「ロボットみたいな支援」の意図

構造化された支援を「ロボットみたいな支援」と表現する人がいる。
確かに、カードを手に持ち、目的地まで行く姿。
言葉ではなく、カードや物を手渡すことで、相手に要求を伝えている姿。
衝立に囲まれた中で、活動する姿。
人と人との交流が少なく見えるそのような姿に、ロボットのような支援と感じてしまう気持ちもわからなくない。

予期せぬことに対し、不安を感じやすい自閉症の人たちは、構造化された支援によって、これから起こることを理解し、安心して学習に取り組むことができる。
周囲の刺激に対し、影響を受けやすい自閉症の人たちは、構造化された支援によって、余計な刺激に注意を奪われることがなく、目的の活動に集中することができる。

もし、構造化された支援がなければ、自閉症の人たちは刺激に翻弄され、不安の中で学ぶことになる。
集中して学習するには、常に支援者の手助けや指示を受けなくてはならなくなる。
つまり、構造化された支援は、自閉症の人たちが主体的に学習することを助け、学習の効果を高めるという意図がある。

このような意図を知らない人が見れば、「ロボットのような支援」と感じてしまうのも無理がない。
支援者は、どうして構造化された支援が自閉症の人たちに必要かを説明できなくてはならない。
見ただけの印象で構造化された支援が敬遠されるなら、自閉症の人たちにとって、これ以上マイナスなことはない。

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