2019年4月19日金曜日

遅れが遅れのままになっているから、発達に遅れが生じてくる

その発達の遅れが、いつから始まり、どうして生じたのか、誰も確認することができない。
何故なら、生きている限り、ヒトは常に変化し続けているから。
一秒たりとも、同じ状態にはならない。


ある時点で、発達の遅れが生じたとします。
でも、次の瞬間、環境側からの刺激によって、自ら持つ発達の力によって、再び自然な発達の流れに戻る可能性も考えられます。


私は、「これだから発達障害」「あれがあったから発達障害」というような単純明快な感じで、発達障害が生じているとは思っていません。
もちろん、仕事の上では、相手にわかってもらうことが最優先なので、よりシンプルな説明にしていますが。
発達障害とは、本来の発達の流れに戻りたいけれども、戻れず、その揺らぎ、もがきが、時間の経過とともに表面化したもの、と捉えています。


もし、発達の遅れとなる一つの原因があって、それ以降の発達すべてに遅れが出るとしたら、世の中は、発達障害だらけになっているでしょう。
当然、発達の仕方は、一人ひとり異なり、全員が全員、きれいな発達過程、曲線を描くものではありません。
そういった意味では、みんな、何かしらの発達障害を持って生きている。
でも、世の中の大多数は、自分の発達障害を意識することなく、足を引っ張られることなく生き、そして人生を終える。
それが700万年続いてきた。


このように考えると、「発達の遅れが生じる要因がなかった人が、いわゆる普通の人で、要因があった人が発達障害の人である」とは言えません。
みんな、受精した瞬間から現在に至るどこかで、発達の遅れが生じる要因と出会ってきただろうし、実際、遅れも生じたはずです。
でも、多くの人達は、普通の生活の中で、学校や職場、地域、社会の中で、その遅れを育んでいった。


遅れが遅れのままだったら、その後の発達、生活、心身に大きな影響が表れるのだと思います。
ですから私は、その遅れをどうにかしたいと考えるし、本来の発達の流れに戻るような後押しがしたいと思っています。
世の中の多くの人達が、発達障害という診断を受けるまでにならないということは、それだけヒトの持つ発達の力が素晴らしいということ。
そりゃそうです、内なる発達の力が優れていなければ、700万年も人類は続いていません。
人類の歴史のほとんどは、文字も、言語も、持たず、命の糸を紡いできたのだから。


ヒトは、自然の中で、生きる営みの中で、自分自身の発達の遅れを育み、治していったのだと思います。
本来、発達に遅れが出れば、内なる発達の力が、その人の自然な発達の流れまで戻していたのでしょう。
ですから、現在、発達障害がこれほどまでに問題になっているのは、環境の変化や文化の影響により、その人の持つ発達の力が躍動できていないから。
確かにリスク要因は、ここ数十年の間に増えましたが、それ以上に伸びやかな発達が見られなくなった、少なくなったことの方が重大な影響を与えていると思うのです。


私は、発達と向き合えば向き合うほど、支援ありきの支援が、その人の発達の躍動を阻害しているような気がするようになりました。
本人たちが求めていることは、また自分自身が果たす役割は、発達の声を聞くこと。
そして、戻りたがっている本来の発達の流れに乗せられるよう阻害しているものを取り除き、ヌケているところを埋めていく。
揺らぎ、もがいている状態に、そっと背中を押すような雰囲気で。
だって、ヒトは発達の遅れを自ら育み、治す力を持っているはずだから。
何らかの理由で、遅れが遅れのままになっているのなら、それを手伝うのが支援者としての役割だと思います。

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