【No.1502】行動療法に対する3つのツッコみ
行動療法っていうのがある。
簡単に言えば、学習によって行動を変える、または新しい行動を覚える、身につける。
望ましい行動をしたらご褒美をあげて、やめてほしい行動をしたら罰を与えたりするのは、その手段の部分。
細かいテクニックはいろいろあるけど、結局、学習させるってこと。
支援、療育の世界では今もなお、広く行われている療法です。
で、ツッコみどころとしては大きく3つあると思っています。
望ましい行動の“望ましい”って誰が決めるもの?
本人にとっては意味があるし、必要があるからその行動をしているんだよね。
それは本人にとっての「望ましい行動」
だけど、周囲や他者にとっては望ましくないから、またはその場に即した望ましい行動ができないから、「じゃあ、いっちょ教えましょうか」となる。
ハッタツの世界で行われている行動療法の基本は本人が学びたいもの、身に付けたいものじゃなくて、周囲が、他人が身に付けさせたいもの。
もちろん、その行動を身に付けることによって、周囲との関係が良好になったり、活動の幅ができることもあるでしょうが、「そんなことを一生懸命教えられても、はた迷惑」ってことも多いと感じる。
行動療法をしても、「なかなか行動が身につかない」「修正できない」と親御さんや支援者が嘆いている姿を見るたびに、「そりゃあ、そもそものモチベーションがないから」と思ってしまう。
次のツッコみは、発達障害特有の問題と通じています。
脳は階層になっていて、進化の過程でいう「魚類の脳」「爬虫類の脳」の上に「哺乳類の脳」が被さり、表層の部分に「人間の脳」があって覆われている。
発達障害の人は土台となる脳の階層に遅れやヌケがあって、その上に乗っかっている脳の発達に問題が生じている場合があります。
また脳神経同士をつなげるネットワークに不具合が生じて、つながるべきところがつながっていない、つながってほしいところがつながらず間が跳んでしまっているという場合もあります。
くどくど説明したらわかりづらくなりますが、一言でいえば神経ネットワークの「途中がない、抜けている」ってこと。
つまり、発達障害特有の問題とは途中の神経発達が抜けちゃっているから、人間の脳、大脳皮質で理解するしかないってことが多くあるんですね。
なんだか体感ではわからないけど、頭で、知識としてわかっている状態。
その場の空気を読むことはできないけど、「こういった場面では、こうしたらいいだろう」とマニュアル的にふるまう、のがイメージしやすい例になると思います。
頭でっかちになるのは、間の脳とのつながりができていないからともいえますね。
行動療法で望ましい行動を教える。
で、本人は身に付け、その行動ができるようになる。
でも本質的な理解、実感を伴わない表面的な“ものまね”になっちゃうことがあるから結局、応用が利かないし、現実的な生活の場面ではできない、失敗する、という問題があります。
そして最後は、行動療法が行動の学習である限り、学習障害がある子、学習する能力自体に問題や遅れがある子にはやるのが難しいってこと。
学習障害がある子や重い知的障害がある子は、他者が用意した行動を教えようとしても、その意味、手順を理解することが難しく、集中や記憶、そもそも学習に対するモチベーションが低いため、なかなか身に付けることができません。
こういう学習能力に制限がある子こそ、本人の意欲、内面の“心地よい”、資質や興味関心に合わせたものが必要なんですが、最初のツッコみでお話した「誰の“望ましい”行動」問題があるので、学習して身に付けること自体、難しくなりますね。
行動療法はこれら3つの問題があるため、お勉強としては理論がわかりやすくて優秀ですが、現実場面ではほとんど効果が得られていないのが実態だと感じます。
あくまで支援者側、教師側に立った療法ということなのでしょう。
マニュアル化することでやっとのこと支援ができる人のための療法(笑)
本人の視点に立った、本人のための行動療法にするには、当事者の内面の声、身体的な不具合を知り、考慮できることが必要になるでしょう。
▶発達相談の内容・お問い合わせはこちら
▶Instagramのフォローはこちら
▶花風社さん主催『夏祭り講演会』アーカイブ視聴のお申込みはこちら

コメント
コメントを投稿