2020年4月11日土曜日

【No.1046】豊かな学習の下には、それを支える豊かな発達が存在している

「結局、自分は発達を促しているのか?学習を促しているのか?」という感想を述べられていた方がいらっしゃいましたので、もう少し『発達』と『学習』を掘り下げていこうと思います。
発達障害の子ども達は、学習できない障害を持っているのではなく、神経発達に遅れがある状態であること。
発達障害は、発達の遅れがあることが問題なのではなく、いつまでも発達しない、または発達のヌケや未発達を抱えたまま、成長し、それに伴い、脳みそや能力に凸凹が大きくなって生きづらさにつながることが問題の本質である、という点は、前回までのおさらいです。


では、私達が行っている子育て、発達援助とは、具体的にどんなことなのでしょうか。
まず一番に思いつくのが、快食快眠快便を整えること。
これは学校や療育機関が行える部分ではありませんので、当然、家庭が担う子育ての部分だといえます。
快食快眠快便が整うと、子ども達の発達は、全体的に加速していきます。
ここでのポイントは、「整うと加速する」ということです。
つまり、これ自体は発達というよりも、より良い発達を促す条件であり、環境です。
高タンパク質&低糖質やサプリ&プロテインなどの栄養面からのアプローチも、より良い発達に向けた環境づくりです。


しかし、「偏食がある」「夜になっても寝られない」「排便が未自立」などのお子さんもいると思います。
そういった場合は、整える以前に、発達を促すことと、学習を促すことが必要になります。


食べるに関しては、口周辺の反射が残っていたり、味覚や嗅覚などの未発達があったり、飲みこむといった運動に発達の遅れがあったりします。
反射を統合させる、つまり、やりきるだけの刺激を直に与えるのは、発達を促す行動です。
同じように、感覚系の未発達は刺激を与え、育てていく必要がありますが、感覚を育てる場合には、与えられて育つよりも、自ら意識を持って能動的にその感覚刺激を味わうことで育ちますので、大事なのは、本人がその感覚刺激を思いっきり味わえる環境づくりだといえます。
ですから、厳密に言えば、直接、親御さんが育てるのではない間接的な発達援助だといえます。
運動に関しても、本人が主体的にやりきることで育っていくので、心地良くやり切れる環境を用意する、たとえば、「哺乳瓶を用意して」ですとか、「本人が飲みたがるモノを用意する」ですとか、「集中できる環境にする」などです。


夜、寝られない子に関しては、眠れる身体を育てていくことが必要になります。
身体を弛ませる動きを与えることで、弛緩ができる身体に育てていく。
幼児さんの場合は、なかなか自分自身で育てられない部分なので、こういった直接的な発達援助が必要だといえます。
同時に、寝れるための環境づくりとして、寝る前にはテレビを見せない、背中をトントンする、一日の疲れを取るようなマッサージをするなどがあります。
また、これは学習として、「寝る前にトイレに行ってから布団に入る」といった流れの習慣化、どこに寝るか、どうやって寝るかといった知識、理解を促すことも必要です。
もし、こういった学習的な要素の中で、言葉でわからない、覚えることが難しい、といった場合、学習を助ける方法として、『トイレ』→『寝る』という絵のスケジュールを使ったり、「ここが〇〇くんの寝る場所」と明確に示すための目印をつけたり、声や身体接触によって誘導したりします。


排泄面の未自立に関しては、内臓を直接いじくることはできませんし、内臓系と運動系はつながっていることが多いので、寝返り運動や腰をひねる遊びをして、腎臓を育てたりします。
たまに、排尿の感覚がわからないからといって、子どもに水を多く飲ませちゃう人がいますが、それでは、ただ内臓系を疲れさせるだけで発達にはつながらないと思います。
やっぱり腰をひねったり、脚を使ったりして運動面から内臓を育てることが重要だといえます。
その運動を補助したり、一緒に遊んだりすることは、間接的に発達を促す行為です。
トイレの使い方やおしりの拭き方を教えるのは、学習。


こうやって、大雑把ではありますが、『発達』と『学習』を見ていきますと、学習の土台が発達であり、その発達が乏しいと、教えられる内容が制限され、同時に補助や人の手もたくさん使わなければならなくなるのがわかります。
当然、学習内容が制限されれば、知的や認知の面での発達の遅れが生じ、補助や人の手が必要になればなるほど、将来の自立は難しくなります。
ですから、根っこから育てること、発達を促すこと、援助することが大事だと言っているわけです。
なぜ、発達の援助なのかといえば、より良い学習と自立を目指しているからなのです。


学校の先生たちが、子ども達の将来の自立を目指し、いろんなことを教え、学習してもらおうと頑張っている。
でも、どんなに学校が頑張っても、発達という土台が不安定なら、その土台自体が小さければ、教えようとしても教えられないし、教えてもなかなか身につかないのです。
学校の先生は、生徒を選べないし、家庭に介入できません。
なので、発達の部分に関しては、特に家庭に頑張ってもらい、学習の土台を広げ、堅固なものに養ってもらうことが重要になります。


学校の先生からも相談がくることがありますが、「それって指導云々、学習云々の話じゃないですよね」というものが少なくありません。
「偏食をどうにか指導してほしい」「夜、寝なくて困っているんだ、どうしたらいい?」「他害をやめさせて」…。
これは学習の範疇ではなく、発達の部分。
偏食を直すのに、栄養素の勉強をしたり、なぜ、人には栄養が必要かをレポートさせたり。
それで偏食が直るのなら、学習が足りなかったわけだし、学校教育が担えるでしょう。
でも、嗅覚や味覚の未発達、飲みこむ運動の弱さがあったら、指導じゃ、学校じゃどうにもできない。
どう頑張っても、給食で1日1回、しかも、メニューは栄養士さんが決めたもの。
発達が整っての学習ですし、発達の主は家庭生活であり、親御さんです。


私の行っている発達援助という仕事は、親御さんに「発達」と「学習」の違いと、その関係性を理解してもらうことも大事なサポートになります。
そうやって、発達障害を持つ子の「発達」をしっかり理解してもらうことが、効果的な子育てへと繋がっていきます。
療育機関や支援に熱中する他の親御さん達を見て、無駄に焦る必要もなくなりますし。
なんかやっているのを見ると、すべて発達に関わるように感じますが、ほぼどの機関もやっていることは学習です。


早期療育のほとんどは、早期学習であり、その早期学習の正体は、支援しやすい型を覚えさせ、支援しやすい子に指導しているだけ。
発達という土台を育てない限り、そこを「障害」「固定されたもの」「治らない」という捉えでいる限り、狭い土台の上には多くの学習が成り立ちません。
早期療育を受けてきたのに、いっこうに自立していく人が出てこないのは、発達という土台の大きさと同じ範囲でしか学習が積み上がっていかない何よりの証拠。


発達という土台が広がれば広がるほど、その上に積まれていく学習は豊かで大きなものになります。
発達障害を治すというのは、ヘンな行動、幼い行動、その人のあり方を変えるという意味ではなく、学習の土台を育て、より良い学習を目指し、結果的に自立した人生を送ってもらうという意味です。
学習できなきゃ、この人間が作った社会では自立できないのは当然です。
ですから、より良い学習のための発達援助であり、子育てなのです。
豊かな学習の下には、それを支える豊かな発達があります。

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