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【No.1518】支援はすべて“あやつり”に

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診断や検査、テストを受けると、支援者側から「あなたにはこういう特徴があって、こんな課題があって、こんなんしたほうが良い」というようなことを言われるね。 これは当たり前に、どこでも行われていること。 疑問に思う人も少ないんじゃないかな。 だけど、これって支援者が「当事者のことを知るために情報を得る」「得た情報を当事者に教えてあげる」「知った情報をもとに支援を提供する」という形になっていることが多いと思う。 言い方が悪いかもしれないけど、当事者が支援者の材料、飯のタネになっている感じがするよ。 本来、検査やテストは当事者、本人のためのものでしょ。 結果を受け取って満足ではいけないね。 結果を実生活に活かしていくことも大事だけど、それよりも検査を受けるプロセスのほうがずっと大事だと私は思うんだ。 だから、「自分を知りたいな」「客観化された自分というものを、データ化された自分を見てみよう」という意欲が育ってからテストは受けたいね。 その意欲があると、テスト項目の一つひとつが自分を知るための作業になって、検査者は本人が自分を知るための作業を手伝う者になる。 そうなると、テスト自体が、その時間、機会すべてがとっても価値があるものになると思うな。 ほとんど意味も分からない中、連れてこられて、一方的に提供される検査、テストを受ける。 そうなると、検査をする側とされる側、情報を持っている側と持っていない側という図式になってしまう。 だから、検査後の実生活にその結果が活かされていかない、いけないんだと思うな。 「行政的なサービスを受けるために必要なんだ」と言いたいんだろうけど、こういった姿勢が変わらない限り、支援の枠から出ることはできない。 主導権が支援者側にある間は、提供されるサービス、支援はすべて“あやつり”になっちゃうからね。 残念ながら入り口が診断、検査、テストになっているのがこのギョーカイです。 年端もいかない子どもに「自分を知りたい」と意欲を育てることは難しいでしょう。 そうなると、意欲を育て、高めるのは親御さんになる。 手続き上必要だから来ているのか、我が子を知るために来ているのか。 この入口、どっちから入るか、スタートするかで、その後の子どもの歩みが変わっていく。 やっぱり検査結果より、どんな姿勢で受けるか、受けるまでのプロセスが大事だね。 ▶発達相談の内容・お問い合わ...