発達のヌケを育てることに、どんな副作用があると言うのだろうか
タンパク質の量を増やしたり、鉄を意識的に摂ったり、食事+サプリで栄養素を補助したり…。
食事の面から子どもの発達を後押ししようとされている親御さん達がいます。
ヒトは生き物ですから、食べ物が必須なわけで、その食事の量と質が神経発達に関わるのは、当然だといえます。
それなのに、「栄養面からのアプローチのエビデンスは?」と言ってしまう人もいます。
家庭での食事にエビデンス(笑)
どっかの誰かが出したエビデンスとやらがなければ、食事も作れない人がいるのかと思うと、それはもうギャグでしかありませんね。
家庭での食事にエビデンスが必要ないように、家庭での子育てにだってエビデンスが必要なわけはありません。
「専門家の指示通りに、療育機関と同じように、家庭でもやらなければならない」
「家庭での取り組みは、一度、専門家に相談してからじゃないと、やっていはいけない」
こういった類のことを信じている人は、少なくないように感じます。
人生で最も揺れ動く時期に、「専門家」という既存のイメージから、冷静な判断ができず信じてしまう人がいるのも分かります。
でも、普通に考えれば、親御さん達の願いは、この子に合った子育てがしたい、より良い子育てができるようになりたい、というもの。
決して我が子の支援者になる方法を知りたいのではありません。
我が子の支援が上手になる方法を知りたいのではありません。
支援者というのは、利用してもらうことで成り立つ仕事です。
子どもが自立できたとか、親御さんが主体的に子育てができるようになったとか、そこは評価になりません。
シンプルに回数が大事。
1回で終わる人より、10回利用してくれる方が良いお客さん。
10回よりも定期的に一生涯、せめて自分が仕事をしている間は利用し続ける人が何と有難いことか、といった感じです。
だから、土足でズカズカと、家庭の子育てに踏みこんでくるのです。
たとえば、普通の子の家庭に、「あなたのおうちの夕食にエビデンスはあるのですか?」と言う人がいますか。
「あなたの子が、タンパク質を多く摂るのは間違っている!」
「ちゃんと専門家に確認してから、トイレットトレーニングしているの!?」
「その勉強の教え方、資格でもお持ちですか~」
そんなことを言ってくる人がいたら、怒るのは当然ですし、いちいち聞く耳など持たないでしょう。
それが、子に発達の遅れがあると分かった瞬間から、同等のことを支援者がしてくるのです。
親御さんにとって大事なのは、評価すべき部分は、子どもの発達のスピードです。
ある取り組みをしたあと、子どもの発達のスピードが加速したと感じれば、それは良いアプローチ。
子どもは、何もしなくても発達するエネルギーを持っていますので、普通にその子のペースで発達していたら、それは効果がないアプローチか、子の発達を邪魔しないアプローチということ。
で、最悪なのが、子どもの発達のスピードが止まった、逆に悪い方に進んだというアプローチ。
「ずっと同じ課題を抱えている」というようなご家族がいますが、「それは発達障害だから仕方がない」でも、「進歩も、後退もしていない」でも、「現状維持ができています」でも、ありません。
睡眠障害とか、感覚過敏とか、問題行動とか、何年も同じ状態が続くということは、普通のアプローチではなく、悪いアプローチということです。
だって、子の持つ発達する力、自然治癒力、環境との適応力が発揮できていないのだから。
足を引っ張っているのなら、別の方法、アプローチへ転換すべきです。
その転換ができないとしたら、周囲の大人に問題があるということ。
「発達のヌケを育て直す」「発達の遅れを育んでいく」というのは、普通の子育てです。
発達のヌケを育て治すために、運動面からアプローチしたり、食事を工夫したり、遊びや刺激を試行錯誤したり。
それらを行うのに、どうして専門家の指示、確認が必要なのでしょうか。
精神科薬のような副作用はないのです。
刺激が統制された環境への適応も、指示なしでは動けないようになることも、介護しやすくなるためのSSTを身に付けてしまうこともないのです。
やったらやっただけ、子どもの成長の糧になる。
やったことが子に悪影響を及ぼすとしたら、それは子どもの成長を止めてしまうような状態、アプローチを続けること。
完璧な子育てなどないのですから、子どもの発達が加速しないものはやめる、加速したら、その状態が続く限り続ける。
とてもシンプルな話です。
運動面からのアプローチに対し批判する人間に限って、子どもに精神科薬を飲ませ続けたりしています。
運動を通して、発達のヌケ、未発達の部分を育てていくのと、精神科薬を飲ませ続けること。
どちらに悪影響があるといえるのでしょうか。
運動するのに、副作用は出ませんね。
親子で遊ぶのに、過食や便秘、不眠などの症状は出ませんね。
副作用を受け入れつつ、薬の力で神経伝達物質をコントロールするよりも、神経伝達物質の元であるタンパク質と、生成に必要なビタミンを摂る方が、子も、親も、安心じゃないですかね。
我が子の発達するスピードが加速するアプローチ。
それが唯一の評価です。
加速できるアプローチを見つけるまで、探し続けることができるか、試行錯誤することができるか。
スピードが変化しない、むしろ、減速する、後退するアプローチにこだわるのは、盲目的に信じる宗教と一緒。
