2022年3月31日木曜日

【No.1257】関係性で表れる"発達の遅れ"という現象

先日、おばあちゃんから孫と娘夫婦のことで相談がありました。
言葉が出ない孫に対して、娘が発達障害ではないか、きっとそうだと思い込み、パニックになっていると。
ですから私は勝手に3歳くらいのお子さんかなと思ったのですが、お孫さんの年齢を聞けば、まだ1歳半とのこと。
ネットで調べれば、ほとんどの子どもさんが1歳半の時点で初語が見られるという記事が出てきますが、だからといってすぐに発達障害になるわけでも、今後一切言葉がでないわけでもないと思います。
そのおばあちゃんも言っていたのですが、昔は小学校でもしゃべれない子がいた、と。
そういった子も、気がついたら話ができるようになっているもので、私が知っているだけでも小学校以降、言葉が出るようになった人は何名もいますね。
娘はネットで調べたことばかりで聞く耳を持ってくれないとおっしゃっていましたが、その根っこはおばあちゃんと娘との関係性の中にあるように感じました。


発達の遅れは、観察できるモノではありません。
それは現象であって、様々な出来事との関係性の中で表れているのだといえます。
つまり、発達の遅れというモノが存在しているのではなく、今この瞬間の姿でしかないのです。
しかし現実はその観察できる姿、いや、本人ではない他人が観察した姿を発達障害とラベリングしています。


その子に表れた発達の遅れは、環境(家庭、園や学校、周囲の自然、栄養、遊びなど)と、過去の出来事(胎児期からの体験、ヌケ、健康状態)、遺伝(三世代で引き継がれる資質)の関係性から見ていかないと、その輪郭は掴めないものです。
同じ言葉の遅れにしろ、お父さんが小学校高学年までほとんどしゃべらなかったとしたら、お子さんも同じくらいの時期までしゃべらない可能性が高いでしょうし、運動発達にヌケが多くあれば言葉の発達まで進まないこともあり、言葉を獲得する前の長時間のメディア視聴は言葉の発達を阻害します。
とてもシンプルに言っても、このように環境、過去の出来事、遺伝でそれぞれ遅れを生む要因はありますし、実際は様々な要因が複雑に関係し合い、またそれゆえに個別的な事象となるわけです。


本来、このように確認していかなければわからないものですが、今行われている診断はこのような仕組みにはなっていません。
もちろん、市町村が行っている健診の保健師さん達も、そこまで詳しく確認してませんし、親御さんから「心配」という声が聞かれれば、すぐに発達相談へ繋げているのだといえます。
保健師さんは発達のチェックリストで印をつけていき、医療現場でも診断基準マニュアルに沿って目の前で確認できた姿と、親御さんの問診によって発達障害に当てはまるか、当てはまらないか、を判断している場合がほとんどではないでしょうか。


専門家とは言え、人間が作った人工的なものさし、チェックリスト。
そこには診断者の主観が入り、人間の発達のごく一部を評価しているにすぎませんね。
人間の発達って、とても複雑で多面的ですし、定型発達なんて言いますが、子ども一人ひとりで辿る道は異なります。
しかも、目に見えない部分での発達がとても多いと思うのです。


そもそもほとんどが見えていない発達というものを、無理やり可視化しようとしたのが発達検査になると思います。
ではなぜ、可視化したのかといえば、人間を分けるためです。
明治以降、日本の医療はドイツから多くの影響を受け、そこから学んでいます。
優生保護法や障害者の隔離、大規模な施設入所という歴史から見ても、優生思想が根底に流れていたのを感じ取れます。
さらに平成に入った頃より、アメリカの医療、つまり数値で判断、薬とセットの医療が入ってきて、新薬ができるたびに患者さんが増え続けるという現象が起きています。
「早期診断、早期療育は予後を改善する」というのは建前であり、その根拠は乏しいものです。
そういった歴史から見れば、健常と異常を分けるために、薬を出せる人を見つけるために、診断基準、チェックリストが生まれているような気がします。


