【No.1355】「神経発達症」に変わって10年

「脳の機能障害」から「神経発達症」に定義が変わり、今年で10年になる。
いまだに「脳の機能障害」と言い張る人もいるが、それは不勉強なのか、利権を守るためなのか、どちらかでしょう。
とにかくそれまでは支援一辺倒で、(本人や特性は変わらないので)「周りが理解する!」方向ばかりから「育てよう!」「発達を促そう!」という方向へと変わったのは良かったと思います。


一方で課題というか、懸念されることも多くなってきました。
神経発達症に認識が変わって10年ということは、今の赤ちゃん、幼児さん、小学生の子ども達の親御さんは、最初から「神経発達症」だったわけです。
なので、「支援の仕方を知りたい」「地域に理解の輪を広げたい」と考えるよりも、「どうやって育てたらよいの?」という考えが中心。
つまり、「やりようによっては(子が、症状が)変わる」という前提で子育てをされている。
だからこそ、私が感じるのは、「なんでもかんでも、変わるものって思いすぎていませんか」ということなんです。


発達障害は神経の発達にかかわる問題です。
神経は生まれたあと、刺激によって変化しますので、環境側の働きかけや本人の行動によって変わりますし、改善することができます。
しかし、発達に遅れがある子がみんな、神経の発達の問題ではありませんね。
子どもはただでも最も神経発達が盛んな時期を過ごしていて、日々変化し、ある意味、不安定な存在です。
それは発達的にも、感情的にも、外面も、内面も。
ですから、今感じている発達の遅れは、一時的な可能性もあるし、そういったゆっくり育つパターンだったり、遺伝的な表れだったり、たまたまそう見えているだけということもあるし、そう見たいという場合もある。
園や学校で手に負えない子は、よく「発達障害」と言われる。
だけれども、単純に授業がつまらないだけで、正常な子供の反応ということもあります。
いくら毎日ハイハイをやっても、先生の教え方は変えられない(笑)


ここからは私の反省点でもあるのですが、「発達のヌケ」というお話。
結論から言っちゃえば、発達のヌケを育てなおしても、治らない子はいます。
ハイハイを抜かした子に、ある一定期間、ハイハイをもう一度、やり直しさせたら、発達障害が治るかと言えば、そういう子もいるし、そうじゃない子もいる。
私の中では当然だと思っていて、あくまで前提として「(運動発達を抜かしたことが、その後の発達全般に影響を与え、発達が遅れてしまっている可能性が高い子は)ヌケを育てなおすと治っていく」という意味でした。


以前はアイディアの一つとして発達相談でも聞いてくださっていたように感じますが、この頃、なんか身体アプローチ万能説みたいな感じで相談に来られる親御さんが増えたので、こういった言動を振り返り、私自身、反省していたところです。
そういえば、途中から神経発達症になった親御さんと、最初から神経発達症で「変えられる」が前提になっている親御さんでは捉え方の違いがあって当然ですね。
私がそこに気づいていなかったのが問題でした。


神経発達症になったからといって、神経発達にアプローチすれば全員、普通の子になるわけではありません。
発達に遅れがある子の多くは、胎児期から2歳前後の言葉を獲得する前の段階に発達のヌケがあるのはそうだと思うし、育てなおし以降、ガラッと変わる子が多いのでその可能性が高いと考えられます。
でも、でも、みんな、発達のヌケが発達の遅れの原因とはいえません。
乱暴なたとえになってしまいますが

運動発達のヌケで発達に遅れが出ている子と
脳や身体的なダメージや課題をもっているため発達に遅れが出ている子と
代々発達がゆっくりで発達が遅れている子と
精神的な状態が影響して発達が遅れている子

では、アプローチと予後がまったく異なります。
もちろん、その子自体はなくても、生活する環境側の影響によって発達が遅れる子もいます。
そこを全部取っ払って、とにかく「身体アプローチ」「とにかく発達のヌケを育てなおせばいいんだ」ではありませんね。


「発達障害が治る」というのは、「いや、絶対治らないんだ。生まれつきの障害なんだ」と言って(主にギョーカイが)障害者を利権にしていた時代があったからですね。
神経発達の問題だとわかったんだし、実際、生まれつきで治らないといわれていた子ども達が大人になり、普通の生活を送っている人たちが増えてきました。
いくら論文や権威が言おうとも、現実には敵わない。
そんな中で生まれ、共感を得た考えが「発達のヌケ」だったり、「育てなおし」だったり、「身体アプローチ」だったり。
でも、これって子どもをよりよく育てるためのアイディアの1つに過ぎないのです。


大事なのは、目の前にいる子がより生きやすく、より自由で、より自立的な人生が送っていけること。
その後押しをするのが大人たちの役目であって、それが達成できるのならどんな方法でもよいのです。
私が学生時代は支援を極めようとする親御さんが多かった印象ですが、今は治る方法を極めようとする親御さん達が多いような気がします。
今の親御さんはわからないかもしれませんが、「TEACCH」が「身体アプローチ」に変わっただけでは悲しいのです。
私がやりたいのは治すことではなく、その子が伸び伸びと学び成長していけること、心地よいを感じながら生活できること、「ああ、幸せだな」と思える子ども時代を過ごしてもらうこと。
その先に自由で、主体的な一人ひとりの人生があるのだと思っています。
子ども達は治るために子ども時代の今日一日を過ごしているわけではありませんし、治るために生まれてきたわけではないのですから。




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