子ども達の持つ発達する力を信じることから始める
先日の『カンブリア宮殿』では、インフルエンザの新薬が紹介されていました。
すでに耐性菌の話も出てはいますが、従来のタミフルと比べて効きがよく、しかも1回の服用のみで良いそうです。
この薬のおかげで、うなされる期間が短くなり、助かる人も大勢いるのだと思います。
こういった薬を研究し、世に送りだしている人達の努力の結晶が、私達の健康を後押ししているように感じます。
私は、親御さんに対して発達援助を説明する際、医療行為に例え、お伝えすることがあります。
たとえば、発熱があったとき、病院に行くとします。
そうすると、そこで問診や視診、触診などが行われ、「これは風邪だ」「インフルエンザが疑われる」「溶連菌だろう」と見たてが行われる。
そして、多くの場合、薬が処方され、「水分を小まめにとって、寝ていれば治ります」と助言がされます。
2,3日も安静にしていれば、自然と快方に向かい、元気になる。
じゃあ、この場合、治したのは医師なのでしょうか?
医師は、見たて、または検査を行い、原因を特定する。
薬を処方し、助言や注意事項を伝える。
でも、実際に病気を治したのは医師ではありません。
医師に病気を治す力はありません。
治したのは、他でもなく、自分自身。
自分の体内にある免疫細胞と自然治癒力の発露により、健康を取り戻したのです。
身体に傷ができたとき、その傷口を縫うことがあります。
人はぬいぐるみではありませんので、傷口を縫うのは、自然治癒力を発揮しやすいように後押しする行為だといえます。
傷口をくっつけるのは、自分の細胞です。
つまり、発達援助というのは、その子の内側にある自然治癒力、この場合で言えば、発達する力が発揮できるような後押しをすることです。
そのために、栄養面からサポートする、睡眠や生活を整える、伸び悩んでいる根っことなっている発達のヌケを育てる、学びやすい環境を準備する。
これらはすべて、子ども自身が持つ伸びる力を強めるための補助です。
いくら頑張っても、他人がその子の発達を行うことはできないのです。
親を含め、他人ができることは、上記のたとえに出てきた医師と同じです。
見立てと助言、技術転移です。
本当の医師には薬の処方もできます。
なので、子育てを行っていく中で、他人の力を借りる場合には、どの部分をサポートしてもらうか、という明確な意図が必要になります。
見たてなのか、助言なのか、技術転移なのか、薬なのか。
これは別の言い方をすれば、この4つ以外は、子どもの発達とは関係ない部分のサポートということです。
支援、介助は、発達を促しているわけではありません。
環境調整したり、SSTをしたり、建物を青くしたり、「理解ガー」と社会に訴えたりするのも。
本人の自然治癒力、発達する力を後押しするものではないからです。
本人の内側ではなく、外側からの、外側へのアプローチ。
ガンについて啓発することや、ガンと闘っている人も働けるような仕組みにしていくことは大事なサポートですが、直接、ガンを治すわけではないのと一緒です。
発達障害の子ども達は、病気をしているわけではありません。
彼らにこそ、必要なのは、彼らが持っている発達する力を十分に発揮できるような後押しだといえます。
ですから、彼らにとって、また親御さんにとっても、必要な存在とは、正しく、広い視点から見たてを行ってくれる人、具体的で、かつ、自分たちで実践できるアイディアを教えてくれる人だと思います。
そういった知見を持った人から学び、最終的には本人自ら発達する力を存分に発揮していけるようにすること。
それが自立につながっていき、主体的に、向上しながら自分の人生を歩んでいくことになるといえます。
発達障害の入り口が医療であったり、「専門家と私」というような図式を感じてしまいますと、どうしても受け身で、自分には何もできないような気がしてしまうものです。
しかし、発達障害は、神経発達の障害です。
神経に病気があって、そこを薬や手術で治療するわけではありません。
ましてや、神経の傷口を縫ったり、悪い部分を取ったりするなんてこともありません。
必要なのは、神経発達を促していくこと。
その神経を発達させる力は、その人自身に、内側に存在するのです。
だったら、発達を後押しする行為、人間に上下、優先順位などありません。
あるのは、本人の発達する力を後押しできているかどうか、ただ一点のみです。
でも、その前に、本人の内側にある発達する力、自然治癒力を信じている人かどうかは重要になります。
最初から、「治らない」なんて言っている人は、目の前にいる人の発達する力を信じていない証拠です。
信じていないからこそ、親御さんや社会、後付けの知識など、外からのアプローチに終始するわけです。
どんなに重い症状をもった子でも、たくさんの発達のヌケ、遅れを抱えた子でも、みんな、その子自身に伸びようとする力、発達しようとする力を持っているのです。
ですから、私達は、まず何よりも、子ども達の持つ発達する力を信じること。
そこから始めて、少しずつ必要な知見、人を集めていき、最終的には子ども自身で発達する力を発揮し、人生を主体的に成長して生きていけることを目指すのが重要だと思います。
すでに耐性菌の話も出てはいますが、従来のタミフルと比べて効きがよく、しかも1回の服用のみで良いそうです。
この薬のおかげで、うなされる期間が短くなり、助かる人も大勢いるのだと思います。
こういった薬を研究し、世に送りだしている人達の努力の結晶が、私達の健康を後押ししているように感じます。
私は、親御さんに対して発達援助を説明する際、医療行為に例え、お伝えすることがあります。
たとえば、発熱があったとき、病院に行くとします。
そうすると、そこで問診や視診、触診などが行われ、「これは風邪だ」「インフルエンザが疑われる」「溶連菌だろう」と見たてが行われる。
そして、多くの場合、薬が処方され、「水分を小まめにとって、寝ていれば治ります」と助言がされます。
2,3日も安静にしていれば、自然と快方に向かい、元気になる。
じゃあ、この場合、治したのは医師なのでしょうか?