ここのところも、0歳、1歳、2歳の子ども達の相談が続いています。
そして就学前の子ども達が薬を飲むかどうかで悩み、また実際に「微量だから問題ない」と言われて服用している子がいるのです。
そういった相談があるたびに、私達は大事なことを忘れてしまったのではないかと思います。
大事なことは、その子が発達障害かどうか、発達に遅れがあるかどうかではなく、よりよく育ってもらいたい、という親心ではないでしょうか。
その親心を育む時間を奪うかのように、発達障害というレッテル貼りが行われているように感じます。
その診断が付くことで、子どもはよりよく育っていけるのでしょうか。
ご家族、おじいちゃん、おばあちゃんは幸せになるのでしょうか。
その子がよりよく育つことができ、幸せになるために診断は必要ですか。


発達障害が様々な関係性から見ないとわからないように、関係性を通してよりよく育っていくのだと思います。
発達障害というモノが単独で存在するのではなく、その子の物語の中で今、表れている現象が発達の遅れ。
そして幼い子ども達にとっては、家庭、親御さんとの関係性が中心になりますので、やっぱり療育や支援よりも、普通の子育て、その子に合った子育てなんだと思います。
ですから、子どもさんも、親御さんも一緒に育つ時間が必要ですし、試行錯誤しながら失敗しながら、その子だけの子育てを作り上げていく過程も必要です。
専門家がその機会を奪っているのなら、発達障害が治っていくのを止めているのは彼らかもしれませんね。




☆新刊『ポストコロナの発達援助論』発売のお知らせ☆

巻頭漫画
まえがき
第1章 コロナ禍は子ども達の発達に、どういうヌケをもたらしたか?
〇五感を活用しなくなった日本人
〇専門家への丸投げの危険性
〇コロナ禍による子ども達の身体の変化
〇子どもの時間、大人の時間
〇マスク生活の影響
〇手の発達の重要性と感覚刺激とのソーシャルディスタンス
〇戸外での遊びの大切さ
〇手の発達と学ぶ力の発達
〇自粛生活と目・脳の疲労
〇表情が作れないから読みとれない
〇嗅覚の制限 危険が察知できない
〇口の課題
〇やっぱり愛着の問題
〇子ども達が大人になった世界を想像する
〇子どもが生まれてこられない時代
〇子育てという伝統

第二章 コロナ禍後の育て直し
〇発達刺激が奪われたコロナ禍
〇胎児への影響
〇食べ物に注意し内臓を整えていく
〇内臓を育てることもできる
〇三・一一の子どもたちから見る胎児期の愛着障害
〇胎児期の愛着障害を治す

第三章 ヒトとしての育て直し
〇噛む力はうつ伏せで育てよう
〇感覚系は目を閉じて育てよう
〇身体が遊び道具という時期を
〇もう一度、食事について考えてみませんか?
〇食べると食事の違い
〇自己の確立には
〇右脳と左脳の繋がりが自己を統合していく
〇動物としての学習方法
〇神経ネットワーク
〇発達刺激という視点

第四章 マスクを自ら外せる主体性を持とう
〇なぜマスクを自ら外せることが大事なのか
〇快を知る
〇恐怖を、快という感情で小さくしていく

第五章 子どもの「快」を育てる
〇「快」がわかりにくいと、生きづらい
〇快と不快の関係性
〇子どもの快を見抜くポイント
〇自然な表情

第六章 子ども達の「首」に注目しよう
〇自分という軸、つまり背骨(中枢神経)を育てる
〇首が育っていない子に共通する課題
〇なぜ、首が育たない?
〇首が育たない環境要因
〇首が育つとは
〇背骨の過敏さを緩めていく
〇首を育てるには

第七章 親御さんは腹を決め、五感を大切にしましょう
〇子育て中の親御さん達へのメッセージ
〇部屋を片付ける
〇子どもと遊ぶのが苦手だと思う親御さんへ
〇ネットを見ても発達は起きません
〇発達刺激という考え方
〇五感で子どもを見る
〇特に幼児期は一つに絞って後押ししていく

第八章 自由に生きるための発達
〇発達の主体を妨げない存在でありたい
〇大人が育てたいところと子どもが育てたいところは、ほとんど一致しない

あとがき
こういう本を読んできました
巻末漫画

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