2021年3月26日金曜日

【No.1153】定型発達の子ども達は教える前に自然とできている

子どもさんが描く絵には、「そのときの発達の状態」と「どのように世の中を見ているか」がそのまま表れます。
といった話を方々でしていますので、発達相談において「絵を見てほしい」と見せられる親御さんも多くいらっしゃいます。
大まかに分けてヒトを描く前と描く後があり、ヒトを描く前は手や指の可動範囲、発達状態が表れ、ヒトを描き始めてからは身体、感覚の発達状態、そしてヒトの周りに何を描くかに、本人の視界の中に認識しているものは何なのかが表れます。
時々、「こうやってヒトは描くんだよ」「周りにはこんなものを描くんだよ」という指導がされて、その通り描く子もいますが、そういった場合はすぐに分かるものです。
どの絵を見ても、構図が一緒ですから。
つまり、「教わった通りの絵を再現する」というパターン学習ですね。
子どもが自由に描く絵の中に、その子のそのままが表れるのです。
ちなみに車や建物、数字や文字ばかりで、ヒトが描かれないお子さんは、周囲にいるヒトが認識されていない傾向が強くあります。
あと細かく言えば、「目」一つとっても、どのように描いているか、で状態が異なります(黒く塗っている。白目があるか。向きや大きさ、左右の目の違いなど)


子どもと関わる仕事をしている人で、また親御さんの中にも、勘違いされている、知られていないんだな、と思うことがあります。
それは道具の使用についてです。
もちろん、初めてその道具を触る子ども達にとっては、最初に"教える"という行為が必要ですが、「何度も練習してできるようになる」という考えは間違えだと言えます。
たとえば、箸ですが、「子どもは箸の練習をするから、箸が使えるようになる」と思っている人がいるかもしれません。
しかし、それは定型発達の考え方ではないのです。
一般的な子ども達というのは、箸を渡したらすぐにそれなりに正しく持つことができ、かつ食べ物をつまむことができます。
だいたい4歳前後で、そういったことが可能です。
ほとんどの子は、箸を渡した日に使えるようになるのです。


これはどういうことかといいますと、箸が操作できるだけの指、手、腕が育っている、その準備が整っているということです。
つまり、箸やスプーン、ハサミやクレヨンなど、子どもが操作できる単純な道具は、それを使用できる身体が整うと、自然と使えるようになるのです。
反対に言えば、何度も教えなければ操作できないとしたら、まだ未発達とヌケがあるため、使える段階にはないということです。


よく日本の保育、教育、療育では、「〇歳になったら、何々を使う。できる」というような捉え方をしています。
また「〇歳になったんだから、何々はやめさせなきゃ」というような考え方もあります。
もちろん、これは定型発達がベースになるのですが、それよりも大切なことがあって、それは発達の順序とその課題ができるようになるために何が育っていないといけないか、ということです。
特に療育現場においては、「〇歳になったら」よりも、発達の順序とその活動ができるための土台が分かっている必要がありますが、というかそれがわからないとお仕事にならないのですが、「5歳なのにスプーン使っている」「4歳でオムツはおかしい」などといって、無理やり訓練的にやらせたりする場合があります。
親御さんも指摘されれば、「じゃあ、もう家でもスプーン止めなきゃ」と無理やり箸を使わせようとする。
で、子どもさんは手の準備が整っていないもんだから、箸を置き、スプーンを使おうとし、で、親御さんは「ダメでしょ」とスプーンを隠し、そうなると手づかみが始まり…というような負のスパイラルが生じます。


定型発達の子なら4歳の誕生日を迎える頃に箸が手渡されると、自然と使って、その日のうちに食べられるようになります。
その背景には、指、手、腕の発達があり、その発達の準備は運動発達はもちろんのこと、水遊び、泥遊び、砂遊びがあり、また木や鉄棒などによじ登る、掴む、つまむといった遊びがあります。
スプーンを握っている子は、まだ箸が使える準備が整っていません。
絵で言えば、〇を描いている段階では無理で、□と△、ヒトが出てこないと箸が使える手ではありません。
スプーンを持った手よりも、反対の手が食べ物に向かうようでしたら、まだ手づかみ食べをする時期です。
絵で言えば、まだ〇が描けない時期ですね。
ハサミでしたら、親指が横になってしまう手の子はまだ無理で、親指が上を向く手に育ったあと、自然とはさみで切れるようになります。
ここは主にズリバイがやり切ったかどうか、が影響するところです。
この他にも私達がアセスメントで確認するところはありますが、基本的には6歳までの発達課題で「教えないとできない」「繰り返さないと身につかない」というのは、その前段階の準備が整っていないと考えます。


発達の準備が整っていないことを子どもさんにやらせようとすると、どうしても指導的、訓練的になりますし、結果的に身につくまで時間がかかりますので、両者の間に不穏な空気が流れます。
特に子どもの場合は、自ら主体的に行わないものは身につきづらく、「楽しい」「心地よい」が感じられないと神経発達が進んでいかないものです。
発達相談においても、親御さんが一生懸命になればなるほど、親子から指導者対子、支援者対子になり、関係が崩れてしまって負のスパイラルに入ってしまっているご家庭があります。
ほんとは、こういった負のスパイラルに入る前に、「それって教え方の問題、練習の量の問題ではなくて、前提&土台となる発達が抜けてますよ」と一言説明できる支援者がいればいいのですが…。


発達障害は病気でなければ、障害でもありません。
ただ【disorder】、不具合が生じている状態なだけです。
その不具合は何から外れた状態かと言えば、定型発達です。
なので、定型発達を知らない人は、発達援助はできません。
しかし、その「定型発達」とは、「〇歳で何ができる」だけではなく、発達の順序と、発達課題をクリアするための前提&土台となる発達を知っておく必要があります。
訓練的に、パターン的に身につけたことは、応用が利きません。
何度も練習して切った折り紙はハサミで切れるけれども、画用紙は切ることができない、なんてことは、その典型的な姿です。
また最たるものでは、「教えられた右利き」が結構多いと感じます。
何でも教えるときは右手を使わせることによる右手のパターン学習。
本当は利き手がはっきりしていない=まだ脳の未分化、同側の段階なのに右手を使うように訓練されて使うようになった形。
そういうお子さんは、ふとした瞬間に左手が、両手が出ますね。


倒立前転とか、漢字を書くとか、料理を作るなどといった高度な技能、乱暴な言い方で言えばヒトしかしない行動は教える&練習するという行為・学習が必要ですが、一般的な子どもが行う日常動作は教える、学習するというよりも、前提&土台となる発達が整えば自然とできるものです。
「何度教えてもダメなんです」というのは、教えなきゃできない段階=それ以前の発達にヌケがある、と考えるのが一般的です。
あとは「何歳でできる」よりも、それができるようになる前後の発達に注目すること。
「定型発達の子ども達は教える前に自然とできている」
このことを頭に入れておくと、子どもさんの見方、発達の捉え方がもう一段、深くなっていくと思います。




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