医師は、見たて、または検査を行い、原因を特定する。
薬を処方し、助言や注意事項を伝える。
でも、実際に病気を治したのは医師ではありません。
医師に病気を治す力はありません。
治したのは、他でもなく、自分自身。
自分の体内にある免疫細胞と自然治癒力の発露により、健康を取り戻したのです。
身体に傷ができたとき、その傷口を縫うことがあります。
人はぬいぐるみではありませんので、傷口を縫うのは、自然治癒力を発揮しやすいように後押しする行為だといえます。
傷口をくっつけるのは、自分の細胞です。
つまり、発達援助というのは、その子の内側にある自然治癒力、この場合で言えば、発達する力が発揮できるような後押しをすることです。
そのために、栄養面からサポートする、睡眠や生活を整える、伸び悩んでいる根っことなっている発達のヌケを育てる、学びやすい環境を準備する。
これらはすべて、子ども自身が持つ伸びる力を強めるための補助です。
いくら頑張っても、他人がその子の発達を行うことはできないのです。
親を含め、他人ができることは、上記のたとえに出てきた医師と同じです。
見立てと助言、技術転移です。
本当の医師には薬の処方もできます。
なので、子育てを行っていく中で、他人の力を借りる場合には、どの部分をサポートしてもらうか、という明確な意図が必要になります。
見たてなのか、助言なのか、技術転移なのか、薬なのか。
これは別の言い方をすれば、この4つ以外は、子どもの発達とは関係ない部分のサポートということです。
支援、介助は、発達を促しているわけではありません。
環境調整したり、SSTをしたり、建物を青くしたり、「理解ガー」と社会に訴えたりするのも。
本人の自然治癒力、発達する力を後押しするものではないからです。
本人の内側ではなく、外側からの、外側へのアプローチ。
ガンについて啓発することや、ガンと闘っている人も働けるような仕組みにしていくことは大事なサポートですが、直接、ガンを治すわけではないのと一緒です。
発達障害の子ども達は、病気をしているわけではありません。
彼らにこそ、必要なのは、彼らが持っている発達する力を十分に発揮できるような後押しだといえます。
ですから、彼らにとって、また親御さんにとっても、必要な存在とは、正しく、広い視点から見たてを行ってくれる人、具体的で、かつ、自分たちで実践できるアイディアを教えてくれる人だと思います。
そういった知見を持った人から学び、最終的には本人自ら発達する力を存分に発揮していけるようにすること。
それが自立につながっていき、主体的に、向上しながら自分の人生を歩んでいくことになるといえます。
発達障害の入り口が医療であったり、「専門家と私」というような図式を感じてしまいますと、どうしても受け身で、自分には何もできないような気がしてしまうものです。
しかし、発達障害は、神経発達の障害です。
神経に病気があって、そこを薬や手術で治療するわけではありません。
ましてや、神経の傷口を縫ったり、悪い部分を取ったりするなんてこともありません。
必要なのは、神経発達を促していくこと。
その神経を発達させる力は、その人自身に、内側に存在するのです。
だったら、発達を後押しする行為、人間に上下、優先順位などありません。
あるのは、本人の発達する力を後押しできているかどうか、ただ一点のみです。
でも、その前に、本人の内側にある発達する力、自然治癒力を信じている人かどうかは重要になります。
最初から、「治らない」なんて言っている人は、目の前にいる人の発達する力を信じていない証拠です。
信じていないからこそ、親御さんや社会、後付けの知識など、外からのアプローチに終始するわけです。
どんなに重い症状をもった子でも、たくさんの発達のヌケ、遅れを抱えた子でも、みんな、その子自身に伸びようとする力、発達しようとする力を持っているのです。
ですから、私達は、まず何よりも、子ども達の持つ発達する力を信じること。
そこから始めて、少しずつ必要な知見、人を集めていき、最終的には子ども自身で発達する力を発揮し、人生を主体的に成長して生きていけることを目指すのが重要だと思います。
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