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情報提供しているだけ

「出張に行った、行く予定」に対して、「売名行為だ」「自慢している」と言われました。 生きづらーい(;´∀`) 出張に行ったのも、行く予定も事実だし、何よりも道外に出張に行ったからといって、偉くもなんともない。 徒歩圏内で相談、発達援助を行うのも、飛行機に乗って相談、発達援助をするのも、何ら違いはありません。 やることは一緒。 むしろ、我が子のために、今後のより良い子育てのために、時間とお金をかける親御さんの方が何百倍も偉い。 だって、それだけ真剣に子どもと向き合い、今という時間を大切に感じているのだから。 世の中にはエラソーなことは言えるのに、行動できない人がたくさんいる。 だからこそ、私は行動できる人を尊敬するし、その人の願い、要望なら全力で応えたいと思います。 出張の話をしたのは、全国に同じ想いをしている親御さん達がいることを伝えたかったから。 時々、ブログに載せる子どもさんの話も、親御さんの話も、そう。 治る人、治った人、治るための知見やそれを持っている人は増えてきたけれども、まだまだ多数派にはなっていないし、まだまだこういった事実を知らない人が大勢います。 治る道を歩みだした人だって、身近に共感してくれる人がいなくて、孤独感を持ちながら進んでいる人だっています。 だからこそ、私が関わらせてもらった子どもさん、親御さんで、ヒントになるエピソード、励まし、希望になるエピソードがあれば、それを紹介させてもらっています。 私が関わった人達のエピソードを載せるのは、ただ単純に知っているからです。 知らないことはブログに書けません。 しかも、私が関わったから良くなった、治ったなんてことは思ってもないですし、そんなはずはありません。 何度も言うようですが、私に治す力はありませんし、治すのは本人であり、家族です。 本人が発達のヌケを育て直す行動をし、家族がそれを後押しするための行動をしたから、治ったのです。 今までにも、いろんな方達の育み方、発達のヌケの育て直し方を一緒に考え、伝えてきました。 でも、治らなかった人、治っていない人もたくさんいます。 「ああすれば、根っこが育っていき、伸びやかに成長できるのに」 「ここから育てていけば、ラクになるのに」 私がそう思っても、やるかやらないかは、本人、家族が決めるこ...

支援者に手柄などあるわけがない

数年に渡って、一人の若者を鳥かごの中に押し込めようとしていたのにも関わらず、本人が仕事を始めると、「あなたは自立できる人だと思っていた」と言ってしまう、あまちゃん県の支援者。 散々、人権侵害してきたし、同県のギョーカイ人達がひどいことを行ってきたのを見聞きしていたのにも関わらず、そこで本人のことを守ろうともしなかった、「それはおかしい!」と同県のギョーカイに抗議をすることもしなかった。 本当に、この若者のことを信じ、自立できるような人だと思っていたのだったら、必死に守るし、一緒に闘うはず。 言葉なんて、あとからでも、なんとでも言えます。 100万歩譲って、本当に可能性を信じていたとしても、ボーと見ているだけだったら、それは同県のギョーカイと同じ。 身近に、自分を助けてくれる人、応援してくれる人、そして何よりも一緒に理不尽と闘ってくれる人がいなかった、その孤独感、喪失感を想像したことがあるのか、と言いたい。 行動が伴って初めて、言葉に信用が生まれるもの。 本来なら、「申し訳なかった」と謝り、自分の見る目の無さ、ウデの悪さ、行動に移せなかった卑怯者の心を悔やむのが、ヒトとして、ひと様を支援する者として自然な姿。 自らの過ちに気が付くからこそ、今までの己の支援、同県のギョーカイのあり方から、切り離すことができる。 そして、より良い支援、支援のあり方へと変わっていくチャンスを得る。 本人が変わったのに、支援する側が変わらない、というのはあり得ないこと。 結局、こういった支援者の変わり身、手の平返しは、あわよくば自分の手柄にしたい、という想いの表れです。 あまちゃん県に限らず、こういった類の話は、よくあることです。 だって、私だって、何度も経験しているから。 あれだけ「この子が、一般就労を目指すって(笑)」「IQが上がるわけないでしょ」「感覚過敏は治らないの、それが障害だから」と言っていたのにもかかわらず、治ったり、一般就労したりすると、「うちの支援が良かったから」「うちの学校の教育が良かったから」と言う。 しかも、それを対外的にも言ってしまう。 学校見学のときの実績として、講演会のネタとして。 「てらっこ塾??そんなのやめちまえ」と言っていたのにね。 ギョーカイというのは、一般就労した人、自立した人、治った人の話を欲してい...

