2022年5月25日水曜日

【No.1278】100年後の子ども達のためにも

長い時間待機して、ようやく専門機関での検査、アセスメントを行ってもらったのに、返ってきた資料に「ガッカリした」というお話はよく伺います。
ひと昔前の親御さん達でしたら、情報も限られていましたので、その資料に記されている専門用語にときめきを覚えたのでしょうが、今の親御さん達にはそれはありません。
だって、今の親御さん達の情報量は専門家以上ですから。
専門家とは、いつしか専門バカになり、とても狭い分野の物知り、オタクになってしまっているのは、コロナ騒動で出てきた専門家たちの狭い了見を見ればよくわかります。
「一人の子を育てる」には、食や睡眠、排泄、生物学的な健康と心理的な健康、遊び、ヒトの発達、神経の発達、運動&感覚の発達、環境、どういった園で過ごし、どういった習い事をするか、など幅広い情報と知識、そして何よりも選択が必要です。
いくら発達障害の知識があっても、いくら欧米お墨付きの療法の使い手だったとしても、一人の人を育てるには狭すぎます。


また親御さんが専門機関のアセスメントに「ガッカリ」する理由には、その子だけを見たアセスメントになっていることもあるでしょう。
目の前の子に言葉の遅れがある。
だけれども、その背景を知るには検査室以外の情報を知る必要があります。
家の中では常にテレビがついていないか。
早期から英語教育を行っていないか。
どの程度、その子の周りには言葉があり、どんな種類、人たちの声を聴いて過ごしているか。
そういった環境面からのアセスメントも大事でしょう。


そして目の前にいる子は、突然、この世に生まれたのではなく、二人の親がいて、四人の祖父母がいて初めて目の前に存在しているのです。
だから、アセスメントにはご両親の幼少期の様子、歩んできた道も確認することが必要です。
もちろん、祖父母も。


以前、相談があったご家庭では、社会性の面での発達の遅れについて心配されていました。
親御さんの想いとしてはいち早く育てたいし、治ってもらいたい。
だけれども、お父さんは小学校時代、友達もいなかったし、学校の先生の話もよく聞けていなかったと言います。
だけれども、中学校進学と同時に部活動に打ち込むことで、自然と周りの人が何を考えているかが分かるようになり、授業中の話も耳に入ってくるようになったそうです。
ということは、今、幼稚園でお友達と遊べないのは問題じゃなくて、もっと時間がかかりますよ、ってことだと思います。


だから、良い悪いではなくて、お父さんと同じように中学生くらいになれば、友達と遊べるようになるし、先生の話も聞けるようになるでしょう、という話。
「3歳で〇〇ができる」というような基準がありますが、そんな基準は外れた子ども達をピックアップするために作られたものにすぎません。
子どものためではなく、そういった基準がある方が保健所、医師にとって都合がいいからできたわけです。
そんなのだって戦後の母子手帳が導入されてから親御さん達は気にするようになったわけで、戦前、明治、江戸時代、もっと遡れば縄文時代に、「1歳半で指さしができなきゃ、まずい!」なんて思いながら子育てしていないでしょ。
乳幼児健診も、一つの利権になっていることは忘れてはなりません。


話を戻せば、「中学生くらいには満たされ、育つでしょう」とお話しした親御さんは、「あれから焦る気持ちが少なくなりました」と言い、今ある幼児期の我が子との時間を楽しまれるようになったそうです。
もちろん、お父さんも中学校生活の中に発達のヌケを育てる何かがあったかもしれませんが、それを分析し、今の幼児さんの我が子にやったとしても、今すぐに育ちきるかといったら疑問です。
たぶん、中学生で満たされたのが、小学校高学年くらいで満たされるくらいにはなるでしょうが、10年くらいの時間を一気に短縮することはできないでしょう。


で、話は続き、そのご家庭では思いっきり幼児期の今の時間を楽しむようになってから、子どもさんの食欲が出て、運動が活発になり、自然と笑うことが増えたというメールを頂戴しました。
治ることは大事ですが、私はそれ以上に育ち続けることのほうが大事だと思い、発達相談という仕事をしています。
発達が遅れている状態が問題なのではなく、発達成長していけない状態が問題なのです。
「ゆっくりだったとしても、我が子は確実に成長しているな」
「きっと時間がかかったとしても、我が子は自立した生活を送ることができるだろう」
そんな未来への希望が見えていれば、そのご家族は不幸なんかじゃないし、苦しむ必要はない。


