【No.1505】それは症状か、対処行動か
昨日の続きです。
発達に遅れや凸凹がある子ども達って、年齢にそぐわなかったり、特異的だったりする行動をするよね。
パッと見、理解することができなくて、周囲はそういった行動を「症状」の一つとして捉える。
で、それは親御さんだけじゃなくて、先生も、支援者も、医師や専門家も同じ。
乱暴な言い方かもしれないけど、「わからないものは、全部、症状に入れてしまえ」という風にも私からは見える。
「アセスメントが大事」というけど、国から予算を貰ってそういった研究はされているけれども、そもそもの見立て、見方がおかしいと思うな。
特異的な行動、ちょっと変わった行動を見たら、それを「症状」のボックスに入れるんじゃなくて、まずは「対処」のボックスに入れてみるのが大事じゃないかな。
もちろん、純粋な症状というのもあるけど、その場合も、「その症状体に対してこの子はどんな対処行動をしてきたのかな」と確認してみる。
「症状」じゃなくて、「対処(行動)」と捉える利点はいくつかあります。
大きなところを上げると、応援、後押ししたくなるよね。
「症状」だったら諦めるとか、受け入れるとか、手を出すところじゃないって感じがするけど、「これはこの子の対処行動なんだ」と思えると、どうにか力になりたい、なれるんじゃないかって思いが湧いてくる。
だって、対処するっていうのは、よりよい未来のための行動だから。
もちろん、その対処のやり方がうまくないなぁと感じることはあるけど、本人の良くなりたい気持ち、意向は変わらないもん。
あとは、その対処行動を観察することで、その子の能力や心身の状態を掴むことができる。
その対処行動に、どのくらいの工夫がされているのか。
その対処行動に至るまでに、どんな試行錯誤、経緯、周囲や環境と折り合いをつけてきたいのか。
そのあたりから、その子の持つ力、使ってきた力を知ることができるね。
対処行動がシンプルで、乱雑なものは、能力や心身の状態があまりよくないと捉えることができるし、反対に複雑で、周囲と折り合いがつく、つきそうなものは、それだけ能力や状態が良いって捉えることができる。
こういった現場のリアルなアセスメント、実践的なアセスメントって研究されないよね(笑)
研究者は曖昧な情報を捉えるのが苦手な人が多いから。
そしてこれも重要な利点なんだけど、みんなが参加できるようになるよね。
子ども達が自分で導き出した対処行動って、本屋さんに行って専門書を読んで考えたとか、講演会に行って、研修を受けて導き出したものですってことはない。
つまり、素人、素の自分が「よりよくなりたいな」という想いで導き出した行動。
だから、そこに必要なサポートは、それをサポートする人は素人じゃなくてはいけない。
専門家、支援者と呼ばれる人も、素の自分、素人の自分で一緒にその子の対処行動を考えていこうとする姿勢が、真に必要な助けになると思うな。
そこで専門家の風を吹かせて、「その対処行動は粗雑なものだから、こういった行動にしたまえ」みたいになると、対処行動の本質とはかけ離れていくから、百害あって一利なしだね。
子ども達が行う対処行動を眺めながら、「こんな工夫があるんだな」「よりよくなりたいという想いは素晴らしいな。私も応援したいな」と素人の自分で向き合ってみる。
そこから「こうしたら、もっとよくなるかもな」と少しずつ素の自分から専門的な知識、技能を小出しにしていくような援助をしたいな、できたらなと、私はいつも心がけているんです。
専門的な知識、技能の部分を人生の先輩として生きてきた“アイディア集”に替えれば、家庭での子育て、子どもとの接し方になると思います。
▶発達相談の内容・お問い合わせはこちら
▶Instagramのフォローはこちら
▶花風社さん主催『夏祭り講演会』アーカイブ視聴のお申込みはこちら

コメント
コメントを投稿