治したいと思うのは、誰か?

支援者や学校の先生からも相談や助言を求められることがあります。 自傷や他害などをどうにかしたい。 対処療法ではなく、根本から育てていきたい。 そういった熱い想いをぶつけてくれます。 根本から解決したい、育てていきたい、というのは、親御さんに近い視点です。 ということは、それだけ目の前の子どもとしっかり向き合えている証拠。 だからこそ、私はそういった支援者、先生たちを応援したいと思います。 でも、治すのは支援者でも、先生でもありません。 治すのは、本人であり、家族。 発達の土台、根本を育てようとすればするほど、家庭に突き当たるのです。 自然な家庭での営み、子育ての中に、根っこを育てる舞台がある。 いくら療育機関や学校で解決しよう、治そうとしても、時間も、環境も、日常の部分であり、断面でしかありません。 発達とは、本人の主導で育まれていくもの。 「さあ、療育の時間です」という具合にはならないのです。 生活の土台、生きる土台である家庭の中で、やりたいときに、やりたい育ちをとことんやり尽くすことによって、発達が満たされていきます。 安心した雰囲気の中、本人のペースで発達が育まれていく。 発達のヌケは、支援機関に通う前に、学校に入学する前に、できているものです。 なので、やっぱり支援機関も、学校も、“治す”にふさわしい場所ではありません。 発達のヌケは、ヌケが生じた環境で育んでいくのが良いといえます。 ですから、支援者や先生が、根っこに注目し、それを掴もうとすると、家庭と繋がっている。 家庭での育みがなければ、いくら外で頑張っても、課題の解決には至りません。 脆弱な土台の上に、何かを建てようとしても、不安定で、すぐに崩れてしまうからです。 相談やアドバイスを求められる方達の悩みの本質はここ。 結局、問題行動も、発達の課題も、根っこから育てなければ、という想いを抱いている。 でも、自分たちが関われるのは、生活の一部。 だから、どう頑張っても、自分たちの関わりが根っこを養う力までに及ばない。 支援者や先生が頑張れば頑張るほど、その支援、指導が、上辺へのアプローチになってしまい、バランスを崩すことに繋がるというジレンマを抱えている。 案外、何もしない同士の方が、子どもは安定しているもの。 家庭という土台...

