そんなに良い方法と、エビデンスがあるというのなら、実際にやっておくんなまし
強度行動障害に対する支援について講演したり、指導したりする人の中で、どれくらいの人間が実際に支援したことがあるのでしょうかね。
私も、研修としてそういった類の講演会やワークショップに参加したことがありますが、「だったら、うちの施設に来て、同じことやってみればいいじゃん」「それで問題行動が収まり、安定するなら、是非やってみてくださいよ」と思うことばかりでした。
人が側を通っただけで、手足、噛みつきが出る人に対して、攻撃が出なかったら、おやつをあげる!?(いやいや、おやつを持っていくだけで、攻撃されるから)
壊せるものはすべて破壊する人に対して、構造化して刺激を減らす!?(いやいや、すでにモノは置けない状況で、部屋には何もないよ)
夜寝れなくて一晩中興奮状態の人に対して、寝る時間をスケジュールで提示する!?(いやいや、寝る時間が分からないんじゃなくて、寝れないことが問題だから)
コンサルテーションで有名支援者が来ることもありましたが、すべて教科書通りの机上の空論。
だって、実際に本人を見ないから、怖いからって。
ていうか、実際に指導しているところを見たことがない。
まあ、そんなもんです。
口では何とでも言えます。
だから、現場にいた職員はみんな、コンサルも、研修も、冷めまくっていました。
自分たち以上に、強度行動障害の人と関わっている人間がいない、って。
こういった経験をしてきましたので、私は実践できる人、結果を出せる人しか、信じません。
ね、エラソーに講演している人、資格を与える立場の人が、現場経験がなかったり、問題に対処できなかったりするんですから。
そんなに素晴らしい技法で、エビデンスがあるのなら、目の前の人で、その素晴らしさ、エビデンスを見せてくれって思うのです。
有名支援者の元で指導を受けている、発達障害専門医に定期的に通っている。
それで良くならないのなら、やり方が悪いか、その人に合っていないか、でしょ。
そんなところに通い続けるのは、別の方法、人を探すだけのエネルギーが脳みそ的にも、身体的にもない人だってこと。
つまり、子どもなら、そんなところに通わせ続けられること、より良い道を探してもらえないことが可哀想で仕方がない。
だって、自分の選択ではないから。
大人だったら、治らない支援者、事業所を頼るのは自己責任になる。
結果が出ないところに通うのは、趣味嗜好のレベル。
「何言ってるんだ、良くならないんじゃなくて、変わらないのが障害なんだ」と言う人もいますが、どうせ変わらないのに、通い続けている方が意味不明です。
結局、当事者の人なら自分を客観的に見る力や、身体の感覚が育っていなくて掴めていないだけ。
だから、結果や効果よりも、肩書やブランドで判断せざるを得ない。
親御さんなら、しっかり子どもを見ていない、その一言に尽きます。
良くならない、変わっていかない我が子を見て、「それが障害だから」と思えるのなら、親心を捨てたか、そう思い込もうと自分自身を騙し続けているのでしょう。
「うちの地域には、よい支援者、施設がない」
江戸時代で脱藩するわけじゃないんだから、ネットもあるし、それは別の選択肢を探すだけの力がない自分を隠すための言い訳。
強度行動障害の人へ支援について指導している人が、全国の施設や学校、家庭を巡って、片っ端から治していけばいいのです。
そしたら、全国からお金をかけて集まる必要もないし、資格の習得、更新に何万も、何十万も払わなくてもいいですね。
そんな伝わるかどうかわからない言葉や知識よりも、講師の先生方が全国を回って、その場で治していく方が、当事者、家族、施設共に救われます、でも、実際に治せたら、ですけれども。
私は、その人の肩書や所属よりも、その人が過去に何をしてきたか、そして今、どんなことをしているか、その行動のみを見て、判断するようにしています。
ですから、治せない医師、実践したところを見たことがない有名支援者よりも、子どもの発達のヌケを埋め、遅れを取り戻し、治している親御さんをリスペクトしますし、学ばせていただきたいと思っています。
肩書や権威が支援の質の保証にならないことは嫌と言うほど、見てきました。
でも、そういった経験だけではなく、自分にはそれに気づくだけの脳みその余裕と察する感覚が育っている。
逆に言えば、脳みそ、身体に余裕と育ちがなければ、肩書や権威などでしか判断できないのだと思います。
よく「トンデモだ」などと言う人がいますが、トンデモかどうかは、やってみないと実際はわからないのです。
やらずにそういった言葉が出てしまうというのは、「私には、新しい知見を試すだけの余裕がありません」と言っているようなもの。
だから、そんな人の意見は聞くだけ無駄。
やったことがないのに、その文字や情報だけで「トンデモ」と判断しちゃう人の方がトンデモ。
ちなみに私は、構造化も、ABAも、SSTも、勉強しましたし、研修も、トレーニングも受けて資格も持っています。
そうやって学び、トレーニングを受け、実践し続けてきたからこそ、今、言葉以前のアプローチがベストだと考えていますし、それを核に仕事をしています。
