2020年10月19日月曜日

【No.1114】短期的な有効性、長期的な有効性

有効な治療法が確立されている場合、その診断名には意味があるといえるでしょう。
しかし、発達障害や自閉症、近頃で言えばHSPなどは、診断名に対応する治療法が存在しませんので、一時的な効果があるかもしれませんが、本人の生きづらさの根本を解決につながるわけではありません。
最近も、「ホント、診断受ける理由って、なんなんですかね」と訊かれましたので、「まあ、"分かった気"にさせてくれるという効果はありますね」と答えています。
「過去に自閉症の人と関わったことがある」
「発達障害について本で学びました」
一人ひとりがまったく異なるのに、なんだか知った気分にしてくれるのが「自閉症」「発達障害」という言葉の起源なのでしょう。


同じような印象を持つのが、エビデンスという言葉です。
「エビデンスがある療育」なんていうと、それだけで我が子にも、自分が担当している子にも効果がある、と思ってしまう。
これだけ療育という言葉が浸透したこんにちにおいても、いまだに療育が将来の自立につながるというエビデンスが出ていないのに。


現在、エビデンスのある療育と言われているものの多くは、対症療法です。
ですから、そのあると言われるエビデンスも、長期的な効果、有効性ではなく、短期的な効果、有効性になります。
その療法を受けて1週間後、1ヶ月後、3ヶ月後、1年後の有効性をフォローできるかもしれませんが、はたしてその持続している効果が療育だけの効果なのか、単に1年経ってその子が発達したためできているのか、学習や理解ができるようになってできているのか、そんなのは時間が経てば経つほど、わからなくなるものです。
ですから、いくらエビデンスがあろうが、短期的な効果になってしまうのです。


確かに視覚支援は有効です。
それは、まだ言葉や理解が進んでいない乳幼児にとって。
そのくらいの子ども達は、言葉よりも、目で見たほうが理解できます。
確かに行動療法は有効です。
それは、まだ十分に考える力が育っていない子ども達にとって。
今、次の瞬間、良いことがある、悪いことがある。
幼い子どもにとっては行動を変える力になりますが、成長するにつれて短期的な未来のみでは行動を変えなくなります。
長期的な視野、展望、自分の考え、過去の経験、私という自我と感情、そして体調も。
それらが複雑に絡み合いどういった行動をとるかが決まってくるのです。


2013年より前は、脳の機能障害と考えられ、誰も診断が外れるとは思っていませんでした。
特にいまある一般的な療育の多くは、知的障害を持つ自閉症者が中心というか、そういった人しか想定していなかった時代に生まれたものです。
なので、乳幼児くらいの発達段階にある人に有効であれば良いのであって、その次の段階、その次の段階というように発達していく子ども達が想定されていません。
そりゃあ、誰でも視覚的な支援、ABAのような行動療法、SSTで行われているルールの丸暗記が有効な時期があるでしょう。
でも、それは定型発達で言えば一時的であって、神経発達症の子ども達にとっても発達のヌケや遅れが育っていけば不必要になるのです。


大学生の相談で、いまだに視覚支援を勧める支援者がいるそうです。
大学生になるくらいの認知的な発達があるのに、乳幼児の段階の支援を勧める意味が分かりません。
確かに就学前の混乱期には、視覚支援や行動療法、丸暗記のSSTが助けになったかもしれません。
でも、その必要な時期は一時です。
標準療法はエビデンスがあり、有効ですが、ある発達段階においてのみです。
生涯助けてくれるような療法はありません。
「発達障害も発達する」
それはどの人も思っているのに、どうして選択している療育が幼いときのままなのか、いつまで対処、対処の対処療法を行っているのか。
短期的な有効性が、長期的な有効性を証明するものにはなりません。


対処療法は、どこまでいっても対処療法です。
ですから、根本的な解決を目指さなければなりません。
それこそ、対処療法がいらなくなることが根本的な解決になるのです。
神経発達症の子ども達は、土台となる神経発達の部分にヌケや遅れがあります。
発達とは、時間をかけてじっくり育てていくものです。
対処療法が今、短期的な未来しか見ていなのと異なり、長期的な視野に立ち、社会人としての自立を目標にしながら進めていくものだと思います。
その自立だって、18歳とか、20歳とかではなく、ひとにとっては30歳からの自立、40歳からの自立になります。


ヒトは生涯、発達を続けるものなので、本当に発達なのかどうかは人生を振り返ったときにしかわかりません。
私達が「発達した」と喜んでみている姿も、途中経過でしかないのです。
本当のところは誰も分からない。
だからこそ、その場しのぎで対処しているだけではなく、根本からの育ち、本人が発達し続けられるような環境づくりと後押しが重要なのだと思います。
短期的なモノにばかり目が奪われてしまい、子どもさんが自立できること、生涯発達、成長し続けられることを見失ってはならないのです。
一喜一憂は対処療法の専売特許。
まあ、だからみんなはまりやすく、抜けにくいといえますが。




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