【No.1430】10年前のブログ
昨日の浅見さんからのメッセージにお返事を書いている途中に思い出したのがこのブログ。
記事を上げた日付を見ると、2015年12月21日。
だいたい10年前ですね(いま、読み返しても古さを感じない 自画自賛)。
てらっこ塾を起ち上げたときも、「10年早いんじゃない?民間の療育、支援、相談サービスは」と言われたっけ。
でも、新しい仕事って時代のちょっと先を行かなきゃならないから、というか、「公的なサービスで満足できない人が出てくる」というのが見えていたから、「大丈夫です。きっとニーズはあります」って答えました。
10年前のブログにも書いていた通りになったでしょ。
福祉業界に外国人労働者の波が。
いま、教員の成手もいないから、きっと外国人の先生も生まれてくるんじゃないかな。
もちろん、最初は支援学校、支援学級。
今の学校補助員みたいな感じで入ってくると思いますよ。
まあ、10年後になるかもしれないけど(笑)
私は幸運にも浅見さんをはじめとする時代を先取り、いや、時代を作っていく人たちとご縁をもらうことができました。
ハッタツの世界に入ってからお金には縁がなかったけど、人の縁には恵まれたと思っています。
そういったステキな方たちとは
「日本はどんどん貧しい国になる」
「ボーダレスの世界になり、外国人と競争しなければならなくなる」
「子どもを大切にしない国だからこそ、子どもの育ちをサポートしなければならない」
「今の特別支援、福祉の形態は続かない」
「治らないことが前提の教育、福祉に預けては育つものも育たない」
「制度は変わるんだから、制度や社会、時代に左右されないように自ら治す」
というようなことをもう10年以上前から共有していました。
一言でいえば、皆さんと一緒に「治すことの必要性と治ることの可能性を信じ、行動してきた」のです。
10年前のこのブログの読者、相談者のお子さん達は、もう成人した人もいることでしょう。
ですから今はもう繋がっていないかもしれません。
あのとき、脳波を詳細にとり、AIに解析してもらいながら治療を行っていく未来は想像できませんでした。
でも、子ども達が大人になって自由を謳歌できる人生を歩むには、社会の理解や支援よりも、治しやすいところから治していく、我が子を助けられるのは家族なんだ、ということは伝わっていたと思います。
だからいま、私が関わってきた”元発達障害児”の若者たちは社会の中で自由を謳歌できているのです。
専門的な支援があるから治るんじゃない、自立できるんじゃない。
治そうと思い、行動した本人と家族がいるから自立した生活が送れているのです。
発達援助のアプローチはこれからも更新されていくでしょうが、「自ら行動し、我が子のために、我が子のよりよい育ちと未来のために行動するご家族をサポートする」は変わらないと思います。
今の子ども達が大人になる10年後の未来に向かって一緒に頑張っていきましょう。

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