2020年9月28日月曜日

【No.1104】人それぞれの成育パターン

親御さんと話をしていると、「小学校低学年くらいまでは先生の話が全然聞けなかったんです」「他人の気持ちが想像できるようになったのは、小学校高学年くらいからですね」「小学生の間は、落ち着きがなく、いつも走り回ってきました」なんていうことをよくお聞きします。
だいたい10歳くらいですね、そんな皆さんがガラッと変わるのは。
親御さんの発達の流れを見ていますと、バラバラに発達していたものが、一気に繋がったという雰囲気を感じます。
細かい部分で見れば、こうやってお話ししている今も、多少の発達の凸凹がありますが、社会の中で、家族を作り、生活することができているのです。


「今の時代に子どもだったら、私も診断がついていたでしょうね」
これも、親御さんからよく聞くフレーズになります。
確かに、青田買いの現代では、生後3年間の中で、少しでも発達が遅れていれば、すぐに指摘され、診断→療育→支援へとつながれていたと思います。
そうだとしたら、今の親御さんの人生、生活、そして我が子と暮らす日々もなかったでしょう。


このように10歳を過ぎたあたりから、一気に神経が繋がっていく人達は、発達障害の人達なのでしょうか。
私はそうは思いません。
ただ神経ネットワークができるのがゆっくりな人達であり、環境と成育パターンの違いなのだと考えています。
生後すぐに生まれ出た環境に、脳・神経を合わせようとする発達パターンの人もいれば、10年くらいかけて環境を見極め、よりよく適応できるようにと発達するパターンの人もいるでしょう。
ヒトの目的は、生き抜くことと子孫を残すこと。
その「生き抜く」ためにも、「子孫を残す」ためにも、まずは環境適応が重要なことになりますので、そこに個としての多様さ、生存戦略の違いがあっても不思議ではありません。


ですから、発達障害というのは、現代病なのでしょう。
環境の急激な変化によるリスク要因の増大とともに、端的に言えば、人それぞれの成育パターンを待ちきれない社会が作りだした病なんだといえます。
3歳でグッと繋がる子、5歳でグッと繋がる子、7歳で、10歳で、20歳で、グッと神経が繋がる人達がいるのにもかかわらず、教科書通りの成育パターンで判断され、1歳、2歳、3歳でつまみとられていく。
つまみとられた先に、子ども達が伸びやかに"育つ"環境が用意されていれば良いのですが、あいも変わらず、カナー型を想定して始まった支援へと繋がれてしまう。
育ちが必要な子ども達に、手をとり足を取りの支援は却って発達を阻む結果にもなります。


時々、「大久保さんに見てもらってから、子どもが大きく成長しました」などとおっしゃる親御さんがいますが、それは違うと思います。
発達のストッパーやヌケを確認し、お伝えした場合は、多少影響はあったかもしれませんが、そうではない場合は、たまたまタイミングが合っただけです。
子どもが育つタイミングで、私が関わっただけ。
子どもの発達・成長する力を侮ってはなりません。
ちょっとやそっと外部から刺激を与えたくらいで変化させられるようなものではないのです。
もしそうだとしたら、とっくの昔に人類は滅んでいます。


10歳でいろんなものが一気に繋がり、世界が開けたという元子ども達の皆さん。
そのような方達は、支援級で勉強したのでしょうか、早期から療育を受けたのでしょうか。
もっといえば、プロテインやサプリを摂ったのでしょうか、原始反射の統合や発達のヌケを育てなおすことを日々行っていたのでしょうか。
私も「発達援助」を掲げて仕事をしていますが、もう少し親御さんの、ご自身の内側にあるものに注目し、そこからより良い子育てへと繋げて欲しいと思っています。


発達相談と聞くと、発達のヌケやストッパーを私が確認し、それをどうやって育てたら良いか、アプローチしたら良いかを伝えるという一連の流れを想像されるかもしれません。
でもそれは私の仕事のやり方の一つであって、メインは親御さんの内側にある知恵を引き出すことです。
なので、子どもさんのアセスメントをしているようで、実際は親御さんのアセスメントをしていることが多い。
結局、療育も、特別支援も、栄養療法も、身体アプローチもない状況で育ち、自立しているのです。
無数にある成育パターンの中で近いものを持っている親子なのですから、その歩みの中にこそ、中心となる発達援助があるといえます。


この領域で、医療が子ども達の未来をより良いものへと変える力になれないのは、つまるところ子育てだからです。
子育ての中心は、親子の関係に他なりません。
親子で触れ合い、戯れ、同じものを共に食べ、共に排泄し、共に眠りにつく。
こういった親子という原始的な、1対1の関係性の中でしか育たない部分があるのに、そこが生きるための土台の発達になるのに、その時間を削って外部を頼るのは間違っていると思います。
また外部の知恵を求めるよりも、まずは自分たち親が育ってきた道、歩んできた道の中に、我が子をより良く育てる知恵を探すべきだと思います。
それこそが命をつなぐ、命を伝えることではないでしょうか。


私のような外部の者が、親子の子育てに新しい知恵を与えることはほとんどありません。
たぶん、私の仕事のメインは、親御さんが気づいていない、無意識に育てきった知恵を言語化することなのでしょう。
発達相談の際、親御さんが私の提案を聞いて共感するのは、既にご自身の体験の中にそれがあったからだと思います。
まずはご自身の内側にある知恵を求め、もしあとになって繋がったという意識があるのでしたら、その年齢まで我が子の育ちを待つことも大事なのかもしれません。
大器晩成という成育パターンの子も少なくないのですから。




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