2019年6月19日水曜日

誰のため?何のため?早期診断

つい数年前までは、就学前の子どもさんの相談がくれば、「早いな~」と思っていたのですが、近頃は、2歳、3歳の子からの相談も珍しくなくなりました。
中には、1歳代の子の親御さん達からも相談があります。


私が若手の頃から「早期診断、早期療育」と叫ばれていましたが、3歳くらいの子の診断は一般的ではありませんでした。
どちらかといえば、そういった幼児期から診断を受ける子は、症状や知的障害が重い子だったと思います。
でも、今は同世代の子の発達と比べて、少しでも言葉や運動が遅れていたら、少しでも特異的な行動が見られていれば、1歳でも、2歳でも、3歳でも、診断名が付き、療育、支援への道へ誘導されていくような印象です。
日本でも、早期診断を熱心に推し進めている人物、集団がありますので、そういった人達の影響もあるのだと思います。


本来、早期診断というのは、とても意義のあることだと思います。
私も早期診断は、その子、家族にとって、良い方向へ進むきっかけだと考えています。
実際、私のところに相談にいらっしゃる幼いお子さん達は、親御さんの育て方によって大きな発達、成長を見せることが多いです。
神経発達がとても盛んな時期だということもありますし、いろんな学習をする前ですので、発達のヌケも見つけやすいですし、課題の根っこが近い分、そこが埋まれば、それ以降の発達が整いやすいといえます。
ですから、発達の遅れがあるのなら、すぐに軌道修正、発達のヌケに立ち返って育て直すことができるので、とても意義のあることだと考えています。


しかし、早期診断が意義のあることになるためには、その子と家族にとって、より良い未来へ進むためのきっかけになるためには、大事な前提があると思います。
それは、幼少期の診断名は仮のものであり、今現在を表すもので、その子の未来までを決定づけるものではない、ということです。
さらに、早期に発達の遅れがわかることは、その子に合った育て方をするために必要なのであって、より早く、より多く支援や療育、服薬を始められるためではない、ということです。


実際、相談にいらっしゃる親御さんの話や、いろんな方達の話、様子を見聞きしますと、早期診断の目的をはき違えている人達が多い印象を受けます。
早期診断の方向性としては、「その子の予後を良くする」だと思うのですが、その良くする方法が、支援をたくさん受けること、早期から療育を受けること、問題が大きくなる前に服薬を始めることに偏っているのです。
それって、育てられるところをすべて育てたあと、それでも残る困難、課題、特性に対して行うサポートではないでしょうか。


年端もいかない子ども達が、療育機関に通う。
いやいや、その子達に大切なのは、まずやらないといけないのは、「未発達な部分を育てることでしょ!」「快食快眠快便、生活のリズムを整えることでしょ!」と私は思うことがあります。
だって、同じ年齢の子ども達も、それを育み、整え、身に付けている最中だから。
どうして、発達に遅れがある子は、「家庭で育てる部分、ヒトとして土台になる部分を育てるのは、“置いておいて”」になるのでしょう。
そんなことをしていたら、同世代の子との発達の差は、どんどん広がっていくばかりです。


基本的な生活習慣、生きる上で土台となる発達と快食快眠快便。
そこが育っていないし、育もうとしなければ、たとえ療育が意味のある内容だったとしても、身につくわけはありません。
身についたとしても、それは形をコピーしているだけ。
特定の施設の中だけ、特定の支援者の前だけ、すること、やれることがあるのは、皆さん、よく見る姿だと思います。
結局、土台が育っていなければ、本当の意味での実生活に繋がる学習はできないし、そもそも身につく可能性、効果がある可能性も低くなります。


「昨晩も寝られなかったんですよ」という親御さんに、「それはお母さん大変でしたね」「少しずつ寝られるようになると思いますよ」なんて言うだけで、「さあ、療育の時間、始めましょう」とやっちゃう支援者。
療育機関は、決められたプログラムを進めていく必要があるのはわかります。
でも、それとは別に、寝られないことの重大さに気が付き、親御さんと共にどうしたらよいかを考えていく姿勢が大事だと思います。
寝られないことは家族にとっても大変なことですし、何より本人が一番苦しんでいます。
寝られないのは、発達への影響ももちろんですが、命、生きると関わる重要な部分でもあります。
早期に分かり、早期に子ども、家族と向き合うからこそ、形だけのソーシャルスキルを教え込むよりも、こういった土台に対する子育てを支援してほしい、と思うのです。


相談を受けながら、私はいつも思います。
現在の早期診断、早期療育は、親御さんを苦しめているだけではないか、と。
何故なら、家庭が担っている生活のリズムを整えること、快食快眠快便を整えること、そして未発達の部分を育んでいくことに対するサポートがなされていないから。
「それは障害特性でもありますので…」と表向きの言葉で慰めておいて、心の中では「それは、私達の仕事じゃないし、家庭の問題でしょ」と呟く姿。
そしていそいそと、今日も決められたプログラムを進めていく。


言葉の遅れがある子に、絵カードの使い方を教えるのは意義のあることでしょう。
落ち着いて座れない子に、静かに座っていられる時間を増やす指導も意義のあることでしょう。
他人と、うまく関係性を築けない子に、ソーシャルスキルに関する指導をするのも意義のあることでしょう。
でも、それを年端もいかない子ども達にするんかい!?
言葉が出ないのは、その土台の準備ができていないからかもしれません。
落ち着いて座れないなら、落ち着いて座れる身体が育っていないのかもしれません。
他人と関係が築けないのは、そもそも自分自身が捉えられていないからかもしれません。
そこに気づけるからこそ、早期に関わる支援者だといえるのではないでしょうか。


早期診断は、確定診断ではありません。
その子の未来を決定づけるものでもありません。
早期に気づくということは、早い段階で「未発達の部分を育てていこう!」というポジティブな動きだと思います。
1歳、2歳、3歳の子どものどれが障害で、どれが未発達かなんか、明確に区別することはできません。
だからこそ、育てやすいところから、育てていく。
治しやすいところから、治していく。
生活のリズムを整えることと、快食快眠快便は、生きるための土台です。
それらを育てていったあと、それでも残るものがあれば、そこは支援や配慮が必要な部分。


育て切る前に、未発達の部分ばかりなのに、最初から支援と配慮が提供されるというのは、早期診断の意義を見失っている証拠だと思います。
早期診断は、その子にあった子育てに向かって歩みだすきっかけ。
早期療育に求められるのは、より良い子育てに向けたサポートであり、アドバイスだと私は考えています。
幼少期の親御さんが知りたいのは、支援の仕方ではなく、子育ての仕方です。
1歳、2歳、3歳の我が子に対して、「より良い支援をしたい」と一番に思う親御さんは、ほとんどいないはずですから。

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