、胎児にとっては栄養というよりも、酸素不足の影響のほうが大きいと考えられます。
シンプルに言えば、胎児期の酸素不足→神経発達に影響です。
ですが、そうなると新たな疑問が生じて、生後、とくに発達の遅れがわかったあと、かつ離乳食後の栄養療法はどの程度、改善に寄与するか?ということです。


胎児期に酸素不足に気づき、栄養を整え、酸素不足を解消できたら、お腹の中にいる状態で改善、発達障害を治すことができるかもしれません。
しかし、生後は胎内と環境が異なりますし、胎児期は刺激に対する反射を通して、呼吸中枢や感覚、運動機能を発達させていきますので、胎児期に不十分だった神経発達が同じように生じるか、は疑問です。
そして「発達障害が栄養療法によって改善した、治った」という意味をもう少し深くとらえる必要があると思うのです。


「発達障害が栄養療法で治った」と聞くと、栄養不足を改善したら、神経発達も改善するというようなイメージが浮かんできそうですが、そうではないと思います。
「栄養状態改善→神経発達改善」ではなく、栄養はあくまで神経発達を促すための条件の一つにすぎないといえます。
栄養状態が悪いと、身体は生きるためのモードになりますので、神経発達に回すエネルギーが省エネモードになるはずです。
いろんなご家庭を訪問しますと、偏食が強い子は緊急措置的に栄養過多状態(プロティンやサプリ等)を作ることで、生き抜くモードから神経発達モードへ転換を図り、その間にヌケを育てると、発達の歯車が回っていく感じがします。
一方で普通に食べられている発達障害の子にいくら盛っても、あまり関係がないような気がします。
「栄養が満たされると発達が加速する感じがする」と言われることもありますが、野菜に肥料や栄養剤を与えたら早く大きく育つみたいにはならないでしょう。


植物は光、水、二酸化炭素、栄養(窒素、リン酸など)が光合成に必要な要素になりますが、植物は運動をしません。
一方、ヒトの神経は動くことで育つわけです。
神経を主体に見れば、酸素や水、栄養が生きるために必要な要素になり、ヒトの発達を主体に見れば、運動と刺激が必要な要素になります。
つまり、いくら栄養が満たされていたとしても、発達の観点から見れば、運動と刺激がなければ何も生じないわけで、特に発達のヌケや遅れを育て直そうとするのなら、どんな環境で、どんな刺激、遊び、運動をするか、が重要です。
人類はずっと飢餓状態でしたし、今も世界の人口の多くは飢えの状態で生活していますが、進化を繰り返し、みんな神経発達は生じていて生活していますので、栄養を足せばよい、という話ではないと思います。


栄養を盛り過ぎて、逆に問題が生じているようなご家庭も少なくありません。
そもそも腸過敏を起こしている子に、人工物のサプリ、添加物の入ったプロティンは、心身に影響を及ぼすでしょう。
また同じ栄養素の過剰摂取も、内臓に負担を生じさせ、却って体内で処理する方にエネルギーが摂られ、発達に向かわないこともあるように感じます。
消化吸収にはかなりのエネルギーを使いますので、また添加物を身体から排出しようという動きも大変なエネルギーを使います。
まとめますと、同じもの、同じ栄養素を過剰摂取すること、添加物を多く摂ること、必要以上の食べ物を摂ることは、本来のヒトの食べる行為から離れますので、その弊害が生じると思います。


「栄養療法を続けているんですけれども、全然良くならないんです」という相談は多いです。
そういったご家庭では、プロティン、サプリを止め、一般的な食事に変えることで心身が落ちついたり、そこから発達が安定しだしたりすることがあります。
また栄養というよりも、発達に繋がるような遊び、運動、刺激が乏しかったりすることもありますし、偏食に繋がっている味覚&嗅覚過敏、咀嚼、嚥下の運動のほうを育て直すほうが大事だし、早いことも多くあります。
消化吸収、内臓に課題や未発達がある場合も、そちらを育てる方が先の場合も。


