【No.1209】『言葉のない子と、明日を探したころ』を読んで

今から16年前の2005年の12月。
私が大学を出て、福祉施設で働き始めた年の暮れにあたります。
新卒一年目はその激務に慣れるだけで精いっぱいで、休日は泥のように眠り続けていました。
ですから、書店に行く回数も少なかったんだと思います。


そのときの私が、この本を読んでいれば、きっと当事者である英司さんが子ども時代を振り返り、コメントするところに意識が向いていたことでしょう。
お母さんからしたら、我が子の言動の意味がわからず、まさに暗中模索、四苦八苦して子育てをされてきた当時の意味を、成長された英司さんがそのときの心のうちを丁寧に解説されています。
たぶん、駆け出しの施設職員だった私は、「自閉症の人はこのように世界を捉えているんだ」という理解を深めるための一冊になっていたと思います。


しかし今は2021年。
しかも、もとになった手記は、1982年に出版されたものです(1982年は私が生まれた年!)。
そのときは既に養護学校の高等部生になっていた英司さん。
ですから実際の子ども時代、行動が落ち着かず大変だった頃はさらに10年以上前になりますので、物語の舞台は1970年代です。
今から50年ほど前に、当然、今のような理解も、知識も、資源もない中、重度の自閉症の子の子育てを懸命に行い、そして働く大人として社会に送り出した親御さんの姿に、私の意識は向けられました。


この本には、お母様の姿勢には「子どもをよく見る」ということがどういうことなのか、気づかせてもらえると思います。
2000年を過ぎた頃より、自閉症、発達障害に関する理解啓発活動が盛んになりましたが、そういったことのほとんどが薄っぺらく、表面的な理解に終始しているのがわかります。
自閉症の特性、三つ組がどうだとか、視覚優位だとか、こだわりがどうだとか、そんなものは理解したことになりません。
英司さんのお母様は、英司さんの内面、内側の世界を知ろうとされていた。
そしてそこに気がついたとき、「じゃあ、そのままやらせてみよう」「別の代替手段を試してみよう」「ここに注目できるのなら、こんな活動をすれば、成長に繋がるのではないか」という子育てのアイディアを生み、実際に行動されました。
確かに自閉症の子のことが書かれているのに、自閉症の特性などの記述は出てきません。
つまり、お母様が自閉症児ではなく、英司さんという我が子として見て、子育てをしてきた表れだと思います。


自閉症や発達障害に関する知識、情報をたくさん取り入れることが、理解することだと勘違いされている親御さんは少なくないように感じます。
私のところにも、自閉症の勉強の先に私の発達相談、援助を受けたいという方もいらっしゃいます。
しかし、自閉症という視点から、知識から、子どもさんを見ている限り、子育ても、必要な発達援助もできないでしょう。
そういった親御さんには、まず始めに「自閉症という言葉を使わず、お子さんのことを離してください」とお願いします。
そうすると、多くの親御さんは言葉に詰まるのです。
自閉症の知識、情報はたくさん持っているのに、我が子の情報を持っていない。
自閉症や障害という言葉を使わず、我が子のことを説明できない。


学校の先生でも、支援者でも、専門家でも、自閉症や専門用語を使わないで説明ができる人ほど、ちゃんと子どものことを見て、また適切な発達援助ができるものです。
自閉症マニア、療育マニアには、子どもの発達を促すことはできません。
通り一辺倒な支援、療育を行うため、発達の芽を摘むことばかりです。
その子の持つ自閉症という特性は、何一つ、その子のことを説明できるものではありませんね。


今と異なり、1970年代は誤診はほぼゼロだったと想像します。
子ども時代の英司さんも自閉症で言えば、重度に当たるお子さんだったと思います。
しかし、そういった子ども時代を経て、企業に就職し、働き続け、お父様から引き継いだ土地に新築の家を建てたのです。
きっとお母様も、このような未来がやってくるとは思っていなかったと思います。
そして当然ですが、「6歳までに治らなきゃいけない」などとも考えていなかったはずです。
自立させるために治すのではなく、英司さんの内側を想像し、そこから試行錯誤しながら、一つずつ成長を後押ししていった結果、自立した人生になっていったのだと思います。


50年のときを経ても、親心に勝る発達援助、支援、療育は現れなかったことがわかります。
むしろ、何もないほうが、頼れるものが親の勘だけ、身体だけ、行動だけのほうが、子どもさんのことがよく見え、適切な後押しができるようにも感じました。
2021年の今、読んでも、この本の素晴らしさ、お母様の子育ての姿勢に多くのことを学ばせてもらえると思います。
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