2022年4月4日月曜日

【No.1260】弱者に仕立て上げられた人達

函館の街を走っていると、季節が変わったことも影響してか、マスクを外す人が増えた気がします。
ご年配の女性はマスク徹底していますが、おじいさん、おじさんラインが外し始めてる感じがして、「そうだよ、高齢者が外せばいいんだよ」と思います。
そもそも「高齢者を守るために」というのが錦の御旗のJAPANでしたので、ご高齢の人たちが率先してマスクを外せば、「じゃあ、我々も」となる人が多くなるのでは。
逆を言えば、ご高齢の人達が自己中心的で、かつ次の世代の幸せのために闘おうとしないから、こんなさざ波で敗戦したのだと思います。
このご高齢の人たちの親は、戦争で闘った世代。
その戦争だって、領土拡大を目指した侵略戦争ではなく、我が国、もっといえば、大事な家族や次の世代、日本の未来を守るための自衛戦争だったわけです。
必死で守ろうとした自分の子ども達の世代が、こんなしょぼしょぼのウィルス一つで悲鳴を上げ、さらに若い世代、孫の世代までをも犠牲を強いている姿を見れば、天国にいる先人たちは何と思うことでしょうか。


コロナ騒動を見ていても、「弱者を守ること」と「弱者になること」は違うと思います。
今回、高齢者は自ら「弱者」になっていったような印象があります。
コロナ前まで旅行に行き、ジムに行き、カラオケで大声で歌っていた人達は弱者ではないでしょう。
ダイヤモンドプリンセス号の乗客は、お金も、体力も、同世代より余裕があったはずです。
それなのに、コロナ騒動が始まると、みんな「私は弱者で、ウィルスには弱いんです」みたいな顔をしていました。
高齢者にはリスクのあるウィルスと言われましたが、亡くなったのは寝たきりや基礎疾患のある人達ばかりで、そういった人達はコロナ以外でも亡くなる可能性が高い人達です。
そういった人達と比べれば、喫茶店でべちゃくちゃしゃべり倒しているお婆さん達は弱者ではないですね。
こういった背景には、戦後定年を決め、早々と働ける知力、体力のある人達までをも高齢者扱いしてきたこのシステムがあるのだと思います。


今年も自閉症啓発デーがあったようですが、こういった活動にまったく賛同できないのは、その理解啓発という言葉に、自閉症という弱者という意識が強く見られるからです。
自閉症の人達は、本当に弱者なのでしょうか。
もっといえば、発達の遅れやヌケ、その凸凹は、その人の一部であり、人生全体で見れば発達途上の今を切り取った姿にすぎません。
私も多く成人した自閉症の方たちを知っていますが、彼らと関わるとき、弱者だと思ったことはないですし、実際、自分の人生を力強く歩んでいる人達ばかりです。
ですから、自閉症とか、発達障害とかが弱者を規定するものではなく、自分が弱者だと思うこと、そして周囲がそのように育て、教えたことがその人を弱者に作り上げているのではないでしょうか。


「自分たちはマイノリティであり、社会の中で損害を被っている」という意見もあるかもしれません。
しかし、これも同じ自閉症という診断を持った人でも、同じ社会の中で自分の人生を謳歌している人もいるわけですから、結局は個人によるところが大きいといえます。
個人の課題と、社会の課題を混同していますね。
といいますか、この社会は誰にとっても理想的で素晴らしいところではないですし、いろんな個人がいて社会を構成しています。
定型発達の人だって、失敗はたくさんしますし、傷つくし、挫折するし、理想通りの人生なんか送っていません。
同じ失敗をするにしても、自分の課題とするか、自閉症のせいにするか、の違いではないでしょうか。


今、アメリカでは学校の中で、「白人であることは悪い人間だ」という教育がされています。
白人の子ども達の祖先は、インディアンを殺して土地を奪い、また黒人を奴隷として連れてきた、と教えられているそうです。
「ブラック・ライヴズ・マター」の動きがアメリカを覆いかぶさろうとしているのです。
刑務所にいる人種の割合で、黒人が多いのは差別だと言って、黒人が犯した罪は少額の罰金で済んでしまうようなことも起きています。
これも徹底的に黒人は弱者であり、みんなで守るべき存在だと突き進んだ結果、逆差別が生じ、今度は白人などの人権が侵害されている状況になっています。
これでは理解されることはなく、分断と対立、混乱を招くだけだといえます。


つまり、弱者は作られるわけです。
高齢者だって弱者にされましたし、自閉症・発達障害だって弱者にされました。
「高齢者を守るために」と言って、社会を誘導し、自分たちの意見を通そうとした専門家、医師、首長、政治家。
死に目にも会えない、最期は一人病院、施設の中で亡くなっていく高齢者は本当に守られたといえるのでしょうか、幸せな最期を迎えることができたといえるのでしょうか。
怖がって外出できず、筋力や認知面での低下があり、要介護者になってしまうことが高齢者を守ったことになるのでしょうか。
自閉症の人達だって、いつまでも支援が必要で、保護されるべき弱い存在でいることが、彼らの幸せにつながるのでしょうか。
もしかしたら社会の中に飛びだした方が、学びや成長の機会、いろんな人やものとの出会いがあったのではないでしょうか。


結局、発達障害に関わるギョーカイが、彼らを弱者に仕立て上げ、自分たちの利益のために囲っているだけのように見えます。
その子が成長できるのなら、その人がより良い人生を送れるのなら、医療や福祉、特別支援教育の世界にこだわる必要はないはずです。
いや、むしろそこからいち早く離れた人たちのほうが、社会の中で前向きに生活することができています。
そして彼らからは決して「自分は弱者なんだ」という言葉は聞かれません。