栄養療法が流行して2,3年。
実践しているご家庭からの悩み、ご相談が増加傾向にあると感じます。
子どもは咀嚼することで、脳や感覚を刺激し、育てますので、というか、それを育てるのが乳幼児期です。
その時期にドロドロのもの、飲みこめるもの、同じ食感、同じ味ばかり摂取することはどうなのでしょうか。
もちろん、食事、栄養は子ども達にとって大切なことではありますが、自然のもの、旬のもの、土地のものを満遍なく、その時食べられるものを食べていく方が本来のヒトの営み、生きる姿に近いと思います。


ですから、いろんなご家庭を見てきて感じるのは、栄養療法は緊急措置であり、長く続けるものではないということ。
そして動物は食べる行為自体が運動であり、脳や神経を育てることになるので、食事を大切にすること。
栄養よりも、どんな環境、刺激、運動、遊びをするかが発達障害を改善するには大事であり、そこには単に足し算を続けるのではなく、足したり引いたりするといった子育ての基本、試行錯誤が求められること。
子どもよりも、親御さん、大人のための栄養療法ではないか、ということです。
胎児期はお母さんの栄養が子どもの神経発達を後押しし、出生後は栄養よりも、酸素、つまりきちんとした呼吸を育てることが神経発達の後押しになると思います。




☆新刊『ポストコロナの発達援助論』発売のお知らせ☆

巻頭漫画
まえがき
第1章 コロナ禍は子ども達の発達に、どういうヌケをもたらしたか?
〇五感を活用しなくなった日本人
〇専門家への丸投げの危険性
〇コロナ禍による子ども達の身体の変化
〇子どもの時間、大人の時間
〇マスク生活の影響
〇手の発達の重要性と感覚刺激とのソーシャルディスタンス
〇戸外での遊びの大切さ
〇手の発達と学ぶ力の発達
〇自粛生活と目・脳の疲労
〇表情が作れないから読みとれない
〇嗅覚の制限 危険が察知できない
〇口の課題
〇やっぱり愛着の問題
〇子ども達が大人になった世界を想像する
〇子どもが生まれてこられない時代
〇子育てという伝統

第二章 コロナ禍後の育て直し
〇発達刺激が奪われたコロナ禍
〇胎児への影響
〇食べ物に注意し内臓を整えていく
〇内臓を育てることもできる
〇三・一一の子どもたちから見る胎児期の愛着障害
〇胎児期の愛着障害を治す

第三章 ヒトとしての育て直し
〇噛む力はうつ伏せで育てよう
〇感覚系は目を閉じて育てよう
〇身体が遊び道具という時期を
〇もう一度、食事について考えてみませんか?
〇食べると食事の違い
〇自己の確立には
〇右脳と左脳の繋がりが自己を統合していく
〇動物としての学習方法
〇神経ネットワーク
〇発達刺激という視点

第四章 マスクを自ら外せる主体性を持とう
〇なぜマスクを自ら外せることが大事なのか
〇快を知る
〇恐怖を、快という感情で小さくしていく

第五章 子どもの「快」を育てる
〇「快」がわかりにくいと、生きづらい
〇快と不快の関係性
〇子どもの快を見抜くポイント
〇自然な表情

第六章 子ども達の「首」に注目しよう
〇自分という軸、つまり背骨(中枢神経)を育てる
〇首が育っていない子に共通する課題
〇なぜ、首が育たない?
〇首が育たない環境要因
〇首が育つとは
〇背骨の過敏さを緩めていく
〇首を育てるには

第七章 親御さんは腹を決め、五感を大切にしましょう
〇子育て中の親御さん達へのメッセージ
〇部屋を片付ける
〇子どもと遊ぶのが苦手だと思う親御さんへ
〇ネットを見ても発達は起きません
〇発達刺激という考え方
〇五感で子どもを見る
〇特に幼児期は一つに絞って後押ししていく

第八章 自由に生きるための発達
〇発達の主体を妨げない存在でありたい
〇大人が育てたいところと子どもが育てたいところは、ほとんど一致しない

あとがき
こういう本を読んできました
巻末漫画

出版元である花風社さんからのご購入はこちら→https://kafusha.com/products/detail/56
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前著『医者が教えてくれない発達障害の治り方①親心に自信を持とう!』もどうぞよろしくお願い致します(花風社さんのHPからご購入いただけます)。全国の書店でも購入できます!ご購入して頂いた皆さまのおかげで二刷ですm(__)m


