2021年6月9日水曜日

【No.1172】マスク出産に「酸素は足りている」と平気で言えちゃう医療だから、発達障害は治せない

妻に出産時のマスク着用について尋ねたら、「ただでも苦しいのに、マスクなんてつけたら死ぬ」と言っていました。
今のように出産が病院でとなったのは、昭和30年代なので、今の子育て世代から見れば、祖父母の代。
それまではずっと自宅での出産で、まさに命がけで出産していたわけです。
だからこそ、その命の危険から母子を守るために、医師がいて病院がある。


マスク出産に対して、「それでも酸素は足りている」と発言していた医師がいました。
確かに命を維持できるだけの酸素量は保たれるのかもしれません。
でも、それは医学的に決められた範囲であり、酸素の値です。
決して個別の条件は考慮されていませんし、何よりも「苦しい」などの主観は無視されています。
胎児期の発達等の勉強のため、いくつか医学書を読みましたが、そこにも「苦しい」などの本人の内面的な表現はかかれておらず、すべて酸素量がとか、顔の赤みだとか、客観的に見て取れるものだけを判断基準として書かれていました。


ですから「苦しい」と訴える妊婦さんを前に、「(酸素の値は正常の範囲だから)酸素は足りている」と言うのだと思います。
まさに西洋医学を体現している。
酸素量が足りなくなれば、呼吸器を付け、熱が出れば解熱剤で、咳が出れば咳止め。
不安が強くなれば、精神科薬を出し、寝れなくなれば睡眠薬、そして副作用で便秘になれば整腸剤。
数値が判断基準のすべてで、主観を極力排除する。
症状と対処法が一対一なので、足し算の医療です。


発達障害が病気の一種だとしたら、「この症状にはこの対応」というような医療が成り立っていたかもしれません。
しかし、発達障害は病気ではありませんし、何よりも本人が困って初めて支援のニーズが出てきます。
近頃では1歳代くらいから医療に行く親御さんも少なくないですが、そのとき、子どもさん自身は困っていないわけです。
病気でもなければ、本人が困ってもいないものに、医療ができることはほとんどないといえるでしょう。


発達の遅れは病気ではありませんので、医療の対象外だといえます。
ただ日本のシステム上、行政的な支援を受けるためには、医師の診断が必要な場合が多いので、行っているだけです。
単に、医療が既得権益を離さないだけ。
「歯科医師には、接種させないぞ」と言っている医師会と一緒。
「医療が何とかしてくれる」と思うのは大いなる勘違いです。
だって、発達の遅れは治療ではなく、育てる部分だから。
つまり、そもそもが医療ではなく、子育ての話なのです。


神経発達を促す薬ができれば、発達障害は医療の対象になるでしょう。
しかし現時点ではそのような薬はありません。
ですから、できることは家庭生活の中でよりよく育てていくことのみ。
そしてそのとき重要になってくるのは、発達の主体である子どもさん自身の主観です。
よくハイハイを抜かした子にハイハイをさせているご家庭がありますが、そもそもが子どもさん自身、ハイハイを抜かしたことに困っているのか、今、そこを育て直したいのか、尋ねてみることが大事だと思います。
「ハイハイを抜かしたからハイハイをやる」というのは、「(数値は正常範囲だから)酸素は足りている」とかぶります。
大事なのは、酸素量が正常範囲に入っているかよりも、本人が苦しいかどうか。


ハイハイをやらなかったのは、病気ではなく、発達のヌケです。
発達課題をやらずに飛ばした状態を見ると、それ自体が悪いものであるかのように感じてしまうかもしれません。
そうなると、すぐにそれを取り除こうという思いが出てきてしまう。
で、親御さんは焦るわけです。
早くクリアしようと焦り、焦るからこそ、子ども自身の声、主観に気づけなくなる。
ハイハイを飛ばした子にハイハイをやり直しさせることは大事だけれども、それが今か、それを最優先に行いたいか、は一人ひとり違います。
そういった一人ひとりの違いに気づき、またじっくり耳を傾けられるのは家族しかいません。


「いま、あなたはそれを育てたいと思っているの?」
「それを育て直したいというニーズを持っているの?」
そういった問いかけを持ち続けていれば、発達援助の方向性は間違うことはないと思います。
発達のヌケや未発達は、排除すべき対象ではなく、その子がより良く育つための入り口ですね。
発達には、主観と酸素が大事!




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