【No.1480】自閉症支援に東洋的な知見を取り入れた“その先”
私が学生だった頃、自閉症支援といえば欧米でした。 その頃、ギョーカイの中心を担っていた教授や医師、支援者はこぞって欧米に学びに行き、その最先端といわれる知見、技法をどんどん輸入していました。 中には「あっちの先生たちがアメリカなら、私たちはイギリス、ヨーロッパに」など、意地とプライドをぶつけ合うような姿も見ることができました。 幕末の動乱と一緒にしたらいけないのでしょうが、結局、どの外国勢力と組むか、どの国に学ぶのかといったところは日本の文化、メンタリティーなのかもしれない、なんてことを思ったりもしていたのを懐かしく思い出します。 1970年代から始まった欧米への留学と輸入、宣教師たち(?)の受け入れ。 それは今も続き、ギョーカイの基本は欧米から生まれた技法で形作られています。 しかし、いくら環境を調整しようとも、いくら代替手段でコミュニケーションを取ろうとも、いくら分析しご褒美と無視で行動をコントロールしようとも、本人の内側にある生きづらさは解決しません。 2000年代以降、知的障害を伴わない自閉症の人達の手記、声が届くようになりました。 彼らの生きづらさの根っこは身体の不具合であることが知られるようになったのです。 いち早くそういった当事者の人達の身体面に関する不具合に気が付き、その声を届け、同時にその解決方法を模索してきたのが出版社の花風社さんです。 そして神田橋條治先生との出会いを経て、東洋医学に学び、実践している人たちがそういった身体の不具合を治す知見を持っていることを知り、出版を通して世の中に届ける活動をしてきました。 その結果、今では整体や鍼灸、中医学の人達が援助者として加わり、同時に親御さん達の選択肢の一つになるくらいまでになったのです。 自閉症支援に東洋的な知見が加わる。 欧米の知見から東洋の知見へ。 それは対症療法から根本治癒への流れであり、自閉症という特殊な人から「あなたも、私も発達障害」への流れだといえます。 またこの変化の中にいた私から見れば、モルモット的な扱いはやはり日本人には、日本の文化にはなじまなかったのだといえます。 で、なんで今日、こんな歴史を振り返るみたいなことをしたのかといえば、この流れがわかっていないゆえに選択ミスをしている親御さん達がいるからです。 欧米の療法がよいか、東洋の療法がよいか、という二項対立の話ではありません。...