【No.1356】アセスメントと聞いてイメージするのは?

みなさんは「アセスメント」と聞いて、どういったものを頭に浮かべるでしょうか?
それは知能検査のようなものでしょうか。
はたまた「できる」「できない」「芽生え」というような様々な技能の達成状態を確認するものでしょうか。
あとは視覚優位、聴覚優位といった脳の使い方や、得意不得意の機能を見て、認知機能のバランスを確認するものでしょうか。
「寝返りは5,6か月」といった定型の運動発達がクリアできているかを調べるのもあると思います。


私も発達相談の内容を説明する際、「アセスメント」という言葉を使っていました。
すると中には、大久保が訪問して検査をすると捉えられる親御さんがいます。
そして私が子どもさんが遊んでいる様子を見ながら、ときに一緒に遊んだり、会話をしたり、おやつを食べたりしながらアセスメントをしているのを見てビックリされることがあるのです。
それは無理もありませんよね。
だって、世の中、とくにギョーカイの言うアセスメントって検査のことだから。
検査シートがあって、それをチェックしていくタイプ。
または検査道具を使って、「はい、やってみて」といってパスできるかを確認するタイプですから。


別にそういった検査ができないわけではないです(笑)
一応、バリバリギョーカイにいましたし、結構、研修受けたり、資格を取ったり、それなりには勉強していましたから。
だけれども、なぜ、そういった検査みたいなアセスメントをしないかと言えば、それ(検査結果やシート)見せられても、「じゃあ、今日から何をやろうか、育てようかってアイディアが出てこないから」が理由です。
「あなたの子は、視覚優位です、キリッ」って言われても、じゃあ、身体の使い方が不器用で、座位も保てないのはどうしたらよいの?っていうのには答えられていない。
正しい椅子の座り方を絵に描いて、教室の机に貼っておけば、ちゃんと座ってられるようになるの??
「言語性IQが高いけれども、ワーキングメモリーが標準値以下で低くなっていますね、キリッ」で、どうやって人間関係を育てていけばよいかってわかりますかね。
「歩き始めが1歳6か月と遅かったですね」と言われても、言葉の発達の後押しのアイディアは浮かんでこない。


親御さんが欲しいのは、「だから、どうやって育てていけばいいの?」っていう方法の部分でしょ。
いつも一緒にいる親御さんが「あなたの子は、ボタンがうまくはめられませんね」と言われても、「そんなの知ってるはボケ」となる(笑)
できない姿を見て、できないから予約を取り、電車を乗り継ぎ、小さい子の手を引いて専門機関を訪ねる。
で、できないとわかっていることを「やっぱりできませんね」と書面にしてもらう。
そしてまた傷つく。
まあ、公的な支援や教育を受ける場合には必要な書類になるのでしょうが、子どもさん自身の発達、成長にはほぼ必要なし。
施設職員時代、たくさん検査してアセスメントした資料を作ったけれども、学校で開かれることはありませんでしたね。
中には「施設職員がやったアセスメントは学校では使わない」と言って捨てられたこともありました(遠い目)。
国立の支援学校で補助をやっていたときも、ほこりをかぶった個人のファイルが棚に並んでいましたね~。


なぜ、アセスメントをするかと言えば、その子がよりよく成長できたり、今の生活が楽になったり、課題が解決できたりするためですね。
親御さんでいえば、日々の子育ての中で発達の後押しができる、そんなアセスメントが欲しいわけです。
なので、私が行うアセスメントは、かなり多岐にわたっています。
実際の子どもさんの様子はもちろんのこと、成育歴やどんな先生、支援者、支援&療育を受けてきたのか。
当然、どこで生まれて、どんな家で過ごしたのかも確認しますし、だいたい約束の時間前に着くようにして周りの環境のアセスメントをします。
事前にその地域の特産や産業、歴史を調べておくことも大事です。
そして子どもさんのアセスメントだけではなく、親御さん、ごきょうだい、祖父母の世代についての確認もポイントになります。


とにかくあらゆる方面からアセスメントするのは、課題の根っこを確認するためです。
「なにができないのか」「どこが遅れているのか」よりも、「なぜ、できないのか」「なぜ、遅れているのか」のほうが大事でしょ。
そして家庭や家族全体をアセスメントすることにより、子どもさんがよりよく育っていく環境を提案することができます。
勘違いされている親御さんも多いのですが、なにかできないことがあって、それができるようになったらおしまい、ということではありませんね。
子どもの視点に立ち、子どもさんの望みを考えれば、大事なのは継続的に発達、成長していけることだと思います。


前頭葉の発達を考えれば、胎児期から25歳までが生きる土台を作るための発達期になります。
その発達期をよりよいものへと整えていくことが、真の目的ではないでしょうか。
私も目の前の課題解決だけのために仕事はしていないつもりです。
今の課題だけクリアできれば良いのなら、ご褒美で釣ったり、罰を与えたり、精神科薬を飲ませたり、身体拘束をしたり、全部支援者が介護してあげたり、人里離れた施設に入所させたりするのと一緒でしょ。
対症療法がお望みなら、地域の支援事業所を利用すればよいのです。


実は支援者さんが「陪席したい」というので、一緒についてきてもらい、私の実際の発達相談を見てもらったんですね。
それで「大久保さんのアセスメントは違う」と感想をもらったのです。
いつも一人で仕事をしていますので、このアセスメントが普通だと思っていましたが、そういえば一般のアセスメントのイメージ、内容とは違うよなって、改めて気づきました。
なにか手垢のつきすぎた「アセスメント」に替わる言葉を考えなければなりませんね。
でも、私しかしないので、別に必要ないっか(笑)




コメント

このブログの人気の投稿

【No.1358】体軸が育つ前の子と、育った後の子

【No.1364】『療育整体』を読んで

【No.1370】それを対症療法にするか、根本療法にするかは、受け手側の問題