同世代の人達から見れば、できないことも、時間がかかり、不器用なこともあります。
しかし、彼らは前向きに、ときに幸せを感じながら生きているようにみえます。
私が思うのは、「自分が弱者である」と思っている間は、成長できないし、幸せにもなれないということです。
ですから、「一般の人、私達のことを理解してください」「決して怠けているわけじゃないんです」「私達はこんな苦労があるんです」と訴え、さらにそれらが行き過ぎた結果、支援、配慮、理解できない人は「悪い人間だ」というような認識まで引き起こしているギョーカイの啓発活動には賛同できないのです。


こじれてしまっている当事者の人達は十中八九、「職場の上司に理解がない」「社会に理解が足りない」など、理解しないほうが悪のようなことを言います。
しかし、理解するかどうかは相手次第ですし、理解しないという権利もあります。
そして社会は、自分の思い通り動くものではありません。
なので、具体的な発達援助、エクササイズの前に、こういった認識、思考を緩め、変化させていくことが必要になっていきますし、ここが一番の壁で崩すことができた人は比較的早く治っていきますし、崩れなかった人はどんどん恨みつらみが重なっていき、社会から遠ざかっていきます。


こういったことが日々起きていますので、今、子育て中の親御さん達には決して我が子が「弱者である」とは思ってほしくないのです。
同年齢の子と比べてできないことがあるのは、我が子が弱者だからでも、社会の理解がないからでもありません。
発達のヌケがあったり、快食快眠快便が整っていなかったりと、その子の発達の流れの中に堰き止めている何かがあるだけ。
そこがクリアできるよう我が子の背中を後押ししてあげることが、お子さん自身、望んでいることだと思います。


自閉症という存在、知識を得たあとで、「やっぱり関わりたくない」と思うのは、その個人の自由です。
できないことがあるのは社会のせいではなく、自分自身の話。
発達にヌケや遅れがあっても、育て直すことができる。
育て直せるんだったら、最初から弱者であることも、生涯弱者であることもないでしょう。
個人の発達は誰のものでもなく、自分自身でよりよく変えていけるものですから。




☆新刊『ポストコロナの発達援助論』発売のお知らせ☆

巻頭漫画
まえがき
第1章 コロナ禍は子ども達の発達に、どういうヌケをもたらしたか?
〇五感を活用しなくなった日本人
〇専門家への丸投げの危険性
〇コロナ禍による子ども達の身体の変化
〇子どもの時間、大人の時間
〇マスク生活の影響
〇手の発達の重要性と感覚刺激とのソーシャルディスタンス
〇戸外での遊びの大切さ
〇手の発達と学ぶ力の発達
〇自粛生活と目・脳の疲労
〇表情が作れないから読みとれない
〇嗅覚の制限 危険が察知できない
〇口の課題
〇やっぱり愛着の問題
〇子ども達が大人になった世界を想像する
〇子どもが生まれてこられない時代
〇子育てという伝統

第二章 コロナ禍後の育て直し
〇発達刺激が奪われたコロナ禍
〇胎児への影響
〇食べ物に注意し内臓を整えていく
〇内臓を育てることもできる
〇三・一一の子どもたちから見る胎児期の愛着障害
〇胎児期の愛着障害を治す

第三章 ヒトとしての育て直し
〇噛む力はうつ伏せで育てよう
〇感覚系は目を閉じて育てよう
〇身体が遊び道具という時期を
〇もう一度、食事について考えてみませんか?
〇食べると食事の違い
〇自己の確立には
〇右脳と左脳の繋がりが自己を統合していく
〇動物としての学習方法
〇神経ネットワーク
〇発達刺激という視点

第四章 マスクを自ら外せる主体性を持とう
〇なぜマスクを自ら外せることが大事なのか
〇快を知る
〇恐怖を、快という感情で小さくしていく

第五章 子どもの「快」を育てる
〇「快」がわかりにくいと、生きづらい
〇快と不快の関係性
〇子どもの快を見抜くポイント
〇自然な表情

第六章 子ども達の「首」に注目しよう
〇自分という軸、つまり背骨(中枢神経)を育てる
〇首が育っていない子に共通する課題
〇なぜ、首が育たない?
〇首が育たない環境要因
〇首が育つとは
〇背骨の過敏さを緩めていく
〇首を育てるには

第七章 親御さんは腹を決め、五感を大切にしましょう
〇子育て中の親御さん達へのメッセージ
〇部屋を片付ける
〇子どもと遊ぶのが苦手だと思う親御さんへ
〇ネットを見ても発達は起きません
〇発達刺激という考え方
〇五感で子どもを見る
〇特に幼児期は一つに絞って後押ししていく

第八章 自由に生きるための発達
〇発達の主体を妨げない存在でありたい
〇大人が育てたいところと子どもが育てたいところは、ほとんど一致しない

あとがき
こういう本を読んできました
巻末漫画

出版元である花風社さんからのご購入はこちら→https://kafusha.com/products/detail/56
Amazonでも購入できます。

前著『医者が教えてくれない発達障害の治り方①親心に自信を持とう!』もどうぞよろしくお願い致します(花風社さんのHPからご購入いただけます)。全国の書店でも購入できます!ご購入して頂いた皆さまのおかげで二刷ですm(__)m


0 件のコメント:

コメントを投稿