2022年7月21日木曜日

【No.1290】子ども達から聞こえてくる「発達障害があって何が悪いんですか?」という声

西洋医学的に言えば、症状や問題を「消す」ことが治療であり、治るになる。
だから、自傷があれば精神安定剤を処方し、眠れないとなれば、睡眠導入剤を使って眠らせる。
その背景や原因は問わない。
とにかくターゲットとなる行動を、たとえ一時的であったとしても消せればOKなわけです。
症候群などという詐欺みたいな診断名を作りだし、チェックリストにいくつ印が付くかで診断が決まるというのも、それを端的に表しているのでしょう。


発達障害の分野においては、創成期からアメリカやイギリスの影響を強く受けていますので、医療はもちろんのこと、福祉、教育においても、西洋医学的な視点に立ち、展開されています。
ですから、療育に行っても、学校に行っても、福祉事業所に行っても、「〇〇ができない」というダメ出しが主になり、そのダメなところをいかに消していくか、少なくしていくかが支援の中心になります。
ハッタツの世界にいればいるほど、子ども達も、親御さん達も病んでいくのはこういった理由があるからです。
ズボンの中に手を入れるのなら、オーバーオールを着せよう。
聴覚過敏があるのなら、イヤーマフを付けよう。
言うことを聞けないのなら、結束バンドを付けて袋をかぶせて連れて行こう、もその流れの中にあると思います。


この「〇〇ができない」という視点に立った支援というのは、とても危険だといえます。
何故なら、「〇〇ができない」という評価が、既に本人ではない他者評価、他者の視点になっているからです。
発達相談を行っていても、「〇〇ができない。どうしたらよいか?」という話題が少なくありません。
で、「"〇〇ができない"というのは、本人がそれができなくて困っていますか?」と尋ねると、言葉に詰まってしまう。
親御さんばかり責めるわけではありませんが、ずっとそういった評価、支援の中にいれば、おのずとそういった思考、視点に立って子どもを見てしまうのかなと思いますし、親御さん自身がそういった育ちをしてきた、されてきた可能性もあります。
そういったご家庭は、症状を消すことができたとしても、根っこから育て、治すことはできない。


私はこの頃、強く思うのですが、「発達障害があって何が悪いんですか?」と叫びたくなることがあるのです。
商業目的で診断名をつけられる。
学校が管理しづらいからといって、特別支援の世界に追いやる。
親が自分の責任を放棄するために、「生まれつきの障害である発達障害」という言葉にすがる。
マスクや過剰な対策、遊びの欠如、長時間のタブレットなど、これは生まれつきでも、発達障害でもなく、ただの人災でしょ、そのように育てた当然の結末でしょ。
大人の都合によって作られた発達障害。
そんなんで診断つけられて、同級生と異なる世界にぶち込まれる子ども達を考えれば、「だったら支援も、療育も、受けなくていいから発達障害のままでいさせてくれ」と彼らは言うのではないでしょうか。


私も含めて、支援者なんてクソだと思います。
子どもは生まれ、日々の生活を送っているだけなのに、「この子には発達の遅れがある」「もう3歳になるのに〇〇ができていない」などと言われて、訳の分からない大人たちが現れる。
そうして今までの日常から非日常、同年代の子ども達とは異なる世界に連れて行かれる。
発達障害って問題なの?
フツーの子ども達が、フツーにやることを奪ってまでも、特別支援の世界に連れて行かないといけないの?
フツーの生活を奪ってまでも、やる意味があるの?
というか、それだけのものを私達は提供できているの?
結局、支援者のカネのためだったり、自己実現のためだったり、愛着障害を埋めるためだったり。
ホントばかみたい、みんなみんな。


自分の人生を振り返っても、できないことだらけでした。
でも、その"できない"を含めて、自分なんだと思う。
それは発達に遅れがある子ども達も一緒でしょ。
言葉が出なくて困っているのは、その子自身じゃなくて、親御さんのほうではないのでしょうか。
言葉が出なくて本人が不幸なのか。
元を辿れば、周囲からの目が、祖父母からの期待が、就学が目の前に迫ってきて、自分自身がダメな親だと思われるなど、親御さん自身が勝手に不幸になっているのではないでしょうか。
そう考えると、親御さんだって、あの憎い医者や支援者、先生たちのように、我が子を「〇〇ができない」という視点でダメ出しをしている。


ダメ出しをする家庭で、子どもさんが伸びやかに育っていけるのでしょうか。
「ハイハイを抜かした。だからハイハイをやらせる」で、ヌケは育ち、埋まっていくのでしょうか。
取り組みを行っているけれども、伸びていかない、育っていかない、治っていかない、というご家庭に伺うと、親子の波長、見ている先が合っていないことが往々にしてあるのです。
端的に言えば、子どもさん自身はハイハイのヌケを育て直そうと思っていない。
というか、そこに不便さを感じていないし、もっといえば、他のことを育てたい、満たしたい。