だから、このご家庭へ伝えたかったのは、人工的に作られた基準に振り回され、「早く治さなければ」という焦燥感を生み、それがその子もそうですし、きょうだい児、ご両親にとっても苦しい状況を生んでいるということでした。
その重苦しい雰囲気から解放され、家族みんなで今しかない家族の時間を楽しまれている姿は、添付されていた家族写真から伝わってきました。
治すために子育てをし、家族がいるのではなく、幸せになるために家族がいて、子育てをしている。


そうとはいえ、目の前に同級生との差を感じてしまう我が子がいると、私のような視点で子育てをできないのも当然だと思います。
だけれども、一緒になって不安になるのも、世の中の専門家たちのように不安を煽ることで仕事に結びつけようとすることも、私にはできません。
そしてアセスメントが三世代を見て行うのと同じように、今の子ども達の育ちは次の世代、その次の世代へと繋がっていくのです。
だから、今、目の前の子だけを見て、その子だけが治ればおしまい、ではいけないと思っています。
一度関わったからには、そして人間の発達に携わる仕事をしているからには、三世代あとの人たちのことも視野に入れて発達相談、援助という仕事をしなければならないと考えています。


たくさんの「治った」という喜びのご報告を頂きますが、私の仕事が評価されるのはその子の次の世代、その次の世代が健康で幸せな人生を送られた時だと思っています。
ですから、私が生きている間には評価されることはないでしょう。
でも、そうやって私達の祖父母の世代、その前の世代も、未来の子ども達のことを想い、一生懸命働き、人生を全うしてきたはずです。
「登下校ではマスク外せるようになった」なんて小さなことで、私達大人は孫の世代の子ども達のためにより良い社会を築き、渡していかなければならないのです。
100年後の子ども達のためにも、今の子ども達の幸せと健康のために頑張っていきましょう!




☆『ポストコロナの発達援助論』のご紹介☆

巻頭漫画
まえがき
第1章 コロナ禍は子ども達の発達に、どういうヌケをもたらしたか?
〇五感を活用しなくなった日本人
〇専門家への丸投げの危険性
〇コロナ禍による子ども達の身体の変化
〇子どもの時間、大人の時間
〇マスク生活の影響
〇手の発達の重要性と感覚刺激とのソーシャルディスタンス
〇戸外での遊びの大切さ
〇手の発達と学ぶ力の発達
〇自粛生活と目・脳の疲労
〇表情が作れないから読みとれない
〇嗅覚の制限 危険が察知できない
〇口の課題
〇やっぱり愛着の問題
〇子ども達が大人になった世界を想像する
〇子どもが生まれてこられない時代
〇子育てという伝統

第二章 コロナ禍後の育て直し
〇発達刺激が奪われたコロナ禍
〇胎児への影響
〇食べ物に注意し内臓を整えていく
〇内臓を育てることもできる
〇三・一一の子どもたちから見る胎児期の愛着障害
〇胎児期の愛着障害を治す

第三章 ヒトとしての育て直し
〇噛む力はうつ伏せで育てよう
〇感覚系は目を閉じて育てよう
〇身体が遊び道具という時期を
〇もう一度、食事について考えてみませんか?
〇食べると食事の違い
〇自己の確立には
〇右脳と左脳の繋がりが自己を統合していく
〇動物としての学習方法
〇神経ネットワーク
〇発達刺激という視点

第四章 マスクを自ら外せる主体性を持とう
〇なぜマスクを自ら外せることが大事なのか
〇快を知る
〇恐怖を、快という感情で小さくしていく

第五章 子どもの「快」を育てる
〇「快」がわかりにくいと、生きづらい
〇快と不快の関係性
〇子どもの快を見抜くポイント
〇自然な表情

第六章 子ども達の「首」に注目しよう
〇自分という軸、つまり背骨(中枢神経)を育てる
〇首が育っていない子に共通する課題
〇なぜ、首が育たない?
〇首が育たない環境要因
〇首が育つとは
〇背骨の過敏さを緩めていく
〇首を育てるには

第七章 親御さんは腹を決め、五感を大切にしましょう
〇子育て中の親御さん達へのメッセージ
〇部屋を片付ける
〇子どもと遊ぶのが苦手だと思う親御さんへ
〇ネットを見ても発達は起きません
〇発達刺激という考え方
〇五感で子どもを見る
〇特に幼児期は一つに絞って後押ししていく

第八章 自由に生きるための発達
〇発達の主体を妨げない存在でありたい
〇大人が育てたいところと子どもが育てたいところは、ほとんど一致しない

あとがき
こういう本を読んできました
巻末漫画

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