個人が、個人で治していける時代へと移り変わる時期

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相談にいらっしゃる方達から、「どうして、同じ地域に大久保さんのような人がいるのに、支援機関の人達は教えてくれなかったのでしょう」と言われることがしょっちゅうです。 いつものことですから、私は「組合に入っていないからでしょうね」と答えています(笑) 支援センターとは、公的な機関であり、その地域の資源でもあります。 だから、本来は「この地域には、こんな資源、サービス、人がいて、現在の相談内容からしますと、こういった選択肢が考えられます」と提示すること、そして相談者の意思と選択を尊重した上で、相手の機関とつなぐことが役割だと思います。 最初から、紹介するところ、除外するところを決めておいたり、支援者側の都合で勝手に相談者の選択を誘導したり、決めたりするのはもっての外。 なんとか“センター”というくらいですから、地域という円の中心に存在していて、相談者の利益につながるような情報とアイディアと結びつける。 でも、実際は、地域という円ではなく、自分たちを中心とした円を勝手に引いてしまい、そこに入る組織と入らない組織かを見定めている。 青いお祭りは、いわゆる踏み絵です。 だから私は、誘われても「NO」と言い続けた。 結局、自分たちで引いた円の中に入った組織、人間だけで、パスを回し続けます。 障害者支援とは、利用すればするほど、儲かる仕組みだからです。 ちゃんとパスを返してくれる組織にだけ、パスを出す。 一つの機関で抱えていたら、その機関のみしか、回数が増えていきません。 ましてや、自分自身で解決したり、家庭での取り組みだけで治ってしまったら大変です。 だからこそ、お互い裏で悪口を言いながらも、支援機関、支援者同士で繋がりを持つ。 だからこそ、相談者に提供する情報は、支援者が事前に選別しているのです。 事業を起ち上げた当初、「あそこには挨拶行っといた方が良い」「あっちとは敵対しない方が良い」「あの人とはつながっておいた方が良い」などと言ってくる人達がいました。 その人達は親切心で言っていたのかもしれませんが、私には意味が分かりませんでした。 私が組織の中にいる人間なら、そういった振る舞い、行為をすることが、組織に適応し、地域に適応することへとつながったのかもしれません。 でも、私は事業を起ち上げたのです、独立したのです。 ...

地域が問われない時代、問われるものは?

スマホを使えば、簡単に情報が得られる時代です。 ですから、治したい人、一生涯の支援ではなく、育んでいきたい人にとっては、良い時代になったのだと思います。 以前ですと、地域によって違いがありました。 どういった資源があり、どういった学校、支援者がその地域にいるかが、子ども達、親御さん達に大きな意味をもたらせていたといえます。 「先進地域」などという言葉が使われたことが、それを物語っていたと思います。 でも、今は「先進地域」などと言われません。 何故なら、先進的な“地域”はなくなったから。 あるのは情報であり、その情報を得ているか、どうかの違いになりました。 地域に関係なく、治したい人が治していける時代になったのは歓迎すべきことだと思います。 特に、成人した方達にとって、「地域が問われなくなった」というのは素晴らしいことです。 自らの意思と主体性で支援を、生活を、人生を選択できるようになったのです。 昔のように、障害を持った人を地域の支援者、支援機関が結託して鳥かごの中に押し込めようとしても、「こんな支援、方法がある」「全国には、違った選択をし、自立できた人もいる」と闘うことができます。 そして全国の心ある人達と繋がることで、自分の身を守ることができるようになったのです。 どんなに辛い状況だったとしても、主体性を失っていない限り、自ら治していけるし、治すアイディア、育むアイディアを持っている人と繋がることができます。 ですから、どんな地域に住んでいようとも、たとえ味方が周りにいなかったとしても、応援してくれる人を求め、全国に心と身体を動かすことができるのです。 若者や成人した人達にとって、素晴らしい時代になったと言えますが、子どもにとってはそうとは言えない現実があると思います。 何故なら、自分以外の意思と選択に左右される可能性があるから。 つまり、親御さん次第で、大きく変わるということです。 情報を自由に選べるということは、偏りが生じるのです。 情報がたくさんあるからこそ、親御さんの選択によって近道にもなれば、遠回りにもなる。 ある意味、迷子になる子が出てくる時代。 地域に固定されていた時代、左右されていた時代は、みんな同じ方向に進むので、良い結果、残念な結果というゴールは違いますが、その子だけ迷子になる可能...

先輩たちが歩んでこられた途中から、堂々と子育てを始めれば良い!