だって、実践し、成果を出すことが、支援者として唯一の存在意義なのですから。
私も、研修としてそういった類の講演会やワークショップに参加したことがありますが、「だったら、うちの施設に来て、同じことやってみればいいじゃん」「それで問題行動が収まり、安定するなら、是非やってみてくださいよ」と思うことばかりでした。
人が側を通っただけで、手足、噛みつきが出る人に対して、攻撃が出なかったら、おやつをあげる!?(いやいや、おやつを持っていくだけで、攻撃されるから)
壊せるものはすべて破壊する人に対して、構造化して刺激を減らす!?(いやいや、すでにモノは置けない状況で、部屋には何もないよ)
夜寝れなくて一晩中興奮状態の人に対して、寝る時間をスケジュールで提示する!?(いやいや、寝る時間が分からないんじゃなくて、寝れないことが問題だから)
コンサルテーションで有名支援者が来ることもありましたが、すべて教科書通りの机上の空論。
だって、実際に本人を見ないから、怖いからって。
ていうか、実際に指導しているところを見たことがない。
まあ、そんなもんです。
口では何とでも言えます。
だから、現場にいた職員はみんな、コンサルも、研修も、冷めまくっていました。
自分たち以上に、強度行動障害の人と関わっている人間がいない、って。
こういった経験をしてきましたので、私は実践できる人、結果を出せる人しか、信じません。
ね、エラソーに講演している人、資格を与える立場の人が、現場経験がなかったり、問題に対処できなかったりするんですから。
そんなに素晴らしい技法で、エビデンスがあるのなら、目の前の人で、その素晴らしさ、エビデンスを見せてくれって思うのです。
有名支援者の元で指導を受けている、発達障害専門医に定期的に通っている。
それで良くならないのなら、やり方が悪いか、その人に合っていないか、でしょ。
そんなところに通い続けるのは、別の方法、人を探すだけのエネルギーが脳みそ的にも、身体的にもない人だってこと。
つまり、子どもなら、そんなところに通わせ続けられること、より良い道を探してもらえないことが可哀想で仕方がない。
だって、自分の選択ではないから。
大人だったら、治らない支援者、事業所を頼るのは自己責任になる。
結果が出ないところに通うのは、趣味嗜好のレベル。
「何言ってるんだ、良くならないんじゃなくて、変わらないのが障害なんだ」と言う人もいますが、どうせ変わらないのに、通い続けている方が意味不明です。
結局、当事者の人なら自分を客観的に見る力や、身体の感覚が育っていなくて掴めていないだけ。
だから、結果や効果よりも、肩書やブランドで判断せざるを得ない。
親御さんなら、しっかり子どもを見ていない、その一言に尽きます。
良くならない、変わっていかない我が子を見て、「それが障害だから」と思えるのなら、親心を捨てたか、そう思い込もうと自分自身を騙し続けているのでしょう。
「うちの地域には、よい支援者、施設がない」
江戸時代で脱藩するわけじゃないんだから、ネットもあるし、それは別の選択肢を探すだけの力がない自分を隠すための言い訳。
強度行動障害の人へ支援について指導している人が、全国の施設や学校、家庭を巡って、片っ端から治していけばいいのです。
そしたら、全国からお金をかけて集まる必要もないし、資格の習得、更新に何万も、何十万も払わなくてもいいですね。
そんな伝わるかどうかわからない言葉や知識よりも、講師の先生方が全国を回って、その場で治していく方が、当事者、家族、施設共に救われます、でも、実際に治せたら、ですけれども。
私は、その人の肩書や所属よりも、その人が過去に何をしてきたか、そして今、どんなことをしているか、その行動のみを見て、判断するようにしています。
ですから、治せない医師、実践したところを見たことがない有名支援者よりも、子どもの発達のヌケを埋め、遅れを取り戻し、治している親御さんをリスペクトしますし、学ばせていただきたいと思っています。
肩書や権威が支援の質の保証にならないことは嫌と言うほど、見てきました。
でも、そういった経験だけではなく、自分にはそれに気づくだけの脳みその余裕と察する感覚が育っている。
逆に言えば、脳みそ、身体に余裕と育ちがなければ、肩書や権威などでしか判断できないのだと思います。
よく「トンデモだ」などと言う人がいますが、トンデモかどうかは、やってみないと実際はわからないのです。
やらずにそういった言葉が出てしまうというのは、「私には、新しい知見を試すだけの余裕がありません」と言っているようなもの。
だから、そんな人の意見は聞くだけ無駄。
やったことがないのに、その文字や情報だけで「トンデモ」と判断しちゃう人の方がトンデモ。
ちなみに私は、構造化も、ABAも、SSTも、勉強しましたし、研修も、トレーニングも受けて資格も持っています。
そうやって学び、トレーニングを受け、実践し続けてきたからこそ、今、言葉以前のアプローチがベストだと考えていますし、それを核に仕事をしています。
だって、実践し、成果を出すことが、支援者として唯一の存在意義なのですから。
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