2021年8月3日火曜日

【No.1181】資本主義の原理のもとにギョーカイが成り立っている

函館は25万人規模の市なので、ご丁寧に一人ずつ陽性になった人の報告があります。
それを見ていると、ほぼ無症状、軽症。
2019年まででしたら、病院などにかからず、各自が自宅で治していたはずです。
というか、ほとんど気づきもしなかったと思います。
そういった人達までをも、せっせと入院させるんだから、いくら病院があってもすぐにキャパ越えしてしまいます。
全国にある病院のベッドの2%のみしか使わず、これで「医療崩壊だあ~!」と叫ぶのなら、いっそのこと、医療崩壊してしまえば良いと思いますよ。
そうすれば、政治が決断できなくとも2019年以前の世界に戻ります。
とにかく陽性になれば、全員入院というほうがおかしいのです。


とにかく医師が診断したら発達障害というのも、同じように異常だといえます。
診断される前と診断された後では何が変わるのでしょうか。
子どもはいきなり障害者になるの?
そこを境にして一般的な子育てはしちゃいけないの?
普通の親子の生活、遊びよりも、療育というやつに行かないといけないの?
それをやるようにしなきゃ、子どもはどんどん異常になっていくの?
いいえ、そんなはずはありません。
だって、受精した瞬間から今まで子どもは生きていて、歴史は続いている。
だから、診断されたからといって、何かを大きく変える必要はないと思うんです。
我が子を育てることには変わりないでしょ。
どこかわからないところから、いきなり子どもが現れたんじゃないんだし。


一方で医療、福祉などのサービスを提供する側としては、診断後、変わってもらわないといけないんです。
そもそも資本主義というのは、ニーズを生みだすことで発展してきたのですから。
目の前に発達に遅れがある子がいる。
その子を診断しなければ、そのまま、家族とともに普通の子育てが行われていたのです。
でも、一旦、診断をつければ、一気に障害児に変わり、そこからいろいろなサービス利用の可能性が出てくる。


もともとは無で、お金は必要ないのです。
子育ってて、基本的に無料でしょ。
公園で遊ぶのだって、海で遊ぶのだって無料。
だけれども、障害児になり、サービスを利用すると、急にお金が出てくる。
そうやって、もともと無だったところから、ニーズを作りだし、そしてサービスを提供することでお金を得ていく。
無症状の人は、2019年までは普通の人だったわけ。
しかし、「無症状も病気」と決めたから治療対象になった。
傍から見ると、自分たちで病人を作り、薬だ、入院ださせて儲けていないの??
さらに全世界の人を対象にワクチンまで打とうとしている。
手法はどちらも一緒です。


発達相談をお受けしていて、よく思うのが、「そのニーズは誰のニーズ?」ということです。
発達に遅れのある子が、一般的な子育ての中で、遅れを取り戻し、将来自立して生きていければ、支援のニーズはなし。
だから、必死にギョーカイは啓発するのです。
そして「早期診断、早期療育」と叫ぶ。
「生まれつきで治らない」というのは、そうでなきゃ、支援を受けるニーズが生まれないからです。
すぐに治っちゃうと、そこで商売が終わってしまって困る。
だから、ダラダラと支援を受け続けてもらう。
でも、何かしないとバレちゃうから、やってます感満載の支援グッズを使ってアリバイ的な時間を過ごさせる。


ギョーカイが引っ張ってきた今の特別支援の世界は、ある意味、支援者にとっては見事な世界を作り上げたんだと思います。
彼らにすれば、結果は求められず、長期間、それこそ生涯にわたっての顧客、サービス利用者を作りだせたのですから。
少しでも改善や成長が見られれば、「私達の支援のおかげ」
改善や成長がみられず、反対に悪化したとしても、「それが障害だから、障害特性だから」となる。
どっちに転んでも、彼らにとってはOK。
「オリンピック中止を求める」と言っている野党やメディア、専門家、医師会連中と同じ構図。
陽性者が増えれば「それいったモノか」で、減れば「我々が注意喚起したおかげで」となる。


