【No.1274】ダメ出しだけでは愉しい子育てはできない

GWが始まる前は、「10歳未満の感染ガー」「学校や保育園での感染ガー」と騒いでいたのを覚えていますでしょうか?
最近は言わないですよね。
だって統計を見れば、20代以降の大人の感染者数のほうが多いのですから。
じゃあ、同じように「大人の感染ガー」と騒いでも良いはずなのに、メディアはそこにはほとんど触れていません。
なんで死なないし、重症化しない子ども達の感染は騒ぐのでしょうかね。
時期を振り返れば、5歳から11歳のワクチン接種開始の時期と重なります。


私はそれが陰謀だとか、政府の指示、製薬会社の指示、国際金融資本の指示だとかを言いたいわけではありません。
少なからず子ども達にワクチンを打たせようとする流れがあるとは思いますが、問題はメディアをはじめとする報道のあり方、情報提供のあり方だと思うんですね。
つまり、情報提供とは受け取る人々が考え、判断し、行動するためのものであって、1つの方向、見方しか流さないのは宣伝であり、プロパガンダでしかないと思います。
ワクチンの効果と副反応、メリットとデメリット、世代間同士の違い、海外のワクチン接種状況など、それぞれ報道することで、私達は考えることができる。
今のように2年前の武漢株用のワクチンを打つ意味、どうして使用期限がどんどん延びているのか、そういった点についても報道されませんね。
ウクライナ侵攻にしても、ウクライナだけではなく、ロシアやEU、アメリカの視点も大事あって、今後起きうる日本への影響についても報道されるべきだと思います。


毎年4月に自閉症啓発デーがありますが、どうして「あなたは自閉症かもしれない」「発達障害かもしれない」という視点での情報に偏っているのでしょうか。
本来なら「あなたは自閉症では"ない"かもしれない」という啓発も行うべきではないでしょうか。
だって長年、自閉症や発達障害に関わってきた専門家や支援者、親御さん達が関わっている啓発でしょ。
だったら、その知見と蓄積を、自分が発達障害かもしれないと悩んでいる人に対して、「こういった場合は発達障害だと考えられます」「だけれども、こういった場合は発達障害ではなく、他の原因、背景があると考えられます」という具合に伝えていくのが、それを聞いた本人、家族にとっては有益になるのでは?


悩んでいる人に「あなたは自閉症かもしれない」「そしてそんな人はまず病院へ」「ご相談はこちら」という一方的な情報を伝えるのは、誘導だと思います。
何故なら今、悩みをもって専門病院に行くと、十中八九、自閉症やADHDなどといった診断が付くからです。
「あなたは自閉症ではありませんよ」と言える専門家、医師はどのくらいいるのでしょうか。
これは専門家への半分ディスりであり、半分は仕方がないことだと思うんです。


何故なら、これは精神医学の根本的な課題であるチェックシート方式の診断だからです。
精神医療は画像診断や血液などの数値による診断ができません。
となれば、表に現れている行動や訴えからしか判断することができないのです。
しかもその診断基準を見れば、曖昧な表現が多い。
そしてこの診断基準にはミソがあって、よく読めばわかるのですが、一つの基準にチェックが入ると、同時に別の項目にもチェックが入るようになっているんですね。
たとえば、一番分かりやすいのが「言葉」で、①「言葉に遅れ」があれば、当然、②「友人を作ることが難しく」、友人を作ることが難しければ、一人遊びをすることが多くなり、それが③「反復的な遊び」→④「固執」と評価されてしまう(ASDの診断基準参照)。
これだけで4項目にチェックが入り、あと1つくらい確認できればASDの基準を満たしてしまい、めでたく診断がつけられます。


でも、たとえ診断基準を満たさなかったとしても、「自閉傾向」などの所見が記されることがあり、「発達障害」に至っては明確な診断基準がなく、「(現時点で)発達が遅れていますね」という具合です。
まるで無症状感染みたいで、「PCRしたら陽性になった。検知したウィルスがコロナかどうか、病原性を維持しているものか、ただの死骸か知らんけど」な感じ。
ひと昔前は、それで親子で無理心中といった家族もいましたので、この辺りが精神医療の闇の部分だと思います。