これまたよくあることですが、夫婦関係が崩れている場合、子どもは発達のほうに意識を向けられないことがあります。
特にお母さんの不安定さに、子どもは敏感に感じるもので、お母さんの危機は自分の危機のように捉えている子もいます。
どうやって子育て、発達援助していくかよりも、まずは夫婦関係の改善、お互いが腹のうちを出し合い、理解を深めていく方が先のこともある。
そうやって夫婦関係のこじれが解けたあと、子どもがハイハイをし始めるといったことはよくあります。


発達障害とは、発達が進んでいけない状況に問題があるのです。
ゆっくりだったとしても、発達が進んでいくのなら、それはいわゆる大器晩成の発達の仕方なだけで、問題ではありませんね。
ゆっくり発達することが問題だというのなら、それはゆっくりであることを認められない、受け止められない周囲の方の問題です。
ですから何故か、育ちが止まる、育っていかないから問題になるのだと思います。
そんなとき、我が子だけに問題があると捉えると、一向に前進していかないことがあります。


多くの子ども達に接していると、彼らにとっては運動発達のヌケ、手先の不器用さ、運動の苦手さ、集団生活の苦手さって、最優先課題ではないんだと思います。
それよりも愛着形成を育てていきたいし、それよりもお母さんには健康で笑顔でいてほしい。
子どもは安心安全が守られ、愛情という土台が満たされるから、発達に向けて動き始める。
栄養療法だって、本人は普段の食事で満足しているうえに、いくら栄養を盛っても、うんちや濃いおしっこになって排出されるだけでしょ。
それで育ってほしい、良くなってほしい、治ってほしいというのは、親のエゴ。
本人が食べたいけれども食べられない、という想いがあり、それを感じた家族が栄養でサポートするのとは全然違う。
子どもは電磁波の影響を取りたいから海に行くのではなく、海で遊びたいから海に行き、心地良いから波打ち際を裸足で歩く。


私は支援者としても、二人の子の親としても、一人の大人、社会人としてもポンコツだと思う。
そんなポンコツな人間が、可能性ばかりの子ども達と関わり、育てようとしている。
だから、うまくできなくて当然、やることは子どもにとっては迷惑なことばかり。
そういう自覚があるからこそ、そんなポンコツな自分と向き合おうとするからこそ、せめてをも彼らのマイナスにはならないことをしようと思います。
大人が子どもを評価しようと思った時点で、子どもの心は見えなくなる。
心が見えない大人たちが展開している特別支援の世界は子ども達にとっては悲惨です。
だからこそ、親御さんが変わり、家庭が変わる必要があります。
愛する我が子のためなら、自分の醜いところにも目が向けられるでしょ。
「発達障害とは、大人たちが造った幻想である」と私には思えてならないのです。
子どもを変えようとする前に変わる必要があるのは、私達大人でしょう。




☆『医者が教えてくれない発達障害の治り方』のご紹介☆

まえがき(浅見淳子)

第一章 診断されると本当にいいことあるの?
〇医者は誤ることはあるけど謝ることはない
〇早期診断→特別支援教育のオススメルートは基本片道切符
〇八歳までは障害名(仮)でよいはず
〇その遅れは八歳以降も続きますか?
〇未発達とは、何が育っていないのか?
〇就学先は五歳~六歳の発達状況で決められてしまうという現実
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのメリット
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのデメリット
〇療育や支援とつながるほど、子育ての時間は減る

第二章 親心活用のススメ
〇親子遊びはたしかに、発達に結びつく
〇変わりゆく発達凸凹のお子さんを持つ家庭の姿
〇学校は頼りにならないと知っておこう
〇安定した土台は生活の中でしか作れない
〇支援者が行うアセスメントには、実はあまり意味がない
〇親が求めているのは「よりよくなるための手がかり」のはず
〇人間は主観の中で生きていく
〇専門家との関係性より親子の関係性の方が大事
〇支援者の粗探しから子どもを守ろう
〇圧倒的な情報量を持っているのは支援者ではなく親

第三章 親心活用アセスメントこそ効果的
〇子育ての世界へ戻ろう
〇その子のペースで遊ぶことの大切さ
〇「発達のヌケ」を見抜けるのは誰か?
〇いわゆる代替療法に手を出してはいけないのか
〇家庭でのアセスメントの利点
1.発達段階が正確にわかる
2.親の観察眼を養える
3.本人のニーズがわかる
4.利点まとめ
〇家庭で子どもの何をみればいいのか
1.発達段階
2.キャラクター
3.流れ
4.親子のニーズの不一致に気を付けよう

第四章 「我が子の強み」をどう発見し、活かすか
〇支援と発達援助、どちらを望んでいますか?
〇子ども自身が自分を育てる方法を知っている
〇親に余裕がないと「トレーニング」になってしまう
〇それぞれの家庭らしさをどう見つけるか
〇親から受け継いだものを大切に、自分に自信を持とう

あとがき(大久保悠)


『医者が教えてくれない発達障害の治り方①親心に自信を持とう!』をどうぞよろしくお願い致します(花風社さんのHPからご購入いただけます)。全国の書店でも購入できます!ご購入して頂いた皆さまのおかげで二刷になりましたm(__)m


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