2022年4月4日月曜日

【No.1260】弱者に仕立て上げられた人達

函館の街を走っていると、季節が変わったことも影響してか、マスクを外す人が増えた気がします。
ご年配の女性はマスク徹底していますが、おじいさん、おじさんラインが外し始めてる感じがして、「そうだよ、高齢者が外せばいいんだよ」と思います。
そもそも「高齢者を守るために」というのが錦の御旗のJAPANでしたので、ご高齢の人たちが率先してマスクを外せば、「じゃあ、我々も」となる人が多くなるのでは。
逆を言えば、ご高齢の人達が自己中心的で、かつ次の世代の幸せのために闘おうとしないから、こんなさざ波で敗戦したのだと思います。
このご高齢の人たちの親は、戦争で闘った世代。
その戦争だって、領土拡大を目指した侵略戦争ではなく、我が国、もっといえば、大事な家族や次の世代、日本の未来を守るための自衛戦争だったわけです。
必死で守ろうとした自分の子ども達の世代が、こんなしょぼしょぼのウィルス一つで悲鳴を上げ、さらに若い世代、孫の世代までをも犠牲を強いている姿を見れば、天国にいる先人たちは何と思うことでしょうか。


コロナ騒動を見ていても、「弱者を守ること」と「弱者になること」は違うと思います。
今回、高齢者は自ら「弱者」になっていったような印象があります。
コロナ前まで旅行に行き、ジムに行き、カラオケで大声で歌っていた人達は弱者ではないでしょう。
ダイヤモンドプリンセス号の乗客は、お金も、体力も、同世代より余裕があったはずです。
それなのに、コロナ騒動が始まると、みんな「私は弱者で、ウィルスには弱いんです」みたいな顔をしていました。
高齢者にはリスクのあるウィルスと言われましたが、亡くなったのは寝たきりや基礎疾患のある人達ばかりで、そういった人達はコロナ以外でも亡くなる可能性が高い人達です。
そういった人達と比べれば、喫茶店でべちゃくちゃしゃべり倒しているお婆さん達は弱者ではないですね。
こういった背景には、戦後定年を決め、早々と働ける知力、体力のある人達までをも高齢者扱いしてきたこのシステムがあるのだと思います。


今年も自閉症啓発デーがあったようですが、こういった活動にまったく賛同できないのは、その理解啓発という言葉に、自閉症という弱者という意識が強く見られるからです。
自閉症の人達は、本当に弱者なのでしょうか。
もっといえば、発達の遅れやヌケ、その凸凹は、その人の一部であり、人生全体で見れば発達途上の今を切り取った姿にすぎません。
私も多く成人した自閉症の方たちを知っていますが、彼らと関わるとき、弱者だと思ったことはないですし、実際、自分の人生を力強く歩んでいる人達ばかりです。
ですから、自閉症とか、発達障害とかが弱者を規定するものではなく、自分が弱者だと思うこと、そして周囲がそのように育て、教えたことがその人を弱者に作り上げているのではないでしょうか。


「自分たちはマイノリティであり、社会の中で損害を被っている」という意見もあるかもしれません。
しかし、これも同じ自閉症という診断を持った人でも、同じ社会の中で自分の人生を謳歌している人もいるわけですから、結局は個人によるところが大きいといえます。
個人の課題と、社会の課題を混同していますね。
といいますか、この社会は誰にとっても理想的で素晴らしいところではないですし、いろんな個人がいて社会を構成しています。
定型発達の人だって、失敗はたくさんしますし、傷つくし、挫折するし、理想通りの人生なんか送っていません。
同じ失敗をするにしても、自分の課題とするか、自閉症のせいにするか、の違いではないでしょうか。


