【No.1207】予防と根本治癒

平日の午前中、仕事の合間に本を読んでいる自分に気がつく。
もし私が「会社勤めをしていたら」「あのまま施設職員として生きていたら」、こんな日々は送っていないと思います。
私は起業前から「自分が好きな仕事を作る!」「心からしたい仕事のみを行う!」という決意をもって始めていますので、直接お会いする発達相談もそうですし、日々の研鑽のために読む本や研修も仕事という雰囲気がなく、愉しいという心持ちです。
ですから、他の人達が思いっきりできない分、私が勉強に励み、それを親御さん達や社会に還元していくことが役割だと捉えているわけです。


今度、出版される書籍『ポストコロナの発達援助論』の原稿の中に、今まで蓄積してきた情報を出しきったという感覚があります。
ですから、原稿提出が終わってからは無性に今までとは異なる情報を自分の中に入れたくて、本をむさぼるように読み続けています。
書店に行くたびに、本を購入し、せっかく年末で片づけた部屋の床の上にタワーができてしまうくらいです。


今は農業についての勉強をしています。
次の職探しの意味もありますが(笑)、ある農家さんの話が衝撃だったことがきっかけです。
日本の農業はかつて人や動物が出した糞尿を土に撒き、肥料として使っていました。
しかし、今はそれができなくなったそうです。
何故なら、ある地域で行政が家庭のトイレからの排泄物を集め、農家さんに売り、土に撒くということを推進していたところ、撒いた土地では農作物が育たなくなったのです。
その理由を調べたところ、大量の化学物質が検出され、土の菌や微生物などが死滅していたことがわかりました。
つまり、そういったものが人から排出されたということは、それだけ危険なものを私達は日頃食べ続けているという意味でもあります。


有機栽培とは異なり、まったく肥料も、農薬も使っていない農作物を作っている農家さんがいるので、早速、注文してみました。
届いたミカンは、緑色のまだら模様があり、大きさも、皮の固さもバラバラでした。
そして食べてみると、懐かしい酸っぱさが口の中に広がりました。
今は甘いミカンに慣れてしまっているけれども、子どもの頃のミカンはこんな感じだったな、なんて記憶が蘇る。
色がきれいで、形も一緒。
食べれば、どれも美味しい果物たち、そして年中食べられる野菜たち。
私達消費者のニーズが、「自分たちが食べる分と出荷する分は別のモノ」というような農業を作ってしまったのでしょう。


プライベートでお世話になっている人がこんなことを言っていました。
「子ども達を見ていたら、おかしい(大声を出す、急にキレる、目が合わない、言葉の遅れなど)と感じる子が増えた」
「自分の友達や知り合いの子が”診断を受けた”という話を、今年になって何回も聞いた」と。
知り合いの保育士さんからも同じような話を聞いていたので、コロナ禍を機に子ども達の発達の問題が噴出しているような感じがします。
過剰な感染対策や当たり前の発達の機会が奪われたこと、家で過ごすことが多くなりメディア視聴も増えた影響もあるでしょう。
そして私が今勉強している食べものの影響も。


相変わらず1歳代の子ども達にも診断がつけられています。
ちょっとでも発達に遅れがあれば、すぐに診断が付く時代です。
普通級にいた子だって、なにか問題があれば、すぐに「一度、専門の病院に」「支援級に転籍は」などと言われてしまいます。
理由や背景は問わず、本人以外の主観が障害を決めてしまうことが往々にして起きるのです。
コロナ禍によって、子どもの発達を歪ませる要因がググッと増えました。


コロナ禍という要因が増え、診断はコロナ前と変わらずガバガバ。
で、どんどん発達障害という診断を受ける子が増える一方です。
「診断は一瞬」だけれども、「治る」には時間がかかる。
第三者から見て「発達が遅れてるな」と気づくということは、本人の内側ではそれ以前の何年もの間、不具合が生じ続けていたということです。
だから、長年の蓄積の結果を整えていくには、同じくらいか、それ以上のときがかかるのです。


根気よく我が子が治るまで後押しし続けられる親御さんは心配ありません。
しかし、こういった親御さんは少数派です。
そして発達障害の引き金になる環境要因は増えるばかり。
今、私は基本的に発達の遅れが確認できたあとの子ども達、ご家庭への援助を行っていますが、なったあとの援助だけでは社会全体としてはもうどうにもならない状態まできていると感じています。
ですから、何年も前から考えていることですが、なったあとではなく、なる前からの援助が大事なのです。
その一つとして、私達が口にしている食べ物がどのように作られ、どんな課題があり、どこが発達障害と繋がっているかを学んでいるところです。


今は私も子育て世代なので、家庭訪問、家庭支援はまだいけると思います。
しかし、あと10年くらいすると、相談される親御さん達とは年齢が開いてしまい、今のような形態での仕事は難しくなるはずです。
今はざっくばらんに話せていますが、若い親御さんからしたら自分よりもグッと年齢の高いおじさんが家にやってくるのは嫌でしょう。
だから、自分のオジ度を勘案しながら、徐々に発達障害の予防のほうに仕事をシフトしていきたいと考えています。
どういった仕事になるかはまだわかりませんが、そのときの準備のためにも、そして今、ご相談がある子ども達が根本から治っていくためにも、何がその子の発達に影響を及ぼしたのか、根っこの部分を一人ひとり読みとれるだけの力を養っていきたいです。
そう考えると、やはり私はアセスメントが生きる道ですね。
他の素晴らしい実践家の方たちのような技術は持ち併せていませんので、見立てを磨き、また親御さんに伝える技術を向上させていかなければならないと思いました。
キーワードは「見立て」「伝える(教える)」「予防」「根本治癒」


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12月3日より出版元である花風社さんで新刊の予約の受けつけが始まりました。
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前著『医者が教えてくれない発達障害の治り方①親心に自信を持とう!』もどうぞよろしくお願い致します(花風社さんのHPからご購入いただけます)。全国の書店でも購入できます!




コメント

  1. とても納得しました。実感できる言葉が、人を動かす言葉だと思います。人が生き物として生きていることを忘れてはいけないと、常々意識しながら発達支援をしてきましたが、言葉にしてもらえるとわかる人が、増えると思います。ありがとうございました。

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    1. コメントを頂き、ありがとうございました。
      発達障害の子ども達は他の星からやってきたのではありません。
      私達の生活、環境の中で、不具合が生じた人のことを今は「発達障害」という言葉で表現しているのだと思います。
      ですから、ヒトとしての生き方、環境、育ちを見直すことが大事ですね。
      伝えるための「言葉」は、私の職業人としてのテーマでもありますので、そこのところを指摘して頂き、嬉しかったです!
      これからも表現や言葉を磨いていきたいと思います。

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