2018年8月17日金曜日

苦手なままの夏にするよりも、味わえる夏に育てる

今日は午後から晴れているものの、すでに空気が夏ではなくなっています。
私の大好きな季節、夏が終わろうとしていて、寂しい気持ちになります。


個人的に好きな夏ですが、私がこの夏にお会いした子ども達は「夏が嫌い」「夏が楽しめない」という子でした。
発達障害の人達の中には、夏が苦手な人が多いです。
当然、発達の遅れは認知の発達のみを指すのではないのですから、内臓や感覚の発達の遅れから夏が苦手になっている、と考えるのが自然です。
夏が苦手なのは、社会性の問題でも、コミュニケーションの問題でも、想像力の問題でもないのですから。
まさか今どき、自閉症=変更が苦手=季節の変化、夏が苦手、とは…。


でも、そのまさかと思うような捉え方で、そこを基に支援や助言がなされていました。
「この子は夏が苦手です。なので、外には出ないようにして、家の中の室温と湿度をしっかり管理しましょう」
いやいや、夏の間、ずっと家の中にいたら、経験が偏るし、健康にだって良くないでしょ。
クーラーがない施設は、「理解ガー」とやるんですか。
暑い日は、学校にクーラーが無いから休ませるのでしょうかね。


で、実際に休ませるを助言する支援者がいてビックリ。
「毎年、夏になると不調になるから、7月8月は無理に登校しなくて良いですね。学校に行っても、集団で授業を受けるのは負担になるので、個別対応をお願いしましょう。配慮として授業の代わりにプリントを用意してもらうのも」と言って、年度初めにカレンダーに書きこんだ、なんて話がありました。
なんでもかんでも「障害のせい」で「理解だー」「配慮だー」とは、なんとラクな仕事でしょうか、支援者というのは。


その子の抱える問題に対し、何も手がなくて、ただ「理解だ―」「配慮だー」とやっているのならまだしも、親でも、親戚でもない赤の他人が、子どもの学ぶ権利を奪い、あたかもそれが正しいことをしているように振る舞う現実。
この話を聞いたときは、さすがの私も絶句でした。
「夏が苦手だから、学校を休むのを許可する」
これは理解でも、配慮でもありませんね。


ここまでひどい話ではありませんが、いつから「夏が苦手」が障害特性になったのか、診断基準に入ったのか、と思うような支援、支援者がいるのは事実です。
そんなに「夏が苦手」を障害にしたいのなら、人体や生理学も学び、支援に取り入れたらいいのに。
でも、そういった発想にはつながらず、あくまで「自分たちが対処できない問題=障害のせい」で、かつ支援方法は自分たちがしたい支援。


夏が苦手な人の多くは、汗がかきにくいことと関係しています(@栗本啓司氏『芋づる式に治そう!』花風社2015発行)。
じゃあ、汗をかいた人の絵を描いて「汗をかきましょう」とするの??
じゃあ、汗がかけたらお菓子、とするの??
じゃあ、「汗をかくことは良いことです。身体の中にある悪いものを排出し…」と物語を書いて、読ませるの??
エビデンスのある標準療法では、太刀打ちできないのが良く分かります。
汗がかけるようになり、夏を乗り切れる身体に育てるアイディアを持ち併せていないからって、それは「障害のせい」にして、理解と配慮の問題にすり替えるなんて、卑怯以外のなにものでもありませんね。


この夏は、夏が苦手だった子ども達と一緒に、たくさん身体を動かして遊びました。
親御さんにも、夏が乗り切れる身体を育てることの意義を理解してもらい、家族で夏を楽しんでもらうようにお願いしました。
たとえ障害があったとしても、幼い子ども達がずっとクーラーの利いた部屋の中で一日中いたら健康にも、発達にも良くないと思うのが自然。
毎年、夏が来る日本に住む人なら、夏が乗り切れ、できれば楽しめる身体にするほうが、生活の質は良くなるはずです。
夏が来るたびに、会社を休む人は、「クーラーがない場所以外では働けません」という人は、自立した生活を送るのが難しくなります。
だからこそ、特に成長著しい時期の子ども時代にしっかり汗がかける身体に育てていくのが、大事な発達援助だといえるのです。


ある親御さんから、家族で行ったキャンプの写メが送られてきました。
たくさん陽を浴びて、たくさん遊んだようです。
皆さんの額には汗がにじんでいました。
特別支援の世界で、我が物顔をしている標準療法では、この汗を出させることはできません。


この親御さんは、夏休みの間に、しっかり発達を後押しし、2学期からどんどんチャレンジできる身体に育てたい、と言っていた方でした。
何をしても「頑張らせてはならない」という特別支援から、「我が子と共に飛びだしたい」と電話を頂いた方です。
2学期からは、ちゃんと失敗を味わうことができ、またそこから立ち上がられると思います。
それくらいこの夏で心身共に育った子どもさんですから。
苦手なままの夏にするよりも、味わえる夏にした方が将来の可能性と選択肢を増やし、人生を豊かにすると私は考えています。

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