今、アメリカでは学校の中で、「白人であることは悪い人間だ」という教育がされています。
白人の子ども達の祖先は、インディアンを殺して土地を奪い、また黒人を奴隷として連れてきた、と教えられているそうです。
「ブラック・ライヴズ・マター」の動きがアメリカを覆いかぶさろうとしているのです。
刑務所にいる人種の割合で、黒人が多いのは差別だと言って、黒人が犯した罪は少額の罰金で済んでしまうようなことも起きています。
これも徹底的に黒人は弱者であり、みんなで守るべき存在だと突き進んだ結果、逆差別が生じ、今度は白人などの人権が侵害されている状況になっています。
これでは理解されることはなく、分断と対立、混乱を招くだけだといえます。


つまり、弱者は作られるわけです。
高齢者だって弱者にされましたし、自閉症・発達障害だって弱者にされました。
「高齢者を守るために」と言って、社会を誘導し、自分たちの意見を通そうとした専門家、医師、首長、政治家。
死に目にも会えない、最期は一人病院、施設の中で亡くなっていく高齢者は本当に守られたといえるのでしょうか、幸せな最期を迎えることができたといえるのでしょうか。
怖がって外出できず、筋力や認知面での低下があり、要介護者になってしまうことが高齢者を守ったことになるのでしょうか。
自閉症の人達だって、いつまでも支援が必要で、保護されるべき弱い存在でいることが、彼らの幸せにつながるのでしょうか。
もしかしたら社会の中に飛びだした方が、学びや成長の機会、いろんな人やものとの出会いがあったのではないでしょうか。


結局、発達障害に関わるギョーカイが、彼らを弱者に仕立て上げ、自分たちの利益のために囲っているだけのように見えます。
その子が成長できるのなら、その人がより良い人生を送れるのなら、医療や福祉、特別支援教育の世界にこだわる必要はないはずです。
いや、むしろそこからいち早く離れた人たちのほうが、社会の中で前向きに生活することができています。
そして彼らからは決して「自分は弱者なんだ」という言葉は聞かれません。


同世代の人達から見れば、できないことも、時間がかかり、不器用なこともあります。
しかし、彼らは前向きに、ときに幸せを感じながら生きているようにみえます。
私が思うのは、「自分が弱者である」と思っている間は、成長できないし、幸せにもなれないということです。
ですから、「一般の人、私達のことを理解してください」「決して怠けているわけじゃないんです」「私達はこんな苦労があるんです」と訴え、さらにそれらが行き過ぎた結果、支援、配慮、理解できない人は「悪い人間だ」というような認識まで引き起こしているギョーカイの啓発活動には賛同できないのです。


こじれてしまっている当事者の人達は十中八九、「職場の上司に理解がない」「社会に理解が足りない」など、理解しないほうが悪のようなことを言います。
しかし、理解するかどうかは相手次第ですし、理解しないという権利もあります。
そして社会は、自分の思い通り動くものではありません。
なので、具体的な発達援助、エクササイズの前に、こういった認識、思考を緩め、変化させていくことが必要になっていきますし、ここが一番の壁で崩すことができた人は比較的早く治っていきますし、崩れなかった人はどんどん恨みつらみが重なっていき、社会から遠ざかっていきます。


こういったことが日々起きていますので、今、子育て中の親御さん達には決して我が子が「弱者である」とは思ってほしくないのです。
同年齢の子と比べてできないことがあるのは、我が子が弱者だからでも、社会の理解がないからでもありません。
発達のヌケがあったり、快食快眠快便が整っていなかったりと、その子の発達の流れの中に堰き止めている何かがあるだけ。
そこがクリアできるよう我が子の背中を後押ししてあげることが、お子さん自身、望んでいることだと思います。


自閉症という存在、知識を得たあとで、「やっぱり関わりたくない」と思うのは、その個人の自由です。
できないことがあるのは社会のせいではなく、自分自身の話。
発達にヌケや遅れがあっても、育て直すことができる。
育て直せるんだったら、最初から弱者であることも、生涯弱者であることもないでしょう。
個人の発達は誰のものでもなく、自分自身でよりよく変えていけるものですから。




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第五章 子どもの「快」を育てる
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〇大人が育てたいところと子どもが育てたいところは、ほとんど一致しない

