2020年3月3日火曜日

【No.1022】触れる主体は誰か?

お子さんの雰囲気から、「皮膚が育っていないな」「皮膚の育ちが今、必要だな」と感じることがあります。
そういったとき、私は「皮膚を育てましょうね」というお話をします。


どういうときに、皮膚の課題を感じるかといいますと、やはり一番は、身体と空間の境目がないとき。
他者との距離感が近すぎたり、背面の意識が乏しかったり。
他には、触覚刺激に過剰or過少の反応だったり、本人のモノへの触り方に違和感が見られたりするときです。


このような課題があるとき、親御さんの多くは、マッサージやスキンシップを通して、皮膚を刺激し、育てようとします。
私もそれが良いと思い、ずっと仕事をしていました。
でも、最近、皮膚への刺激で育つ子もいれば、そうではない子もいることに気づきました。
と言いますか、気づいていても、それに対する解を私が持ち併せていなかったのだと思います。


ヒトが最初に皮膚を感じるときは、いつでしょうか?
ヒトは、どうやって皮膚感覚を育てていくのでしょうか?
そういった物語の中に、“解”があったような気がしました。


胎児が皮膚感覚を得るとき、つまり、「あ、自分には皮膚がある。包まれたものがある」と気づくのは、自分の手が口元に、足がお母さんの子宮壁に、当たったとき。
もし、子宮内が手足が伸ばせるくらい広ければ、腕が曲がらず伸びきった状態のままであれば、羊水から得られる全体的な圧のみの刺激しか得られないはずです。
こういった連想をすると、羊水から得られる全体的な圧と、自ら身体を動かし得られる感覚刺激には、違いがあるような気がするのです。


足を動かす→子宮壁に当たる→当たった刺激が皮膚を介し、体内へと戻っていく。
行動に伴う感覚刺激のフィードバック。
この繰り返しが、皮膚を育て、感覚器を育てていくのだと思います。


マッサージやスキンシップで皮膚が育ったお子さん達は、きっと羊水からの圧刺激に満たされなさがあったのだと思います。
ですから、今まで、皮膚に刺激、特に圧刺激を得ることで発達してきた子ども達がいた。
一方で、それでは育たない、育ちがゆっくりな子ども達というのは、胎動による皮膚刺激に満たされなさがあったのだと想像します。


皮膚に対する圧刺激というのは、どちらかといえば、受け身です。
でも、胎動によって得られる刺激というのは、能動的だといえます。


こういった連想が続いていくと、今までの「皮膚を育てましょう」という私の発言が、不親切で、薄っぺらいアドバイスもどきだったと思うのです。
皮膚の発達に課題がある子ども達の中に、手足を使って遊ぶことで育ちきった子どもさんがいました。
それは、能動的に手足を動かし、そこで触れた刺激を末梢神経→中枢神経を通り、脳へとフィードバックさせ、育てていたのでしょう。
この手足を存分に使って遊ぶ姿は、胎動と重なります。


いわゆる五感の中で、もっとも早く出現するのが触覚だと言われています。
胎児期の前半、感覚機能で存在しているのは、この触覚のみ。
触覚が育つことが、他の感覚の発達へとつながるような気もします。
そういった意味で、触覚、皮膚の育ちが重要であり、受動的&圧感覚と、能動的&触感覚を分け、その子の育ち具合に合わせて育てていくことが大事だと思います。


「皮膚を育てたいから、触ればいい」というわけではなく、本人が能動的に触れる機会を大切にしていく。
「触れる主体は誰か?」という視点が重要ですね。

0 件のコメント:

コメントを投稿