平成になれない先進地域
オリンピックを観ていると、10代の頃から海外に留学し、力をつけてきた選手がいることがわかります。
「自分を高められる場所があるのなら」「今よりも、より良い環境を求めて」という強い想いを持った若者たちが、日本にとらわれることなく、どんどん世界に出ていっている。
日本が劣っている、海外の方が素晴らしい、などとは思いませんが、自らの意思でより良い環境を求めていく若者の姿にたくましさと、明るい未来の日本を思い浮かべます。
一方、福祉の世界は相変わらず、時代が進んでいきません。
老舗の法人や手広くやっている法人などは、10年も、20年も前と同じ話をしています。
「〇〇という支援があれば、自閉症の人達は安心して生きていける」
「〇〇という療法で、問題行動は治まっていくのです」
「障害を持った人からではなく、こちら側から歩み寄ることが大事なんです」
一人一台スマホを持ち、平成も終わろうかというこのときに、何十年も前と同じことを言っている。
その理由はシンプルです。
一度、「〇〇という方法が一番です!最適です!」と言ってしまった以上、あとからより良い方法が出てきても、切り替えられないのです。
「いやいや、それは個人の問題、柔軟性の問題」などと言われそうですが、こっちはシンプルにはいきません。
何故なら、いろんなものを巻き込んでしまっているから。
まず当事者と家族ですね。
当時、「治らない」で、「支援も、サービスも、財源も、理解も足りない」から始まっていましたので、障害を持った人が、また家族が一生涯安心して暮らせるよう環境づくりを行ってきました。
そのため、一生涯ケアを受けられることがゴールであり、人生設計だったわけです。
ですから、今更、「神経発達を促す方法がありました」「一生涯の支援じゃなくて、本人の発達、成長を後押しし、自立を目指しましょう」とは言えないのです。
「この道が最高の道であり、私達がその先導者だ」と言ってしまったから。
また地域を巻きこんじゃっていますね。
「我が地域は、先進地域です」なんて言って、海外からも人を呼んじゃって、後援もたくさんお願いしたし。
税金もいっぱい使ったし、特に福祉が産業になっているような地域では、福祉を中心とした街づくりもしちゃっている。
それが突然、「いや~、どんどん自立する方法が見つかったから、ゆりかごから墓場までの支援も必要なかったんですよね、テヘッ」とは言えないし、金返せになる。
さらにさらに、そういった法人って、自分たちが推し進めてきた療法の当時のリーダー達と関係ができちゃっている。
高い旅費と高いコンサルテーション代を支払い続けてきた。
その当時の大先生に見て頂いていることで、お客様を集め、「私達が先進地域です、エッヘン」とやってこれてきた。
一方で大先生も、高額なお金と実績、講演のネタを作ることができた。
ちなみに何故、高額かって言ったら、元を辿れば、自分たちで稼いだお金ではなく、税金だから。
同じくらいの規模の一般企業なら、どんぶり勘定で、そんなに高いお金は出せないはず。
一度、ズブズブな関係が出来上がったら、なかなか切ることはできません。
10年前、20年前、「先進地域」と呼ばれていた場所が、軒並み、残念な結果になっているのは、当然なのかもしれません。
全国的に、右往左往していた時期に、いち早く手を挙げて、特定の方向へと推し進めることができた。
それには、ある程度、資金と影響力を持った規模と歴史、その地域での看板が必要だったわけです。
ですが、時代はスピードを上げて、大きな変化を遂げています。
それに対応するには、老舗であること、手広くやっていることがネガティブに作用します。
自閉症、発達障害が「治らない障害」「一生涯支援が必要な障害」ではなくなった今、いち早くそういった方向へとシフトできる人、組織が生き残っていくと思います。
「一生涯の支援」「障害に理解のある街づくり、社会のシステムづくり」には、大きな看板、大きな組織が必要でした。
でも、これからの特別支援は、発達援助は、本人が主体であり、家族が後押しするものになりました。
そうなれば、今までのような大きな看板、組織は必要なくなります。
個人と個人がつながれば良いのです。
私の父は転勤が多く、いろいろな土地で子ども時代を過ごしたので、なおさらなのかもしれませんが、生まれ育った土地に縛られる感覚が分からないのです。
「私の地元に良い支援者がいない」などと仰られる方がいますが、だったら、ほかの地域に行けばいいんじゃない、って思うのです。
生まれ育った地域が、一生涯、障害を持った人を抱える時代は終わったのですよ。
多くの人が一人一台、スマホを持っているのです。
新幹線だって北海道までつながったし、沖縄と北海道だって、飛行機を使えば一日で移動できます。
スマホを使って、我が子に、自分の感覚に、願いに合った支援者を探せばよいのです。
本やネット情報など、以前と比べて、多様になってきましたよ。
SNSやメールでもつながることができる。
「私の地域ガー」は、いつの時代ですかって感じですし、ある意味、主体性のなさからの発言だと思います。
地域のせいにしている暇があるのなら、自分でより良い方法、支援者を探した方が人生の時間を有効に使えるはずです。
ギョーカイの言う意味の「早期療育」には賛同できませんが、発達援助は一日でも早いほうが良いのです。
平成の若者たちが、より良い環境、自分を高めてくれる環境を求めて世界に飛びだしていくように、昭和の私達も地域を飛びだしていきましょう。
昭和の人間たちも、まだまだ負けてはいられないのです!(笑)
