【No.1507】場所によって表出の仕方が違う
「保育園や学校では落ち着いているけど、家に帰ると暴れる」って話はよく聞きますね。
反対の「保育園や学校で暴れて、家に帰ると落ち着く」というのはまあ、学校で暴れる子は家でも手に負えないというケースが一般的だからね、比べると少ないけどあることにはあります。
その昔は、「自閉症は環境の変化が苦手だから」と説明されてて、家から学校、学校から家といった変化は本人にとって大きなストレスなんだろう、と言われていました。
で、ちょっと時代が進むと、今度は感覚過敏がメインになることが多くなって、「学校は刺激が多いから」「掲示物が多いのかもしれない」「蛍光灯がー」「子どもの声がー」「机を動かす音がー」となった。
「じゃあ、家よりも刺激が多い学校で落ち着いて、家に帰って暴れるのはどうして?」という疑問には、「学校で我慢した分、家で爆発するんだろう」と解釈する人が多かったですね。
あとは「学校は支援が充実していて刺激が制限、整理されているから」という家庭ディスりをする場合もあった。
今はどんな捉え方、解釈がされることが多いのだろう。
その環境に原因があって暴れる場合と、ストレスを発散できる場所だから暴れる場合と、どっちもあるんじゃないかな。
その環境の問題には、苦手な刺激がある、過剰な刺激がある、嫌な人がいる、嫌な記憶がある、嫌な活動がある、というのが考えられる。
あとはその場が楽しくて、その環境が嬉しすぎて「暴れちゃう」という場合もあるね。
興奮もストレスになっちゃうし、その興奮、感情の高ぶりをうまく制御できない、それは神経伝達物質とか、自律神経とかの問題として生じる話です。
あと主に家に帰ると暴れる話なんだけど、その理由はやっぱり外で我慢してきた分を一気に吐き出しているという面が強いと思うな。
施設で働いていたとき、結構、こんな子ども達いたもんね。
寮の玄関で靴を履き替えたら自分の居室に直行して、布団被ってワンワン泣いたり、押し入れの中にこもって大きな声を出したり。
寮に帰ってきた途端、自傷を始める子も何人もいたね。
きっと学校で相当我慢してきたんだろう、嫌なことがあったんだろう、と思ってた。
それは専門家、支援者の自分というよりも、素人、人間としての私が感じたことだけど。
そういう子たちは5分とか、10分とか泣いたら、自分で出てきてスケジュールを進めてました。
切り替えの時間の長さから、今日の辛さがどのくらいだったかを把握したこともあったし、時間が短くなるにつれ、「切り替えが上手になった」と解釈したこともあったね。
安心して爆発できる環境があるっていうのも、大事なことかもしれない。
こういった場所、場面によって表出の仕方が違うというのは、その子の性質、特性というよりも、それがベースにはあるかもしれないけど、関係がそうさせていると考えるほうが適切です。
学校との関係、先生との関係、友達との関係…。
その関係の中で築かれたもの、作られたもの、そしてその関係の中でどうにか対処しようとした形が暴れるだったり、声を上げるだったり、その場から脱走だったりするんですね。
神経は終生、「よりよく」と「改善」に向けて成長し続けます。
その神経の発達に遅れやヌケがある人達、つまり、神経発達症の人達は常によりよく生きたいという想いが人一番強いですから、どんな関係の中でもよりよく生きるために行動し続けます。
それがネガティブなモノに対する対処行動の場合もあります。
ですから、関係が変われば、関係がなくなれば、「その行動はしない」というのは自然な反応なのです。
私達が行う援助の方向性としては、関係の改善を図ることと、本人なりの試行錯誤の結果ではあるものの不適切な形態の場合があるので、「もうちょっとよい工夫があるかもね」とより上手い対処法を本人が考え出すことに対する援助になりますね。
一方で、一貫して「子どもの声に過敏に反応する」「指示されると拒絶する」「身体をじっとし続けることが難しい」「どんな物も場所が変わると混乱する」という様子がみられる。
場所や人が関係なく、同じ反応が出続けるということは本人の性質、特性といった純な部分の話といえるでしょう。
関係性に関係なくみられるのなら、アプローチするのは関係の改善ではなく、本人側の改善が主になると思いますね。
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