【No.1486】わかるけど、わからない
「自閉っ子は素直な子が多い」
と言われることがありますね。
実際、お会いする子ども達はみんな、子どもらしい純粋さを持っていると感じます。
ある程度、年齢を重ねても、中学、高校、中には大人になった人でも、素直な態度、言動が見られます。
それは「言葉の裏を読むことが苦手」だったり、「空気感を読むのが苦手」だったりすることが関係していると思います。
嘘をつく場合も、相手の視点に立った巧妙な嘘は苦手ですね。
そういった脳の情報処理の関係から、周りから素直に映ることもあるのでしょう。
正直者で、嘘が苦手な自閉症の人達。
だけど、彼らが言う「はい」という返事、言葉には気を付けなければなりません。
素直に「はい」と言うから伝わったものだと思っても、あとから同じ過ちをしたり、理解してなかったりすることがあって、それはどこのおうちでも経験済みだと思います。
「とにかく『はい』といえば、いいと思っている」
そんな愚痴がこぼれる日々を過ごしている家庭も少なくないでしょう。
これは子どもだけの話かと言えば、そうではありません。
大人でも、そして知的に障害がない人達でも。
さらにその「はい」という意味には深さがあります。
子どもさんがママの言っていることがわからないから、とにかく「はい」と言っておけばその場が収まるから、という単純な話ではないのです。
大人なら、知的に障害がないのなら、理解できる話の内容で、しかも自分の意思を表面することが難しくない場面でも、反射的に意に反して「はい」と言う、言ってしまう。
日常会話やメール、SNSなどでは自由に意思を発信できるのに。
じゃあ、なにが彼らに反射的な「はい」を言わせているか。
私も最初はわかりませんでした。
とにかく「はい」が本心からの「はい」ではないことは分かったのですが。
こういった人たちは小さい頃から周囲とのディスコミュニケーションが多くあったんだと思います。
言っていることがわからない。
相手の表情、ノンバーバルなコミュニケーションが読み取れない。
読み取れたとしても、同じ台の上に乗せて情報を整理して、意図や意味を解釈することが難しい。
言葉をそのままの意味で受け取っても、「そうじゃない」とネガティブな反応が返ってくることがある。
彼らは「わかるけど、わからない」といった体験をとくに対人関係で多くしてきたのだと思います。
さらに彼らは学習面で優秀だったり、言葉でしゃべることもできたりする。
だから余計に周囲からは誤解を受けたのでしょう。
当然、ネガティブな反応も多く受けたと思います。
で、その相手がネガティブな反応をしたことはわかる。
わかる故に傷つき、「わかるけれど、わからない」から本人自身どうしたらいいものかと深い悩みと悲しみが生じる。
彼らが発する咄嗟の「はい」には悲しさが漂っています。
投げかけるほうにそんな意図はなくとも、たとえば「わかりましたか?」という確認が、子ども時代の「何度言ったらわかるの?」という場面と重なり、反射的に「はい」と、その場の苦しさから逃れたいがために言っているケースもありました。
「なんで〇〇なの?」も、多くの人に共通するトリガーワードです。
質問の文型でもありますが、よく親御さんは「なんで〇〇なの?」という言葉の後に括弧つきで「それぐらいできて当然」「同級生はできているよ」「もう小学生だし」などという雰囲気を含め、否定する意味で使ったりします。
「何度言ったらわかるの?」は、私達からすれば瞬時に叱るためのフレーズとわかりますが、彼らからすれば「それはあとどのくらい言ったら理解できるかという回数を訊かれているんだ」と受け取る人もいるでしょうし、文末の「わかるの?」だけしか掴まえられず、「えっ、何が?わかるかって言っているのだろう」と疑問に思う人もいるでしょう。
彼らは相手の表情を読み取ることが苦手でも、相手が自分に対してネガティブな感情を持っているのはわかるものです。
自閉症の人で「言葉があるから」「知的に遅れがないから」と言って、私たちと同じ感覚で会話をすることにも注意が必要です。
もちろん、すべての会話、言葉を気にする必要はありませんが、彼らが持つディスコミュニケーションという悲しみに敏感でいる必要があると思います。
「〇〇しませんか」というようなフレーズは丁寧な言葉で、社会的なコミュニケーションの一つになっていますが、「〇〇しません」のあとに「か」がつく構文は誤解を招く言葉でもあります。
「コーヒーを飲みませんか」は、「コーヒーを飲まない」=否定で、そこに「か」で疑問が入ります。
中には飲むのか、飲まないのか、飲んでいいのか、飲んだらダメなのか、頭がこんがらがる人もいます。
だからそういった情報処理の傾向を感じたら、「コーヒーを飲みませんか」ではなく、「コーヒーを飲もう」が親切な言葉のチョイスになるのです。
言葉がわかるから言葉で傷つく。
言葉が話せるから言葉で傷つく。
そういった体験の積み重ねが、反射的に出てしまう「はい」という言葉に繋がっていると思います。
だから子どもが「はい」と言ったら、ちょっと立ち止まってほしいです。
この子の「はい」は素直な気持ちからの「はい」なのかどうか。
自閉っ子たちの言葉を大切にすることが、自閉っ子その子自身を大切にすることになると私は考えています。
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