「自分を高められる場所があるのなら」「今よりも、より良い環境を求めて」という強い想いを持った若者たちが、日本にとらわれることなく、どんどん世界に出ていっている。
日本が劣っている、海外の方が素晴らしい、などとは思いませんが、自らの意思でより良い環境を求めていく若者の姿にたくましさと、明るい未来の日本を思い浮かべます。
一方、福祉の世界は相変わらず、時代が進んでいきません。
老舗の法人や手広くやっている法人などは、10年も、20年も前と同じ話をしています。
「〇〇という支援があれば、自閉症の人達は安心して生きていける」
「〇〇という療法で、問題行動は治まっていくのです」
「障害を持った人からではなく、こちら側から歩み寄ることが大事なんです」
一人一台スマホを持ち、平成も終わろうかというこのときに、何十年も前と同じことを言っている。
その理由はシンプルです。
一度、「〇〇という方法が一番です!最適です!」と言ってしまった以上、あとからより良い方法が出てきても、切り替えられないのです。
「いやいや、それは個人の問題、柔軟性の問題」などと言われそうですが、こっちはシンプルにはいきません。
何故なら、いろんなものを巻き込んでしまっているから。
まず当事者と家族ですね。
当時、「治らない」で、「支援も、サービスも、財源も、理解も足りない」から始まっていましたので、障害を持った人が、また家族が一生涯安心して暮らせるよう環境づくりを行ってきました。
そのため、一生涯ケアを受けられることがゴールであり、人生設計だったわけです。
ですから、今更、「神経発達を促す方法がありました」「一生涯の支援じゃなくて、本人の発達、成長を後押しし、自立を目指しましょう」とは言えないのです。
「この道が最高の道であり、私達がその先導者だ」と言ってしまったから。
また地域を巻きこんじゃっていますね。
「我が地域は、先進地域です」なんて言って、海外からも人を呼んじゃって、後援もたくさんお願いしたし。
税金もいっぱい使ったし、特に福祉が産業になっているような地域では、福祉を中心とした街づくりもしちゃっている。
それが突然、「いや~、どんどん自立する方法が見つかったから、ゆりかごから墓場までの支援も必要なかったんですよね、テヘッ」とは言えないし、金返せになる。
さらにさらに、そういった法人って、自分たちが推し進めてきた療法の当時のリーダー達と関係ができちゃっている。
高い旅費と高いコンサルテーション代を支払い続けてきた。
その当時の大先生に見て頂いていることで、お客様を集め、「私達が先進地域です、エッヘン」とやってこれてきた。
一方で大先生も、高額なお金と実績、講演のネタを作ることができた。
ちなみに何故、高額かって言ったら、元を辿れば、自分たちで稼いだお金ではなく、税金だから。
同じくらいの規模の一般企業なら、どんぶり勘定で、そんなに高いお金は出せないはず。
一度、ズブズブな関係が出来上がったら、なかなか切ることはできません。
10年前、20年前、「先進地域」と呼ばれていた場所が、軒並み、残念な結果になっているのは、当然なのかもしれません。
全国的に、右往左往していた時期に、いち早く手を挙げて、特定の方向へと推し進めることができた。
それには、ある程度、資金と影響力を持った規模と歴史、その地域での看板が必要だったわけです。
ですが、時代はスピードを上げて、大きな変化を遂げています。
それに対応するには、老舗であること、手広くやっていることがネガティブに作用します。
自閉症、発達障害が「治らない障害」「一生涯支援が必要な障害」ではなくなった今、いち早くそういった方向へとシフトできる人、組織が生き残っていくと思います。
「一生涯の支援」「障害に理解のある街づくり、社会のシステムづくり」には、大きな看板、大きな組織が必要でした。
でも、これからの特別支援は、発達援助は、本人が主体であり、家族が後押しするものになりました。
そうなれば、今までのような大きな看板、組織は必要なくなります。
個人と個人がつながれば良いのです。
私の父は転勤が多く、いろいろな土地で子ども時代を過ごしたので、なおさらなのかもしれませんが、生まれ育った土地に縛られる感覚が分からないのです。
「私の地元に良い支援者がいない」などと仰られる方がいますが、だったら、ほかの地域に行けばいいんじゃない、って思うのです。
生まれ育った地域が、一生涯、障害を持った人を抱える時代は終わったのですよ。
多くの人が一人一台、スマホを持っているのです。
新幹線だって北海道までつながったし、沖縄と北海道だって、飛行機を使えば一日で移動できます。
スマホを使って、我が子に、自分の感覚に、願いに合った支援者を探せばよいのです。
本やネット情報など、以前と比べて、多様になってきましたよ。
SNSやメールでもつながることができる。
「私の地域ガー」は、いつの時代ですかって感じですし、ある意味、主体性のなさからの発言だと思います。
地域のせいにしている暇があるのなら、自分でより良い方法、支援者を探した方が人生の時間を有効に使えるはずです。
ギョーカイの言う意味の「早期療育」には賛同できませんが、発達援助は一日でも早いほうが良いのです。
平成の若者たちが、より良い環境、自分を高めてくれる環境を求めて世界に飛びだしていくように、昭和の私達も地域を飛びだしていきましょう。
昭和の人間たちも、まだまだ負けてはいられないのです!(笑)
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