2019年10月15日火曜日

LDと言われている子ども達の中に

発達障害の“引き金”である環境リスク要因を見ると、現代社会において、それらを避けて通ることはできないと感じます。
山にこもるか、無人島に行くか。
いや、山は空でつながっていて、島は海でつながっている。
そうなると、この地球上、どこに居ても、違いは「リスクの程度の違い」だといえます。


相談の中には、「LDという診断を受けた」「読み(書き)で課題がある」といったケースもあります。
小学校低学年くらいは、本人の認知の部分でカバーできたり、同級生との違いが大きくなかったりすることがあります。
しかし、3年生くらいから学習内容も、求められる処理スピードも、グンとレベルアップしますし、同級生との違いも目立つようになります。
そうなると、親御さんも、周囲も、見て見ぬふりができなくなり、当然、本人がだんだんしんどく感じるようになってきます。


今は、だいぶ合理的な配慮が認められるようになり、タブレット等の学習をサポートする機器を使って学習する子ども達が多くなりました。
当然、勉強の目的は知識や技能を獲得すること、考える力を養うことですので、どんな道具を利用しようとも、その子に力がつけば良いわけです。
なのに、親御さんの中には、単にタブレットを利用すれば良いとは感じない人達がいて、私みたいなのに相談に来るわけです。


相談に来る親御さん達は、我が子のしんどさに目を向けています。
タブレットを使えば、学習面は大丈夫かもしれない。
でも、本人のしんどさは、タブレットでは改善できない。
文字を読むのにも、書くのにも、相当な苦労があるとしたら、それは生活すること自体、もっと言えば、見ること、手を動かすこと、そういった一つ一つの動作に生きづらさを抱えているということになる。
その生きづらさをどうにかしたい、改善したい、治したい、というのが親御さん達の願いです。


LDも、神経発達障害ですので、発達のヌケや未発達の部分、原始反射や脳のバランス等を確認し、神経発達を後押ししていくのが基本となります。
発達のヌケ等が育ってくれば、見ること、聞くこと、身体を動かすことがラクになってきます。
それが結果的に、読み書き計算などの学習面へつながっていくのです。
学習スタイルとしてタブレット学習を続けていく子もいますし、そういった機器を使わなくても学習できるようになる子もいます。


しかし、相談に来る子の中に、上記のような子ども達と雰囲気が異なる子がいます。
発達のヌケ、未発達も、ほとんどない。
原始反射が残っているわけでもないし、定型発達そのもの。
でも、学習面で課題がある、LDを指摘されている…。


こういった子ども達に共通して感じるのは、眼の違和感です。
表情は自然で豊かなのに、眼が止まっている感じ。
目だけ表情がないと言えばいいでしょうか。


眼が止まっている感じのお子さんには、他にも共通点があります。
ひらがなや漢字は読めるんだけれども、文章も読めるには読めるんだけれども、文字を飛ばして読んでしまう。
そして、幼少期からテレビやタブレットで動画を長時間観ていた、ということ。


脳がいろんな刺激を受け、形作られている乳幼児期。
その時期に、自然界と異なるスピード、光刺激を受け続けると、それに脳が適応してしまいます。
そうなると、自然な時間の流れよりも早く脳が反応し、処理しようする。
文字を読む、物体を見るスピードと、脳のスピードのバランスの崩れ。
脳にリードされるように文字を読もうとすると、文字が飛んでしまいます。
ですから、一つ一つの文字は読めても、流れで読もうとしたら、脳との間でバグが生じるのです。


大人たちが忙し過ぎると、子どもにしわ寄せがいくものです。
テレビを観ている間に食事の準備。
良くないとは分かっていても、静かにしていてもらうためにスマホやタブレットで動画、ゲーム。
やりたくてやっている親はいないでしょうが、少なからず、いや、大いに影響を与えるのが自然界にはないスピード展開と強い光刺激。
頭の柔らかい乳幼児期の子ども達の脳は、今この瞬間も環境に適応しようと躍動しているのです。
600万年の人類の歴史から見れば、ヒトはタブレットに対応できるほどの身体を持ってはいないといえます。


「見せていたのは教育テレビだけです。子どものアニメだけです」とおっしゃる親御さんもいます。
しかし、非自然界の刺激には変わりありません。
ですから、脳が柔らかい時期、特に8歳までのお子さんには、親が配慮する必要があると思います。
コントロールできる環境リスク要因は減らしたり、避けたりするべきです。


上記のような文字が飛んでしまう子ども達、背景に早い時期からの長時間のメディアがあった子ども達は、改善、治すまでに、とても時間がかかります。
私の印象では、発達のヌケ、未発達の子の方が早く治る。
何故なら、気づくのが小学校中学年くらいからだから。
ヌケや未発達は育てれば良いけれども、脳が適応しちゃった、その刺激に合わせて作り上げられたあとから、もう一度、どうにかしようとするのは、とても難しいし、時間がかかるのです。
脳の可塑性もあるけれども、育っていないのを埋めるのと、育ったのを変えるのは、また違った意味あいになります。


それに脳が適応しているということは、メディアがある生活が、その子にとって普通だということです。
改善の方向としては、まずメディアを制限することですが、本人からの激しい抵抗があるのが一般的です。
メディアを取り上げようもんなら、発狂するような子どももいるくらいです。
ですから、相談に来られた方で、ある程度、大きくなったお子さんの場合は、習い事など、別の楽しい活動を生活の中に取り入れていくことで、メディアに触れる時間を減らしていく、というのが現実的な話になります。


そういった点で、まだ脳が作られる段階で、親御さんがリードしやすい乳幼児期に気を付けていく、治していくのがベターだといえます。
もちろん、ベストはまったく触れないことです。
でも、どうしてもメディアの力を借りないといけない生活場面があるときは、限定的に、1時間を超えない範囲で利用するように配慮する。


かつて、「自閉症=構造化、視覚支援」だったように、「LD=タブレット」みたいな図式ができてきているのが、私の心配しているところです。
支援者としてもラクだし、本人にも効果が見られる。
そうなると、そういった単純な図式が一般化し、子ども自身の内的な世界が見捨てられていく。
LDの子ども達が勉強できるようになることは素晴らしいこと。
でも、内的なしんどさを抱えながら生きていくことに対する援助と治療は忘れてはいけません。
もしかしたら、背景に発達のヌケや未発達があるかもしれない。
もしかしたら、メディアからの刺激による影響があるかもしれない。


環境リスク要因を無くすことはできなくても、減らすことはできます。
親のラクだけではなく、子の生きるラクに目を向けていくこと。
それが文明、科学の恩恵を受けながら生きている私達の責任でもあります。

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