あとがき
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2022年4月2日土曜日

【No.1259】開業10年目を迎えました

先日、街でばったり、施設職員時代、大変お世話になった方とお会いました。
ずっと応援してくださったようで、新聞で出版を知ったとき、自分のことのように嬉しかったと言っていただけました。
私はいろんな方たちの応援を受け、仕事を続けることができているのだと改めて感じました。


本日よりてらっこ塾は10年目に突入します。
事業は10年続いて一人前という想いがありますので、ここまできたのならあと1年、どんなことがあっても踏ん張り丸10年をやりぬきたいと思います。
そして散々無理だと言ってきた人達に「10年やり切ったぞ!」と言ってやります(笑)


振りかえれば、後退することなく、毎年利用者数を伸ばすことができました。
9年目は沖縄出張もできましたし、本も2冊出版することができました。
定期的に伺っている地域では、「家庭でできることはたくさんある!」「発達のヌケや遅れはあとから育て直すことができる!」という考えが根付き始め、治ったご家庭から次のご家庭へと繋がっているように感じます。


起業するとき、「そんなのリスクだらけだ」「どうぜ潰される」と言われました。
でも、私には「この地域に福祉以外の選択肢を作らなければならない」という強い想いがありましたので、まったく迷うことも、信念が揺らぐこともありませんでした。
何かを始めるには、そして既存のものに対して挑もうとするときには、リスクが伴うのは当然です。


コロナ騒動では、大人が子ども達にリスクを負わせてばかりいなかったでしょうか。
高齢者を守るために、子ども達の学び、体験、青春は制限され、挙句の果てにはわけのわからないワクチンまで接種されようとしている。
子ども達は、自分の未来に、どんだけ多くのリスクを抱えていかなければならないのか。
大人が先陣を切って、リスクを負わなければならないでしょ。
卑怯な大人が多すぎる。
そんな卑怯な大人たちを守るために、子ども達が犠牲になる必要などない。


発達のヌケ、遅れは個性なんかじゃなくて、彼らの自立した人生、自由な人生を阻害するものです。
今は良いかもしれないが、将来、彼らの幸せな人生を送るためにリスクとなるものは、たとえ見えなかったとしても、大声で伝えていかないといけないと思っています。
子ども達の人生を守るために、より良い人生を歩んでもらえるように、心あるご家族、親御さん達の後押しをしていきます。


全員は救えないので、気がついた人から、一人でも多くの人に。
10年目もどうぞよろしくお願い致します!


2022年4月2日 てらっこ塾 大久保悠




愛知県出張のご案内(4月22~24日)

*4月2日23時を持ちましてすべての予定が決まりましたので、募集を終了いたします。

4月22日(金)~24日(日)の日程で愛知県にお住まいのご家族の元へ発達相談に伺うことが決まりました。
もし愛知県内、またはその近くにお住まいのご家族で出張のご希望がございましたら、お問い合わせください。


【空き状況】
4月22日(金)午後 東京
4月23日(土)午前 愛知 / 午後 岐阜


詳細を確認したい方は【出張相談問い合わせ】と件名に書き、お問い合わせいただければ、ご説明いたします。
出張相談についての内容は、てらっこ塾ホームページをご覧ください。
ご依頼&お問い合わせ先:メールアドレス


2022年4月1日金曜日

【No.1258】無意識のしわざ

いろんな検査結果やアセスメントシートを読ませていただく機会がありますが、「できる」に対して大いに不満があります。
一言で「できる」「できている」といっても、どのくらいコンスタントにできているのか、補助や指示などを受けずに自力のみでできているのか、特定の場所だけではなくてどんな場所でもできるのか、そういった部分が評価されていないからです。
また同じ行動だとしても、それが「反射」のレベルでできているのか、「意識」のレベルでできているのか、「無意識」のレベルでできているのか、ここのところの評価ってとても重要だと思うんです。
何故なら、発達障害の子ども達は味方によってはできていることが多く、たとえば、歩くだってちゃんと立って歩いてはいますね。
だけれども、彼らの問題の本質は、そのぎこちなさだったり、意識しないとできないことだったりするので、「足の筋肉に注意を向けて、足を上げる高さ、右足の次は左足に意識を向けて…」という具合に、私達が無意識で行っていることが自動ではできない点だといえるのです。


