目の前にいるのは「重度の自閉症」ではない

先日、お話しさせていただいた成人の方達の支援をしている方が、こんなことを仰っていました。
「一人ひとりがよく見えるようになった」
「何かやりようがあると思えるようになってきた」
と。
お話をした前後で、顔が明るくなり、前向きな発言と態度が出るようになっていたので、私も嬉しい気持ちになりました。


「重度の障害者」というのは、その人を表す言葉ではありません。
記号であり、便利で効率的にするための言葉です。
一人の人を正確に、かつ具体的に表現することは不可能です。
身長が、年齢が、性別がとなり、どんな性格で、どんな能力があり、どんな課題があり、運動面は、感覚面は、学習能力は、今までの経験は・・・。
その個人を構成する要素は無限にあり、いつまで経っても、その人を正確に表現することはできません。
同じ「自閉症」「重度」「行動障害」の人であったとしても、その背景は一人として同じではないのです。
だから、便宜上、「重度の障害者」「自閉症」「発達障害」などと表現し、その大枠の情報だけが必要で、利用している人同士が効率よくコミュニケーションできるように使っている言葉だといえます。


こういった個人を特定するわけではなく、大枠を伝えるための言葉は、その存在を知らない人たちに紹介するために、サービスを利用するための必要なグループ分けをするために、統計や制度作成、運用に利用する目安を得るために用いられたものでした。
しかし、いつの間にか、直接的な支援を行う者たちのところまで浸食し、今となっては、その違和感すら感じない人たちが多くなってしまいました。
便利に、効率的にするための言葉が、支援に用いられるようになってしまったのです。


「重度の人だから、自立は無理だ。できるのは介助しかない」
「自閉症の人だから、環境調整と視覚支援だ」
「行動障害には、薬と賞罰で行動を変えさせる」
「発達障害は生まれつきの障害だから治らない、一生支援を受け続ける」
インスタントに伝えあうための言葉が、インスタントな支援を生みました。
最初は便宜上、また必要な場面で限定的に使うために人間が生んだ言葉が、人間を食ってしまったのです。
生みだした言葉にコントロールされる人、その人に直接支援を受ける本人たちの生活、人生はインスタントラーメンのような消費のされ方になってしまいました。


特別支援の過ちは、注目を集めるために生みだした言葉に、いつの間にか自分たちが踊らされるようになったこと。
本来、人と人との関わりは原始的なものであり、人を育てるとは非効率的な営みであるはずなのに、工場で作られる製品のような効率重視の仕事にしてしまったのです。
本人とその家族を流れ作業のように、右から左へ流していく。
少ない労力とお金で、より多くの利益を上げようとする。


「ああ、アスペルガーの診断受けてるんですね。じゃあ、障害者枠ではこんな仕事があって、福祉的就労なら、こことここの事業所が利用できますね」と流していく就労支援。
一箇所に利用者を集めて、決められた時間まで怪我がないことだけを目指す児童デイ。
100均で集めてきた材料を使って授業を行い、そこでできた製品を行事のときに売って、「はい、作業学習ね」「はい、キャリア教育」と言ってしまえる学校。


目の前に「重度の自閉症の人がいる」と思えば、支援者の手は止まってしまうのです。
熱意のある人ほど、動きたいけれども動けない、何から手をつければ良いか分からない、という状態にもがき苦しみます。
冒頭のお話しさせていただいた方も、そんな方でした。
でも、目の前にいるのが「発達のヌケがある人」だとしたらどうでしょうか。
「重度の自閉症の人」よりも、動きが生まれてきます。


では、もっと部分的に、具体的に見ていくと、どうでしょう。
「汗がかきづらい人」
汗がかけるようになるにはどうしたらよいだろう、そもそも汗をかくって、どういうことだろう、と連想が浮かんできます。
「足の親指が使えていない人」
足の親指を使う遊び、活動はないかな、足の指がうまく使えないということは、ちゃんと寝返り運動ができていたのだろうか、と想像が連なってきます。
「発達にヌケている部分があるなら、そこを育て直そう」
「未発達の部分があるのなら、そこを育てていこう」
そんな風に見ていくと、目の前にいるのは、重度の自閉症者ではなく、私たちと同じ一人の人に見えてきます。
一人の人として自分の目にその姿が映るのなら、何かできることが見えてきますし、共に育て合おうという自然な交流が生まれてきます。


部分的に、より具体的に見えるようになるためには、基本となるヒトを学ばなければなりません。
でも、その前段階として、「重度の障害」も、「自閉症」も、伝え合うための効率化された言葉という認識を持つのが大事だと思います。


このように偉そうに言っている私も、学生時代は、施設で働く前は、冒頭の支援者のように、目の前に自閉症者がいて、行動障害を持つ人がいる、としか見えていませんでした。
自分とは別の人達と思っていた時期もありました。
でも、こういった大事なことに気づかせてもらったのは、寝食を共にした施設で暮らしていた子ども達。
言葉がない子も、寝たあとは寝言を言うし、お母さんと別れるときは涙を流して、服の袖を掴んでいる。
そういった姿を見て、私は自閉症者を支援しているのではなく、一人の人を支援しているのだと感じました。


私の話が聞きたい、いろいろ教えて欲しいと言ってこられる方達にお話しすることや、こうやって綴っているブログ等の内容も、そのほとんどが私の失敗と反省が集まったものです。
私が経験してきたことが、誰かのお役に立てれば、誰かの背中を後押しすることができれば、と思い、事業も、ブログも続けています。
冒頭の支援者の方のように、人と人との自然な関係、交流の中で、発達と成長が育まれていく、そんな人たちが増えていくことを私は願っています。

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