さらに「治らない障害」と洗脳されている親御さんからすれば、子どものIQが下がったり、症状が重くなったりすれば、「こんなに支援や療育を受けても、うちの子は良くならないのだから、よっぽど重いんだろう」と解釈してくれる。
そうなると、さらに医療や支援に対する依存性が高まり、「うちの子を生涯支援してくれる人たちに捨てられないように」とどんどん言いなりになっていく。
ここまでくれば、一丁上がりです。


医師会連中がメディアで取り上げるたびに、胸糞悪くなるのと同じで、私も元施設職員、元教職員として、自分が行ってきた仕事、特別支援の現状にネガティブな感情を抱きます。
こいつらが協力しないため、無意味な緊急事態宣言や自粛要請が出され、どれだけの人たちが苦しんだことか。
結局、医師会がごねたのはお金のためでしょ。
「オリンピックか、命か」などと、お前たちが言うんじゃない、と思いますよ。
散々、経済を壊し、人々の夢や希望、生きがい、そして命を奪ってきたのに。


大袈裟かもしれませんが、同じようなことはこの特別支援の世界でも起きていると思います。
診断さえ受けなければ、普通の子育てをし、普通の親子関係を築き、普通の親子の時間、家族の思い出をたくさん作れたのに、訳も分からない支援を受けさせ、挙句の果てに学ぶ機会と将来の可能性を奪ってしまう。
命までは奪ってはいないかもしれませんが、一人の人生をまったく違うものにした可能性だってあるのです。
そんな重い仕事をしているわりには、そこが見えていない医師、支援者、教員が多すぎです。


だから私は、家庭でできる発達援助を行っています。
それこそ、ギョーカイによってニーズが作られる前に、家庭で、子育てで、親子の中で発達のヌケや遅れが取り戻せることを目指しています。
あれこれ子育ての中で育てたけれども、育ちきらない部分は、その子にとってニーズがある部分だと言えるのでしょう。
最近はずっと1歳、2歳、3歳の子の相談が続いていますが、本当に支援が必要かなんてわかりません。
こういったお子さん達の目を見れば、本人たちにニーズはないのがわかります。
子ども達は発達がゆっくりかもしれないが、日々の生活を楽しんで生きている。
結局、このような子ども達に診断や支援を受けさせるのは、無から金のなる木を作っているだけにすぎません。
せめても自分たちの腕やサービスの質を磨き、一般の人ではできない特別な何かができるというのなら、自分たちでお金の実を育てているのですから文句はありませんが、脅して無理やりニーズを作るのは、「42万人が死ぬ」とやっていることは同じです。


私が学生だった頃、施設で働いていた頃とは異なり、ヒトの発達のプロセス、どのように神経発達が進んでいくか、どのような刺激が発達に繋がるか、などの研究が進み、幅広い情報や知見が積み重なってきています。
そこにアクセスするのは難しいことではありません。
しかし、特別支援の世界からそれらを探そうとすると、出てきません。
YouTubeなどのプラットフォームでは、(私企業ゆえに)ワクチンを否定するような発言はすぐに削除されています。
そんなたいそうなことじゃないけれども、ギョーカイも支援や療育に否定的な意見はすべて「デマだ」と必死に打ち消していくからです。
偏った情報からは偏った見解しか生まれてきません。


大事なことは、いろんな情報から、一人ひとりが考え、選択していくこと。
そのためにはアクセスできる情報に幅を持たせなければなりません。
私の知見や経験、情報も偏りがあるけれども、考える幅ときっかけを作ることを目的に発信しています。
できることなら、私を含めて、サービスを受けずに、各家庭でより良く育て、治っていくのがベストです。
「ニーズがない」「ニーズを感じない」というのが理想的な子育てができている証拠ですから。
子どもの視点に立てば、それが一番でしょ。
大人が作ったニーズになんか付き合いたくないはずです。




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