2020年3月27日金曜日

【No.1036】これからの発達援助の原型

日本もそうですし、各国の報道を見ても、「若者の危機意識が足りない」「若者たちが街に出ている」と批判されていました。
25歳くらいまでは、まだまだ脳の前頭葉が発達途中ですので、自制が利きづらかったり、あえてリスクを楽しんだりするようなところがあるものです。


だからといって、こういった状況にも関わらず、好き勝手して良いわけではありませんが、とっくの昔に脳の成熟を迎えたはずのいい歳の大人たちも、海外旅行へ行ったり、陽性者が出歩いたりしていませんでしたかね。
模範や自制の助けとなるべき存在である大人たちがこうでは、若者たちだけ我慢しろ、というのは無理があるように感じます。
まあ、今は非常時ですので、こういった批判はするだけ無駄だと思いますし、買い占めなんかを見ていますと、ヒトとしての肌身で感じる、動物として感じる部分がますます退化しているのがわかります。


発達相談においても、「リスクとの向き合い方」がテーマになることがあります。
遺伝子は変えられませんので、変えるとしたら環境、刺激側になるわけです。
その環境の中には、発達障害発症の引き金となる要因がたくさんあります。
一つひとつを挙げればきりがありませんし、そういった一つひとつを考えていたら、「何を食べればいいの!?」「どこで生活すればいいの!?」と、とても子育てなんかできないと思われるはずです。
発達障害のリスク因子は、現代社会において、私達の身近に多く存在しています。
別の言い方をすれば、リスクの中で、私達が生活しているといえるでしょう。
ある意味、便利さと今の安心と引き換えに、未来へのリスクを背負っているようなものです。


このようなお話は、親御さんに尋ねられればお答えしていますし、お子さんの発達の流れから見て、それが発達のストッパーになっていると考えられるときには、こちらからお話しすることもあります。
ただ、中には、どうしても生活環境上、個人では変えられない部分がありますし、そういった場合は、できる範囲で避けたり、代替のもので対処したりすることで、発達を押し進めていくことができます。
あるご家族は、水を換えることで、心身の状態が安定し、発達が進んでいった子もいました。


しかし、実際のところは、リスク要因は具体的になっているものの、とにかく数が多いですし、それがその個人にどのように濃淡をつけて影響しているかはわからないし、そもそも確かめようがないのです。
上記の水の場合も、考えられるリスク要因の中からできそうなところをやっていって当たったという感じです。
もちろん、その“当たった”も定かではありませんが、結果的に子どもに良い変化があった、というレベルのものです。


発達障害は、遺伝子の障害ではありませんので、その発症には、なんらかの環境要因が加わったと考えられます。
では、その環境要因、リスク要因を、どう見抜いていくのか。
私は知識、情報、学問として、知っています。
そこにやはり親の直感、本能的な危険の察知能力が加わり、対処していくのです。


親御さんは、私が話をする前から、なんとなく気づいていることがあります。
そして、考えられるリスク要因を挙げると、すぐに「これが問題だと思います」「これを最初に変えた方が良いと思います」と言われます。
私が見たてから導き出した複数のリスク要因。
それを親御さんの直感、本能で嗅ぎ分けるという感じです。
そういった意味でも、親御さんの感覚の鋭さ、日頃から整えられているか、ちゃんと育っているか、が育てる面だけではなくて、こういったリスクから遠ざける面でも、問われるのだといえます。
私のように、ただ知識や情報だけ持っていたとしても、直感が働かなければ、「すべて怖い」「そんなリスクだらけじゃ、生きていけない。子育てできない」で終わってしまいますので。


便利さを享受した現代社会の中で子育てをしている。
それ自体は、どうすることもできませんし、すべての便利さ、今の快適さを投げうってまでも、文明から遠い環境の中で生きていくか、といえば、そういった選択をする人はほとんどいないはずです。
ですから、ここはヒトとしての感覚と、人間としての知恵によって、より良い子育てを目指していくしかないのだと思います。
リスクを嗅覚で感じ、感覚で判断し、知恵によって乗り越えていく。
リスク要因に溢れた現代社会の中でも、工夫と行動によって、より良い子育てはできます。
発達障害が発症したら、何の手立てもない、ということでは決してないのは強調してお伝えしたいと思います。


ここからは、私の個人的な妄想です。
「二人目も考えているんですが…」
「親にその気がある場合、子に遺伝するのでしょうか?」
そういった遺伝に関するご相談も少なくありません。
客観的な事実として、親から子への遺伝はありますし、親族、兄弟児にそういった特徴を持つ人がいれば、統計的に確率は高くなります。
でも、その確率は、100%ではありません。


なんらかの親族間で共通する遺伝子が、現代社会における環境要因の中のなにかに強く反応する、脆弱性を持っているのでしょう。
発達障害のリスク要因の話をすると、「そんなわけはない」「それが発症の引き金になるのなら、みんな、発達障害だ」などと言う人もいますが、一人ひとり遺伝子が異なりますので、同じ環境の中でも、その影響の違いは出るものです。


ですから、親族に発達障害を発症した人がいるという場合は、我が子が発達障害だという場合は、なにかは分からないけれども、現代社会の中の環境要因に脆弱性を持っている可能性が他の人よりも高いと考えるべきだと思います。
そういった人は、お子さんは、他の家庭よりも、環境に注意する必要がありますし、逆に言えば、環境を改善することが、発達障害を治す近道だといえるでしょう。
栄養を改善したら治った子は、栄養の影響によって発症した子、それが引き金になった子と考えられます。


これまで多くの発達障害を持つ人達、子ども達と接してきて思うのが、彼らはより原始的な部分を持ったまま進化してきた人達ではないか、ということです。
原始的な部分を多く持っていて、受け継いできたからこそ、現代社会の中で、大きな影響を受けてしまっている。
それが、ある意味、現代病でもある発達障害発症として現れている。


ヒトの進化のスピードと、文明の発展のスピードを比べれば、圧倒的にヒトの進化のほうが遅い。
ということは、発達障害を発症する人が増え続けていることも合点がいくし、文明の進歩にヒトが飲まれていくのは時間の問題だといえる。
いずれ多数派の発達障害者と、少数派の適応者に分かれていくだろう。


発達援助を突き詰めていくと、より動物的な環境を、ヒトとしての発達、成長を目指していくことになります。
そして、そういった名も無い遊びや、親子の関わり合い、自然環境の中での刺激が、発達障害を治す一番の近道になっているのも事実です。
現代社会の中で、どうやって原始的な部分、動物的な育ち、環境を目指していくか。
それこそが、これからの発達援助の原型だと、私は考えています。

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