私達が向けなくても良い部分に意識を向けている分、歩いていると周りが見えずによくぶつかってしまったり、「歩きながら会話する」など別の活動に意識が向けられなかったりする。
それらが発達障害の人達に見られる不器用さ、ぎこちなさ、柔軟性のなさ、結果的に空気が読めないなどの社会性の部分とも繋がっていると思います。
ですから、私がアセスメントするときは必ずどのレベルでできているのかを確認します。
結構、親御さんができていると思っていることでも、本人は意識を集中させ、かなり頑張って「できている」状態ということもありますね。
そういった子を反射から意識レベルへ、意識レベルから無意識レベルへ、発達の後押しをしていくのが大切な子育ての一つだといえます。


「できる」を無意識レベルまで育てることが大事な発達援助になりますが、一方で無意識レベルでの問題を解決するのも、私の大事な仕事になります。
親御さんの中には、子どもさんが治りそうになると、急にそのアプローチをやめてしまう人がいます。
まあ、親御さんに愛着障害があり、我が子とは言え、課題を解決し、生きやすくなろうとしていることを許せない(自分のみじめさが浮き彫りになるためや、自分が必要とされなくなってしまうことが怖いため)といったこともあります。
これは教師や支援者にも見られますね。
しかし、そんな愛着障害はなく、心から我が子の幸せを願っているのにもかかわらず、治りそうになると、それをやめたり、却って阻害するような行動に出る親御さんもいるんです。


その根っこを辿っていくと、親御さんの内側にある無意識の影響だとわかります。
医者から言われた「発達障害」「一生治らない」「生涯支援が必要」という言葉に強いショックを受け、それが心の中に深く刻まれている状態。
また親やパートナーから言われた「あなたのせいで」という言葉が辛すぎて、「うちの子は発達障害」と思い込むことで生活している状態。
さらにずっと治らないと思っていて、この子には支援や療育が必要だと行動してきた親御さんが、あとから治ることを知り、そういったアプローチを行っている場合も、同様のことが起きるように感じます。
つまり、こういった状態に共通するのは、無意識レベルで「我が子は発達障害である」という認識です。
ですから、治っていく過程の中で、いざ治りそうになると、自分の内側にある認識との不協和が生じ、無意識的に妨害しようとするのだと思います。


同じようなことは、成人した発達障害の人にも見られて、本人は治そうと努力し、コツコツと発達のヌケを育て直しているんだけれども、あと一歩のところで、「私はやっぱりダメです」と連絡が来たり、パタッと身体育てをやめてみたり、一般企業の最後の採用面接をすっぽかしたり、といったことが往々にしてあります。
よく当事者の人が「自閉症だから私」みたいなことを言いますが、これは無意識レベルまで沁みついた認識を守るための、これまた無意識による言動だったことが想像できます。
無意識レベルに深く刻まれていればいるほど、その無意識レベルに染みついた時間が長ければ長いほど、「自分は発達障害である」という認識から外れないようにしてしまうのだと思います。


こういった成人の方たちと接してきて思うのは、やっぱり「気がついたら治っていた」こそ最善の策だなということです。
自分自身で強く治そう治そうとすると、内側の無意識が本人の行動を変えてしまう。
ですから、治りかけで大変だったとしても就職したり、一人暮らしを始めたり、思い切って社会の中に飛びだしてみる、支援という囲いの中から飛びだしてみることが良いと感じています。


私も最初はこのような方たちのあと一歩での離脱に対し、「なんであと少しだったのに」「口では治りたいといっているけど、嘘なんじゃ」と思っていましたが、関わっていく中で彼らもそうした行動に至った理由に気がついていないことがわかりました。
「急に怖くなって」というのは、すべてが愛着やトラウマの問題ではなく、無意識の仕業だったのです。
同じようなことを我が子にしてしまう親御さんに対しても、まずその内側にある無意識に気づいてもらうことが大事だと感じています。
長年、治そうとして頑張っている親御さんから「どうしてうちは治り切らないんでしょうか?」とご相談がありますが、結構、こういったことがありますね。




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