『 一般の教科書』と『特別支援学校・知的障害者用教科書』 というブログに対する反響が続いていまして、わざわざメールで感謝の言葉をくださる方もいらっしゃいます。 それだけ存在を知らなかった人が多かったということだと思います。 メッセージをくださる方達の様子をお聞きすると、どうも都会だから知っている、地方だから、小さい学校だから知らない、ということはなく、学校、それこそ、担任の先生たちの考え方が大きいような印象を受けました。 どんな背景があるにせよ、「その教室内で教科書がどのような扱われ方をしているか?」は、その学校、教室、先生の教科学習に対する考え方が表れていると思います。 どう考えても、プリントのみで、教科書の内容を網羅することも、教科書で得られる知識、学力を身に付けることも難しいでしょう。 いつも批判され、この地域では存在しない事業となっているので、たまに感謝の言葉を頂くと嬉しく思いますが、せっかく情報が得られたのですから、その情報を活かし、お子さんのために時間を使ってもらいたいな、と思っています。 「情報を得ながら、子育てをしていく」というのは、すでに一般的になっていますし、必要なことだと思います。 子どもの数は減る一方ですし、核家族化なんて、わざわざ言われもしなくなりました。 おばあちゃんと地域にいた先輩ママ達が、スマホに替わったのです。 「今の親はスマホばかり」と言う人たちもいますが、スマホに頼らざるを得ない現実もあるのだと思います。 遠くの親戚より、近所の知らない他人より、スマホが助けてくれる時代。 スマホが助けてくれる時代を生きているのですから、上手に利用すれば良いと思います。 特に、発達障害の子ども達の育み方は、大いに利用すべきだと思います。 治った子の親御さん達、治ってきている親御さん達の子育てにはアイディアが詰まっています。 もちろん、そのまま真似をしても、うまくいくことはないでしょうが、我が子の子育てを考えるきっかけになります。 そして、我が子に対する育みに、より多くの時間を注ぐことができるようになります。 情報を得ることは、時間を生みます。 例えば、今回の教科書の話。 これを知るだけで、知らなかったときよりも時間を有効に使うことができるのです。 「うちの子、学力が身についていかないな」 「...

自然治癒力に期待し、沿う仕事

相談を受けた親御さんが仰っていました。 「公的な機関は、すべて行きました」と。 役所の相談窓口、保健所、児童相談所、教育相談所、支援センター、子育てセンター、学校のコーディネーター、カウンセラー・・・。 考えらえるところはすべて行き、相談されてきたそうです。 でも、誰一人、訊きたいことに答えてくれる人はいなかった、と。 親御さんは、お子さんの生きづらさを解決したかったのです。 親としての心構え、対応の仕方を知りたかったのでも、考え方を改め、悩む気持ちを抑え込む方法を知りたかったのでもありません。 親の代わりに支援をしてくれる場所、その利用手続きの仕方を知りたかったわけでもありません。 一緒に悩みを共感してくれること、そういった仲間、居場所を作りたかったわけでもありません。 子どもの生きづらさの原因を知り、そこへのアプローチを、どうやって育てていけばよいか、育んでいけばよいかが知りたい。 その想いを持ち続けた結果、私との縁が生まれました。 本人とお会いし、発達のヌケ、未発達の部分を確認。 そして、親御さんと一緒に、受精から今までの物語を紡いでいきました。 その物語を聞き、最後に親御さんは「数年間、ずっと靄がかった中を生きてきましたが、一気に晴れた気がします」と言っていました。 一回目の相談を終えたあと、次にお伺いすると、親御さんも、子どもさんも、一気に変わっていました。 間隔も短かったですし、具体的な発達援助のアイディアは1つ、2つと言ったところでした。 でも、これだけ一気に変わった。 ですから私は、このご家族には、「生きづらさには、原因がある。根っこがある。そして育てる方法がある」ということを知る、というのが、一番の望みであり、発達援助だったと思いました。 別のお子さんですが、最初の面談のとき、「ぼく、ふつうになりたいんです。ふつうになれますか?」と言ってくる子がいました。 私はすぐに、「ふつうになりたいんだ。いいね。おじちゃんが、普通になるお手伝いするよ」と返すと、ガラッと表情が変わり、子どもらしい笑顔が出るようになりました。 まるで、抑え込んでいたものが一気に飛びだしてきたみたいです。 あとから親御さんに聞いた話では、ずっと「普通になりたい」という気持ちを抑え込んできたそうです。 先生や支援者などに...