話を戻せば、いま、「発達障害」だとか、「自閉症」だとか言われている、そう医師から言われた子ども達って、ちゃんと「それは発達障害ではない言動」といった部分についても、きちんと説明を受けたのでしょうか?
どう考えても、子ども達の見えている問題、課題は全体のごく一部です。
言葉に遅れがある子だって、別の運動面や遊び、情緒の面、もっといえば感覚や内面、認知、神経発達の部分で同世代と同じように問題なく育っているところもたくさんありますね。


よく親御さんが、「専門家と関わると、ダメ出しされているみたいで、憂鬱になる」と言われますが、ダメ出しするのが今の診断の形式になっているので、そういった視点で(しか)子どもを見れないのは仕方がないことなのかもしれません。
今の診断は、問題や課題がどのくらいあるか、もっといえば、どのくらい見つけられるかで決まっていきますので、中には「他の医師、専門家が見つけられなかった課題を私は見つけた」という点で専門性を示していることもあるくらいです。
ちなみにアメリカでは、「どれだけ早期に診断ができるか」という点で、病院同士、専門家同士が競っていて、「うちのクリニックでは0歳代の診断ができます」というのをセールスポイントしているところもあります。


自閉症やADHDなど、診断基準に当てはまる言動があるけれども、そうではない言動、または同年代の子どもよりも順調に育っているところもたくさんあるはずです。
だから、たとえ発達の悩みがあり、専門機関を訪ねたとしても、そこの専門家はきちんと課題と課題ではないところ、順調に育っているところを確認し、親御さんに伝えるべきだと思います。
というか、それらを伝えることがアセスメントだと思います。
問題があるところばかり伝えるのも、誘導であり、一種の洗脳、プロパガンダと言われても仕方がないでしょう。


大事なのは、親御さんが前向きに、我が子のより良い子育てを行ってもらうこと、そういった方向へと後押しすること。
ただのダメ出しでは、不安をあおるだけで専門家に依存させるだけ。
専門家に依存しても、実際、子育てするのは親御さんであり、育っていくのは子どもさん本人です。
どういった子育てをしていこうかを考え、選択し、行動するのは親御さん、家族ですから。
ダメ出しだけでは、愉しい子育てはできませんね。




☆『医者が教えてくれない発達障害の治り方』のご紹介☆

まえがき(浅見淳子)

第一章 診断されると本当にいいことあるの?
〇医者は誤ることはあるけど謝ることはない
〇早期診断→特別支援教育のオススメルートは基本片道切符
〇八歳までは障害名(仮)でよいはず
〇その遅れは八歳以降も続きますか?
〇未発達とは、何が育っていないのか?
〇就学先は五歳~六歳の発達状況で決められてしまうという現実
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのメリット
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのデメリット
〇療育や支援とつながるほど、子育ての時間は減る

第二章 親心活用のススメ
〇親子遊びはたしかに、発達に結びつく
〇変わりゆく発達凸凹のお子さんを持つ家庭の姿
〇学校は頼りにならないと知っておこう
〇安定した土台は生活の中でしか作れない
〇支援者が行うアセスメントには、実はあまり意味がない
〇親が求めているのは「よりよくなるための手がかり」のはず
〇人間は主観の中で生きていく
〇専門家との関係性より親子の関係性の方が大事
〇支援者の粗探しから子どもを守ろう
〇圧倒的な情報量を持っているのは支援者ではなく親

第三章 親心活用アセスメントこそ効果的
〇子育ての世界へ戻ろう
〇その子のペースで遊ぶことの大切さ
〇「発達のヌケ」を見抜けるのは誰か?
〇いわゆる代替療法に手を出してはいけないのか
〇家庭でのアセスメントの利点
1.発達段階が正確にわかる
2.親の観察眼を養える
3.本人のニーズがわかる
4.利点まとめ
〇家庭で子どもの何をみればいいのか
1.発達段階
2.キャラクター
3.流れ
4.親子のニーズの不一致に気を付けよう

第四章 「我が子の強み」をどう発見し、活かすか
〇支援と発達援助、どちらを望んでいますか?
〇子ども自身が自分を育てる方法を知っている
〇親に余裕がないと「トレーニング」になってしまう
〇それぞれの家庭らしさをどう見つけるか
〇親から受け継いだものを大切に、自分に自信を持とう

あとがき(大久保悠)


『医者が教えてくれない発達障害の治り方①親心に自信を持とう!』をどうぞよろしくお願い致します(花風社さんのHPからご購入いただけます)。全国の書店でも購入できます!ご購入して頂いた皆さまのおかげで二刷になりましたm(__)m


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