今日は、もう少し触覚、触れるということについて書こうと思います。 最近書いたブログの 【No.1015】 と 【No.1022】 がそういった内容で、それを見た方から質問や相談が続きました。 答えているうちに、「ここも書いておいた方が良いな」と思うところがありましたので、これから記していきます。 幼児さんの中には、まあ、小学生くらいのお子さんでも、「土が触れない」「手が汚れるのを嫌がる」なんてことがあります。 そういった様子を見たり、相談があったりすると、支援者はすぐに「触覚過敏」という言葉を使いたがるものです。 「それは触覚過敏ですね」 「ASDの子に多く見られる特性です」 「無理して慣れさせようとすると、却って過敏が強くなりますよ」 とお決まりのパターンがあり、最後には「トラウマが」「二次障害が」と続き、結局、全面的に受け入れるしかないよね~という話で終わります。 確かに、触覚過敏というお子さんもいると思いますよ。 でも、土に触れないだけ、触れたがらないだけで、触覚過敏は乱暴すぎですよね。 というか、たぶん、その人は、ヒトの発達をご存じない。 どうやって、子どもが発達していくか。 この場合で言えば、どういった発達過程を辿り、触覚を育てていくかが分かっていないのでしょう。 触覚が胎児期前期に、そして最初に働き始める感覚だという話は、前回の内容。 今回は、生まれたあとの触覚の育ちです。 触覚というのは、何のために、存在するのでしょうか。 そこが、「すべて触覚過敏では乱暴ですね」という話とつながります。 結論から言えば、触覚とは、危険を察知するための感覚です。 原始的な動物は、危険から身を守るために、触覚、触れるという活動を獲得し、発達させたのだと思います。 ということは、やはりヒトにおいても、最初の発達過程は、危険の察知の段階だといえますね。 土に触れるのを嫌がるのも、手が汚れるのを嫌がるのも、触れること自体に怖さがあるというのも、実は正常な発達なんですね。 「これって何だろう?」「危険かな、大丈夫かな」というのを探索しているのです。 この発達過程をやり切ると、触れるという行為に不安や怖がるといった感情を伴わなくなります。 つまり、次の発達過程に進んだという表れ。 動物は、危険を察知するために...
コメント
コメントを投稿