救われるのは、親の一時的な感情のみです。
食事の面から子どもの発達を後押ししようとされている親御さん達がいます。
ヒトは生き物ですから、食べ物が必須なわけで、その食事の量と質が神経発達に関わるのは、当然だといえます。
それなのに、「栄養面からのアプローチのエビデンスは?」と言ってしまう人もいます。
家庭での食事にエビデンス(笑)
どっかの誰かが出したエビデンスとやらがなければ、食事も作れない人がいるのかと思うと、それはもうギャグでしかありませんね。
家庭での食事にエビデンスが必要ないように、家庭での子育てにだってエビデンスが必要なわけはありません。
「専門家の指示通りに、療育機関と同じように、家庭でもやらなければならない」
「家庭での取り組みは、一度、専門家に相談してからじゃないと、やっていはいけない」
こういった類のことを信じている人は、少なくないように感じます。
人生で最も揺れ動く時期に、「専門家」という既存のイメージから、冷静な判断ができず信じてしまう人がいるのも分かります。
でも、普通に考えれば、親御さん達の願いは、この子に合った子育てがしたい、より良い子育てができるようになりたい、というもの。
決して我が子の支援者になる方法を知りたいのではありません。
我が子の支援が上手になる方法を知りたいのではありません。
支援者というのは、利用してもらうことで成り立つ仕事です。
子どもが自立できたとか、親御さんが主体的に子育てができるようになったとか、そこは評価になりません。
シンプルに回数が大事。
1回で終わる人より、10回利用してくれる方が良いお客さん。
10回よりも定期的に一生涯、せめて自分が仕事をしている間は利用し続ける人が何と有難いことか、といった感じです。
だから、土足でズカズカと、家庭の子育てに踏みこんでくるのです。
たとえば、普通の子の家庭に、「あなたのおうちの夕食にエビデンスはあるのですか?」と言う人がいますか。
「あなたの子が、タンパク質を多く摂るのは間違っている!」
「ちゃんと専門家に確認してから、トイレットトレーニングしているの!?」
「その勉強の教え方、資格でもお持ちですか~」
そんなことを言ってくる人がいたら、怒るのは当然ですし、いちいち聞く耳など持たないでしょう。
それが、子に発達の遅れがあると分かった瞬間から、同等のことを支援者がしてくるのです。
親御さんにとって大事なのは、評価すべき部分は、子どもの発達のスピードです。
ある取り組みをしたあと、子どもの発達のスピードが加速したと感じれば、それは良いアプローチ。
子どもは、何もしなくても発達するエネルギーを持っていますので、普通にその子のペースで発達していたら、それは効果がないアプローチか、子の発達を邪魔しないアプローチということ。
で、最悪なのが、子どもの発達のスピードが止まった、逆に悪い方に進んだというアプローチ。
「ずっと同じ課題を抱えている」というようなご家族がいますが、「それは発達障害だから仕方がない」でも、「進歩も、後退もしていない」でも、「現状維持ができています」でも、ありません。
睡眠障害とか、感覚過敏とか、問題行動とか、何年も同じ状態が続くということは、普通のアプローチではなく、悪いアプローチということです。
だって、子の持つ発達する力、自然治癒力、環境との適応力が発揮できていないのだから。
足を引っ張っているのなら、別の方法、アプローチへ転換すべきです。
その転換ができないとしたら、周囲の大人に問題があるということ。
「発達のヌケを育て直す」「発達の遅れを育んでいく」というのは、普通の子育てです。
発達のヌケを育て治すために、運動面からアプローチしたり、食事を工夫したり、遊びや刺激を試行錯誤したり。
それらを行うのに、どうして専門家の指示、確認が必要なのでしょうか。
精神科薬のような副作用はないのです。
刺激が統制された環境への適応も、指示なしでは動けないようになることも、介護しやすくなるためのSSTを身に付けてしまうこともないのです。
やったらやっただけ、子どもの成長の糧になる。
やったことが子に悪影響を及ぼすとしたら、それは子どもの成長を止めてしまうような状態、アプローチを続けること。
完璧な子育てなどないのですから、子どもの発達が加速しないものはやめる、加速したら、その状態が続く限り続ける。
とてもシンプルな話です。
運動面からのアプローチに対し批判する人間に限って、子どもに精神科薬を飲ませ続けたりしています。
運動を通して、発達のヌケ、未発達の部分を育てていくのと、精神科薬を飲ませ続けること。
どちらに悪影響があるといえるのでしょうか。
運動するのに、副作用は出ませんね。
親子で遊ぶのに、過食や便秘、不眠などの症状は出ませんね。
副作用を受け入れつつ、薬の力で神経伝達物質をコントロールするよりも、神経伝達物質の元であるタンパク質と、生成に必要なビタミンを摂る方が、子も、親も、安心じゃないですかね。
我が子の発達するスピードが加速するアプローチ。
それが唯一の評価です。
加速できるアプローチを見つけるまで、探し続けることができるか、試行錯誤することができるか。
スピードが変化しない、むしろ、減速する、後退するアプローチにこだわるのは、盲目的に信じる宗教と一緒。
救われるのは、親の一時的な感情のみです。
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