ルールを天秤にかける
ルールを天秤にかける場面は、日常生活の中に多々ありますね。
「ごはんは良く噛んで食べる」と「時間は守らなくてはいけない」というルールでしたら、登校時刻までの時間によって天秤の傾きは変わります。
「任せられた仕事は最後までやり遂げる」と「体調不良になったら休む」というルールでしたら、仕事の重要度と〆切、体調不良の原因によって天秤の傾きは変わります。
ある男の子の話です。
その子は「約束は守る」と「嫌なことは断る」というルールを教わっていました。
あるとき、友達と約束をしました。
でも、あとからその約束を思い返してみたら、男の子は嫌だと思ったそうです(社会的に見ても良くないことでした)。
つまり、「約束は守る」と「嫌なことは断る」というルールを天秤にかける必要があったのです。
男の子は「約束を守る」という方に天秤を傾けた結果、トラブルを起こしてしまいました。
トラブルを起こしたあと、その男の子と話をしました。
「約束は守る」と「嫌なことは断る」というルールは分かっていたとのこと。
では、何故、嫌なことだと思ったのに断らずに約束を守る方にしたかと言ったら、「約束を守る」というルールを教えてくれたのが先生だったから(ちなみに「嫌なことは断る」はお母さんから教わった)。
つまり、その子の中で優先したのは、約束の内容や影響、社会的に見てどうかではなく、誰が教えたか。
先生が教えたことの方がお母さんの教えたことよりも優先順位が高いから、という理由でした。
定型発達の人達は、このような優先順位をつける行為を瞬時に頭の中で行います。
それは、その状況を構成している複数の情報を適切に掴むことができるからです。
でも、自閉症の人達は、状況を構成している複数の情報を掴み損ねることがあります。
その結果、状況に関係なく、いつも同じ選択をしたり、掴めた情報の中だけで判断したりします。
男の子は、ルールはルールとして同じ場所にカテゴライズしていました。
ですから、「約束は守る」と「嫌なことは断る」というルールの間には上下がなく、同じルールという括りでした。
また、その約束が及ぼす影響と結果という情報が掴めず、先生の言ったことを優先するという部分のみで判断してしまったのでした。
嫌だと思う約束でも、「万引きをしてこい」というのと、「マンガを貸して」では度合いが違います。
また約束をする友達との親密度や、友達の力具合でも状況は異なりますし、友達と約束するのと、先生と約束するのでは意味合いが違ってきます。
このように1つの情報をとってみてもレベルの違いがあり、判断すべき情報が多くなればなるほど、複雑になります。
そんな複雑な判断を瞬時に、オートマチックにしているの定型脳との違いを感じるエピソードでした。
ちなみに、男の子とは「ルールの優先順位は、誰が教えたのかでは決まらないこと」「約束も、嫌なこともレベルや種類の違いがあること」「この前の状況だったら、嫌だと断る方を優先すべきだったこと」などを一緒に勉強しました。
オートマチックな脳になれなくても、こういった学びの積み重ねが適切な状況判断へとつながっていくと考えています。
「ごはんは良く噛んで食べる」と「時間は守らなくてはいけない」というルールでしたら、登校時刻までの時間によって天秤の傾きは変わります。
「任せられた仕事は最後までやり遂げる」と「体調不良になったら休む」というルールでしたら、仕事の重要度と〆切、体調不良の原因によって天秤の傾きは変わります。
ある男の子の話です。
その子は「約束は守る」と「嫌なことは断る」というルールを教わっていました。
あるとき、友達と約束をしました。
でも、あとからその約束を思い返してみたら、男の子は嫌だと思ったそうです(社会的に見ても良くないことでした)。
つまり、「約束は守る」と「嫌なことは断る」というルールを天秤にかける必要があったのです。
男の子は「約束を守る」という方に天秤を傾けた結果、トラブルを起こしてしまいました。
トラブルを起こしたあと、その男の子と話をしました。
「約束は守る」と「嫌なことは断る」というルールは分かっていたとのこと。
では、何故、嫌なことだと思ったのに断らずに約束を守る方にしたかと言ったら、「約束を守る」というルールを教えてくれたのが先生だったから(ちなみに「嫌なことは断る」はお母さんから教わった)。
つまり、その子の中で優先したのは、約束の内容や影響、社会的に見てどうかではなく、誰が教えたか。
先生が教えたことの方がお母さんの教えたことよりも優先順位が高いから、という理由でした。
定型発達の人達は、このような優先順位をつける行為を瞬時に頭の中で行います。
それは、その状況を構成している複数の情報を適切に掴むことができるからです。
でも、自閉症の人達は、状況を構成している複数の情報を掴み損ねることがあります。
その結果、状況に関係なく、いつも同じ選択をしたり、掴めた情報の中だけで判断したりします。
男の子は、ルールはルールとして同じ場所にカテゴライズしていました。
ですから、「約束は守る」と「嫌なことは断る」というルールの間には上下がなく、同じルールという括りでした。
また、その約束が及ぼす影響と結果という情報が掴めず、先生の言ったことを優先するという部分のみで判断してしまったのでした。
嫌だと思う約束でも、「万引きをしてこい」というのと、「マンガを貸して」では度合いが違います。
また約束をする友達との親密度や、友達の力具合でも状況は異なりますし、友達と約束するのと、先生と約束するのでは意味合いが違ってきます。
このように1つの情報をとってみてもレベルの違いがあり、判断すべき情報が多くなればなるほど、複雑になります。
そんな複雑な判断を瞬時に、オートマチックにしているの定型脳との違いを感じるエピソードでした。
ちなみに、男の子とは「ルールの優先順位は、誰が教えたのかでは決まらないこと」「約束も、嫌なこともレベルや種類の違いがあること」「この前の状況だったら、嫌だと断る方を優先すべきだったこと」などを一緒に勉強しました。
オートマチックな脳になれなくても、こういった学びの積み重ねが適切な状況判断へとつながっていくと考えています。
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