【No.1498】~花風社夏祭り2026~第二部の話
花風社の浅見さんから「新しい著者の方との対談を」というお話をいただいたのが、6月でしたね。
療育整体の自律神経編を出版されたとき、「もうこれでやるべきこと、出すべき本、知見は世に出せた」という浅見さんのお気持ちを聞いていましたので、私はもう新刊は出ないかもな、なんて思っていました。
そんな中での新刊に取り掛かる話、新しい著者の方との対談の話が来たのでびっくり。
またそういった気持ちを変えさせるくらいの知見なんだと期待が膨らみます。
で、浅見さんと纐纈さんとの打ち合わせに臨みました。
事前に資料を貰っていて目を通しましたが、私の中では「浅見さんの気持ちを変えさせた」前提ですので、有益なのはわかるけど、その凄味みたいのまではわかりませんでした。
昨晩も触れましたが、構造化と行動療法の2本槍でなんでもかんでもエイヤーでやっていたところに、花風社さん、浅見さんが身体アプローチを見つけ、確立、そして今ではスタンダードになるくらいまでになった。
その延長線上に療育整体があり、今回の纐纈さんの知見と実践があって、本になるんだな、というのが打ち合わせ後の感想でしたね。
そして昨晩、講演会が始まります。
私はいつも通り、「なるべく鮮度が良いものを」という姿勢で、20時から始まる講演会の2時間くらい前から話すことを考え始めました。
もちろん、対談のお話をいただいてから、纐纈さんの知見、対談相手が務まるようにこれようの勉強と準備はやってましたよ。
古い資料を引っ張り出したり、本棚の前で眺めながら「これだ」というものを読み直したり。
とにかくインプット、インプット、インプット。
たくさんため込んで、直前に一気に吐き出すという感じです。
で、そんな感じで講演会に臨み、纐纈さんの話を聞いていると、「浅見さんの気持ちを変えさせた」凄味、意義がどんどん伝わってきたんです。
私は身体のプロではありませんので、栗本さんの知見も、療育整体と纐纈さんの実践も、大きな違いがわかりません、実際は。
大きく括れば、西洋一辺倒のハッタツの世界に入ってきた東洋的な知見たちという認識でしたが、ポイントはそこじゃなかった。
技術、やりかたの違いじゃなくて、もっと大きな違いがあった。
それは一人称のアプローチであること。
つまり、当事者、本人の目を通した、身体の内側から求められる要求に対する技能ということです。
支援する側、される側、施術をする側、される側という雰囲気がないのが特記すべきところだと思います。
外からの「理解」と内からの「体験」の食い違いの少なさ。
そしてもう一つ。
その手当ての仕方に、人工的な感じがないのも心に響きます。
子育て、自然な親子の交わり、それこそ、お腹に宿したときから、出産後、赤ちゃんに触れ、抱きしめ、おっぱいをあげる、その延長線上にあるのが纐纈さんの手当て。
私のテーマは「発達障害をもう一度、子育てに」です。
発達障害がある子をなんか普通の子育てがダメなような、専門家が家庭から、日常生活から子どもを取り上げているような雰囲気がある。
発達に凸凹や遅れがあるかもしれないけれども、家族にとっては大事な我が子であり、一人の人間。
だけど、それよりも自閉症や知的障害などが前面に出てしまっている。
「〇〇くんは自閉症」なはずなのに、「自閉症の〇〇くん」という違和感をずっともっていました、学生時代から。
だから、専門家しかできない、専門家っぽいアプローチは嫌いです。
親子の自然な関わり。
子どもの自由な遊び。
家族の日常生活。
そういった中で起きる発達と成長。
それを後押しするような親御さんの関わり。
これが理想ですし、私の発達相談の中心になっています。
だから纐纈さんの一人称で、親子の自然な交わりの流れの中にある手当て、視点は広まってほしいと思います。
アーカイブでの視聴もできますので興味がある方はお申し込みを。
また新刊が出ましたら是非手に取っていただければと思います。
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