2019年5月4日土曜日

支援そのものを問う

私が20代の頃、自閉症支援の創成期の人物と関わりのあった時期がありました。
その人物は、それまでの介護を支援へと変えていった中心の一人であり、いわゆるレジェンドと呼ばれるような人でした。
そして近頃、そのレジェンドから言われた言葉、教えられたことを思いだしています。


「大久保くん、排泄の自立を教えていくのは、私達、支援者が行うべき支援なのか」
「食べること、身辺自立に関わること、生きていくことに必要な基本的なスキルを身に付けさせるのは、本当に自閉症支援なのか」
いつからか、自閉症支援の名の元に、家庭が担う部分、子育ての範疇のことまで、支援者が手を出すようになってきた。
それと同時に、親の方も、子育ての部分まで支援者に丸投げしようとする姿が見られるようになってきた。
このレジェンドから教わった時期は短かったですが、このままでは家庭の養育力を奪ってしまいかねない、自閉症者の自立を促すための支援が、反対に自立を妨げる危険性がある、と繰り返し言っていたのが印象に残っています。


また海の向こうのレジェンドと直接、お話しさせていただく機会があり、そのときも、「日本人のあなたにも聞いてもらいたいことがある。アメリカでは最近、どんどん自閉症の範囲を広げ、増やそうとしている動きがある。本当に嘆かわしいことだ。普通の人として育つ子ども達まで障害者、支援の対象者になってしまっていく」と仰っていました。
奇しくも日米の最前線で、自閉症介護から支援へと押し上げてきたレジェンドが同じことを嘆いていたのです。


本人が困っていることに対してサポートするのが支援であり、その支援の目的は、本人の自立である。
家族と支援者は協力し、チームとして役割を果たしつつ、本人の自立を後押ししていく。
自閉症支援を作った人達は、支援が増えていくことも、支援対象者が増えていくことも、望んではいなかった。
一般社会の中で、自立して生活していけるために、それまでの隔離、介護から支援へと変えていったのです。


このようなレジェンドたちの想いは、その姿と共に、見えなくなりました。
今の特別支援は、どうでしょうか。
レジェンド達が危惧していた方向へと進んでいないでしょうか。
早期発見は、良いことだと思います。
しかし、2、3歳の子ども達に発達障害という診断名をつけたあと、本当に子ども達の自立へ向けた育ちが行われているのでしょうか。
若い親御さん達の子育てを、支援者は支え、後押しすることができているのでしょうか。


胎内という環境から外に出て、今まさに神経発達をしていこうという子ども達に、診断名をつける。
当然、神経発達が始まったばかりの子ども達なのですから、その診断名も、現時点での状態像であり、“仮”のもの。
そういった前提を知ってか知らずか、「発達障害は治りません」というように、あたかも固定したものであるかのような印象を与える支援者達。


本来、支援者とは、親御さんに子育てを諦めさせるのが仕事ではありません。
よりよく育てていけるように、親御さんをサポートするのが役割なはずです。
でも、親御さんを親御さんではなく、支援者の一人のような扱いにしてしまう。
若い親御さんを前に、支援の仕方を教えようとする。
親御さんは、我が子をより良く育てたいからこそ、支援者、専門家を頼っているのに。
子育てと支援の違いが分かっていない支援者の存在。
一度、発達障害と付けば、その子に関わることすべてが支援、療育に錯覚する。
これこそが、レジェンド達の嘆き、そのものです。


昨日、ブログに書いたように、最近は周産期ケアなどの医療系の勉強をしています。
その中には、医療のプロ、専門家としての役割として治療だけではなく、親御さんの養育力をどのようにサポートしていくか、それこそが重要な役割である、と記されています。
つまり、医療者として胎児、新生児の命、発達を守るだけではなく、その後の子育ての中心である親御さんをしっかりサポート、後押ししていくことこそが、その子の人生をトータルで考えた命と発達を守ることになる、ということです。


じゃあ、人生の始まりである妊娠、出産に関わる医師や看護師が必死に守り、渡そうとしているバトンを、発達障害に関わる者たちは、しっかり受け取ることができているのか、という話です。
子どもの命と発達を必死に守り、親御さんの養育を支え、より良く育ってほしい、と願い、渡されたバトン。
それを2歳、3歳の子どもに、「はい、発達障害です」「はい、治りません」「はい、療育ですね、支援ですね」と言ってしまう。
挙句の果てに、しっかり子育てを頑張ろうとする親御さんに対し、「受容ができていない」などと暴言を吐く。
支援者自身が、支援の意味が分からず、バトンを落としているにも関わらず。


私は、産科に関わる人達の現実を知るたびに、自分自身が問われているような気がしています。
医師や看護師さん達は命を守るだけではなく、胎児、新生児の発達を阻害するような環境を徹底的に排除し、さらにより良く発達できるよう環境とケアと親御さんのサポートを行う。
そのような人達がいて、そのような人達の想い、願いがあって、今、私は仕事として子ども達と向き合っている。
その子ども達の命、発達、そして彼らの自立を守り、後押しすることができているのか、と。


神経発達に問題が起きないように、高次機能障害、発達障害にならないように、必死にケアしている人達がいるのに、「根本的には変わらないよ」「治んないから」というような人が、支援者であってはならない。
また、親御さんの養育力を奪うような、子育ての主体性を奪うようなことがあってはならないし、本人の自立を支援していることを忘れてはならない。
いつの間にか、親御さんのラクを支援している支援者がいるから。


レジェンドは、こうも言っていました。
「本当に必要な部分、必要な人を見極め、支援するのが支援者の役割」
今まさに、支援そのものが問われていると思います。




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